『越えない探索者』   作:r_watanabe

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第45話:戻ってきた視線

第45話:戻ってきた視線

探協のロビーは、いつもより静かだった。

 

静か――というより、

俺たちの周りだけが空いている。

 

噂はまだ消えていない。

けれど、完全に“定着”した噂ほど、逆に人は飽きる。

 

そして飽きた人間は、次の話題へ移る。

 

銃。

五層へ行った誰それ。

戻らなかった誰それ。

 

俺たちのことは、もう「語る価値があるかどうか」すら測られている。

 

だから――

呼び止められた時、少しだけ意外だった。

 

「少し、いいですか」

 

担当者だった。

いつもの応接室ではなく、ロビーの端の簡易ブース。

 

周囲の視線が一瞬だけ集まって、すぐ逸れた。

だが、確かに“見られた”。

 

担当者は、声を落とす。

 

「未開拓五層の報告、記録として回しました」

 

俺は頷くだけで返す。

 

「それで……反応が出ています」

 

「反応?」

 

「正直に言います」

 

担当者は、少し言いにくそうに目を伏せた。

 

「あなた方を見る目が、戻り始めています」

 

戻る――という言い方が、妙に刺さった。

 

あんなに簡単に離れていったものが、

“実績”一つで戻る。

 

つまりそれは、

最初から、実績でしか見られていなかったということだ。

 

担当者は続けた。

 

「噂の件も……完全には覆りません」

「ですが、今はあなた達を"信じる理由”が一つできた」

 

俺は、笑えなかった。

 

「それを、喜べと言われても困りますね」

 

担当者は苦く笑う。

 

「喜べとは言いません」

「ただ……見ていて心苦しかった」

 

一拍。

 

「あなた方は、前に進んでいます」

「だから、そろそろ“見返して”ほしいんです」

 

その言葉は、善意だった。

分かる。分かるからこそ――嫌だった。

 

俺は、視線を外す。

 

「俺たちは、その為に進んで来たんじゃない」

 

担当者は否定しない。

ただ、静かに言った。

 

「分かっています」

「でも、現実には成果がある方が"安全"です」

 

その一言で、胸の奥が冷えた。

 

安全。

 

それは、俺たちが一番大事にしてきた言葉だ。

 

「……誰か危ない目に遭ったんですか?」

 

担当者は首を振る。

 

「幸い、まだ表立った被害は出ていません」

 

「なら――」

 

「でも、最近トラブルは増えてます」

 

俺は何も言えなくなった。

 

「ピンチの時に助けを呼べない」

「周囲に頼れない」

「情報も回ってこない」

 

「そういう状況は、確実に危険です」

 

担当者ははっきりと告げた。

 

「だから、ですか」

 

「はい……」

 

 探索者は問いかけに短く頷く。

 

「未開拓を続けるのか」

「既存の六層へ合流するのか」

 

二枚の資料を差し出してくる。

 

一枚目は、既存ルートの六層。

洞窟の延長。通路。合流点。

人がいる。情報がある。支援がある。

 

二枚目は、未開拓五層。

森林。発光苔。塹壕跡。

動く階層。説明できない危険。

“証明できない異常”。

 

担当者が言う。

 

「あなた方が選んでください」

「探協としては――どちらも、必要です」

 

必要。

その言い方は優しい。

 

でも、意味は一つ。

 

どちらかを選ばないと、席がない。

 

俺は資料を見つめたまま、息を吐く。

 

「……持ち帰ります」

 

「ええ」

担当者は頷いた。

 

「ただ、早めに」

「今は、動きが速い」

 

俺たちがブースを出ると、

すれ違う探索者の視線が一瞬だけ変わった。

 

さっきまでの無関心じゃない。

疑いでもない。

 

計算だ。

 

――あいつら、まだ使えるか。

 

戻った視線。

戻った価値。

 

それが、なぜか怖かった。

 

 

クランハウス。

 

テーブルに資料を広げた瞬間、

佐伯の顔が変わった。

 

「……選べ、って言われたのか」

 

「ある意味ではそうだ」

 

澪は、黙って内容に目を通している。

 

佐伯は、二枚を交互に見て、低く言った。

 

「六層だろ」

 

即断。

 

「既存ルートなら情報がある」

「最悪合流できる人がいる」

「撤退経路も、誰かと共有しておける」

 

正しい。

正しすぎる。

 

「未開拓は、危険が説明できない」

佐伯は続ける。

「敵が弱いから余計に判断が狂う」

「“戻り方が揺らぐ”ってのは、致命傷だ」

 

俺は、資料を指でなぞりながら言った。

 

「分かってる」

 

佐伯が睨むように見る。

 

「じゃあ、何で迷う」

 

その言葉に、俺は一瞬、詰まった。

 

迷う理由はある。

 

適当な言葉で誤魔化すのは――

佐伯に対して一番やっちゃいけない。

 

だから、折れるように、でも逃げずに言った。

 

「どちらにしても、今は安全な状況で探索が出来ない」

 

佐伯の眉が跳ねる。

 

「……は?」

 

俺は続ける。

 

「噂が定着した」

「俺たちは距離を取られた」

 

「今、見る目が少し戻ってきた」

「でもそれは実績が出たからだ」

 

「つまり――」

俺は言葉を区切る。

 

「結果を出さなきゃ、また孤立する」

 

「孤立していたら」

「ピンチの時、誰も助けに来ない」

「新しい情報もすぐには回ってこない」

「諍いにも巻き込まれる可能性がある」

 

「それは、結果的に死ぬ確率が上がる」

 

 

部屋が、少しだけ冷える。

 

佐伯は、ゆっくり息を吐いた。

 

「……お前」

 

低い声。

 

「それ、結局は"誰かの"評価の話だろ」

 

俺は答えない。

 

佐伯が、はっきり言った。

 

「よく知らない誰かの評価の為に、俺たちは進んで来たんじゃない」

 

その言葉は、刺さった。

 

本当は――俺が言うべき言葉だったから。

 

澪が、静かに口を開く。

 

「二人とも、正しいです」

 

佐伯が眉をひそめる。

 

澪は、俺を見る。

 

「安全のために、評価が必要だというのも」

「評価のために進むのが違うというのも」

 

一拍。

 

「“目的”と“手段”が、ねじれてるだけです」

 

澪は、資料に指を置いた。

 

「六層は、手段として安全に見える」

「未開拓は、手段として危うい」

 

「でも――」

 

澪は視線を上げる。

 

「未開拓領域の探索を“やめる”ことが、

 必ずしも安全になるとは限らないです」

「未開拓を“放置”して誰かに任せた結果、

 何かの騒動の原因の一旦を担わされる可能性もある」

「未開拓で何かあった時、私たちが嵌めたと言われるかもしれない。そうなったら、次は無い」

 

佐伯が言う。

 

「だからって、未開拓領域に突っ込むのかよ」

 

「突っ込む、じゃないです」

 

澪の声は落ち着いている。

 

「折り返し地点を明確にして」

「野営を前提にして」

「判断基準を増やして」

「撤退の確率を上げる」

 

澪は、俺を見た。

 

「佐伯の言う“安全"は、ちゃんと作る。

 ……そうしてもらう」

 

その言葉に、俺の喉が鳴った。

 

佐伯が、俺を見る。

 

「……お前は、どうしたい」

 

俺は、資料の白い地図を見た。

 

発光苔の森。

動く階層。

勘が黙る場所。

 

そして――塹壕跡。

 

自衛隊が「撤退できなくなりつつあった」場所。

 

そこを放置したら、

次に呑まれるのは誰か。

 

それが新人か。

俺たちか。

別の誰かか。

 

分からない。

分からないから、怖い。

 

俺は、息を吐いて言った。

 

「未開拓領域を、もう一回だけ」

 

佐伯の目が鋭くなる。

 

俺は続けた。

 

「“一歩だけ”だ」

「同じ条件で」

「同じ基準で」

 

「次は、戻ることを“偶然”にしない」

 

佐伯が歯噛みする。

 

「……お前」

 

俺は、言葉を選んで言った。

 

「これが正しかったかどうかは、分からない」

 

「でも」

一拍。

 

「間違ってるかもしれない選択は、もう慣れた。

 ——正しいまま、何もできないよりは」

 

佐伯が、黙る。

 

澪が、資料の端にペンを置いた。

 

「なら、決めましょう」

「撤退ライン」

「野営準備」

「帰路確認のルール」

 

「“説明できない危険”に、説明できる対策を作ります」

 

佐伯は、長く息を吐いた。

 

そして、渋々と頷いた。

 

「……分かった」

 

一拍。

 

「ただし」

「何かあったときは、ちゃんと止まってくれ」

 

俺は頷いた。

 

「ああ」

 

その瞬間、

部屋の空気が少しだけ戻った。

 

完全に一致はしない。

でも、破綻もしない。

 

正しさが違っても、

同じ場所へ戻るための約束はできる。

 

 

夜。

 

俺は自室で財布を開き、

名刺の角に触れた。

 

神代。

 

まだ、使っていない。

使うべきじゃない気もする。

でも、逃げ場が減っている。

 

そして今、探協からも、社会からも、

俺たちは“選ばされている”。

 

俺は名刺を戻して、財布を閉じた。

 

まだ使わない。

でも捨てない。

 

――選ばないことは、もう許されない。

 

ならせめて、

“正しかったかもしれない選択”を、

自分の足で選ぶ。

 

そう思いながら、

俺は装備の紐を結び直した。

 

発光する森の光が、

まだ目の奥に残っていた。

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