第5話 改良ナイフと再出発
クランの話は、どれも魅力的だった。
だが同時に——どこか、しっくりこなかった。
未知を求める冒険家。
金を追う現実主義者。
合理だけを積み上げる企業体。
どれも間違ってはいない。
ただ、今の俺には合わない気がした。
奈落の入口で、そのことを口にすると、担当者は露骨に嫌な顔をした。
「初回を越えたばかりで、ソロはおすすめしません」
冒険家クランの先輩にも、はっきりと言われた。
「やめとけ。ただ初回を生き延びただけで、自信を持つには早い」
それでも——
「ここで妥協するのは、たぶん、お互いのためにならない」
そう感じていた。
誰かに合わせて奈落に入るなら、
最初から一人でいい。
再び、奈落の中へ。
あの独特の空気が、肺に重くのしかかる。
昨日よりも、明らかに重たい。
一人で感じる奈落は、別物だった。
すぐ近くに、何かがいる。
……ような気がする。
だが、確信はない。
この「いるかもしれない」という感覚が、ひどく神経を削る。
俺は、改良されたナイフを強く握った。
手に馴染む。
昨日とは、明らかに違う。
気配を殺し、通路を進む。
やがて、少し先に黒い影が見えた。
——影犬。
一匹。
こちらには、まだ気づいていない。
それどころか、影犬は何かを警戒するように、脇道の方ばかりを見ている。
絶好の機会だった。
俺は、迷わず踏み込む。
不思議と、恐怖はなかった。
頭の中は、ひどく静かだ。
ただ一直線に、
狙いを定めて——
ナイフを突き立てる。
昨日よりも、抵抗がない。
刃が、影の体に吸い込まれていく。
何かを切り裂いた感触。
その直後、影犬の姿は溶けるように消えた。
地面に残ったのは、
昨日の牙よりも小さな——黒い爪がひとつ。
価値は分からない。
だが、確実に素材だ。
俺はそれを拾おうとしながら、
頭の片隅で金のことを考えていた。
——いくらになるだろうか。
その瞬間だった。
背中を、嫌な予感が駆け上がる。
反射的に振り返り、ナイフを構えた。
次の瞬間——
衝撃。
手に、強烈な打撃を受け、
体ごと弾き飛ばされた。
床を転がり、息が詰まる。
視界の端で、影が動いた。
影犬よりも大きい。
そして——どこか、人に近いようなフォルム。
四足歩行だが、体つきは明らかに違う。
殴られたのだと、遅れて理解する。
急いで体を確認する。
……痛みはある。
だが、大きな怪我はない。
「……っ」
昨日、グローブを作っていなければ、
骨がいっていたかもしれない。
俺は、化け物から目を逸らさずに、
弾き飛ばされたナイフを静かに拾い上げる。
初めて見る相手。
そして、ふと思い出す。
影犬が、脇道を気にしていた理由。
——あいつは、こいつを警戒していたのか。
影犬より、明らかに格上。
奈落は、段階を踏ませてくれない。
俺は、ナイフを構え直した。
逃げるか。
戦うか。
——試されている。