『越えない探索者』   作:r_watanabe

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第6話 格上との死闘

第6話 格上との死闘

人に近いフォルム。

 

 それだけ見れば、どこか地上の生物を思わせる。

 だが——次の瞬間、その考えは完全に否定された。

 

 化け物は、左右に跳ねた。

 

 地面を蹴った、というより——

 空間そのものを足場にしたような、立体的な動き。

 

 前後、左右、上下。

 視線を定める暇がない。

 

「……っ」

 

 影犬とは、まるで違う。

 

 体の輪郭は、わずかに定まっている。

 スライムというより、粘性の高いジェル。

 

 だが、その動きは軽く、鋭い。

 

 こちらがナイフを構えているのを見て、距離を保つ。

 踏み込まない。

 

 ——様子を見ている。

 

 知能が、ある。

 

 地上の生物の常識は、

 ここでは信用できない。

 

 仕掛けるか。

 それとも、撤退するか。

 

 そう考えた瞬間だった。

 

 化け物が、一気に距離を詰めた。

 

 速い。

 

 影犬とは比べものにならない。

 

 前足を大きく振り上げ、

 殴りつけるように打ち下ろしてくる。

 

 咄嗟に、横へ飛び込む。

 

 風圧が、頬を掠めた。

 

 ——直撃していたら、終わっていた。

 

 床を転がりながら立ち上がり、周囲を確認する。

 

 その時、気づいた。

 

 ……まずい。

 

 帰り道が、

 化け物を挟んだ奥側になっている。

 

 逃げるには、

 こいつをどうにかするしかない。

 

 化け物は、すぐには追ってこない。

 こちらの動きを、じっと見ている。

 

 次の瞬間、

 今度は低い姿勢から跳ねた。

 

 俺は前に踏み込み、

 すれ違いざまにナイフを振る。

 

 だが——

 

 硬い。

 

 刃が弾かれ、手首に痺れが走る。

 

 化け物は即座に反転し、

 横薙ぎの一撃を放ってくる。

 

 避けきれず、

 グローブ越しに衝撃を受けた。

 

 「……っ!」

 

 痛みはある。

 だが、骨は無事だ。

 

 ——装備が、仕事をしている。

 

 距離を取り直し、呼吸を整える。

 

 次は、深く踏み込ませない。

 

 化け物が跳ねる。

 その瞬間を待ち——

 

 前足が振り上がった刹那、

 懐に潜り込んだ。

 

 ナイフを、

 左前足へ突き立てる。

 

 今度は、入った。

 

 粘性のある感触。

 刃が、確かに肉を裂く。

 

 化け物が、

 甲高い声を上げた。

 

 ——叫び声。

 

 嫌な予感が、即座に背中を打つ。

 

 通路の奥から、

 別の気配が近づいてくる。

 

 ……仲間を、呼ばれた?

 

 考える暇はない。

 

 俺は、即座に身を翻し、

 帰り道へ走った。

 

 背後で、

 複数の足音。

 

 追ってきている。

 

 曲がり角を一つ、二つ。

 無我夢中で進む。

 

 さらに曲がる。

 

 息が、切れる。

 

 それでも、足は止めない。

 

 しばらくして——

 気配が、消えた。

 

 俺は壁に手をつき、

 深く息を吐いた。

 

 静寂。

 

 奈落は、何事もなかったかのように、

 そこにある。

 

 ……今日は、帰ろう。

 

 一人には、限界がある。

 

 はっきりと、理解した。

 

 命を張って、収入はゼロ。

 素材も、持ち帰れなかった。

 

 だが——

 

 命を、持って帰れた。

 

 それだけが、収穫だ。

 

 少し傷のついたグローブ。

 刃こぼれの増えたナイフ。

 

 俺はそれを見つめ、

 心の中で決める。

 

 ——無理は、しない。

 

 奈落は、

 焦った人間から、確実に奪っていく。

 

 生き延びるためには、

 引く勇気も、必要だ。

 

 今日は、それを学んだ。

 

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