『越えない探索者』   作:r_watanabe

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第60話:教えてしまうもの

第60話:教えてしまうもの

奈落の入口は、いつも騒がしい。

 

 装備の擦れる音。金具の乾いた鳴き。

 緊張を誤魔化す笑い声と、誰かの咳払い。

 

 それでも——今日の騒がしさは、質が違った。

 

 遠くからでも分かる。

 輪の中心に、見慣れない集団がいる。

 

 背が高い。肌の色が違う。言葉が違う。

 笑い方だけが、こちらと同じだ。

 

 明らかな外国人。

 

 人数は十数人。

 その周りに、探協の担当と警備が数名。

 止めてはいない。止められてもいない。

 

 奈落の前は、いつからか——「客」も通す場所になった。

 

 俺は天体図の束を脇に抱えたまま、歩みを緩めた。

 澪と佐伯も少し遅れている。

 今日は降りない。調整のための確認だけだ。

 

 なのに、胸の奥がざわつく。

 

 原因は、言葉だ。

 

「デーモンだ、絶対デーモンだろ」

「いや、ゴブリン。ダンジョンといえばゴブリンだ」

「ボス部屋、ある? ボスいる?」

「レアドロップ、絶対ある」

 

 分からないはずの言語が、なぜか耳に残る。

 発音の癖と、単語の尖りだけで意味が伝わる。

 ——悪魔。ゴブリン。ボス。レア。

 

 恐怖じゃない。

 期待の言葉だ。

 

 銃が目に入った。

 

 長物。短銃。

 マガジンポーチ。照準器。

 防弾プレート。ヘルメット。

 ライトにセンサー。腕時計型の何か。

 どれも最新式で、明らかに金がかかっている。

 

 俺は足を止めた。

 

 脳裏に、探協地下資料室の写真が浮かぶ。

 半生体。継ぎ接ぎの皮膚。整いすぎた骨格。

 

 神代の声が、嫌なほど鮮明に再生される。

 

——探索者が深く潜るほど、装備は洗練される。

——戦術は合理化される。

——撤退判断は早くなる。

——だから、逃がさない。

 

 俺は喉の奥で息を飲んだ。

 

 彼らは、知らない。

 自分たちが何を持ち込んでいるかを。

 

 そして——俺たちは知っている。

 

 知っていて、止められない。

 

 

「おい」

 

 佐伯が俺の横に並んだ。

 視線の先は、同じ集団。

 

「……見たな」

 

「見た」

 

 澪が、少し離れて立っている。

 目は冷静だ。

 手だけが、ペンを探すように動いている。

 

「探協の案件でしょうか」

 

 澪の声は小さい。

 確認というより、祈りに近い。

 

 俺は首を振った。

 

「分からない。企業か、スポンサーか、他国の横槍か」

「でも、止める権限は……」

 

 言い切る前に、佐伯が吐き捨てた。

 

「ねえ」

 

 言葉の端が、硬い。

 佐伯は現実を嫌わない。

 嫌っても意味がないと知っている。

 だから余計に、声が冷える。

 

 集団の一人がこちらに気づいて、手を振った。

 

 軽い。

 悪意のない軽さ。

 

「ヘイ!」

 

 明るい声。

 笑いながら、英語で何か言う。

 探協の担当が慌てて間に入って通訳する。

 

「ええと……『あなたたちも潜るのか? 不安なら一緒に行こう』と」

 

 担当の顔が引きつっている。

 その引きつり方は、俺たちと同じだ。

 

 俺は一歩だけ前に出た。

 

「……今日は降りない」

 日本語のまま言う。通じないと分かっていても。

「今は、ここで段取りの確認だけだ」

 

 通訳が英語にして伝えると、相手は肩をすくめた。

 そして笑った。まるで冗談を聞いたみたいに。

 

「セーフティ?」

 

 通訳が困ったように訳す。

 

「『安全策か?』と……」

 

 俺は答えない。

 答える言葉が、正しくない。

 

 安全なんて、ない。

 

 あるのは——戻れる確率の差だけだ。

 

 

 彼らは準備が早かった。

 

 隊列を作る。

 役割分担が明確。

 前衛、射撃、後方支援。

 合図も短い。

 通信も整っている。

 

 「合理化」されている。

 

 その光景を見た瞬間、俺は胃の奥が痛くなった。

 

 神代の話と、繋がる。繋がってしまう。

 

 怖いのは、彼らが強いことじゃない。

 

 彼らが強いほど——奈落が学ぶ。

 

 そして「強いほど助かる」はずの世界で、

 強いほど、別の何かを呼び込む。

 

「出発の時間が揃ってるな」

 

 佐伯が呟いた。

 

「習慣ですか……」

 

 澪が小さく言う。

 

 同時に降りる。

 同じ周期に噛み合わせる。

 違和感に気づきにくい。

 

 奈落が回っていることに。

 床が動いていることに。

 戻る線が「いつも通り」に見えることに。

 

 そして、その「いつも通り」こそが——罠だ。

 

 

 探協の担当がこちらへ来た。

 息が上がっている。

 

「アウルズパスの皆さん……」

「一応、伺います。なにか問題はありますか」

 

 伺うだけ。

 止めろとは言わない。探協でも止められない。

 

 俺は答える前に、天体図の束を握り直した。

 

 言えばいい。

 危険だと。

 帯があると。

 戻れないDがあると。

 怖い形が生まれると。

 

 でも。

 

 リスクを告げた瞬間、彼らはもっと準備して降りる。

 もっと合理化する。

 もっと強い装備を持ち込む。

 もっと「悪魔」や「ゴブリン」「ボス」と想像を口にする。

 

 希望が、願いが、その背中を押し出す。

 

 神代の言葉が刺さる。

 

——あなたが線を引くほど、誰かの命を賭ける理由が増えていく。

 

 俺は答えた。

 

「問題はある」

「でも、まだここで言えるほどの形じゃない」

 

 担当の顔がさらに曇る。

 

「……それは」

 

 佐伯が横から言った。

 

「探協が止められないなら、せめて記録を残せ」

「誰がいつ降りたか。何を言っていたか。装備の種類」

「あと——戻ってきた人数」

 

 担当が硬く頷く。

 

「分かりました」

 

 澪が小さく息を吐いた。

 それが、今できる最大限の「線引き」だ。

 

 俺は、集団に視線を戻す。

 

 彼らは笑いながら、縦穴へ向かっていく。

 冗談めいた恐怖の言葉を投げながら。

 自慢の銃を誇りながら。

 

 奈落の前で、世界が一つの物語を始める。

 

 ——悪魔。ゴブリン。英雄。レアドロップ。

 

 その物語を、奈落が聞いていないはずがない。

 

 

 奈落の縁に、彼らは並んだ。

 

 最初の一人が、仲間に向かって親指を立てる。

 歓声。拍手。冗談。

 空気が、軽い。

 

 そして——進んでいく。

 

 次々に、奈落に落ちていく。

 

 俺はその背中を見送りながら、心の中だけで言った。

 

 やめろ。

 そんな名前を呼ぶな。

 そんな形を想像するな。

 そんなに整った装備を誇るな。

 

 ……でも、言えない。

 

 言えないから、俺はただ見ている。

 

 誰かを止めるためではなく、

 「変わる瞬間」を記録するために。

 

 俺は、奈落の入口を見下ろして呟いた。

 

「……また、教えてしまった」

 

 誰に聞かせるでもない声。

 

 奈落が静かに口を開けている。

 飲み込むのは、人間だけじゃない。

 

 希望も。恐怖も。物語も。

 

 地上で作られた「悪魔の形」を、

 奈落に渡してしまう。

 

 その事実だけが、重かった。

 

 

 帰り道、澪が一度だけ俺を見た。

 

「……記録、残しておきます」

「変わったってちゃんと言えるように」

 

 俺は頷く。

 

「ありがとう」

 

 佐伯が先を歩きながら言った。

 

「一週間で済めばいいがな」

 

 その言葉の裏に、確信が混じっていた。

 

 一週間ではきっと済まない。

 変わるなら、もっと早い。

 

 奈落は、学ぶ。

 

 そして学んだものを、

 「最悪の形」で返してくる。

 

 俺は入口から目を逸らさなかった。

 

 ——これが、次の始まりだと分かっていたから。

 

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