『越えない探索者』   作:r_watanabe

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第7話 生きて帰ったという評価

第7話 生きて帰ったという評価

奈落の出口を抜けた瞬間、膝から力が抜けそうになった。

 

 コンクリートの床。

 均一な明かり。

 当たり前のはずの光景が、やけに安心できる。

 

 ——生きて帰った。

 

 その事実を、ようやく実感する。

 

 出口付近で待っていた担当者が、俺の様子を見るなり眉を上げた。

 

「……ずいぶん消耗していますね」

 

 簡単な聞き取りが始まる。

 

 遭遇した化け物。

 戦闘の有無。

 撤退の判断。

 

 粘獣(ジェルビースト)の話をしたところで、担当者のペンが一瞬止まった。

 

 「ソロで、ですか?」

 

 「はい。深追いはしていません」

 

 少しの沈黙。

 

 それから、担当者は小さく息を吐いた。

 

 「新人にしては、慎重ですね。

  それでいて、決断が早い」

 

 評価されるとは、思っていなかった。

 

 「無理をしない判断ができる人は、奈落では長生きします」

 

 淡々とした口調だが、そこに嘘はなかった。

 

 探協の中を歩いていると、

 微妙に視線を感じることが増えた。

 

 直接声をかけられることはない。

 だが、確かに囁きがある。

 

 「……あいつソロで、ジェルビーストに遭ったらしい」

 「新人だろ?」

 「それで、生きて帰ったって……」

 

 大げさな話ではない。

 だが、奈落では——

 それだけで、十分な噂になる。

 

 外に出ると、体の痛みが一気に表に出た。

 

 打撲。

 筋肉痛。

 関節の違和感。

 

 そして、何より——

 頭が、重い。

 

 精神的な疲労が、限界に近い。

 

 スマートフォンを取り出し、

 返済スケジュールを確認する。

 

 ——あと、十日。

 

 必要な額は、四万円。

 

 警備の給料は、初期装備のレンタル代でほぼ消える。

 先の生活を維持するための資金を考えると、

 返済に充てられるほどの余力はない。

 

 つまり——奈落で稼ぐしかない。

 

 焦りが、胸を締めつける。

 

 危険を許容して探索を続けるしかない。

 だが同時に、今日の戦闘が脳裏に蘇る。

 

 あれが一人での限界。

 判断が遅れれば、確実に死んでいた場面。

 

 ——このままソロを続けるのは、無謀だ。

 焦れば焦るほどに自分の寿命が短くなる気がした。

 

 「……今日は、休もう」

 

 

 そう口に出して、ようやく自分がどれだけ追い詰められていたかに気づいた。

 

 体も、心も、限界だった。

 

 無理をして奈落に入れば、

 次は帰って来られない。

 

 その確信だけは、はっきりしている。

 

 だから、決めた。

 

 一日は奈落を休む。

 そして——

 クランを探す。

 

 妥協ではない。

 生き残るための、選択だ。

 

 奈落は、逃げない。

 少しでも無理をすれば命は、簡単に失われる。

 

 俺は、スマートフォンをポケットにしまい、

 静かに歩き出した。

 

 次に踏み出すために。

 

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