『越えない探索者』   作:r_watanabe

8 / 60
第8話 太陽を見上げる者たち

第8話 太陽を見上げる者たち

 探協の面談室で、薄いファイルを手渡された。

 

 新人向け資料。

 各クランの概要と、簡単な活動記録。

 

 ——公式に配られるものだが、

 行間を読めるかどうかは、本人次第らしい。

 

 最初に目を通したのは、アウルズ・パス。

 

 中規模。

 所属人数:20名。

 

 常時稼働は三、四パーティ。

 欠員が出ても、無理に補充しない。

 

 資料の文面は淡々としているが、

 死亡率の低さだけは、はっきり書かれていた。

 

 > 「生存率を最優先とする探索方針」

 

 面談で会った担当者の言葉も、資料と同じだった。

 

 「私たちのクランに派手さはありません。

  ですが、戻って来られます」

 

 正しい。

 あまりに正しい。

 

 だが、ページの端で、

 返済期限の数字が頭をよぎる。

 

 次に開いたのは、ブラックホーン。

 

 大規模。

 所属人数:30〜40名

 

 パーティ数も多く、

 成果報告の件数は群を抜いている。

 

 その一方で、

 「所属者の入れ替わりが激しい」

という一文が、やけに目についた。

 

 面談でリーダーは、笑って言った。

 

 「稼ぎたいなら、ここが一番だ」

 

 嘘はない。

 だが、資料には撤退基準が書かれていなかった。

 成果の項目はあるのに、引き際の文字がない。

 

 ——運任せ、か。

 

 三つ目は、ネクサス・マテリアルズ。

 

 探索者自体は10名ほど。

 だが、資料の後半は別物だった。

 

 研究班。

 加工部門。

 管理部。

 

 所属人数:70名

 

 奈落に入る人間より、

 奈落を“使う”人間の方が圧倒的に多い。

 

 > 「契約は成果と価値に基づき更新される」

 

 面談では、それ以上でもそれ以下でもなかった。

 

 「あなたの生存率は、現時点では高い」

 

 ——現時点では、だ。

 

 最後に残った資料。

 ページ数は一番少ない。

 

 イカロス。

 

 設立から、まだ日が浅い。

 所属人数:8名。

 

 全員、若い。

 

 だが、探索記録は目を引いた。

 深部進行率が高い。

 成功率も、今のところは悪くない。

 

 面談室に入ると、

 空気が一気に明るくなった。

 

 イカロスのリーダー、天城レイ。

 

 目が、澄んでいる。

 

 「ソロでジェルビーストに遭って、生きて帰ったって聞きました」

 

 評価でも、警戒でもない。

 ただの事実として、受け止めている。

 

 「一緒に行きませんか」

 

 「なぜ俺なんだ?」

 

 「英雄は、立ち止まらないと思うんです」

 

 その言葉を聞いた瞬間、

 胸の奥が、少しだけ痛んだ。

 

 ——昔の自分だ。

 

 資料の最後に書かれていた一文が、頭をよぎる。

 

 > 「撤退判断については、リーダーの裁量に委ねる」

 

 俺は、静かに資料を閉じた。

 

 廊下を歩きながら、整理する。

 

 数で押すブラックホーン。

 合理で切るネクサス。

 太陽を目指すイカロス。

 

 そして——

 減らないアウルズ・パス。

 

 俺は英雄にならなくてもいい。

 一番にならなくてもいい。

 

 生きて、次へ行ける場所。

 

 それが、今の俺に必要な答えだった。

 

 資料を返却しながら、

 小さく息を吐く。

 

 若さは、もう戻らない。

 だが、この先の人生を選ぶ権利は、まだある。

 

 俺は、ようやくそれを使った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。