第8話 太陽を見上げる者たち
探協の面談室で、薄いファイルを手渡された。
新人向け資料。
各クランの概要と、簡単な活動記録。
——公式に配られるものだが、
行間を読めるかどうかは、本人次第らしい。
最初に目を通したのは、アウルズ・パス。
中規模。
所属人数:20名。
常時稼働は三、四パーティ。
欠員が出ても、無理に補充しない。
資料の文面は淡々としているが、
死亡率の低さだけは、はっきり書かれていた。
> 「生存率を最優先とする探索方針」
面談で会った担当者の言葉も、資料と同じだった。
「私たちのクランに派手さはありません。
ですが、戻って来られます」
正しい。
あまりに正しい。
だが、ページの端で、
返済期限の数字が頭をよぎる。
次に開いたのは、ブラックホーン。
大規模。
所属人数:30〜40名
パーティ数も多く、
成果報告の件数は群を抜いている。
その一方で、
「所属者の入れ替わりが激しい」
という一文が、やけに目についた。
面談でリーダーは、笑って言った。
「稼ぎたいなら、ここが一番だ」
嘘はない。
だが、資料には撤退基準が書かれていなかった。
成果の項目はあるのに、引き際の文字がない。
——運任せ、か。
三つ目は、ネクサス・マテリアルズ。
探索者自体は10名ほど。
だが、資料の後半は別物だった。
研究班。
加工部門。
管理部。
所属人数:70名
奈落に入る人間より、
奈落を“使う”人間の方が圧倒的に多い。
> 「契約は成果と価値に基づき更新される」
面談では、それ以上でもそれ以下でもなかった。
「あなたの生存率は、現時点では高い」
——現時点では、だ。
最後に残った資料。
ページ数は一番少ない。
イカロス。
設立から、まだ日が浅い。
所属人数:8名。
全員、若い。
だが、探索記録は目を引いた。
深部進行率が高い。
成功率も、今のところは悪くない。
面談室に入ると、
空気が一気に明るくなった。
イカロスのリーダー、天城レイ。
目が、澄んでいる。
「ソロでジェルビーストに遭って、生きて帰ったって聞きました」
評価でも、警戒でもない。
ただの事実として、受け止めている。
「一緒に行きませんか」
「なぜ俺なんだ?」
「英雄は、立ち止まらないと思うんです」
その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
——昔の自分だ。
資料の最後に書かれていた一文が、頭をよぎる。
> 「撤退判断については、リーダーの裁量に委ねる」
俺は、静かに資料を閉じた。
廊下を歩きながら、整理する。
数で押すブラックホーン。
合理で切るネクサス。
太陽を目指すイカロス。
そして——
減らないアウルズ・パス。
俺は英雄にならなくてもいい。
一番にならなくてもいい。
生きて、次へ行ける場所。
それが、今の俺に必要な答えだった。
資料を返却しながら、
小さく息を吐く。
若さは、もう戻らない。
だが、この先の人生を選ぶ権利は、まだある。
俺は、ようやくそれを使った。