第9話 群れに入るということ
アウルズ・パスの加入は、思っていたよりも静かで、そして——暖かかった。
拍手も、派手な歓迎もない。
だが、すれ違う先輩探索者たちは皆、短く声をかけてくる。
「よろしくな」
「生きて帰ろう」
それだけで、十分だった。
クランに所属すると、拠点は探協ではなくクランハウスになる。
奈落から少し離れた場所にある、古いが手入れの行き届いた建物だ。
中庭のような広場があり、
ここで隊列や合図を叩き込まれる。
最初の二日間は、ひたすらそれだった。
前に誰が立つか。
誰が後ろを見るか。
危険を感じた時の合図。
教えてくれるのは、先輩探索者だ。
「焦るな。
生き残る奴は、速いんじゃなくて、揃ってる」
パーティの仲間は二人。
男性が、佐伯 恒一。
緊張しやすいが、飲み込みは早い。
女性が、相川 澪。
静かだが、視線は常に周囲を見ている。
夜は座学だった。
奈落上層に出現する化け物の特徴。
影犬(シャドウハウンド)の動き。
群れで出た時の対処。
「影犬は最弱だ。
だが、油断した瞬間に命を持っていく」
探索初日の、あの光景が頭をよぎる。
この言葉を、俺は決して忘れない。
——返済日まで、残り七日。
焦りはある。
だが、ここで無理をすれば意味がない。
三日目から、先輩を伴って実際の探索に入った。
奈落の空気。
もう、昨日ほど重くは感じない。
隊列は安定していた。
一体、二体の影犬との遭遇戦。
慎重に距離を詰め、
先輩の指示を受けながら、挟まれないように処理する。
佐伯は、最初こそ硬かったが、
回数を重ねるごとに動きが良くなっていく。
相川は、判断が早い。
危険を見つけるのが、俺より少しだけ早い時もあった。
——悪くない。
五日目。
返済日まで、残り三日。
新人の教育期間が一旦終了し、先輩は別の隊に合流した。
俺たち三人だけでの本格的な探索が始まった。
その日は、いつもより広い空間に出た。
初回の探索。
あの時は覗くだけだった大広間。
一人では進めなくても、
仲間がいれば前に進める。
影犬が——四匹。
俺たちの気配を感じた瞬間、動いた。
「来るぞ!」
連携は崩れていない。
だが、ここまでの探索で蓄積した疲労が見え始めている。
佐伯の足が、わずかに遅れる。
相川の呼吸が、浅い。
——ここで引けば、安全だ。
だが、引き返すたびに、返済日は近づく。
佐伯の動きは、まだ崩れていない。
相川の視線も、鈍ってはいなかった。
——消耗はある。
だが、あと一戦くらいなら、なんとかなる。
俺は自然と前に出ていた。
「下がれ!」
体を張って庇う場面が、増えていく。
影犬を倒し切った時、
全員が息を切らしていた。
今日は帰還しようとした、その時だった。
——嫌な気配。
通路の奥から、
粘獣(ジェルビースト)。
「……まずい」
疲労した状態での、格上。
座学でも、こういう状況ではまず逃げろと言われた相手だ。
それでも俺は、一歩前に出る。
「俺が引きつける。
二人は距離を——」
言い終わる前に、
粘獣が跳ねた。
衝撃。
体が軋む。
それでも、退かない。
——ここで倒れたら、
このチームは崩れる。
刃を、なんとか突き立てる。
だが、決定打にならない。
次の粘獣の一撃が眼前に迫る。
が、衝撃は来なかった。
「抑えます!」
一撃を防いでくれたのは佐伯だった。
その瞬間、
横から鋭い影。
相川だった。
隙をついた、迷いのない一撃。
粘獣の核を、正確に貫く。
化け物が崩れ落ちる。
静寂。
俺は、その場に膝をついた。
「……無茶しすぎです」
相川の声は、震えていた。
佐伯も、強く頷く。
「俺も支えます。
一人で、やらないでください」
——参ったな。
「ありがとう、相川、佐伯」
「全員無事でよかったです」
「澪でいいですよ……仲間なんですから」
守るつもりで前に出たのに、
最後は、守られていた。
返済日まで、残り三日。
だが、なんとかなる手応えを感じていた。
一人じゃない。
群れで進めば、届く。
アウルズ・パスは、
そういう場所だった。