三歳、ある程度物事の道理が理解できるようになった頃、僕は僕に起こった事を夢で見た。
この世界での生はまあ平凡で。 幼なじみの女の子と男の子との楽しいひととき、引っ越しによる別れの悲しさ、新しい家族、父さんの一夜の過ちによる流血沙汰、道の選択、そして諦め。 そう、非凡な体験をしたのだし、主人公ってやつじゃあないか?!などと幼い頃はワクワクしていたものだ。 赤緑とか、金銀とか、そういうメインストリームなソフトの主人公って感じで。
しかし少年はいつしか現実を知るもので。 頭が良い訳でもない、特別なポケモンがなついてきたりとか会いに来たりとかもない、そもそも秀でた才能なんてない。 だから僕も例に漏れず9つになる頃にはすっかり諦めていた。 いつかは一生を共にするであろう平凡なパートナーを決め、少しだけ平凡な旅をして、そして平凡な大人になっていく。 そう理解した。 あの出来事はただの夢、遠い出来事。 寂しい僕が見た幻だと。
僕は夢追い人になるには芥過ぎると、どうしようもなく突きつけられた気がした。
なにはともあれ今日は、僕の十歳の誕生日。 夏真っ盛りの、なまじっか海に近いせいで蒸し暑い街の、雲ひとつない晴天日。 カーテンの隙間から差し込む力強い日差しが微妙にうるさい。 気持ちを切り替えるため、着替えとタオルをタンスから出す。 汗を拭いてから日焼け止めを肌にすり込んだ。 白い七分袖のシャツ、薄灰色のキュロット、適当な靴下、動きやすいように同じ色のショートブーツ。 仕事着だけれどちょっとオシャレも楽しんでみました雰囲気を心がけた。 多分見苦しくはないはず。
バッグの最終確認を終えかけていると、珍しく部屋の扉が開いた。
「おはよう! ケイちゃん! お誕生日おめでとう!」
:おはよう! ケイちゃん! おたんじょうびおめでとう!:
寸分違わないセリフで入ってきたのは僕の母親とそのパートナー、ポチエナ♀のリリ。 怖い見た目と違って性格はむじゃき。
「おはよう」言い終わらないうちから繰り出された、二人からのすてみタックルをあまんじて受けた。 雨雲色のカーテンをきちっと両端で留めた後、一緒に身だしなみを整えに行く。 母さんは寂しさ半分、嬉しさ半分だろうか? 複雑な目でこっちをたまに見るけれど、リリは珍しく三人一緒でご機嫌だ。 ふわふわの尻尾をいっそ千切れろとばかりに振っている。
わりと広めのユニットバスルームは二人と一匹ぐらいなら余裕がある。 僕が丁寧に歯を磨いている後ろで、母さんは僕の髪の毛を整えていた。
「ケイちゃんは本当にお父さんにそっくりねぇ」 僕の爆発系焦げ茶のショートをブラシですいて、どうやってるのかヘアワックスで綺麗にちょい跳ね風に撫で付ける。 自分は性格もふわっふわの天パも含めて父親にそっくりだと母さんは言う。 母さんは栗毛で剛毛の完全ストレートで、でも眼の色は自分と同じヘーゼル色。 少し過保護だけど、自重しようと努力しているのはわかる。 父ちゃん今は七歳の妹が三歳の頃に一夜の過ちをして盛大に叩きだされてたもんね、仕方ない。
さっさと支度を終えた僕は階下に下りて、いつものように挨拶とともに駆け寄ってきた母さんそっくりの可愛い可愛い妹のイライザと回りながらテーブルにつかせた。 キッチンでは朝食の支度中の元父のパートナー、デンリュウ♂のリデンさんが奮闘している。
リデンさんは母さん泣かした父さんに愛想をつかしてパートナー解消し、今は家で家事能力が皆無だった父さんの元で培ったその主夫能力を存分に発揮していて毎日が楽しそうだ。 情緒不安定な母さんを上手く慰め、バリバリ仕事できるようにサポートし、夜遅い日には僕と一緒にイライザを慰める。 しかも、今もたまに会いに来ようとする父さんを僕達に見えないように説得しているのを何度か見かけた事もある。 僕の性格はあそこまで面倒くさくないと異を唱えたい。
サッとリデンさんの側まで最小限の動き、最大限の早さと優雅さで辿り着き、皿をお盆に乗せて再び戻り意図された方式に添って並べる。 リデンさんは料理のプロなのだ。 手伝いをするならこちらもそれ相応の能力が要求される。 バレバレだけどもこっそりと僕の旅支度を確認してきた母さんが、最近はご無沙汰だった呆れ顔を見せた。 どうせ誕生日にまでそんな事をしなくても良いのに、って思ってるんだろう。 僕はもちろん、妹の隣の椅子を引く。 右手で足しながら。
五人の和気藹々な朝食が終わって、いよいよ近場のカセキ研究所に自分のポケモンを貰いに行ける時間になった。 本格的な旅はポケモンセンターで一日講習をパスする日まで禁止だけども、パートナー自体は10歳以前でも持っていられる。 現にリデンさんはイライザが出立する時についていくと言っていた。 縁があるかないかなのだ、要は。
講習は色々な受け方があって、最寄りの認定開催地……塾だったり学校だったり研究所だったりポケセンだったり、に行って受ける。 ただし場所は決まっている訳ではなく、極端な話、受けたくなった時に近いのなら海外のでも良いのだ。 僕の場合はまずミアレまで行って、そこの一番大きいポケセンで受ける。 一応本で予習はしたし、金銀までの知識がある自分ならそこまで難儀しないだろう。 多分。 きっと。 メイビー。
玄関を出て、とりあえず空を見た。 青い空と頑張りすぎている太陽、段状になっている家々、殺風景な地肌むき出しの茶色い地面、などの見慣れている風景が角膜に映る。 ここはコウジンタウン。 歴史が眠る魚業の小さな街。 僕が生まれたトキワシティから父さんの仕事の都合で引っ越してきた街。 しかし母さんはこの街で仕事、友やライバルも見つけ、もうここに骨を埋めるつもりのようだ。 つまり僕も妹も、もう転校につぐ転校で悲しむ事もない。 そう、ぼっちではなくなったのだ。 なんて優しい世界。
「じゃーまた後でねー」 ちょっと振り返って手を振る。 玄関の前に皆して待機しているのは何故なのか。
「気をつけるのよ」 街から出ないのに何に気をつけるのか。 母さんは心配性シリーズ。
「後で抱っこさせてね!」 できるタイプなら好きなだけ良いとも!
:オヤツ買ってきてね!: しょうがない貯めといたお小遣いで良いポフレを買ってこよう。 リリはおねだり上手だなぁ。
リデン師匠は何も言わずに頷いた。 かっこいい。
顔見知り達に声をかけられながら水族館方面に幾つか階段を登ると、案内所が右に見える。 その前を通った奥にあるのがカセキ研究所だ。 入ると、真向かいの受付に居る助手さんが三徹目っぽいクマで笑った。 無精髭も伸びている。 また無理してるのか。
「おはようケイ、十歳のお誕生日おめでとう。 君も今日から立派なトレーナーだね」
「ありがとうございます、講習がありますけどね。 まあ合格しますけどね!」
「おー自信たっぷりだね、いいよいいよ!」 そうだろうと言わんばかりに鼻で笑ってみせる。 講習程度で怯えてちゃトレーナーにはなれないのだ。
「で、君の初めてのポケモンなんだけど」
「仕事終わってからにします」 即答した。 今貰ったら絶対仕事にならない。
「熱心だねー、仕事収めとか気にしなくて良いのに」困ったように笑いながら助手さんが言う。
「どーせ二年後に戻ってくるのにそんな事できませんて」
「そりゃそうだけどねぇ」そう、二年後にはこの地方に戻ってきて早々にここに適当な研究所を紹介してもらい、金稼ぎに入る。 それが僕が選んだ選択肢。 教養としてある程度は旅をするけど、メインはフィールドワークのトレーニング。 世界を周り、色んなポケモンを知り、そして後々生態系の調査と保持などを生業にする。 この街に住む訳ではないかもしれないけれど、来ようと思えばいつでも来れる距離から離れる気はない。
「じゃ、また後で」
「またね」
さて、現在保護している幼体達などの世話程度とはいえ立派な仕事だ。 最後まで勤め上げよう、とはいえどもう三年近くやってる仕事にそうそう不備などが起きるわけもなく。 しいていえば引き止めようとした皆に甘咬みされて服が涎と毛だらけになったぐらいか。 カァカァとヤミカラスが鳴く夕暮れ時、とりあえず仕事は終わりにした。
助手さんは探すまでもなく、いつもどおり栄養剤と珈琲のマグが散乱した専用部屋で、もう暗いというのに明かりも付けずにパソコンになにやら打ち込んでいた。 ゴミから見るに、今日もまともな食事は取っていないようだ。 後で奥さんと娘さんにチクっておこう。
「すいませーん」
「ん?」 助手さんは少しこっちを見ただけですぐにディスプレイに目を戻した。 「おーケイくん。 ああもうそんな時間か、って服どうしたんだい」
デスクランプを全部つけた。 「目、悪くなりますよ。 ……皆に行くなーって言われちゃっただけです。 帰ったら即シャワー行きですね」
「君ほんと好かれるよね。 この前のアーケンだって君にべったりだし。 ちょっとその才能分けてよ」 溜息を吐かれた。
「ちょっと無理ですねー、てか助手さん実は人気ランキング一位ですよ、皆の間で」
「ええ?」 ようやくこっちに向き直った助手さん。 予想外だったらしくわりと本気で驚いている。 「じゃあなんで皆僕から逃げるのさ」
「逆に聞きますけど、自分より体格の良い、あんまり身なりに気を使ってないおっさんが、遭遇する度こっちの都合お構いなしに笑顔で駆け寄ってきて頬ずりしてきたらどう思います?」
「逆に聞くけどなんでそれで一位なの僕」
「んー、愛の深さ?」
ありありと納得いってないさまがわかる顔をしながらも、落とし所としたらしい。 追求はしてこなかった代わりに助手さんは立ち上がって伸びをした。 関節が微かながらも鳴っている所を見るに、また長時間かじりついていたんだろう。 ついでに大きな欠伸を一発かまして、助手さんは言った。
「んじゃケイくんのパートナー、選びに行きますか」
彼らは奥の会議室に居るらしい。 職員さんがついさっきセットアップしておいてくれたんだそうだ。 逸る気持ちを抑えきれず、わざとゆっくり歩いてやがる助手さんの背中をせっつきながら思いを馳せる。 どんな子かな、友達になれるのかなぁと柄にもなく殊勝な気持ちが溢れ出てくる。 こんな感じ初めて、もう何も怖くない! しかし会議室に入ると同時に助手さんの白い背中にぶち当たる。 「ちょ、なんですか……」言ってる最中に背中から向こう側を覗いたせいで声が尻すぼみになった。 ある意味一生見たくなかったもの、でもとてもとても会いたかった者がそこに見えたからだ。
そう、なんという事でしょう……なんだかものすっごく見覚えのあるジュペッタ種が、モンスターボール3つでとっても楽しそうにお手玉をしていらっしゃるのです。 漂ってくる雰囲気からしてなんともレベルが高そうだ。 それ以前に左耳だか角だかがあるべき場所に、僕がやったやつそのままなへったくそ系縫い目があるせいで、あの容赦が一切ない非情の名を擅にしたジョカ様にしか見えない。 向かって左を向いてるおかげでまだ気づかれてはいないようだけど……あ、こっち見た。 僕の希望的観測は無残にも打ち砕かれた。
主要人物の登場スキル纏め(未登場のは書いておりません)
主人公:ネガティブ思考、他種族言語、可愛い物好き、見栄張り(中級)、格下偏見(己)
お母さん:恋破れ(派生:過保護(劣化))、すてみタックル(自己流)、母の愛(真)
リリ:すてみタックル(自己流)、メロメロ(自己流)、イカサマ、やきつくす、どくどく、かみくだく
イライザ:天真爛漫
リデン:女子力(真)、紳士、話術、じゅうでん、パワージェム、コットンガード、かみなり
助手さん:無頓着、【複合スキル】研究者、愛妻家、愛娘家、無茶は男の意地