東方飯机録 ~ tada meshi kuu dake ~   作:地軸

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十五日目~二十一日目

十五日目

 

 今日は軽く済ませるつもりだった。

 

「今日は卵かけご飯でいいか」

 

 米を炊いて、卵を割って、

味噌汁だけつける。

 

 完全に質素。

 

「……」

 

 向かいの席に、

また知らない人がいる。

 

いや、知ってる。

 

依神女苑。

 

「昨日、姉さんが来たらしいじゃない」

 

 いきなり本題。

 

「私にも、いい物くわせ……」

 

 卵を割る音がして、

言葉が止まった。

 

「あっ」

 

 女苑の視線が、

卵とご飯に落ちる。

 

「へぇー」

 

 口角が上がる。

 

「私には、これで充分ってわけ?」

 

「いや、今日はこれしかない」

 

 正直に言う。

 

 女苑は舌打ちしそうな顔をして、

でも座った。

 

「……まぁ、いいわ」

 

 一口。

 

「…………」

 

 二口。

 

「……別に、まずくはないわね」

 

 三口目で、もう普通に食べている。

 

 文句は続く。

 

「昨日はさぁ、もっといい物出たんでしょ」

「不公平じゃない?」

「貧乏神差別じゃない?」

 

 でも箸は止まらない。

 

「おかわり」

 

 二杯目。

 

「……卵、もう一個ある?」

 

 三杯目。

 

 最後は、満足そうに息をついた。

 

「……まぁ、悪くなかったわ」

 

 そう言って立ち上がる。

 

「次は、もうちょっと期待してもいい?」

 

「余ってたらな」

 

 女苑は鼻で笑って、帰っていった。

 

 炊飯器は空。

 

 卵も空。

 

「……卵、買い足しとくか」

 

 十五日目は、

そんな現実的な夜だった。

 

 

 

十六日目

 

 今日は、煮込みにした。

 

 豚と大根。

 味は濃くしすぎない。

 

 机に並べて、座る。

 

「……」

 

 向かいに、もう人がいる。

 

古明地さとり。

 

「はい、今日は私です」

 

 こちらが何か言う前に、言われた。

 

「安心してください。

 理由は特にありません」

 

 ――聞いてない。

 

 煮物に箸を伸ばそうとして、

一瞬、手が止まる。

 

 その前に、すっと小皿が差し出された。

 

「七味、使いますよね」

 

「……はい」

 

 言う前だった。

 

 さとりは、何も見ていない顔で続ける。

 

「今日は、温かいものがいいと思ってました」

 

 否定できない。

 

 煮物を一口。

 

「……」

 

「味、ちょうどいいですね」

 

 それも、思っていた。

 

 食事は静かに進む。

 さとりは先回りするけれど、

踏み込みすぎない。

 

 箸が止まった瞬間。

 

「次、味噌汁を一口飲みます」

 

 言われた通り、飲んだ。

 

「今日は、

 読まれたくないことがない日ですね」

 

 責める口調じゃない。

 

 ただ、確認。

 

「……そうかもしれません」

 

「なら、いい日です」

 

 それだけ言って、

最後にきちんと手を合わせる。

 

「ごちそうさまでした」

 

 帰り際、振り返って一言。

 

「今日は、読まれても困る内容が

 何もありませんでした」

 

 姿が消えたあと、

鍋を見て思う。

 

 ――確かに。

 

 今日は、

 ご飯のことしか考えていなかった。

 

 

 

十七日目

 

 今日は、会話がなかった。

 

 机に並べて、座る。

 

「……」

 

 向かいに、誰かいる。

 

古明地こいし。

 

「うん、おいしいね」

 

「そう?」

 

「お茶いる?」

 

「飲むー」

 

 湯飲みを置く。

 

「デザートは?」

 

「食べるー」

 

 冷蔵庫から、昨日の残りを出す。

 

 それだけ。

 

 説明も、質問もない。

 

 沈黙が続くのに、

居心地は悪くない。

 

「ごちそうさま」

 

 こいしはそう言って、立ち上がった。

 

 次の瞬間、席は空。

 

 洗い物を終えて、

机を拭いて、

椅子を戻す。

 

 そこで、手が止まった。

 

「……あれ」

 

 誰と食べてた?

 

 よく食べてた。

 よく笑ってた。

 声もあった。

 

 でも――

 名前が出てこない。

 

 顔も、もう曖昧だ。

 

 それなのに。

 

 一人じゃなかった感じだけは、

 はっきり残っている。

 

「……まぁ、いいか」

 

 電気を消す。

 

 十七日目は、

 思い出せない夜だった

 

 

 

 

十八日目

 

 今日は、特別なものは作っていない。

 

 焼いた魚。

 冷蔵庫の野菜で作った炒め物。

 味噌汁。

 

 机に並べて、座る。

 

「あーまずいまずい」

 

 向かいの席で、いきなり言われた。

 

鬼人正邪。

 

「こんなまずいの、食ってられねーよ。まずい」

 

 言葉とは裏腹に、箸は止まらない。

 

 魚をほぐし、白飯に乗せる。

 味噌汁を一口。

 

 ――こいつも、一人飯が寂しい時、あるんだろうか。

 

 そう思った瞬間、正邪が顔を上げた。

 

「そのままぼっとしてっと、

 全部くっちまうぞ、このくそまずい飯」

 

「お気に召したようでなにより」

 

 即座に返すと、正邪は一瞬だけ間が空いた。

 

「……」

 

 否定も反論も出てこない。

 

 代わりに、二口目。

 

「勘違いすんなよ」

 

 三口目。

 

「逃亡生活で、久しぶりのまともな飯じゃなきゃ、

 こんな飯くってないんだからな」

 

 言い訳は続く。

 でも、皿は確実に空に近づいていく。

 

 おかわり。

 

 文句。

 

 また一口。

 

 最後は、箸を置いて大きく息をついた。

 

「……ちっ」

 

 不満そうな顔のまま、立ち上がる。

 

「今日は、たまたまだ」

 

「はいはい」

 

 そう言って見送る。

 

 ドアが閉まったあと、机を見る。

 

 皿は、きれいだった。

 

 十八日目は、

 不味いと言いながら、

 一人分以上食って帰る夜だった。

 

 

 

 

十九日目

 

 今日は、完全に作りすぎた。

 

 鍋いっぱいの煮込み。

 山盛りの白飯。

 副菜も、二品。

 

「……やりすぎたな」

 

 独り言を言った瞬間、

床が、わずかに鳴った。

 

 向かいの席に、影が落ちる。

 

 顔を上げて――思わず、息を止めた。

 

星熊勇儀。

 

 でかい。

 近い。

 存在感が、重い。

 

「お邪魔してるよ」

 

 声は低いが、柔らかい。

 

 それでも、背筋は反射的に伸びた。

 

 ――鬼だ。

 強い鬼だ。

 怖い。

 

 でも。

 

 次に浮かんだのは、別の感想だった。

 

 ……ちょうどいいな。

 

 鍋の量。

 飯の山。

 この人が相手なら、全部なくなる。

 

 自分でも驚くほど、落ち着いていた。

 

「どうぞ」

 

 そう言って、器を差し出す。

 

 勇儀はにっと笑って、受け取った。

 

「お、いい匂いだ」

 

 一口。

 

 二口。

 

 咀嚼の音が、はっきりしている。

 

「はは、遠慮いらないな」

 

 そう言って、豪快に食べる。

 

 音は大きい。

 でも、嫌じゃない。

 

 怖さは、消えていない。

 ただ、生活の中に収まっている。

 

 鍋はみるみる減っていく。

 

「……足りるか?」

 

「足りなきゃ言うさ」

 

 そう言って笑う。

 

 それでいい。

 

 無理に怯えなくていい。

 無理に慣れたふりもしなくていい。

 

 ただ、

 

 今日は、この量で正解だった。

 

 最後に、勇儀は満足そうに息をついた。

 

「ごちそうさん。いい夜だね」

 

 立ち上がると、

また床が、少し鳴る。

 

 次の瞬間、席は空だった。

 

 鍋は、きれいに空。

 

 皿も、ほとんど残っていない。

 

「……慣れてきたな」

 

 そう呟いて、

洗い物を始める。

 

 十九日目は、

 

 でかくて強い鬼が来ても、

 “作りすぎた”が先に来る夜だった。

 

 

 

二十日目

 

 今日は、少し浮かれていた。

 

 ボーナスが出た。

 理由はそれだけだ。

 

 仕事帰りに、迷わず出前を頼む。

 普段なら絶対に選ばない値段のやつ。

 

 机の上には、

高級寿司の桶。

 

「……すごいな、俺」

 

 独り言を言った、その瞬間。

 

 向かいの席に、赤と白が座っていた。

 

博麗霊夢。

 

「すごいな霊夢」

 

 思ったまま口に出る。

 

「最近きてなかったけど、

 こういう日は外さず来るんだから」

 

 霊夢は肩をすくめる。

 

「勘よ」

 

 それだけ言って、

寿司桶に視線を落とす。

 

「それより」

 

 箸を取りながら、当然のように続ける。

 

「これ、幻想郷じゃまず食べれない

 高級お寿司でしょ」

 

 桶の蓋を、勝手に開ける。

 

「早く食べさせなさい」

 

「はいはい」

 

 笑いをこらえながら答える。

 

 ネタは艶があって、

シャリもちゃんとしている。

 

 霊夢は一貫目を取って、

迷いなく口に入れた。

 

「……」

 

 一拍置いて。

 

「うん」

 

 短い評価。

 

 でも、それで十分だった。

 

 次々と寿司が減っていく。

 

「やっぱりね」

 

 霊夢は言う。

 

「こういうのは、

 一人で食べるもんじゃないわ」

 

「だな」

 

 何も否定しない。

 

 この机に、

この寿司があって、

霊夢がいる。

 

 それだけで、今日は特別だ。

 

 幻想郷がどうとか、

現実がどうとか、

そんなことはどうでもいい。

 

 ただ、

 

 いい日に、

 いい物を、

 一緒に食べている。

 

 それだけ。

 

「……ごちそうさま」

 

 霊夢は満足そうに言って、

湯飲みを手に取る。

 

「また、こういう日があったら来るわ」

 

「あるといいな」

 

 そう答えると、

霊夢は少しだけ笑った。

 

 桶は空。

 

 財布は軽い。

 

 でも、後悔はない。

 

 二十日目は、

 

 贅沢を分け合える相手がいる夜だった。

 

 

 

 

二十一日目

 

 今日は、普通の晩ご飯だ。

 

 焼き魚。

 味噌汁。

 白飯。

 

 机に並べた、その瞬間。

 

「嫦娥よみているか!!」

 

 天井があるのに、上から来た。

 

 叫び声と一緒に、

向かいの席に立っている人影。

 

純狐。

 

 殺気。

 怨念。

 世界規模。

 

 反射的に、言葉が出た。

 

「あの、座って食べてください」

 

 間。

 

 純狐はぴたりと止まる。

 

「ああ、すまない」

 

 素直に椅子に座った。

 

 怒りは消えていない。

 でも、姿勢は正しい。

 

「……」

 

 箸を差し出す。

 

「いただきます」

 

 言うんだ。

 

 一口。

 

 二口。

 

 無言。

 

 空気が、妙に落ち着いた。

 

「……」

 

 純狐は魚を見つめてから、ぽつり。

 

「これは、嫦娥より悪くない」

 

 比較対象が重い。

 

「ありがとうございます」

 

 なんで礼を言ってるのか、

自分でも分からない。

 

 味噌汁を一口。

 

「……温かいな」

 

 また嫦娥の話が始まるかと思ったら、

始まらない。

 

 ただ、食べる。

 

 完食。

 

 箸を置いて、手を合わせる。

 

「ごちそうさま」

 

 ちゃんと言う。

 

 立ち上がって、去り際に一言。

 

「次は、もう少し量があってもいい」

 

「検討します」

 

 純狐は満足そうに消えた。

 

 机の上には、

空の皿と、

何事もなかった空気。

 

「……怒りって、

 座らせると減るんだな」

 

 二十一日目は、

 

 世界規模の怨念が、

 食事マナーに負けた夜だった。

 

 

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