東方飯机録 ~ tada meshi kuu dake ~   作:地軸

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二十二日目~三十一日目

二十二日目

 

 今日は、少しだけ多めに作った。

 

 炊き込みご飯。

 鶏の照り焼き。

 小鉢。

 澄まし汁。

 

 量は、二人分。

 それ以上でも以下でもない。

 

 机に並べて、座る。

 

「まぁ」

 

 向かいの席に、ふわりとした声。

 

西行寺幽々子。

 

「今日は、いい匂いね」

 

 幽々子は微笑んで、ちゃんと椅子に座る。

 宙に浮かない。

 手を伸ばして、箸を取る。

 

「いただきます」

 

 一口目は、ゆっくり。

 

 二口目も、同じ速度。

 

 ――あれ?

 

 勢いがない。

 おかわりの気配もない。

 

 照り焼きを一切れ、丁寧に口へ。

 

「……うふふ」

 

 楽しそうだが、欲張らない。

 

「今日は、これくらいがいいの」

 

 澄まし汁を一口。

 

「満ちるって、量じゃないのね」

 

 言い切りでも、含みでもない。

 ただの感想。

 

 ご飯は、きっちり一膳。

 小鉢も、残さない。

 

 食べ終わって、手を合わせる。

 

「ごちそうさま」

 

 それだけ。

 

 幽々子は満足そうに立ち上がり、

名残惜しそうに机を見回す。

 

「また、静かな日に来るわ」

 

 次の瞬間、席は空。

 

 皿を片付けながら、気づく。

 

 ――減っているのは、ちゃんと二人分。

 

 鍋も、炊飯器も、

いつも通り。

 

 二十二日目は、

 

 大食いの亡霊が、

 人並に食べて、

 満たされて帰った夜だった。

 

二十三日目

 

 今日は、特別なことはしていない。

 

 いつも通りの晩ご飯。

 いつも通りの二人分。

 

 机に並べ終えた、その時。

 

「失礼します」

 

 きちんとした声。

 

 向かいの席ではなく、

玄関の方からだ。

 

**魂魄妖夢**が、

小さな包みを抱えて立っていた。

 

「幽々子様が、昨夜お世話になりました」

 

 そう言って、深く頭を下げる。

 

「……どうも」

 

 それ以上、言うことが見つからない。

 

 妖夢は包みを机に置く。

 

「お口に合うか分かりませんが」

 

 中身は、きっちり詰められたお重。

派手じゃない。

でも、丁寧なのが一目で分かる。

 

「いただきます」

 

 妖夢はそう言って、

こちらのご飯に箸を伸ばす。

 

 一口。

 

「……」

 

 少しだけ、肩の力が抜ける。

 

「昨日、幽々子様が」

 

 言いかけて、止めた。

 

「……いえ」

 

 それ以上は語らない。

 

 お重の料理を一品、こちらの皿に分ける。

 

「よろしければ」

 

「ありがとうございます」

 

 味は、優しい。

主張しない。

昨日の夜と、同じ温度。

 

 食事は静かに進む。

 

 妖夢は早食いもしない。

 遅すぎもしない。

 

 全部が、ちょうどいい。

 

 食べ終わって、箸を置く。

 

「ごちそうさまでした」

 

 また、頭を下げる。

 

「……また、何かありましたら」

 

「余り物が出たら」

 

 そう返すと、

妖夢は少しだけ困った顔で笑った。

 

「……その時は」

 

 それだけ言って、帰っていった。

 

 机の上には、

空の皿と、

半分ほど残ったお重。

 

 二十三日目は、

 

 食べた時間が、

 ちゃんと礼になって返ってくる夜だった。

 

二十四日目

 

 実家から、箱が届いた。

 

 開けた瞬間、ため息が出る。

 

 きゅうり。

 とにかく、きゅうり。

 新聞紙に包まれたやつが、ぎっしり。

 

「……どうしろと」

 

 浅漬け。

 酢の物。

 叩ききゅうり。

 

 それでも余る。

 

 机に並べて、考えていた、その時。

 

「盟友、お邪魔するよ」

 

 軽い声。

 

**河城にとり**が、

もう座っていた。

 

「……来ると思った」

 

「顔に書いてあったよ」

 

 きゅうりの山を見て、

にとりは目を輝かせる。

 

「新鮮だね。水も切れてる」

 

 一本取って、

塩を振って、

そのままかじる。

 

「うん、いい」

 

 迷いがない。

 

 味噌を出すと、

勝手に合わせる。

 

「これ、持って帰ってもいい?」

 

「好きなだけ」

 

「助かるよ」

 

 きゅうりは、みるみる減っていく。

 

 食べる。

 包む。

 また食べる。

 

 加工の話とか、

川の話とか、

どうでもいい雑談。

 

 気づけば、箱は半分以下。

 

「今日は、ちょうどよかったね」

 

 にとりが言う。

 

「本当に」

 

 余り物が、

余り物のまま終わらなかった。

 

「また何か余ったら呼んで」

 

「期待しないで待ってる」

 

 にとりは笑って、帰っていった。

 

 机の上には、

空の皿と、

少しだけ残ったきゅうり。

 

 二十四日目は、

 

 実家の気遣いと、

 河童の胃袋が、

 ちょうど噛み合った夜だった。

 

二十五日目

 

 今日は、特別なものは作っていない。

 

 炒め物。

 味噌汁。

 白飯。

 

 最近では、これが一番落ち着く。

 

 机に並べて、椅子を引いた、その瞬間。

 

「こんばんはー!」

 

 風が吹いた。

 

**射命丸文**が、

いつの間にか向かいに座っている。

 

「今日は取材ですか」

 

 そう聞くと、文はにやっと笑った。

 

「ええ、もちろん。

 最近この家、いろんな噂が飛び交ってますからね」

 

 懐から、手帳を取り出す。

 

「人間の家に妖怪が集まる理由、

 不思議な机の正体――」

 

 言いながら、箸を持つ。

 

「まずは現地確認、ですね」

 

 一口。

 

 次の瞬間、手帳が止まった。

 

「……」

 

 二口目。

 

「ほう」

 

 三口目で、完全に記者の顔じゃなくなる。

 

「なるほど、油の回りが軽いですね。

 火加減も悪くない」

 

「取材は?」

 

「ちゃんとしてますよ?」

 

 そう言いながら、

もう一口。

 

「味が濃すぎない。

 毎日食べる前提の味ですね」

 

 ペンが、別の意味で走り始める。

 

「これはですね、

 派手さはないけど安定感がある」

 

「……料理レビューになってません?」

 

「失礼ですね、立派な生活取材です」

 

 味噌汁を啜って、満足そうに頷く。

 

「この机、特別な力があるんじゃなくて」

 

 一瞬、真面目な顔。

 

「変なことをしないから、

 変なことが起きないんですね」

 

 そう言って、またご飯。

 

 結局、皿は空。

 

「ごちそうさまでした!」

 

 文は手帳を閉じる。

 

「記事の見出しはこうしましょう」

 

 立ち上がりながら言う。

 

「――

 “幻想郷でも通用する、

 普通の晩ご飯”」

 

「売れますかね」

 

「売れません!」

 

 即答。

 

「でも、好きな人は好きですよ」

 

 風が抜けて、文の姿は消えた。

 

 机の上には、

空の皿と、

置き忘れられた羽根が一枚。

 

 二十五日目は、

 

 取材が、

 ただの料理レビューで終わった夜だった。

二十六日目

 

 今日は、ちょっとだけ遊んでみた。

 

 味はいつも通り。

 でも、見た目に拘る。

 

 薄く切ったローストビーフを、

花の形に盛り付ける。

彩りに少し野菜。

 

「……我ながら、映えそうだな」

 

 机に置いた、その瞬間。

 

「それ、絶対ネタでしょ」

 

 声がした。

 

**姫海棠はたて**が、

もう向かいに座っている。

 

「今日は写真撮るんですか」

 

「当然」

 

 はたてはカメラを取り出す――

……はずだった。

 

 でも、箸を取った。

 

「あ」

 

 ローストビーフを一枚。

 

「……あ」

 

 もう一枚。

 

 噛んで、目を細める。

 

「これ、見た目だけじゃないね」

 

「はいはい」

 

 結局、カメラは机の端に置かれたまま。

 

 花は、

一枚、また一枚と崩れていく。

 

「ちょっと待って、

 構図考えてから……」

 

 そう言いながら、

もう一口。

 

「……無理」

 

 はたては諦めた。

 

 写真は撮られない。

 メモも取られない。

 

 ただ、食べる。

 

「こういうの、

 後から思い出す方がいいかも」

 

「どういう意味で?」

 

「念写」

 

 即答。

 

「食べ終わったあとにね」

 

 皿は空。

 

「ごちそうさま」

 

 はたては満足そうに立ち上がる。

 

「今日のは、

 “撮らなかった”って記事にするよ」

 

「それ記事ですか」

 

「なるなる」

 

 笑って、帰っていった。

 

 後片付けをしながら、思う。

 

 写真は残らない。

 でも、食べた事実は消えない。

 

 二十六日目は、

 

 映えが、

 食欲に負けた夜だった。

 

 ――なお、

 数日後。

 

 見覚えのある食卓の写真が、

なぜか記事に載っていた。

 

 撮った覚えは、ない。

 

二十七日目

 

 今日は、うどんにした。

 

 湯気の立つ丼を二つ。

 机に置いて、座る。

 

「……」

 

 向かいの席には、言葉の少ない気配。

 

稀神サグメ。

 

 箸が動く。

 

「ずぞぞぞ」

 

 少し遅れて、同じ音。

 

「ずぞぞぞ」

 

 七味の瓶を取り、差し出す。

 

「……」

 

 小さく、頷く。

 

 七味を振る音。

 また、箸。

 

「ずぞぞぞ」

 

 言葉は増えない。

 減りもしない。

 

 ただ、音だけが続く。

 

 食べ終わって、手を合わせる。

 

「ごちそうさま」

 

 それだけ言って、席を立つ。

 

 次の瞬間、気配は消えていた。

 

 丼は空。

 湯気も消えかけている。

 

 二十七日目は、

 

 言葉を使わない方が、

 うまくいった夜だった。

 

二十八日目

 

 今日は、完全に手を抜いた。

 

 箱を開けて、机に置く。

 ピザ。

 コーラ。

 

「……たまには、いいよな」

 

 そう言った時点で、もう座っている。

 

豊聡耳神子。

 

「ほうほう」

 

 箱を覗き込み、感心したように言う。

 

「現代の民たちは、こういう物を食べているのか」

 

「今日は割とジャンキーな物なんですが、

 お口に合いますかね?」

 

 神子は否定しない。

 眉もひそめない。

 

「いやいや、たまにはこういうのもいいと思う」

 

 そう言って、迷いなく一切れ取る。

 

「実に欲望的だ」

 

 一口、噛んで、少し考える。

 

「それに、これは私が昔食べていた蘇に似ている」

 

 チーズを指で示す。

 

「乳を煮詰め、甘みと脂を凝縮させたもの。

 時代は違えど、求めているものは同じだな」

 

 コーラを一口。

 

「……ほう」

 

 目を細める。

 

「人の営みとは、

 ここまで進化するのだな」

 

 感慨はあるが、説教はない。

 

 ただ、もう一切れ。

 

 食べる速度は普通。

 評価も普通。

 

「これが常食だと問題だが」

 

 そう前置きしてから、続ける。

 

「たまの欲望は、

 人を前に進める」

 

「助言ですか」

 

「感想だ」

 

 即答。

 

 箱は半分空き、

コーラも減った。

 

「ごちそうさま」

 

 神子は手を合わせ、立ち上がる。

 

「今日は、良い資料だった」

 

「資料……」

 

 笑って帰っていった。

 

 机の上には、

ピザの箱と、

空気の軽さだけが残る。

 

 二十八日目は、

 

 ジャンキーな夜が、

 ちゃんと肯定された夜だった。

 

二十九日目

 

 今日は、ラーメンの日だった。

 

 理由は簡単。

 昨日ピザだったから。

 

 罪悪感を抱えたまま、

さらに背徳に踏み込む。

 

 丼を二つ、机に置く。

 

「……」

 

 向かいの席に、白衣があった。

 

八意永琳。

 

「なるほど」

 

 永琳は、湯気を一瞥しただけで言う。

 

「昨日は脂質、今日は塩分。

 二日続けては、あまり感心しないわね」

 

「ですよね」

 

 否定はできない。

 

「たまになら問題ありませんが」

 

 そう前置きしてから、

箸を取る。

 

「ちゃんとしたものを、

 定期的に摂らないと、

 体に悪い」

 

 一口。

 

「スープは、半分で止めなさい」

 

「……はい」

 

 医者だ。

 

 ラーメンを食べながら、

ラーメンの注意点を挙げてくる。

 

「野菜が足りない。

 水分は摂っている?

 睡眠は?」

 

「……普通です」

 

 永琳は満足そうでも、不満そうでもない。

 

 ただ、事実を並べる。

 

「まぁ」

 

 箸を置いて、ふっと笑った。

 

「あなたは人間だもの。

 気をつけるに越したことはないわ」

 

 少し間を置いて、

自分の丼を見る。

 

「……私はいいのよ」

 

 さらっと言う。

 

「不老不死だもの」

 

 すべてを棚に上げる一言。

 

「ずるくないですか」

 

「特権よ」

 

 即答。

 

 結局、永琳は

スープをほとんど残した。

 

「ごちそうさま」

 

 立ち上がる前に、振り返る。

 

「明日は、

 もう少し軽いものにしなさい」

 

「努力します」

 

 それで満足したらしく、

永琳は帰っていった。

 

 丼を洗いながら、思う。

 

 注意はされた。

 でも、否定はされなかった。

 

 二十九日目は、

 

 背徳のラーメンに、

 医者が来て、

 ちゃんと叱られた夜だった。

 

 ――なお、

 スープは、

 少しだけ残した。

 

三十日目

 

「へぇ」

 

 思わず、声が出た。

 

**レミリア・スカーレット**が、

向かいの席で脚を組んでいる。

 

「へぇ、とはなによ?」

 

「いや……」

 

 机の上を一度、見下ろす。

 

 納豆ご飯。

 サラダ。

 味噌汁。

 

 昨日の忠告どおり、

ちゃんとした、健康的な晩ご飯。

 

「妹さんや咲夜さんの後に来ると思ってたのに来なかったから、

 今日は来ないと思ってたんだ」

 

 正直に言う。

 

「このタイミングで来るとは。

 てっきり霊夢が来ると思ってたのに」

 

 レミリアは、眉を上げる。

 

「どういうことかしら?」

 

 答える代わりに、

テーブルの端に置いてあった箱を、前に出す。

 

「こういうこと」

 

 ――頂き物の高級ケーキセット。

 

 蓋を開けた瞬間、

空気が一段、軽くなる。

 

 レミリアは小さく息を吸って、微笑った。

 

「あら」

 

 一拍置いて、はっきりと言う。

 

「私に相応しいってことじゃない」

 

 納豆ご飯には手を出さない。

 サラダも、味噌汁も、見ただけ。

 

 でも、否定はしない。

 

「主菜が質素なのは、悪くないわ」

 

 ケーキを一つ取りながら続ける。

 

「節度がある。

 だからこそ、甘味が映える」

 

 一口。

 

「……ふふ」

 

 満足そうだ。

 

「昨日、医者が来たでしょう」

 

「なんで分かるんですか」

 

「勘、かしら」

 

 霊夢と同じ言葉を、

別の重さで使う。

 

 食事は、静かに進む。

 

 俺は納豆ご飯を食べ、

レミリアはケーキを楽しむ。

 

 同じ机。

 違う役割。

 

「いい夜ね」

 

 最後にそう言って、立ち上がる。

 

「健康は、長く楽しむための前提よ」

 

「覚えておきます」

 

「ええ、たまにでいいわ」

 

 ケーキの箱は、きれいに空。

 

 三十日目は、

 

 質素な主菜に、

 格の甘味がちゃんと座った夜だった。

 

三十一日目

 

 今日は、ほんとうに普通の晩ご飯だ。

 

 焼いた魚。

 味噌汁。

 白飯。

 

 一か月前と、同じ。

 量も、味も、変えていない。

 

 机に並べて、椅子を引く。

 

「……」

 

 向かいの席には、赤と白。

 

**博麗霊夢**が、

いつもみたいに、もう座っていた。

 

「相変わらず地味ね」

 

「月末なんで」

 

「理由になってないわよ」

 

 そう言いながら、箸を取る。

 

 一口。

 

「……うん」

 

 それだけ言って、食べ続ける。

 

 特別な感想はない。

 文句も、要求もない。

 

 ただ、普通に食べている。

 

「一か月、経ったな」

 

 ぽつりと言うと、霊夢は顔を上げた。

 

「なにが?」

 

「いや……なんでもない」

 

「変なの」

 

 そう言って、味噌汁を啜る。

 

 紫も来た。

 神も来た。

 亡霊も、鬼も、医者も来た。

 

 でも今日は、霊夢だけ。

 

 それで、十分だった。

 

 推しが、

 俺の作った、普通の飯を食っている。

 

 それだけで、

この一か月は、悪くなかったと分かる。

 

「明日も来る?」

 

 軽い調子で聞くと、霊夢は肩をすくめた。

 

「さぁね。

 勘次第」

 

「そっか」

 

 それでいい。

 

 続くかどうかは、

決めなくていい。

 

「ごちそうさま」

 

 霊夢はそう言って、立ち上がる。

 

 去り際に、振り返って一言。

 

「……まぁ、

 また来てもいいわよ」

 

 席が空になる。

 

 洗い物をしながら、思う。

 

 一か月分、

誰かとご飯を食べた。

 

 不思議だったけど、

怖いこともあったけど、

楽しい夜の方が多かった。

 

 三十一日目は、

 

 一区切りで、

 終わりじゃない夜だった。

 

 明日も、

 二人分、作るだろう。

 

 たぶん。

 

 

 




一カ月、31日間やりました、

まだまだ続きますがいかがでしたでしょう。
良ければ感想ください。
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