東方飯机録 ~ tada meshi kuu dake ~ 作:地軸
十五日目
箱を開けた瞬間、声が出た。
「……なんで?」
中身は、人参。
とにかく、人参。
土付き。
洗ってあるやつ。
サイズも色も、ばらばら。
「今度は人参かよ……」
実家の善意は、たいてい量が極端だ。
「俺は兎か」
そう呟いた、その瞬間。
「私は兎だけどね」
即座に返ってきた。
向かいの席に、
にやにや笑っている影。
因幡てゐだった。
「……だろうな」
「でしょ?」
勝ち誇ったように頷く。
「いやー、いいタイミングだね」
「呼ばれた気がしたよ」
「呼んでない」
「でも届いた」
人参の箱を指差す。
「完全に私向けじゃん」
「俺向けでもあるはずなんだが」
結局、逃げ道はない。
今日は――
人参づくし。
ニンジンしりしり。
ニンジンスープ。
ニンジン多めの肉じゃが。
ニンジンのサラダ。
切っても切っても、オレンジ。
「……視界が明るいな」
机に並べると、
彩りはやたら良い。
「いただきまーす!」
てゐは待ちきれない様子で箸を取る。
一口。
「うんうん」
しりしり。
「うん」
スープ。
「うん!」
肉じゃが。
「これは……」
目を細める。
「人参が主役だね」
「否定しないでくれ」
「褒めてるよ?」
にやっと笑う。
「ここまで徹底してると、逆に清々しい」
サラダをぽりぽり。
「でもさ」
「ん?」
「人参って、量あると嫌われがちでしょ」
「……はい」
「でも」
もう一口。
「ちゃんと手をかけると、裏切らない」
「兎の意見として?」
「料理を食べる側の意見として」
珍しく真面目だ。
「運もね」
「雑に扱うと逃げるけど」
「丁寧だと、居座るんだよ」
「都合のいい話だな」
「そういう生き物だから」
てゐは笑う。
皿は、順調に空いていく。
「ごちそうさま!」
満足そうに手を合わせる。
「しばらく人参は見たくないだろうけど」
「正直に言うと、はい」
「でもね」
立ち上がりながら、振り返る。
「今日のは、嫌いになる食べ方じゃなかったよ」
それだけ言って、消えた。
机の上には、
空の皿と、
まだ減らない人参。
「……次は何が来るんだ」
箱を見下ろして、ため息をつく。
十五日目は、
兎扱いされながら、
ちゃんと人参を食べきって、
少しだけ運が良くなった気がする夜だった。
十六日目
今日は、カレーにした。
理由は単純。
人参が、まだ残っている。
切って、
煮て、
溶けるまで。
色はいつもより明るいが、
匂いは、ちゃんとカレーだ。
ご飯を盛って、
かける。
「……よし」
机に並べる。
「……」
向かいの席が、ふっと暗くなる。
灯りがあるのに、
影だけが、そこに落ちた。
ルーミアが、にやりと笑っている。
「にんじん、まだあるんだ」
「あるんだよ」
「へー」
椅子に座って、スプーンを取る。
「いただきまーす」
一口。
二口。
三口。
黙々と食べる。
「……」
止まらない。
「いっぱい、食べたね」
「うん」
皿が、空になる。
しばらく沈黙。
それから、
ルーミアが顔を上げた。
「でも」
声が、少し低くなる。
「まだ、足りない」
視線が、こちらを捉える。
「ねぇ」
一歩、近づく。
「貴方は、食べていい人間」
一瞬。
部屋の空気が、冷える。
喉が、わずかに鳴った。
「……ダメだけど」
即答して、立ち上がる。
「でも」
頭を掻く。
「そういえば、あれがあったな」
冷凍庫を開ける。
取り出す。
白い袋。
電子レンジに入れて、
温める。
「……?」
湯気の立つそれを、
皿に乗せて出す。
「なにこれ?」
「肉まん」
ルーミアは首を傾げる。
「なんで?」
「肉まんってさ」
椅子に座り直して言う。
「昔、人食い妖怪の生贄の代替だったらしいよ」
「……なにそれ」
ルーミアは肉まんを持ち上げる。
匂いを嗅いで、
一口。
「……」
もぐもぐ。
「でもまぁ」
口を動かしながら言う。
「ごまかされてあげる」
もう一口。
「これ、あったかいし」
「それはよかった」
肉まんは、すぐになくなった。
「ごちそうさま」
満足そうに言って、
影が薄くなる。
去り際、振り返って。
「またね」
「食べていい人間」
「言い方に気をつけろ」
笑って、消えた。
机の上には、
空の皿と、
少しだけ残った緊張。
十六日目は、
人参カレーと、
一瞬の闇と、
肉まんで何とか切り抜けた夜だった。
十七日目
今日は、特に理由はない。
ただ、なんとなく――
狙ってみただけだ。
稲荷ずし。
お吸い物。
油揚げを甘く煮て、
酢飯を詰める。
「……よし」
机に並べる。
そして、もう一つ。
小さな台座の上。
八雲藍のフィギュア。
どこで買ったかは覚えていない。
気づいたら、持っていた。
椅子に座る。
「……」
向かいの席に、気配。
空気が、少しだけ張る。
八雲藍が、何事もなかったように座っていた。
「……ふむ」
第一声が、それ。
机の上を見る。
「今日は、稲荷ずしか」
「はい」
藍は頷いて、箸を取る。
「いただきます」
一口。
「……問題ない」
「評価、厳しいですね」
「狐は、食にはうるさい」
もう一口。
お吸い物も、静かに啜る。
「……で」
箸を置いて、視線が動く。
机の端。
フィギュア。
「これは?」
「藍です」
「見れば分かる」
じっと見つめる。
角度を変えて、
後ろに回り――
「……」
藍は立ち上がり、
フィギュアを手に取った。
そして。
スカートの中を、覗き込む。
「……」
無言。
真剣。
「……やっぱ自分でも気になるんだ」
思わず言う。
藍は、ぴたりと動きを止めた。
「……」
ゆっくり、こちらを見る。
「確認だ」
「何の」
「再現度の」
フィギュアを戻し、
咳払いを一つ。
「余計な意図はない」
「そういうことにしておきます」
藍は何も言い返さず、
稲荷ずしに戻る。
「味は、良い」
「ありがとうございます」
「揚げの甘さが、やや控えめなのもいい」
「好みですか」
「……悪くない」
それ以上は言わない。
食事は、静かに終わる。
「ごちそうさま」
立ち上がり、
去り際にもう一度だけ、フィギュアを見る。
「……置くなら、向きを考えた方がいい」
「どの向きが正解なんですか」
一瞬、考えてから。
「……正面だ」
それだけ言って、消えた。
机の上には、
空になった稲荷ずしの皿と、
正面を向いた藍のフィギュア。
「……やっぱ気になるんだな」
十七日目は、
特に意味はないはずだったのに、
妙なところで納得して終わる夜だった。
十八日目
今日は、親子丼にした。
理由は特にない。
強いて言えば、
そろそろ芋から離れたかった。
鶏肉。
卵。
玉ねぎ。
落ち着く手順。
机に並べて、椅子を引く。
「……」
向かいの席に、いつもの赤と白。
**博麗霊夢**が、もう箸を手にしていた。
「いただきます」
先に言われる。
一口。
「……うん」
短い。
しばらく黙って食べてから、
ふと思い出したように聞く。
「そういえばさ」
「なに?」
「芋異変があったとか聞いたけど」
「もう解決したの?」
霊夢は、卵を一口食べてから答える。
「解決はしたわよ」
「そっか」
「元凶も、ちゃんと」
箸を止めずに続ける。
「『次はじゃが芋の季節に会おう』って言ってた」
「……それ、再発予告じゃないか?」
「そうとも言うし」
「ただの捨て台詞とも言う」
霊夢は肩をすくめる。
「まぁ、次はその頃に考えればいいわ」
「軽いな」
「異変なんて、だいたいそんなもんよ」
親子丼を、もう一口。
「それに」
「それに?」
「今回は、こっちに被害来てないでしょ」
「……確かに」
芋が増えただけだ。
「だったら、よし」
きっぱり。
最後の一口を食べて、箸を置く。
「ごちそうさま」
立ち上がる前に、一言。
「じゃが芋の季節になったら」
「はい」
「また、普通にご飯作ってなさい」
「……了解です」
霊夢は満足そうに頷いて、消えた。
机の上には、
空の丼と、
ようやく芋の影が薄れた気分。
十八日目は、
異変の後日談を聞きながら、
親子丼がきれいになくなった夜だった。
十九日目
今日は、月見そばにした。
理由は、月が出ていたから。
それだけだ。
そばを茹でるより先に、
出汁を取る。
昆布。
鰹節。
いつもより、少しだけ丁寧に。
「……たまにはな」
そばを茹でて、
器に盛る。
卵を落として、
静かに注ぐ。
月見そば。
机に並べて、椅子を引く。
「……」
向かいの席に、
気品のある影。
蓬莱山輝夜が、頬杖をついて座っていた。
「……地味ねぇ」
第一声が、それ。
「そうですね」
「もっとこう、豪華でもいいのに」
文句を言いながら、箸を取る。
「いただきます」
つるつる。
一口。
もう一口。
「……」
輝夜は、何も言わずに食べ続ける。
「出汁、拘りました」
つるつる。
「分かるわ」
即答。
「余計なことしてない」
つるつる。
「……褒めてます?」
「一応」
そばを持ち上げる仕草が、
やけに綺麗だ。
音も、ほとんど立たない。
「……」
見ていて、妙に悔しくなる。
「美女は、そば食っても上品なんですね」
「なによそれ」
「なんか、ずるいですね」
輝夜は、くすっと笑った。
「慣れよ、慣れ」
卵を崩して、
黄身を絡める。
「地味なものほど、癖になるでしょ」
「……否定できません」
最後の一口。
「ごちそうさま」
箸を揃えて、こちらを見る。
「たまには、こういうのも悪くないわね」
「月が綺麗ですし」
「そうね」
立ち上がり、
去り際に一言。
「次は、もう少し地味じゃない月見も考えなさい」
「何を乗せるんですか」
「それは、次に考えるわ」
笑って、消えた。
机の上には、
空の器と、
澄んだ出汁の余韻。
十九日目は、
地味だと言われた月見そばが、
最後まで綺麗に食べられた夜だった。
二十日目
今日は、きのこご飯にした。
しいたけ。
しめじ。
舞茸。
香り重視で、具は細かめ。
「……来ると思った」
炊飯器の蓋を開けながら、そう呟く。
湯気が立つ。
「……」
向かいの席に、もう影。
帽子をくいっと上げて、
霧雨魔理沙が座っていた。
「呼ばれた気がしてな」
「きのこで?」
「きのこで」
即答。
ご飯をよそって、机に置く。
「いただきます」
魔理沙は一口食べて、すぐに頷いた。
「お、いいなこれ」
「舞茸が仕事してます」
「してるしてる」
しばらく黙って食べてから、ぽつり。
「……松茸、欲しいんだけど高いんだよな」
「松茸?」
魔理沙は鼻で笑った。
「幻想郷じゃ安物だぜ」
「そうか」
少し考える。
「昔は安物だったって、聞いたことあるな」
箸を動かしながら続ける。
「幻想郷じゃ、自然も沢山あるんだろうな」
「まあな」
魔理沙は肩をすくめる。
「案外さ」
ご飯を一口。
「外で無くなった分、幻想郷で生えてんのかもな」
「……なるほど」
「場所が違うだけで、消えてないってやつ」
しめじを噛みながら、
「そう考えると、悪くない」
「確かに」
きのこご飯は、派手じゃない。
でも、落ち着く。
「ごちそうさま」
魔理沙は立ち上がる。
「次は松茸混ぜてみるか?」
「値段見てから考えます」
「現実的だな」
笑って、消えた。
机の上には、
空の茶碗と、
きのこの余韻。
二十日目は、
高いきのこと安いきのこの話をしながら、
結局、手の届くものをちゃんと食べた夜だった。
二十一日目
今日は、パスタにした。
ミートソース。
ひき肉と、トマト缶。
玉ねぎを炒めて、
肉を入れて、
酸味が飛ぶまで、少し長め。
「……まあまあ、だな」
火を止めて、
パスタを茹でる。
机に並べる。
「……」
向かいの席に、赤い気配。
フランドール・スカーレットが、足をぶらぶらさせて座っていた。
「わぁ」
皿を覗き込んで、目を輝かせる。
「いただきまーす」
一口。
もぐもぐ。
「……」
もう一口。
「前より、美味しいかも」
「それはどうも」
ほっとしたのも束の間。
「でも」
フランは首を傾げる。
「咲夜の方が、美味しい」
即断。
「ですよね」
迷いなく頷く。
「俺もこの前、咲夜さんの手料理いただいたけど」
少し思い出してから言う。
「あれは、真似できない」
フランは、ぱっと顔を明るくした。
「でしょ」
嬉しそう。
「咲夜はね」
「味もだけど」
「タイミングも、完璧なんだよ」
「分かる気がします」
ミートソースを、くるくる。
「でもさ」
「ん?」
「ここは、ここで好き」
「……それなら、よかった」
フランは満足そうに、最後の一口。
「ごちそうさま!」
椅子から降りて、振り返る。
「また、作ってね」
「比べるけど」
「比較対象が重すぎる」
くすっと笑って、消えた。
机の上には、
空の皿と、
少しだけ自信が残る。
二十一日目は、
誰かより上じゃなくても、
ちゃんと“ここで食べる意味”があった夜だった
十九日目、今こいつ月の姫になんて言いやがった?まさかいや、そんな、うんきっときのせいだ