東方飯机録 ~ tada meshi kuu dake ~ 作:地軸
皆様の反応がわるければ、修正するかもです。
その為二日分に止めます。
二十二二日目
二十二日目。
何を作ったのかは、もう覚えていない。
机の上には、いつも通り食事が並んでいて、
いつも通り、それは食べられた。
特別な味だった気はしない。
失敗した記憶もない。
ただ、
その日の料理の内容だけが、綺麗に抜け落ちている。
向かいに座っていたのは、永琳だった。
文句を言うでもなく、
感想を述べるでもなく、
淡々と箸を運び、
淡々と食べ終えた。
最後の一口を飲み込み、
箸を揃え、
器の脇に置く。
その仕草が終わってから、
ほんの一拍。
「……確認なんだけど」
声の調子は変わらない。
雑談の延長のようでいて、
でも雑談ではないと分かる間。
「あなた、姫に求婚した?」
唐突だったが、
突拍子もない、とは感じなかった。
胸の奥が、ゆっくり冷える。
「……どういう意味で、ですか」
自分でも、逃げた聞き返しだと思った。
永琳は肩をすくめる。
「そのままの意味よ」
責める色はない。
探る様子もない。
「月が綺麗だとか、
そういう言葉を使ったでしょう」
「……使いました」
「そう」
それだけで、話は先に進む。
「それをね、
冗談だったとか、
深い意味はなかったとか、
そう処理されるのは、困るの」
永琳は、こちらを見ない。
器の縁に指を置いたまま、淡々と言葉を並べる。
「姫はね、
今さら結婚に夢を見るような人じゃない」
「……」
「一回くらい結婚したって、
永遠の中では須臾よ。
いい思い出になるかもしれないし、
悪い思い出になるかもしれない」
そこで一度、こちらを見る。
「どちらでもいいの」
声は、静かだ。
「問題は、
冗談として扱われること」
少しだけ、言葉を選ぶ間。
「それは、姫のプライドの問題だから」
反論しようとして、
言葉が見つからなかった。
「姫は、向き合う覚悟をしたわ」
永琳は、事実を告げるだけの口調で言う。
「だから、
『そんなつもりじゃなかった』
『幻だった』
『世界が違う』
『寿命が違う』
そういう理由は、聞きたくない」
一つ一つが、刃のようだった。
「それは逃げだから」
淡々と、断言される。
「選ぶなら、選んでいい。
選ばないなら、それでもいい」
そこで、ほんの僅かに微笑む。
「重く考えなくてもいいわよ」
その微笑みは、優しかった。
「あなたがあなたとして、
誠意ある対応をする。
それだけでいいわ」
言うべきことを言い終えた、というように、
永琳は立ち上がった。
「近いうちに、姫が来るわ」
それだけ告げて、
振り返らずに去っていく。
机の上には、
空になった器と、
――何を食べたのか分からない、
二十二日目の痕跡だけが残っていた。
この日、
料理の記憶は残らなかった。
代わりに、
言葉の重さだけが、はっきりと残った。
二十三日目
二十三日目。
月は、満月ではなかった。
少しだけ欠けている。
それでも、雲はなく、
夜は静かだった。
月見団子を作った。
凝ったことはしていない。
白玉粉をこねて、丸めて、茹でる。
甘さも控えめだ。
団子を皿に並べて、
縁側に置く。
……机は、使わなかった。
今日は、そういう日じゃない。
団子を置き終えた、その時。
ピンポーン。
間の悪い音でも、
驚かせる音でもない。
ただ、
「来た」という音。
戸を開けると、
そこにいた。
「こんばんは」
蓬莱山輝夜は、
いつも通りの顔で、
いつも通りの声で、
そこに立っていた。
手には、小さな包み。
「お邪魔しても?」
「……どうぞ」
返事を待つでもなく、
遠慮するでもなく、
でも踏み込む足取りは、どこか丁寧だった。
縁側に並んで座る。
月を背に、
団子を前に。
しばらく、
何も言わない。
輝夜が、団子に手を伸ばす。
「満月じゃないのね」
「ええ」
「でも、悪くないわ」
一口、食べる。
「……普通ね」
「普通です」
くすり、と笑う。
「こういうの、嫌いじゃないわ」
月を見る。
欠けた輪郭が、
夜に浮かんでいる。
少しの沈黙のあと、
輝夜が口を開いた。
「私はね」
声音は、静かだった。
「私に惚れて、
命を懸けた男達をね」
一拍。
「私だけは、
馬鹿にしてはいけないのよ」
月を見たまま、続ける。
「わかる?」
視線が、こちらに向く。
責める目じゃない。
試す目でもない。
ただ、
確認する目。
喉が鳴る。
「……わかります」
それだけ言う。
輝夜は、
満足したようでも、
不満なようでもなく、
ただ頷いた。
「それでいいわ」
団子をもう一つ取る。
「覚悟なんて、いらない」
さらりと、言う。
「永遠なんて、背負えなくていい」
少し、こちらを見る。
「でもね」
一拍。
「冗談には、しないで」
それは命令でも、
約束でもなかった。
ただの、お願い。
あるいは、
矜持の表明。
再び、月を見る。
「選ぶのは、あなた」
静かに、言う。
「そのうえで」
少しだけ、笑う。
「試すのは、私」
欠けた月が、
その笑顔の縁を照らしていた。
「まぁ、でもマシなお月見にはなったわね」
団子は、まだ残っている。
夜は、長い。
そしてこの日から、
輝夜は――
そういう目で、
こちらを見るようになった。
二十三日目は、
満月じゃない月の下で、
お見合いとも違う何かが、
静かに始まった夜だった。