栄盛を極めながらも、遥か昔に消え去った文明。
人類は栄え、そして衰えていった。
あらゆる文明がそのサイクルから逃れられないように、歴史に残る中で最も大きな文明とされるそれすらも、こうして僅かな瓦礫とを残すばかりだった。
凍えるような寒さの中で、俺はここを訪れている。
歴史に興味があるわけではない。
崩れ落ちている家の中には何もあるわけがなく、野盗に来るほどの価値もない。
ここには、ある鍛冶師がいるとの噂が囁かれている。
ある建物の地下にはその文明の隆盛のころから生きている鍛冶師がおり、訪れると望みの武器を打ってくれるのだという。
俺は、武器を得なければならない。
王を殺す短剣を。
槌の音が耳を震わせる。
断続的に聞こえるその方向に歩き出す。
鍛冶師はいる。
それに一先ずの安心を得た。
数十分歩くと、建物を見つけた。他の建物の殆どが基礎を残すばかりなのにもかかわらず、この建物は一階の原型を留めている。
ここだ。そう思って、扉に手をかけると、すんなりと開いた。
中には、階段があった。
降りていくと、聞こえる槌の音が大きくなっていく。
熱気が増す。
外の寒さからは信じられないほどに。
何メートルあったのか、数分降りると先が見えてきた。
真っ赤な光と、僅かな火花。
そこには、鍛冶師がいた。
よく鍛えられた筋肉。身長は二百センチはあるように見える。髭は真っ白で、膝ほどまでに伸びている。目を見開き、直剣に槌を叩きつけては、眺めまわしている。
その風体で、質素な鉄の椅子に座り、炉を前にしている。
一歩後ずさるような異様さを覚えたが、ここには武器を打ちに来たのだ。
少しおかしいくらいの鍛冶師のほうがむしろ、信用が持てる。
中に入ると、鍛冶師はこちらを見向きもせずに声をかけてきた。
「何が欲しい?」
「短剣を、王を殺す短剣を求めてここに来た」
「ふん、つまらんな」
そう言って、直剣を片隅に置いて金属を取った。
炉に投げ入れ、こちらを向き直る。
正面から見る鍛冶師は、まるで正気とは思えない様相だった。
「あんたは、いつからここにいるんだ?」
「昔、昔……この上に都市が生まれるよりも、遥か昔に、ここにいる」
ほら吹きというには雰囲気が漂いすぎている。
事実なのだろうと感じさせる圧がそこにはあった。
「なんで、こんなところに?少し見たが、ここにある剣は全て信じられないほどの業物だろう。この腕があればなんだって出来たはずだ」
「出れんのだ」
そう言って、鍛冶師は金属を炉から引き抜いた。
赤熱した鉄を槌で叩く。
「へファエストスという神を知っておるか?」
「まぁ、少しは。ギリシアの神だろ」
鼻を鳴らして、鍛冶師は語る。
「儂は鍛冶師だ。ヘファエストスに叶う腕などとは到底思わんが、儂は彼を信仰している。皮肉なもんだろう。そんな儂が、今この椅子から立つことすら出来んとは」
「彼の母親との伝説か」
渋い顔をしながら、鍛冶師はただ鉄を打つ。
信じられないような力で鉄は変形していき、姿を変えていく。
「だから、儂はここで武器を打っている。ずっとな。そうすれば、いずれ寒さも癒えるかもしれん」
短剣を研ぐ鍛冶師を前に、俺は考えていた。
この鍛冶師は、寒いのだろうか。
「なぁ、あんた。寒いって言ったか。こんな場所で炉を前にして、それでも寒さは癒えないのか?」
「若造。お前にはまだ分からんよ」
喉の奥から低い声を出して、鍛冶師は笑う。
「寒いのだ。癒えんのだ。だから儂は、こんなところで、椅子に縛り付けられて武器を打っているのだ」
飛び出すような眼をこちらに向けて、愉快そうに鍛冶師は言う。
理解などできない。
「お前には、まだぬくもりが残っている。炉の残り火のようなぬくもりが、暗いものがある。お前にぬくもりがある限り、癒えぬ寒さは訪れんのだ」
「よく……分からない」
それでいいと鍛冶師は言い、仕上げた短剣を渡してきた。
「金は要らんよ。あったって使い道もない」
礼を言い、短剣を受け取って鍛冶場を後にする。
無骨な短剣だった。
美麗な装飾もなければ、彫られたものもない。
ただその刃の鋭さだけが、液体に濡れたような輝きを刀身から放っていた。
帰って、王を討たなければならない。