「残念だね」――マキマが吐き捨てたその一言は、深夜の事務所を凍りつかせるには十分な温度だった。
彼女はゆっくりと窓際へ歩き、背中を向けて夜の街を見下ろした。その姿は一見無防備だが、ダンテの優れた直感は、彼女の背後に幾千、幾万もの「目」と「耳」、そして「糸」が繋がっていることを察知していた。
「ダンテ。……君はこの街の悪魔をどう見ている? 彼らは恐怖の具現であり、人間に害をなす不浄な存在。……公安はそれを狩り、管理し、平和を守る。……それがこの世界の正義だ」
「正義、ね。……そんなご大層なバッジを付けて歩くのは、俺の肌には合わねえな。……俺にとって、悪魔ってのは、自分を『特別な存在』だと勘違いして、やりすぎるバカどもの総称だ」
ダンテはリベリオンを背負い直すことなく、ソファの背もたれに腕を投げ出し、不敵に笑い飛ばした。
「そいつがどんなにデカい面をしてようが、誰かを支配しようとしてようが関係ねえ。……俺のダンスについてこれなくなった奴から、退場してもらう。……それだけのことだ」
「……。支配、か。……面白い言葉だね」
マキマが振り返った。その瞳は、まるでブラックホールのように光を吸い込み、ダンテの魂の「厚み」を測り直しているようだった。
「君は、チェンソーの少年……デンジ君のことをどう思っている? 彼は特別な心臓を持っている。……多くの悪魔が、彼の心臓を欲しがり、彼を自分の所有物にしようと群がってくる。……私を含めてね」
「……。あいつはただのガキだぜ。……ピザの耳を食って、不味い焼き魚に文句を言って、下らねえ妄想でニヤついてる。……心臓がなんだろうが、俺に見えているのは、不器用な生き方しかできねえ半人前(Half-breed)の顔だけだ」
ダンテの言葉に、マキマは一瞬だけ、本当に一瞬だけ、憐れみにも似た微笑を浮かべた。
「君は優しいんだね、ダンテ。……あるいは、あまりに強すぎて、他人の苦悩が理解できないだけかな。……君は、彼を守るつもりかい?」
「守る? ……ハッ。……俺はあいつのパパでもなきゃ、ベビーシッターでもない」
ダンテは立ち上がり、マキマの側を通り過ぎて出口へと向かう。
すれ違いざま、二人の肩が触れ合うほどの距離。ダンテは歩みを止めず、前を向いたまま言い放った。
「だが、あいつが自分でダンスを踊るって決めたなら、その足の運びくらいは見ててやる。……それよりマキマ、お姉さん。……あんたのその『支配の糸』、あまり張りすぎないことだ。……いつか、自分自身が絡まって死ぬことになるぜ」
「……。アドバイスとして受け取っておくよ。……ありがとう、ダンテ」
マキマの声には、何の動揺も混じっていない。
ダンテが扉を開け、廊下へと消えていく。その背中を見送りながら、マキマは自らの右手の指を、そっと自分の唇に当てた。
「……反逆の騎士。……もし君が、この世界の理を壊す『リベリオン』そのものなのだとしたら。……君の最後がどんな味になるか、とても楽しみだよ」
事務所に残されたのは、マキマの静かな独り言と、わずかに残った煙草の残り香だけだった。
翌朝。
新宿駅のホーム。
特訓のために集合したデンジとパワーの前に、いつもの紅いコートを翻したダンテが現れる。
「よぉ、ガキども。……昨日はよく眠れたか? ……今日は昨日より少しだけ、ステップを早くするぜ」
「うぉぉ! ダンテ、ピザ食わせてくれるって約束したよな!」
「ワシは寿司がよい! 高級なヤツを所望する!」
騒がしい二人を前に、ダンテは苦笑しながら、ジャケットのポケットに入れていたシルバーのコインを空中に弾いた。
――Jackpot
コインが朝日に反射して眩しく輝く。