叛逆の悪魔   作:あめんぼユカイ

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6-3: Cola, Coffee and the Crimson Soul

 

 マグカップの底に残った、わずかなコーヒーの滓。その漆黒の沈殿物を見つめながら、俺は自分の胸の内に渦巻く、泥のような焦燥感を感じていた。

 喉の奥に残る重厚な苦味。それは、ダンテが「兄貴の教育の成果」と自嘲気味に笑った、記憶の味だ。

 俺――早川アキは、一度キッチンを離れ、リビングの隅へと歩を進めた。そこには、普段から丁寧に手入れを欠かさない「釘の剣」が、落ち着いた色合いの布に包まれて立てかけられている。

 俺はその重みを両手で受け止め、再びカウンターへと戻った。布の摩擦音をさせながら、カウンターの木材の上に、コツンと静かな音を立ててそれを置く。

 使い手である俺の寿命を喰らい、カースという悪魔の力を具現化する、呪いの塊。

 サムライソードとの戦いで、俺はこの剣を振るうことさえ許されなかった。圧倒的な速度、次元の違う質量。あのとき喉元に突きつけられた死の冷たさは、今も背筋にこびり付いて離れない。

 

「……ダンテ。お前に、頼みがある」

 

 絞り出した声が、自分でも驚くほど低く、震えていた。

 

 ソファの背もたれには、彼の象徴である赤いコートが無造作に掛けられている。今のダンテは、袖を捲り上げたヘンリーネックのシャツ一枚という、ひどく無防備な格好だった。

 だが、捲り上げた腕から覗く無骨な筋肉と、数多の傷跡。そしてコーラの缶を弄ぶ指先の、淀みのない動き。その肉体そのものが、どんな名剣よりも鋭い凶器であることを、俺は肌で感じていた。

 

「……。藪から棒に、改まってどうしたんだい、お兄さん。……そんな顔をして頭を下げるのは、明日世界が滅びるか、それとも自分の無力さに吐き気がした時だけだぜ」

 

 ダンテは顔を上げず、視線だけで俺を射抜いた。

 

「……。後者だ。……サムライソードとの戦いで思い知った。……俺の剣は、ただの『道具』でしかない。……奴のような、自らを研ぎ澄ませた『刃』そのものになった怪物には、掠りもしないんだ」

 俺は視線を上げ、ダンテの瞳を真っ向から見据えた。

「……お前は、バージルという兄と幾度も戦ってきたと言ったな。……その『次元を切り裂く』という居合、その領域に……どうすれば近づける。……俺は、復讐のために最強になりたいわけじゃない。……ただ、これ以上、守れなかった後悔を積み上げたくないんだ」

 俺の言葉を聞き、ダンテはふっと鼻で笑った。だが、その笑みには微塵の冷笑もなく、どこか哀愁に満ちた、遠い地獄の底を懐かしむような響きがあった。

「……。バージルの剣を教えてくれ、か。……ハッ。……お兄さん、あんたはとんでもない毒を食らおうとしているぜ」

 

 ダンテはゆっくりと立ち上がり、壁際に立てかけてあったリベリオンの横に並んだ。

 剣を手に取るわけではない。だが、彼が近づいただけで、立てかけられたリベリオンが呼応するように、微かに、かつ鋭い金属音を立てて震えた。

 キッチンの空気が一変する。卵の焼ける甘い匂いや、コーヒーの香ばしさが一瞬で消し飛び、代わりに鋼鉄の冷たさと、剥き出しの殺気が部屋を支配した。

 

「……いいか。あいつ……バージルの剣の本質は、ただの技術じゃない。……それは『孤高への執着』だ。……あいつは常に言っていた。……『力こそがすべてであり、力を失えば何も守れず、自分自身さえ失う』とな。……無駄を一切排除し、感情さえも刃の研磨剤に変える。……鞘の中で静止した瞬間から、抜刀し、空間を切り裂いて納刀するまでの刹那。……その間に、世界を自分の支配下に置くほどの『絶対的な集中』。……それがバージルの居合……『閻魔刀』の真髄さ」

 

 ダンテの声は、静かだが重かった。

 彼が語る兄の姿は、俺が目指すべき理想というよりは、もはや到達不可能な天災のように聞こえた。

 

「……あいつの剣を真似れば、あんたの心は持たない。……あんたには、捨てきれない情がありすぎる。……だが、その『守りたい』という重荷を、刃を振るうための遠心力に変える方法なら……俺が叩き込んでやれるかもしれないな」

 

 ダンテはリベリオンに預けていた重心を戻し、不敵に口角を上げた。

 

「……いいぜ。……今日の特訓の後だ。……少しはマシなステップが踏めるように、俺がリードしてやる。……ただし、俺の指導はバージルのそれよりは少しだけマイルドだが、それでも普通の人間なら、三回は死を覚悟するレベルだ。……いいな?」

「……。ああ。……感謝する。……身体なら、いくらでも壊してくれて構わない」

「ハッ。……死ぬ気で来いよ、お兄さん。……地獄の沙汰も、剣の腕次第だ」

 

 ダンテは再びソファへ戻り、空になったコーラの缶を指先で弾いた。

 俺はカウンターの上の釘の剣を、再び布で丁寧に包み直した。指先が微かに震えている。それは恐怖ではなく、未知の高みへの武者震いだった。

 

 ダンテという「異界の伝説」の指導。それは、俺が家族を奪ったあの日の「雪」を溶かすための、唯一の炎になるかもしれない。

 

「……おい! アキ! 飯! メシはまだかぁ!」

「ワシはもう、腹と背中がくっついて、そのまま消失しそうじゃぞ!」

 

 廊下から、いつもの騒がしい嵐が近づいてくる音がした。

 

「……。ああ、今できあがる。……顔を洗ってこい、馬鹿ども。……あと、ダンテに礼を言っておけ。……今日の特訓は、いつもよりハードになるぞ」

 

 俺は卵焼きを皿に盛り、食卓へと運ぶ。

 窓の外、完全に昇り切った太陽が、東京の街を眩しく照らし出していた。

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