雨が上がり、湿った風が吹き抜ける東京の街。
ダンテは、黒塗りのセダンの後部座席に踏んぞり返っていた。隣には、先ほど路地裏で睨み合っていた青年、早川アキが座っている。アキの表情は、石像のように硬い。
「……何度も言うが、俺はアンタらの仲間になるなんて言っちゃいないぜ、お姉さん」
ダンテは助手席に座るマキマの背中に向けて、気だるげに声をかけた。
「ええ、分かっているわ。けれど、身分証も持たず、これだけの戦闘能力を持つ存在を野放しにするほど、この国は寛容ではないの。……まずは、私たちの仕事場を見てもらいたいの。悪い話ではないと思うよ?」
マキマの声は、鈴を転がすように心地よく、だが拒絶を許さない響きを持っていた。
ダンテは鼻を鳴らし、窓の外を流れる景色に目をやった。
この世界の悪魔……。
彼のいた世界の悪魔は、魔界から現世を侵略する「種族」としての存在だった。だが、この世界の悪魔は、人々の「恐怖」そのものを核にして生まれるという。
(恐怖、ね……。そいつは少々、根が深いな)
車はやがて、公安対魔特異4課のビルへと到着した。
廊下を歩くダンテの姿は、明らかに浮いていた。赤いコート、背負った巨大な剣、そして何より、すれ違うデビルハンターたちが本能的に感じる「威圧感」。
「アキ君、彼をデンジ君たちの部屋へ案内して。当面の監視は、あなたに任せるわ」
「……了解しました」
アキは渋々といった様子で頷き、ダンテを促した。
案内されたのは、公安の待機室というよりは、どこか生活感の漂う雑多な部屋だった。扉を開けた瞬間、騒がしい声が飛び込んでくる。
「おいコラ! ワシの肉を勝手に食ったなデンジ! 死罪! 死罪じゃ!」
「うるせえなパワー! それは元々俺が拾ってきた……って、アキ、誰だよその真っ赤なオッサン」
そこにいたのは、胸からチェンソーのスターターロープを突き出した少年、デンジ。そして、頭から二本の角が生えた美少女(?)、パワーだった。
ダンテは部屋に入るなり、ソファにどっかと腰を下ろした。
そして、テーブルの上に置かれた半分凍ったままのピザの箱に目を留める。
「……おい、ガキ。そのピザ、食う予定はあるか?」
「あ? ああ、ねえけど……。お前、誰なんだよ。マキマさんの新しい犬か?」
デンジが訝しげに尋ねると、ダンテは冷めたピザを一切れ手に取り、口に放り込んだ。そして、満足げに喉を鳴らす。
「犬? 勘弁してくれ。俺はいつだってフリーランスのデビルハンターだ。名はダンテ。……お前、その胸のヒモ、なかなかファンキーだな」
「ダンテぇ? 変な名前。……おいデンジ、こいつからは血の匂いがプンプンするぞ。しかも、ただの人間じゃない。悪魔でもない。……ワシの角が、こいつには近づくなと言っておる」
パワーが珍しく、警戒心をあらわにしてダンテから距離を取る。
ダンテはそんな彼女を気にする風もなく、アキに向き直った。
「で、監視役のお兄さん。ここじゃ仕事の依頼(ミッション)はどうやって受けるんだ? まさか、お役所仕事みたいに書類を何枚も書かされるわけじゃないだろうな」
「仕事なら、すぐに来る。……ちょうど、特異4課に緊急の出動要請が入った」
アキの腰にある無線が、騒がしく鳴り響く。
現場は新宿。大型の悪魔が一般人を人質に取って立てこもっているという。
「ダンテ。マキマさんから伝言だ。……『あなたの力を見せて。もし期待通りなら、報酬は望むままに用意する』そうだ」
ダンテは、最後の一切れのピザを飲み込むと、ゆっくりと立ち上がった。
その顔には、先ほどまでの怠惰な表情はなく、戦場を遊び場に変える『最強』の笑みが浮かんでいた。
「報酬は望むまま、か。……悪くない。ストロベリーサンデーを死ぬほど食えるだけのチップを、期待させてもらうぜ」
彼はリベリオンを軽く叩き、デンジに目配せをした。
「おい、小僧。本物の悪魔狩りってのを、特等席で見せてやる。……遅れるなよ?」
「……。へっ、偉そうに。食い逃げしたピザ代、きっちり働いて返せよな!」
かくして、異界から来た反逆の騎士と、チェンソーの心臓を持つ少年たちが、初めて肩を並べて戦場へと向かうことになった。