嵐のような朝食が一段落し、残されたのは空になった皿と、わずかな食べ物の匂いだけだった。デンジとパワーは「洗面所をどっちが先に使うか」で騒ぎながらリビングを後にした。残されたダイニングには、少しだけ冷めた空気と、ダンテが淹れたコーヒーの、微かな焦げたような香りが漂っている。
俺――早川アキは、使い古された布巾でテーブルの木目を丁寧に拭き上げた。指先に伝わる木の感触。一日の始まりを告げる、自分への儀式のようなものだ。
俺はキッチンを出て、リビングの端へと歩を進める。そこには、今朝、布に包んで置いたままの「釘の剣」があった。俺はその細長い塊を手に取り、脇に抱える。ずしりとした呪物の重みが、仕事モードへと意識を切り替えさせた。
視線を向けると、ソファではダンテが、ハンガーに掛けていた赤いコートを手に取るところだった。彼はまだ袖を通さず、椅子に座ったまま、傍らに立てかけたリベリオンの刀身を指先でなぞっている。コートを脱いだ彼の背中は、想像以上に広い。シャツ越しに浮き出る肩甲骨の動きには、猛獣が休息しているような、静かな威圧感があった。
「……行くのか、お兄さん。そんなに急がなくても、仕事は逃げちゃくれないぜ」
ダンテが顔を上げず、低く、どこか楽しげな声で言った。俺は一度足を止め、背中のホルダーに布に包まれた剣を固定しながら、彼の背中に向けて言葉を紡ぐ。
「……逃げてくれないから、俺が行くんだ。それに、今日は特訓の前に、黒瀬たちと現場の確認がある」
俺は一呼吸置き、リビングの入り口で一度だけ立ち止まった。
「……ダンテ。あいつらをお願いします。口は悪いが、根は悪くない奴らだ」
俺の言葉に、ダンテは驚いたように眉を上げた後、ゆっくりと椅子の上で身を翻し、俺を真っ向から見た。その唇が、不敵な弧を描く。
「……ハッ。過保護だな、お兄さん。安心しな、俺はガキの扱いはプロだ。……それより、あんたこそ首を洗って待ってろよ? 夕方の『約束』、反故にされたら、ツケのピザ代を倍にして請求するからな」
「……。それは勘弁してくれ」
俺は小さく笑い、廊下へと出た。寝室で黒のスーツの上着を羽織り、ネクタイを締め直す。鏡の中の俺は、いつも通りの、冷徹なデビルハンターの顔をしていた。
靴を履き、玄関のドアノブに手をかける。振り返ると、廊下の向こうで、再びコートを纏い、リベリオンを背負い直したダンテの赤い影が見えた。
「……行ってきます」
ドアを閉め、俺は階段を駆け下りた。
外は、雲ひとつない冬の晴天だ。冷たく乾いた風が頬を叩き、肺の奥まで冬の匂いが入り込む。背中には、布に包まれた呪いの剣。頭の中には、まだ少しだけ、あの苦いコーヒーの余韻。
俺は一度も振り返らず、喧騒の待つ表通りへと歩き出した。