東京、公安対魔特異4課。
早朝の事務所に響き渡るのは、爽やかな鳥のさえずり……ではなく、誰かの盛大な欠伸と、ジャンクフードの箱がぶつかり合う音だった。
「……おい。そこで寝るなと言ったはずだ、ダンテ」
早川アキが事務所のドアを開けるなり、眉間に深い皺を刻む。
視線の先では、深紅のコートを脱ぎ捨てたダンテが、応接用のソファに器用に足を引っ掛け、頭を下にして寝そべっていた。手には半分溶けたストロベリーサンデーのカップが握られている。
「……ん? ああ、おはよう、お兄さん。ここのソファ、事務所のより寝心地が良くてな。つい長居しちまった」
ダンテは重力を無視したような動きで跳ね起き、寝癖のついた銀髪を雑にかき上げた。
アキは溜息をつき、自分のデスクに鞄を置く。
「昨日の報告書はどうした。お前が勝手に新宿の『ビルの悪魔』を倒したせいで、被害総額の計算が追いつかないと会計課が泣いている」
「報告書? そいつは俺の辞書にない単語だな。……それよりアキ、この街の『一番高いピザ』ってのはどこで食える? マキマのお姉さんに『経費で落としていい』って言われたんだが」
「……。マキマさんがそんなことを言うはずがないだろう。嘘をつくにしても、もう少しマシな相手を選べ」
アキが呆れ果てたように言うと、背後の扉が勢いよく開いた。
「おいダンテ! ワシの修行を始めるぞ! 今日こそは貴様を屈服させ、ワシの家来にしてくれるわ!」
「おー、ダンテ。ピザ食わせろよ、ピザ」
乱入してきたのは、頭に角を生やした魔人のパワーと、眠そうに目をこするデンジだ。
パワーは昨日のダンテの戦いぶりを見て、内心では怯えつつも、持ち前の傲慢さで「こいつの技を盗めばワシが最強になれる」と踏んだらしい。
ダンテは二人を見やり、不敵に口角を上げた。
「修行、ね。いいぜ、ちょうど退屈してたところだ。……だが、俺のレッスンは高くつくぞ? 死にたくなければな」
ダンテは壁に立てかけていたリベリオンを、指一本で軽々と拾い上げ、肩に担いだ。
「デンジ。お前、その胸のヒモ……引っ張るとどうなるんだ?」
「あ? これか? ……いや、こいつはマキマさんに見せる時以外は、あんまり使いたくねえんだわ。なんかこう……疲れるしよ」
デンジは適当に濁した。ポチタのことは、まだ誰にでも話せるようなことではない。
ダンテはそれ以上追求せず、ただ面白そうに目を細めた。
「そうか。まあ、出し惜しみはしないことだ。……悪魔狩りの戦場じゃ、一瞬の迷いが命取りになる。……お前の中に眠ってる『何か』、そいつが吠えたがってるのが、俺には聞こえるぜ」
その言葉に、デンジの胸の奥がドクン、と脈打った。
昨日会ったばかりの、この正体不明の男。
言葉は軽いが、その瞳の奥には、地獄を何度も踏破してきた者だけが持つ、底なしの静寂が潜んでいる。
「……よし、決まりだ。今日の修行場所は――練馬の廃棄ビルにしよう。あそこなら、多少暴れても苦情は来ない」
アキが監視役として同行を申し出る。
ダンテは「監視役なんて必要ない」と言いかけたが、アキの手にある財布を見て思い直した。
「わかった、お兄さん。……その代わり、帰りに特上のピザを奢ってもらう。……いいな?」