――ギュイイイィィィン!!
唸りを上げるチェンソーの刃が、ダンテの鼻先数センチを通り過ぎる。
コンクリートの床が激しく削られ、火花が散る。チェンソーマンは、理性をかなぐり捨てた獣のような動きで、ダンテに肉薄していた。
「あはははは! 死ねぇ! 死んじまえッ!」
血を撒き散らしながら暴れ狂うその姿。
ダンテはそれを、リベリオンの重厚な刀身の「腹」で受け流し、あるいはダンスを踊るようなステップだけで回避し続けていた。
「おいおい、そんなにエンジン吹かして大丈夫か? オーバーヒートしちまうぜ」
ダンテは横に跳ぶと同時に、リベリオンの柄頭――アミュレットが埋め込まれた部分で、デンジの横腹を軽く突いた。
それだけで、チェンソーマンの巨体が弾き飛ばされ、壁に激突する。
「……ぐっ、お、重え……」
「デンジ! 何をしておる、ワシの血の弾丸を――ひぎゃっ!?」
援護しようとしたパワーの足元に、ダンテが放った空のサンデーカップが正確に転がり込み、彼女を派手に転倒させる。
「……。ダンテ、これ以上はやりすぎだ」
アキが制止に入る。彼の目には、ダンテが全く本気を出していないことが痛いほど分かっていた。
リベリオンの刃を一度も立てず、ましてや銃(エボニー&アイボリー)に手すら掛けていない。
(……。なるほどな。……こいつはただの『悪魔の心臓』じゃない。……もっと、別の何かが混じっていやがる)
ダンテは、立ち上がろうとするデンジの心臓の鼓動を聞きながら、リベリオンを再び背中へと戻した。磁石に吸い寄せられるように、剣は彼の背中で静止する。
「……ま、初日はこんなもんだろ。……合格だぜ、坊や」
ダンテはパチンと指を鳴らした。
その瞬間、デンジの頭からチェンソーが消え、元の少年の姿に戻る。
「……。はぁ、はぁ……。あんた、マジで一回も斬らせてくれねえのかよ……。化け物かよ……」
「化け物、ね。……最高の褒め言葉だ」
ダンテはデンジの肩を軽く叩き、出口に向かって歩き出した。
「さて、修行の後のデザートは、最高に脂っこいピザと決まっている。……アキ、この近くに一番マシな店があるって言ったな?」
「……。俺は案内すると言っただけで、全額出すとは言っていないぞ、ダンテ」
「ハッ、冷たいねぇ。……マキマのお姉さんへの報告書、俺が代わりに書いてやってもいいんだぜ? ……『ダンテ様は最高にクールだった』ってな」
「……。絶対に断る」
数時間後。練馬の寂れたピザ屋。
テーブルには、積み上げられた空の箱と、幸せそうに頬張るデンジ、そして機嫌を直したパワーの姿があった。
ダンテは一人、タバスコを大量にかけた一切れを口にし、窓の外を見つめていた。
「……。なあ、ダンテ」
アキが、コーヒーを啜りながら静かに問いかけた。
「お前は、この世界の悪魔をどう思う。……復讐の対象か? それとも、ただの獲物か?」
ダンテは咀嚼を止め、少しだけ考え込んだ。
この街の悪魔は、人々の恐怖を食べて強くなる。
その構造は、彼の知る魔界よりも、ずっと人間に近い場所にある。
「……さあな。……だが、一つだけ確かなことがある」
ダンテは、ピザの耳をデンジの皿に放り投げた。
「……悪魔ってのは、最後には必ず負けるようにできてるんだ。……何かに『反逆』する意志を持たない、ただの恐怖の塊なら、なおさらな」
その言葉の意味を、アキやデンジが理解するにはまだ時間がかかるだろう。
だが、マキマが彼を「特異点」として警戒する理由を、アキはその背中に感じずにはいられなかった。
「……。行くぞ。マキマさんが待っている」
「……。了解。……ああ、会計は『早川』でツケといてくれ」
「おい!!」
赤いコートを翻し、ダンテは夜の街へと踏み出していく。
その足取りは、これから始まる血の宴を、ただの「ダンス」程度にしか考えていない、不敵な軽やかさに満ちていた。