巨大な蛇の顎(あぎと)が、ダンテを飲み込もうと頭上から迫る。
逃げ場のない超至近距離。だが、ダンテは回避を選択しなかった。紅いコートを翻し、むしろその巨大な口内へと自ら飛び込んだのだ。
「……消えな」
空中でリベリオンを逆手に一閃。
放たれたのは、空間を真っ二つに断ち切る魔力の衝撃波――『ドライブ』。
次の瞬間、巨大な蛇の頭部は、眉間から尾の先までを縦一文字に綺麗に割られた。内臓や肉が撒き散らされる間もなく、その巨躯は霧のように崩壊していく。この世界の悪魔が持つ「概念的な格」を、ダンテの純粋な「暴力」が上書きした瞬間だった。
返り血一つ浴びることなく、ダンテは静かにアスファルトへ着地する。
「な……蛇の悪魔が、一撃で……!?」
沢渡アカネの冷徹な仮面が剥がれ落ち、その瞳に初めて底知れない「恐怖」が宿った。彼女は理解したのだ。この男にとって、自分たちが呼び出した脅威は、遊び道具にすらなっていないことを。
「……撤退よ。……今はまだ、こいつとやる時期じゃない」
沢渡の合図と共に、深手を負ったサムライソードが、苦渋の表情で後退し、影の中へと消えていく。
ダンテは追おうとしなかった。
背後の店内で倒れている、デンジやアキたちの「命の音」が急速に弱まっているのを感じ取っていたからだ。
「……おい、お兄さん。……勝手に死ぬんじゃねえぞ。まだピザの代金をもらってないからな」
ダンテはリベリオンを背負い直すと、意識を失いかけているアキの傍らに跪いた。
彼の手のひらから、微かな、だが力強い魔力が注がれる。死の淵を彷徨っていたアキの呼吸が、奇跡的に安定し始めたその時。
背後から、血の海を全く汚さずに歩いてくる足音が響いた。
「……ひどい有様ね」
マキマだった。
彼女は周囲の惨状、そして消滅していく蛇の悪魔の残滓を見つめ、それから静かにダンテへと視線を移した。
「……少し間に合わなかったようだね。……それとも、あなたがわざと残したのかな?」
ダンテは立ち上がり、マキマの同心円状の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。その視線には、媚びも恐れもない。
「ハッ。……俺を疑うのは、その不気味な瞳にマスカラでも塗ってからにしな、マキマ。……こいつらは生きてるぜ。……運が良かったな」
「……そうだね。……あなたの言う通りだね」
マキマは淡々と答えたが、その視線はダンテの背のリベリオン、その鍔で不敵に笑う髑髏に固定されていた。
支配の悪魔と、叛逆の魔剣士。
二人の間に流れる沈黙は、先ほどの戦闘よりも遥かに重く、鋭い。
「……さて。……朝食の続きといこうか。……アキ、焼き魚の代わりにお前の財布でピザを注文しといてやるよ」
ダンテはエボニー&アイボリーのグリップを軽く叩き、夜の帳が降り始めた街へと歩き出す。
マキマは、その赤い背中をいつまでも無言で見つめていた。