鞘に入れた刀を左手で掴んだまま、高速接近してくる妖怪を観察する。
問答無用で突っ込んできたら反撃しようと考えていたが、俺達から数メートル離れた空中に止まりそこでふらふらし始めた。
直接危害を加えるつもりは無いようだが、何をしたいのか分からないので困惑してしまう。
「……」
妖怪少女はそのまま浮遊していたが、俺達から何の反応も無い事が気に入らないらしい。
最初こそ余裕たっぷりの顔つきで嘲笑を向けていたが、徐々に苛立ちが見え始めた。しびれを切らしたのか姿を変えたらしく、妹紅がひきつった声を漏らす。
「っ!?」
「どうした、妹紅?」
「単なる光球から、さっきの色々混ざった訳の分からない物に……」
俺の視界ではすっかり正体をさらしてしまっているが、真実を見破る力の影響を受けていない妹紅にはそうもいかないようだ。
正体を教えたとは言え、やはり見えてしまう怪異に恐怖は隠せないのだろう。いくら張りぼてのような姿とは言っても、実感が湧かなければ怖い物は怖い。
「妹紅、妖怪のもたらす恐怖の真骨頂は『未知』だ。妖怪と対峙する上で重要な事だからな、覚えておくんだ」
「……今ここでそんな事言われても困る」
怖がっている妹紅には悪いが、良い機会なので教えておく事にする。妹紅はあまり余裕が無いらしいが、一応は頷いた。
妹紅が怯えたのに気を良くしたのか、今度は俺の近くを回り始めた。どうやらこの妖怪少女は幻覚か何かを見せてその恐怖を糧にしているらしい。……さて。
「さっきから飛び回っていてご苦労なんだが、俺に対してあまり意味は無いぞ」
一瞬動きが止まったが、さっきよりニヤニヤしながら俺の周囲を旋回する妖怪少女。
強がってハッタリを言っている物だとでも思っているらしい。虚勢を張るくらいなら後一押しだと考えたのかもしれない。
「だから正体が見えてるから怖くないんだって。黒い髪に黒い服、赤と青の奇抜な翼を持った少女だろ?」
「ええ!? あ、やば、正体出しちゃった」
「お、本当に田澤が言った通りの姿だったな」
姿を変えていたのに自分の外見を口に出されて驚いたのか、思わず幻覚を解除してしまったようだ。
俺にはよく分からないのだが妹紅の反応と、この妖怪少女自身を見るに間違ってはいないだろう。警戒したのか、俺の近くから飛び退り大きく距離を取った。
「君は何がしたくて幻覚なんか見せて回ってるんだ? 見当は付くけども」
「見当が付くんだったら聞かないでよ。人が怯えてるのを見て楽しんでるの。後、幻覚じゃなくて『正体不明』。見た人の知識でそれぞれ見える物が違う」
「そのせいであんな混沌とした物に見えたのか……田澤はただの黒いのにしか見えないって言ってたけど、随分個人差があるんだな」
「正体不明がただの黒いのにしか見えなかった? そっちの人間、想像力がとんでもなく貧困だね」
「初対面の人間に向かって失礼な奴だな」
いくらなんでも想像力が貧困ってのは酷いだろう。……まあ、正体不明と言う概念自体が今の『俺』にとってはイメージしにくい物であるのは確かだ。
大抵の事象は言葉や法則で説明出来る事を知ってしまっているし、それで説明がつかない数少ない対象でも正体不明かと言われると違うと思う。
それらに理解は及ばなくとも、完全に未知の存在では無い事を知っているからだろうか。
「まあ、正体不明の物なんて存在しないと思い込んでいれば無効なんじゃないか?」
「大した思い上がりだね」
俺の素性と、正体不明を単なる影にしか認識出来なかった理由を万が一にも結び付けられるのは困るので、適当に理由を付けて話す。
挑発の意味も多分に込めた俺の答えが気に入らないらしく、渋い顔をして吐き捨てる妖怪少女。
「しかし下手を打ったね、私は正体不明が売りの妖怪なのに正体が知られるなんて」
「嫌味に聞こえるかも知れないが、相手が悪かったと思って諦めてくれ。俺がいない所でなら今まで通り正体不明だろ?」
「ここで退治するって発想は無いんだね。その刀は飾りかい?」
「人に恐怖を与えるくらいの妖怪まで退治してたらキリが無いしな。
と言うか、その気が有るなら俺の目の前で人を殺しにかかってもいいぞ。当然その時は金とか関係無く全力で邪魔するし、退治させてもらうが」
「相手が何もしなければこっちも何もしないってのは田澤の基本だよな。いくら何もしないと言っても妖怪をのさばらせるのには少し納得いかないけど」
「人はある程度、普通では力が及ばない存在に対する畏れを保持した方が良い。もちろん、畏れるだけでは無く立ち向かう勇気も必要だけど」
「何やら難しい話になってきたけど、貴方達を逃がす訳にもいかないんだよね。鵺が正体知られてるなんて、命を握られてるような物だしね」
鵺か。そうなれば正体を知られると言うのは妖怪少女の曰くとしての弱点なんだな。
それならここで戦闘しないと言う訳にもいかないのか。弱点が存在し続けるなんて嫌なんだろうし。最初の予測通り、戦闘回避は出来ないようだ。
「ま、そう言う事で正体不明は取り戻す必要があるから口封じ。
……未知を克服し、未知は超えたと驕る人間よ! 真の正体不明に怯えて死ね!」
「そこまで言うなら、気絶ぐらいはしてもらうぞ」
物騒だな、死ねって……まあ妖怪だし、物騒で当たり前なんだろうけど。
まあ、俺は殺すつもりも殺されるつもりも無い。少しくらい痛い目にはあってもらうが。
「田澤、私はどうすれば良い?」
「そうだな、あまり目立たない方法で援護してくれ。派手に火を使えば騒ぎが広がって面倒な事になるからな」
「りょーかい」
戦闘態勢に入った妖怪少女を見て、御札を構えた妹紅が指示を仰ぐ。俺は相手の逃げ道を塞ぐように手振りで示しつつ、全身に魔力を流し身体能力を強化する。
素の身体能力でも並の妖怪なら問題ないと自負しているが、具体的な強さが分からない相手なので舐めてかかる訳にもいかない。
流石に鬼や風見ほどの力は無いだろうが、油断大敵だ。
「さあ、人間がどのくらい私相手に粘れるかな?」
「いつまでも、と言っておこうか」
挑発には挑発で返す。余裕たっぷりに肩を竦める動作も入れ、更に相手の感情を逆撫でする。
冷静な判断をしなくなった敵ほど罠にかけやすい者は無い、これで怒ってくれるなら儲け物だ。
「……今のうちに余裕付けとくと良いよ」
「ご忠告痛み入る。こっちも忠告を返すが周りに注意を払った方が良いな」
「戦ってるのは田澤だけじゃ無いからね!」
「な、人間が飛んで!?」
早速挑発にペースを崩したらしく、俺に意識を集中し過ぎて妹紅が後ろに回った事に気付かなかったようだ。
もしくは気付いたが飛べる等とは考える事も無く、脅威に思わなかったのか。確かに普通の人間は飛ばないが、生憎俺も妹紅も普通では無い。
妹紅のばら撒いた、霊力が込められた御札が妖怪少女に殺到する。
「ん、油断したね。でも、このくらいの御札でどうにかなると思う?」
「……これで倒すつもりだった訳じゃ無いけど、そこまであっさり消されるとなあ」
妹紅の投げ放った御札を、嘲笑の笑みと共に何処からか取り出した三叉の槍で撃墜する妖怪少女。
妹紅も本気で無かったとは言え妖怪退治の御札を軽い素振りで迎撃する辺り、相手も中々の力を持っているらしい。
「でも私は囮だし」
「本命はこっち、と言う事だ」
「っく、小賢しい」
今の妹紅の攻撃は本命ではない。囮を二重に仕掛け、確実に攻撃が当たる範囲まで俺が接近する事こそ真の狙いだ。
本当はこんな策が無くとも攻撃を当てられるとは思うのだが、それは色々問題もある。妹紅が経験を積めなくなるし、追い詰められてもいないのに力を見せびらかすのは遠慮したい。
鞘に入れたままの刀を使い、渾身の力で妖怪少女の頭を叩く。これで気絶してくれれば楽なのだが……妖怪は頑丈だ。
「痛っ!? うぐぐ、女の子の頭叩くなんて何を考えてるのよ!」
「死ねって言って攻撃してきたんだから、これくらい我慢してくれよ」
「確かに死ねとは言ったけど、まだ私からそっちに攻撃してないわよ」
……そう言えば、妹紅の御札を迎撃した槍くらいしか攻撃動作らしい物は何もない。
攻撃する暇が無かったと言うだけの事だとは思うが、向こうの指摘はある意味正しい。こんな形で揚げ足を取られるとは思わなかった。
まあ、だからどうしたと言う話では有るのだが。
「でも、そろそろ妖怪の本領発揮の時間だ。陽の下を歩く人間が、満ちた月の下で妖怪に敵うと思うな!」
「月? ……ああ、そう言う事か」
太陽が人間に活力を与えるように、月は妖怪に魔力を与えると言う事だろうか。空を見上げると、おあつらえ向きに今日は満月。まだ丑三つ時には早いのが救いか。
「面白そうだから姿を見せてみたけど、失敗したわ。まさか正体を見られるなんて思わなかったし、しつこく喰らいついて来るし」
「しつこくって言われても、そんなに何回も……おっと、少し不味いな。妹紅、一応俺の後ろに戻れ。バラバラだと対処しづらい」
「ん。分かった」
今まではそれこそ暇潰しのように言葉の過激さに反して本気には見えなかった妖怪少女だったが、何かが気に障ったのか。
いきなり明確な攻撃予備動作を取り始めた。……本当に何でこんないきなり。頭を叩かれたのが痛かったのだろうか。
「妖怪の恐怖を思いしれっ!」
「……俺も気を抜いていられないな、これは」
妖怪少女は妖力を弾幕として放ち、俺達を囲い込む迷路を生み出す。込められた力は中々の物で、不用意に触れればダメージは免れないだろう。
俺達の行動を制限する事が本来の目的であるのは分かるのだが、強行突破する訳にもいかない。この場は素直に相手の狙いに従っておく。
妹紅を横抱きに抱えて迷路に飛び込み、常に形を変えて襲い来る弾幕の包囲の薄い場所をすり抜けていく。
「人間のくせに生意気な。ま、これで死なれても肩透かしだけどね」
「……派手だな」
空に浮かび、槍を片手で弄びながら俺達を睨んでくる妖怪少女。しかし俺は彼女よりも周囲の悪目立ちする弾幕に気が向いてしまう。
いくら都とは言っても夜は暗い。寝静まった闇の中、極彩色に輝く弾幕と、それなりに大きく響く戦闘音。人が来なければ良いのだが。
「ふふん、じゃあ今度はさっきの痛みを倍にして返してやるわ」
妖怪少女は槍を構え、妖力を纏って突進。回避しようと周囲を見回すと、いつの間にか弾幕が一直線のトンネルを形作っている。
弾幕の壁に突っ込むのは得策ではないと判断、先程から良いように戦況をコントロールされている事に舌打ちしつつ妖怪少女に向き合い刀を構える。
妹紅を後ろに庇い、迫る三叉の槍を展開した魔力防壁で防ぐ。が、勢いこそ止めた物の魔力防壁は一撃で砕かれてしまった。
魔力防壁が崩れると同時に、妖怪少女は自らの奇抜な翼を振るい追撃。槍の連撃のような攻撃を、俺は刀で受け流す。
「やるじゃん。まあ、当たるまで続けるけどね」
「ちっ……」
妖怪少女は時おり妹紅も狙って翼を繰り出す。余波すらも当たらないように受け止めるのは流石にキツく、コートの上からとは言え槍の攻撃を何発か喰らってしまう。
防御力を付加されているコートと流した魔力はダメージを軽減するが、だからと言って無傷で済む訳ではない。地味に走る痛みを堪えながら応戦する。
「へえ、まだ耐えるんだ。とりあえず仕切り直しと行こうかしら」
「た、田澤っ! 大丈夫か!?」
「体のあちこちが痛むが、それだけだ。大したことは無い」
槍と翼の猛攻を刀1つで防御し続ける俺を見て、作戦の変更をするのかひとまず距離を取った妖怪少女。
更に自らの姿を隠すように周囲の弾幕を動かし、俺達を引き離すように残りの弾幕を掃射してくる。避ける事自体は簡単なのだが、それ以外の問題が大きい。
「不味いな、流石にそろそろ人を誤魔化しきれないぞ」
「場所を変えた方が良いかも、この辺りは宅地も多いし」
「そうだな、その場しのぎではあるが何もしないよりはマシか」
弾幕が地面に着弾する度に立てる爆音が夜の都に響く。妖怪を警戒している現状でなら全くの一般人は来ないかもしれないが……
逆に言えば妖怪退治のつもりが有る人間は多数呼び寄せてしまうだろう。出来る限り他人は巻き込みたくない俺としては厄介なのだ。
妹紅の言葉に従い、戦闘の場を少しでも人の多い場所から離すべきだろう。……最初から離れていれば良かった気もするが。
「何はともあれ、彼女を誘導しなくてはな」
「そうだね、そろそろ弾幕も打ち止めみたいだし……って、何あれ!?」
「む? また姿を変えたのか」
相談に一区切りついたタイミングで弾幕の雨が止む。見失った妖怪少女を探して、弾幕によって遮られていた辺りを注視するが……
「田澤には普通に見えているのかもしれないけど、私の目にはもう向こうの物全てが訳の分からない変な物に!」
「まさか、手当たり次第に正体不明の力とやらを使ったのか? しかし、俺に効果が薄いのは知っている筈だが」
妹紅の視界では、妖怪少女だけでなく全ての物が正体不明に映っているらしい。
だが、俺には普通に見えている。そして、妖怪少女も俺に効果が薄いのは元から知っている筈なのだ。
単にそれを考慮しなかっただけなのか、他に何か意図があるのか、もしくは妹紅を幻惑するのが目的なのか。
狙いが分からないが、油断なく刀を構えて地面に降り立っていた妖怪少女を見据える。
「ふふ、ようやくあんたから『分からない』って感情が出たね。私の目的の正体が掴めないんでしょう」
妖怪少女にとっての糧は、他者の未知に対する感情らしい。別に恐怖でなくとも構わないと言う事なのか、俺の訝しげな視線を受けて笑みを浮かべる。
「そしてあんたらの相談は聞こえていたわよ。人間が寄ってくるのを避けたいんですってね」
「地獄耳な奴だな……」
「でも残念。私は人間をここに呼び寄せるのが目的だもの、動く気はないわよ」
「何?」
あの爆音の中、遠く離れた位置から小声の相談を聞き取っていた事に疑問が浮かぶも、その後に続く言葉に意識が向く。
この状況で集まってくる人間なら妖怪退治屋の可能性が高い事は分かる筈、呼び寄せても自分が不利になるのではないか?
「っ、田澤!?」
「どうした、妹紅?」
「あ、えっと、ゴメン、何言ってるのか分からない! 私には田澤が妖怪に見え始めた!」
突然の妹紅の叫びに振り向くが、妹紅は俺の言葉が分からないと言う。その上、俺が妖怪に見えるとも。
……待て。俺を妖怪の姿にし、言葉も通じなくさせ、妖怪退治屋を呼び寄せる。考えられる事は1つ!
「ちぃ、えげつない真似を!」
思わず叫びつつ妹紅を抱えて、その場を飛び退く。次の瞬間、俺の居た場所に突き刺さる退魔の矢。
矢の飛んできた方向を見ると、かなり離れた位置から弓を構える烏帽子と狩衣を纏った男達。……くそっ、君達の敵は俺では無いと言うのに。
「無事か、そこな少女よ!」
「退治屋様、来て頂けたんですね! 私、怖くて堪りませんでしたの!」
今しがた矢を放った男に声をかけられ、いかにも恐怖に震えるか弱い少女と言った風な演技で返す妖怪少女。
俺には相変わらずの奇抜な翼が見えているから、どう考えても人間とは思えないのだが。少なくとも、彼らには普通の人間に見えているらしい。
正体不明の力とは別に、一般的な幻術も扱えると言う事なのだろうか。この二つを使い分け出来るのであれば厄介極まりない。
俺を直接幻惑せずとも、今のように他人を惑わして同士討ちに巻き込んでしまえるのだから。
「あの化物が帝の御所と都の人々を脅かす妖怪ぞ、この場で何としても射ちとれい! あの少女も保護するのだ!」
「……にひひ」
妖怪退治屋に守られる妖怪と、弓を向けられる人間。
そんな逆転した状況が面白いのか小さく笑った妖怪少女に皮肉でも言おうとしたが、降り注ぐ矢の雨に沈黙を余儀無くされる。
退魔の力自体ではダメージを受けない筈だが、矢に当たるのは物理的に不味い。直撃すれば死んでしまうかもしれん。
妹紅を抱えたまま飛び上がり、人気の少ない場所を目指して移動を開始する。
「田澤、幻術を何とか出来ないのか? せめて私だけでも治してもらいたいんだけど……このままだと、田澤が怖くて怖くて」
「……俺の姿を妖怪に見せている術が、誰に対してかけられているかで対処法が変わるからな」
いくら正体が分かっているとは言っても、妹紅にとっては言葉の通じない妖怪に引っ張られているような物。
俺としても全ての幻を解除出来れば問題は解決するので、何とか正体不明と幻術の性質を解明する事での無効化を試みる。
「……ん?」
「だ、誰だっ!?」
しかし、その時。唐突にこの場の誰の物でもない妖力が周囲を覆う。
妖力は俺と妹紅、妖怪少女を囲う結界を構成。妖怪退治屋達を切り離し、都の一角を不気味な静寂に包まれた異界へと変える。
「あ、田澤が戻った。でも、この結界って田澤が張った物じゃないよね」
「うむ……誰が何の目的でやったのか」
「貴方と少しお話しをしたかったからですわ、田澤さん」
妹紅の漏らした言葉に返した直後、俺の疑問に答えるように響いた声。
目の前の空間が裂け、無数の瞳が浮かぶ悪趣味な闇の中から現れる妖艶な女性。豪奢な紫のドレスとリボンを結んだナイトキャップ。流れるような金髪。
何故か、既視感と共に酷く頭が痛む。
「……済まないが、何処かで会った事が?」
「いいえ、初対面ですわよ? 貴方の事は知り合いの鬼から聞き及んでいましたけれどもね」
俺の記録にも無い。ならば、初対面なのだろう。いつの間にか頭痛も消えていた。
「ちょっとちょっと! 獲物の横取りは卑怯よ、私が先に見付けたんだから!」
「あら、邪魔な方々は弾いたと思ったのですけれど。悪いけど出直していらっしゃいな」
俺と相対する金髪の女性が人間ではないと気付いた妖怪少女は、途中で自分の策を台無しにされた怒りも有ってか食って掛かる。
しかし槍まで向けられている割りに女性の対応は涼しい物。特に何の感情も見せず、取り出した扇子を振るう。
「わ、何これ! 気持ち悪……」
「貴女の語られる姿も相当な物でしょうに。安心なさい、都の外に飛ばすだけよ」
妖怪少女の足下に再び開かれた、薄気味悪い空間の裂け目。
妖怪と言えども本能的な嫌悪感が浮かぶのか、慌てて翼を動かすが何故か離脱できずに引きずり込まれ姿を消す。
女性の言葉を信じるならば単に転移させただけのようだが、視覚効果が凄まじいので戦闘していた相手の事とは言え不安になる。
「その娘が居るのは想定内ですし、これで準備は整いましたわ。さあ旅人さん、お話しに付き合って頂けるかしら?」
「……その誘いは魅力的だな。互いの親交を深める前に君の名前くらいは教えてもらいたいね」
客観的に見て美しいと言える、妖艶な女性。いくら妖怪と言えども、そんな女性に微笑みかけられれば多少なりとも感情が動かされそうな物だが……
どうにも胡散臭さを感じると言うか、人を不安にさせる不吉な笑みだ。威圧的な風見ともまた違う、底の知れない圧迫感が有る。
雰囲気に飲まれたのか口を開かず立ち尽くしている妹紅を庇いつつ、軽口で女性に返す。
「あら、これは失礼な事を。私は八雲紫と申しますわ」
「一応、礼儀として名乗り返しておこう。俺は田澤昴、こっちは俺の弟子の藤原妹紅」
「ご丁寧にどうも。……早速ですけれど、質問が有りますわ」
言うと同時に、空間の裂け目の境界線に器用に腰掛ける八雲。広げた扇子で口元を隠しながら、感情の読めない瞳を俺へ向ける。
……どうにもやりにくい相手だ。会話の主導権と言うか、場の雰囲気を掌握されている。単に話術が上手いだけではなく、動作の演出が巧みだ。
「答えられるかどうかは、内容によるぞ」
「……ふふ。田澤さん、貴方は人の身で有りながら妖怪と交友を持つ事がお有りのようね」
「それがどうした」
「それ自体を否定する気は有りませんわ。むしろ、妖怪と人間の新しい関わり方と言う事で好ましくも思います。
ですが貴方の話題を聞いて、鵺妖怪との戦闘を見て、貴方とこうして直接会ってみて。……どうにも違和感を覚えますわ」
「って、お前!? な、何してるんだ、田澤から離れろ!」
空間の裂け目に身を滑り込ませたかと思えば、次の瞬間には俺のすぐ後ろに転移している八雲。
長い金髪が俺の頬に触れ、体の一部分もぶつかる程の距離。絡み着くような体勢で、俺の首筋に閉じた扇子を押し当てる。
……傍目からでは八雲が初対面の男に後ろから抱き着いたようにしか見えないのか、妹紅は雰囲気の圧迫を振り切り突っ掛かる。
「……前置きは良い、そろそろ本題に入ったらどうだ。君の話は長々としていて要領を得ない」
「では、単刀直入に。田澤さん、貴方って根本的な所で人間じゃないわね」
「確かに俺が妖怪の寿命すら超える時間を生きているのは事実だが、精神的な面で人間を……」
「その精神こそ、最も人間と思えない部分ですわよ? 肉体的な問題など些末な事、人間が死から遠ざかる手段は幾つか有るのですし」
俺の言葉が終わらない内に重ねた八雲は、妹紅に一瞬視線を向ける。視線を向けられた妹紅は思い当たる節が有るのか押し黙ってしまう。
「そうね、一言で違和感を現すとするならば『理想的過ぎる』かしら。
妖怪を怖れない勇猛さ、温厚かつ知性的な人格、異常なほど多彩な能力、常に余裕を漂わせる雰囲気。
まあ、単に優れた人間と言う可能性は有るでしょう。永きを生きた人間が、そうならないとは言い切れませんしね」
「結局、君は何が言いたいんだ」
「私には貴方が、とても人間には見えない。……妖怪に見える、と言う事でも有りませんわよ?
貴方の存在はどこか絵空事めいていて、遥かに永くを生きたと言う現実味を感じない。長所から短所まで、全て計算されて作られた自動人形のようだわ」
……! この、女!
「田澤に変な言いがかり付けるな、この色ボケ妖怪! そもそも、いきなり知らない男に抱き着くなんてどんな神経してるんだよ!」
「あらら、確かに誤解を招きかねない状態のようね。馬に蹴られないよう離れるとしましょうか」
妹紅の剣幕に押された訳でも無いのだろうが、八雲はあっさりと俺の首筋から扇子を外して離れる。
そのままふわりと浮かび俺達から少し離れた場所に降り立った八雲は、俺の反応を楽しむような視線を向けてくる。
「田澤、あの妖怪に変な事されてないよな……っ!?」
「おお怖い、仮面のような無表情ね」
「……会った事も無い相手に、いきなり人格を否定されれば怒りくらいするだろう」
自分では分からないが、妹紅と八雲の反応を見るに俺は相当余裕の無い表情をしているらしい。意識して苦笑の表情を作る。
俺の作られた表情を見た八雲は一転して無表情になり、呟くように言葉を発する。
「人間と妖怪の分け隔てなく接する、その姿は私にとって好ましい。ですが、だからこそ気に入らない事も有る。
貴方の他者との交友を望む姿勢は見せ掛けではないのか……妖怪と人間の共生する世界に関わる資格は有るのか」
「まるで自分が妖怪と人間の仲を取り持っているような言い分だな」
「これからそうなるであろうと自負しておりますわ」
「……俺への指摘と、自信に溢れたその言動。俺としても君と話をしたくなったよ」
「それは僥倖ですわね。まずは軽い自己紹介から始めません?」
俺が反応する話題を出して興味を引き、自分と会話せざるを得ない状況を作るのが目的だったのだろう。
わざとらしく驚きながら、妖艶な流し目を向ける八雲。どう対応するべきかを改めて考えつつ、とりあえず牽制してみる。
「知り合いの鬼から大体の事を聞いたのだろうし、俺もさっき言ったけどな」
「つれない方ね、さきほど聞いたのは貴方達の名前だけですわ。
……言い換えましょう。貴方の素性、その詳細をお聞かせくださるかしら」
「信用できる友人ならともかく、君に対して説明してやる義理は無い」
「『信用できる友人』ね? では、そのように私と貴方の境界を弄らせてもらうわ」
「……精神操作?」
境界、と言う物がどのような概念を指しているのかは知らないが。文脈的に、精神に干渉する能力を使うつもりで有るらしい。
……さとりのように、悪意なく他者の心に触れるのならまだ許容はできる。だが自らが利益を得るために、それも人を操って目的を果たそうと言うのなら。
「多少手荒にはなるが……君には少し、眠っていてもらうぞ」
「物騒な方、ならばこれは正当防衛と言う事になりますわね。来なさい、藍」
半身になって腰を下ろし、居合いの姿勢で刀を構える。妹紅も俺の雰囲気の変化を悟り、警戒した表情で御札を構え、周囲に火炎を従える。
そんな俺達を見て、おどけたように笑った八雲はパチンと扇子を鳴らす。次の瞬間、八雲の隣に強大な妖力が集中し……九尾を持つ道士服の女性が現れた。
「伊達や酔狂で大層な尻尾をくっ付けてる訳でも無さそうだな。……九尾を従えるとは、君の方こそ妖怪の枠に収めて良いのか分からんな」
「褒め言葉として受け取っておきましょう」
膨大な妖力、冷淡な美貌。その上金色に輝く九尾となれば、伝説にも名高い『九尾の狐』で確定的だろう。
先ほど人外扱いされた意趣返しの念も込めて皮肉を言うが、涼しい顔で受け流す八雲。そんな八雲に、藍と呼ばれた九尾が無感情に声をかける。
「紫様、後ろの娘はどうしますか」
「放っておいても構わないわ、藍。蓬莱人を真面目に相手しても不毛なだけだし、特攻にだけ注意していなさい」
「……言ってくれるじゃないか、色ボケ妖怪!」
まださっきのを根に持っているのか、妹紅…… まあ、面と向かって脅威では無いと言われたのだから怒るのは納得出来るけども。
しかし九尾か、冗談ではなく本当に八雲の底が知れない。境界とやらの能力と言い、感情の読めない笑みと言い、鵺よりも正体不明に感じる。
「お手並み拝見、といきますわ」
「……その余裕がいつまで続くか、見物だな」
「ふふっ、意外に負けず嫌いなのね?」
「負けるのはともかく、やられっぱなしは好きじゃないんでね」
個人的に気に障る事を言われたせいか、普段よりも攻撃的であるのは自覚している。
だが、冷静な思考を無視してでも放っておけない理由が幾つも出来た。……これも、所詮は自動人形の戯言かね。