旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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旅人、境界を越えて転機の地を踏む

 改めて、状況を確認する。こちらの戦力は俺と妹紅……なのだが、正直に言うと妹紅にはあまり期待できないだろう。

妹紅は不老不死の特性によって、命を削る術を用いる事にデメリットが無く、かつ捨て身の戦法を取る事への恐怖心がかなり薄い。

客観的に評価して、中級妖怪程度なら一人でも倒せる実力は有るだろう。しかし九尾の狐に、それを従える妖怪となると流石に力不足だ。

死なないと言っても、相手を倒せるかどうかは別問題なのだし。

 

 

 「妹紅、俺の傍から離れるな。悪いが、妹紅一人ではどちらを相手にしても勝機は無さそうだ」

 

 「悔しいけど、実力に大きな差が有るってのは分かる。田澤を頼りにさせてもらうよ」

 

 

 とは言え、妹紅の力が全く通用しない訳でも無いだろう。タイミングを見計らえばダメージを与える事も可能な筈だ。

八雲のさっきの言い分だと、妹紅は積極的に狙わないと思われる。戦闘自体には参加してもらい、サポートに専念してもらおう。

 

 

 「お荷物を抱えて、どこまで力を隠していられるのかしらね? 行きなさい、藍」

 

 「承知!」

 

 

 八雲は挑発と共に扇子で俺達を指す。下された命令に従い、九尾の狐……藍が迫りくる。

藍は懐から取り出した御札を構えると、そのまま握りつぶすようにして込められた力を解放。二体の式神が藍の傍に出現する。

 

 

 「……君も今の立場は式神だろうに。まさか自分でも式神を扱うとは」

 

 

 式神が式神を使うとは、いったい何の冗談だろうか。

思わずぼやきが漏れるが、藍は反応すらせず。呼び出した式神と共に三位一体の攻撃を仕掛けてくる。

流石に一人で全てを防ぐのはキツイ物が有るので、妹紅に二体の式神を迎撃してもらい、俺は藍の攻撃を対処する。

 

 

 「人間にしては、中々の力を持っているようだな」

 

 「かの名高い九尾の狐殿にお褒めいただけるとは、俺としても鼻が高いね」

 

 

 藍の呪術を魔力防壁で防ぎ、振るわれる鋭い爪を鞘で受け流し、後ろから飛びかかってきた獣の式神を振り返らずに斬り捨てる。

流れるように行われた一連の攻撃を対処すると、ようやく藍は俺に対して声をかけて来た。褒めるような内容に反して、表情は冷ややかな物だが。

妹紅に向われると庇いきれないかもしれないので、気取った口調と素振りで挑発し注意を引きつける。

 

 

 「しかし、この程度ならば私がかつて見て来た退治屋の中にも、多くは無いが存在していた」

 

 「君ならば目が肥えているだろう、あまり無理を言われてもな」

 

 「……減らず口を叩いていないで、もう少し本気になれ」

 

 

 藍が軽く息を吐くと同時に、その体に禍々しい妖力が纏われる。

どうやら俺の態度が気に入らないらしい。挑発が目的だったので、狙いは成功したと言える。

まあ、これ以上は流石に本腰を入れないと不味いだろう。藍に対しては、このまま挑発を続けても効果が薄そうだ。

 

 

 「……ふむ」

 

 

 行動予定を立てるため妹紅の様子を確認するが、二体の式神と互角に渡り合っている。相手を任せた以上、劣勢でも無いのだから援護をするのも筋違いか。

俺は俺で、藍との戦闘に集中した方が良いだろう。いまだに動きを見せない八雲の動向も気になる、あまり余裕を見せてもいられない。

 

 

 「っ、本当にデタラメだな」

 

 「ふん」

 

 

 再びの格闘戦だが、妖力を纏った影響なのか藍の身体能力が大幅に向上している。

妖怪である以上、身体能力が人間の比で無い事は当然なのだが……先程までの、俺と言う『人間』でも反応できたレベルを超えた。

動きはぎりぎり目で追えるが、あまりの速さに反応が遅れる。凄まじい速度からの爪と、体勢の崩れた隙に放たれる呪術によって徐々に傷が増えていく。

 

 

 「……苦し紛れの攻撃など、当たらん」

 

 「ちぃ!」

 

 

 攻撃の軌道を予測して先読みで振るった刀すら完全に見切り、潜り抜けるような動きで俺の後ろへ回り込む藍。

俺は咄嗟に魔力防壁を展開しつつ振り向くが、藍の拳の方が一瞬早くぶつかる。防御は間に合わず、無防備な背中に突き刺さる打撃。

全身に走る強烈な痛みと骨の砕ける感覚と共に、俺は大きく吹き飛ばされる。

 

 

 「ぐ……げはっ」

 

 「田澤ぁっ!?」

 

 

 受け身も取れず、殴られた勢いのまま無様に地面へ落ちる俺。落ちた衝撃で折れた骨が内臓を傷つけたらしく、赤黒い血を吐き出してしまう。

そんな俺を見た妹紅は目くらましの火炎で式神達をけん制した後、蒼白な顔で俺の近くに飛び込んでくる。安心させてやりたいが、この状態はマズイ。

 

 

 「い、いやだ、田澤、たざわぁ!」

 

 「……このくらいでは、まだ、死なんよ」

 

 

 幸い、ダメージ自体は局所的だ。全身をボロボロにされた訳では無いから、折れた部分の骨と内臓を修復すれば戦闘は続行できる。

全ての魔力を肉体の再生に注ぎつつ、口の中に残る鉄の味を吐き出す。鞘を杖がわりにして立ち上がり、余裕のある表情を作って軽口を叩く。

 

 

 「でも、フラフラしてるし……血も出てるし! 私が囮になるから、田澤はその間に」

 

 「弟子を置いて逃げる師匠が居るか」

 

 「私は死なない! 適材適所ってヤツだ!」

 

 

 涙を流しながら食ってかかる妹紅。だが、対面の問題だけでなく俺が逃げる訳にはいかないのだ。

妹紅では藍を抑えられない。まして八雲も同時となれば時間稼ぎすら満足に出来るかどうか。俺が戦わなければ、どうにもならない。

……『扉』を開けば逃げる事ならいつでも可能なのだし、そもそも俺個人の感情として八雲には一矢を報いたい。

 

 

 「手を抜いていたら自分がやられると理解して頂けましたかしら、田澤さん?」

 

 「手を抜いているつもりは無いんだがね」

 

 「下手な冗談に付き合う気は有りませんわよ」

 

 「そっちこそ、俺の攻撃に対する正当防衛にしては言い分がおかしいじゃないか」

 

 「言葉の綾と言う物ね」

 

 

 先程から戦闘には参加していない八雲が口を挟んできた。互いをからかうような言葉の応酬、能天気な会話。

 

 

 「紫様、そろそろ追い打ちをかけても……」

 

 「ああ、そうね。このまま何もしないと言うのであれば、所詮はその程度の人間だったと思う事にしましょう」

 

 

 しかし、藍はこのまま無駄に時間を引き伸ばす事を良しとしないようだ。俺の受けた傷が回復する事を嫌ったのだろう。

八雲は藍からの進言を受けて会話を打ち切る。もともと何か目的が有って俺に言葉を掛けた訳でも無いらしい。

藍は獣の式神を俺達の周囲に展開させ、自らは上空に飛び上がる。そのまま妖力によって構成された弾幕を放ちつつ、式神達を一斉に突撃させた。

 

 

 「多少は同士討ちが起こっても、物量差で潰す気か。妹紅、周りの式神を燃やしてくれ!」

 

 「了解、でも田澤も無理をしないでくれ!」

 

 

 俺達の対応は先程と似たような物だが、これが最も効率の良い方法である事は確かだ。妹紅は式神を迎撃し、俺は藍の攻撃を防ぐ。

……やられっぱなしは嫌いだ。八雲に言われたからと言う訳では無いが、俺としてもこれ以上余裕を付けて傷を負うなんて間抜けな事はしたくない。

挑発をした直後に相当な痛手を受けていると言う時点で、既に間抜けな気もするが。

 

 

 「先と同じ対応で、私と私の式神をやりすごせるとでも?」

 

 「対応こそ同じだが、展開は別になるさ」

 

 

 相手に言われたからのようで癪なのだが、そんな事は言っていられない。全力とまではいかないが、俺も少し本気を出す。

と言うよりも、人間としての力だけでは藍の攻撃に対応できない。……内界に宿る記述を励起。封印を限定的に開放し、『我等』の力の一部を呼び出す。

 

 

 「……」

 

 

 藍は俺の雰囲気の変化を感じ取ったらしい。一瞬迷ったような素振りで身構えた後、表情を戻して更に式神を呼び出した。

……気配はすれども、今回の式神は姿が見えない。藍も徐々に遊びを止めてきたと言った所か。

既に結構な数の式神を任せているし、今の妹紅の手には余る相手だろう。藍も含め、こいつらは俺が引き受けよう。

 

 

 「妹紅、そのまま式神を頼むぞ」

 

 「田澤も、無理をしないで」

 

 

 妹紅も、新たに現れた式神の気配は感じ取っているらしい。自分では対応しきれない事も悟っているのか、表情を歪めながら俺に返す。

 

 

 「……さて」

 

 

 藍のアドバンテージは、自分で動かずとも式神を戦わせる事が出来ると言う点だ。その上、本人の戦闘技能も半端では無い。

式神は決して無視できる相手では無いし、強行突破したところで藍をすぐさま無力化する事は不可能だ。下手を打てば挟み撃ちにされてしまう。

しかし、それは真正面からぶつかればの話だ。搦め手を使えば、高見の見物を気取って余裕を見せている八雲にも冷や汗をかかせてやれるだろう。

まずは、策の準備が整うまでの時間稼ぎか。

 

 

 「おおおおおおッ!」

 

 「勢いだけで圧倒できるとでも考えたか、愚かな」

 

 

 愛用の刀を構え、脚力を魔力で強化し、叫び声を上げながら藍に向かって走る。

藍は侮蔑の声を投げかけてくるが……向こうも俺が単なる自棄で突っ込んできたとは考えていない筈だ。そんな相手だったらこれまで苦戦していない。

 

 

 「そうは思っていないが、いい加減良いようにやられるのも癪なんでな!」

 

 

 言いつつ、不可視の式神を気配を頼りに察知。すれ違いざまに抜刀居合いを仕掛け、両断する。

残りの式神達、そして妹紅を相手にしていた式達の一部が俺を挟むように迫ってくる気配を感じながら、あえてその場で立ち止まる。

 

 

 「馬鹿な、人間がその数を相手に……っ!?」

 

 

 『人間』としての俺なら、確かに無傷では生還できない数だ。魔力さえ残っているならば回復魔法が使えるとは言え、勝ち目が有るとは言い難い。

しかし封印を限定的に解除し、『我等』に多少なりとはいえ存在が近づいている今の俺なら。『延命せられし者』のベールを、ごく僅かとは言え纏いつつある今の俺には……!

 

 

 「十にも満たぬ数で、俺を止められると思うなよ!」

 

 

 飛び掛かって来た不可視の式神の内、半数を刀で斬り捨てる。残りを鞘で殴打し怯ませ、隙を作った所に魔力で生成した剣を放ち地面に縫い付ける。

実体化している獣達は仲間ごと喰らいつこうとしてくるが、その牙や爪を躱しつつ刀と鞘を駆使して返り討ちにする。異常を感じ取ったのか、全ての式神が俺に目標を変えるが……

 

 

 「いくら田澤が目立つからと言って、私を無視するとは良い度胸だね」

 

 「っ、この娘の呪術、火炎も人間業を超えている!?」

 

 

 妹紅から完全に意識を外したのは悪手だ。まだ未熟とは言え、その才能は光る物が有る。

落ち着いて集中できる時間さえ有れば、藍の式神でも重症を負わせる事ができる程の炎を生み出せるのだ。

もっとも、奇襲ならともかく普通は戦闘中に落ち着いて集中できる状況なんて無いのが戦力として数えづらい所以なのだが。

 

 妹紅が巨大な火炎で式神を打ち破り、藍がその動揺から復帰する前に懐へと潜り込む。

鞘と刀、ときおり体術も織り交ぜた俺の近接戦闘に、一度隙を見せてしまった藍は押され気味となる。

 

 

 「……貴様、先ほどまでは手を抜いていたと言う事か」

 

 「それは違うな。大体、八雲にも言っただろう? 手を抜いているつもりは無いと」

 

 

 振るわれる爪、放たれる呪術、九尾としての身体能力。それら全てに勝るとも劣らぬ速度で対応する俺に、藍は憎々しげな声を上げる。

しかし、それは的外れな指摘という物だ。さっきも俺は『人間』として全力を出していた、今は『我等』の力をほんの少し引き出しているだけの事だ。

とは言え相手の動揺と勢いに任せた攻撃、冷静に仕切り直されれば後が続かない。これ以上に『我等』の力を引き出すつもりは無いし、当初の予定通りの策で勝負を決める。

 

 

 「ここまで私と渡り合うとはな、その実力は素直に誉めてやろう。だが所詮は人間の身、何を以て肉体を強化したかは分からんが、それがいつまで続くか!」

 

 「さあね、案外このまま君が倒れるまで続くかも知れんぞ」

 

 「そう大口を叩く割には徐々に動きが鈍っているじゃないか、余裕の有る状況では有るまい」

 

 「それを考慮した上で、君を倒せると言っているのさ」

 

 「……田澤、昴ッ!」

 

 

 意外に沸点が低いな、これくらいの挑発に乗ってくれるとは正直思っていなかったが。

ともあれ、策の第一段階は成功した。後はこのまま攻撃を続けてくれるかどうかだが、この調子だと煽り続けていれば問題は無さそうだ。

 

 怒りの感情で更に身体能力が高まったのか、攻撃の速度が尋常な物では無くなっていく藍。

内心の焦りは不敵な笑みで隠し、俺はそれとなく隙を作り攻撃を誘導していく。狙いを見抜かれれば一気に不利になりかねないが……

 

 

 「妹紅、この九尾に炎を!」

 

 「おう!」

 

 「ちっ、小癪な」

 

 

 妹紅に俺の策を伝えた訳では無い。だが、戦闘時の指示に疑問を見せずに従ってくれると俺は妹紅を信頼している。

妹紅の火炎は藍を相手に勝負の決め手となるような攻撃力は無いが、かと言って直撃を許容できる程貧弱な物でもない。

藍が少しでも冷静さを取り戻す前に、勝負を焦らせる。そして焦った場合、突破を図るのは目の前の弱りつつある憎い俺だ。

 

 

 「いい加減に、その減らず口は聞き飽きた!」

 

 「っ!」

 

 

 狙い通り、わざと作った隙へ妖力を纏わせた爪を突きこんでくる藍。予想と殆ど違わずの軌道で迫りくる鋭い攻撃を迎撃……はせず、大人しく受ける。

熱した大針で体を貫かれるような感覚と共に再び走る激痛、体から活力が抜ける感覚と共に噴き出す真紅の血液。

至近距離で大量の出血を浴びた藍は、反射的になのか口元についた俺の血を舐めとる。冷笑混じりなその動作は、藍の美貌と返り血も相まって狂気的な美しさに満ちていた。

 

 

 「中々楽しかった、とは言っておこうか」

 

 「それは……どうも。しかし、呆気なかったな、ここまで簡単に策にかかってくれるとは!」

 

 「っ、藍! 今すぐ彼を無力化しなさい!」

 

 「えっ、紫様?」

 

 「もう、遅い!」

 

 

 流石にここまでくれば外から観察していた八雲は気付くか。

しかし『俺の魔力が流れている』血を大量に浴び、あまつさえ体内に摂取してしまった以上、策は既に完成した!

 

 

 「汝の力は我が手の元へ、汝の理は我が王国へ! 田澤昴の名の下に、新たなる主に仕えよ九尾の式!」

 

 「なっ、く、うああっ!?」

 

 

 魔法使いにとって、自らの血は最も魔力を通しやすい媒体だ。予め魔力を流しておけば外から干渉して魔法の起点とする事も容易。

俺は自らの血液から藍に干渉し、その存在を解析して理解。八雲が構成した式を魔力で書き換え、主としての権利を無理矢理奪う。

俺の強制的な介入に、自らの頭を抱えて苦しげな叫び声を上げる藍。それでも俺の干渉に抵抗はするが、既に時間の問題だ。

 

 

 「う、あ……」

 

 「さて、藍。君の主は誰だ?」

 

 「く、貴様だ、田澤昴……」

 

 「俺と妹紅に不利益の出る行動はするなよ、藍」

 

 「……。承知した」

 

 

 物凄い不服そうな表情と声だが、今の藍は俺が主だ。主としての命令で俺達にこれ以上危害を加える事は出来ない。

その様子を見て一息吐きつつ、回復魔法で傷を治し、これ以上の出血を止める。……先程の出血と合わせて結構な血液を失ったせいか、一瞬体がふらつく。

 

 

 「やってくれたわね……私の事、怒れる立場なのかしら」

 

 「精神操作とは違うさ。戦闘の結果、攻撃を諦めてくれただけなんだからな」

 

 「良く言うわ、藍の精神を弄ったような物でしょうに」

 

 「悪いが、自動人形には機微が分からんね」

 

 「……根に持つ男は嫌われるわよ」

 

 

 流石に配下を奪われたとあっては穏やかでいられないのか、静かな威圧の込もった八雲の声。

戦闘前の俺の言動を持ち出して皮肉を言う八雲に、俺も八雲の言動を例に出して皮肉り返す。しかし、これ以上敵対関係は続けたくない。

最後にもう一回皮肉を言いつつ、このまま戦闘を続行する意思は無い事を示す。

 

 

 「そうかい。互いに、誰かに嫌われるような事はしたくない物だな。

  悪かった、君の言葉を冗談として受け流せなかったのは俺の器が狭かったからだ」

 

 「……私の方こそ、ロクに会話もしない内から貴方の人格を否定するような事を言って申し訳ありませんわ。貴方に対して下した、自動人形と言う評価は取り消します」

 

 「今後は良い関係とまでは行かずとも、不幸な行き違いが起こらないようにしたいね」

 

 

 八雲は俺の言葉に一瞬だけ考える素振りを見せたが、矛は収めてくれるらしい。

八雲も狙っていた事だろうとは言っても、俺が挑発にのった事からこの戦闘が始まったような物なので俺の自業自得な面も大きい気はするが。

 

 

 「藍についてだが、俺がやったのは主としての権限を得ただけだ。精神も何も弄ってはいない。最低限の構成を戻せば通常の状態に戻る」

 

 「最初から私に返すつもりだった、と言う事ね?」

 

 「人の物……者? 奪ってそのまま、なんて訳にはいかないしな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて、これからどうする妹紅?」

 

 「どうって……つい田澤の雰囲気に流されちゃったけど、あの妖怪達は放っておいても良いの?」

 

 「不味いと言われてもな、手当たり次第に人間を襲うような奴でも無いだろうから」

 

 「何もしてない妖怪を退治はしないって事? いつも言ってるように」

 

 「そう言う事だ」

 

 

 八雲と藍は既に居ない。八雲の目的は結局はっきりとは分からなかったが、戦闘の終結後は満足したように姿を消した。

俺としても、それなりに負傷をしたとは言え最終的には穏便に解決する事が出来てほっと一息と言った所だ。

今から思えば、八雲はそもそも俺達に直接敵意を向けてこなかったし……そうなると本当に俺の自業自得だな。

それこそ俺が『自動人形』を受け流していれば案外あっさり雑談で終わった可能性も有っただろう。

 

 

 「何もしてないって言うけどさ、あいつらは田澤を散々に痛めつけたじゃないか!

  田澤が傷を治す魔法を使えるから大事に至らなかったってだけで、そうじゃなかったら今頃、死んでても、おかしくは……」

 

 「お、おいおい、何も泣く程の事では無いだろう」

 

 

 そのように考えて、今後は挑発に乗って判断を惑わされないようにしようと自分を戒めていたのだが……妹紅は納得いかないらしい。

 

 

 「泣く程の事だよ! 私は死なないけど、田澤は死ぬんだ!

  もし、傷の回復が間に合わなかったらどうするつもりだったんだ! もし、回復する間もなく殺されてたらどうするつもりだったんだ!」

 

 「間に合うと、予測していたさ」

 

 「理屈じゃないよ、これはっ! うう、ううう……」

 

 「え、うん、あー」

 

 

 泣かれると、どうしていいのか困る。一応無茶をやったと言う自覚は有るし、責任は感じているのだ。

適当にごまかす訳にもいかないし、かと言って気の利いた言葉も思い浮かばない。とりあえず泣き止むまであやしてやれば良いのだろうか。

 

 

 「ほ、ほーら、高い高い……」

 

 「田澤っ、ふざけてるのか」

 

 

 血迷った俺は涙を流す妹紅を両手で抱え上げてみるも、泣き顔が怒り顔に変わっただけで問題は解決しない。落ち着いて考えなくとも当然の結果だ。

自分自身が理解に苦しむ行動をとってしまう辺り、俺は思った以上に焦っているようだ。なんだか、直前の状況も含めて乾いた笑いが出てくる。

 

 

 「ふざけてはいないんだが、その、何をしたら良いのか分からん」

 

 

 八雲の張った結界が解除されれば、俺達はあの妖怪退治屋達の眼前に放り出される訳である。

鵺の影響は一旦断ち切ったので、流石に正体不明の力とやらは解除されている筈だが…… これだけで十分正体不明な光景だろう。

 

 

 「……ふふっ。田澤のそんな表情、初めて見るな」

 

 「今、俺ってどんな表情だ?」

 

 「情けない笑顔」

 

 「思ったよりもキツイ事を言ってくれるな」

 

 「本当に珍しいからね。いつも冷静で、何でも知ってそうで、自信満々で…… 田澤は仙人様なんじゃないかって思ってるよ」

 

 

 ある程度は意識して超然とした態度を装っていた部分も有るが、これまで大体は俺の思った通りに行動していたつもりだ。

好意的に受け取ったかそうでないかの違いと言うだけで、八雲と同じように色々な意味で人間離れしているとの印象は妹紅も持っているのか。

……ままならない物だな。

 

 

 「悪いが、俺は人間だ。少なくとも仙人ではないよ、詳しい事情は話せないんだがね」

 

 「それはお互い様だ、私だって不老不死になった理由とか経緯は話したくないし。気にしなくても良いよ」

 

 

 俺を気遣ってか、軽く笑いながら言ってくる妹紅。話すとなると困る話題だったから有り難い。

そしていつの間にか、妹紅は矛を収めてくれたようだ。俺の必死な思いが届いたのか、間抜けな姿が力を抜いたのか……恐らく、両方だろう。

結局うやむやにしてお茶を濁した感が強いが、一応妹紅が納得してくれたのだと考えよう。

 

 

 「そうか。二人とも、いつかは話せるようになると良いな」

 

 「ふふ、何十年後になるか分からないよ?」

 

 「そのくらい一緒にいるさ」

 

 「……そんな事を、さらっと言うなよ」

 

 

 続けた俺のセリフは気障だったらしい。妹紅の顔が赤くなってしまった。

俺は今更何十年と言われても長いようには思えないのだが、普通の人間の価値観からすればこの流れは告白に似ていない事も無い。

俺の返答を受けて思い至ったのか、それだけ言うと俯いて黙り込んでしまった。しばらく俺達の間に妙な沈黙が流れる。

 

 

 「と、所で。妹紅は、旅を俺と続けるつもりなのか」

 

 「そのつもりだけど、何だ?」

 

 「一応、ここで別れると言う選択肢もある。とりあえずの旅の目的は達成したのだしな」

 

 「田澤が迷惑で無いなら、私は田澤と旅がしたい。そもそも最初からその気だったけど……田澤は嫌か?」

 

 「一応伝えなければと思っただけで、出来ればこのまま旅を続けたいとは俺も思っているさ。妹紅との旅は楽しいからな」

 

 「うん。改めてよろしく、田澤」

 

 

 妹紅が目線を逸らしながらも手を差し出してきたので、握り返す。

よくよく考えてみれば、妹紅とこうして握手をしたのは初めてかもしれない。だから何だ、と言う話ではあるのだが。

 

 

 「……体温高いな妹紅」

 

 「わ、悪いか!」

 

 「定番になりつつ有るな、この流れ。俺は別に悪いとは言ってないぞ」

 

 

 何はともあれ、俺と妹紅の旅は当初の予想を超えて長く続きそうである。

妖怪退治屋の目を誤魔化しつつ都を脱出するための考えを巡らせながら、非常に濃密な一日に溜息を吐き。

明日はまた少し面白い事が起こるかもしれない、と登りつつある朝日を見て何気なく思った。

 

 




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