旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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旅人、青い星の地を踏むこと叶わず

 「それでは、行きます。準備は良いですね?」

 

 「ああ。君の好きなように来い」

 

 

 意趣返しの意味も込め、綿月の問いかけに多少上から目線の言葉で返した次の瞬間。綿月は俺の目前まで踏み込んで来ていた。

勢いそのままに放たれる神速の突きを体を右に動かしつつ回避。同時にカウンターの要領で綿月に鞘を振るう。

しかし綿月はこれをしゃがみこむ事で避け、低い体勢のままで俺の足に切り払いを仕掛ける。

それを視認した俺は魔力で身体能力を強化しつつ跳躍、前方への宙返りで幻惑しながら再び鞘による攻撃。

綿月は一瞬困惑したようだが、冷静に刀で受け流し体を反転。俺の着地にあわせて攻撃を決めるという狙いらしいが……

 

 

 「っ!?」

 

 「そうあっさりとはやられんよ」

 

 

 魔力で空中に浮かび、着地する事なく綿月に追撃を仕掛ける。反応に遅れた隙を見逃さず着地、更に連撃。

この頃には完全に意識を取り戻し、連撃にも反応して防御する綿月だが如何せん出鼻を挫かれている。

俺の放つ、フェイントも織り混ぜた一気呵成の連撃に綿月も徐徐に顔色が険しくなっていく。

 

 

 「……くっ」

 

 「おっと」

 

 

 このまま打ち合う事を不利と考えたのか、綿月が俺達の足下に魔弾をぶつけ戦闘の仕切り直しを計る。

至近距離で起こった衝撃に、二人とも素直に吹き飛ばされる事で距離をとる。

 

 

 「中々、やりますね」

 

 「伊達に長生きしていない、と言う事だ」

 

 「刀は抜かないのですか?」

 

 「確実に勝負が決まると思った瞬間までは抜かないな」

 

 

 基本的に、この刀は打ち合う際には抜かない。それこそ勝負の決まる瞬間までは。

この刀は柔ではないが相手の武器と何十回も打ち合えば確実に金属疲労していき、その内折れる。

まあ、抜かない理由には俺が刀での戦闘法として最も居合いを得意としているから、と言う理由も多分に有るが。

 

 

 「……油断していました。所詮相手は地上人、すぐにでも決着をつけられると自惚れていた。まさか、ここまでの力量を持っているとは思いもしなかった」

 

 「気が早い、俺は隙を突いただけだからな。実力に大した差は無いかもしれないぞ」

 

 

 余裕があるように見せているが、これは俺の底を見せないためのいつもの工夫だ。

『我等』の力はともかくとして、自分自身の戦闘能力には特化した物が無いと自覚している。

魔法使いとしてならある程度自信もあるが、俺の魔法は切札的側面が強いので多用したくない。

なので、こうして小手先口先を活用せざるを得ないと言う訳だ。

 

 

 「私としても、ここで負ける訳にはいきません。その妖怪達は捕らえなければならない。……八百万の神の力、使わさせて頂きます」

 

 「八百万の神……ふむ、日本神話か」

 

 

 日本神話の神も厄介だよな、多神教と言うレベルには収まらない数に加えてピンからキリまでのスケール。

しかし神を宿すとは言ってもあくまで元は綿月、神が完全な形でここに顕れる訳では無い。

対して俺は、元々の地力に差があれど完全な形で悪魔を召喚する魔法を扱う事も出来る。付け入る隙があるとすればそこだろう。……だが、まず優先すべきは。

 

 

 「悠長に神憑りさせる時間は与えない!」

 

 

 そもそも向こうが有利になるのを黙って見ているなんて事はしない。綿月に向かい突進、神を喚ぶための集中を中断させるべく攻撃を仕掛ける。

 

 

 「本来ならば女神を閉じ込める為の檻ですが……彼の者を縛りたまえ、祗園様!」

 

 「っ、剣の檻!?」

 

 

 自らに迫る俺を見ても表情を変えず、静かに剣を地面に突き立てた綿月。

嫌な気配を感じ、直感に従って走る体を急制動した次の瞬間、地面から無数の刃が現れ俺をその中へ閉じ込める。……後少しで自滅していたかと思うと、肝が冷える。

 

 

 「これで少しくらいは傷を負ってもらうつもりでしたが、やはりそう上手くはいきませんか」

 

 「……この剣、少しくらいの傷ではすまない切れ味だと思うんだがね」

 

 

 呼び込むのにも多少は時間がかかるものだと思っていたが、ほぼノータイムで力を発動させるとは恐れ入る。

それとも、神を召喚している訳ではなく力を借りているだけだから隙が小さいと言う事なのだろうか。……どちらと言えば後者であって欲しい。

 

 

 「どうします? 負けを認めるのであればこれ以上の攻撃はしません。此方の指示に従ってもらいますけどね」

 

 「この程度で終わりだと思われているのであれば心外だな。まだ、これからさ」

 

 

 綿月の提案に軽口で返しつつ、剣の檻を魔力で引き起こした爆発で吹き飛ばす。そのまま爆風に紛れ姿を隠し、弾幕を放つ。

 

 

 「それが答えだと言うのなら、私も容赦はしませんよ」

 

 

 巻き起こった土煙のせいでよく視認は出来ないが、気配からして俺の弾幕は何事もなく対処されただろう。

だがそれで良い、あれはあくまで牽制に過ぎない。本命はここから、綿月も俺を確認出来ない今の内に策を仕込む。

 

 

 「何かコソコソとしているようですが……私と八百万の神の前には通用しない! 火雷神よ、周囲一帯にその力を示したまえ!」

 

 「ちいっ……」

 

 

 超局地的に雨を伴った雷雲が召喚され、土煙に紛れていた俺の姿が暴き出される。

すぐさま雷雲の範囲から逃れるべく魔力で身体能力を強化、飛び退いて距離を取ろうとする俺に、今度は意思を持つかのように動く複数の火炎が迫ってくる。

 

 

 「ぐっ、くそっ」

 

 

 当たる前に何とか魔力防壁を展開し、俺を飲み込もうと迫る火炎を止める事には成功。

しかし威力は気を抜けば突破されかねない程に強く、その勢いを受け止める事で精一杯になってしまう。

当然その生じた隙を綿月が逃す訳もなく、彼女は火炎の反対側に回り込み挟撃を仕掛けてきた。

咄嗟に綿月へも手をかざし、再び魔力防壁を展開する。

 

 

 「ぐ……っ、う、おおおおお!」

 

 「まだ持ちこたえるとは……本当に、地上人には勿体ない程の実力ですね」

 

 「……涼しい顔で言われても、皮肉にしか、聞こえないねっ!」

 

 

 流石に受け止め続ける事は不可能と判断。展開した防壁へ過剰に魔力を注ぎ込み、意図的に暴発させて突破口を開く。

綿月が剣を弾かれ僅かに怯み、その際に生じた火炎流の乱れに飛び込む事で窮地を無理矢理に脱出する。

 

 

 「く……」

 

 「借りた物とは言え、火雷神の御力で在る事に変わりは有りません。代償は付いたようですね」

 

 

 しかし、火炎を無傷で突破と言う訳にはいかなかった。拡散しかけていたとは言え、神の炎に飛び込んだのだから当然の結果とは言える。

俺の左腕は黒コートの上からも分かる程に焼け爛れていた。……あまり痛みを感じないのが逆に恐い。これ、コートの防御力が無かったら焼失していたんじゃ。

 

 

 「……もうやめましょう。その腕では満足に武器も振るえず、魔法の使用にも支障が出るでしょう?

  月の医療施設ではその腕を治療する事も出来ます。ここまで善戦した貴方に対して個人的な便宜を図る事は吝かでは有りません」

 

 「……君の気持ちは有りがたいが、余力が有るのに諦める訳にはいかない理由が有るんでね」

 

 

 俺一人の状況だったなら、場合によっては大人しく降参していた可能性も有るだろう。だが、八雲達の今後が俺の行動にかかっているのだ。

彼女達の処遇を背負う立場である以上、勝手に諦める事は許されない。それに左腕の大火傷も、まだ残りの魔力に余裕がある以上は幾らでも対処しようがある。

魔力を左腕に流し、炭化しつつあった肉を再生させる。

 

 

 「あの妖怪達に入れ込む理由は理解出来ませんが、貴方の決意の固さは分かりました。ここからは手荒な手段も使わさせてもらいますよ」

 

 「今までも割りと手荒だったと思うんだがね……」

 

 

 どのタイミングで神の力を発動するか分からないので、綿月の動作を最大限警戒しつつ魔力で構成した剣を振るう。

綿月による疾風怒濤の連撃を基本は体を反らす事によって回避、当たりそうな物は鞘で軌道をずらすか魔力で防ぐ。

……やはり、押され気味な感は否めない。このままでは戦況は緩やかに綿月へと傾いてしまう。魔弾以外にも攻撃用の魔法を使うべきかもしれん。

 

 

 「ここまで武器の扱いや体捌きが常人を超え、その上回復出来るとは言え腕の火傷に何一つ泣き言を漏らさないとは……本当に地上人なのか不思議に思えてきますね」

 

 「似たような事を八雲にも言われたよ。まあ君が信じるかは別として、とりあえず俺は人間だよ。

  魔法使いは自称の称号だし、仙人と呼ばれた事も有るが人の世を捨てられない程には俗っぽいんでな」

 

 

 魔力によって構成した剣で綿月の刀と打ち合いながら、ぽつぽつと言葉を交わす。

最適と思われる攻撃魔法や召喚魔法の使用の有無などを考慮しつつ、会話の合間に生じる隙を狙っていく。

だが綿月も然る者。会話をしつつ隙を狙っているのは彼女の方も同じであり、焦りを見せず冷静に反撃を狙っているようだ。

 

 

 「今っ!」

 

 「くうっ!?」

 

 

 俺の剣と綿月の刀がぶつかり合う瞬間に綿月は刀を寝かせ、滑らせるように刀を動かし俺の首筋を狙ってきた。

咄嗟に身を引き、力まかせの回避と同時に崩れた体勢から足で刀を蹴り上げて弾き、何とか追撃を阻止する。

そのまま蹴った勢いを活かして後方に宙返り、牽制の魔弾を放ちつつ軽業師のような挙動で距離をとる。

 

 

 「確実に決まったと思ったのですが。これでもまだ届きませんか」

 

 「いや、中々焦らさせてもらったよ」

 

 

 今のは本当に焦った。振るう刀から殺気は感じないので、寸止めするつもりだったのだろうが……恐怖を感じない訳ではない。

何とか普段通りの余裕を湛えた笑みを浮かべるが、内心穏やかではいられない。久し振りに、心臓の鼓動が耳に響く。

このままでは長引くだけで勝ち目は無い。攻撃魔法を解禁し、召喚魔法も使って一気に勝負を付けよう。

再び牽制目的で弾幕を放ち、対処させる事で無理矢理隙を作ってから魔力を集中させる。

 

 

 「何か魔法で仕掛ける、と言う事ですね。ならば私も……全てを焼く神の炎、愛宕様の力よ此処に来たれ!」

 

 「全てを焼く神の炎、ね……お誂え向きだ!

  我が内界に宿る記述を励起、ソロモン72柱が内の序列23番、火炎公『アイム』! 我が魔力と血肉を糧に、叡智の王国より現世に降臨せよ!」

 

 

 もはや出し惜しみはしていられないのだ。綿月の降ろした神の力、その火炎を迎撃するべく召喚魔法を発動する。

……内界に宿る『叡智の王国』の記述よりソロモン72柱が内の序列23番を参照、魔力を注ぎ込み内界にその存在を再現、『扉』を開き。

 

 

 「『アイム』! 神の炎だろうと関係無い、焼き尽くせ!」

 

 「っ、この、穢れは……!?」

 

 

 『扉』、つまりは空間の裂け目から、低い雄叫びを上げて人 ・猫・蛇の三頭を持つ異形が赤みがかった煙と共に這い出る。

その手に持つ松明に灯された火は、世界を灼熱地獄に変える悪魔の炎。神の炎とは対極に位置する、純粋に破壊へ作用する力だ。

 

 

 「穢れを焼き払ってください、愛宕様!」

 

 「いかに神の力を借りようと、俺の前に立っているのは綿月だと言う事に変わりはない! 『アイム』、お前の力を見せてやれ!」

 

 

 異なる神話体系の存在とは言え、神と悪魔では悪魔の分が悪い事は否定出来ない。しかし、あくまで綿月は神の力を借りているだけ。

実際に愛宕様……おそらくはヒノカグツチが召喚されている訳ではなく、一時的に借り受けた力を綿月が扱っているだけだ。対して、俺は『アイム』と言う悪魔を完全に召喚している。

元々の地力は違えど、引き出している力の総量でなら俺の方が圧倒的に有利だ。

 

 綿月の放った神の炎と、『アイム』の放った悪魔の炎がぶつかり合う。綿月の炎は、確かに『アイム』の炎を打ち破るが……

 

 

 「っ、勢いが止まらない!?」

 

 

 『アイム』の炎は打ち破られながらも尽きる事なく放たれ続ける。いかに綿月と言えど、防ぎ続けるには限界が有るだろう。

勿論、最初に注ぎ込んだ魔力を使いきる等して『アイム』が消滅、もしくは打倒されれば炎は消えるが彼女自身が扱う炎ではそこまでの威力を引き出せないだろう。

 

 

 「……っ、まだです! 伊豆能売、私に代わり穢れを祓いたまえ!」

 

 「……まさか神を召喚するのも一瞬で終わるとはな。これは参った」

 

 

 『アイム』を自らで止める事は不可能だと悟ったのか、綿月は神の写し身を召喚。その力で以て『アイム』の火炎を浄化する。

綿月の口振り、そして『アイム』の火炎をあっさり掻き消した事から考えて、あの神に対して悪魔の力は特に相性が悪いだろう。

的確にこちらの弱点を見抜き、八百万とも称される程多数の神の力から対応するための手段を瞬間的に構築するとは……流石に疲労はしているようだが、いやはや。

俺としても『アイム』の召喚はそれなり以上に魔力を消費する、出来ればこれで降参してもらうつもりだったんだが……

 

 

 「あんな攻撃手段を隠し持っていたとは……油断なりませんね、危うく穢れを月へと蔓延させてしまう所だった」

 

 「……君の言う穢れの概念は分からんが、俺の呼び出した存在が月へ悪影響を及ぼすのであれば悪かった。今すぐ引っ込める」

 

 「……昴ー、敵に気を遣わないでよ、昴が負けたら私達皆揃って終わりだよ?」

 

 「それはそうだが……前提として八雲達が悪い立場に立っているのは事実だし。

  条件付きとは言え見逃してくれると言っているんだから、これ以上迷惑はかけられないだろう」

 

 

 肩で息をしつつ、心なしかキツい視線を向けてくる綿月に対し『アイム』を召還する事で俺のスタンスを示す。

今まさに戦闘している敵の事情に配慮して攻撃を止めた俺に伊吹が不満そうな声を上げるが、ここを曲げるつもりは無い。

……まあ、相性が悪いと分かった以上は『アイム』を維持する必要性が薄いと言う打算的な判断の結果でも有るが。

 

 

 「……貴方の最大の攻撃とは、先程のような穢れを纏った悪霊の召喚ですか?」

 

 「全てが全て穢れを纏っている訳でも、悪霊と言う訳でも無いが、召喚魔法が切り札である事は事実だ」

 

 「……提案が有ります。私にとっても貴方にとっても、このまま戦闘が長引くのは不利益でしかない。次の攻撃で互いに勝負を決めませんか?」

 

 「成程」

 

 

 俺は戦闘が長引けば魔力切れのリスクが高まり、敵の増援が来る可能性も増大する。冷静に自己分析して、この調子で戦闘が続けば十分以上は持たないだろう。

綿月の場合は『穢れ』をばら蒔かれる可能性を極力抑えたい、そして個人的な事情で俺に情けをかけようとしている事を月の民達に知られたくないと言った事情だろうか。

 

 

 「分かった。次の攻撃に打ち勝った方が勝利だな」

 

 「大人しく、縄についてもらいますよ。……天照大神様」

 

 

 アマテラス……そんな存在まで呼べるのか。日本神話では主神クラスの存在じゃないか。流石に他の神と比べ、呼び出すまでに時間はかかるようだが。

……俺も太陽神天照に相応しい力で迎え撃とう。ここまで来て、適当な小技でお茶を濁す訳にもいくまい。

 

 

 「我が内界の記述を励起。計り知れぬ者。海を統べし創造神にして豊穣神。エジプトの最高神にして太陽神。

  ソロモン72柱が内の序列7番、『アモン』。我が魔力と血肉を糧に、叡智の王国より現世に降臨せよ」

 

 

 幾多の神格をその内に取り込む、特殊な経緯の果てに悪魔として数えられるようになった『アモン』。

その記述の一部を優先して抜粋し、エジプトの太陽神『ラー』としての性質を強めて内界に再現していく。その作業と並行して空間の裂け目である『扉』を開く。

俺に残っている魔力を使いきる勢いで注ぎ込み、神にも等しい悪魔の召喚準備を整えていく。

 

 

 「……自らの内から神を呼び出している? ならばそれは神降ろしでも召喚でもない、貴方は一体!?」

 

 

 天照大神を呼び出すための儀式なのだろう舞を華麗にこなしながら祝詞を唱えていた綿月が、俺の気配に目を見開く。

……ふむ。この段階で俺の『召喚』の特異性に気付くのか。恐らくは『アイム』召喚の際にも違和感を覚えていたんだろう。流石は神降ろしの巫女と言った所か。

 

 

 「その疑問に答える事は出来ない。君も、自身に集中した方が良いと思うが」

 

 

 一足先に俺の準備が整った。傍らに開かれた『扉』より、黄金色の光輝く王冠を戴き全身に狼を象った蒼い鎧を纏う大柄の男が顕れる。

 

 

 「その身に神を宿すなど……貴方は本当に地上人ですか?」

 

 「さあ、どうだろうね。人間ではあるつもりだが」

 

 「地上ではなく、月で生きてみませんか? 穢れをも宿しているとは言え、貴方はその権利を有していると思います。

  争いと欲の渦巻いた、多くの死に包まれた地上よりも、死と悪徳から遠ざかり物質と精神の豊かさに満ちた月へと」

 

 「確かに、月の都も中々魅力的では有ると思うが。俺は地上での生活が気に入っているんでね」

 

 

 周辺に『アモン』による物ではない、荘厳な神気が漂い始めた。綿月も準備が出来たのだろう。

と、そこでこれまで口を開かなかった八雲が呟くように俺へ言葉をかけてきた。

 

 

 「……田澤さん。貴方の、月よりも地上を選べる理由とは?」

 

 「唐突だな、八雲。俺は進歩しようと懸命に足掻く地上の方が性に合っていると言うだけの事さ。

  月の美しさ、物質的だけではなく精神の豊かさにも満ちたと言う姿も気になる事は事実だがね。

  ……ああ、君達は離れていた方が良いかもしれないぞ。闇や夜を掻き消す陽の力だ、妖怪は危ない」

 

 

 八雲の言葉に警告を交えて返す。『アモン』の力だけでも夜に生きる妖怪には相性が良くない筈なのに、天照大神まで来たら危険どころの話ではない。

 

 綿月に視線を向けると、俺に対して複雑そうな表情をしつつも軽く頷いた。どうやら、何時でも行けるようだ。

 

 

 「アモン!」

 

 「天照様!」

 

 

 互いに自らが力を借りる神の名を呼ぶ。

鞘から刀を抜き放ち、采配を振るように綿月へ差し向ける。同時に、俺の傍らの『アモン』も右手を動かす。

綿月が呼び出した天照大神の威光も、光の扉のような形で俺の方向に集束し、解放の時を待ちわびているようだ。

 

 

 「その大いなる光で命を照らせ!」

 

 「その大いなる光で夜を照らせ!」

 

 

 遂に、両方の力が解き放たれた。

互いの神が生み出した力ある陽光は目が眩む程の輝きを以てその力を示しあう。

先ほどの炎のぶつかり合いなど比にならない程度の力が暴れ狂い、辺りを更に照らす。

 

 

 「おー、これは何ともまあ」

 

 「……紫様、彼を挑発した時にこの力を振るわれなくて幸運でしたね」

 

 「……まあ、流石にあの力は不味いわ。でも、月人に使って私達に使わなかった理由は何なのでしょうね」

 

 

 何やら話し込み始めた妖怪達だが……神に対しての反応が薄いと思うのは俺だけだろうか。『アモン』はともかく、天照大神は知名度的にも凄まじい物が有ると思うんだが。

 

 

 「くうっ」

 

 

 綿月が苦しそうに呻く。天照大神という日本神話の中でも代表的な神格を呼び出し、更に力を引き出し続けるのは負担が大きいのだろう。

俺としても『アモン』の召喚、そして維持には多大な魔力を必要とするので負担は大きい。くれぐれも魔力切れには注意しなければ。

 

 

 「うぅ、こう派手な力を見せられると力比べがしたくなるねぇ」

 

 「……マジか」

 

 

 流石は鬼か、太陽神のぶつかり合いを見て出てくる感想がそれとは。

……天照大神を破りこの勝負に終止符を打つために、意識を綿月にのみ向け正面から見据える。

『アモン』の放つ金色の煌めきが爆発的な威力を持って、天照大神の威光に対抗する。

綿月も対抗するべく力を込め天照大神の威光も輝きを増し、辺り一面が神の陽光に染められる。

 

 

 「わ、熱い熱い!」

 

 「紫様、止める手段は何か有りませんか」

 

 「日傘、では無理よね。境界を弄って影を創ろうにも突破されそうな気がするし。……まあ、彼の勝利を信じて祈っていれば良いんじゃない?」

 

 

 ぶつかり合い、拡散した余波が周囲に放たれ伊吹達に悪影響を及ぼし始めたようだ。八雲は何だかんだで余裕そうにも感じられるが。

彼女達がこれ以上太陽神の力に曝されないよう、限界ギリギリまで魔力を注ぎ込みラストスパートをかける。意識が遠退き始めるが、気力で持ちこたえる。

 

 

 「ぐ、おおおおっ!」

 

 「はあああっ!」

 

 

 ここが正念場だと考えたのは綿月も同様。互いに最後の気力を引き出すべく、喉を震わせ叫ぶ。

勢力が拮抗しているので、明暗を分けるのは最終的に気合い任せと言う根性論のような結論だが……なんとなく、心躍る物が有る。

 

 そして、永遠にも感じられたこの勝負にも幕の下りる時が来た。

 

 

 「……っ、私の負け、です」

 

 「どうやら……その、ようだな」

 

 

 周囲に満ちていた神の光が徐々に消えていく。綿月の力が尽き、次いで俺の魔力も『アモン』の維持が出来ないレベルまで失われた。

綿月によって呼び出されていた天照はその姿を薄れさせていき、『アモン』はその構成要素が俺に還元されていく。

 

 と、綿月が崩れ落ちる。多量の魔力を失い、意識の霞んだ頭に鞭を打って歩き、綿月を抱え起こしてやる。

 

 

 「あ、ありがとうございます。貴方もフラフラだと言うのに、手を煩わせるような真似をしてしまい……」

 

 「これくらい、問題は、無いさ。約束通り、八雲達は見逃してくれるな?」

 

 「約束は約束ですからね。でも、田澤さんが裁いてやってくださいよ?」

 

 

 あー、確かに勝負になる前にそんな事を言った。

綿月も見逃すのを本心では納得出来ないのだろう。客観的に見て、八雲もそうだが俺も突拍子も無い事をしている。

俺に妥協案を提示してくれた事や、八雲達を見逃してくれる事。せめてそれらへの礼として言葉の責任は取ろう。

……綿月が言うならともかく、俺が八雲達を裁くと言っても正当性が全く無いけど。

 

 

 「分かった、約束だ」

 

 「っ、昴!?」

 

 「なんだ伊吹、流石に全くお咎め無しでは済ませられ……」

 

 

 そこまで言った途端、俺は弾き飛ばされた。一瞬何が起こったか理解出来ず、地面に叩き付けられた事で狙撃されたと悟る。

意識も飛びかけたが、何とか手を付いて体を起こす。そのまま攻撃されたと思われる方向に目を向けると……

 

 

 「依姫様ー、ご無事ですかっ!」

 

 「我々警備隊一同、隊長の救援に颯爽登場しました!」

 

 

 ウサ耳ヘルメットにブレザー、ライフルのようなレーザー銃。月の一般警備兵、その集団が俺に各々の武器を構えていた。

……何とまあ、最悪なタイミングで来てくれた。この状況で綿月が俺達を見逃すと言っても、周りは取り合わないだろう。そもそも立場的にそんな事は言えない筈だ。

そして俺は応戦するだけの体力も魔力も残っていない。……ここまでが全て芝居だったとは、考えたくないな。

 

 

 「……月人ぉ! 鬼の前で騙し討ちとはね、やってくれるじゃないか!」

 

 「あ……違います! た、田澤さん、信じて……」

 

 

 伊吹は今の攻撃が綿月の策だと判断したようだが、それは違う……だろう。現状で信じるに足る要素は無いが、疑いきれる要素も無い。

だが、本当に不味い。ここで伊吹に攻撃させてはならない、収拾が付かなくなる。目的は、あくまで地上に帰る事なのだ。

底を突きかけている魔力を絞り出し、『扉』を開く事には成功。しかし、『俺』の魔力はこの時点で底を突いた。

 

 

 「伊吹っ、下がるんだ。戦わなくても良い、あの警備隊だけなら、逃げる隙は十分に有る」

 

 「私は正々堂々とした勝負を汚す奴が一番嫌いなんだ、そんなヤツ等から逃げられるか!」

 

 

 意識を魔力切れとダメージから来る空白に飲まれつつ、何とか言葉をかけるが伊吹は取り合わない。上手く説得するための言葉を考え付けない。

俺が魔力切れを迎えた今、『扉』は俺の意思に反して閉じてもおかしくは無い。早く入ってもらわないと、俺も困る。……くそっ、形振り構っていられないか。

 

 

 「伊吹、落ち着け! 綿月を良く見ろ、騙し討ちした後の素振りじゃないだろう! 嘘を吐いた訳じゃ無いんだ、君が怒る必要は無い、帰るぞ!」

 

 「え、あ、昴っ!?」

 

 

 大声で捲し立てつつ、伊吹を取り押さえる。

傍目には俺が豹変したようにも見えるのだろう、突然の出来事に動揺したのか怒りを忘れたらしい伊吹の手を掴み『扉』の中に放り込む。

 

 

 「私は放り投げなくても結構ですわよ? この場で戦闘を続ける気は有りませんわ」

 

 「……救援、感謝します」

 

 

 流石に八雲と藍は落ち着いている。俺が視線を向けただけで意図を汲み取り、『扉』の中に駆け込んでくれた。

これで良い、意識が朦朧としてきたから本当に余裕は無いがこの場の全員を『扉』に入れる事が出来た。とりあえず、月から離れなければ……

 

 

 「う、ぐ……っ」

 

 

 意識が、飛んだ。まずい。体に、力が入らない。地面に倒れる、もはや『扉』に身を潜らせるだけの気力すら無い。

せめて、伊吹達だけでも無事に地上へ帰さなければ。最後の気力を振り絞って『扉』の出口を妹紅の元へ繋げ、月側を閉じ……そこで完全に限界を迎えた。

『扉』の向こう側から聞こえる八雲の焦ったような声と、周囲からから聞こえる歓声に混ざった綿月の悲鳴のような声を聞きながら、俺は意識を手放した。

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