旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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旅人、月を巡るも帰還は叶わず

 「田澤さん。監視付きかつ、一時的にでは有りますが、貴方を牢の外に出す事が可能になりました」

 

 

 座敷牢で意識を取り戻してから一週間程経った日の事。

普段通りに魔力回復に努めていた俺は、唐突に牢に入ってきた依姫の発した言葉に思わず集中を乱す。

 

 

 「……外に出れるのは嬉しいが、俺は超危険人物と言う事ではなかったか? 封印処置をするにしても、牢から出すのは有り得ない対応では」

 

 「……こう言うと恩着せがましく思われるかもしれませんが、私が何度も上申したのです。

  封印は外せないとしても神を呼び出す事の出来る者を常に牢へ押し込めるのは如何な物か、と」

 

 「地上人でありながら神に接する存在と言うのは、扱いに困る物なのかね。本来なら、穢れを振り撒きかねない地上人を外に出すなんて考えられない事だろう」

 

 

 そう、幾らなんでも普通なら有り得ない事だ。特に『穢れを纏う神』なんて存在をも召喚したにしては寛大に過ぎる対応と言える。

穢れを極端に嫌う月にとって、俺は厄介事以外の何物でも無いだろう。有無を言わさず即封印もおかしくはない。逆に言えば、こうして猶予期間を設ける程度には扱いに迷ってもいる。

 

 

 「やった事を見れば、貴方は私達姉妹の能力を併せ持っているような物ですし……対応に困るのもある意味当然です。

  貴方が穢れを纏う神のみ呼び出していたのなら、その部分で押しきる強硬派も居たのでしょうが。天照大御神様と同格の太陽神まで呼び出したくらいですから」

 

 「単に穢れのみを振り撒く者、とは言い切れない」

 

 「その通りです。しかしだからと言って、貴方を地上に帰す訳にもいかず」

 

 

 まあ神出鬼没な上に神を呼べると言う、恐らくは月が最も嫌うであろう敵を見逃す真似はしないだろう。

月の狙いとしては、この期間で何か問題を起こしてもらう等して分かりやすい大義名分を作りたい、と言った所なのだろうか。……流石にひねくれ過ぎた見方だな。

警戒を解く気は無いが、好意は素直に受け取っておこう。

 

 

 「……ありがとう。外の空気が吸えて、体も動かせるのは助かるよ」

 

 「お礼は要りません。私から提案した事なのに、約束を破っていますから」

 

 「あの場で譲歩してくれただけで有り難かったさ。俺達の方が間違った事をしていたんだからな。

  ……そう言えば、聞いておきたい事が有るんだ。月には多数の妖怪が攻め込んだらしいが、俺の到着時には既に気配が無かった。何処へ行ったんだ?」

 

 

 この疑問は月に訪れた時に抱いていたが、質問するタイミングが見付からず現在まで放置していた物だ。

最初は始末したのかと思っていたが、月人は基本的に殺しを嫌う。一体二体程度なら秘密裏に処理、と言う可能性も有るのだろうが大勢を一度に殺すと言うのは考えにくい。

 

 

 「……まあ、隠す事でも無いですね。適度に痛め付けた後、姉さんの力で地上に送り飛ばしました。

  月に転移する能力を持つ八雲と言う名の妖怪以外は、はっきり言って脅威になり得ませんので。力の差を示し、主犯を捕らえてしまえば馬鹿な真似もしないだろうと」

 

 「そうか。俺としても自業自得だとは思うが、地上の存在が殺されたとなると少しは後味の悪い所も有るからな」

 

 「安心してください。少なくとも、私達が直接手にかけた妖怪は居ません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そんな訳で、貴方を担当する監視官は私よ。悪い事はしないでね?」

 

 「……豊姫、監視官が監視対象へ積極的に接触するのはどうなんだ」

 

 

 依姫が座敷牢から出た後、入れ替わるように姿を現したのは豊姫だった。彼女が俺の監視役と言う事らしい。

まあ、ある意味で納得は出来る人選か。警備隊のリーダーと言う立場を考えると、俺の突発的な犯行にも対処できると期待されているのだろう。

彼女の能力は直接的に戦闘へ向いている訳では無さそうだが、空間転移は扱い方次第で相手を封殺する事は容易。そもそも、戦力は月の兵器で幾らでもカバー出来る。

 

 

 「監視と言ってもお飾りみたいな物よ。言い方は悪いけど、必要なのはフェムトファイバーの封印だけね」

 

 「……それなら、君が此処に来る意味は無かったんじゃないか?」

 

 「名目上は貴方から目を離してはいけないと言う事になってるわ。お仕事に手を抜くのはダメよねー。

  あ、その手錠は何かと不便そうだし外すわよ。代わりに違う封印をかけるけど、それは勘弁してね」

 

 

 豊姫は真面目ぶって言うが、表情と口調からはそんな殊勝な思いが有るようには感じられない。むしろ、これから遊びにでも出かけそうな雰囲気だ。

 

 豊姫の持ってきた腕輪のような拘束具を両手に付け、今までの両手を縛る手錠は外してもらう。未だに『扉』どころか魔法も使えないのは変わらないが、大分気は楽だ。

 

 

 「……やっぱり、体を自由に動かせるのは良いなあ」

 

 「ふふっ。久し振りの運動として、少しお散歩してみない? 面白い物が見せられると思うわ」

 

 「……ふむ。一人で歩くのは気後れする立場だしな、君が案内してくれるのなら有りがたい」

 

 

 せっかく外に出て脱出手段を探る機会を得たのに、牢に留まるなんて無駄な事をする気はない。しかし、土地勘が無い場所でむやみに動くのは避けたい。

注目を集めるのは仕方無いが、警戒を集めるのは宜しくない。俺一人で歩き回れば無用な警戒をされるだろうが、豊姫が隣に居れば少なくとも最低限の警戒に留まるだろう。

問題は豊姫が脱出手段となりうる物のある場所へ案内してくれるとは考えられない事だが……一人で動く方がデメリットは大きい、ここは従うべきだ。

 

 

 「それなら今日は観光案内ね。楽しくなるわよ、きっと!」

 

 「……お手柔らかに頼む」

 

 

 やたらと張り切っている豊姫に手を引かれ、牢の外に出る。出てから、改めて自分の捕らえられていた場所を見るとごく小さい一軒家のような建物だった。

牢の内装から座敷牢だと判断してはいたが、実際に外から見てみると少し驚く。……久し振りに浴びる日光、朝日が眩しい。

しかし空を見上げると、そこに広がっているのは一面の黒色。曇天だと言う訳ではなく、本当に空の色が黒いのだ。

空が青く見えるのは大気による光の屈折の影響なので、宇宙の色と言える黒色が見えるのはある意味で正しい事なのだが、少しは違和感を覚える。

 

 

 「うーん、取りあえず私達の屋敷は後回しにするとして……まずは普通に町を歩いてみましょうか」

 

 「……いつまでも手を掴まれていると悪目立ちしそうで困るんだが」

 

 「そう言うものかしら? 逃げ出さないようにしっかり見張っているみたいじゃない?」

 

 「手を掴んでいるのが筋骨隆々の大男だったりしたらな……

  君の評判は知らないから、具体的にどのような印象を与えるか分からない。だが、少なくとも俺は見張っているように見えないと思う」

 

 「う、お仕事をしてないように見られるのは困るわ。手は離すけど、面白い物を見付けても勝手にフラフラしないでね」

 

 「子供にする注意だろう、それは」

 

 

 豊姫は納得してくれたようで、手を離して歩き出す。俺もその斜め後ろに立って着いていく。

そうして月人達が暮らす辺りまで来たのだが……何と言うか、平和だ。軒先で酒を呑みながら碁に興じる人や、そよ風に吹かれながら絵を描く人。

軽く建物の中を覗いてみると、研究者のような姿の人々が楽しげに笑いながら会話している光景も見受けられた。どれもこれも、現在の地球では考えられない。

 

 

 「落ち着くでしょう? 私、朝はこうやってお散歩して色んな人達を見るのが好きなのよ」

 

 「まあ、穏やかな場所だな。俺が歩いて平穏が崩れないか不安だね」

 

 「そんな卑屈にならなくても。確かに地上の穢れには寛容じゃないけど、本当は気の良い人達よ。

  貴方は最低限月に認められたから、こうして外に出された訳だし。それは皆も理解してるから、普通に接してくれるわ」

 

 

 俺の軽い皮肉も込めた言葉は、豊姫には文字通りに受け止められたらしい。それとも、皮肉と理解した上でこの返答なのか。

どちらにしても、これ以上空気を乱すような事はしない方が良いな。豊姫は善意で俺を連れ出してくれたみたいだし、失礼だろう。

 

 知らぬ間に肩に入っていた力を抜き、豊姫と言葉を交わしながら月人を眺めていく。俺から目を逸らそうとする者も居るが、大抵は会釈くらいの動作は返してくれた。

成程、普通とまではいかないが、確かに俺の事をそこまで警戒しているようには見えない。これに関しては、俺が必要以上に過敏になっていただけか。

まあ、だからと言って打ち解けられるかどうかは別問題だが……

 

 

 「次は何処に行きましょうか……何か、見てみたい物とか無い?」

 

 「本を読みたいかな。書庫みたいな場所は有るかい」

 

 

 特に何もする事なく歩いていると、豊姫が唐突に言葉を発する。俺の微妙な居心地の悪さを感じ取ったのか、行きたい場所を聞いてきた。

行きたい場所と聞かれれば、個人的な思いとしても打算的な狙いとしても本の有る場所だ。本は月の文化や風俗を知る為に、最適な物となるだろう。

技術的な事柄について記された本ならば、脱出手段についてヒントが得られるかもしれないし。

 

 

 「書庫……図書館は有るわね。案内するわ」

 

 「ありがとう」

 

 

 通りを歩いて図書館に向かう途中、豊姫と他愛の無い世間話をしながら周囲に視線を巡らせ、地形を頭に叩き込んでいく。

脱出手段を得たとしてもこのルートを通る事は無いと思うが、覚えておいて損にはならない。いつ何が役立つかは分からない物だ。

 

 そのまま十分程歩いて、中々立派な建物の前に到着した。しかし俺の知っている図書館と比べると、あまり大きい訳ではない。蔵書量は少ない部類に入りそうだ。

豊姫の後ろに続き、入館する。人の気配はするが静寂に包まれている、図書館独特の雰囲気に迎えられ内心で満足する。豊姫には悪いが、あの通りよりは此処の方が落ち着く。

 

 

 「地上にもこう言う場所って有る? その、紙媒体の本が置いてあるかって事だけど」

 

 「本を置く専門の施設はかなり珍しいが、神社や寺院などに纏まった数が置いてある事は多いな。

  ……と言うか、紙媒体? 竹を削った物等はともかく、普通本って紙で出来ている物ではないのか」

 

 「ふふっ。その様子だと、やっと田澤さんに驚いてもらえそうね」

 

 

 そう言って、意味ありげに笑う豊姫。何だろう、羊皮紙の本って事は無いだろうし……月の技術的に考えて、紙媒体の本が時代遅れになっているのだろうか。

 

 小さな笑みを浮かべたまま、豊姫は俺を引っ張っていく。そうして連れてこられた部屋は……

 

 

 「……椅子と机だけ? 豊姫、肝心の本は何処に有るのだ」

 

 「ふふ。こうやって使うのよ」

 

 

 個室に入ったが、本が置いてある訳でもなく単に椅子と机が設置されているのみ。本を持ってくれば丁度良い部屋なのだろうが、これでは手持ちぶさたである。

浮かんだ疑問を口に出すと、豊姫は俺に言葉を返しながら椅子に座る。そのまま机に指を走らせると、小気味良い起動音と共に透明なディスプレイが具現化した。

豊姫は空間に浮遊しているディスプレイに触れて操作、手を色々と動かして、文字が表示された画面を呼び出す。

 

 

 「月にも紙の本は有るけど、骨董品ね。ここでは本の内容を自由に引き出して、好きなように読めるのよ。

  文字の拡大縮小は当たり前、分からない用語が有ったらそこに触れる事で詳しい解説が表示されるし、使い勝手は紙の本とは比べ物にならないわ」

 

 「む、むう……」

 

 「どう、流石に驚いてくれたかしら? 地上には無い物でしょう?」

 

 「うん、まあ、その『本』に驚いてはいるが…… 何よりも、文字が読めない」

 

 

 そう、表示されている文字は俺の知っている物では無いのだ。恐らく月の公用語なのだろうが、何が書いてあるか見当も付かない。

長い時を生きて様々な知識を身に付けていると自負してはいるが、全く未知の事柄が出てくると対応に困る。せめて知っている中に似たような言語が有れば良かったのだが。

 

 

 「た、確かに月人文字を私達は使ってるけど……田澤さん、会話は普通に出来ているわよね?」

 

 「会話に関しては地上とあまり変わらないしな。稀に不思議な発音の言葉も有るが、聞き取るのは難しくない」

 

 「……うーん。今から文字を教える訳にもいかないし」

 

 「縁が無かったのだと諦めるさ。この様子だと、文字が読めなくても建物自体を見て回るだけで十分楽しめそうだ」

 

 

 本を読めないのは残念だが、図書館に使われている技術も興味深い。これ等のシステムを見るだけで、地上との技術力の隔たりが分かると言うものだ。

 

 

 「……なんだか、ごめんなさいね。さっきから、気を遣わせてしまって」

 

 「いや、見た事の無い物ばかりだし楽しんでいるよ。君が案内してくれて、助かっている」

 

 「楽しんでくれているなら、嬉しいのだけどね」

 

 

 最後に少しディスプレイを触らせてもらってから、部屋を出る。施設内の様々な仕組みや部屋を見せてもらい、最後に物々しい警備をされている区画に到着した。

 

 

 「ここから先は私でも入れないわ。許可の降りている人じゃないと通れない、禁書の管理区よ」

 

 「禁書……具体的にはどのような種類の物なんだ? 差し支え無ければ教えてほしい」

 

 「一言で表せば、魔導書かしら。到底許容出来ない穢れを纏っていたり、万が一にも外には出せない物を封印しているの。

  かけられた封印の強度的には、田澤さんにかけられた封印よりも禁書管理区の封印の方が強いくらいかもね」

 

 「そうか、危ない所なんだな」

 

 

 『到底許容出来ない穢れを纏う魔導書』か。……ふむ、興味が出てきた。もしかしたら、『我等』に関わる類いの物かも知れん。

とは言っても、豊姫すら許可が無ければ入れないような場所に、大罪人扱いの俺が入る事は不可能だ。今は脱出手段を見付ける事が先決だし、現時点では無視するしか有るまい。

 

 当初の目的は果たせなかった物の、月の技術力を確認する事は出来たので概ね満足のいった見学を終え、図書館を出る俺と豊姫。

再び歩き出した彼女に従って着いていくと、今度は何やら博物館のような場所に案内された。今度の建物は文句無しに大きく、外から見るだけで荘厳な雰囲気が漂っている。

 

 

 「図書館とは違って、文字が読めなくても此処なら直感的に楽しめるわ。月の歴史とか、過去の発明品とかが展示してあるの。

  単純な解説くらいだったら私が代わりに読んであげられるし、見て回る事自体が意味の有る事になるはずよ」

 

 「ふむ、何から何まで済まないな」

 

 

 ……月の歴史はともかく、発明品は有りがたい。脱出手段となりうる物を、比較的怪しまれずに見付けられる可能性も有る。

たとえ過去の発明品でも、技術の進歩具合に見当を付けられるのは悪くない。最悪、動きそうであれば展示品を強奪する事も……流石に焦りすぎた考えか。

 

 打算的な感情と共に、博物館へ足を踏み入れる。ここで脱出手段を、少なくとも足掛かりくらいは見付けたい物だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 半日程度かけて博物館を歩き回り、結論から言うと2つほど脱出手段の候補が見付かった。1つは『月の羽衣』。もう1つは牛車型の『宇宙船』である。

羽衣の方は月の光を織り込んだゼロ質量の布と言う事だったが、要するに月と地上を行き来する為の個人用装備と考えて良いだろう。

宇宙船の方は……そのままだ。何故牛車の形状をしているのか分からないが、カタログスペックでは大気圏突破も突入も行えるようだ。

そしてこれ等の両方は、何とあの『かぐや姫』の迎えに使われた物でも有るらしい。確かに俺の知っている物語でも羽衣と空飛ぶ牛車は登場していたが……

 

 

 外に出ると、夕方だと思われる時間帯だった。そうだと言い切れない理由は、空の色が変わっていないからだ。朝予想したように、大気の影響は薄いらしい。

空を見上げ感慨に浸りつつ、先程まで見ていた様々な発明品について豊姫と感想を交わしあう。しかし、牛車型宇宙船の話題になると豊姫は複雑そうに言葉を濁す。

 

 

 「でもね、多分あの牛車が使われる事はもうないと思うわ」

 

 「何故だ? あの空飛ぶ牛車よりも高性能な物が発明されたにしても、すぐさまお役御免と言うのは早いだろう」

 

 「……そうか、依姫も話していなかったのね。出来れば言いたくなかったけど、教えない訳にもいかないか。

  田澤さん、とある罪で地上に落とされた『カグヤ』と言う月人の話はしたわよね。そして、その迎えにあの牛車が使われたとも」

 

 「うむ。そしてその一件は地上では物語として語り継がれている、と俺は君に返した」

 

 「さっきは周囲に色々人が居たから、言わないでいたんだけど……カグヤも、迎えに行った月の使者も、全員が帰ってきていないの」

 

 「……どう言う事だ?」

 

 「月の使者のリーダーはお師匠様……八意××だった。そして、八意様はカグヤの事を特別気にかけていらっしゃる様子だった。

  そして、月の使者達はカグヤを迎えに行った際『八意様に反逆の意思あり』と言う連絡を最後に、その後の消息は掴めないわ」

 

 「状況から考えるならば……」

 

 

 最も高い可能性としては、殺されたと言う所か。……そうか、あの、八意が。かぐや姫物語の黒い裏側を知ってしまった。

確かに、そんな縁起の悪い曰く付きな物を使おうとする物好きは少ないだろう。代用が効かないならまだしも、更に性能の良い代替品は有るだろうし。

 

 

 「……でも、お師匠様の事だもの。きっと何か、事情が有ったに違いないわ。私と依姫の第一の任務は、あの方を捕縛して連れ戻す事だけど……そのつもりは無い」

 

 「……ずいぶん信頼しているのだな」

 

 「客観的に見て、正しいとは言えない判断である事は自覚しているわ。周りからもそれで睨まれている部分が有るしね」

 

 

 俺にとって人殺しは許容出来ない事なのだが……完全に部外者の俺が義憤を燃やすのもお門違いだろう。それこそ、当人どうしのやむにやまれぬ事情が有ったかもしれないのだ。

豊姫自身が八意を盲信している様子だったなら幾分か言いたい事は有ったのだが、自覚が有って覚悟もしているようだし俺が口を出すのは要らぬお節介だろう。

 

 

 「……さ、あまり遅くならない内に帰りましょう。今日からは牢じゃなくて私達の屋敷で寝起きしてもらうわ」

 

 「……君達の方で決まった事なら、俺から言う事は無いけどさ」

 

 

 仮にも罪人を自分達の屋敷で生活させると言うのは何とも……色々と問題が有る気がしてならないのは、俺だけなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あら、そろそろ訓練が終わりそうね。丁度良かっ……じゃなくて、残念だわ」

 

 「……言いかけた事は聞かなかった事にしよう。それにしても、あれが訓練?」

 

 

 二人で歩いて、綿月の屋敷を視認出来る辺りまで戻ってきた。この時間はどうやら月兎達の訓練をしているらしい。

訓練と聞いてどのような事をしてるのか気になり、豊姫の前に出て覗いてみる。広い庭のようになった場所で月兎達がライフルのような物を構えて何やらやっているのだが……

 

 

 「目的もなく武器を振り回してるだけじゃないか、素振りにすらなっていない」

 

 「ど、どうもあの子達は適当だから…… 素行が悪くて問題を起こした月兎達を連れてきてるから仕方ない部分も有るんだけどね」

 

 「ああ、再教育の場みたいな物か……って、尚更真面目にやらせなければ駄目じゃないか」

 

 

 あれでは精神修練にすらなっていない。やるだけ無駄なのではないか? と言うより、俺ってあんな練度の低い兵にやられたのか……

 

 

 「い、一応真面目にやっていて才能が有る子も居るのよ。ほら、あそこの長髪の……私達のペットのレイセンって言うんだけど」

 

 「ペット? む、あの子は」

 

 「あら、会った事が有るのかしら」

 

 「まあな。牢に居た時、毎食の団子と飲物を持ってきてくれたのは彼女だった」

 

 「多分、依姫が言い付けたのね。自分から届けに行くなんて度胸の有る子じゃないし」

 

 

 俺の内心の感情が漏れていたのか、それとも全員があんな調子ではないと言う事を示したかったのか。豊姫が慌てた様子で指差したのは、見知った月兎だった。

レイセンと言う名前らしい彼女は、周りがやたらにライフルを振り回している中で黙々と基本に忠実な取り回しを繰り返している。あの中で一番実力が有るのは彼女だろう。

 

 

 「ただ、あの子にも問題が有ってね……実力的には十分なのだけど、どうも臆病な面が強くて。いざ実戦になったら逃げ出すんじゃないかと心配なのよ」

 

 「牢で両手を縛られていた俺にも、どこか怯えた感じだったくらいだしなあ。目を合わせたら慌てて顔を逸らされたぞ」

 

 「目を合わせた? 田澤さん、それで何とも無かったの?」

 

 「ん? 別に何も無かったが……」

 

 「あの子は目を合わせた他人の正気を乱して、狂気を引き起こす能力を持っているの。だから視線を重ねるのは危ないんだけど……短い時間だったからかしら」

 

 「そうか、てっきり俺と目を合わせるのも怖いのかと思っていたよ」

 

 

 豊姫の言葉へ苦笑混じりに返しながら振り向く。……豊姫の後ろに静かな笑みを湛えた依姫が居た。

 

 

 「姉さん、探しましたよ。仕事もしないでフラフラ出歩くとは良い御身分ですね?」

 

 「あ、あらー? 依姫、奇遇ねえ。こんな所で会えるとは思わなかったわ」

 

 「ええ、私もです。訓練をすっぽかして遠くから眺めている人が居るとは、予想外でしたから」

 

 「わ、私はお仕事していたのよ? 田澤さんを監視すると言う重大な任務を……」

 

 

 笑っているのは顔だけで、依姫の内心は嵐の海のように荒れ狂っているようだ。豊姫も苦しい言い訳を試みるが、それは火に油を注ぐ結果に終わった。

 

 

 「そうですか、お仕事ですか。大変でしたでしょうね、図書館に入り博物館に入り、田澤さんを連れ回して歩いて。少なくとも今日の訓練よりはずっと疲れたんでしょう?」

 

 「ちょっと依姫、私達を追いかけ回していたの? それは悪趣味……」

 

 「誤魔化さないでください! ああ、もう……私は今日姉さん達が何処に行ったかを聞いて回って調べて回って、それで一日潰したんですよ!

  大体、本当に仕事で田澤さんを監視するつもりなら私に黙っている必要が無いですよね!? 後ろめたかったから、私に注意される前に逃げたんでしょう!」

 

 「ひ、ひええ…… た、田澤さん、庇って頂戴!」

 

 

 最早自分ではどうにもならないと悟ったのか、俺に助けを求めてきた。しかし、依姫の言い分を聞くと仕事をサボっていたようだし……

 

 

 「……豊姫は此処に来た時、『訓練が終わりそうだ、丁度良い』と言っていたぞ」

 

 「い、言ってないわそんな事! 言いかけただけで、そんなハッキリとは……あ」

 

 

 俺に事情をバラされるのは予想外だったのか、見事に墓穴を掘った豊姫。彼女は失言に気付いたのか、無言でその場を逃げ出す。中々の健脚だ。

 

 

 「姉さん、逃げないでください! ああ、訓練はしてないのにこう言う時の逃げ足だけは速い……」

 

 「なあ、依姫。さっきはああ言う風に言ったが、豊姫の事を責めないでやってほしい。彼女に案内されて月の各所を巡るのは楽しかったんだ」

 

 

 依姫が追いかけようとした時には、既に結構な距離を取っていた。しかし家に戻ればどうせ会うと言うのに、逃げてどうするのだろうか……

 

 

 「……全く、姉さんは貴方が来てからいつも以上にハチャメチャになって」

 

 「そうだ、それが聞きたかった。豊姫は色々と俺に良くしてくれるが、どうしてあそこまで親身になってくれるのか正直分からないんだ」

 

 「……私も確実な事は言えませんが、八意様の境遇と自分を重ね合わせて居るんだと思います」

 

 「八意の境遇? 確かに俺は似たような経緯で彼女と出会ったが」

 

 「八意様が田澤さん……他の浅ましい地上の民とは違い、月の民にも勝るほどの賢人に出会って見聞を広めたと言う事に、憧れを抱いているみたいなんです。

  以前にも偶然やって来た浦島と言う地上人を保護して密かに住まわせてやったり、地上から月にやって来た者に特別関心が有るようで……そんな中、本人が来たものですから」

 

 「あそこまで世話を焼いてくれると」

 

 

 自分で言うと物凄くナルシストっぽいが、豊姫には俺がお話の登場人物のように見えていると。

能力についての謎かけを解いた時に理解者があまり居ないみたいな事を言っていたし、それを初見で見破った俺は気に入られたのだろうか。

 

 

 「大体の事情は理解したが……地上人をこき下ろすのは止めてくれ。一応、俺も地上に住む者だしな」

 

 「田澤さんは月で暮らしても良いと思うんですけどね……ほとぼりが冷めたら真剣に検討してみませんか?」

 

 「前にも言ったが、俺は地上の生活の方が性に合っているんだ。まあ、月で長く生活した訳でも無いから暫くは様子を見てみる事にするよ」

 

 

 本質的に旅人気質な俺は1つ処に留まるのはどうも苦手なので月に落ち着くと言う選択肢は無いに等しいのだが、今だからこそ出来る事もしては行きたい。

そのように考え、適当に言葉尻を濁しつつ返す。

 

 

 「月で暮らせば良い所だって分かりますよ。今日は、もう遅い時間ですし帰りましょうか。姉さんから、今日泊まる場所が私達の屋敷と言う事は聞いてますよね」

 

 「まあ、聞いているが……」

 

 「今日は腕によりをかけてご飯を作りますので、楽しみにしていてください。好きな食事とか、有りますか? 可能なら努力してみますが」

 

 「大根おろし」

 

 「そ、そこまで遠慮なさらずとも……」

 

 「いや、冗談でも遠慮でもなく俺は大根おろしが好きなんだ」

 

 「は、はあ……検討してみます。大根、家に置いてたかなあ」

 

 

 月に留まる気は無いが、此処にいる間だけでも心を開いて周りに触れてみても良いのかも知れない。今までは、焦りすぎていた気もする。

食材事情に頭を悩ませ始めた依姫を見ながら、つらつらとそんな事を思った。

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