この記録は『俺』が閲覧を許可された『本来の田澤昴』の情報、ひいては宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーンの情報。 そして『元の世界』の情報を、口語体かつ物語調で記述する物である。
今回の章末には『我等』に関する情報の一部と、レミリア・スカーレットに対して付与した加護についても記す事とする。考察部分は情報の羅列になっている恐れが有るので、今後の取扱いに関しては一考すべきか。
「よう、ハーレム野郎」
「……え、俺?」
彼女居ない歴イコール年齢の俺こと田澤昴。そんな俺が秘封倶楽部と言うサークルに入ってから一ヶ月が経った。
今日の講義が終わり、いつものように秘封倶楽部の活動へ顔を出そうと廊下を歩いていると、偶然友人に出会った。
出会い頭に全く見当も付かない名前で呼び掛けられ一瞬スルーしたが、周囲に俺以外の人影は無い。戸惑いつつ一応返答する。
「お前以外にそうそうハーレムな奴が居るかよ。灰色から桃色とは、両極端な青春だな」
「いや、何か誤解してないか? それは一体何処から湧いて出た嘘だ」
「なら聞くが、お前はそれまでメンバーが女二人だった秘封倶楽部に入って、ハブられてる訳じゃ無いんだろ?」
「そこそこ良い関係では有ると思ってるけど」
「ほれ見たことか、誤魔化しようがないだろ」
友人は今の会話で自説の正当性を強固な物にしたつもりらしい。確かに、俺の現状を言葉だけで聞くとアレなのは自覚有るが。
正直に言うと俺も微妙に期待していたさ、これは人生始まったなと。何しろ美人二人と行動する機会が自然と多くなる場に居るのだ、盛り上がらない訳が無い。しかし理想と現実には差が有ったのだと言う事は分かってもらおう。
「順を追って説明しよう。まず、俺が女性二人のみだったサークルに入ったのは事実だ。そこで活動して一ヶ月経った現在、ハブられる事もなく友好関係を築けているのも事実だ。
だが、ハーレムと言うからには彼女達から高い好感を持たれている事、もしくは肉体関係に準ずる何かが前提条件だろう。俺はそのどちらも無いぞ、しごく健全なサークルだ。活動内容はまあ、色々と定まっていないが」
「好感度云々はお前が鈍感だと言う可能性が有るにしても……あの四六時中美人二人に囲まれてる環境で健全とは思えないぜ」
「状況だけを客観的に見たら俺もそう思う気はするけどさ、これが事実なんだよ。男の夢は、あくまで夢だって事だ」
「ふーん。なら俺の方が恵まれてるかもな、結構な頻度で合コンとかセッティングしてくれる先輩居るし」
「……良いよな、スポーツが得意でイケメンな奴は。と言うかお前、そもそも彼女持ちじゃなかったか」
「お前もなあ、決して悪い顔はしてないんだが……何処かパッとしねえんだよな。
んで、スポーツについては諦めろ。バスケの動きを見てる限り、悪いがお前にセンスは全く無い。頑張れば並み程度にはなれそうだが」
「おい、答えろよ」
……俺から言い出した事だが、友人はイケメンと言う評価に対して何も否定意見を出さなかった。
しかしどう贔屓目に見ても平均以上とは言えない俺の顔と違って、彼は文句なしのワイルド系美男子。その上スポーツ万能、性格も俺のような奴と高校の時からつるんでくれる有りがたい男なのだ。
「考え方が堅いな、合コンと言っても必ずお付き合いをしなきゃいけないって決まりは無いぞ。
むしろ俺の経験上、そうやって意気込む奴ほど引かれる。異性と飲んで騒いで、それだけを楽しみに行くんだよ。後、俺と彼女は数合わせで常に両方とも参加してるからな」
「ぐぐ、悔しいが参考にさせてもらおう。しかし、それは彼女持ちの余裕と言う物では……おっと、もうこんな時間か。悪い、俺行かないと」
「おーう。お前も頑張れよ、もし希望するなら合コンの件掛け合ってみるぜ」
「……日時が決まったらとりあえず教えてくれ」
つい会話が弾み、思った以上に時間を消費していた。遅れるのは嫌なので、そろそろ行かせてもらおう。
友人に断りを入れ、いつものサークル部屋へ向かう。後ろから聞こえてくる友人の声に相槌を打ちながら、俺は走った。
「駄目、これもハズレだ。この近辺のトラブル……恐らく『境界』は既に捜索され尽くしているみたいだぞ」
「うーん、この本には期待していたんだけどね。全部でたらめって事?」
「まあ、そうなる。これまでの経験だと、意図して作られた企画本みたいなので『本物』に当たる可能性の方が少ないぞ」
「そもそも蓮子、その小冊子って購買で買ってきたんでしょう? とても信憑性が有るとは思えないけど」
「私の勘が働いたの。良いじゃない、本物かもしれないって言う不確定情報を潰したんだから」
いつものサークル部屋で、いつものようにオカルト談義に花を咲かせる俺達三人。
今回の話題は、蓮子が売店で買ってきた600円程度のオカルト特集本について。だが俺が見る限り、全てトラブルは絡んでいない。
つまり超常的な何かが特集されている訳ではなく、要するにインチキだ。
「そう言う意味で、俺は蓮子に初めて渡された雑誌には驚いたんだ。まさか二つも『本物』が有るとは思わなかったしな」
「……今考えると、あの雑誌に本物が無かったらこうして田澤と話してないのよね。
あの時の私は追い返すつもりしか無かったし、適当な事言って誤魔化そうとしてると判断しただろうし」
「これも運命、なのかもよ? 私が田澤くんと会ったのも、偶然が重なったからだしね。
急に本が必要になって、あの時間帯に見つけて、でも高い棚で、そして近くに踏み台も無くて。一つでも欠けてたら、田澤くんは私に声をかけなかったでしょう?」
まあそうだろうな。精々美人だなと思いながらスルーしただろうし、メリーの紹介が無ければ蓮子とマトモに会話出来なかっただろう。
そして会話して流れが出来たとは言っても、俺の能力を証明する事が出来なければ秘封倶楽部には入れなかった。考えてみれば、凄い偶然だ。
「まあ、運命かどうかは置いておくわ。それより、今話題に出た『もう1つの当り』には何時行く?」
「もう1つって言うと、お墓の方? うーん、結構離れた所だしねえ……土日の休みとかで、気軽に行ける場所じゃないわよ?」
「せめて5日くらいは欲しいな……ゴールデンウィークは過ぎてしまったし、後は夏期休暇しか無いんじゃないか?
目的地が墓場だし、夏真っ盛りだと丁度良いシーズンだろう。とは言っても、境界を見付けに行くのに季節は関係無さそうだが」
「行くとしたら交通手段が必要ね。最寄り駅でも探してみようかしら」
「旅行の計画を立てるのにも時間がかかるし、今は止めておきましょうよ蓮子。まだ数ヵ月も先の話よ?」
蓮子は俺が雑誌で見付けたポイントへの興味を湧かせ、早速旅行の計画を立て始めようとする。
俺はそれでも別に良いのだが、メリーはやるならやるでしっかり時間をかけたいらしい。苦笑しながら蓮子をたしなめる。
「んー、確かに気が早かったかもね。でも旅行の計画なんて、決めれる時にさっさと決める物じゃない?」
「初めて3人で他県まで行く旅行なんだし、しっかり計画を立てて行きましょうよ」
「それもそうか、ゆっくり決めた方が色々詰め込めるわよね。ああ、夏が待ち遠しいわー」
メリーの言い分に同意し、まだ数ヵ月は先の夏期休暇へ思いを馳せる蓮子。
瞳が輝き、口元が隠しようの無い程にやけているが、楽しみなのは俺も同じなので特に何も言わないでおく。俺も趣味の本を見付けた時は、同じような表情になっている心当たりが有るからだ。
「そう言えば旅行で思い出したんだけどさ、月面旅行なんてロマンの極みだと思わない?」
「……え、何? もしかして参加したいの? 流石に俺達では金が足りないと思うんだが」
「そう言う事じゃなくって、単に凄いと思うって事よ。
宇宙に浮かぶ衛星、人が大昔から見上げてきた月に、民間人も行こうと思えば行ける時代になった事が」
「行こうと思えば、とは言ってもまだまだお金の問題で現実的じゃないと思うんだけど……
でも、月は確かにロマンチックよね。大昔から様々な逸話が有るって言うのも頷けるわ。……1つ、不満が有るけど」
「不満? 月に不満を持つとは珍しいな」
「綺麗だからと思って、カメラで月を撮ってみた事が有るの。でも写真にはほんのちょっとしか写ってくれなかったわ」
せっかく満月の時だったのに、と口を尖らすメリー。俺がやったらキモいだけの動作だが、彼女がやると可愛らしい。
その姿を見て一瞬行動を止めてしまったが、気を取り直してメリーに向き合いカメラと人間の視覚の蘊蓄を語る事にする。
「カメラで遠くの風景を撮ってそうなるのは仕方無い部分が有るぞ。カメラは奥行きが遠く写るようになってるからな。
そして人間の視覚にも問題が有って、網膜に写った像を脳がある程度補整するんだ。これで、実際に見えている風景とズレが生じる」
「ああ、月がカメラに写る物より大きいと錯覚してるって事ね。やっぱり主観は偉大だわ、認識のトリックと言った所かしら」
「月と地球までの距離は約38万キロメートル。そして、月の直径は約3500キロメートル。
これを比率にすると、距離に対して月の直径は1%にも満たない。まあ、物理的にはそれくらいの大きさにしか見えないな」
いきなりロマンチックな話からアカデミックな話に移行したが、一応理系大学生である所の俺にとってはごく日常的な事だ。
しかし、俺の説明を受けたメリーはどうやら比率云々からは理解が及んでいない様子。焦っていると蓮子が助け船を出してくれる。
「簡単に言えばメリーがカメラを撮る時に伸ばした腕の長さ、その1%くらいにしか月は写らないって事よ。
これは非常に簡潔に表されたモデルではそうなると言うだけで、写真に写った月の大きさを厳密に求めたければ更に多くのデータが……」
「分かった、もう良いから! そのパターンから始まる蓮子の長話は理解出来ないのよ!
それに写真に写った月の大きさなんて、定規を当てればすぐ簡単に求められるじゃない!」
「メリー、それは駄目な考えだ。確かに観測によって得られた情報をそのまま使うのも手法の1つだが。
そこで留まらず背景にある論理を解き明かす事で、観測のみに頼らないあらゆる状況に対応する汎用的な……」
「田澤くんも、止めてってば! まるで蓮子が増えたみたい、素直に月を楽しめなくなっちゃうわ!」
メリーは俺達二人の説明にゲンナリしているようだ。耳を手で塞ぐポーズをとり頬を膨らませ、此方を軽く睨んでくる。
……さっきも思ったが、こう言う動作が自然に見える人って居るんだな。やはり美人だから許されるとか、そう言う事だろうか。そんな感じで俺がメリーに見惚れている内に、話は先へ進んでいく。
「メリー、機嫌を悪くしないでってば。月について、ちょっと詳しく解説しただけじゃない」
「蓮子も田澤くんも、全然『ちょっと』ってレベルじゃ無かった気がするんだけど?」
「うー、分かったわよメリー。今日は3人で月を見に行く事にするわ、出来る限り私は口を出さないから。それで良いでしょ?」
「……まあ、その辺りで手を打つわ。いつもいつも境界を探しに行くのも効率悪そうだし、今日は休憩ね。
田澤くん、今日の活動はそう言う事になったけど……って、あら? 田澤くん、聞いてる? おーい、田澤くーん」
「ん、ああ。聞いてる。とりあえず、準備しないとな……」
うん、まあ。ヘタレな俺にとっては、これくらい周りが引っ張ってくれる方が性に合ってるのかもしれない。
俺の目の前で心配そうに手を振ってくるメリーと、何かを察したのか呆れたような視線を向けてくる蓮子を見ながら、そんな事を考えた。
「おお、これは見事だな。何だ、いつも境界を探しているだけなのかと思っていたが、こう言う隠れた名所も見付けていたのか」
「基本的には境界探しに奔走してるけど、細かい活動内容はわりとアバウトだしね。今日みたいに」
「メリー! 田澤ー! ほらここよ、丁度良く芝生が出来てるわ!」
蓮子とメリーに連れられてやって来たのは、大学近くの小高い丘だった。
途中で獣道らしき所を通ったりした物の、彼女達は迷う事なく進んで行ったので前にもこの場所を訪れたのだろう。
どう見ても整備されている気配は無いが、登りきってみると意外に小綺麗な所だ。はしゃいでいる蓮子に近寄る。
「メリーと一緒に、以前にも此処に来た事が有るのか? 最初は一体何処へ行く気かと思ったが」
「そうね、去年見付けたの。元は別の用事が有ったんだけど、偶然此処に辿り着いてね」
「その時は真夜中だったけど、月が煌々としていて周りがはっきり見えたわ。今も結構明るいでしょ?」
俺の後ろからゆっくり歩いて近付いてきたメリーが蓮子の言葉に続ける。
既に芝生に寝そべっていた蓮子に倣って腰を下ろしたメリーは、俺にも座るよう促してくる。
今更ながらに恥ずかしさが込み上げてきたが、だからと言って俺だけ立っているのも変な話なので素直に腰を下ろして胡座をかく。
「……見事な満月ね」
「うむ。何だかんだと理屈を付けても、やっぱり月は綺麗だな」
「太古からこうして色々な人が思いを馳せてきたんだと考えると、何だか凄く神秘的ね。不思議な気分になるわ」
最近こんな風に落ち着いて月を見た事が有っただろうか。形を見るくらいはしても、これ程までにゆっくり『視た』のは久し振りだ。
じっくり見ていると何とも言えず不思議な気分になる。メリーも同じ事を言っていたが、やはり人を惹き付ける何かが有るのだろうな。
「そうだ、メリー。私は月も星も見てるから、今の場所と時間が分かるけどさ。メリーは月を見て、何か分かる事ない?」
「うーん、空に浮かぶ月そのものに境界を見るのって実は難しいのよね。もっと身近な、水面に写った月とかの方が分かりやすいわ」
「難儀な事ね…… 田澤は、何か分かる?」
「そうだな、ちょっと集中してみようか。頑張れば、何か感じられそうな気もする」
蓮子は月から、それぞれの異能で何かが見えるかと聞いてきた。
メリーは直接境界を見る事は難しいと返答し、二人は残った俺に視線を向ける。僅かに期待の籠った瞳に、やる気を出して能力に集中する。
蓮子が言うには本質ではないらしく、メリーには境界に関わっているのかもと称された『トラブルや不思議を探す』俺の異能。
普段から第六感的に発動しているので特にオンオフの概念が無い物ではあるが、集中すれば精度を高める事は出来る。
「……うん?」
「どうしたの、何か分かった?」
「……不思議としか、表現出来ない感覚を受けた」
俺が思わず漏らした声を聞いたのか、寝そべっていた蓮子が起き上がって俺に顔を向ける。
メリーも無言で興味深げな視線を向けてきて、俺は自分が感じた事を告げる。とは言っても、俺も何が何だか理解しにくいのだが。
「物凄く言葉にし難いが、不思議な感覚って言うのは……何か、凄い光を覆う壁の絵を見ているような、そんな感じだ」
「……それはまた、随分と曖昧で迂遠なイメージね。どこか啓示的では有るんだけど」
「凄いと感じる光は一体何なのかしら、それが分かるだけでも違うと思うんだけど」
「強いて言えば凄さの象徴……って、これだと全く強いてないな。えーと、俺どころか、人間が到達出来ない領域の象徴って事なんだと思う。……でも、言葉にするとこの凄さを陳腐化させてしまった気分になるな」
「月は人間の到達出来ない領域、か。それにしても田澤くんの見える物は不思議ねえ、それについても何か分かると良いんだけど……くしゅん」
「メリー?」
とりあえず3人で意見を出しあっていると、メリーが言葉の途中でくしゃみをした。
改めて服装を確認してみると、ジャケットを着ている俺とカーディガンを羽織っている蓮子に対して、メリーはワンピースのみと言う薄着。
そろそろ初夏が近付く季節とは言え、未だに夜は肌寒い事を考えると些かミスチョイスだろう。……と言うか、本来今日はここまで長く外で行動する予定が無かったんだよな。このままではメリーが風邪をひいてしまうかもしれないので、ジャケットを脱いで手渡す。
「メリー、俺のジャケットで良かったら貸すぞ」
「え? でも田澤くんに悪いわ、今度は貴方の方が冷えちゃうでしょ?」
「俺は耐えられるし、遠慮は要らない。これでも寒さには強いんでな」
「そうそう、有り難く借りておきなさいメリー。意外とそれ厚いから、断熱性も良さそうよ」
「あれ、蓮子はいつの間に田澤くんのジャケットの厚さを知って……ああ、初めて会った時に使ったって言ってたわね。うん、結構体が冷えてきちゃったし貸してもらうわ。……ふふっ、ありがとう、田澤くん」
「お、おう」
蓮子も説得してくれて、メリーは俺が差し出したジャケットに袖を通した。ジャケットの表面を確かめるように撫でたメリーは、嬉しそうに笑いながら俺に礼を言ってくる。
その表情に思わずどもってしまい、そして今の状況に対して今更ながら客観的な思考が浮かぶ。夜に女性二人と出掛け、月を見るなんてロマン溢れる行動をし、挙げ句自分のジャケットを寒がっているとは言え女性に渡す。
……ヤバイ、何で今まで気付かなかったのか本気で疑問に思う程の流れだ。
彼女いない歴イコール年齢の大学生である俺にとっては刺激が強すぎる、恥ずかしさやら焦りやらで体が火照ってきた。何とか話題を変えて、気を紛らわさなければ。
「そ、そうだ蓮子。最近まで俺は秘封倶楽部に居なかった訳だけど、今までも二人で真夜中を歩き回っていたのか?」
「ん、そうだけど? 早く帰れる時は別だけどさ、どうしても境界を探し回っていると時間かかるしね。
田澤が来てからは予め有るか無いかの見当を付けれるようになったから、真夜中まで出歩くのは少なくなったけど」
「……それで今まで身の危険を感じた事とか無かったのかよ」
我ながら無理やりだと思える話題の転換だったが、蓮子は特に気にする事もなく答えてくれた。
そしてその蓮子からは予測こそしていたが呆れてしまう言葉が返ってきて、上手いこと俺も気が紛れた……のだが。
「大丈夫よ、前に変な人にばったり遭遇しちゃった時は有ったけど蓮子が撃退してくれたしね。
それにこれからは田澤くんも居るでしょう? 男の子だもの、やっぱり居てくれるだけでも心強いわ」
「あ、あー……」
「おうおう、照れてますな田澤くん? じゃあねぇ、私も頼らせて貰うわよ」
「き、君達。大人をからかうのは……って、同年だった。まあとにかく、あれだ。俺に頼られても、助けられない事は多いぞ」
メリーが悪戯気な表情で俺をからかい、それに乗ってきた蓮子もわざとらしい口調で俺に上目遣い。
一度は持ち直した筈の俺の精神は再び揺れだし、ヘタレな俺は非常に情けない言葉を口走ってしまう。我ながら、この口を突いて出る妙な発言は如何な物か。
「良いわよ、田澤くんはそう言う所が面白いもの。出来ない事を下手に安請け合いしないって言うか、等身大な所がね」
「変な虚勢は張るけど、笑えない虚勢は張らないからね、田澤は。私はそこが好感持てると思ってるけど?」
「……あ、ありがとう?」
え、なにこれ。何だかさっきとは別の意味で理解出来ない状況になってきたぞ。
ここで俺の友人のような歴戦の勇士ならアタックが可能なのかもしれんが、生憎と俺にそんな度胸は無い。戦略的撤退を行使する。
「さーて、そろそろ帰ろう。何時までも此処に居る訳にもいかないだろ」
「……ふふっ」
「あらあら」
「う、うるさい。ほら、二人とも行くぞ」
慌てて立ち上がった俺を、微笑ましい物を見るような視線で見上げてくる二人。ご丁寧に上品そうな笑いまで浮かべている所が何とも言えない。
畜生。せめてもう少しくらいは、この手のからかいに真顔でクサイ台詞を返せる程度の図太い神経を身に付けたい。もしくは単に受け入れられるだけの度胸でも良い。
謎の敗北感を覚え、そんな事を考えながら頭を抱える俺だった。
さて、今回はこの辺りで記録の再生を終える事にする。
『田澤昴』もこの時点では中々微笑ましい日常を過ごす、様々な可能性に満ち溢れた人間だったのだ。先に待つ運命を知るだけに、『俺』と言う仮面の心は痛む。
改変前の歴史における紅魔館にて、『田澤昴』が取った行動に対する情報の整理を行う。
『田澤昴』は呼び起こされた直後、周囲の妖怪を確認して戦闘態勢に入り、藍の呼びかけに対して支離滅裂な言動で返した。
これは彼が妖怪を含むあらゆる怪異を憎むあまり、精神の均衡を崩していた事に由来する。彼は老人と言える年齢に至るまで遭遇した怪異を全て滅し尽くしてきたし、その過程で『正常な』人間の思考など掠れている。当然、理性的な会話など望むべくもない。
その後、レミリアの放った攻撃に反応して本格的な戦闘行動を開始。妖怪への無差別攻撃を行った。
この時に真の意味で彼の注意を引いたのは、レミリアの攻撃名、『グングニル』と言う部分だろう。グングニルとは北欧神話の主神、オーディンの持つ槍の名であり、それを名乗る事が彼の激情を誘発した。
理由は単純ながらも狂気に依った物で、彼はオーディンと『我等』を同一視している。『我等』を崇め、『我等』の力を欲し、自ら片目を潰し首を括ってまで『我等』、つまりオーディンの偶像を体現した程の彼だ。憎み滅するべき怪異がグングニルの名を持ち出した事は、彼の感情をこの上なく逆撫でたであろう。
博麗霊夢、八雲紫と遭遇した際の奇行については、この項に敢えて詳しく記述する必要はない程に明確だ。
次に、改変後の歴史において『俺』がレミリア・スカーレットに与えた加護についての情報を整理する。
レミリアにスペルカードルールについて教授し、アドバイスと言う形をとって構成させたスペルの一つ、『スターオブダビデ』は悪魔召喚術における護法を展開する物だ。
『俺』がソロモン72柱の悪魔を利用する際に用いている物に多少の手を加えており、召喚術の魔法陣として機能すると同時に、『我等』の同胞が絡んだ干渉を破却する聖印としても機能する。フランドール・スカーレットも含め、一度『ベリアル』の干渉を受けている彼女達への護りとなるだろう。