旅人の見た幻想郷   作:千思万考

21 / 82
旅人、宴に流され酒に呑まれる

 「……なあ、伊吹。俺の歓迎って言うのは建前で、結局の所大勢で騒ぐ口実が欲しかっただけだろう?」

 

 「何を言ってるのさ、皆が昴の話題で盛り上がってるでしょ」

 

 「……言い方を変えよう。俺の話題を肴にして酒が呑みたかったんだな」

 

 

 俺の近くで豪快に酒を呑む伊吹に、盛り上がる妖怪達を横目に見ながら話しかける。

宴もたけなわ、と言った感じで騒ぐ妖怪達はとても楽しそうなのだが……何となく釈然としない物を感じる。

この場に連れてきた張本人である八雲と藍は我関せずとばかりに離れた位置で静かに呑んでいるし、星熊は騒ぎの中心に居る。見知った者が周囲に居ないのだ。

 

 

 「まあ良いじゃないか、田澤。私達はゆっくり落ち着いて飲もうよ」

 

 「妹紅…… まあ、それもそうだな。よく考えれば、あそこで意識を保てる自信も無いし」

 

 

 すぐ隣でちびちびと盃を傾けていた妹紅が、俺をほんのり上気した顔で見上げながら言う。既に少し酔いが回り始めているようだ。

前回は妹紅が悪酔いしていたし、俺も彼等のペースに合わせて呑んでいると危なそうである。いざとなれば魔力で酔いを消せなくもないが、そこまでするくらいなら最初から呑まない。

 

 

 「落ち着いて呑みたいなら、確かに今の内かも。

  そろそろ昴本人に話題が回ってくると思うし、そうなったら嫌でもあそこに引っ張り出されるだろうね。……どれ、私もそろそろ混ざろうかな。おーい!」

 

 

 俺と妹紅を見て面白そうに笑いながら立ち上がり、盛り上がっている面々に声をかける伊吹。最後に不穏な言葉を残して、彼女は離れていった。

 

 

 「……勝手な奴らだなあ。田澤もそう思わない?」

 

 「人間の常識に当てはめるのが間違っているんだろう。奔放だと思わなくもないが、それも美徳の1つと考えれば良いさ」

 

 「こう言う時に田澤もやっぱり何処か超然としてるって感じるよ、私はそこまで寛容には成れない」

 

 「そこまで酷い訳でも無いからな。怒る時は怒るさ」

 

 「『この、女!』みたいな感じで、ね。ふふっ」

 

 「……何時の間に来たんだ」

 

 

 先程までは離れた位置に居た筈の八雲が、いきなり会話に入ってきた。ご丁寧にも並べていた盃ごと、そっくりそのまま転移してきている。

……似たような事を思った覚えは有るが、口に出した事は無い筈だ。それだけ感情が表に出ていたのだろうか。なんと言うか、微妙に恥ずかしい。

八雲は妖しい魅力を湛えた瞳で俺を上目使いに見据えながら、更に言葉を続けてくる。

 

 

 「あら、お酌をさせて頂こうと思ったのですけど。迷惑かしら?」

 

 「迷惑と言う事は無いが……何故いきなり」

 

 「貴方が主役の宴ですし、おかしい事では無いでしょう」

 

 「うん、まあ……そうだけどさ」

 

 

 確かに言っている事は筋が通っているのだが、八雲が相手だと裏が有りそうな気がしてしまう。

しかし俺の個人的な感情で断るのも酷い話なので、結局は素直に酒を注いでもらう。お返しに、俺も八雲の盃に酌をした。

 

 

 「貴方相手に策を弄する気は無いので、互いに腹を割って話したい。その意思表示のつもりですわ」

 

 「まだ何か俺に聞きたい事が有ったのか?」

 

 「貴方の力について、そして月で何が起こったのかについて更に詳細な部分を。

  話したくなければ構いませんし、貴方の方も聞きたい事が有るのなら、言ってくだされば可能な限り答えます」

 

 

 互いに注がれた酒へ口を付け、どうしたものかと考えていると八雲が真面目な顔で提案してきた。

意外と言うと失礼だが、もう少し胡散臭い話術で攻めてくるのかと思っていた俺としては意表を突かれた形になる。妹紅も驚いているらしく、表情が面白い。

 

 

 「……お前、何か企んでいるんじゃないの? いきなり妙に殊勝な事を言い始めてさ」

 

 「酒の場で無粋な事はしたくない、それだけの事です」

 

 「普段の言動が無粋だって自覚は有ったんだね、驚いたよ」

 

 「……ふふっ。焦らなくとも、貴女の思い人を奪う気は有りませんわよ」

 

 「な、何いきなり脈絡無い事言ってるんだ!? わ、私の思い人って、田澤をそう言う風には……」

 

 「……思った以上に見事な自爆ね。だそうよ、田澤さん?」

 

 「……まあ、この件については置いておこう。それとも妹紅をからかうのが目的かい」

 

 

 意味ありげな視線と共に向けられた八雲の言葉を適当にあしらい、妹紅に助け船を出す。俺としてもこれ以上変な方向に話が進むのは勘弁してもらいたい。

 

 

 「それも面白そうですけど、今は止めておきましょうか。……それでは、貴方の力についてお聞きしても?」

 

 「どうしても答えられない部分はある、とりあえず君の質問を聞いてから判断するよ」

 

 「分かりましたわ。……貴方が『扉』と呼ぶ力と悪魔を召喚する力、それらは別物?」

 

 「謎かけのようになって悪いが、別物と言えば別物だし、同じと言えば同じだ。大元で共通してはいるんだが」

 

 「では次に、貴方の使う魔法は『扉』から派生した物? それとも魔法の1つとして『扉』を有しているのかしら」

 

 

 む、中々答えにくい質問だ。あまり他人に教えたくない所だと言う事も有るが、この辺りは事情が複雑で説明するにしても難しい。

普段なら煙に巻いて誤魔化す所だが、八雲が小細工なしで真正面から来ているし素直に断ろう。……その質問が来ると言う事は、俺の能力の表層については大体見当が付いたんだろうけど。

 

 

 「済まない、それについては答えられない。ただ、君は鋭い点を突いているとは言っておく」

 

 「と、言う事は……」

 

 「おーい! 昴、いよいよ出番だぞー!」

 

 

 伊吹が大きい声で俺を呼ぶ。見ると、集まっていた妖怪達が酒を掲げて俺を騒ぎの中心へ招こうと手を振っている。

 

 

 「まあ、続きは向こうに行ってからにしましょうか。楽しいお話を期待していますわよ?」

 

 「面白おかしく話を広げる技術は無いからなあ……あまり期待に答えられないと思う。さ、行くぞ妹紅。今度は悪酔いしないようにな」

 

 「記憶が無くなるまでは呑まないよ……」

 

 

 立ち上がり、妹紅を伴って妖怪の輪の中に入っていく。後ろからは八雲と藍も付いてくる。……藍に全く声をかけていなかった事に今更ながら気付いたので、歩きながら話を振る。

 

 

 「どうした藍、さっきから黙ったままだが」

 

 「む? 特に理由は無い、強いて言うなら紫様の邪魔にならないようにと控えていただけさ」

 

 「何よ藍、そんな事で遠慮していたの? それでは余計に空気が悪くなるの、口下手な訳でも無いんだし会話には混ざりなさい」

 

 「紫様が許可なさるのであれば、喜んで」

 

 

 何とも主思いの生真面目な式神である。そう言えば、この二人は一体どこでどのように知り合ったのだろうか。

微妙に興味が沸いたし、酒を呑みながらでも聞いてみようか。あの酒盛りの中で、聞ける余裕が有ればだが……

 

 

 「ようし、此処に座れ。まずは強さの証明だぞ!」

 

 「強さの? あまり派手に動きたくは無いんだが……」

 

 「そっちにも興味は有るけどね、ここは酒席だ。酒で勝負と行こうじゃないか!」

 

 

 近寄ってきた伊吹に手を引っ張られ、中心に据えられる。そのまま質問が始まるのかと考えていたのだが……何とも彼女らしい提案に思わず溜め息が出る。

周囲の妖怪に視線を向けるが、囃し立てられるばかり。人間の俺に対して鬼が相手では、勝敗は既に見えているような物だと思うのだが。

 

 

 「伊吹、俺は鬼を相手に潰れないような酒豪では無いんだが……」

 

 「まーた、そんな事言っちゃってさ。月人をも退けた田澤だ、酒に弱い訳が無いよ」

 

 「根拠の分からない信頼だな」

 

 

 月人を退けたと言うと微妙に語弊が有るし、そこから酒の強さに繋がる理由も分からない。

実は酒を飲んだ機会は生きた年数に比してかなり少ないし、客観的に自己評価すると決して強いとは言えない部類に入りそうだ。弱くも無いつもりだが、鬼相手では無謀だろう。

……だが、ここで頑なに断るのも悪いし。

 

 

 「分かったよ。その勝負を受けよう」

 

 「じゃあ、どちらかが潰れるまで……となると色々困るから、先にこの盃を空にした方が勝ちと言う事にしよう。どうだい?」

 

 「……凄い物を持ち出してきたな」

 

 

 嬉しそうに笑った伊吹は手付かずだった盃を2つ並べたのだが……とにかく大きい。

容量にして5リットルは余裕で入りそうな、実用と言うよりは儀礼用と言った方が良い代物である。

 

 

 「これくらいじゃないと面白くないからね。それとも、手加減して欲しいかい?」

 

 「いや、手加減は要らない。負けても言い訳が出来る条件だと、君に悪いしな」

 

 

 言いながら酒が注がれた盃を両手で抱えるように持つ。盃を口に近付け、伊吹もそうした事を確認してから流し込む。

相変わらずの強烈なアルコールが喉を焼き、鼻を独特の風味が抜け、腹に生じた熱により改めて勝負の開幕を感じる。

不利な勝負では有るが、やるからには頑張りたい。本来なら魔力で酔いを消せるので幾らでも呑めるのだが、それをやると卑怯だろう。自分の限界に挑戦してみたいと思う。

 

 

 「お、やる気になったみたいだね? よーし、皆も呑め!」

 

 「ほら、人間の田澤が呑んでるんだ。鬼や天狗の手が止まっていたら笑い話だよ!」

 

 

 伊吹や星熊が周囲の妖怪を囃し立てる中、妹紅の心配そうな表情や八雲の面白そうな表情を横目に見ながらも無言でひたすら呑む。

酔いを魔力で消せない状態での勝負、余裕は殆ど無いので余計な事は考えられない。体に生じた熱が、次第に思考や感覚を鈍らせていく。

 

 

 「ほら、中々の呑みっぷりじゃないか。もう半分以上減ってるよ」

 

 「ん? ああ。飲むのに夢中で気付かなかったな」

 

 「うん、良い事だね。さっきまでの小難しい顔よりよっぽど男前だ」

 

 「そりゃどうも。君の方こそ、朱の乗った頬が艶やかだな」

 

 「……こそばゆいねえ、そう褒められると」

 

 

 言われて盃を見ると、確かに目に見えて中身が減っている。もうこんなに飲んでいたのか。

呑んだ量を自覚すると体が更に熱を持ってきた気がする。普段ならこのくらいを限度として、呑むのを止める辺りだ。

 

 

 「そう言えば、妹紅……」

 

 「何だよ。私より、田澤の方が呑んでるって」

 

 

 俺の呑んだ量から不安が生まれ、妹紅を見るとしっかりした返事が返ってきた。何故か不機嫌そうに見えるが、少なくとも悪酔いはしていない。

そのまま流れで隣の八雲にも視線を向けると意味ありげに微笑まれたので、特に意味も無く微笑み返す。……あれ、俺って結構酔っているのか?

 

 

 「……何やってるんだよ、田澤。そんなに八雲の方が良いのか、私と対応が違うぞ」

 

 「酔いが回ってきたから、という事で勘弁してくれ。特別な意図は無いんだ」

 

 

 更に不機嫌な顔になり聞いてくる妹紅には、意識がはっきりしている内に謝っておく事にする。

……段々意識が混濁してきた。思考を通さず、反射で会話をしているような感覚に陥る。とりとめの無い考えが次々と浮かび、高揚感に包まれていく。

 

 

 「この、自分の意識が溶け出していくような感覚は嫌だなあ……」

 

 

 まるで眠りにつく時のように明確な境界を感じないまま、霧に飲み込まれるように思考力を失っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うん、やっぱり酒に強いじゃないか! 鬼の酒をそんな飲んで潰れないなんて!」

 

 「神が酒を呑み、妖怪も酒を呑む。ならば人間が酒を呑むのも当然の事。侮られては困るな」

 

 

 十数分後ともなると、もはや俺の口は絶好調。身ぶり手振りも交え、大仰に語る。

自分でも論理の展開に疑問が生じたが、こう言う物はフィーリングだ。口から言葉が出るに任せ、勢いで場を盛り上げる。と、妹紅が何やら言っている。

 

 

 「た、田澤。そろそろ終わりにしておいたら? と言うか、もう二人とも盃が空じゃないか……」

 

 「何、いつの間に……伊吹、君はどうなってる」

 

 「んー? ありゃ、私の盃も空だ。と言うか、途中から勝負の事忘れてたねえ」

 

 「俺もすっかり忘れていた。……うむ、もう面倒になってきたし勝負は抜きで酒を呑む事にしよう」

 

 「田澤ぁ……」

 

 「ほら、田澤の盃が空なんだぞ! 酒を追加だ、そこの天狗……えーっと、射命丸!」

 

 「何故私を名指し……い、いえ、文句が有る訳では無いんですよ?」

 

 

 勝負は文字通り水に流れ、普通の酒盛りが再開する。伊吹が射命丸を呼びつけて、空になった俺の盃に酌をさせてくれる。

……ふむ。こうして近くで見ると、射命丸も中々。

 

 

 「やはり綺麗な黒髪だな。正しく鴉の濡れ羽色と言った所か」

 

 「は、はい? あの、何をしているんです?」

 

 「見れば分かるだろう、君の髪を鋤いているのだ」

 

 

 射命丸の頭に手を乗せ、その髪を撫でる。酒で火照った手には、その涼やかな感触が心地好い。

 

 

 「い、いつまで撫でているんですかっ。それに、私は理由を説明しろと言ったのです」

 

 「酒に酔って、君にも酔った。……流石にこれは寒気の走る台詞だな。まあ、こんなふざけた言葉が躊躇いも無く言える酔っ払いに絡まれたのが運の尽きだ」

 

 「つまり、酔っていると……」

 

 「いやはや、愉快な気分だよ」

 

 

 呆れたような表情の射命丸に手を払い除けられる。彼女は俺の答を聞くと、溜め息を吐きながら戻っていった。

 

 

 「ようし、場も盛り上がったね! ではではお待ちかね、田澤から月での武勇伝を聞いてみようじゃないか! ほら射命丸、何か質問!」

 

 「また私…… えっと、それでは。月人を退けたとのことですが、具体的には何をしたのです?」

 

 「うむ。まずは何と言っても、八百万の神を従える巫女に対し、圧倒的な勝利を掴んだ事だな。

  月の都を水没させる程の豪雨を伴った雷雲を刀で斬り払い、大八洲を産んだ母神を焼死せしめた火神の焔を魔力で打ち払い。

  高天原を治めし太陽神の威光をも、同じく陽の力を以て対抗し見事これを打倒して……」

 

 「あははははっ! 昴、堅物かと思ってたけど割りと調子の良い所も有るんだねえ。そのまま続き頼むよっ!」

 

 「む、むう。まあともかく月人を倒し、助け起こしてやろうと近付いたら空気の読めない雑兵共に不意打ちを喰らってな。

  薄れ行く意識の中、残りの魔力で残っていた伊吹や八雲達を地上に戻し、そこで限界を迎えた俺は捕らえられてしまったのだ」

 

 

 上機嫌で武勇伝を脚色していると、思わずと言った様子で吹き出した伊吹に水を差された。あまりにも事実と異なる語りに、笑いが堪えられなかったのだろう。

酔っているとは言え更に脚色を加えるのにも気が引けてしまった為、控え目に続ける。……痛み分けだった事は明かさない。

 

 

 「囚われてから中々帰れなかったようだけど、魔法で逃げる訳にはいかなかったのかい?」

 

 「よく聞いてくれた、星熊。月では力を封印する拘束具を付けられてしまってな、ごく普通の人間と変わらないような状況になってしまったのだ」

 

 「よくそれで逃げられたねえ……」

 

 「大人しく従っているふりをしながら情報を集め、頃合いを見て奪取した月の兵器で逃走したのだ。あの時の連中の驚きようったら、痛快だったな」

 

 「そう言えば、月の兵器とはどんな物なのです? あまり詳しい事を聞いていませんでしたけど、一度に数百発の矢を放つ弓とかでしょうか」

 

 

 その後も酒を呑みつつ自分のやられた辺りを誤魔化しながら月での出来事を語り聞かせていると、ちゃっかりメモの用意をしている射命丸が問いかけてきた。

 

 

 「俺が奪取した物は、月の魔力を弾幕に変換する武器と、振るった先にある物を灰に変えてしまう恐ろしい扇。後は、空飛ぶ船だな」

 

 「……本当かどうか、イマイチ信用出来ないんですよねえ」

 

 「失礼な、君が聞きたいと言うから答えてやったのに。こんな仕打ちを受けるとは、素面ではやっていられん。酒を追加だ」

 

 「……貴方って、意外に酒癖が悪いのね」

 

 「この田澤は嫌いだなあ……」

 

 

 八雲や妹紅が何やら言っているが、無視である。宴会で酒を呑まずして一体何をすると言うのか。酒を呑む、これは真理である。そう、俺は真理を探求しているのだ。

低俗に浮かれ騒いでいるのとは訳が違うのである、変な誤解をしないでもらいたい。そうと決まれば、早速酒だ。酒は酒であるからにして酒、酒である。

 

 

 「えー、森羅万象を極めるべく、諸君らも存分に呑むように」

 

 「酒を呑んで妄言を吹く事の何処がそんな大層なお題目に繋がるんだよぉ……もう止めなって田澤、何だか私が恥ずかしいよ」

 

 「何を言うか妹紅、鬼の諸君を見たまえ。彼らの強さが何処から来ているか分かるか? 酒を呑み、自然に触れる。これは神と共にある巫女にも通じる……」

 

 「難しい理屈は分からんが、よく言った! ほら、田澤先生の御高説に、乾杯っ!」

 

 「おお、やはり分かる人には分かるのだ。俺は嬉しいぞ、星熊。さあ妖怪諸君、共に高みを目指そうではないか!」

 

 「かんぷぁーい!」

 

 

 伊吹を筆頭に、多くの妖怪達の乾杯の声が高らかに響く。今、場の熱狂は最高潮! 俺のテンションも天井知らずの鰻登り!

高ぶる感情に突き動かされるまま俺は立ち上がり、舞台役者のごとき華麗な足さばきで歩き回りつつ呼び掛ける。

 

 

 「呑もう! 呑んで騒ごう! このまま再び日が昇るまで……うおっ」

 

 「ほら、そんな千鳥足でよろよろ動くから転ぶ…… もう駄目だぞ田澤、酒は禁止だ」

 

 

 いきなり天地が逆さまになり、地面が俺にぶつかってきた。たかが土の分際で、生意気な物である。

それにしても、妹紅はかなり酔っていると見える。俺が千鳥足で歩いている訳がなく、しかも転んだのではなく地面の方から俺に衝突してきたのだ。

 

 

 「……くっ、こいつ俺を掴まえて離さない気だ。俺の腕力でも引き剥がせん」

 

 「それは貴方の腕に力が入っていないだけよ……ほら、掴まりなさい。私の能力なら束縛から解き放ってあげられますわ」

 

 「すまない八雲、君に借りが出来てしまったな」

 

 

 何故か呆れたような表情をしている八雲が手を差し出してくれている。彼女の能力なら確かにこの状況を打開出来るだろう。礼を言いつつ、手を握る。……その瞬間。

 

 

 「う……?」

 

 

 断片的なイメージが脳裏をよぎる。俺を掴む白い手、俺を引っ張る細い腕。知らない誰かの姿が、八雲の姿に重なる。

……知らない誰か? いや、俺はこの人を知っている筈だ。流れる金髪、無邪気な微笑み、その隣には黒い中折れ帽の……

 

 

 「ぅ、あ……」

 

 

 そこまで考えた時、何故か思考に欠落が生じ始めた。まとまりかけたイメージは、どんどん俺からこぼれ落ちていく。

思い浮かんだ人の顔に穴が空き、全体像がぼやけ、色が失われる。それでも必死に記憶を留めようとするが……。

 

 

 「……吐き気がするなら、近くの川にでも飛ばしますわよ」

 

 「あー、そろそろ本当に限界かもしれん。ぶっ倒れそうだ」

 

 「……もうとっくにぶっ倒れてるけどね。とにかく、自覚してくれて良かったよ。いつまでも八雲の手を掴んでないで、早く立ってね」

 

 

 何かを考えていたと言う事は思い出せるのだが、肝心の内容が浮かんでこない。どうやら俺は酷く酔っているようだと、今更ながらに気付く。

まあ、忘れた物は仕方がない。重要な事ならその内思い出すだろう。八雲に助け起こしてもらい、何とか立ち上がる。……頭がぐらぐらする。どうやら本当に限界が近そうだ。

 

 

 「すっかり忘れてたけど、これ鬼の酒だからなあ……人間が呑めばそうなるのは確かに当たり前と言うか、むしろよく今まで潰れなかったね」

 

 「どうやら無理をさせ過ぎたようだね……とても気持ちの良い呑みっぷりだから、つい煽ってしまったよ。悪かった田澤、十分楽しませてもらったし休んでくれ」

 

 「すまない、皆。楽しい宴会に水を差してしまい……迷惑をかける」

 

 「気にするなって、昴。今度は変に競わず、楽しんで呑もうね」

 

 「はは……」

 

 「何笑ってるんだよ田澤。暫くは禁酒だ、私が見張ってるからな」

 

 「あら甲斐甲斐しい。まるで駄目な男に尽くす女のようね」

 

 「つ、尽くす女って……! 私は田澤と旅をしてるんだから、田澤の事を私が介抱するのは当然だろ!」

 

 「さりげなく俺の事も駄目な男呼ばわりして、全く失礼だぞ」

 

 「……ごめん、今の田澤に関しては駄目な男だって事に同意するよ」

 

 

 何だかんだ言ったが、終わってみると楽しい酒盛りだった。ここまで多くの者と騒ぐのは、俺にとって得難い機会。酒による物だけでなく浮かれていた部分が有ったのかもしれない。

ともかく、今日は楽しかった。問題は今日の寝床だが……最悪、この近辺にテントを設置しよう。せめて今日は妹紅をゆっくり休ませたいんだがなあ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。