旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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旅人、亡霊姫に出会うのこと

 「……田澤。ねえ、田澤ってば」

 

 「……ぅ、うぅむ」

 

 

 すぐ近くから誰かの声が聞こえてくる。反応しようと体を動かすが、泥沼に浸かっているかのように感覚が鈍い。

苦労して体勢を整え、重い目蓋をこじ開ける。眼に入った光に眩しさを覚えて軽く呻き声を上げていると、再び誰かに呼び掛けられた。

 

 

 「やっと起きた? もう、あれからどれだけ時間が経ったと思ってるのさ」

 

 「……妹紅か」

 

 

 最初に視界に飛び込んできたのは妹紅の顔。よく見るとかなり近く、互いの息がかかりそうな程である。

思わず顔を引くと、何か柔らかい物に押し返されるような感覚。ここで目覚めた経緯も分からないし、状況がイマイチ掴めない。

周囲を見回すと、純和風と言った様子の落ち着いた室内が目に入る。しかし、少なくとも俺の記憶にはない場所だ。

 

 

 「ここは何処だ? 記憶が、ハッキリしない」

 

 「八雲の知り合いの屋敷だよ。あのスキマとやらで移動してきたんだ。やっぱり覚えてないんだね」

 

 「妹紅の可愛さに、記憶が飛んだのかもな」

 

 「……はあ、まだ酔ってるね。いい加減に酔いは覚めてるだろうって思ってたんだけど」

 

 「酔っているとは酷い言い分だな。素面で妹紅を褒めてはいけないのか?」

 

 「はいはい、褒めてくれてどうもありがとうね。……酔ってる時に言われても嬉しくないよ」

 

 

 未だに頭が回らず、自分でも何を言っているのか分からない。あげく、妹紅の言葉の幾つかを聞き逃す。

……本当にどうしよう、何もする気にならないんだが。せっかく横になっているのだから、暫くこのまま微睡んでいようか。

そこまで考えると丁度眠くなってきたので、のそのそ寝返りを打ちながら頭の位置をずらして目を瞑る。何だか暖かい。

 

 

 「わ、わ! ちょっと待って!」

 

 「……どうした妹紅」

 

 「寝返りなら、せめて反対に向いてくれ! こっち向かれると私が困る!」

 

 「眠い」

 

 「こ、答になってない、もう、起きてよ!」

 

 「……仕方無いな」

 

 

 俺にとって魔力枯渇以外での眠気とは錯覚に過ぎない。基本的に睡眠は必要とせず、殆ど気分の問題だ。

なのでどれ程の眠気に襲われようと、行動しようと本気で思えば目が覚める。……筈なのだが、何故か目を開けても暗い。

 

 

 「ん、妹紅。目を開けたら真っ暗だ」

 

 「目をっ!? 田澤、起きろ!」

 

 「のわっ!」

 

 

 急に頭が持ち上がり、そこで支えを失った。咄嗟に体を反転、手をついて事なきを得る。

何事が起こったのかと辺りを見回し、その体勢のまま顔を上げると顔を真っ赤にした妹紅を発見。一体どうしたのか。

 

 

 「ほら、水飲んで休んでろ! ああ、どうにも調子が狂う……」

 

 「すまない、迷惑をかけた。謝ろう」

 

 「え? いや、分かれば良いんだけどさ。……幾らなんでも切り替え早くないか」

 

 

 これまでの妹紅の言動と行動から、どうやら俺は酔って迷惑をかけているらしい事を理解した。

酒で焼けた喉を受け取った水で潤しつつ、魔力を体に流して酔いを消す。最初からこうしていれば良かったか。

……意識が正常に戻ると共に、悪酔いしていた最中の言動や行動の記憶が徐々に蘇ってくる。

 

 

 「何だよ森羅万象って……射命丸にセクハラしてるし、ああ、これ以上思い出したくない」

 

 「せくはら? ともかく、その様子だと本当に酔いは覚めたみたいだね」

 

 

 あまりの酷さに頭を抱える。自分がやった事だとはとても信じたくない、色々な意味で馬鹿げた奇行。

妹紅に悪酔いするなと言っておいて本人がこれでは、説得力がまるで皆無である。八雲に駄目男と評されるのもやむ無しだ。

妹紅の冷静な対応に俺の羞恥心は募るばかり。一通り自己嫌悪に浸っていたが、唐突に周囲の雰囲気に違和感を覚えて妹紅に訊ねる。

 

 

 「今気が付いたが、この場所って生きた存在が居て良い所では無いよな? どうやって此処に来たんだ」

 

 「それは……」

 

 「あら、まだ眠っているかと思っていましたわ。鬼の酒で潰れたにしては、随分とお早い起床ですのね」

 

 「……まあ、この人に聞いてよ。ここの主だってさ」

 

 

 妹紅が口を開きかけた所で割り込む、聞き覚えの無い女性の声。見ると、おっとりした印象を受ける桃髪の女性が戸を開けて入室してきていた。

彼女を視界に捉えた瞬間、意識が不自然に薄れるような寒気を感じる。まだ酔いが残っているのかと不思議に思い、体調を確認して仰天した。

……この女性、面と向かって無邪気に呪殺を仕掛けようとしているらしい。

 

 

 「何か、俺は貴女の気に障る事でもしただろうか?」

 

 「いいえ、別に何もされていませんけど…… どうしていきなりそんな事をお訊きになるのかしら」

 

 「……初対面の相手に呪い殺されそうになったら、訊きたくもなる」

 

 

 とりあえずこの女性も本気では無いと言う事なのか、意識せずとも普段纏っている魔力のみで抵抗出来る程度の呪いだが……

この場合、何故いきなり呪い殺されそうになっているのかが問題なのである。女性から悪意や殺意を感じられないのが逆に不気味だ。自然と声が低くなる。

果たしてどうしたものかと女性を見据えていると、珍しく疲れたような表情をしている八雲が開けっ放しの戸から現れた。

 

 

 「ああ、やっぱりやってる…… 田澤さん、許してあげてくれないかしら。その子、興味を持った人間を死に誘おうとする癖があるのよ」

 

 

 八雲は桃髪の女性と俺を見比べて、溜息を吐きながらとんでもない事を言ってきた。

興味を持った時点で呪殺の対象とは、随分と物騒な癖だ。そもそも、やっぱりと言う事は彼女がこの行動に及ぶ可能性について予測出来ていたのか……

とりあえず、不満は伝える事にする。

 

 

 「なら君は訳も分からず殺されかけたとして、素直に納得できるのか?」

 

 「怒る気持ちは分かるけど、どうか抑えてもらいたいの。この子に悪気は無いのよ。……幽々子も、いい加減止めなさい」

 

 

 抑えてもらいたいと言われても、流石にそう簡単には納得できない。

とは言え怒っていては状況がややこしくなるのも事実なので、これについてはひとまず置いておこう。一応、休ませてもらった身でも有るし。

実際に死にかけたなら対応も変わるが、結果として何かが起こった訳でも無い。

 

 

 「酔い潰れていた俺を留め置いてくれた礼も言わず、申し訳ない。……だが、さっきのは色々な意味で心臓に悪い。二度とやらないでくれると助かる」

 

 「すみません、紫の連れてきた人間と言う立場がどうにも気になって……興味本意で変な事をしてしまって、此方こそ申し訳ないわ」

 

 「では、おあいこと言う事で。

  もしかしたら八雲から紹介されているかもしれないが、改めて名乗らせてもらう。俺は田澤昴と言う名前だ、貴女の名前は?」

 

 「あら、丁寧に有難うございます。私は西行寺幽々子と申します、お気付きになられたかもしれませんが亡霊ですわ」

 

 

 殺気や邪気が無いのは最初から分かっているので、二度としないと言うのならば別にとやかく言う気はない。穏便に物事が進むのであれば、それにこした事はないのだ。

互いに頭を下げあい、次いで自己紹介を済ませる。そして話の流れを変える意味も込めて、多少強引ではあるが先程妹紅にしていた質問をぶつける。

 

 

 「これからは宜しく頼む、西行寺。所で、ここは冥界に存在しているようだが……何故生きたままの俺達が存在出来るんだ?」

 

 「えっと、出来るものは出来るとしか私にも答えようが……正直に言いますと、普通の人間を招いた経験が無いので分からないのです。

  ……ねぇ紫、貴女なら正確に説明出来るんじゃない? 私と役目代わってよ~」

 

 「そう言われても、死後の世界までは私の管轄では無いのよ。

  幽々子はあのお方と仕事付き合いがあるでしょ、直接彼女に聞きなさいな」

 

 「あれ、此処の主って貴女じゃないの? その言い方だと、更に上の立場の人が居るような感じがするけど」

 

 

 俺が疑問に思った部分を妹紅が口に出した。てっきり俺も『此処の主』と言うのが冥界全体の事かと思っていたのだが……冷静に考えれば、流石に規模が大き過ぎるか。

 

 

 「そこは説明が難しい所でも有るのですけどね。簡単に言いますと、この白玉楼を含めた付近一帯は私が管理しています。

  ですが冥界全体を含め、所謂死後の世界を統括しておられる方は閻魔様となります。なので、詳しい所まではちょっと……」

 

 「ふーん、閻魔様かあ……」

 

 

 閻魔、そして白玉楼と来たか。さらっと言われたが、両方とも死後の世界に関わる単語の中では高名な部類に入る。

この建物が伝説通りの場所なのか、それとも伝説に準えて名を借りただけの場所なのか。どちらかは分からないが、主の名前もあって中々洒落たネーミングだ。

しかし、西行寺にも理由は分からないとは。これまでの様子だと此処に居ても特別な害は無さそうだし、そう言う物だと今は納得しておくか。

 

 

 「で、呪い殺されるとかって何の話? 私は特にこの人が田澤に何かしたようには見えなかったけど、そんな物騒な事してたの?」

 

 「あら、意外に冷静に受け止めるのね。常の貴女ならすぐに激昂しそうな物だけど」

 

 「……八雲、お前私の事を何だと思ってるんだ。

  何と言うか、そろそろ妖怪のやる突拍子の無い事に慣れて来たし。それに、田澤がこれくらいでどうにかなる筈無い」

 

 

 ああ、妙に反応が薄かった理由はそれか。妹紅には悪いが、状況を理解したら妙な事になって話が拗れるのではないかとも思っていた。

信頼してくれているととれば良いのか、諦観し始めているととれば良いのか微妙な所であるのが何とも言えないが…… 素直に、落ち着いてきたのだと成長を喜ぼう。

 

 

 「そうねえ。本気を出していた訳でも無いけど、私の能力が効く気配は全くしなかったもの。やった私が言うのも変だけど、心配する必要は無いと思うわ」

 

 

 直接的に俺に関わるような魔法や呪術は、精神干渉同様に特に念を入れて対策している。

月でやられたように厳重な力の封印を受ければ話は別だろうが、そうでもなければ俺の魔力防壁を突破するには至れないだろうと言う自負も有る。

これでも一応何万年単位で生きている身だ、そう簡単にはやられはしない。……とはいう物の、物理的に傷つけられた事はかなり多いな。相性の問題か。

 

 

 「ああ幽々子、ひとつ聞きたい事が有ったんだけど。死に関わる能力を持つ貴女に、不死はどう写るのかしら? 彼等の事、なんだけど」

 

 「……それは、私も知りたいな。自分の体だけど、どういう仕組みになってるのかイマイチ分からないし」

 

 

 ふむ。俺は自身の存在がどのようになっているのか理解はしているし、妹紅の不死性がどのような物かも見当は付いているが……

やはり、他の人の見解と言うのも聞いておきたい。俺の場合は不死と言うより不老なのだが、その具体的な理由についてどの程度察せられるのか個人的な興味もある。

 

 

 「西行寺から見た俺達と言うのは聞いてみたい、差し支えなければひとつ教えてくれないか」

 

 「うーん、ちょっと待ってね。……妹紅さんは、魂が『違う』わね。私では干渉できない、今まで見た事もない状態。体の方は、普通の人間とあまり変わらないみたいだけど」

 

 「まあ、何があっても元に戻るってだけで田澤に会う前は割とよく『死んでた』からね。体は何も変わらないってのは予測してた」

 

 「肉体を離れれば冥界に呼ばれる魂を、現世に縛る事で成立している不死と言う事なのかしらね」

 

 

 蓬莱の薬に関しては、俺も八雲とほぼ同じ結論に至っている。魂の変化を永遠に封じ、肉体は替えの利く器に変質させる。それを進化と言うべきかどうかは、何とも言えないが。

心なしか西行寺の表情は憂いを帯びた物になり、八雲は感情の見えない無表情だ。二人とも、何かしら思う所が有るのだろう。妹紅は、普段と変わらないように見える。

 

 

 「次に田澤さんだけど……とても奇妙な感じ。さっき悪戯をした時にも思ったんだけど、魂も体も普通の人間と違いが無いのよ。

  とても不老の存在なんて思えない、特別変わった所は無い。正直、紫に言われなければ単なる妖怪退治屋としか見えないわ」

 

 「それはそうだろう。俺は老いないだけの、人間だからな」

 

 「その老いないと言う部分が一番謎なのだけど……妖怪だって、完全に不老の存在は珍しいわよ。それに、普通の人間とは構造も違うものだし」

 

 

 どうやら西行寺も八雲も俺が人間以外の何者でもないとしか判断できず、だからこそ不老と言う点に違和感を覚えているようだ。

確かに不老の人間なんて珍しいどころの話では無いので、首を捻りたくなる気持ちは分かるが……これについては、そういう物だと納得してもらうしかない。

 

 

 「……良く考えると、結構長く一緒に居るけど殆ど田澤の事知らないんだな、私って」

 

 

 あれこれと悩み始めた二人を見て、妹紅が唐突に呟いた。

言われてみれば俺の来歴は殆どぼかして語っているし、能力や不老の性質に至っては起こった以上の事は説明すらしていない。

妹紅の方は自分が不死になった理由と、それに付随する『罪』も告白しているので余計も俺については何も知らないと言う気持ちになるのだろう。

 

 

 「あら、可愛い弟子が貴方の事を知りたがっているようですわよ?」

 

 「その内、妹紅には教えようと思ってるよ」

 

 

 からかうように言葉を引き出そうとしてくる八雲に対して、言外に話す気は無いと返す。

とは言え八雲が本当に俺の事情を探りたいのであればもう少し搦め手で来るだろうし、深く干渉する気は無いという遠回しなアピールのような気もする。

そして俺の返答を受けた八雲と西行寺は特に気にした様子もなく、むしろ面白がるように揚げ足を取って来た。

 

 

 「前々から思っていましたけれども、やはり田澤さんはその娘に甘いわね?」

 

 「ふふっ、お互いに好い仲なんじゃないかしら」

 

 「……俺達は師匠と弟子と言う関係なだけで、君達が邪推するような物は無い。妹紅にも失礼だろう」

 

 

 浅い意味でも深い意味でも、男女の関係と言う物は俺と妹紅の間には無い。

そのように考えながら真実をはっきりさせるべく断言すると、何故か二人から向けられていた視線が残念な物を見るような視線に変わった。

 

 

 「……それ、照れ隠し? それとも本気?」

 

 「どちらにせよ、妹紅さんが可哀想ねえ」

 

 「い、いきなり何を言うんだよ。そもそも、その言い方だと私が田澤に気があるみたいじゃないか」

 

 「違うと言うのかしら? なら」

 

 

 八雲は西行寺に目配せすると俺の近くまでにじり寄り、二人でしなだれかかってくる。

……まあ、何だ。悪い気はしない。状況だけ見れば喜ばない男は居ないとも思う。打算と言うか挑発と言うか、それが理由だと分かるから大して感情は動かないが。

むしろ八雲と西行寺の言動、妹紅の反応から推測される話の流れの方に気を取られてしまい、気が気では無い。焦っている内に話が進んでしまう。

 

 

 「な、な、な……!」

 

 「とりあえず離れたまえ、同性ならともかく異性に対しては不味いだろう」

 

 「あら、こう言うのはお嫌い? そっちの娘では満足の出来ない事も、私達なら出来ると思うのですけどね」

 

 「私も経験は有りませんけど、色々と頑張らせてもらいますわ」

 

 

 見る間に顔が赤くなっていく妹紅を横目に見つつ、とりあえず冷静に諭してみる物の余計に火種を撒いていく二人。

八雲の方はさりげなく妹紅の対抗意識を煽るような言動をする辺り、性質が悪い。妹紅が爆発する前に、無理矢理にでも離れておく事にする。

 

 

 「悪いが、その手の冗談は嫌いなんだ」

 

 

 口調に軽く否定の意思を込めつつ、魔法で妹紅の傍に転移する。

時々自分でセクハラまがいの言動をしているクセに何を偉そうに言っている、と思わなくもないが妹紅の手前ある程度はっきり拒否しないと不味いだろう。

 

 

 「残念。鼻の下を伸ばした貴方も見てみたかったのですけど」

 

 「生憎とそんな初々しい時期は過ぎてしまったからな。打算で抱きつかれて喜ぶ趣味も無い」

 

 

 俺を見つめながら、油断ならない表情で八雲は笑う。何と言うか、常に誰かをからかっていないと気が済まないのだろうか。割と困ったちゃんである。

八雲を半目で見返すと、八雲も意味ありげに笑う。……何だか、八雲の性格がだんだん分かって来た気がするぞ。基本的に『こんな感じ』なのだろう。

そんな中、俺の返事を聞いてから何か考え事をしていた西行寺がポツリと呟いた。

 

 

 「うーん、女性に興味が無いと言う事かしら……?」

 

 「……は?」

 

 「手前味噌だけど、私も紫もそこそこ容姿は整っていると思うのよ。体にだって、少しは自信有るし……

  妹紅さんだって十分に可愛い子よ。酔いつぶれていた田澤さんを甲斐甲斐しく世話してあげる良い子だしね」

 

 「成程ね。私達はそれこそ打算で抱きついたような物だから、反応が芳しくないのはある程度仕方ないとしても。純粋に好意を向けているそっちの娘にも反応なし、と言うのは」

 

 

 おい、変な事を言うな。その言い方だと、いかにも俺が男性に興味が有るみたいじゃないか。

……そして、俺だって妹紅に対して何も感情を抱いていない訳では無い。流石に向けられる好意にまで気付かない間抜けでも無いしな。

 

 

 「変な解釈をしないでくれ。長く生きて、感情を自制できるようになっただけだ。妹紅との関係だって、俺達の問題だ。外野の君達にとやかく言う資格は無いぞ」

 

 「……何だ、単なる朴念仁かと思いましたら、そう言う訳でもないのね」

 

 「やっぱり、好い仲なんじゃない」

 

 

 その後、余計にからかってくる二人をあしらっている内に妹紅が眠気を見せ始めた。

どうやら西行寺が言った通り、俺が酔いつぶれている間寝ないで付き添ってくれていたらしい。西行寺に断りを入れ、白玉楼の部屋を貸してもらい妹紅をそこで休ませる。

俺達の雑談も、そこで一旦お開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おはよう、田澤。……入っても大丈夫?」

 

 「別に構わないぞ」

 

 

 八雲は何処かへと消え、西行寺も用事があるらしく退出した部屋の中。御札や護符、その他の道具の調整をしながら時間を潰していると、起きたらしい妹紅が声をかけてきた。不都合が有る訳でもないので妹紅に了承の意を示す。

おずおずと部屋に入って来た妹紅は、俺が辺りに並べている雑多な物品を見て呆れたように言う。

 

 

 「これ、私が使う御札? 田澤のとか、見たこと無い物もあるけど……人の家で、こんなに物を散らかして大丈夫なのか?」

 

 「西行寺に許可は取った。何も勝手にやっている訳ではないさ」

 

 

 言いながら『扉』を開き、弄っていた道具の中で使わない物を放り込む。俺や妹紅が使う御札や護符は残しておき、妹紅の分を手渡す。

妹紅がそれ等を受け取り、服に仕舞い終えるのを待ってから口を開く。妹紅がタイミングを窺っているようだから、俺の方から話題を振ってやる事にしたのだ。

 

 

 「妹紅、何か用事が有るなら遠慮せず話して良いぞ。さっきから何か話したそうにしているじゃないか、ここに来たのもそれが理由なんじゃないか?」

 

 

 「……田澤には敵わないね。うん、確かに用事があったんだ。もし時間が有るならで良いから」

 

 

 そこで一旦言葉を切り、俺の顔を正面から見据える妹紅。

 

 

 「私を『あの山』に連れて行って欲しい」

 

 「あの山って言うのは……不死の薬のか」

 

 

 寅丸の寺でも話題にしていたし、幻想郷での用事も区切りの付いたタイミングだ。妹紅は今なら俺の迷惑にならないと考えたのだろう。

順番的に八雲からの頼みを優先したとは言え出来る限り早く達成してやりたかった事だ、俺としても手伝うのに異論がある訳でも無い。

俺個人としても、突き落とされた彼や山頂で不審死を遂げた人達を弔ってあげたい。

 

 

 「ああ、勿論連れて行ってやる。妹紅にその気が有るなら、直接会話する場を設ける事も出来るぞ」

 

 「し、死んだ人と会話? つくづく田澤ってデタラメだよね。そんな力……そうだ。ねえ、その力で父様と会話は出来るのかな?」

 

 「あー、輪廻転生していないなら基本的にどんな魂でも呼べるが。家族とか、愛着の深い相手を呼び出すのはお勧め出来ない。妹紅の知った姿で現れるとは限らないからな」

 

 

 多少柔らかい表現を使ったが、俺の魔法……と言うかソロモンの悪魔の力を用いて呼び出す霊魂は腐った死体のような姿で実体化するのだ。

どうやら妹紅は復讐の原動力にするほど父親を慕っているようだし、例え全く知らない相手だろうとショックを与える姿をよりによって父親で見せる訳にはいかないだろう。

突き落とされた彼も相当な姿になって現れる事には変わりないから、単なる気休めに過ぎない気遣いなのだが……肉親より少しはマシだろう。

 

 

 「どんな姿でも、父様は父様だと思うけど」

 

 「もしかしたら、輝夜姫の姿で出てくるかもしれないな」

 

 「うげ、止めておくよ。あいつの姿で出てきたら多分まともに会話する気にはなれない。……と言うか田澤、あいつに『姫』なんて付けなくて良い」

 

 「分かった分かった」

 

 

 冗談じみた口調で言うと、頬を膨らませながら上目使いに睨んでくる妹紅。どうにも御伽噺のイメージしか無いので輝夜と呼び捨てにするのがしっくりこない。

……そう言えば、月では豊姫も呼び捨てだったな。八意が教育係だったそうだが、具体的にどのような立場に居たのだろうか。詳しくは聞かなかったし、少し気になる。

 

 

 「でも、行くならまた暫く二人旅だね」

 

 「二人旅には変わりないが、その山までは俺の力を使えば一瞬で辿りつくぞ。もしかしたら今日一日で全て終わるかもしれないし」

 

 「う、少し残念だな。また市の見物とかもしたかったんだけど」

 

 「まあ、旅の醍醐味を無視しているな。時間は沢山有るし、徒歩でも構わないが」

 

 「市の見物とか、そう言う事に付き合ってくれるなら……いや、良い。やっぱり何でも無い」

 

 

 言いかけて止まる妹紅。しかし言いたかった事に見当は付くので、気が付かなかったフリをしつつ妹紅に言葉を返す。

妹紅の方からこう言う事で自己主張してくるのは案外少なかったし、おせっかいにならない程度まではこっちで気を利かせるべきだろう。

……先程の一件で、妹紅も口には出さずとも微妙に意識している面は有るのだろうか。流石に俺も妹紅の前であれを言うのは少し恥ずかしかったのだが。

 

 

 「そうか? まあ、あの山に登るのは寅丸達の寺があった山よりキツいだろう。終わったら、そこらで適当に甘味を見繕ったり花見酒といこうか」

 

 「花見酒はともかく甘味はそうそう見付からないと思うけど、楽しそうだ。ふふ、田澤から花見酒って言葉が出るのは少し意外だな」

 

 「む、何故だ?」

 

 「何となく、花に無縁な感じがするから。……花妖怪には縁が有ったね、忘れてたけど」

 

 

 またもや上目遣いで睨んでくる妹紅。月見酒と言ったら輝夜姫をイメージさせるかと思って花見酒をチョイスしたのだが。

とは言え本気で怒っている訳では無いようなので、俺も適当に流しながら妹紅に準備は終わっているのか質問をする。

 

 

 「準備? 私が持ち歩く荷物なんて御札以外には無いし……身嗜みだって整えた筈なんだけど、どこか見苦しい所でも有るかな?」

 

 「ああいや、そんな意味で言った訳では無いんだ。今すぐ出発しても構わないか、と聞いたつもりなんだが」

 

 「あ、そういう事? うん、別に大丈夫だよ」

 

 

 髪を触ったり服を引っ張ったりしながら不安げに返答する妹紅に慌てて付け足す。

少し言葉が足りなかったか? 俺としては普通に聞いたつもりだったんだが、咎めるように聞こえたのだろうか。

ともかく俺も身の回りを整え、少し散らかってしまった室内を片付ける。この辺りは最低限の礼儀だろう。

 

 

 「で、結局どのような手段で山へ行く? 徒歩で行くか、それとも魔法で転移するか」

 

 「時間が短縮できるなら、その方が田澤にも迷惑かけないかな。大変じゃないなら、魔法の方で」

 

 「分かった」

 

 

 妹紅の遭遇したと言う神、そして山の特徴からして目的地は後の世で言う『富士山』で良い筈だ。この世界で直接訪れた事は無いので『扉』は使えないが、他にも転移の手段は有る。

しかし何の音沙汰も無くこの場を離れるのもどうかと思ったので、簡易な式神を召喚し伝言役にしておく。本当なら俺が直接伝えるべきなのだろうが……八雲辺りに見つかると、少し面倒な事になりそうだ。一応、帰ってきたら改めて伝えておこう。

 

 

 「さて、始めても大丈夫か?」

 

 「うん、何時でも行けるよ」

 

 

 繰り返しになるが、最後の確認をする。妹紅の返事を聞き、魔力を集中。俺の内界に宿る記述の断片のみを用い、悪魔の力を俺の転移魔法として発動する。

 

 

 「『セエレ』! 我等をコノハナサクヤの住まう山へと運べ!」

 

 

 俺の『扉』は訪れた事の無い場所には正確に辿り着けないと言う欠点があるが、『セエレ』の力は条件さえ合えば的確に転移をサポートしてくれる。

能力の格だけならば俺の『扉』は『セエレ』の力よりも遥か上位に位置しているのだが、使い方と状況によっては此方の方が便利と言う事もある。何事にも向き不向きと言う物が有ると言う事だ。

 

 俺達を赤黒い魔力から生まれた風が包み込み、視界全てを覆い尽くす。一瞬の空白感の後、俺達は幻想郷の地から消えた。 




2か月ぶりですが、殆ど話が進まず申し訳ない。
年度末で忙しいからと遠ざかっていたら、どんどん展開させるのが難しくなってしまいました……
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