旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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旅人、火山に踏み入り神と対峙す

 「へえー、実際に移動するとこんな感じなんだ。八雲のアレよりあっさりしていて良いや」

 

 「八雲の能力とは仕組みが違うからな、見た目が違うのも仕方無い。特別こっちが優れているとか、そういう事は無いぞ」

 

 「でも、八雲の移動方法は不気味じゃないか。それが無いだけで十分優れていると思うんだけど」

 

 「あれくらいなら、不気味とは思えないが」

 

 「田澤……今までにどんな気持ち悪い物を見て来たんだよ」

 

 「長く生きていれば色々と、な」

 

 

 『セエレ』の力で一息に山まで転移した。特に何事もなく終了した転移に、妹紅は拍子抜けしたような声で感想を言う。

今の魔法は本当にただ目的地へ転移するだけの物で、派手な視覚効果が有る訳でも無い。八雲の転移はあくまで能力の副産物だろうし、実際の所比べるのが間違っている気もする。

ひとしきり転移魔法や八雲の能力について解説をした後、改めて目標を定める。

 

 

 「さて、妹紅には悪いが。俺はこの山の地理自体は詳しく知らない。案内してくれると助かる」

 

 「分かった。でも、私も全く知らない訳では無いってくらいにしか覚えてないからね。特に途中までは帝の使い達を追いかけただけだしさ」

 

 「最悪、適当に上を目指せば頂上には着くか。飛べば迷う事も無いだろうし」

 

 「……そう簡単に言われても、まだ私はそこまで自由に飛べないけどね」

 

 

 なんとも行き当たりばったりな結論に達したが、元々正確に山の一部分を目指していた訳でも無い。御参りはこの山に来たら何所でも出来るだろうし。

突き落とされた彼を呼び出すのは、極端な事を言えば白玉楼の中でも出来た。この山に来て何が変わるかと言えば、多少儀式に有利だと言う事くらいか。

では何故この山を訪れたかと言えば、俺としては不審死を遂げた者達を弔う為と言う理由が大きい。勿論、一番の目的は妹紅の付き添いなのだが。

 

 

 「そう言えばさ、田澤は例の神様について何か知っているみたいだけど。どんな神様なの? 私は名前くらいしか聞いてないんだけどさ」

 

 「妹紅の見た特徴と状況から察するに、俺の予想が正しければコノハナサクヤという神格だろう。火の神とも水の神とも言われるが、どちらにせよ火山を司る権威を持っているとされるな」

 

 「だからあの時に噴火がどうとか言ったのか、ようやく分かったよ。……あの神様に会うのは気まずいなあ」

 

 

 それだけ聞くと気が済んだのか、妹紅は当時を思い出すように目を細めながら頷いた。詳しく説明しようと記憶を探っていた俺は肩すかしを受けた気分になる。

まあ俺がこの類の薀蓄を語り始めると長くなるので、妹紅が退屈し始めた際の話のタネとして温存しておこう。今は妹紅も歩く事の方に集中したいだろう。

 

 妹紅の先導で富士山と思しき山を登っていく。『セエレ』の力によって転移した場所はどうやら山の中腹辺りだったようで、ずっと歩いたとしても夜までかかると言う事はあるまい。

二人で黙々と山を登り、俺は突き落とされた彼の魂を呼び込む儀式について考えを巡らす。現在予定している儀式ではソロモンの悪魔の力を借りる訳だが……

 

 

 「儀式の構成に無理が出ない程度に、泰山府君祭の術式も組み込むか……」

 

 「泰山府君って、陰陽道の一番偉い神様だっけか」

 

 「確かに主祭神だな。そう言えば少し教えた事があったか、陰陽術の概論を説明した時に」

 

 「なんでその神様に……ああ分かった。その神様に死者の魂と会話させてもらうようにお願いするんだね?」

 

 「あくまで直接影響を及ぼすのは俺の魔法だが、そういう事になるな。泰山府君は魂や命を司る神格だから、今回の事を見逃してほしいと頼み込む」

 

 

 本来であれば全く別物の系列である術を混合するのは失敗の原因にしかならないのだが、そこは腕の見せ所。既存魔法の改良や新しい術式の開発は、むしろ俺の得意とする所である。

とは言え、儀式の成功率を上げる為にぶっつけ本番の改良をするか、多少成功率が下がっても堅実な手段を取るかの選択は別の話になってくる。変な手を加えて失敗したら恥ずかしい所の話では無い。

そう頭の中で考えながらも、妹紅には泰山府君の解説を続ける。

 

 

 「陰陽道で到達点とも言える物に泰山府君に直接死者の復活を乞う術も有るんだが、これは死者の復活に他者の命を捧げないといけないからな」

 

 「ただで人を蘇らせる事なんて出来ないって事か。……そうだよね、死んだ人を生き返らせるなんて本当はおかしい事だもんね。

  あれ、でも田澤の力で生き返らせるのに代償は要らないの? もし要らないなら、いよいよ田澤を神様以上と見なきゃいけなくなるんだけど」

 

 「何か誤解しているようだから言うが、今俺がやろうとしている事は死者との会話であって完全な蘇生では無いからな。泰山府君祭なんて高度な儀式と比較されても困るぞ。

  代償も有るが、蘇生の場合に必要とされる物と比べれば遥かに小さい」

 

 

 実を言うと死者との会話も降霊術の部類に入り、それ単体では結構高度な魔法でも有るのだが。

自分でこの辺りを説明すると遠回しに自慢しているような言い方になりかねないので、深くは言及しないでおく。死者蘇生と比較すれば小規模と言うのも、間違ってはいない。

 

 そんな会話をしながらひたすら歩を進めていると、いつのまにか結構な距離を歩いていたらしい。周囲からは緑の気配が消え、ゴツゴツした岩の並ぶ荒涼とした風景が広がり始めた。

尋常な生物には適さない環境、人間の立ち入りを拒む過酷な自然。正に神の領域たるに相応しい姿になってきた。気を引き締めるべく足を止めて深呼吸をすると、妹紅が唐突に呟いた。

 

 

 「こんな感じだったな、私があの人達に助けられた時の周りの様子は。歩くと言うより、よじ登るような感じで必死に付いて行ったのを覚えてるよ」

 

 「……何? この標高に至るまで、一人で大した準備も計画も無しに登って来たと言う事か?

  今のように不死な訳でも鍛えた訳でも無い、都を飛び出した『お嬢さん』でしか無かった時に? それは流石に勘違いだろう」

 

 「いや、間違ってないよ。8合目辺りまでは自力で登ったんだ。何度も死にそうな目に遭ったけど、輝夜がこの苦しみを与えるんだって思い込んで気力を振り絞ってた」

 

 「復讐は確かに行動に大きな影響力を持つが……凄まじいな。俺がそのくらいの年の頃なら、都から麓までも辿りつけず音を上げただろうに」

 

 「ふふ、小さい頃で比べれば田澤よりも根性があったって事なのかな? あまり自慢出来た理由で頑張っていたんじゃないけどさ。

  それにしても今それを聞いて気付いたんだけど、田澤にも普通に子供だった時があるんだよね。何か、今までそんな事考えなかったな」

 

 「……それは、そうさ。俺だっていきなりこの姿、力、考え方を持ってポンと出現した訳では無い。親が居て、育つ環境が在って、今の俺が居るんだ」

 

 「田澤の父様と母様はどんな人だったんだ? 遠い昔の事なら忘れてる事も多いかもしれないけど、覚えているなら教えてほしい」

 

 

 田澤昴の両親か。元の世界の記録に不備、欠落は無い。これはすなわち、劣化している思い出は無いと言う事を意味する。

 

 

 「一言で表せば父は剽軽(ひょうきん)、母は厳格な人だった。二人には色々と大切な事を教えてもらったよ、もう会えないけどな」

 

 「そう、か。……なら、田澤が小さい頃って周りはどんな感じだった? 今みたいに都があったり便利な物があった訳じゃ無かったんでしょ?」

 

 「もしかしたら今より人の数が多くて、より便利な物に囲まれていたかもしれないな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に山を登るにつれて、俺は周囲の雰囲気の変化を感じ取っていた。植生や地形の変化だけでは無い、静謐と共に徐々に満ちていく神気。

ここから頂上に向けて、神気は強くなる事こそあれ弱くなる事は無いだろう。一度体を慣らす意味もこめて、この辺りでそろそろ休憩を取った方が良いか。

 

 

 「妹紅、一旦……って、顔が青いぞ!?」

 

 「……だい、じょぶ。まだ、平気……」

 

 

 先程から沈黙していた妹紅に声をかけて、そこで初めて顔面蒼白で息も絶え絶えな様子に気付いた。疲労か、高山病か、或いは両方かと焦りながら崩れそうな妹紅を抱えた所で異常に気付く。

この一帯に満ちる神気は強すぎる。並の人間はあっけなく意識を砕かれ、強靭な自我を持つ者でも自らを保つのがやっとと言うレベルだ。いくら神域とは言え、これ程の力が何の意図もなく放たれている訳は無い。

見る間に妹紅も猛々しい神気に当てられて意識を失っていく。衰弱していく妹紅を必死に抱きしめつつ咄嗟に口を開き、この状況を作り出しているであろう神に呼びかける。

 

 

 「木花咲耶姫(コノハナサクヤビメ)、私達は貴女様の気に障る事をしでかしたのであろうか! ならば愚かな私に許しを請わせては頂けないか!」

 

 「何故、あの薬を供養しなかったのか。何故、それを再び私の山に持ち込んだのか。それが気に障ったのですよ」

 

 

 俺の呼びかけに答えるように神威が顕現し。いつの間にか、俺達の目の前にこの世の物ならぬ美しさを持った奇妙な女が立っていた。

……『我等』の同朋でも有るまいし、普通に振る舞う分には人間の意識を飲み込む程の神気は制御できる筈だ。口ぶりから考えても、これは嫌がらせだろう。

 

 

 「娘。貴女と岩笠には姉の山へ行き、そこへあの薬を奉納するよう言った筈ですが……」

 

 「ぅ、あっ、ぁぁ……こ、はっ」

 

 「忌まわしい薬の力をその身に宿している事のみならず、あまつさえ私の前に姿を見せた。見逃す訳にはいきません」

 

 

 コノハナサクヤは最初こそ俺の問いに答えるような形で現れた物の、俺自体は眼中に無いようだ。もはや禍々しいとさえ思える程の神々しさを湛えながら、妹紅を見据え威圧するように言葉を発する。

妹紅は恐慌のあまり何かを口走るように呻きながら、小刻みに震えている。これ以上相対させては非常に危険と判断し、魔法で妹紅の意識を強制的に眠りにつかせ後ろに庇う。

 

 

 「……私の威光を受けて、心を砕かれないどころか恐怖さえ見せないとは。人に非ざる者だと言う事は確かですね」

 

 「……貴女様の御心を煩わせた要因が私達に有る事は分かりました。しかし私は無知で愚かな人間ゆえ、貴女様のお言葉を完全に理解するには至らなかったのです。

  二度と姿を見せるなと言うのであれば従いましょう、お怒りが静まらないのであれば私が償いましょう。この度の不徳は全て私に依るもの、この娘にはどうか御慈悲を頂けないか」

 

 

 俺の行動を受けて威圧の対象を変えたコノハナサクヤだが、その視線から目を逸らさず向き合い続ける俺を見て興味深そうに呟く。

よく事情が分からない上にそこまで怒るほどの事とも思えないが、まさかそんな恐れ多い事を面と向かって言う訳にもいかないので平身低頭して許しを請う。

 

 

 「それはなりませんね。あの薬を飲んだ、そこまでならまだ許せる。所詮は欲の深い人間に不死の誘惑に耐える事など出来ず、頼んだ私が間違っていたと言うだけの話ですから。

  ですがあの娘は忌まわしき永遠をその身に宿し再びこの地を訪れた。尽きる事ない命、不尽の火を私の山に持ち込むなど、有ってはならない」

 

 「……何故そこまでに不死の力を憎むのか。宜しければ私にその理由を示してはもらえないだろうか」

 

 「その薬の力がこの山に作用すれば、その噴火は尽きる事なく続き、神である私の手にさえ制御できない物となる。

  私はこの山を鎮め、この地を守護する役割がある。長きに渡る騒乱の果て、ようやく平定されたこの国に災禍を齎し、再び神々の争いを招きかねない力を許す事などできません」

 

 

 コノハナサクヤの言い分は分かった。蓬莱の薬に神さえ超える程の力が有るとは正直驚きだが、ここまで苛烈に薬の影響を排除しようとする姿勢にもある程度の納得はできる。だが……

 

 

 「ならば尚の事、この娘は許してもらいたい。薬を奪って飲んだという落ち度は有るにせよ、この娘は山に不尽の力を与えようなどと考えてはいないのです。

  この山で自らが害した男、そして薬を求めて互いに争い死んだとされる者達を弔う為にこの山を訪れただけなのです。どうか、それを許してやってほしい」

 

 「……そうですか。殺しあった者達を、ね」

 

 

 本来であれば問題なく処理される筈だった蓬莱の薬を奪い、間接的にとは言え薬を持ちこんでいるとも言える以上、何の罪も無いとまでは言い切れないが妹紅を憎むのはお門違いだ。

いい加減此方を悪者に仕立て上げようとする言い方に鬱憤が溜まっていた事もあって、意趣返しの意味も込めて不審死を遂げた者達の話題を出して反応を窺う。

 

 

 「勿論私も、ここで無念の死を遂げたと言う者達を弔ってやりたい。そして出来るならば、彼等の死の理由を知りたい」

 

 「彼等は不老不死の誘惑に負け、薬を我が物とする為に殺し合った。それが死の理由ですよ」

 

 「だが、貴女様が殺し合ったと仰られる者達の中には炎で焼かれたとみえる死体も有ったと言う。それ程の争いの中、目を覚ませない事など有り得るのか」

 

 「彼等の中に呪術を修めた者が居たのです。……妙な詮索は身の為になりませんよ」

 

 

 コノハナサクヤは表情こそ変えないが、俺の言わんとする事を理解したのか声に威圧の調子が混じり始めた。

詮索云々は、コノハナサクヤから俺に対する最後通牒なのだろう。しかし、事ここに至ってまで威圧で誤魔化そうとする姿勢には却って反感を覚える。

 

 

 「では貴女様は、使いの者達はすぐ傍で眠っている者すら起きない程に気配を隠蔽しながら武器や呪術で戦闘を行い、挙句に共倒れになったと仰られるのか」

 

 「……どうしても、真実が知りたいと言うのですね? でしたら貴方の身を以て知りなさい」

 

 

 コノハナサクヤが無造作に手を振るった。咄嗟に魔力防壁を展開しながら妹紅を抱え、その場を飛び退く。

放たれた炎を受けた魔力防壁は僅かに耐え、俺達が回避する時間こそ稼いだが呆気なく突破され燃え尽きた。

 

 

 「陰陽の力ではなく、妖の扱う呪法でもない…… 成程、異国の術師でしたか」

 

 「これが答えと言う事で宜しいのですね、木花咲耶姫?」

 

 「解釈は貴方の自由です。好きなように捉えて結構ですよ」

 

 

 それ以上の追撃は無く、一呼吸を置く。警戒をしながらも攻撃の意図を問うと、この期に及んでまだのらりくらりと明言を避けるコノハナサクヤ。

俺も戦闘中の挑発や油断ならない相手との舌戦で使う手段ではあるが、いざ使われる側に立つと何とも言えない。込み上げてきた苛々を冷静に抑え込み、更なる追及をかける。

 

 

 「私は貴女様の口から直接真実が聞きたい。そして真実が如何なる物であろうと、それによって貴女様を非難するつもりは無い」

 

 「何故そこまで真実を欲するのです、貴方には何の関わりも無い過ぎた事でしょう? 彼等の境遇に同情でもしましたか」

 

 「その通り、私は同情している。唐突に齎された理不尽によって無念のまま死ぬ事になった彼等には」

 

 

 迷いを見せてはそこから話を脱線させられる可能性も有るし、そもそも同情で行動して何が悪いと言うのか。

そのように考え、コノハナサクヤの冷笑が混ざった問いかけに毅然と答える。……すると、コノハナサクヤは俺にとって聞き逃せないワードを出してきた。

 

 

 「つまり貴方も理不尽によって運命を翻弄されたと? 異界の理に延命せられし者よ」

 

 「……今、何と言った? 俺の事を、何と称した?」

 

 

 殺気を交えながらコノハナサクヤに返答する。一応は敬意を払っていた口調と態度が剥がれてしまうが、それを取り繕う余裕も無い。

異界の理と言う台詞も俺にとってはかなり重要なのだが、それ以上に『延命せられし者』と呼ばれるのは到底無視できない事だ。言葉通りの意味で言ったのか、それとも。

状況によっては、穏やかではない手段を使う事も考えなくてはならない。

 

 

 「人に非ざるどころか、まつろわぬ神にも等しいその邪気……それが貴方の本性ですか。

  しかし、その問いの意図は分かりかねますね。延命せられし者と、そのままの意味で言ったとしか説明のしようが無いのですが」

 

 

 殺気と共に思わず溢れ出た『我等』の気配を察知したコノハナサクヤは、初めて驚きのような表情を見せた。

声と口調に混ざっていた見下した調子は消え、純粋に俺を危険な存在として警戒し、対等な存在だと僅かに認めたような態度に変わる。

……『我等』を盾にして威圧交渉したような状況に、我ながら嫌気が差した。『我等』を奥底に戻し、今一度口調と態度を神に接する人間としての物に戻す。

 

 

 「……失礼、見苦しい姿をお見せした。だが、何故私が長命の存在だと気付かれたのか?」

 

 「先程の気配で決定的な確証を掴みましたが、それまでも人間にしては死の気配が薄すぎた。

  取り繕うにしろ、完全なる不死の存在と言うのであれば私に判別できない筈が有りませんしね。……名前を聞かせてもらっても?」

 

 「田澤昴と言う名を持っておりますが」

 

 「成程、昴……大いなる天照に反逆する夜の星。私達天津神に平定される事を拒み、人間として生きる事を選んだ荒神と言った所でしょうか」

 

 

 ……はっきり言って理論展開は完全に的外れなのだが、それでも最終的に当たらずと言えども遠からずな結論に至る辺りは流石に神と言うべきなのだろうか。

ともかく、どうやら『延命せられし者』と言うのは言葉通りの意味で言ったらしい。確かに長命の存在を示す表現としては迂遠でこそあるが間違っていないし、そのように俺を称した理由も納得はできる。……過剰反応だったな。

 

 

 「まあ、ここまで来たら隠す必要も有りませんね。私は確かに自ら手を下しながら帝の使者達が殺し合うように誘い、動揺した岩笠が私の言葉を鵜呑みにするよう仕向けた。これが貴方の求めた真実ですよ」

 

 「……分かりました。話をして頂けた事を有り難く思います」

 

 「……まさか本当に激情しないとは。同情していると言うのなら、私に恨み言の一つや二つ有るかと思いましたが」

 

 「貴女様の判断も、誤りであったとは思えないからです。不死の薬を火口に投げ込まれていれば、その場の犠牲では済まない災厄が訪れた。

  それを回避する為にとった手段こそ、私としては許容できませんが…… 結果としてこの地を守護した貴女様に、意見できる立場では有りません」

 

 「理解は出来るが納得は出来ないと。ふふ、やはり人間として生きる身では目先の死に囚われる面も強くなるようですね」

 

 「……人を殺す事は絶対に許される事では無い。しかし貴女達ならより多くの人命や国を守るため、切り捨てなければならない物も見えてくる。それを否定する程、厚顔無恥ではいられませんよ」

 

 

 この辺りはジレンマでもある。訳も分からず神の怒りを買い、選択肢も満足に与えられず殺された者の事を思うと心が痛む。

しかし違う一面から見れば、自覚していなかったとは言え神の怒りを買って仕方がない事に加担していた事も事実なのだ。……まあ、もう少し違うやり方だって有っただろうとは思わざるを得ないのだが。

 

 

 「田澤昴、貴方は面白い。その娘が不死の薬を持ち込んだ事については不問としましょう。

  そして本来ならば、いまだ私達にまつろわぬ神を見逃す訳にはいきませんが…… 『人間』としてこの地に這い蹲って生きるのであれば、私が手を下す理由など無い」

 

 「……御慈悲に、感謝する」

 

 「帝の使者達を弔うのも許可しますが、それが終わったら速やかに下山するように。不死の力、そしてまつろわぬ神がいつまでも私の山に留まる事を許容した訳では無いのですから」

 

 

 コノハナサクヤは気を失っている妹紅に一瞬視線を向け、最後は俺を軽く睨みながら警告する。

それだけ言うと、コノハナサクヤは顕れた時と同じように唐突に消えた。辺りに満ちていた異常な程の神気も徐々に薄れ、正常な状態へと戻っていく。

 

 

 「……ふー」

 

 

 ああ、疲れた。当然の事なのだが、やはり神と真っ向から向き合うのは体力と気力の両方を著しく消耗する。

神奈子の如くフランクに接してくれると助かるんだが、むしろアレは珍しい方だろうと思う。コノハナサクヤが特別に高飛車だった、と言う可能性も考えられなくは無いのだが。

 

 

 「妹紅、起きろ。もう大丈夫だから」

 

 「う、ううん……」

 

 

 溜息を吐きながら腰を下ろし、妹紅を軽く揺さぶる。深い昏睡状態に陥っている妹紅だが、そうさせているのは俺の魔法なので解除すれば目覚めは速い。

神気に当てられて疲労しているであろう事から暫く寝かせたままにしておこうかとも考えたが、コノハナサクヤにああ言われた以上自然に起きるのを待って日が暮れたら目も当てられない。

俺が背負って登っても良いのだが、起きた時には既に到着していたとなれば妹紅も釈然としない物が有るのではないかと思う。

 

 

 「う、うぅ。あれ、田澤?」

 

 「ああ、田澤だ。大丈夫か、体の調子は?」

 

 

 しばらく妹紅の顔を眺めながら揺さぶっていると、妹紅はうっすらと目を開ける。

まだぼんやりとしているようなので今度は髪を撫でてやりながら会話で妹紅を緩やかに覚醒させる事にする。

……唐突に思ったが、馴れ馴れしいだろうか? 幾ら親しい仲とは言っても微妙に限度を超えているような。まあ、今更か。

 

 

 「うん、特に苦しい所は無いよ。……あの神様は何処に? 何か酷い事されなかった?」

 

 「現れた時のように姿を消したから、何処に行ったのか詳しくは分からない。

  まあ、少し会話をしただけで何もされなかった。ほら、見ての通りピンピンしてるだろう? 無事さ」

 

 「……そう、良かった」

 

 

 本当はわりと強めの攻撃をされたが、それを教えるのは流石に色々と問題が有るだろう。

最近は妹紅も落ち着いてきたし無いとは思うが、万が一コノハナサクヤに喧嘩を吹っ掛けたりされると庇いきれない。俺個人としても、あの会話には秘密にしたい事が結構含まれていたし。

 

 

 「……私に対して、何か言ってなかった?」

 

 「特別に非難してはいなかった。不死の薬を嫌う理由を、俺に向かっては言ったが」

 

 「うう、ごめん。それ、本当なら私が言われなきゃいけない事だよね」

 

 

 とりあえず、後遺症のような物は無いらしいので安心する。

俺が眠らせる直前は相当な恐慌に陥り、過呼吸ぎみでもあったので肉体か精神のどちらかに悪影響が出ていてもおかしくは無かったのだ。

 

 

 「コノハナサクヤから弔いの許可はもらったし、当面の問題は消えた。

  特別に拒否もしなかったから、山を登っても問題は無いだろうな。まあ、用事が済んだら早く帰れとは言われたが……」

 

 「そうか……じゃあ、こうしても居られないね。迷惑をかけた私が言うのも何だけど、さっさと登ろう」

 

 「あー、ちょっと止まれ。そんな焦るなよ、転んで怪我するぞ」

 

 

 まだ眠りから覚めたばかりだと言うのに走り出す妹紅。

あまりゆっくりしていられないとは言え、直前の事情も踏まえて少しは休ませた方が良いと判断。妹紅の前方へ瞬間的に移動、道を塞ぐようにしながら言い聞かせる。

 

 

 「田澤がそう言うなら、私に断る理由は無いけど…… また、さっきみたいに怒られないかな?」

 

 「ここまで来たら山頂だってそう遠くは無いだろうし、帰りは一瞬だ。必要な休憩にまでケチを付ける程、狭量な神様でもないだろう」

 

 

 前触れなく目の前に移動した俺に驚いた表情をする妹紅。普段の調子で意見を出すが、その声からは不安と少しの恐怖が感じられる。

殆ど意識を失いかけていた状態だったとは言え、神に威圧された記憶は深層心理に恐怖と共に刻み付けられてしまっているのだろう。

まずはその恐怖を和らげてやるべきだと考え、とりあえず軽い飲食物を用意して小休止を提案する事にした。『扉』から餅やら甘酒やらを取り出し、レジャーマットを広げながら振る舞う。

腹に物が溜まるだけでもストレスは軽減される物だし、それに加えて楽しく会話でもすれば大分気は紛れる。

 

 

 「甘味も用意したから、ひとまず休息を取ってはどうだ。元々、コノハナサクヤに会う直前はそれを提案しようとしていたしな」

 

 「……そう言う事なら頂こうかな」

 

 

 甘味と言う言葉に惹かれたのか、言葉では渋々従っているような素振りを見せつつも微妙に瞳が輝いている妹紅。その辺りは、やはり女の子と言った所なのだろうか。

やや鷹揚にマットへ腰を下ろす妹紅に皿に乗せた餅と湯呑に移した甘酒を差し出すと、それを見て首を傾げ不思議そうに問いかけてくる。

 

 

 「あれ、田澤。この飲み物は何? 確かに何となく甘い匂いだけど」

 

 「甘酒。ちなみにこっちは分かるとは思うが餅だ。きな粉と胡桃餡を用意してあるから好きなように使ってくれ。……普通の餡子が良かったか?」

 

 「甘酒? ああ、一夜酒ね。それにしてもこんなにいっぱい用意出来るなんて流石田澤だ。甘味を見繕うって言ってたけど、自分で準備してるじゃないか」

 

 

 俺の後半の問いかけには直接答えず、餅に胡桃餡を付けて幸せそうに頬張る。行動で質問に答えたつもりらしい。

俺も餅にきな粉を付け、食べる。うん、きな粉単体では殆ど甘くないから砂糖を軽く塗したんだが丁度良い味だ。手前味噌だが、旨い。

 

 

 「それにしてもこのお餅、良い具合に焼き上がってるけどさ。今さっき取り出した筈なのに何でほかほかなの?」

 

 「『扉』から繋がる空間に焼いた状態で保管しといたからな。通常の時間と空間の影響を受けないから、冷める事も腐る事も無い」

 

 「……って事は、この餅って何年も前の物だったりするの?」

 

 「いや、この餅を焼いたのは現実の時間でもそう前では無い。えっと、月に行く前だから……1月は前になるな」

 

 

 あの瓦礫の城はあらゆる時間と空間に隣接する。だが、あの城の存在する空間自体は俺が『扉』を開かない限り何処にも繋がらない独立した空間だ。

あの空間は通常の物理法則や幾何法則の制限を受けない。時間と空間に関わる事象についてなら、俺の意思で多少の無理は押し通る『我等』の領域なのだ。

これによって俺は『扉』を介した空間転移を行い、その特性を最大限に発揮させた場合は時間や世界の壁を超える事すら可能とする。

……田澤昴として無意識に拒絶してしまう為に、過去へと遡る事は出来ないのだが。

 

 

 「十分に前じゃないか、今こうして美味しく食べられるんだから文句は無いけど……後からお腹が痛くなったりしないよね?」

 

 「それは心配しなくても良いぞ、何しろこの餅は焼かれてから数分も経っていない。作る時だって、俺が丹精込めたんだ」

 

 「田澤が餅を焼いてる姿って想像するのも何か面白いな、食べ物を作ってる雰囲気が無いしねえ」

 

 「ん? いや、俺は暇が有ればもらってきた食材とかを色々調理してるぞ」

 

 「……そう言われれば時々、調理された物が出てきてたけど。てっきり私は貰いものなのかと思ってたよ。田澤が料理なんて似合わない感じだ、どんな物を作ってるの?」

 

 

 似合わないと言うが、一応俺は毎食を用意しているんだけど……

確かに妹紅の見える範囲では釣った魚を捌くくらいしかしなかったかもしれないが、まさか気付いていなかったとは。微妙に憤慨したので、つい熱くなった。

 

 

 「釣った魚を焼いたり、もらった豆やらを煮付けにしたり。大根おろしや胡瓜の浅漬け、シソの油揚げにポン酢浸けの冷奴とか。後これは料理とは違うが」

 

 「ま、待った田澤。分かったから一度に全部言おうとしないでくれ。……ポン酢って何?」

 

 

 つい自分の世界に入りながらノリノリで解説を始めかけてしまったが、慌てた妹紅が止めに入って正気を取り戻す。いかんな、どうも趣味や自分の得意分野の話になると冷静になれない。

 

 

 「……田澤って、料理するのが好きなの?」

 

 「いや、今言った通り作れる物はかなり偏っている。好きと言えば好きだが、全般的に得意な訳では無い」

 

 

 食べたい物を自給自足していたらその方面に特化して得意になっただけだから、料理と言う行為自体が好きかと言われると少し違う気もする。

そもそも本来は食事をする必要が無いので、自分の好きな物以外は作る気力が湧かない。これでは料理好きを名乗るのも烏滸がましいだろう。

 

 

 「ふーん。まあ、田澤が嬉々として語りだそうとするくらいだし凝ってはいるみたいだね」

 

 

 その後は胡桃や豆を擂り鉢で地道に潰した話をして、適度に笑いを取りながら餅と甘酒を食べ終わる。

しかし、甘い物ばかり食べているとどうも舌が飽きる。これからもう一頑張りするのにもこの味は向いていると判断し、取って置きをグラスに注いで手渡す。

 

 

 「口直しに、良ければこれを飲んでくれ」

 

 「何これ? 匂いは……酸っぱい?」

 

 「シソで作った飲み物だ。砂糖で適度に甘さを付けたから、酸っぱいだけでは無い後味に仕上がっている筈だぞ」

 

 「へえー、美味しそうだね。これも田澤が作ったのかあ」

 

 「沸騰した湯にシソを入れ、冷めたら葉を絞る。煮汁に砂糖を加え火にかけあら熱をとり……」

 

 「ごめん、作り方を聞いた訳じゃないよ」

 

 「……すまん」

 

 

 妹紅は苦笑しつつ俺の渡したグラスに口を付け、特性シソドリンクを流し込んでいく。

……渡しておいて今更な話だが、シソの風味は人によって好き嫌いが有る物だ。マイルドな口当たりにしたつもりでは有るが、反応が不安なので様子を見る。

 

 

 「ん! これ、美味しいよ! 酒ともまた違う爽やかさが合って、酸っぱいのに甘い!」

 

 「お、好評だな。ありがとう、自分の作った物でそんなに喜んでもらえるなんて嬉しい事だ」

 

 

 最初こそ訝しげに匂いを確かめたりしながら恐々口に注ぎ込んでいたが、少しして目を丸くしながら一度に飲み干し息吐く間も無く感想を言ってくれる妹紅。

こんなに喜んでもらえるとは思ってもいなかったが、シソの風味が苦手でなければ大体の人は喜んでくれる味だろうと言う自負が有ったのも確かだ。近しい人には渡してみるのも良いかもしれない。

 

 

 「そろそろ休憩も終わりにして、登山再開と行こうか」

 

 「そうだね、何か体もほかほかしてるし調子が良い気がする」

 

 「温かい物を飲食したからな。酸っぱい物は気力を付けてくれるし、軽い休憩には丁度良いと思ったんだ」

 

 

 会話をしながら後片づけを行い、山登りを再開する。休憩と会話で体力と気力共に良い状態に持ち直した今なら、多少ペースを上げても問題は無い。

この先に進むなると気温が下がり、酸素も薄くなってくるが、勿論対策は用意してある。妹紅は陰陽術の応用で、俺は普段身に纏う魔力の恩恵で環境の変化に適応する。

後少しで山頂に到着する、最後まで気を抜かずに行こう。先に立って俺を待っていてくれる妹紅を見てそう気を引き締めつつも、笑いながら歩を進めた。

 

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