旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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旅人、宿命を超えるべく幻想の地を踏み出す

 西行寺の屋敷で映姫も含めたお茶会をしてから、早い物で十年程の月日が経った。

幻想郷を拠点として妹紅と共に壺を供養する為の山を探しつつ、時々訪れる伊吹達と共に酒を飲んだり、白玉楼で甘味を振る舞ったり、度を越して暴れる妖怪を懲らしめたりする日々を送っていた俺は、遂に『この世界』に腰を落ち着けたいと考えるようになった。

しかし、そうなると確認しなくてはいけない事も出来る。以前から気にはなっていたが、いざこの世界で生きようとすると無視できない要因。……この世界に、我等が同胞の手が及んでいるのかと言う事だ。

尤も、俺が此処に居る時点で既に我等が主の手の届く世界である事に変わりは無いのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「妹紅、どうしても許可を取りたい事が有るんだ」

 

 「な、何だよそんなに改まって。田澤の頼みなら、余程の無理難題でも無い限り聞くよ」

 

 

 俺は、幻想郷の竹林傍に建てられた簡素な家を訪れていた。比較的大きな小屋と言った外見のそれを建てたのは他ならぬ俺であり、そこに住むのは妹紅である。

基本的に睡眠や休息の必要がない俺とは違い、妹紅は不老不死ではあっても肉体自体は普通の人間そのものである。幻想郷を拠点としてなおテント泊を強行する必要性は全く無いので、妹紅の家として俺が用意したのだ。

 

 

 「俺は幻想郷を離れ、一人で確認したい事が有る。今の所予定は定まっていないが、数十年で帰ってこれる旅では無いと思う」

 

 「数十年以上も幻想郷を離れる!? い、いや私は色々借りが有るし田澤にそう真剣に頼まれると断れないんだけど……

  なんでまたそんな事を突然に? 後、これも田澤にお膳立てしてもらっておいて言いにくいんだけど、一緒に山探しの旅は……理由を聞かせてよ」

 

 「悪いが、理由は言えない。山探しの旅を途中で放り出すのも本当に済まないと思っている。だが、どうか俺の我が侭を聞いてはもらえないか」

 

 「う、うーん……」

 

 

 俺の唐突で突拍子も無い我が侭にかなり困ってしまった様子の妹紅。これまで目的を共にして旅していたのに、いきなり一人でいつ帰ってくるかも分からない旅に出たいなんて言われたのだ、当然の反応だろう。

だが『この世界』が田澤昴の元の世界に酷似している上、旅の終わりの地になるかもしれない事を考えると……どうしても確認しておかなければならない事なのだ。これは譲れない、許可をもらう為には土下座でもする気概である。

 

 

 「私は……まあ、寂しいけど我慢するよ。もともとは私一人で旅していたんだし、ここまで良くしてくれた田澤のお願いを聞かないなんて恩知らずにも程が有るからね。

  山探しの旅だって、本当は私一人でもやらなくちゃいけない事なのに付き合ってくれたんだ。むしろ感謝しなきゃいけない立場だよ。……どうしても言えない理由ってのは気になるけど無理に聞き出すつもりも無いし」

 

 「有り難う。いきなりこんな無理を言って済まなかった」

 

 

 妹紅は落ち込んだ表情で返答してくる。妹紅とはかなりの長期間旅をしていたし、幻想郷に落ち着いて妹紅の家を作ってからもほぼ毎日顔を合わせていた。

つまり月に捕縛されていた期間を除いて、妹紅とは初対面の頃から今に至るまで全ての行動を共にしていたと言っても過言ではない。よく考えれば、親しいと言う言葉でも語りつくせない程の関係である。

最初は陰陽術を教えてそれで終わりだと思っていたが……いやはや、人の縁と言うのはつくづくどう転がるか分からない物だな。

 

 

 「でもさ、何があっても絶対に田澤は帰ってくるんだよね?」

 

 「ああ。それは約束する」

 

 「それなら大丈夫、私はいつまでも待てるから。この心、魂が擦り切れるまでは」

 

 「そう言われると今生の別れみたいで随分と重いんだが……」

 

 

 俺は正確に数えられない程長くの時を生きて来たし、今更数十年数百年なんて大した単位では無い。

しかし妹紅は俺と違って完全な不老不死では有るが、まだ数十年しか生きていないのだ。時間感覚だって普通の人間のままだろう。

流石に蓬莱の薬を飲めば精神もすぐさま不老不死に適応するなんて事は無い筈だし、俺程生きた訳でも無いから達観も出来ない筈。

普通なら家族とだってここまで長く接しないだろうと言う相手がいつ帰るとも知れない旅に出るなんて、並の心境では許容出来ない事だと思う。

 

 

 「そりゃあ、普通は数十年も離れるって言ったら今生の別れだよ。本当なら私も付いていきたいくらいだ。

  そうしないのは、田澤に面と向かって頼まれたから。それに幸か不幸か私は不老不死だからね、我慢出来る理由は有る」

 

 「……悪いな、本当に。ここまで連れまわしておきながら、自分の都合でいきなり手放す。……師匠なんて名乗れんよ」

 

 「田澤……」

 

 

 意思確認をしていたとは言え、基本的に旅の目的も選択肢の決定も俺の主導だ。

そしてその意思確認も、環境が否定を許さなかったと言う点も有るのではないか。数万年生きる身を自称し様々な術を扱う俺に、意識していたかどうかは別として恐怖を抱いていたのではないか。

考えれば考える程、妹紅の可能性を俺が潰していたのではないかと負の思考に陥っていく。

 

 

 「……ふふっ。何だか初めて見たな、田澤がそうやって悩んでるのって」

 

 「妹紅?」

 

 「いつも田澤は自信満々で、冷静で、頭が良くて、妖怪にも負けないくらい強くて。

  でも、そんな田澤も落ち込んだり迷ったりする事は有るんだって知れて、私は嬉しいよ。一人で何でも解決出来る完璧な人だったら、私は悲しいから」

 

 「悲しいって、何がだ」

 

 「私が居ても居なくても、田澤には何の関係も無いって事になるでしょ? ……酷い考えだけどさ、私を置いていく事で悩んでくれるのは、嬉しい」

 

 

 む、むう。まあ確かに物凄く好意的な見方をすれば、妹紅を置いていく事に悩むのは大切に思う心の裏返しと取れなくも無いが……

妹紅は言いながらも自分の言葉に照れたのか赤面し、俺は俺でいきなり向けられた裏表のない好意に焦る。何とも言えない雰囲気が漂い始め、普段なら煙に巻いた言動で誤魔化す所だが。

 

 

 「俺の行動が果たして本当に妹紅の為になっているのか、それは分からないが。妹紅の事は、大切に思っているつもりだ」

 

 

 意図して気障な言動を取る事もある俺だが、素面でこれは流石に恥ずかしい。しかし妹紅も恥ずかしさを堪えて言ってくれたのだ、俺も誤魔化さず答えなくてはならないだろう。

 

 

 「……何だか、今日の田澤は少し変だ」

 

 「おい、それは無いだろう……」

 

 「でもね、私はそんな田澤も良いと思うな」

 

 「……。有り難う」

 

 

 頬を染めながら、笑うように言う妹紅。真っ直ぐ向けられる好意に慣れていない俺は一瞬思考が止まり、言葉少なに微妙な返事をするのが精一杯だった。

そんな明らかに妙な態度になった俺を妹紅は見逃さず、下から覗きこむように見上げて先ほどとは違う笑いをこぼす。マズイと思い表情を戻すも、時すでに遅し。

 

 

 「照れてるね、田澤」

 

 「……何の話だ?」

 

 「必死に取り繕わなくても良いって、田澤が顔を赤くしてるのは見ちゃったからさ。意外に田澤にも可愛い所が有るね、ふふふっ」

 

 

 こうなるともう何を言っても無駄である。会話のペースを妹紅に握られた以上、どう誤魔化しても妹紅に微笑ましい物を見るような視線を向けられる事請け合いだ。

畜生、こう言う空気には弱いのだ。正直、俺の長い人生の中でこういう経験は無い。むしろ妖艶な雰囲気と巧みな話術を相手にしている方が経験も豊富であり、対応するのは楽である。

どうにも旗色の悪い展開の中、懸命に妹紅のからかいに耐え、一先ず落ち着いた辺りで撤退を決め込む事にした。

 

 

 「ま、まあ、具体的な年数を示す事は出来ないが、さっき言った通り帰ってくる事だけは約束する。

  旅に集中し過ぎて他の事に目を向けないなんて事が無いようにな、良くしてくれる人も居るし他の人と関わりは持つんだぞ」

 

 「分かってるって。色々な人との交友こそ旅の醍醐味って、田澤が良く言ってるしね」

 

 「別に旅に関係した間柄だけでなく、この幻想郷の中でも知り合い以外にも接するようにするんだぞ」

 

 「分かった分かった。全く、口煩い男は嫌われるよ?」

 

 

 話を切り上げつつ妹紅に色々と助言をしていると、やれやれと言った様子で不敵な笑みを浮かべる妹紅。どうやら俺をからかう事に味を占めたらしい。

一体何様のつもりだとは思ったが、これに反応していては話題が戻ってしまう。無理矢理とは言えようやく話を変える事が出来たのだ、自分で首を絞める必要は有るまい。

……しかし、ここで逃げるのも癪である。最後くらいは反撃を決めてやろうと言う幼稚な意地に従い、口調と動作に心を込めて言い返してやった。

 

 

 「そうか、残念だ。俺は妹紅が好きなんだけどな」

 

 「……ふぇ?」

 

 

 それではいつかまた会おう、と最後まで気障ったらしい言葉を残して俺は『扉』を開く。

後ろから聞こえてくる声にならない声に向かって手を振りつつ、俺は思った。……やっぱり、恥ずかしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あら? 貴方の方から来るなんて珍しいわね」

 

 「君に許可を取りたい事が有ってな」

 

 

 『扉』で妹紅の家を離れた俺は八雲の屋敷がある地を訪れ、そこで目を細めて物思いに耽っている彼女に声をかけた。

とは言え行動をほぼ共にしていた間柄である妹紅とは違い、八雲はぎりぎり友人の部類に入るかもしれない程度の関係でしかない。

ならば何故声をかけていくかと言うと、答えは単純。彼女が幻想郷の管理者であり、俺は殆ど形式だけとは言え一応は人間側の勢力調整者なんて役割が有るからである。

 

 

 「許可、ねえ。何についてかしら?」

 

 「どうしてもやらなければならない事が出来たから、暫く幻想郷を離れたい。最低でも、数十年単位で」

 

 「……まあ、私に田澤さんの行動を縛る権利は無いわ。それでも一応は、貴方に対して求めている役割と言う物が有るのだけど?」

 

 

 八雲にしては珍しく、渋面をして直接的に感情を露わにしながら言ってきた。

そこまで不快になるのかと内心驚きつつ、勝手を言っているのは俺だと自覚しているので素直に頭を下げつつ言葉を続ける。

 

 

 「何に置いても優先したい事が出来たんだ、許してもらいたい。ただ、その役割を放棄する気は無いぞ」

 

 「……旅の最中、こまめに戻ってくる気? それなら今までも妹紅と共にそうしていたでしょうに」

 

 「いや、妹紅も置いて俺だけで行くつもりだ。そしてさっきも言ったが、最低でも数十年は戻らない。……先にこれを渡した方が早いな」

 

 

 いまいち要領を得ないと言った様子の八雲に対して懐から取り出した御札を渡す。

そしてそれに妖力を流すように言うと、八雲は訝しげな表情ながらもその御札に対して自らの力を込め始めた。すると……

 

 

 「まあ、こういう事だ。その式神に俺の役割を代行させてくれ」

 

 「……また器用な事を」

 

 

 八雲の妖力を媒体として御札に刻まれた呪印が励起、俺を模った式神が現れる。

頭から足先、身に付けている服や刀まで俺と寸分違わない姿をしている式神を見て、八雲は呆れたような声を漏らす。

 

 

 「一応、基本の思考や肉体は俺を完全に模倣している。戦闘も一応は可能だ」

 

 「他に類を見ない魔法、陰陽術による降霊、そして今度は分身のような式神作成? 見れば見る程インチキねえ」

 

 「……『境界を操る』なんて概念操作能力を持つ君に言われてもな。

  それに言うほど高性能な式神ではないぞ。俺を真似ているだけで、完全に再現している訳ではない」

 

 

 端的に言うと、俺の劣化コピーなのだ。肉体面での模倣こそほぼ完璧ではあるが、思考については俺のトレース。つまりは完全な自立行動が出来ない。

『扉』も扱えず、攻撃魔法をある程度再現しているだけで戦闘能力もあまり高くは無い。ただ、俺自身全力で戦闘する事は稀なのでこの点は普段の俺とあまり変わらないかもしれない。

 

 

 「そんな訳で、常に動かしているとボロが出ると思う。普段は御札として保管しておいて、必要に応じて呼び出してやってくれ」

 

 「そうねえ、言われてみれば迫力が無いと言うか」

 

 

 そう言って俺の式神をジロジロ見る八雲。何を思ったのか式神の頬をつねったり目の前で手を叩いたりと妙な事をし始めた。何とも言えない気分になり、止めさせる。

 

 

 「……俺が嫌がってる、からかわないでやってくれ」

 

 「あら、彼は何も言ってないけど?」

 

 「そりゃあ、今は君が主だし。逆らえないんだよ」

 

 「それは良い事を聞いたわ、新しい暇潰しに良さそうね」

 

 「頼むから変な事にだけは使わないでくれよ……」

 

 

 式神のこれからを思うと何とも不安になる。せめて常識的な範囲で扱ってもらいたいが……八雲の良心にかけるしか有るまい。

 

 その後は式神について八雲と細かい情報の共有をしつつ、改めて許可を求めた。

俺の取った対応策には満足してくれたらしく、八雲は幻想郷から長期間離れる事を認めてくれた。その際に離れる理由についても聞かれたが、これに関しては生憎答えられない。

 

 

 「わざわざ私に許可を取りに来てまで果たそうとする用事、出来れば教えてもらいたい物だけど。貴方の誠意に免じて深くは聞かない事にしますわ」

 

 「感謝する」

 

 「幻想郷に帰って来た後にでも、また……ふわぁあ」

 

 

 ……堪えきれずと言った様子で欠伸をする八雲。すぐに自然な素振りで口元を隠すが、見てしまっているのだから意味は無い。

どうしよう、ここはスルーした方が良いのか。それともあえて話題に出してみる方が良いのだろうか。俺が迷っていると八雲は空気に耐えられなくなったらしく、きまりが悪そうに呟いた。

 

 

 「……悪かったわね、私だって眠くなる事くらい有るわよ」

 

 「咎める意思は無かったんだが、そう見えたのなら謝ろう。……もしかして、俺が此処に来た時はうたた寝している最中だったのか?」

 

 「だって、そろそろ就寝の時間なんですもの」

 

 

 珍しく露骨に不快感を出すなと疑問に思ってはいたが、寝ようと思っていた所を起こされたから機嫌が悪くなっていたのだろうか。そうだとしたら悪い事をした。

それにしても、意外な気がする。失礼かもしれないが、そのような『隙』とは無縁の女性のように思えていたのだ。捉え所のないと言うか、それこそ浮世離れしているように見えていた。

 

 

 「……就寝と言っても、まだ昼にもなっていないが」

 

 「妖怪の睡眠を人間の基準で考えてもらっても困りますわ。それに女性に対して失礼ではありませんこと?」

 

 

 自分で振った話題とは言え、これ以上突っ込まれたくはないらしい。

俺としても睡眠時間と言うプライベートを根掘り葉掘り聞きだす気にはならないので、大人しく退く。八雲はこれ幸いと言った様子で無理矢理話題を変えた。

 

 

 「と、ともかく。今回はいくつかの歪みを再確認する事にもなりました。

  人間側の抑止力が貴方に集中している事、その影響による勢力均衡の不安定さ。そう考えれば、一度大きく体制を再編するには丁度良い機会かもしれませんわね」

 

 「そう言ってくれると助かる。……では、そろそろ行かせてもらうよ。知り合いくらいには、一通り声をかけたいしな」

 

 「ええ、そうした方が良いでしょうね。特に幽々子、貴方の餅が来るのを毎日楽しみにしてるし」

 

 「……特別に好かれたいと言う訳でも無いが、餅のみを目当てにされるのも何となく複雑だな」

 

 「理由はどうあれ、田澤さんを待っている者は居ると言う事よ。……この意味が分かるわね?」

 

 「勿論。絶対に帰ってくるさ」

 

 

 八雲に力強く頷く。この幻想郷で出会った者達は俺を受け入れてくれた、これ程嬉しい事は無い。

だからこそ、俺は確かめなければならない。この世界を俺の旅が終わる地とする為に、幻想郷にて俺の真の目的を果す為に。

そう考えつつ、面識のある友人達に声をかけて回るべく『扉』を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、古き幻想の地を往く俺の旅は一先ずの終わりを迎える。

次に待つのは、幻想と科学のせめぎ合う時代。だが今暫くは俺の……有るかどうかすら分からない因縁を巡る旅に、お付き合いを願いたい。




これにて第一章『古き地を往く旅人』は完結です。
次は番外編、田澤が自らの因縁の痕跡を探しつつ各地を巡る話となる予定ですので、楽しみにして頂けると幸いです。
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