旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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今回から新章に入ります。楽しんで頂ければ幸いです。


不吉な放浪者
放浪者、狸と出会い、化かし化かされ


 幻想郷を離れた俺は、手近な場所から調べようと当面の捜索をこの島国のみで行う事にしていた。

各地を巡りながら怪異や怪しい書物の噂を探り、その痕跡を調べる。地味ではあるが、確実な手段だろう。

しかし、存在しているかどうかが先ず不明と言う身も蓋も無い問題は有る。その上、実際に怪異や怪しい書物を見付けたとして、我等が同胞に由来するかどうかも不確かだ。

 

 これまでに幾度となく怪異には遭遇したが、そのどれもが妖怪による物である。

そもそも普通に考えれば実存しているか不明の現象や書物を探そうと言う行為自体が、既に正気の発想では無い。それもこの世界全体を対象にしているのだ、何とも気の長い話である。

とは言え、アテが全く無い訳ではない。この世界が田澤昴の元居た世界に極めて近い姿だとすれば、探すべき場所や時代も有る程度見当は付く。最悪、『我等』としての力で直接気配を探ると言う手段も有る。

見付からなければ、それに越した事は無いのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふむ、恐ろしい獣の住み着く森か。しかしそれなら妖怪退治屋よりも、狩人の領分ではないか?」

 

 「確かにそれだけなら私共の村で対応するんですがね、踏み込んだ男衆から気味の悪い話を聞くんですよ」

 

 

 俺は旅の妖怪退治屋を名乗り、多くの人が生活する村を次から次へと回っていた。妹紅との旅と同じ事をしていると言って良いだろう。

現在は山菜を生活の糧にしているらしい山間の村を訪れ、村人達に怪しい噂について聞いて当たりかどうか見当を付けている所。勿論、当たりでなくとも力は貸すつもりだが。

 

 

 「あの森は見ての通り、そこまで大きい訳では無いんです。迷っても半日も直進すれば十分抜けられる。

  ところがですよ、森の中で恐ろしい獣に追われて逃げている内に、何処へ行っても森から出られなくなると言うんです」

 

 「それは気味が悪いな。一体どうやってその人達は戻って来たんだ?」

 

 「そこがまた恐ろしい所で。獣に襲われる危険も顧みずに散らばって帰り道を探していると『こっちだ、森から出られるぞ』と声が響き。

  藁にもすがる思いでそちらへ走ると、確かに森から出られた。ですが、後から考えると誰もその声の主に覚えが無いとの事で震え上がっていました」

 

 

 話を聞く分には、どうやら俺の探す類の噂では無いようだ。だが、だからと言って用が無くなると言う訳では無い。

妖怪退治屋を名乗る身として、せめてこの村の人達の不安は取り除いてあげなければなるまい。意識して威厳を漂わせながら口を開く。

 

 

 「安心してくれ。報酬さえ用意してくれれば、必ずその怪異の原因を突き止めて解決できる。森の妖怪に怯える日々は終わるぞ」

 

 「有り難いのですが、村でお気に添える報酬を出せるかどうか……」

 

 「何、無理は言わないさ。まあ、先ずはそこも含めて詳しい所を話し合おうじゃないか」

 

 

 そして実際に被害に遭ったと言う者達の証言を聞き、また互いに依頼とそれに係る報酬等の条件を煮詰めた結果。

数日の期間中、俺一人が森に入り原因の調査と解決を行う。その後結果を報告し、村人が森に入り報告の真偽を確認。成功したと村人が見なした場合に報酬として1週間分の食糧を払うと言う事になった。

 

 割と俺に不利な条件で確定したが、あまり気にしてはいない。やるからには確実に原因を突き止め解決するだけだし、向こうが反故にしたら俺も相応の対応を取る。

考えたくはないが、妹紅と旅をしている最中には仕事が済んだら御払い箱と言わんばかりに報酬を踏み倒された事も有ったのだ。勿論、そんな対応をする相手にまで友好的な態度で接する気はない。

 

 

 「初日から例の妖怪に遭遇するかは分からないが、全力は尽くす」

 

 「ありがてえ、何とぞ頼みます。このまま森に入れないと何時か飢えちまうんで」

 

 

 村人達に見送られ、例の森に踏み込む。まだ妖怪の気配は判別できないが、風に森の木々がざわざわと騒ぎ不気味な雰囲気である。

そのまま数分程歩き続けると、妙に踏み固められた地点に到着した。普通に考えれば山菜を取る際に村人達が頻繁に歩き回った結果なのだろうが、疑問も幾つか浮かぶ。

 

 

 「踏み固められるのなら、俺が入った地点から此処までの道のりだってそうなっている筈だ。

  しかも、これらの痕跡はつい最近に付けられた物のようだし……よく見るとやはり不自然だな」

 

 

 屈んで地面に手を触れると、土の削れ具合がおかしい事に気付く。

長い時間をかけて徐々に固まったのではなく、短期間で集中的に圧力をかけられたように見えるのだ。

しかしそう考えると余計に何が何だか分からない。こんな所に大勢集まって、足踏みでもしていたと言うのか?

 

 

 「恐ろしい獣が出ると言う森でそんな悠長な事をするとは思えんが、状況的にはそうとしか考えられないな」

 

 

 俺が村人達に担がれているのかとも思ったが、それこそやる理由が考えられない。

とりあえず怪異に襲われたと言う事は真実と仮定して、恐ろしい獣に追われると言う前提を考え直してみよう。

この森に入った村人達は、迷う筈が無いのに迷い、そして覚えの無い声に導かれて何とか生還したと言う。そして迷うきっかけとなったのは獣に追われたから。

迷わせる側としては、獣に追わせる行為自体は手段であって目的ではない筈。要するに脅かして逃げ惑わせる事が重要なのであり、それが達成できるのなら……

 

 

 「む? 此処はさっきも通ったような」

 

 

 歩きながら深く考えていたが、ふと周りを見ると何となく見覚えのある地点である。

土地勘が無い上に無意識で歩いていたので一周して戻って来たのかと考え、刀で木々に軽く傷を付けながら意識して直進する。

これで戻らず先に進める……筈だったのだが、いつの間にやら傷を付けた木々が目の前に広がる地点に出てきてしまった。仮にも旅人を名乗ってこれでは自分の方向感覚を疑ってしまう。

 

 

 「今度こそ、まっすぐ……」

 

 

 先ほどよりも意識して、今度は刀で土に直線を引きながら進んでいく。これならば確実に直進が出来る。

そうしてやっと抜けられると思えば、やはり元居た場所に戻ってきてしまった。試しに来た道を引き返してみても、同じ光景を見る事になってしまう。

流石にこれは尋常ではない。これは方向感覚を失った事による遭難ではなく、村人達を襲った怪異と同種の物であるとの結論に至る。まさか自分も引っかかるとは思わなかったが。

 

 

 「何処へ進んでも同じ場所にしか到着しない。だとすればこれは空間のループか? ……いや、空間自体は特に捩れている訳でもないな」

 

 

 周囲を確認し、考えられる可能性を一つ一つ考慮していく。

最初に思い浮かんだのは空間操作によってこの一帯が『閉じられている』事だが、俺は空間の異常には感覚が鋭い。そのような事をされれば気付かない筈は無い。

 

 

 「空間操作ではないが、歩けど歩けど先に進まない。例えではなく、正に足踏みでもしているような……足踏み?」

 

 

 途方に暮れつつ呟いた言葉に自分自身で反応する。足踏み、それこそ先程考えていた事ではないか。

先程の踏み固められた地点も、不自然に足踏みをしたかのような痕跡があった。その時は変な事をする人も居た物だとしか思わなかったが、当人にその自覚が無かったとしたら?

普通に歩き、走り回っているつもりでも、傍から見れば同じ所をぐるぐると移動していたとしたら……正に今の俺がその状況であり、迷う筈が無いのに迷うと言う怪異の正体では無いだろうか。

 

 

 「そうか、幻覚……真っ直ぐ進んでいると言う、その感覚がまやかしだったと言う訳だな。『マルバス』、我に真実を見据える曇りなき瞳を与えよ!」

 

 

 それならば話は速い。内界に宿る記述を励起、その断片を用い悪魔の力を俺の魔法として発動する。

俺にかけられていた幻覚は掻き消され、五感はまやかしを断ち切り研ぎ澄まされる。そうして改めて周囲を見回してみると……木々にやたらめったら傷が付き、地面の線は不可思議な幾何学模様を描いていた。

 

 

 「……姿を見せてもらおうか」

 

 

 研ぎ澄まされた感覚が、俺に幻術をかけた存在を察知する。

生い茂る森の木々に紛れながら気配を隠蔽し、付かず離れずの距離を維持しながら俺を覗いていた妖怪に向けて御札を投げ放つ。

 

 

 「おやおや、これは驚いた。化かしにはちょいと自信を持っていたのじゃが」

 

 「仕掛けに気付かなかったら今でも右往左往していただろうがな。まあ、相手が悪かったと思いたまえ」

 

 「随分と大層な口を聞くのう。下手に大口叩くと長生きできぬよ」

 

 

 俺の力が込められた御札を躱し、見掛けと反して妙に老成した口調の女性が飛び降りて来た。

深い茶色の髪から生える獣の耳、そして身の丈程もあろうかと言う尾。幻術の能力と言い、彼女は狸の妖怪なのだろう。

今の所そこまで性格が荒らそうには見えないが、出方を窺う意味も込めてあえて挑発的に言葉を返す。

 

 

 「事実なのだから大口ではないさ。そして生憎、長生きなら十分にしている」

 

 「ううむ、何とも威勢の良い…… それとも、妖怪退治屋とやらは皆このような気性なのかねぇ」

 

 「さあね、同業者に会った事は無いから知らないな」

 

 「一匹狼を気取っておるのか? 一人で無理して野垂れ死んでも知らんぞお」

 

 

 軽い調子で自信過剰気味な台詞を吐いてみる物の、自分のペースを崩す様子は無い化け狸。

どうやら挑発は効果が薄そうだ、主導権を握れない以上はこのまま続ける必要も無いだろう。

 

 

 「……とりあえず、名乗らせてもらう。俺は田澤昴、君の名前は?」

 

 「む、そう言えば名乗っていなかったのう。儂は二ッ岩……まあ、マミゾウとでも呼んでほしい」

 

 「二ッ岩マミゾウ、と言う事か」

 

 「うむ。……それで退治屋殿は、儂と世間話でもしにきたのかの?」

 

 

 マミゾウと名乗った化け狸は、ここにきて初めて威圧するように妖力を放った。

しかし流石に幻術を得意とする妖怪と言った所か、いまだ『マルバス』の加護が続いていると言うのに正確な力量が計れない。

八雲に近いやりにくさを感じながら、とりあえず妥協点を探る為に会話を続ける。力尽くでの調伏は最後の手段であって、まずは交渉を優先するべきだ。

 

 

 「できればそうしたいと思っているよ。俺が依頼されたのは妖怪退治ではなく怪異の解消だからな」

 

 「その二つは言われている事が同じなのだが…… 化かしは儂の存在意義そのものよ」

 

 「むう、ならばこうしないか? 君は俺を心行くまで化かし、そして気が済んだら暫く行動を控える。

  何も君にずっと動くなと言う訳ではないんだ、少し楽しみを前借りするのだと考えてほしい」

 

 

 妖怪に人を襲うなと言っても、それは人間に物を食べるなと言っているような事なので無理に決まっている。

とは言えこのまま人間を化かし続けられても困るので、その欲求は俺にぶつけてもらえれば村人への被害は消えて万事解決。

俺が多少苦労するだけで、村人にもマミゾウにも損は無い。……まあ、問題を先送りにしているだけと言えば否定はできないのだが。

 

 

 「儂はそれでも構わんが、退治屋殿は果たして着いてこれるかな? 正気を失っても責任は持てんよ」

 

 「君の方こそ遠慮は要らん。手を抜いてもらわなければ対抗できないようでは、妖怪退治屋は名乗れんからな」

 

 「ほほう、気骨のある若者だこと。それではお言葉通り、儂の気が済むまで付き合ってもらうとしようか」

 

 

 よし、乗ってくれた。結局戦闘は回避していないが、ルールの無い殺し合いよりはマシである。

マミゾウが満足するまでと言う曖昧な物ではあるが、勝ち負けに条件が付くと俺としても気が楽だ。

 

 そんな事を考えていると、何やら周囲に判別し難い気配が満ち始めた。

真実を見抜く『マルバス』の加護すらも惑わせる幻術、どうやら本気で俺を化かしに来ているらしい。

 

 

 「……成程、そうきたか」

 

 

 周囲の全てが天を突くように巨大化、相対的に俺が小さくなったように感じられる。

本質が幻術である以上、これは現実に起こっている事ではない。それは分かるのだが、視覚や聴覚に加えて触覚すらにも干渉するとは化け狸の本領発揮と言う所か。

 

 

 「ほっほっほ、これがまやかしであると何時まで信じていられるかの?」

 

 「何と煩い……手の込んだ事を」

 

 

 からかうようなマミゾウの言葉が、大気を揺るがすような途轍もない大声に聞こえる。

巨大化に伴う演出の一つであり、実際には普通の声量だろうとは思うのだが。耳が痺れる感覚、腹に響くような感覚、それ等全てが大音量だと誤認させようとしてくる。

……しかし、その程度で騙されてはやらない。化かされているとは言えマミゾウの正確な位置は気配から察知出来るし、これで終わりではないだろうと言う意思を込めて見返してやる。

 

 

 「まだまだ、小手調べと言った所よ。お次はこれでどうじゃ」

 

 

 俺の視線を受けて楽しげに笑いながら、マミゾウは何らかの幻術を発動した。

その正体を看破する事は出来なかったが、さほど脅威は感じられないので大人しく様子を見ていると……

 

 

 「中々に迫力が有るな……」

 

 

 周囲の木々が揺らぐ霧のように形を変え、人を楽々と噛み殺せそうな巨大な獣の姿を取る。

本来のサイズでも人間に本能的な恐怖を抱かせる風貌で、更には見上げる程の巨体。流石に圧倒される物は有るが、しかし……

 

 

 「お、獣は平気な性質かの?」

 

 「何も心動く物が無いとは言えないが、もっと恐ろしい物は幾らでも見て来たからな。それに、所詮まやかしだ」

 

 「そうは言っても、人間なら普通は僅かなりとも震える物じゃが…… この勝負を提案するだけあって、肝が据わっておるのう」

 

 

 どれほど真に迫っていても、所詮は幻術なのだ。正に張子の虎と言った所だろう。

魔力による心理防壁も有るとは言え、このくらいならば特別に恐怖を抱く程でもない。まあ、気楽になる訳でもないが。

 

 

 「ううむ、これでは埒が明かぬな。儂とて妖怪の端くれ、そう澄まし顔をされると嫌でも驚かしたくなるものよ!」

 

 「ちぃっ……」

 

 

 マミゾウのかけた号令に従い、獣が威嚇するように吠え立てながら俺を襲う。

幻術である以上はそもそも触れる事すら無い、そう考えていた俺はその行動に疑問を感じ……直後、咄嗟にその場を飛び退いた。

さっきまで俺が立っていた場所は獣の牙が突き立ち、鋭い爪が地面を抉り土塊を撒き散らす。魔力を流したコートが衝撃こそ受け流したが、その余波は確かに俺へと届いた。

 

 

 「……馬鹿な、物理的な破壊力を伴っている?」

 

 

 勿論、単なる幻術ならば攻撃されてもすり抜けるのみ。わざわざ避けるまでもない。

しかし今の攻撃には明確に実在の気配が感じられた、まさか本当に巨大怪物が襲ってきた訳でも有るまいが回避するに越した事は無い。

 

 攻撃を受けた地点を見てみると酷く荒らされているが……幻術によって引き起こされているので素直に鵜呑みはできない。

どこまでが本当に発生したダメージなのか、中途半端に破壊力を認識してしまった事が仇となり判断が出来ず困惑する。

……とりあえず冷静に対応しよう。『マルバス』の力を再度発動し、幻術の一部を解呪する。

 

 

 「やはりあの獣自体はまやかしで……その幻に重ねて攻撃をしているようだな」

 

 

 マミゾウの幻術が強力な故かその全てを明かすまでには至らなかったが、破壊力を伴っているように見えた理由は分かった。

これさえ分かってしまえば特に恐れる事もない。獣の攻撃動作に合わせて気配を確認して、適宜避ければ良いだろう。

そう結論付け、再び襲い来る獣の幻に紛れて迫る妖術を回避して……何も無いように見えた場所から攻撃を受けた。

 

 

 「ぐっ……!?」

 

 「ほっほっほ、見事に騙されおったな」

 

 

 く、相手の策を暴いたと思い込んで油断していた。よく考えてみれば攻撃を幻で覆う不自然さで気付くべきだった。

幻術と組み合わせれば意表を突けるとは言え、そもそも目立つ幻に攻撃を紛れ込ませても有効性は薄い。むしろ幻に目を引かせて本命を隠す、それこそ化かす力の真骨頂だろう。

マミゾウの言う通り、見事に一杯喰わされたと言う訳だ。まだまだ俺も甘いと言う事だが……やられっぱなしにはならない。瞬間的に意識を集中し、気配を隠したマミゾウへ反撃の魔弾を放つ。

 

 

 「ぬっ、儂の位置を見抜くとは……っ!?」

 

 「どうだ、化かされる側の気分は?」

 

 

 互いに痛み分けをする形となり、思わぬ反撃によってマミゾウに生じた僅かな隙。

その間に俺は八雲に渡した物と同じ式神をばら蒔いて、自らも気配を薄くしつつその集団の中に混ざる。厳密に言えば幻術では無いのだが、化かされる気分は十分に味わえるだろう。

 

 

 「まさか人間の方に化かされるとはのう…… 退治屋殿よ、化かし合戦と洒落込もうか!」

 

 「望む所だ、マミゾウ!」

 

 

 集団となった俺達を見て、マミゾウは一瞬驚愕を見せるも。

すぐにその表情を喜色に染めて、興奮したように声を上げながら俺のように分身を生み出す。

 

 互いの分身が肉弾戦を仕掛け、妖術を用い、幻惑するように姿を変化させながらぶつかり合う。

小規模とは言え正に合戦と言った様相を呈し始めた中、その隙に乗じて気配を消した俺は、ある一点を目指して木々を駆け上る。

 

 

 「満足してもらえたか?」

 

 「……出し抜かれてしまったか、儂もまだまだよ」

 

 

 その姿を小動物に変えて、高見の見物を決め込んでいたマミゾウの後ろに音も無く回り込む。

魔法でマミゾウをその場に縛り付けつつ鞘から刀を抜き放ち、その首に刃を突き付けながら低い声で告げる。

微妙に当初の目的と違っている気がしなくもないが、マミゾウの方から化かし合戦と言った以上は勝負に負ければ大人しく退いてくれる筈。

 

 

 「うむ、十分に楽しめた。化かし合いで負けたと言うのは自信を失うが、それ以上に心踊る時間であった」

 

 「楽しめたのなら、幸いだ。約束、守ってくれるな?」

 

 「勿論だ、儂の誇りにかけて約束は違えんよ。

  ……と、所でその刀を仕舞ってくれんか? さっきから肝が冷えてしょうがないのじゃ」

 

 「む、すまない」

 

 

 そう言えば首に突き付けたままだった、脅したような形になってしまったな。

悪い事をしたと思いつつ刀を鞘に戻し、未だに戦闘態勢を崩していなかった式神達を御札に戻す。マミゾウも分身を消し、自身の姿を元に戻した。

 

 

 「……儂が頼んでおいて言うのもおかしいが、妖怪からあっさりと刀を引く退治屋と言うのも」

 

 「相手が人間でも妖怪でも、可能ならば殺したくない。出会う者全てを斬っていては只の気狂いだろう」

 

 「徒に他者を殺めぬのは美徳じゃが……妖怪を退治する身で妖怪にかける情けは命取りではないか?」

 

 「まあ、そうだな。だが、出来れば妖怪とも仲良くしたいと思っているのさ」

 

 

 人と交友を持ちたいから妖怪退治屋を名乗り、そのくせ妖怪とも交友を持ちたがる。

何とも矛盾した八方美人、少し間違えればどちらからも否定されて破滅しかねない行動原理だとは自覚しているが、こればかりは俺にもどうにもならない。

 

 

 「……人間の身で、それも退治屋を名乗りながら妖怪に歩み寄ろうとはのう。

  しかし、もしも退治屋殿が妖怪に一抹の慈悲すらかけない者であれば儂も只では済まなかったか」

 

 

 マミゾウは訝しげな視線で俺を見ながら呟いた後、力を抜くように息を吐いた。

 

 

 「昴は変わった人間じゃな。ここまで調子を狂わされたのは初めてかもしれん……そもそも本当に人間かのう?」

 

 「一般的な範疇に入らない事は自覚しているが、一応人間だ。納得出来なければ、仙人辺りだとでも思ってくれれば良いよ」

 

 「ふむ。まあ、人間と言うよりは幾分納得出来るな」

 

 

 精神的な問題か戦闘能力の事か、あるいはその両方なのか知らないが、マミゾウはどうも俺を人間とは思ってくれないらしい。

本当なら言いたい事は色々有るのだが、それについて侮辱された訳でもないし初対面の相手なので深く言及するのは止めておく。仙人と呼ばれるくらいなら、まだ称号のような物だ。

 

 

 「……うーむ、しかしこれからどうしようかの。少なくともこの森は離れる事になるか」

 

 「この森に留まるのなら、事件が風化するまで……最低でも十数年は妖怪稼業の再開を待ってくれないか」

 

 「そ、それは流石に困るのう。目の前に人間が居るのにそれでは、ひもじくて敵わん」

 

 「ならば、悪いが新天地を見つけて欲しい。その場合でも数年は自重してもらいたいが」

 

 

 自分自身で言いながら、依頼した村人の立場から見れば詐欺のような談合だと思わざるを得ない。

とは言え依頼内容で『妖怪の退治』を明確に指定された訳ではない。あくまで森で起こる怪異の解決なので、現状でも十分に達成したとは言えるだろう。

 

 

 「そう言えば……聞いておきたい事が有る。君は他の妖怪の情報を持っていたり、共に行動する機会が有ったりするのか?」

 

 「気の合う奴と協力して人を化かす時は有るが……なんじゃ、仲間は売らんぞ」

 

 「ああいや、そう言う事では無いんだ。ただ、それらに関わらない妙な出来事について知っていれば、と」

 

 「……むう? つまり、儂の知る妖怪に関わらない奇っ怪事について聞きたいと言う事かの?」

 

 「ああ。妙な曰くを持つ刀だとか、書物だとか。そう言った物について心当たりは無いか」

 

 「曰くのある物品……天を下すと言う剣や、神の象徴と言う鏡とか、その辺りしか思い付かんの」

 

 

 そう言えばと思い、マミゾウに俺の探している物について聞いてみるが反応は芳しくない。流石に3種の神器は俺の探し物とは違う方面だ。

 

 

 「そうか……無理な事を聞いて悪かった」

 

 「儂こそ力になれず、すまんのう……お祓いでもする気じゃったか?」

 

 「そんな所だ。妖怪だけではなく、そう言う物に対処するのも退治屋の仕事だよ」

 

 「随分と気を張る男じゃ。これで昴が妖怪だったのなら、朝まで酒を酌み交わしたのじゃがのう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後はしきりに残念じゃと呟くマミゾウと別れ、村に戻り結果を報告。

マミゾウの事は明言せず、幻術を扱えるようになった妖精の悪戯と言う事に捏造し、懲らしめたから悪さはしないだろうと伝えた。

村人達は恐る恐ると言った様子で報告の真偽を確認しに行き……数時間経って、手に山菜を持ちながら喜びを満面に湛えて戻ってくる。

 

 

 「やった、いつも通りの森に戻っている! 薄気味の悪いざわつきも消えているぞ!」

 

 「おお、一日も立たずして解決か! いやあ、これは助かるな!」

 

 

 どうやら、この様子だと結果には十分に満足してくれたようだ。

内心で達成感を覚えつつ、要所を締めるべく報酬の話に入る。喜ぶ姿を見るのは嬉しいし励みになるが、それだけで何も受け取らないかと言うと別の話。

 

 

 「うむ、そこまで喜んでくれると俺としても鼻が高い。成果には満足してくれたかな」

 

 「勿論だとも! 正直、最初は半信半疑だったがこうまであっさりと解決してくれるとは思いもよらなかった!」

 

 

 どうやら村人達はあまり俺に対して期待していなかったらしい。

解決するにしてもこうまで早く終わるとは夢にも思っていなかったようで、急いで報酬用の山菜を集めて提供してくれた。

 

 俺の方も最初は約束を反故にしそうだ等と失礼な考えを抱いた事や、マミゾウ関連の対処については微妙に負い目を感じる。

せめてもの罪滅ぼしとして、村に無料で退魔の結界陣を刻んでおいた。魔力の供給が無いと徐々に効果は薄れていくが、それでも10年近くは村に害意を持った妖怪は入れない筈。

 

 

 「本当にありがとうございます、このご恩を村は忘れませんで!」

 

 「貴方達も、達者でな。元気に過ごしてくれ」

 

 

 妖怪退治を行い村の依頼を達成した以上は、もうこの近辺に用は無い。

この付近を根城としていたらしいマミゾウに聞いても痕跡について目立った情報が得られないと言う事は、場所を変えた方が良いと言う事だ。

そう結論付けた俺は、すぐさま次の村を目指して移動を開始した。この村の人達に聞く分には山を越える必要が有るので最低でも2日はかかるとの事。

朝まで村に留まったら良いと勧められたが、迷惑をかけるだろうと辞退した。気持ちは有りがたいが、夜だろうと疲れず眠らずに動ける俺にとっては休息の必要性が薄い。

 

 

 「……次の村ではどうなるかね」

 

 

 今の所、我等が同胞の痕跡は見付からない。ただ、存在しないと結論するにも早計なのは事実だ。

これまで巡った村ではそれらしい噂すら無い事を、喜べば良いのか焦れば良いのか。何とも複雑な気分である。

 

 何はともあれ、新たな出会いこそ有った物の特別に対応しなくてはならない事が起こった訳ではない。

これまでの経験からすると非常に平和な旅をしている事に感慨を抱きつつも……更なる痕跡探しの為、足早に歩を進めた。

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