マミゾウと遭遇したあの時から、そろそろ5年が経過しようとしている。
俺の旅は未だ終わりどころか始まりすら見えてこないが、この状況は最初から予測していた事だ。まあ、数年程度の捜索で『我等』が同胞の痕跡が見つかると言うのも御免被りたい。
俺の本心としては同胞の痕跡を見付けたくはない。捜索している理由も、それらが存在していないと確証を持ちたいからだ。
「……この辺りが、噂の源流である筈の地域だな」
相変わらず怪異や曰くの有る物品の噂を求めて移動を続けている俺だが、ここ数週間は幽霊天女とやらの噂の真偽を確かめるべく行動している。
最近回った村では共通して聞いた話題であり、それらは細部こそ異なっていた物のほぼ同一の事を指していると見て間違いないだろう。
その噂は概ね『煌びやかな衣装を纏った美しい天女』を中心とする物であり、その天女は幽霊であるとか死霊を従える等の話がそこに付随してくる。
天女と言うだけであれば特に興味も惹かれなかったのだが、幽霊や死霊云々が混ざるとなると話は別。万が一、西行寺のような性質の存在であれば危険性も否定出来ないからだ。
「済まない、俺は旅の……」
「ああハイハイ。天女様の村は確かに此処だよ」
「って、話を聞いてくれ」
この周辺の村人らしき集団に近寄り声をかけるも、面倒そうな様子を隠す事無い顔と返事に迎えられる。
妖怪退治屋と名乗る間も無く、天女様とやらを見にきた男扱いされてしまった。しかも露骨に無視をされる始末。
とは言え、ここで引き下がる訳にも行かない。多少強引にでも話を進める気概は退治屋にも旅人にも必須である。
「まあ待ってくれ、俺は君達に迷惑をかけに来た訳ではないさ。
その様子だと突然現れた天女の噂で良い思いはしていないんだろう? 俺は旅の陰陽師だ、力を貸せると思うぞ」
「……陰陽師? あんたは噂に引かれて寄ってきた馬鹿共じゃないのか」
あえて妖怪退治屋と名乗らなかったのは、妖怪退治にしか能が無いと思われると困るからだ。
妖怪の被害を受けている訳では無いのならば、今回は陰陽師と名乗った方が聞こえは良い筈。村人の反応から村に起こっているであろう問題を予想しつつ、話を合わせる。
「噂を聞いて来たと言う点は否定出来んが、天女を一目見ようと浮かれて村に押し掛けてきた訳ではないぞ」
「……本当か? 信じたいが、そうも行かない状況なんだ。陰陽師だと言う証拠を示してほしい物だな」
「尤もな言い分だ。では、これでどうだ」
助けは欲しいが信用し難い、と言う気持ちは余所者に迷惑をかけられている状況では当然の物だろう。
村は余程の迷惑を被っているのだろうなと考えながら、懐から取り出した御札に魔力を込め起動させる。意識的に威厳を漂わせるように振る舞いつつ、御札を天に掲げると言う動作も加えた。
「おお、何と神々しい…… 有りがたや、有りがたや」
御札は退魔の力を放ち、周囲を眩く照らす。今は昼だが、それでもこの類いの視覚効果は強烈な印象を与えるだろう。
俺の小細工による演出も手伝ってか、村人達の表情から最初の半信半疑な様子は消え、聖人を前にしているかのように頭を下げ拝み始めた。
……この方法は非常に効果的だと分かったが、やり過ぎては問題が有るな。俺としても後ろめたい物が有るし、多用はしないようにしよう。
「顔を上げてくれ、まだ俺が何かをした訳でも無い」
村人達を適度に抑えつつ、村まで案内してもらう。
その道中、具体的にどのような事が村に起こったのか詳細な所を教えてもらった所。
「天女の噂を聞き付けた男達が村に押し掛け、村の広場に勝手に居座っていると。
何と言うか、それは…… 君達の村には本当に災難だったな。先の対応も頷ける」
「かれこれ三日程にはなりますかね。最初は追い返していたんですが、一致団結して戻って来られるとどうも……」
しかし、話を聞くと腑に落ちないな。幾ら美しい天女とは言っても自分達の村を放ってまで見に来る物か?
この時代では、村人が村を離れると言うのは気軽に出来る事では無い。その上一度追い返されても再びとは、異常とも言える執着だ。どうもキナ臭い。
「で、ここ最近天女様とやらは現れたのか」
「いえ、ここ数日は。今までは村外れの湖に留まっているように見えたんですが」
そのまま天女の容姿や発見時の状況について聞いていると、村に到着した。
案内してくれた村人達が俺の事を長へと取り次いでくれたので、早速俺は自身の売り込みに入る。……とは言っても、村人達が何を言ったのか俺のやる事は殆ど無かった。
「貴方には期待しています、何とぞお助けを」
「うむ、やるからには全力を尽くす。所で、成功時の報酬についてなんだが……」
「それはもう、貴方にお任せします。儂から条件を提示するなど、恐れ多くて無理です」
「……分かった。それでは、瑞々しい大根でも10本程見繕っておいてくれ」
他の村ではこの段階で互いの意見が平行線を辿る事も有り、そうならないのは話が早くて助かるのだが。
ここまであっさり上手くいくと、それはそれで何とも言えない。信頼されず、足元を見られるよりは余程良いけれども……あまり過剰に頼られるのも少し困る。
まあ、それだけこの村が弱りきっていると言う事か。とりあえず話題を変え、天女の情報を出来るだけ聞いてみる事にする。
「先程案内してくれた者達に聞いたんだが、天女が現れるのは夜の湖だそうだな。押しかけて来た者達は夜毎にそこへ向かうのか?」
「ええ、そのようですな。ただ、彼等の様子を見ると会えてはおらんようです」
「ふむ。だが、彼等が来る前は普通に姿を見せていたと」
「そうなのですよ。それまでは村の者達も、吉兆の前触れではないかと遠巻きに見守っていたのですが……
今では愚かな誰かが天女様のお怒りに触れないかと、気が気ではない毎日を過ごしています。祟りを恐れて村の者は湖に近付かなくなりました」
流石に長と言うべきか、この村で起こった天女関連の出来事は殆ど把握しているらしい。
そのまま数十分程かけて情報を纏め、同時に策を練っていく。一応の対策が出来た所で、俺の今後の予定を話す。
「まずやるべき事は、押しかけて来た者への対策だ」
「追い払うのは一度試しましたが、とても無理が有りますぞ。居なくなったと思ってもすぐに戻ってきてしまって……」
「うむ、そこで逆転の発想だ。あえて追い払わず、彼等の行動を村である程度誘導すれば良い」
「誘導? 申し訳有りませぬが、儂には分かりかねます」
「要するに、彼等が天女に失礼をしないか君達は恐れているんだろう? ならば失礼をさせないようにすれば当面の問題は凌げ、その隙に俺が解決をする」
「おお、成程……。しかし、それは具体的にどうすれば? 言って聞くのであれば良いですが、そうでないなら誘導にも無理が有りますぞ」
「彼等が一致団結していると言う所を突く。天女を見に来た仲間として近付ければ、後は口が回るかどうかだな」
……尤もらしい事を話しているが、これは全てこじつけである。
俺が最優先で把握したい事は、天女の正体と噂の真偽。これを違和感なく果たしつつ、村人へ仕事をしているアピールが出来るやり方を選んでいるだけだ。
平たく言えば騙しているような物なので、少し気が引けるが…… 完全に嘘を言っている訳でも無いので許して欲しい。
「と言う事で、俺は暫く彼等に混ざり天女を見に来た旅人として振る舞う。
村人にも、口の堅い者以外には俺の正体を広めないでくれると助かる。どこから情報が漏れるか分からないしな」
「はあ、貴方がそう仰られるのなら…… それでは案内をした者にも伝えておきましょう」
そう言えば、何故案内をしてくれた村人達は村の外で待機していたのだろうか。
特に何か作業をしているようにも見えなかったが……ああ、村に押しかけて来た者の監視をしていたのか。
この状況でその役目を任されていると言う事は長からの信頼も篤いのだろうし、その人達の紹介だったからこそ話がスムーズに進んだのだろう。
とりあえず依頼遂行に入る前に確認しておくべき事は全て終わったので、後は仕事の時間だ。
長の家から目立たないように抜け出た後、広場の大部分を占有している男達の元へ親しげに近付いていく。……この時点で普通に迷惑な奴等だな。
「やあ、君達も天女様を見に来たんだって? 一人でも構わないとは思っていたが、仲間が居ると心強いね」
「ん、お前は?」
「俺は村で取れる茸を運んでいる行商なんだが、天女様の噂を聞いて飛んできたよ」
憧れの天女の近くに来て浮かれている若者を装い、やや興奮気味に語りかける。
大きい声で話しているのは俺を強く印象付ける為でもあるが、話がしやすい気さくな男と思わせる為でも有る。
何故そこまで天女に執着するのか、それについての情報も聞き出したい事だからだ。
「そうか。だが天女様が来るのは夜らしいからな、それまでは勝手に見に行くんじゃないぞ」
「分かってるさ、それまではここの皆と天女様について討論してみたいね」
「まあ、大方の奴はそうして時間を潰しているな。俺もそろそろ混ざろうかと思っていたし、ついでにお前を紹介してやろう」
「本当かい? いやあ、助かるねえ」
人当りの良さそうな笑顔を作りつつ、騒いでいる集団に近付く。今の所は中々良い具合に話を進める事が出来ているな。
「おい、新入りだ。茸売りの行商だとよ」
「どうも、皆さん。皆さんも天女様の御姿を見ようとしているんですよね?」
「おう。まあ座れ、夜までは長いし今の内に体力付けとこうじゃねえか」
この段階で一悶着が起こったらどうしようかと思ったが、流石にそうはならないようだ。
俺の雰囲気が警戒を解いたのか、あるいは単に天女見物の仲間と認識されたからなのか、歓迎される。
「じゃあ、新入りも交えて続きと行こうじゃねえか。天女様の御姿で、どこが美しいかだ」
そのまま適度に相槌を打ち、たまに場を盛り上げたりして話を聞いていたのだが……何か妙だ。
村人達の話では天女と会った事は無い筈なのに、まるで見た事が有るかのように姿の特徴を挙げ、しかもそれが誰にも否定されていない。
あまりにも感情移入し過ぎて遂には脳内で独自設定を作ったと言う様子でも無いし、一体これは何なのだろうか。暫く内心で訝しんでいると話題を振られたので、咄嗟に話を合わせる。
「新入り、おめえはどう思う?」
「天女様の一番お美しい所は、何と言っても髪ですよ。あの結われた蒼い輝き、一目で魅せられましたね」
話を聞いている内に共通しているイメージにもある程度見当が付いていたので、そこから適当に抜き出してみる。
この討論の中で『青い髪を結っている』と言う情報は何度か出てきていたので、答えとして完全に的外れになる事は無いだろう。
「ほう、新入りは髪に魅せられたと。こうして聞いてみると髪派も意外に多いな」
「髪も美しいのは分かるが、何と言おうと一番はあの艶やかな流し目に決まってらあ。あんな色気は初めて見たぜ」
……どうにか切り抜けたか。しかし、本当にどういう事なんだ。ここの皆は全員が天女を見ている事前提で話を進めている。
それも噂でも広まりそうな浅い部分だけではなく、実物を見たとしか考えようがない所まで言及している。ここは調べる必要が有りそうだな。
結局深い所までは調べられず夜を迎え、しかも湖に天女は現れなかった。
とは言え一日で成果が出るとは俺としても考えていなかったので、そこまで気落ちはしていない。
「今日は残念でしたね、天女様の気まぐれには恵まれなかったようです」
「まあ、明日も有るだろう。それに夢の中でまた会えるしな」
「……そうですね、今から寝るのが楽しみです」
夢の中でまた、か。単に熱中しているが故の結果、と言えなくもないが……今の状況で何の疑いも無く言うとなると、本当に夢に出ているのかもしれない。
そう考えると、ここに集まっている全員がその夢を見ていると言う事も有るな。そうでなければあそこまで共通したイメージを持つ事は出来ないだろう。……限度を超えて魅了されている事と言い、天女とは名ばかりの夢魔の類だろうか。
だが、現時点ではあまり詳しい所までは分からない。魔法を使えば他者の夢に干渉する事も出来るが……薮をつついて蛇を出す事になるかも知れない。
「とは言え、天女が夢魔だとすれば魅了された者を放置する訳にもいかないか」
誰にも聞こえない程度の小声で呟く。いつ本格的な『攻撃』が始まってもおかしくない以上、夢を何の対策も無しに見させるなど言語道断。
俺が依頼されたのは天女に迷惑をかけるかもしれない男達への対策だったが、どうもその天女が怪しい。天女が原因であれば、それを解決する事が結果的に男達を散らす事になるだろう。
野外に蓙を敷いてその上に直に寝ると言う正気の沙汰とは思えない手段で睡眠に入った男達に混ざり、寝入ったフリをして魔力を集中。
内界に宿る記述を励起させ、その断片たる悪魔の力を俺の魔法として発動。周囲の男達と、一応の保険として村人達を対象にし、ソロモン72柱が内の序列71番『ダンタリオン』の精神干渉を行う。
他者の心を操るような真似はしたくないのだが、この状況では俺の好き嫌いで手段を選ぶ余裕は無いだろう。
「……!」
悪趣味なやり方に我ながら嫌悪感を抱きつつ『ダンタリオン』の力で各々の無意識に天女様とやらへの拒絶を植え付けていると、男達の精神に俺以外の干渉を受けた形跡を発見する。
目標とする内容以外の情報を覗かないように細心の注意を払いつつ、更に深くまで潜り干渉の詳細を探ると……。
「『誘惑』……これで真っ当な天女では無いとハッキリしたな」
声には出さず、内心で呟く。明らかな意図をもって洗脳に近いレベルの力を使用している以上、マトモな者ではない。
……向こうの出方を大人しく窺うより、妙な仕込みをされる前に俺から打って出る方が良いかもしれない。夢に出ると言うのであれば、そこで尻尾を掴むべきだろう。
『ダンタリオン』の力で俺の意思を各々の精神に潜り込ませる。これ等は偽天女がこの人達を夢に引き込んだ際、俺の介入の足掛かりとして機能する罠となる筈だ。
……本来の用途はそれこそ他者の洗脳だし、相手と同じ事をしているような物だからどうにも気が乗らないが。
遠巻きに見守る村人達の視線も殆ど感じられなくなった時間帯、草木も眠る丑三つ時。
この場の全員も寝静まった頃合いに、男達の精神が何者かに引き寄せられていく気配を感じる。潜り込んだ俺にその精神を引き戻させ、代わりに俺がその者の『夢』に干渉する。
夢に特有の曖昧な領域を超えた先は、色鮮やかな花々と桃を実らせた樹に囲まれた澄んだ湖。
正に桃源郷と言った風情に溢れる美しい地に佇んでいたのは、薄水色の高貴な装束と白い比礼を纏った青髪の女性。
成程、一見して天女としか例えようのない清らかな外見だが……
「あらら? 私が呼んだ中に貴方のような男性は居なかった筈ですけれども。それに他の方がいらっしゃらないわね」
「君が妙な事をする前に、彼らには正気に戻って貰った。色々な所に迷惑が発生しているのでな」
「それは困ったわあ、もう少しで彼らを可愛がってあげれる所でしたのに。芳香も仲間が増えるのを楽しみにしていたのよ」
「……既に洗脳した配下が居るのか」
「洗脳だなんて、人聞きの悪い。死んだ子に頑張って動いてもらってるだけよ」
こうして数回言葉を交わしただけで、何とも邪な本性が垣間見れる。この類いの存在は、単に暴れる妖怪よりも数段厄介だ。
「死人使い……洗脳よりも趣味が悪いな」
「そうかしら? 死んだ子は誰の物でも無いのだから、生きている人を使うよりも問題は無いと思うわ」
「価値観、見解の相違と言った所か。どちらにせよ、君を見逃す訳には行かないな」
「あらあら、血気盛んな殿方。そうね、中々鍛えられた体と呪力を持っているようだし……貴方を芳香のお友達にしてあげようかしら」
俺の敵意が込められた視線を受けても快さそうに流し、興味深げに笑いながら事実上の殺害宣告をしてきた偽天女。
俺の能力自体はほぼ全て隠蔽しているとは言え、それなり以上の威圧感を放ったと言うのに苦もなく受け流す辺り、油断出来る相手では無さそうだ。
そもそも死者を自在に動かすなど、生半可な妖術師に出来る事ではない。見た目こそごく若い女性だが、数十では数えられない年月を生きた死人使いと考えた方が無難だろう。
「その芳香とやらには悪いが、友達には成れないと伝えてくれ。当分、死ぬ気は無いんでな」
「あら酷い。でも、お試しで体験してみればきっと考えを変えてもらえる筈よ」
「遠慮しておく」
そう吐き捨てつつ、偽天女と夢で相対している俺から広場で狸寝入りしている俺に意識の主体を戻す。
『現実』で目を開けると、紫を基調とした服装と青白い肌、そして額に貼られた御札が特徴的な生気の感じられない少女が目の前に迫っていた。
歯を剥き出しにしながら掴みかかってきた少女の腕を抑えつつ、夢の中に居る俺を介して偽天女に挑発を加える。
「夢の中の会話で時間を稼ぎつつ、現実でキョンシーに襲わせるとは中々小賢しい手を使うじゃないか」
「……起きながらに夢を見て、その上どちらでも意識を共有している? ふふふっ、面白い人。村外れの湖に来なさい、お出迎えしてあげるわ」
偽天女はそれだけ言うと、夢の中から消えた。桃源郷は彼女の影響を多分に受けていたらしく、霧がぼやけるが如く急速に形を失った。
それと同時にキョンシーも何らかの命令を受けたようで、あっさりと力を抜いて俺から離れ独特のぎこちない動作で立ち直り、そのまま先導するように歩いていく。
罠の可能性も高いが、ここまで来て無視をする訳にもいかない。偽天女やキョンシーが周囲の男達や村人に危害を加えないように警戒しつつ、大人しく後を追う。
「実際に顔を合わせるのはこれが初めてになるわね。私は霍青娥、仙人よ」
「……田澤昴、人間だ」
湖に到着すると、そこには夢の中と全く同じ姿をした女性が満面の笑みを浮かべて立っていた。
……さっきまで割と周到に殺しにかかっていたのに、この態度の変わりようは一体何なのだろうか。表情から全く邪気が感じられないが、それが逆に嫌な予感を呼ぶ。
「田澤さん、私は貴方に興味が湧いたの。貴方の事、色々知りたいわ」
「死人操りを止めてから出直したまえ」
「そう言われても、自分のやりたい事の為に力を使うのが仙人ですもの。それにこれも立派な道の追究よ」
青娥の言っている事は、仙人の物としては間違っていないのだが……人間としての常識からは到底受け入れがたい。
まあ、そんな相手とは今まで何度も会って来た。さっきは強く否定したが、これ以上の被害を出さないと言うのであれば妥協のしようも有るだろう。
何とか人間の常識と青娥の嗜好との落としどころを探り、それを提案するべく会話を続ける。話し合いで解決できるのなら、それが一番だ。
「せめて、生きている人を故意に死に誘うような真似は止めてくれ。あの男達は頃合を見計らって入水自殺にでも誘導する予定だったんだろう?」
「御明察ね。他者を誘惑する秘術をつい最近覚えたから、その練習も兼ねて芳香のお友達を増やそうとしたんだけど」
「……キョンシーの作成と言い、その悪辣な知識は何処から仕入れてくるんだ」
「悪辣なんて言い過ぎだわ。それもこれも、私が幼い頃から何度も大切に読み返している道の教本に記されていたのに」
……多感な時期に触れた秘術が外法だったからこの趣味嗜好を得るに至ったのか、それとも最初から外法と相性が良かったのか。
この反応ではイマイチ判別が出来ないが、どちらにせよ他者への配慮を自分の欲望より上に置く事はない性格のようだ。はっきり言ってしまえば、邪仙である。
そんな相手に道義を説いても右から左へ抜けていくのが当たり前なので、少し方向を変えて自分の利になる面をアピールするように言葉を選ぶ。
「何も常に厳格な法の下で堅苦しく生きろと言う訳じゃないんだ。俺みたいな妙に突っかかってくる相手を躱す為にも、適度に他人の事を考えてくれないか」
「……そうね。条件次第では、考えても良いわよ?」
「受け入れるかどうかは別だが、とりあえず言ってみたまえ」
「私、田澤さんに惚れ込んだの。暫く一緒に旅をしません? お目付け役になって一緒に動けば、私の事をいち早く止めれるわ」
……真正面から好意を向けられ、表情や態度にも嘘は見られないのだが。
彼女の性格や嗜好から鑑みるに、この態度が続くのは興味の有る内だけだろう。とりあえず飽きるまで俺を持て囃し、気が済んだら勝手に何処へでも行きそうだ。
八雲とは違った方向性での困ったちゃん、さしずめトラブルメーカーと言った所か。関わっても振り回されるだけの気もするが、かと言って放置すればそれこそ被害が広まる。痕跡探しからは遠ざかってしまうが、予期せぬトラブルと言う事で我慢しよう。
「……とりあえず協力はしてやるから、この村の騒動には自分で後始末を付けろよ」
「ふふっ、かしこまりましたわ」
「おお、天女様とお話しをする事が出来たと。いやはや、陰陽師の方と言うのは凄いものですな」
「天女様自身はあの湖が気に入っていたとの事だが、自分のせいでこの村に迷惑がかかるのも嫌と言ってくれた。
今は彼女にあの押しかけて来た男達に自分の村へと帰るよう諭してもらっている、このくらいの罪滅ぼしなら喜んでと引き受けてくれたぞ」
「天女様に頼まれては彼等も大人しく引き下がるでしょうな。貴方様にも何とお礼を言えば良いのか……」
「気にしないでくれ、頼まれた仕事をしただけさ」
その後は朝まで待って、村人や男達が起きだす頃合を見て移動。
多少どころではない不安も有るが、一応男達への対処は青娥に任せ俺は長へ成功と結果を報告する。過程を説明すると非常に面倒なので、報告はごく簡易な物になったが……
村人達だって、問題が解決したと言う事実さえ有れば満足だろう。むしろ村人達の精神衛生の為にも、青娥の本性を言う訳にはいかない。夢は綺麗なままにしておいてあげよう。
「では、報酬の件なのですが……本当に大根、それも10本ばかしで良いのですかな?」
「君達だって自分の生活が有るだろう。それに大根10本と言うのも、そこそこ馬鹿にならない量だ」
「確かにそうですが、貴方様程の陰陽師に適当な報酬とまでは思えませんぞ」
「俺は大根が好きだから、これで十分なんだ。まあ、そこまで言うなら後1、2本追加してくれると嬉しい」
そもそも、ただ働きが気分的に嫌と言うだけで報酬の内容自体には執着が有る訳では無い。
あまりにも割に合わない条件を一方的に付きつけられたのであればともかく、俺から提示した条件なので文句など無い。
しきりに頭を下げられつつ、大量の大根を抱えて長の家を出る。これで、この村での仕事は終わった。本来この村に来た用件である『天女の噂』も、正体を知る事は出来たので問題は無いだろう。
報酬である大根の重みに一仕事終えた達成感を感じながら意気揚々と村を歩いていくと、道の向こう側から青娥が近づいてきた。男達への対処は終わったようなので、どうなったのかを聞いてみる。
「どうやってあの男達を追い払う事にしたんだ? 精神をある程度弄れる君なら、やりようは幾らでも有るんだろうが」
「単に、私は貴方達の事あんまり好きじゃないわって言ってきただけよ。
ただ、思ったよりは皆あっさりと散らばっていったのが不思議ねえ。もう少し、それこそ熱狂的な好意を抱かせていたと思ったんだけど」
「……今から思うと、彼等も災難だったな。妙な術にかけられて動かされ、ようやく目当ての人物に会ったら追い返されるとは」
あっさり帰った、と言うのは『ダンタリオン』による無意識下への拒絶の植え付けが機能したのだろうか。
各々の精神に潜り込んだ俺による誘導も多分に影響していたと考えられ、俺の力で人の精神を操った事を改めて実感する。思わず気が重くなるが、青娥に弱みを見せると厄介になりそうなので誤魔化す。
「それにしても、その大根は何処から来たの? 朝が来たらまずやる事が有るって言ってたのは、畑泥棒かしら」
「盗んだ訳じゃない、正当な報酬だよ。この村の『天女の噂』、それに関わる問題を解決するために仕事を頼まれていたのさ」
「そんな所だろうとは思っていましたわ。それよりも、その大根を旅の最中持ち運び続ける気?」
「流石にその気はない」
各々の男達にかけた『ダンタリオン』の力を解除しつつ、『扉』を開いて大根を突っ込む。
本来の使用用途とは異なる物の、保管手段としてはこれが最も効率的かつ楽だ。文字通り、場所も時間も取らない。
「あら、せっかく私が異空間創造の仙術を披露してあげようかと思いましたのに」
「……異空間創造? 君も割と凄まじいな」
「興味が有るなら私の弟子になって修行してみない? 貴方ならきっと凄い仙人になれるわよ」
「現状で俺は満足しているよ」
適当にあしらいつつ、二人で村を出る。何と言うか、妹紅との旅と違って気が乗らない。
曲がりなりにも好意を向けてきている青娥には色々と失礼だが、どうも近くに居られると安心出来ないと言うか……
はやく飽きてもらい、適当な所で離れてもらおう。それまでに何とか、人の事も最低限考慮してくれるようになって欲しい。
「もう、向上心と好奇心が無ければ楽しく生きていけないわよ」
「それは正論なんだが、君の場合自分の力を見せて自慢したいだけじゃないのか」
「……所で、今なら私のお気に入りの教本も付いてきてお得よ。ぜひ道教を学ぶべき!」
「また露骨な話題変換を……っ!?」
青娥の取り出した本、それを見た瞬間思考が停止する。
これ以上ない不意打ちに、思わず息が止まり冷や汗が流れる。
ある意味で探し求め、ある意味で排除したかった存在。『我等』が同胞たる存在の痕跡、その一端を如実に示す『魔導書』。
「あらあら、この本の凄さを感じて声も出ない? ふふっ、これは曰く付きの凄い書物なのよ。その名も……」
知っている。『俺』はこの世界の誰よりもその記述に詳しい。
『我等』が同胞、もしくはその禁忌の英知を記した外法の魔導書。この旅で否定したかった、宇宙根源的怪異の集大成。
「屍の理を司りし秘術の本、『尸条書』! 何でも、遠い異国から来た原本を訳した物らしいわよ」
……中国語版、『ネクロノミコン』!