この記録は『俺』が閲覧を許可された『本来の田澤昴』の情報、ひいては宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーンの情報。そして『元の世界』の情報を、口語体かつ物語調で記述する物である。
今回は『田澤昴』自身が自らの能力について考察する部分が有り、また『俺』も幾つかの判断材料を有している為、章末には『俺』による能力考察を覚え書き程度に記した。
「いやあ、暑くなってきたな」
「……言わないでくれ、せっかく忘れようとしていたのに」
最近青春が始まりそうで始まらない俺こと田澤昴。大学構内を無心で歩いていたが、友人に声をかけられ思わず集中が途切れる。
そろそろ季節は夏本番、待ちに待った夏季休暇も目前と言った所。……つまり何が言いたいか、わざわざ口にするまでも無いだろう。とんでもなく暑いのだ。
「心頭滅却すれば、ってか? 俺に声をかけられて戻ってくるようじゃ、今まで涼しくも感じてなかっただろ」
「確かにそうなんだけどさ。言葉で暑いと聞くだけで、体感温度が上がる錯覚を覚えるしな」
「それくらい耐えろよ、俺だって今からサークルで汗かきに行くんだぞ」
「……バスケだしなあ」
俺が弱音を吐くと、友人も珍しく愚痴っぽい口調で返してきた。幾ら室内だろうとは言え、このじっとりと暑い中激しい運動をしにいく友人には頭が上がらない。
「その分、飲み会のビールが美味くなるけどよ。ああ、さっさと休暇に入らねえかな」
「後一週間くらいの辛抱だ、何とか乗り切ろうぜ。……そう言えば、そっちは何か予定決まってるのか?」
「ん? 一応サークル連中で海に行くかって話が有るな。まあ、個人的にも彼女と旅行に行くつもりだが」
「畜生、眼の前でさらりと自慢か……」
「自慢って、少なくともお前が言えた事じゃないと思うがな。
最近、いよいよ以てあの二人との関係が近くなってるように見えるぞ。それこそ、誘って海にでも山にでも行けば良いじゃねえか」
いかにも青春を謳歌する若者と言った感じの予定を上げた友人を睨んでみるが、その返答に思考が止まってしまう。
海に三人で行って、蓮子とメリーの水着姿……いかん、危ない。体が更に熱くなってきてしまった。ここは平和に山を散策する姿を想像しよう。
「……一瞬、何を考えたか分かるような表情になったぞ。ある意味安心だけどな」
「む、顔にまで出ていたか。って、何が安心なんだ」
「お前も健全な男だと分かってな。何しろ高校の時からつい最近まで、女と会話してる姿も女の話題出してる姿も見たこと無かったから」
「み、妙な濡れ衣を着せるなよ! 普通に女好きだからな!」
「その言い方もどうかと思うが……まあ、見苦しくない程度に誘ったらどうだ。いきなり海がレベル高いなら軽く飲み会する程度でも良いだろ」
「……うん、海は流石にキツイと思う」
どんなに気温が高い夏であっても、秘封倶楽部は変わらず活動中である。俺は精神集中の難しさを嫌と言うほど体感しながら、いつものサークル部屋に入る。
「あー、田澤ー……今日は、外での活動は少しお休みと言う事で……」
「もう、蓮子! いつもの気力はどうしたの!」
……俺を出迎えたのは、半袖で机に突っ伏し、トレードマークの帽子すら外した蓮子の気怠い声。どうやら俺以上に暑さにやられているようである。
そんな蓮子を鼓舞するように声を上げるメリーにも、幾らかの疲れが見える。蓮子ほどでは無いにしろ、メリーもこの暑さには参っているらしい。俺としては、暑さに対する反応に逆のイメージを持っていたので少し驚く。
「本当にどうしたんだ蓮子、普段の驚異的な元気と行動力が欠片も見えないぞ」
「うるさいわねぇ……この暑さでそんな声を張り上げられるあんたらが異常なのよ」
いつもならキツイ反論が返ってくるような囃し立てを敢えてしてみたが、蓮子はまるで切れ味の無いぼやきを返すのみ。何だか調子が狂う。
「蓮子、せっかく三人が集まったんだから、何かの計画くらい立てましょうよ……実際に動くのは、涼んでくる夕方からでも良いんだから」
「今は何もする気が起きないわ……」
「分かったわ、私達で何か考えておくから。蓮子は、少し休んでて」
「さっすが、頼りになるわねメリー……」
「……重症ねえ」
見かねたメリーが、蓮子に提案する。蓮子は常の彼女からは想像も出来ない間延びした声で返答し、メリーは呆れ顔。俺も普段からのギャップに思わず苦笑する。
「……そんな訳で、蓮子がこの調子だから私達だけで今日の予定を決める事にするわ。
とは言っても、私もあんまり今すぐ動くような事はしたくないんだけど……田澤君は、何か案が有る?」
「そうだなあ……とりあえず夕方まではここで適当に時間を潰す事にして、涼しくなってきたら」
と、ここで先程の友人との会話が思い出される。……ダメで元々、冗談のような感じで言ってみるだけ言ってみるか。
「涼しくなってきたら、境界の探しがてらお酒でも飲みに行ってみるか?」
「あ、良いわねえ……そう言えば、この三人でお酒を飲んだ時はまだ無かったっけ」
「お酒? それなら、私も行くわよ……」
半ば断られる事を承知で言ってみた俺の提案は、思わぬことにメリーにはすんなり受け入れられた。
しかも机に突っ伏していた蓮子も顔を上げ、僅かに活力を取り戻したような表情で賛意を示す有様。意外に、二人とも酒好きだったらしい。
「どこに行く? 居酒屋、それともあの丘で飲んでみる?」
「い、居酒屋はともかく夜に人気のない外で飲むのは危険過ぎないか」
「そこは田澤くんが私達を守ってくれると言うことで」
「前にも言ったけど、俺にそんな期待をされても困る……」
蓮子は相変わらず気怠い調子を崩さないが、その言葉には普段の凄まじい行動力が戻り始めた。
流石に窘めるが、メリーが冗談とも本気ともつかない口調で蓮子を援護し、俺は狼狽えてしまう。幾ら何でも色々と危ないだろう。と言うより、蓮子とメリーは俺に対しても何の危険も感じていないのだろうか。
「まあ、今日飲みに行くんだとしたら無難に店にしておこう。夕涼みで酒を飲むのも風情が有るが、それならそれでしっかり計画を立てた方が良いだろ」
「そうね、お酒の用意もしないといけないから今日すぐは無理が有るわね。近くの居酒屋を探そうかしら」
「……計画で思い出したんだけど、そろそろ夏季休暇じゃん? 旅行の予定も詰めないと」
酒の話題である程度復活したのか、蓮子は唐突に『秘封倶楽部』としての活動に相応しい内容を出してきた。
蓮子の言う『旅行』とは、以前にも話し合った他県の墓場を目指す物。最近は俺の異能が境界の捜索においてほぼ的中すると言う事が明確になっている為、最初に存在を示唆した例の墓場には期待が高まっているのだ。
「そう言えば前も計画を立てるって言っておいて、ここまで引き延ばしちゃったわねえ」
「いい加減決めておかないと、いざ動く時に電車とか乗れないかもよ? ……いや、それは無いかな。京都からだったら、下りだし」
「とりあえずいい機会だから、行った先で何をするかくらいは決めておこう」
此処に至って蓮子は完全復活を遂げたようだ。酒の話題に始まり、目前に迫った境界捜索の予定ともなれば暑さを忘れる程の物らしい。
「それはまず田澤がその墓場に対して何を感じたかにもよるわね。具体的に、どのあたりが怪しいと思ったの?」
「例の雑誌ってまだ持ってるか? 実際に物が有った方が説明しやすい」
蓮子は起き上がって俺に質問してきた。確かに、旅行先に対する事前知識が無いに等しい状態では計画も立てられないだろう。
どうやら此処に置きっぱなしにしていたらしい蓮子から例の雑誌を受け取り、改めて集中し件の墓場に対して感じた違和感を上げていく。
「まず、この墓場には確実に何か『出る』。俺の感覚では、此処は明らかに日常の場所じゃない」
「そりゃあ、お墓なんて日常で通う場所じゃ無いでしょうけど。田澤が言いたいのは、そう言う事じゃ無いのよね」
「日常の場所じゃない、何か出るお墓。田澤くんの感覚が私の境界を見る力に近そうって事も考えると、もしかしてあの世との境なのかもよぉ?」
蓮子が冗談っぽく俺の言葉に返すと、メリーもわざとらしい低い声を出して追従する。とは言え、その予想はおおよそ間違っていないだろう。
俺は未だに自分の異能が感じさせる事象や概念の正体が分からないが、少なくともメリーの言う『境界』は存在の判別が出来る。経験則的に、メリーの能力と俺の能力は近似しているらしい。
「そして、もう一つだが……何故だか桜のイメージも同時に浮かぶんだ」
「桜? もしかして、目の前に広がる一面桜の世界?」
墓場で何か出るなんて、ある意味当然の事である。だからこそ俺は、意外性を感じた方を後に持ってきたのだが……メリーは口頭の説明だけで情景にまで目安を付けてしまった。
「そ、そうだけど……なんだメリー、もしかして君にも見えてたのか?」
「そうじゃないんだけど、お墓で見える桜には心当たりが有るのよ」
「あ、もしかして蓮台野の時の?」
あまりにも正確に言い当てたので、俺が言うまでもない事なのかと慌てて確認を取る。
しかしどうやらこの雑誌からそれを読み取った訳ではなく、以前にも同じような経験をしていたと言う事らしい。
「その様子だと、俺が来る前の事みたいだな」
「そうね、去年の秋ごろ。あの時は二人で蓮台野まで行って……その後は蓮子が何もしないから、私だけ墓石を弄って墓荒らしの真似事をしていたの」
「ごめんって、そんな睨まなくても良いじゃん。確か、あの時は二時半ジャストに桜が見えたんだっけ」
「何という罰当たりな……」
話を聞いてみると、結構凄まじい事をやっていたようだ。
流石に人目に付きやすい時間帯で決行するほど恥を捨ててはいないだろうし、真夜中に墓を弄っていた事になるが……この二人は怖くなかったのだろうか。
「夜に墓を弄りに行くとは……俺なら絶対やれない、やらないぞ」
「あら、そこまで頑なになるなんて。もしかして、怖いの?」
「と言うか、これから行く所も墓場だけど……あれは、夜に行ってこその場所でしょ。田澤だって、墓場に行く事自体には乗り気だったじゃない」
メリーは悪戯気な表情で俺をからかうように見上げ、蓮子は呆れたように諭してくる。
しかしこれについては俺もそう簡単に退けない理由が有るのだ、今のうちに俺の経験を語っておこう。
「俺は夜の墓場で、途轍もない恐怖体験をした事が有るのだ。今でもオカルト好きで、あえて危険を感じる物にも触れる俺だが……アレは、もう二度と近寄りたくない」
「あ、もしかして怪談? 良いわ、暑さ解消の為にもちょっと聞かせてよ」
俺は割と本気で恐ろしさを示したのだが、蓮子は気楽である。とは言え、あの『境を超えた危険』を伝える為なら、とっかかりは怪談でも良いだろう。
「これは俺が十にも満たない、小さな頃の話だ。当時の俺は近所の森を駆け回る、活発な少年だったんだが……ある時、好奇心から墓場を遊び場にした事が有ってな」
「森を駆け回る……今の田澤くんからは中々想像つかないわねえ」
「そうか? 今でもその頃の経験が趣味の一つになっているんだが……まあ、これは話が脱線するな。
ともかく、人気のない墓場に漂う独特の静けさに惹かれた俺は、墓銘を意味も無く読み上げたり、卒塔婆を剣のように振り回したりしていたのだ」
「そっちの方こそ罰当たりな気が……」
俺の語りに茶々を入れるようにメリーと蓮子の突っ込みが入るが、両方とも強くは否定できない部分である。
罰当たりと言う発言にはもはや弁解の余地も無いし、客観的にはインドア派っぽく見えると言う事も自覚はしている。
「そんなこんなで遊んでいたら、いつの間にか夜になってな。
森の中の墓だから、夜になればもう一寸先も見えない。ようやく事態の大きさに気付いた俺は、泣きながらその場にしゃがみ込んで助けを求めた」
「十才にもならない子がそんな所に一人だったら、心細くもなるわよね」
「そう、あの時は本当に怖かった。世界に居るのが俺一人なんじゃないかって孤独感と、得体の知れない不安感。親の名前を呼ぶくらいしか出来なかったよ。……本当の恐怖は、ここからだったんだけどな」
目を開けても閉じても変わらない光景。頬を不気味に撫でる生暖かい風。笑い声にも聞こえる木々がそよぐ音。
それらは確かに今思い出しても恐怖を煽られる程の物なのだが、ここまでなら他の誰かも似たような経験を何処かではしている筈だ。所詮は暗い所で迷子になったと言う程度だし。
「二人も知っての通り、俺はトラブルや不思議を探す異能を持っている。これは物心ついた時には既に有って、当時の俺もその能力を朧げには理解していた。
……そんな俺の感覚が、突然最大級の警告を発したんだ。本能的に、今すぐここから逃げ出さないと大変な事になると悟った。慌てて立ち上がり、涙を拭った時には、俺の背後に『何か』が迫ってきていた。俺は持ち続けていた卒塔婆を後ろに放り投げて、前も見えない中逃げ出した」
「へえ、田澤くんの能力ってそんな事も感じ取れるの?」
「ああ、今でも『一般的な』霊能力者と似たような事は出来るぞ。あくまで真似事をごっこ程度にするくらいだけどな。
……話を戻すぞ。必死に走った俺だが、墓場は決して足場の良い所じゃない。おまけに前が見えないと言う事もあって、何かに足を引っ掛けて転んでしまったんだ」
「ホラー映画とかでよくある展開ね」
「茶化すなよ……真っ暗闇で全力疾走すれば、ある意味当然の事なんだぞ」
「逃げてる最中で転ぶ展開が来たと言う事は、次は追手を見てしまうパターンかしら」
パターンって……いや、実際にその通りなんだけどさ。俺は本当に怖かった体験談を警告の意味で語っていると言うのに、楽しまれると何だか複雑だ。
まあ、これこそが秘封倶楽部か。メリーと蓮子の目は輝きだしているし、もうこのままで良いや。
「結構勢いよく転んでな。その時に腕だったか足だったかを擦りむいて、その痛みで一瞬状況を忘れたんだ。涙を滲ませながら素で立ち上がったら……目の前に、青白い手が沢山」
「おお、本当にこれぞホラーって感じだわ」
「もうその時は何も考えられなかったよ。あまりにも恐慌すると逆に冷静になるって言うのを、俺は初めて実感したと思う」
「いよいよ山場ね、それで田澤くんはどうなっちゃったの?」
「完全に固まってたから、声を上げる事も改めて逃げ出す事も出来なかった。
青白い手は俺を捕まえるように近づいてきて……すり抜けた。俺は『幽霊だから触れないんだな』なんて場違いに冷静な事を考えたよ」
「え、ここでお約束を外しちゃうの? そこは捕まってあの世に連れていかれないと」
「そしたら帰ってこれないだろ! 当時の俺に死ねと言うのか」
今でもあれに掴まれていたらその時点で死んでいたんじゃないかと考えているので、思わず声が大きくなった。しかし蓮子は指を振り、少しだけ顔を近づけて言う。
「違うわよ、連れていかれたあの世を楽しんだら現世に戻ってくるの。
あの世から現世に帰ってこれないなんて誰が決めたの? 境界を暴いて、いつかはその先を見るのが私達秘封倶楽部の使命よ。……現世と冥界、その狭間を幼い頃に見ていたなんて正直羨ましいわ」
最初は得意げに、最後の方は少し悔し気に。蓮子は表情と声色を移ろわせながら、語る。
……現世と冥界? その狭間? 俺が見たのは本当にそんな大層な物だったのだろうか。かなりオカルトチックでは有るが。
「それなら蓮台野の時、蓮子も手伝ってくれれば良かったのに……」
「あれは、ほら。正確な時間と共に墓石を動かすのが鍵だったかもしれない訳でしょ? 私達が力を合わせた結果なのよ」
「今更それを言っても結果論じゃないのよぉ」
メリーと蓮子がじゃれ合う中、俺は投げかけられた言葉を基に考察を始めた。
この仮定において、否定材料として有力なのが俺の異能が単純に幽霊を見る物と言う可能性だ。しかし、これには反証が有る。俺は所謂、『霊感持ち』とはまた別の存在なのだ。霊であれば全て見えると言う訳ではないし、霊でなくとも日常的ではない気配を感じる事が有る。俺が最近発見するようになった境界も、その一例だろう。
「田澤くんも酷いと思うわよね、何か言ってやってよ……田澤くん?」
「黙ってるって事は、田澤も私に賛成って事よメリー」
「もう、都合の良いように解釈して……これは普通に聞こえてなかっただけなの」
しかし、すぐさま『現世と冥界の狭間を見る』が真実とは断定できない。俺は現状で自分の異能を『トラブルや不思議を探す』物としているが、此方でも十分に説明が可能なのだ。
あの青白い手に引っ張られそうになった経験は明らかにトラブルだし、不思議だし……明らかな害意が有ったようなのに俺に触れられなかったのは疑問だが、これはそこまで重要では無いと思う。
「いつまで考え込んでるのかしら、田澤くん」
「思索の時間は結構だけど、人前では止めて欲しいわよねえ……いい加減戻ってきなさいって」
「うわっ!」
突然近くで大きい音がして、俺の意識は深い思考の渦から引き戻された。
見ると、目の前には呆れた表情をした蓮子。どうやら手を打ち鳴らして音を立てたらしい。状況に見当が付いたので、咄嗟に自己弁護混じりの謝罪をする。
「す、すまん。俺の異能について、何か分かりそうな気がして」
「考えるのは別に良いのよ、でも私達を無視するとは良い度胸ね」
「まあまあ蓮子、田澤くんだって自分の力が気になるのよ。田澤くんの力がはっきりしたら、私達だって助かるでしょ」
「そうだけどさあ……同じ部屋の同じテーブルに居るんだから、自分の世界に入り込み過ぎないでよ。せっかく集まってるのに詰まらないじゃん」
「申し訳ない……」
メリーは庇ってくれたが、蓮子の言い分は尤もである。気になる事が有るとすぐに考え込んでしまうのは小さい頃からの悪い癖だ。
「で、何か分かった? やっぱり境界に関連有りそう?」
「いや、生憎そこまでは。せいぜい仮説が増えたってくらいかな」
「すぐに分かれば苦労はしないか……現状でも十分力になってもらってるし、構わないけどね」
確かに今のままでも不便を感じている訳ではないが……分からないままと言うのは何処かもやもやする。
自分の異能をはっきり理解する事が出来ればより秘封倶楽部の力になれると思うし、俺としても興味が有る。やはり、これからも探ってみるべきだろう。
「……あれ? 私達って、最初は何の話をしていたんだっけ」
「それは勿論、旅行の予定決め……」
メリーが唐突に呟いた言葉で俺達は我に返る。これは一応旅行の予定を決める為の話し合いだったのだ。
それが蓮台野での経験に始まり、俺の過去語り、挙句の果てには能力についてのあれこれと、よくもまあここまで話が脱線したものだ。
「と、とりあえず行く先で何が有りそうかは分かったわね。
この様子だと蓮台野の時とあまり変わりはなさそうだし、準備も特に要らないんじゃない? 『入り口』も、その場に行けばメリーと田澤が見つけられるでしょ」
「そうね、今度は蓮子にも色々と手伝ってもらうけど」
「あはは……その時はその時でね。で、移動手段はどうする? 日帰りじゃなければ、泊まる所も必要だし」
「問題はそこね、蓮台野の時は徹夜するだけで済んだけど……このお墓は他県だし」
蓮子とメリーは一気に話を戻していく。無理矢理な話題転換と言えばそうだが、元々はこの話をする筈だったのでおかしい事ではない。
「……泊まる所なら幾つか見繕えるぞ。実を言うと、ここは俺の故郷から近い場所なんだ」
「え、そうだったの? このお墓って遠野市にあるから……岩手県よね」
「場所が既に『出る』って感じのする所ね。田澤って岩手から来てたんだ」
「まあ、な」
生まれも育ちも、それこそ遠野市である。……あれ、何だか嫌な予感がしてきたな。
遠野市に有って『出る』墓場って、まさか例の場所じゃないだろうか。小さい頃の記憶なので、体験した事はともかくどういう場所だったかはもう忘れてしまっていた。雑誌の写真を見ても、違うのかどうかすら分からない。
……もしも同一の物だったら、リベンジと言う事で頑張るしかないだろう。流石に二人の前で逃げ帰るのは止めておきたい。
「それなら、移動手段も田澤が地元に帰る時の方法で良いんじゃないかしら。田澤にとっては帰省も兼ねるし、一石二鳥よ」
「私達も東北まで遠征した事は無かったから、観光にもなるわね」
「そう、だな」
蓮子とメリーは思わぬ所で算段が付いたと喜んでいる。しかし、俺は何とも複雑な気分になっていた。
何というか……恥ずかしいのだ。この客観的に見ても美人な二人を連れて故郷に帰る事になるとは、俺にとって正に青天の霹靂。そこはかとない満足感と、何とも言えない羞恥心に苛まれる。
「あ、そう言えばね田澤くん。蓮子は、東北人はのんびりしてる、なんて決めつけた偏見を言った事が有るのよ」
「な、なにっ!? 聞き捨てならんぞ、それは!」
「ちょ、ちょっと待ってよメリー。それは悪意ある抜粋よ、そんな風には言ってないわ」
「……似たような事を言ったってのは、否定しないんだな」
「た、田澤も本気にしないでよ。物の例えで、インド人とセレブと並べたの。ほら、精神的に急かされない豊かな生活を送っている人達よねって」
「む、そうか。インド人に、セレブか」
「それで納得しちゃうんだ、田澤くん……」
「真実は常に人の心を打つ物なのよ」
「今のはセレブって言葉に気を良くしただけでしょ」
三人であれこれと騒いでいる内に、俺の中にあった僅かな戸惑いは消えていた。
境界を探しての遠征であって、これは別に意識するような事ではない。この二人を見るに、俺の事をそう言う意味で意識しているようにはまるで見えないので……むしろ意識する方が、俺の自意識過剰と言えるのではないだろうか。
俺は再びじゃれ合い始めた蓮子とメリーを見て、苦笑した。
さて、今回の記録の再生はここまでとする。
記録の再生を行う度、『俺』の人格と『田澤昴』の人格、その細かい差異が目立つようになってきた。とは言え、前提として『俺』は数万年以上を生きた魔法使いとしての立場が有る。『田澤昴』が普通に年を重ねたとして、この人格が維持される事の方が考え難い。
これはこれで、良いのだろう。
『田澤昴』の能力に対する仮説として、現状での考察を並べる。
まず、現実と幻想に関わる物である可能性。これはかなり確からしいと言えるだろう。『俺』が意識せず口走った言葉が第一の判断材料だが、今回の記述でも『田澤昴』がそれに近い部分で反応を示していた。勿論思い違いと言う可能性は否定できないが、他の部分において目立った反応が無い以上これを最も信頼性の高い仮説とする。
次に、この仮説をもとに判断を進める。現実と幻想に関わる物だとして、何故この時点の『田澤昴』はそれを正しく認識出来ていないのか。これについては、そもそも能力の適用範囲が曖昧と言う部分に起因するだろう。前回の記述も含めて考えるに、彼の能力は通常の感覚の延長線上にある物と推察される。物が見える、音が聞こえる、それらと同様に『トラブルや不思議』を感じていたと考えられる。原理を理解する事が必ずしも必要とはされない能力である筈だ。
以上の事から、『田澤昴』の能力は外に向けて影響を及ぼす物ではなく、自らの内面に機能する、もしくはそれを誘発する物。幻想に対する『第六感』を与える能力ではないかと現状では結論付ける。
今後も新たに得られる情報が有ればそれを反映させ、更に確からしい仮説の構築を行うべきだろう。
『田澤昴』の記録の再生、そして八雲紫と博麗霊夢に対する感情の無秩序な氾濫を抑える為には、確かな情報を得ていて損は無い。