旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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今回から新章に入ります。楽しんで頂ければ幸いです。


現と幻を往く旅人
旅人、境界を超え再び幻想の地を踏む


 あの破滅の真相を知ってから、俺の旅はその目的を大きく変えた。

同胞の痕跡探しについては既に目標を達成していると判断してそれ以上の捜索を打ち切り、新たに捜索対象となったのは『田澤昴』の大切な人の記憶と言う何とも曖昧な物。

どこかで記憶がフラッシュバックしていると言う仮説を頼りに、それまでの旅で辿ってきた道筋を逆進行しながら手掛かりを血眼になって探していく先の見えない旅。最初からある程度向かうべき場所に見当が付いていた痕跡探しの旅とは違い、ひたすらに苦行を強いられる作業であった。

 

 そんな旅の中であっても、自らの余計な介入によって発生した破滅を背負っていながらも、行く先々での人助けを止める事は出来なかった。

流石に二の足を踏む部分が多く、特に魔法は全く使用しない些細な物では有ったが、『俺』は自信に溢れた賢人の仮面を被りつつ、相も変わらず仮初の救世主として行動していた。

それは俺が『田澤昴』としての存在意義に自信を喪失してしまったが故の、何とか自尊心を保とうとする惨めな虚勢だったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大型輸送船に潜んで密入国した俺は、魔法で姿を消したまま日本の港に降り立ち周囲を見回した。

西欧で産業革命が起こったのも今や昔、人間が科学と言う力を手に入れ未知を切り開いていく時代。この国の首都の名も、江戸から東京と改められて久しい。

まあ、俺は江戸が成立するよりも前から日本を離れていた訳なのだが。

 

 

 「……感慨深い物は有るが、見える光景があまりにも変化していると懐かしいと言う感想は抱けんな」

 

 

 小声で愚痴のような言葉を漏らしつつ人気のない路地に入り込んで姿を現し、何食わぬ顔で表通りに戻る。

そのまま暫く歩いてみて周辺の地理と交通機関の情報を確認し、現在地からどう移動すれば最も効率的な旅が行えるかを考える。幾つかは様々な要因によって物理的に訪れる事が出来なくなっている所も有るだろう。

……そう言えば、幻想郷はどうなのだろうか。幻想の否定される時代において、通常の手段では妖怪も神も実体を維持する事は出来ない。まさか八雲が何も対応をしていないと言う事は無い筈なのだが、その対応によって幻想郷がどのようが状態になっているのかを俺は知らない。

まずは旅の順番を変えて、幻想郷の現状を見てみるべきだろうか。俺としても、久しぶりに会いたい人達が居る。

 

 

 「流石に徒歩で入れる場所ではなくなっているだろうし、『扉』でも使うとして……数日ほどはこの近辺を見回ってみようか」

 

 

 適当に予定を立て、それを周囲に聞こえない程度の声量で口に出す事で考えを纏める。

個人的な物とは言え目的の有る旅だが、少しくらいは意識して余裕を作った方が良いだろう。せっかく訪れた場所を無視して進んでいては、あまりにも風情が無い。

 

 幸い、この時代のこの国において俺の風貌はやや奇抜と言う範囲に収まる。その奇抜さも主に黒コートに由来する物であり、俺自身の姿は背が高いと言う以外は実に平均的な日本人そのものである。

金が無いので食事や宿泊を行う事は出来ないが、もともとそれらは俺に必要ない。わざわざ俺に付き纏って行動を監視するような物好きでもなければ、意識せずとも俺の存在は疑問視されないだろう。

元々戸籍が曖昧だったり、妖怪退治屋を名乗れば大抵どうにかなった時代ではないので、下手に目立つような事をしたくない俺としては非常に助かる。警察沙汰になって名前を残すのは色々な意味で避けたいからだ。

いざとなれば精神操作で切り抜けられるのだが、それは最後の手段にしておきたい。

 

 行動計画が脳内で纏められた事によって、それまで無意識に歩いていた足を偶然目に入った図書館へ向ける。

とりあえず金を必要とせずに有意義な時間を過ごせる場所でも有るし、その地域や時代の文化や風俗を知るには本を読むべきだと言うのが俺の自論である。

 

 

 「ふむ、俺の知るこの時代と大差は無いな……妙な運命すら感じるよ」

 

 

 特に咎められる事もなく図書館に入館した俺は、簡単な情報収集を行う。

新聞のバックナンバーや刊行されている雑多な書籍を閲覧する限りでは、俺の知識通りの時代と考えて良さそうだ。これまでも漠然と想定していたが、この世界は『田澤昴』が元居た世界とほぼ同一の歴史を辿ってきていると言う事らしい。

 

 図書館で果たそうとしていた目的は早々に達成してしまったが、今の所は他に用事もないので読書を続ける事にした。

この時代において大真面目に魔法について記した書物は期待出来ないが、少なからず妙な曰くを持った本と言うのは存在する。

それらを探す作業は時間を忘れて楽しめる物だし、わざわざ神秘的な方面に拘らなければ興味を惹かれる書物は幾らでも有るのだ。

 

 思わぬ所で見つけた文学作品に嵌っている内に、いつの間にか日が落ちて閉館時間が近づいてきた。

手元にあった本を片付け、そのまま退館しようとした俺は……図書館に満ちる異常な暗さと静けさに違和感を覚えた。

 

 

 「姿を隠していないで、目の前に出てきたらどうだ」

 

 「失礼、私にも事情と言う物が有ってね。こうして声だけで会話させてもらうとするよ」

 

 

 この異様な静寂は何者かによって生み出されている。そう気付いた俺が周囲の気配を探りつつ言葉を投げかけると、意外にもあっさりと返事がきた。

しかし声の主は慇懃そうな様子を隠そうともしない上に、その返答自体は俺の要求に答えていない。内心で相手の思惑を考えていると、声の主は男とも女ともつかない声色で俺に話しかけてきた。

 

 

 「手短に言わせてもらうが、君はこんな所で油を売っていて良いのかい? 君の目指す幻想の郷が、今まさに危機を迎えていると言うのに」

 

 「……どういう事だ」

 

 「どうも何も、そのままの意味だよ。詳しい事情は君が実際に確かめれば済む事だ。単純な話だろう?」

 

 

 それだけを言うと、慇懃な声の気配は唐突に消えた。結局相手の正体は分からなかったが、何故か俺を今すぐに幻想郷へ向かわせたいらしい。

初対面どころか顔すら見せてもいない相手の言動を素直に聞き入れる気はないし、とても信じられないが……危機とまで言われればどうしても不安が煽られる物である。

どうせ数日以内には転移しようと思っていた所だったのだし、今の言葉が単なる騙りだったとしても俺に対して特に不利益は無いのだ。

 

 少し迷った後、幻想郷に向かう予定を早めた所で問題は有るまいと判断して幻想郷に繋がる『扉』を開く。生じた青い空間の裂け目に体を潜り込ませ、俺は図書館より幻想郷へ転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『扉』の開いた先は、鬱蒼と茂る木々に囲まれた野山だった。俺の記憶通りなら、この場所は鬼や天狗が拠点としていた『妖怪の山』である筈。遥か昔、酒に酔いつぶれて醜態を晒したあの広場の近辺と言った所だろう。

 

 

 「……何やら騒がしいな、喧嘩と言うには規模が大き過ぎる気がするし」

 

 

 四方八方から不穏な気配を感じる。やはり、あの慇懃な声が伝えてきたように危機とやらがこの幻想郷を襲っているのだろうか。

殆ど信じていなかったあの言葉が急に現実味を帯びてきて、漠然とした不安感は焦燥感に取って代わる。ここ最近全く使用していなかった愛用の刀を『扉』から取り出し、魔力で身体能力を強化して臨戦態勢に入る。詳しい情報を探るため、最も近い争いの気配に向かって走る。

 

 近づいていくにつれて、徐々に聞こえてくる音がはっきりしてくる。荒れ狂う暴風、木々がなぎ倒される轟音、その他判別の難しい戦闘音。

俺の気配探知と組み合わせて考えると、どうやらごく少人数によるかなり激しい戦闘が繰り広げられているようだ。しかも、その戦闘には俺の式神も参加しているらしい。

 

 八雲に伝えていたように、俺を模したあの式神は決して戦闘力は高くない。精々最低限の自衛が出来るくらいで、妖怪の全力に正面から立ち向かえる力は持っていない。

基本的に戦闘を回避するような判断をするあの式神が激しい戦闘を強要されていると言う事は、余程切羽詰った状況に追い詰められているとしか思えない。それが式神自身の判断なのか、あるいは命令を下した八雲の判断なのかは分からないが、どちらにせよ危険な状態だ。

 

 

 「……吸血鬼か!」

 

 

 生い茂った木々を抜け、視界が開ける。これまで木々に遮られて視認できなかった戦闘の光景が飛び込んできた。

戦闘を行っていたのは射命丸と、見覚えのない薄水色の髪の少女。見知らぬ少女は蝙蝠のような翼と遠目に見ても分かる鋭い爪を持っており、おそらく吸血鬼だろうと推測される。……俺の式神も居るには居たが、胸に大穴を開けて斃れていた。

 

 

 「射命丸! 今、援護を!」

 

 

 声を張り上げるが、俺の声をかき消すような轟音を立てながら戦闘しているせいで聞こえていないようだ。

吸血鬼の右手に強大な魔力が集中し始め、射命丸はその動作を妨害しようと突風をぶつけるが、集束した魔力の余波に遮られ相手まで攻撃が届かない。

射命丸が対処に迷った一瞬の隙に吸血鬼の攻撃準備は整ってしまい、魔力で構成された真紅の巨大な槍が射命丸に向かって放たれる。射命丸はその攻撃を回避不可能と判断したのか、暴風を巻き起こして迎撃を選択する。

 

 

 「あれは……不味いな」

 

 

 しかし、それは正しい選択ではなかった。元々拡散しやすい性質の風では、面攻撃には効果を発揮出来ても点攻撃に対しその真価を発揮出来ない。

現在は均衡しているようだが、あれでは槍が射命丸の防御を突破するのは時間の問題。俺は即座に魔力を練り上げ、『我等』の片鱗たる魔法を構築。槍ごと巻き込む奇襲を吸血鬼に叩き込んだ。

 

 

 「……『大地を縛る星の網』!」

 

 「がっ!?」

 

 

 内界に宿る記述を励起、時空干渉能力を重力操作術式に転用、異界の法則を以て世界を攻撃する。

『我等』の力によって突如引き起こされた局地的な重力異常は吸血鬼と槍を撃墜。吸血鬼は超重力によって地面に押し潰され、魔力で構成された槍も凄まじい軋みを立てながら砕け散った。

 

 

 「助けに来たぞ、射命丸」

 

 「田澤さん!?」

 

 

 突然の出来事に動揺している射命丸に声をかける。吸血鬼も俺の存在に気付くが、展開された重力結界の影響を受けて視線を向ける動作で精一杯のようだ。

詳しい事情が良く呑み込めないが、少なくとも射命丸や俺の式神に敵対的だと言う事は十分に把握出来た。確認をしないで攻撃を仕掛けてしまったが間違った対応では無かった筈だ。

 

 

 「抵抗は無駄だ、吸血鬼。もう逃げられんぞ」

 

 「お前は……ふん、そう言う事か」

 

 

 状況から考えて、この吸血鬼は周囲から感じる不穏な気配、争いの原因の一端を担っているだろう。

反抗的な吸血鬼に大人しくする事を勧めるが、苦し気な表情では有る物の諦めたような様子を見せず悪態をついてくる有様。……考えられるのは切札が残っているか、単なる虚勢か。

僅かな疑問と警戒を抱きつつも、射命丸に説明をもらおうと吸血鬼から意識を外した瞬間。

 

 

 「『アンドラス』、隙を作れっ!」

 

 「なっ、ソロモン72柱の悪魔だと!? それに、その召喚術式は……っ!」

 

 

 吸血鬼は自らの魔力で瞬間的に召喚術を構築。呼び掛けた悪魔がソロモン72柱の悪魔だと言う事にも驚いたが、最も衝撃を受けたのはその召喚術式が俺の物と酷似していた事。

予期せぬ動揺に対処のタイミングを逸し、不自然に広がった吸血鬼の影から悪魔が出でる。黒狼に跨り、天使と見まがう姿をしながらも大鴉の頭を持った異形。序列63番の悪魔、『アンドラス』である。

……召喚自体は許してしまったが、この悪魔を放っておく気は更々無い。対抗するように『扉』を開き、魔力を注ぎ込んで俺も悪魔を召喚する。

 

 

 「ソロモン72柱が内の序列33番、西方王『ガープ』! 奴の引き起こす闘争の狂気を鎮めつつ、速やかに敵を撃滅せよ!」

 

 

 『アンドラス』は直接的な戦闘能力も脅威だが、真に厄介なのは周りの者に破壊衝動を植え付け自滅を促す能力だ。

これを対処する為には、精神操作能力を有しつつ更に『アンドラス』を上回る戦闘能力も持つ悪魔の召喚が必須となる。俺が今回選択したのはソロモン72柱が内の序列33番に位置する『ガープ』。召喚にも維持にも多大な魔力が必要となるが、それだけの価値は有る強力な悪魔だ。

 

 『ガープ』は『アンドラス』の撒き散らす破壊衝動の波動を精神操作の応用で打ち消し、苦し紛れに振るった剣を逆に打ち払ってダメージを与える。戦闘はかなり優位に進んでいる。

 

 

 「やはり、この力では敵わないようね。……屈辱的だけど、撤退するわ」

 

 「次は『セエレ』の転移魔法、君は一体……」

 

 

 2柱の悪魔の戦闘を見届けず、『セエレ』の力で転移魔法を発動する吸血鬼。如何に重力結界で物理的な移動を縛っていても、転移魔法による範囲外への離脱までは対応できない。

この場で逃がすべきでは無いと思うのだが、『アンドラス』を放っておく訳にもいかないので仕方無く見逃し2柱の戦闘に意識を向ける。吸血鬼は撤退と同時に『アンドラス』への魔力供給を絶ったらしく、目に見えて能力が低下。

元々の格自体も此方の方が上位に位置し、供給されている魔力量も大幅に上回っている状況で苦戦する筈も無く、『ガープ』が降り下ろした大剣は『アンドラス』を構えた剣ごと斬り裂き消滅させた。

 

 

 「終わった、の?」

 

 「吸血鬼との戦闘がひとまず終息を迎えた、と言う意味ではな。……さて、俺は事情を良く知らない。詳しく説明してくれないか」

 

 「私もそうしたい所なのですが、そろそろ藍さんの引き連れた増援が来る筈です。どうせなら落ち着いてから説明した方が効率的ですし、それまで待っていた方が良いと思いますよ」

 

 「……不特定多数に俺と式神を同時に見られるのは避けたいな、回収しておこう」

 

 

 無残な姿を晒してしまっている俺の式神に触れ、疑似的な肉体を構成している妖力を拡散させ御札に戻す。

とりあえず俺が帰ってきたらこの式神は隠す必要が有るのだし、いつまでも俺と同じ姿のスプラッタを眺め続ける趣味も無い。

 

 

 「そう言えば田澤さんはいつ幻想郷に戻ってこられたのですか? 冷静に考えると幻想郷は結界で閉ざされましたし、簡単に行き来出来ない筈では」

 

 「ああ、やはり物理的な移動は出来ないようになっていたのだな。……戻ってきたのは本当につい先程だ、この辺りは藍にも伝えるべき事だから後で詳しく話す」

 

 

 丁度その時妖怪達の気配が近づいてきた。藍の気配も感じられるので、これは敵ではなく射命丸の言う増援とやらだろう。

一旦会話を中断して増援と合流。式神が上手く立ち回ってくれていたのか、藍以外の妖怪達は数百年も幻想郷を離れていた俺に対して先程まで共に行動していたかのように接してくる。彼らに話を合わせて疑問を抱かせないようにしつつ、成り行きに任せて事情を知る者と情報交換出来る機会を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まずは二人とも、現在の状況を説明してくれ。何が起こっているのか、まるで分らないのだ」

 

 「では、とりあえず簡単に纏めましょうか。気になる点が有りましたら遠慮なくご質問を」

 

 「後から補足するべき点があれば、私も口を挟ませてもらうとしよう」

 

 

 吸血鬼を追い払った事は相当な戦果だったらしく、祝勝ムードで酒盛りを始めた山の妖怪達。

中心に引っ張り出された物の何とか理由を付けて抜け出してきた俺は、簡易な休憩所に藍と射命丸を呼び寄せ情報交換を提案した。

俺の方には殆ど説明する事が無いので手早く済ませ、二人に幻想郷で起こった出来事の説明を要求。射命丸は自ら偵察した事を元に大筋を、藍は山の妖怪上層部から得てきたと言う情報を教えてくれた。

 

 そもそもの由来は吸血鬼が自らの屋敷と共に、外界から幻想の存在を呼び寄せると言う結界の作用で幻想郷に引き寄せられた事によるらしい。

現れた吸血鬼は各所に襲撃を仕掛け、幻想郷全土を巻き込む大規模な戦闘が勃発。人間を襲う機会が少なくなり弱体化していた幻想郷の妖怪は、吸血鬼が召喚する悪魔の力も有って現状で苦戦を強いられている。吸血鬼の軍門に下った妖怪も少なからず居るらしい。

 

 

 「そう言えば、あの吸血鬼が召喚した悪魔について田澤さんは何か知っておられるようでしたが」

 

 「そ、そうなのか? 知っている事だけで良い、何か少しでも教えてくれると助かる」

 

 「……あの吸血鬼は、俺も従える『ソロモン72柱の悪魔』を召喚していた。実際にその内の1柱の召喚と、もう1柱の加護を使用をこの目で見たから、この点に間違いは無いだろう。

  そして厄介な話だが、もし72柱の悪魔の全てを十全に扱えるのであれば恐ろしい事になるぞ。圧倒的なカリスマを発揮する事も、未来予知的な戦略を立てる事も、敵対する相手を容易に洗脳する事ですら可能なのだから」

 

 「それは本当に恐ろしいですね……でも、それって田澤さんも同じ事が出来ると暗に言っているような物では」

 

 「俺は絶対にこれらの力を悪用しない。信じてくれ」

 

 

 二人に対して、ソロモン72柱の悪魔の力を軽く説明する。とは言え俺が最も疑念を抱いているのは召喚術式の方なのだが、その辺りは説明を避ける。

ここを詳しく説明する事になると当初の目的からずれてくるし、そもそも俺自身も上手く説明出来る気がしない。青娥にすら教えていないような術式を、何故会った事もない相手が使用しているのかなど俺の方が知りたい。

 

 その後は藍の補足説明で細部の疑問を解消し、現在の状況については把握。今後の対応や俺の身の振り方についても打ち合わせる事が出来た。

 

 

 「大体の事情は分かった。最終的には八雲の力で吸血鬼を抑え込むと言う計画なのだな」

 

 「何やら幻想郷の結界に怪しい干渉が有ると言う事で、現在はそちらに集中されておりますがね。とりあえず直近の対応としては、各所に展開された吸血鬼配下の妖怪達の撃破になる。……可能ならば田澤殿にも人里周辺の防衛をお願いしたい」

 

 「現在は山の妖怪と人里の有志の混合編成で防衛に当たっていますが、人間側の戦力は一部の精鋭以外ぱっとしないのです。……その精鋭には愛しの妹紅さんが含まれていますよ、田澤さん?」

 

 

 二人から事情を聞き、どうやら俺は人里の防衛隊を援護する必要が有りそうだと確認。

射命丸は妹紅が防衛隊の一員である事を愉快そうに教えて、反応を伺うように口許を隠しながら上目使いで見上げてくる。

 

 

 「確かに妹紅の事は心配だが、愛しのとはなんだ。俺達はあくまで師匠と弟子なのだと何度言ったら分かる」

 

 「あやや、やっぱり心配なんですね」

 

 「それは当たり前だろう、弟子の事で気を揉まない師匠など……いや、居ないとは言い切れないが」

 

 

 弟子と聞いて青娥が思い浮かんでしまい、思わず語勢を弱めてしまう俺。妹紅ならばともかく、青娥に対して身を案じるかと言われるとどうにも。

……それにしても、妹紅か。いざ顔を合わせる段階になると、緊張すると言うか何と言うか。確かに長期間離れるとは伝えたが、まさか数十年どころか数百年も離れておきながら今更師匠面して会いに行くのも気まずい。

 

 

 「と、ともかく。明け方にでも俺は人里へ向かう事にする。ここの防衛は大丈夫なんだな?」

 

 「ええ、吸血鬼の足止めを行った私こそ危なかったのですが……他の妖怪達は大きな被害を出すことなく撃退に成功しています」

 

 「兵力を山に集中させてきたら、適当に時間を稼ぎつつ敵の本陣を叩く用意も出来ている。拠点は既に、判明しているのでな」

 

 「拠点が判明しているのなら、単身で奇襲を仕掛けたい所なんだがな……」

 

 

 見も蓋もない話、全魔力を注ぎ込み『アモン』を太陽神の姿で召喚すればデイウォーカーでも無い限り吸血鬼はお終いだ。

二人の話では今まで吸血鬼は夜にしか戦闘に参加していなかったとの事だし、太陽光に対して耐性を持っている訳では無い筈。

まあ、拠点内部の情報が少ないのに態勢を整えず突入するのは悪手だ。勇んで突入して罠に嵌められたり、仕留めきれなかった時の事を考えるとリスクが大きい。俺にとって、魔力を使い切ると言うのは大変よろしくない事態な訳だし。

 

 

 「随分な自信ですね、幾ら田澤さんと言えどそれは承諾しかねますよ。田澤さんは人間……に、人間ですよね?」

 

 「今の間は何だ、失礼だぞ射命丸。誰が何と言おうと、俺は人間だ」

 

 「自称何万歳で、事実不老で、数十の悪魔を従えて吸血鬼すら追い払う力を持っているのに、ですか?

  ……よく考えると、何で今まで田澤さんの事を詳しく記事にしなかったのでしょう。ほとぼりが冷めたら、取材させてもらいますね」

 

 「それ、今の状況で言う事かよ……」

 

 

 流石に大言壮語と取られたのか諌めるように声をかけてくる射命丸だが、途中で焦ったように言葉を濁す。

それに対して強く主張し返すと、射命丸は実に私的な話題を振ってきた。やや呆れながらも、断ると面倒な事になりそうなので適当に頷いておく。

……ふむ、そろそろ情報は出揃ったようだな。もう良い頃合だし、終わりにしようか。

 

 

 「ありがとう、二人とも。助かった、これで行動の指針が出来た」

 

 「いえいえ、お気になさらず。田澤さんが力を貸してくれるのであれば、私達としても助かりますので」

 

 「うむ、それでは人里の防衛に当たる事で協力させてもらうとするよ。……そうだ藍、あの式神は此方で回収しておいた。もう必要は無くなったのだし、返してもらうぞ」

 

 「異存はない、紫様にも伝えておく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明け、日が差し込み始めた時間帯。周囲の妖怪達に人里の防衛に回る旨を話した俺は、射命丸に見送られて人里に向かおうとしていた。

 

 

 「伝令によって向こうには既に田澤さんの情報が伝わっていますが、詳しい自己紹介等は田澤さん自身に頼みます。

  手の空いている天狗が片手間に最低限の事を伝えただけですので、本当に大まかな事情しか分かっていないと思うんですよ」

 

 「色々忙しい中の対応だからケチは付けないさ」

 

 

 戦場で一番のタブーは誤っていたり不足していたりする情報を伝えてしまう事なのだが、これはそこまで重要な物でも無い。

そもそもこんな事態が初めてであろう幻想郷に、最善を要求する程酷な事も無い。むしろ現状で良く頑張っている方だと思う。

 

 

 「それでは行ってくる。何か情勢が変わったら、教えてくれ」

 

 「了解です。幻想郷最速を以て情報をお伝えしますよ」

 

 

 最後に互いに挨拶を交わし、別れる。飛んで妖怪達の方に帰った射命丸を軽く眺めた後、俺も『扉』を開く。妖怪の山から、遠目に人里を確認する事が出来る小路に転移した。

 

 

 

 「……まあ、最後に見た時よりは余程進歩しているか」

 

 

 幻想郷の人里は、数日前まで見ていた外界の街並みとはギャップが有りすぎた。

人里は近代的かと思っていたが、これでは妖怪の山の方が進んでいるようにも見える。見かけ倒しなのかもしれないが河童は大掛かりな機械装置を所持していたし、天狗にも携帯電話のような物を持っている者が居た。

 

 

 「妖怪や神は科学によって存在を危うくされたと言うのに、人間より進んだ科学力を持つとは……」

 

 

 逆に、だからこそなのか? 自らの存在を危うくする対象を自分達で管理する事で、その力が振るわれる事が無いようにする。

考え方としては有りそうだ。そう考えると人里があの形態なのも納得が行く。人間が科学を手に入れた結果が外界の姿だからな。

八雲は数百年前の時点で凄まじい先見の明を発揮していたし、人間側が力を持たないようにとの策略か。幻想郷は妖怪の楽園、穿った見方をすればはっきり言って人間は餌。人間が過剰に力を持っては困ると言う事だろう。

言いたくなかったのか遠慮したのか藍はその辺りを明言しなかったが、食糧としての人間は今もどこからか供給されている筈だ。

 

 幻想郷の裏事情に自分勝手な想像をしながら歩いていると、人里が間近に迫っていた。

人里の入り口には簡易な関所のような場所が設けられ、そこを複数の人間や妖怪が守護している。俺は良い印象を与えるように振る舞いつつ、外側から声をかける。

 

 

 「済まない、俺はこれまで妖怪の山を中心に各所を回って防衛に当たってきたが、此度人里の防衛を新たに担当する事になった者だ。ついては、人里に入れてくれると有りがたい」

 

 「そう言う話は聞いていないが……本当なのか? 吸血鬼の回し者ではないだろうな」

 

 「え、いや、山の妖怪からは伝令が行っていると聞いていたが」

 

 

 関所の柵ごしに俺の応対に当たった女性は、怪しい者を見る視線を向けてきた。予想していなかった、まさかの展開である。

どう説明すれば事情を理解してもらえるだろうかと焦りながら、何とか警戒を解こうと口を開いた所で様子を窺っていた妖怪達が素っ頓狂な叫びを上げた。

 

 

 「まさかお前は、鬼を酒盛りで下したと言う伝説の妖怪退治屋!?」

 

 「何だと、ここ最近は妖怪の賢者と共に行動していると噂が有るあの人間か!」

 

 「俺は天狗から、平安貴族の娘を拐って不死にした陰陽師だと聞いたぞ」

 

 「そうだ、確かにその人間が人里へ来るとは聞いていた。夜に天狗が来ていたが、皆に伝えるのを忘れていたよ」

 

 「ちょっと待ってくれ、伝えるのを忘れていたって何だ」

 

 

 色々と言いたい事が出来る会話を始めた妖怪達だが、とりあえず重大な事を漏らした妖怪への抗議に留めておく。妙な所に突っ込んでいては話が拗れるからだ。

 

 

 「……私も流石にどういう事情が有るのか予想が付いたが、改めてお聞きしたい。私は上白沢慧音、貴方の名前は?」

 

 「今出た情報で特定されるのもかなり複雑だが、敢えて聞かなかった事にしよう。俺は田澤昴、人間だ」

 

 「貴方が、田澤昴か。妹紅から貴方の話は聞いている、先程は失礼な対応をしてしまい申し訳無い」

 

 「別に気にしていないさ、今の状況では無理のない事だろう。……妹紅の知り合いか?」

 

 「ええ、妹紅とは長く付き合わせてもらっています。さあ、どうぞ中へ。彼女は貴方に会いたがっていますよ」

 

 

 先の対応の詫びと言う事なのか、一旦持ち場を離れて俺を人里へ案内してくれる上白沢。

現在の危険な情勢を想像させない賑わいを見せる人里を歩く事数分、子供達の盛り上がる声と共に懐かしい声が聞こえてきた。

 

 

 「と言う訳で、竹トンボは軽く羽根の付け根を捻っておくと良く飛ぶよ。ほら、こうやって火で炙れば」

 

 「わー、スゴい! ありがとう、もこさん!」

 

 「もこさんは何でも知ってるね!」

 

 「もこじゃ無いんだけど……今さら良いけどね」

 

 

 子供達の歓声と共に聞こえる、快活な妹紅の声。随分と久しぶりに聞くその声に、万感の思いが込み上げてくる。ようやく、俺は戻ってきたのだな。

 

 

 「妹紅、私は子供達の自習を手伝ってやってくれと頼んだつもりだったのだが」

 

 「あー、慧音。最近忙しくて遊んでやれなかったからさ、ここらで埋め合わせを……」

 

 

 上白沢が妹紅に声をかけ、振り向いて決まり悪そうに返した妹紅。頬を掻きながら弁解を始めようとした妹紅は、上白沢の隣にしれっと立っている俺を見付けて目を見開く。

 

 

 「う、うむ。久し振りだな、妹紅」

 

 「た、田澤? 本当に、本当の本当に田澤? 例の式神でも無く? 八雲が化けてたりしない?」

 

 「何故そこで八雲が化けていると言う発想が……正真正銘の田澤昴だよ」

 

 「う、うぅ、ううう……」

 

 

 もしかして八雲にそんな事をされていたのだろうか等と考えながら返答すると、妹紅が俯いてすすり泣き始めた。

突然の出来事に動揺して、あたふたしながら宥めようとすると妹紅は大股に近付いて来てがっしり抱き締めてくる。

 

 

 「遅い! 私が、どれだけ待ったと…… ああ、苛々する! 離してやらない!」

 

 「えっと、何と言うか……済まない」

 

 

 遅いと言われれば、済まないとしか言いようがない。幾らなんでも数百年は長過ぎだ。

俺としても気恥ずかしい物は有るが、妹紅が止めるまでこのままにしておいてやろう。せめてもの罪滅ぼしだ。

目を丸くしている上白沢と子供達に囲まれる中でそんな事を考えながら、強く抱きしめてくる妹紅に髪を撫でてやる事で返してやるのだった。

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