旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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旅人、花に心身を傷付けられるのこと

 「えー、あー、おほん」

 

 「……今更誤魔化しても遅いと思うぞ」

 

 

 数分程俺を抱きしめていた妹紅は、上白沢や子供達の信じられない物を見るような視線に気付いてようやく離れた。

涙を拭いつつ咳払いをし、しかめっ面を作りながら何事も無かったかのように振る舞おうとする妹紅だが、幾ら何でもそれで印象は変わらないだろう。

……ここまで周囲の人間が驚いていると言う事は、妹紅はこれまで相当に凛々しく振る舞っていたのだろうか? 俺が離れていた数百年の間にどのような振る舞いをしていたのか、気になる所だ。

 

 

 「え、えっと。田澤は人里に援護しに来てくれたのか」

 

 「大体その通りだ。八雲が本腰を入れて動き出す時に要所が落ちていては困るからな、ひとまず人里の防衛に力を貸そうと思い立った」

 

 

 妹紅が露骨に誤魔化そうとしているので、深くは突っ込まず事情を説明する。

人里に来た用件をその背景も含めて伝えると、俺の言葉を聞いて少しの間考え込んだ上白沢が場所の移動を提案してきた。

確かに穏やかではない話なので、これ以上外で続けるのは気が引ける。頷いて了承の意を示し、上白沢に付いていく事にした。

 

 

 「……ふむ。田澤殿、とりあえず私の家に来てくれないだろうか。立ち話でする話題でもないでしょう」

 

 「了解だ、再び案内を頼もう」

 

 「あー、皆。私達はこれから大事な話が有るので、今日の自習は無しにしよう。他の人に迷惑をかけないようにしながら、各自好きなように遊んでいてくれ」

 

 

 子供達に指示を出した上白沢は先頭に立って歩き出す。それを追って俺も移動を始めると、妹紅も俺の横に並んで付いて来た。まあ、普通に考えれば妹紅も話に加わる筈なので当然の事では有る。

周囲の人達の不思議そうな視線を浴びながら暫く三人で歩くと、中々に立派な純日本風屋敷の前に到着した。中に入り手頃な大きさの座敷に案内され、そこに腰を下ろした俺達は早速先程の会話の続きを始める。

 

 

 「まず、前提として田澤殿に言っておかなければならない事が有る。人里の殆どの者には、幻想郷の現状が正しくは伝えられていない。

  妖怪同士の抗争があって巻き込まれるかもしれないから、人里の外へ出るのは控えてくれとしか教えていないんだ。例外も有るが、基本的にこの事は隠しておいてくれ」

 

 「人里の恐慌を回避する為の情報統制か。確かに幻想郷その物が危ういなんて言う訳にはいかんな」

 

 

 新しく現れた吸血鬼によって妖怪が攻撃され、人里も襲われる可能性が有るなんて言われてもどうしようも無いだろう。

現在防衛に当たっているような少しでも対応出来るような力の持ち主はともかく、単なる一般人がそれを伝えられた所で困るだけの筈だ。

 

 

 「正直に伝えた方が良いんじゃないか、って私は思ったんだけどね。騙しているようで、気が引けるし」

 

 「事実を伝える事が、必ずしも正しい訳じゃない。人里の皆が戦える力を持っていたならまだしも、徒に不安を煽ってもしょうがない」

 

 「それは理解出来るんだけどさ、少しは納得いかない部分も有る。とは言っても、結局は事実を隠す事に協力してる訳なんだけど」

 

 

 成程、心底から賛成はしていないが決定に反対する気も無いと。重要性自体は分かっているからこその対応なのだろう、公私の区別と言った所か。

 

 

 「今の所、人里の中では特に問題は起こっていません。一部の者が慌ただしく動いている事も、何とか誤魔化す事は出来ている。

  ただ、外と言うか、人里の防衛は頭を抱える所です。見ての通り山の妖怪からも援護は有りますが、負傷する者も増えてきている」

 

 「私も全力で協力してるけど、いくら追い払ってもキリが無い。奇襲しては退却をひたすら繰り返す奴等だからね、だんだん疲れが溜まってくるよ」

 

 「何とも戦略的な物だな……吸血鬼の入れ知恵だろうか」

 

 

 もしくは、吸血鬼が召喚した悪魔の指示か。外からの援護が有るとは言っても、基本的に人里側は籠城する以外に方法が無い拠点。ゲリラ戦でジリ貧になると、かなり不利だ。

 

 

 「……そう言えば、一つ聞きたい事が出来たんだが。そんな状況で、よく一般人を誤魔化せるな? 人里に近付かれてからの戦闘では様々なリスクが有るだろうに」

 

 「私と慧音の力で、外の妖怪が見えないように結界を張っているからね。事情を知らない人には、平穏無事な光景に見えているよ」

 

 「何? 幻影を見せているのか?」

 

 「大体その通りです。私の能力で防衛戦の歴史を隠し、妹紅の呪術で敵の侵入や流れ弾を防ぐ結界を張っています。

  ただ、人里全てを覆うような規模の維持は中々負担が大きい。防御能力にも限界が有るので結局は防衛が必要になるし、妹紅も私も全力で戦闘に参加出来ない状態になってしまった」

 

 

 歴史を隠すとは、また曖昧な物だな。事象の否定は流石に有り得ないだろうし、ある種の認識操作や記憶操作を行う物と考えて良いのだろう。

ともかく、二人はこの結界の維持に気を揉んでいるらしい。確かに人里の防衛には欠かす事の出来ない物だが、そのせいでジリ貧になっていては元も子もない。……ここは俺も力を貸さなくてはな。

 

 

 「それならば俺も結界を補強しよう、負担は肩代わり出来る筈だ。

  そしてもし自由行動を許してくれるなら、人里の外を巡回してみたいのだが……駄目だろうか」

 

 「ちゃんとした目的が有るなら私は止めないよ。結界を補強してくれるってだけでも大助かりだしね」

 

 「妖怪の賢者とも並び立つとされる方の判断なのだから、私も反対はしないが……理由はお聞かせください」

 

 「人里の周囲を中心に幻想郷を見て回りながら、敵の妖怪達を確認してこようと思っている。

  人里にこのまま一撃離脱を繰り返されるのは避けたいし、可能ならば人里に攻撃してくると言う妖怪達に圧力をかけておきたい」

 

 「随分と張り切るなあ、田澤が強いのは知ってるけど無茶しないでよ? 本当なら私も付いていきたいくらいだけど……」

 

 「妹紅、それは流石に困る。いざ防衛戦となった時、妹紅が居ないとなると影響は大きい」

 

 「……まあ、そう言う事だからさ」

 

 「大丈夫だ、一人での対処が難しそうであれば下手な事はしない。人里から長時間離れる気もないし、夕方になる前には戻るよ」

 

 

 俺の勝手な行動を受け入れてくれるのは非常に有りがたい。早速行動を開始する事にする。

まずは結界の補強だ。上白沢の屋敷を基点として張られたと言う結界に干渉し、そこに俺の防御魔法としての性質も付与させる事で強度を大幅に向上させる。

これならば、妹紅や上白沢が結界維持に回していた分の力を自分達に戻しても悪影響は出ない。結果的に負担は軽くなるだろう。

 

 

 「随分と久しぶりに田澤の魔法を見たけど、やっぱり手際が良いなあ。こう鮮やかに結界を弄られると自信を失うよ」

 

 「今更な話だが、妹紅の師匠は凄まじい方なのだな……」

 

 「一応は数万年以上生きている魔法使いなんでね。本職の部分で負けてはいられないさ」

 

 

 俺が数秒で結界の再構築を完了させると、様子を見ていた二人は唖然とした様子で声を漏らす。

敢えて語弊を恐れずに言えば、これは当然の結果でも有る。何の分野でもそうだが、やはり経験の差と言う物は大きい。単純計算でも妹紅と俺には十倍以上の時間差が有るのだから、むしろ勝っていなければ恥ずかしい。

……とは言え、客観的に見て現在の俺の行動は、援護に来たと嘯いておきながら結界を強化しただけで出ていくと言う不真面目な物だ。この信頼を裏切らないようにしなければな。

 

 改めて気を引き締めた俺は二人に一旦別れを告げ、人里の外へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある程度の高度を維持しつつ怪しい妖怪の気配を探って飛び続けている物の、今の所大きな発見は無い。途中で神社を見付けたので、それが発見と言えばそうなのだが……不思議な事に人の気配を感じなかった。

藍や射命丸と交換した情報によるとあれは博麗神社と言う場所の筈で、そこには幻想郷維持に最重要な人物であるとされる『博麗の巫女』が住んでいると聞いていたのだが。まだ幼い子供らしいし、誰かに保護されているのだろうか。

 

 あれこれ考えながらも気配探知を続けていると、離れた位置に群を為している妖怪達が網にかかった。

この状況下において、特定の拠点に留まっている訳でもないのに徒党を組む妖怪と言うのは吸血鬼側の者達と判断しても支障はないだろう。尤も、頭から決めつけず最低限の確認は取るつもりだが。

これが人里に攻撃する要員であろうとなかろうと、吸血鬼側の戦力ならば削っておくに越した事はない。そう結論付けた俺は目標を絞り、気配を感じた方向へ急行。しかし、そうして辿り着いた場所は何とも意外な場所だった。

 

 

 「……向日葵畑?」

 

 

 発見した怪しい妖怪の集団は、何故か向日葵畑に向かって攻め込んでいた。何故そんな所に大挙して攻め込む必要があるのか分からず、どう対応した物か判断に迷っていると……突如閃光が奔り、轟音が鳴り響く。

向日葵畑の中から放たれた、どこかで見覚えのある極彩色の魔力砲が攻め入った妖怪達の大半を吹き飛ばしたのだ。

 

 今ので大体の事情は理解出来た。あの向日葵畑を拠点としている存在をかなりの脅威と見て、大勢で踏み込んだと言う所なのだろう。それでも戦力が足りなかったのか、一回の迎撃で半壊しているが。

しかしそんな明らかに不利な状況になったにも関わらず、無事な妖怪達は攻撃のあった方向に躊躇する様子を見せず突撃していく。戦略的にも心情的にも、あんな攻撃を目の当たりにしたら退却したくなると思うのだが。

……一応、援護しよう。もしかしたらあの魔力砲は連発出来ないのかもしれないし、とにかく吸血鬼側の妖怪は止めなければならないのだ。

 

 そう考え、飛行速度を上げて戦闘の行われている地点を目指す。

背の高い向日葵と地形で視界が遮られる中、気配を探って移動する事数十秒。向日葵畑の中心地に辿り着いた俺がそこで見付けたのは、色々と衝撃的な光景だった。

 

 

 「この程度の連中が掛かってきた所でどうにもなりはしないのに。少しは楽しめるのが来ないかしら」

 

 「……」

 

 「気に入らないのよね、その腑抜けたような眼。大方今騒ぎを起こしてる奴に何かされたんでしょうけど。

  いくら吹き飛ばしても殴っても抉っても千切っても嘲っても、泣き言の一つ漏らさないなんて虐め甲斐が無いわ」

 

 

 累々と横たわる妖怪達の中心で、たった今倒されたと見える妖怪の頭を踏みにじりながら詰まらないと呟く無表情な緑髪の少女。

左手に持った日傘は肉とも血ともつかない何かがべったりと付着していて、右手は血で真っ赤に染まっている。 服や顔にも返り血が付き、何とも凄惨な姿をしていた。

 

 

 「それで、さっきから突っ立ってる貴方は何か用……あら?」

 

 「……こんな所で再会するとは思わなかったが、久しぶりだな風見。千年近く前に会ったのが最後か」

 

 「田澤昴? あれは人間だった筈だけど……その気取った面を見るに、どうやら本物のようね。吸血鬼の眷属にでもなった?」

 

 「俺は吸血鬼の側に付いている訳では無いし、更に言えば不老なのも俺自身の性質だ。ここには君を援護しに来たんだよ、一応な」

 

 

 向日葵畑のバイオレンスな少女は、遥か昔に一度だけ遭遇し戦闘した事も有る風見だった。

風見は以前に人間と名乗った俺が千年近く時間が経過している現在でも生きている事に疑問を覚えたようだが、どうやら同一人物と認めてくれたらしい。

しかし俺がこの場に居る理由を吸血鬼の配下になったからと判断したらしく、威圧するような笑顔を浮かべながら面白そうに日傘を揺らし始めた。このまま誤解で無駄な戦闘が始まっては困るので、すぐさま事情を説明する。

 

 

 「そう言えば、いけ好かない隙間妖怪の下で動く黒ずくめの男が居るって噂を聞いた事が有ったわね。貴方の事かしら?」

 

 「恐らく、俺だ」

 

 「どうして自称人間が千年近く生きているとか、妖怪の下で妖怪退治屋が動いていたとか、それは興味ないけど」

 

 

 そこで言葉を切り、自然な素振りで踏んでいた妖怪を蹴飛ばしながら俺を正面から見据える風見。

……もう嫌な予感しかしない。しかも、気配から察するに周りの妖怪達が一人も『死んでいない』と言うのが更に末恐ろしい所。

まさかここまで派手に惨状を演出しておいて、誰も殺したくない等という殊勝な心がけが有るとも考えにくい。生きている方が苦しみは長く続くから、とかそう言う嗜虐的な判断の結果だろう。

 

 

 「単刀直入に言うわ。私と戦いなさい」

 

 「俺に利点の無い勝負だ」

 

 「勝負を受けて、私を楽しませてくれたら貴方に協力するわよ? 断ったら、どうなるでしょうね」

 

 

 確かに風見が味方になるのは心強すぎる。地の利が有るとは言っても一人で数十の妖怪を蹴散らすのは只事では無い。

逆に言えば、吸血鬼側に付かれるのは最も避けなければいけない事だ。ここで頑なに拒否してへそを曲げられても困る。

……昨日は『ガープ』の召喚、今日は結界の補強と、連続して魔力を消費してきた。風見程の相手と真正面から戦闘する余裕はあまり無いのだが。

 

 

 「……分かった、受けよう。ただ、やるからには必ず協力してもらうぞ」

 

 「それは貴方次第だけど、満足出来たら協力は惜しまないわ。……ふふっ、また会えて嬉しいわ、田澤昴っ!」

 

 「出来れば俺は会いたくなかったよ……」

 

 

 風見は一足に俺の間合いまで踏み込みながら、血濡れた日傘を振り下ろしてくる。俺も『扉』から鞘に入ったままの刀を取り出し、魔力で身体能力を強化しつつその攻撃を防ぐが……

 

 

 「その程度で私に敵うと思っているなら失望するわね!」

 

 「これでは、足りないか」

 

 

 俺の身体能力強化が不足しているのか、はたまた風見の腕力が純粋に俺を上回っているのか。

前回の戦闘時には防げていた攻撃だが完全に押し負け、鈍い衝撃が体に走る。身体能力では敵わないと判断し、刀をずらしてその勢いを受け流す。

込めていた力をあらぬ方向へ流された事で、風見の体勢がぐらついた。その隙にすかさず抜刀、居合い斬りの要領で風見の日傘を持った手に刀の峰をぶつける。

しかし、峰打ちが当たる寸前で風見は自ら日傘から手を離し俺の一閃を回避する。そのまま風見はしなやかな動きで極近接距離に滑り込み、逆に隙を作ってしまった俺の胴に拳を直撃させた。

 

 

 「ぐ、がっ!?」

 

 「ははっ、肋骨の2、3本は逝ったかしら」

 

 

 勿論俺も拳が胸に突き刺さるのを黙って見ていた訳では無く、自分から地面を蹴って吹き飛ぶ事で可能な限り衝撃を分散させた。

しかしそんな小細工も無意味とばかりに、物理的にも魔法的にもかなりの耐久力を有する俺のコートの上から骨まで砕ける程の衝撃が叩き込まれた。飛びそうになる意識を引き留め、何とか追撃を躱すべく魔法を発動させる。

 

 

 「げほっ、がはっ、『バアル』!」

 

 

 ソロモン72柱が内の序列1番、東方王『バアル』。その能力を俺の魔法として発動させる事で俺の姿と気配、生じる音までも完全に隠蔽する。

この力なら短時間は確実に居場所を隠せる。弱点としては範囲攻撃だが、辺りの花を吹き飛ばす事になるし魔力砲を手あたり次第に放つと言う事は無い筈。今の内に体勢を整えて反撃を……

 

 

 「いくら姿を隠したって無駄よ。居場所くらいここの子達に聞けばすぐに分かるわ、見えない何かが自分達に触れていると教えてくれるものね」

 

 「ちいっ……!?」

 

 

 風見は『バアル』の力で不可視になっている俺に向かって再び拳を振り下ろしてきた。何とか魔力防壁を展開して防ぎ、すぐさま距離を取る。

風見の口振りでは花に触れなければ姿を隠せるようだが、この向日葵畑でそれは少し無理が有る。魔力の無駄になると判断し、『バアル』の加護を解除。その分の魔力で回復魔法を発動し、肉体と骨格の再生に回す。

 

 

 「そう、そういう眼よ。不屈の闘志で向かってくる相手、その心を折るのが快感なの」

 

 「……高尚な御趣味をお持ちの事で」

 

 

 痛みは無視出来るレベルまで落ち着いた。しかし回復はした物の安定しているとは言い難い骨へのダメージを考慮すると、派手に動くのも考え物だ。

以前の勝負を決めた超加速魔法も、下手を打てば盛大な自滅になる恐れがある。そもそも、今の風見に対して決定打になるかも怪しい。とにかく現状では体勢を整える事が最優先と判断、回収していた式神を発動させ時間を稼いでもらおうとするが。

 

 

 「あら、分身? 奇遇ね、そういう力は私も使えるわ」

 

 「おいおい……」

 

 

 何処からか現れた風見の分身体が俺の式神と交戦する。時間を稼ぐ為の手段にもあっさりと対抗策を打たれてしまった。

あまりにも酷い展開を見た俺の口からは思わず引きつった声が漏れ、目ざとくそれを見つけた風見は嘲った表情で挑発してくる。

 

 

 「まさかこれでお終い? 見た目の変化は無いようだけど中身はしっかり衰えているようね、ご老人?」

 

 「……吠えたな小娘」

 

 

 言われっぱなしになるのは好きでは無いので、挑発に返しておく。しかしこの状況はあまり余裕が無い。

重力操作を始めとする大規模な攻撃魔法は、近接戦闘の技量に長けた風見には発動時の隙を突かれて潰されかねない。

ソロモン72柱の悪魔もほぼ同様の理由で召喚は難しい。隙ばかり作って魔力を無駄にする結果にしかならないだろう。

かと言って、持久戦は最も悪手だ。骨にダメージを受けている以上長期戦はリスクが大きいし、勝負を決めるならば速攻しかない。

 

 

 「……腹を括るか」

 

 「あら、ようやく本気になってくれたみたいね」

 

 

 何も俺の魔法は隙の出来る物ばかりではない。ソロモン72柱の悪魔も、召喚して攻撃するだけが能では無いのだ。残された手段は少ないが、全く存在しない訳ではない。

 

 

 「『サレオス』『アンドラス』『マルコシアス』! 我が魔力と血肉を糧に、汝らの力を借り受ける!」

 

 

 3柱の悪魔の加護を同時に発動。そして意識を維持する為に必要な分を除いた、残りの魔力を全て肉体の強化に回す。

『サレオス』の力で屈強なる武力を、『アンドラス』の力で灼熱の闘志を、『マルコシアス』の力で冴え渡る技巧を。そして、それらを底上げする魔力による身体能力の向上。これらによって、接近戦で勝負を決める。

 

 

 「……さっきの拳の礼がしたい。君にも同等以上の苦痛を味わってもらおう」

 

 「どうぞご自由に。貴方にそれが出来るのならね」

 

 

 軽口を叩きあった直後、数メートル程開いていた互いの間合いが消えた。勢いよく武器が交錯し、刀と日傘はそれぞれ弾かれる。

俺も風見も弾かれた自分の武器に意識を向けず、勢いのままに徒手にて攻撃を続ける。先程は打ち負けたが、3柱の加護と魔力を注ぎ込んだ結果として互角以上の戦闘能力を得る事となっている。魔力が持つ内は、俺の方が優勢だ。

 

 風見の攻撃を躱し拳を振るう。紙一重で防がれたが、そのまま腕を掴み力任せになぎ倒す。

馬乗りになって殴り合いに持ち込もうとしたが、風見は倒された勢いを活かして体を反転。追撃に入ろうとした俺の顔面に痛烈な蹴りを当ててきた。

一瞬意識が飛んだ隙に、風見も俺を地面に引き倒す。何とか振り払おうとと苦し紛れに振るった腕は冷静に対処され、お返しとばかりにその腕を握り潰しつつ馬乗りになってきた。丁度俺の狙いをやり返された形になってしまう。

利き手である右手の手首が潰れたが、その痛みに構ってはいられない。風見が頭を狙って振り下ろす拳を何とか体ごと揺さぶる事で回避。風見の視界から外れた左手で襟元を掴んで勢いよく引き寄せ、蹴りの意趣返しとばかりに鼻っ柱に頭突きを当てる。

悶絶した風見をはね飛ばしつつ続けざまに胴を狙って正拳突き、潰れた右手を鞭のように無理やり動かして追撃。流石の風見もこの連撃には耐えかねたようで、中途半端な体勢で意識を朦朧とさせる大きな隙を作った。すかさず足払いをかけて、再び地面に押し倒す。

 

 風見に対処する余裕を与えない内に何とか勝負を決めるべく、こみ上げる衝動に突き動かされるまま鳩尾にひたすら連打を叩き込む。意識が戻った風見に左腕を掴まれるが、手首の状態を無視して右腕で殴る。一撃ごとに俺の骨が砕けていくが構わず殴る。砕けた骨が皮膚を突き破り血が噴き出ようが殴る。左腕の拘束が緩んだのでそちらでも殴る。右手が完全に潰れたので左腕のみで殴る。左腕も軋み始めたが殴る。殴る、殴る、風見の反応が無くなろうが……

 

 

 「っ!? 『アンドラス』、お前の加護は解除だ! これ以上は要らない!」

 

 

 戦闘によるダメージと極度の集中状態に入ったせいで、完全に『アンドラス』の破壊衝動に飲まれていた。咄嗟に解除し意識を引き戻す。か、風見は……

 

 

 「かざ……」

 

 「中々やる、じゃない。流石に、ここまでとは思って、なかったわ」

 

 「済まない、風見! 今すぐに回復魔法をかける!」

 

 

 焦って風見の状態を確認すると、余裕そうな表情で憎まれ口を叩いてきた。しかしその声は空気の掠れる音が混じり、瞳にも輝きは失われている。満身創痍である事に疑いはない。

残りの魔力を全て風見への回復魔法に当て何とか治療を試みるが、ダメージが大きい上に魔力が残り少ないので良い効果が見込めない。戦闘が終了していた式神も回収し、その分の魔力も使ってみるが付け焼刃にしかならず。

 

 

 「そうだ、俺の血を……っ!」

 

 

 俺の右手首から流れる血を風見の口に含ませ、飲み込ませる。

その後直接風見へ魔力を流し込み、俺の血と反応して活性化した魔力を操作して俺が自身に使う物とほぼ同等の回復魔法を発動させた。

 

 

 「別に手助けは要らないわ、このくらい数日で回復するもの」

 

 「それが本当だとしても放っておけるかよ。しかもこれは俺がやった事だ、責任を取らなくてはなるまい」

 

 「いちいちそんな事を考えながら戦っている訳? 貴方と戦う時点で私はこうなる事も覚悟していたの、単なる自己満足に付き合わせないで欲しいわ」

 

 「……まだ君の体力は戻っていない筈だ、今は口を開かないで休んでいた方が良い」

 

 

 ある程度は回復したのか、張りの戻った声で俺の回復魔法を拒否する風見。

つい先程まで満身創痍であったのにそんな事が言えるとは凄まじいタフさだが、幾らなんでもそれは受け入れられない。風見の言う通り自己満足である事は認めるが、俺は限度を超えて相手を傷付ける気はないのだ。明らかにやり過ぎているので、最低限の治療をするのは俺の義務だろう。

……とは言え、俺も不味い状態になってきた。3柱の悪魔の加護と身体能力強化が消えたので、ぎりぎりで保たれていた肉体が限界を迎えている。右手は見るも無残な事になっているし、戦闘中は無視していた肉体の各部の痛みが酷い。おまけに魔力不足による意識の空白が現れ始めたので、あまり悠長にしてもいられない。

 

 

 「依姫の時と比べれば……まだマシか」

 

 

 あの時は肉体へのダメージはほぼ皆無だったが、魔力が完全に底をついていた。俺の場合肉体の損傷よりも魔力切れの方が致命的なのだ。

風見の外傷は殆ど消えたので、残りの魔力を何とかやりくりし俺の肉体の傷を何とか塞ぐ。周りで横たわる妖怪達は……まあ、気休め程度に魔法をかけてやろう。

そうこうしている内に魔力の残量がそろそろ危なくなり、眠くなってくる。俺の回復に必要な魔力消費も有るのでこれ以上無理は出来ない。

 

 

 「『セエレ』、彼等を幻想郷の辺境にでも飛ばしておけ」

 

 

 それでも、これはやっておかなければならない事だ。あまりにも見ていられなかったので僅かに回復の手助けをしたが、彼等は本来俺の敵である。

この場に残しておいて再びこの向日葵畑や人里にでも攻め込まれては堪らないので、そう簡単には復帰出来ない場所に行ってもらおう。風見にやられた傷は……後は自力で頑張ってくれ、ゆっくり休めば自然回復出来ない事もないだろう。

 

 俺のコートは自身の血に染まってしまったので後で洗う事にし、今は脱いで『扉』の中に放り投げておく。

ついでにいつの間にか眠っていた風見を担いで自らも『扉』に入り、出口を上白沢の屋敷へと繋げる。風見を傷付けたのは俺であり、そして回復させたのも俺だ。最低限の治療は済ませたからと置いていくのも、中途半端なようで気が引ける。

 

 

 「……意識を失った女性を担いで勝手に移動するのも、気が引けるってレベルではないな」

 

 

 傍から見れば婦女誘拐であり、俺が殴って気絶させたも同然と言う背景も加えると、非常に良からぬ匂いのする行動である。

まるで強姦……いや、止めておこう。この辺りを考えていくと俺の精神衛生上、とても宜しくない。妙な下心は全く無いので、堂々としていればよい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ほら慧音、田澤が転移する時にはこんな感じに空間の裂け目が出来て……誰だよ、その女」

 

 「済まない二人とも、失礼な頼み事だとは承知だが、布団を貸してもらえないだろうか」

 

 「そ、そうは言うが田澤殿……もう少し詳しく状況を伝えてくれないと、私達としても対応に困る」

 

 

 上白沢の屋敷に戻ってくると、妹紅が俺の開いた『扉』について解説している場面だった。

女性を連れて帰ってきたかと思えば早々に布団を要求すると言う非常識極まりない俺の行動に、上白沢が困惑しながら尤もな言葉をぶつけてきた。

俺も流石に言葉が足りないと思ったので、弁解するように続ける。

 

 

 「予期していなかった展開になってな、この女性……風見幽香と言う妖怪を休ませる必要が有るんだ。

  話せば長くなるのだが、俺も割と限界が近い。少し仮眠を取ったら必ず事情を話すから、今は休ませてくれないだろうか」

 

 「風見幽香……もしかして何時ぞやの花妖怪? 何でまたあんな恐ろしい奴を連れてきちゃったんだよ……

  それに田澤が眠くなるのって、魔法も使って全力で動いた後じゃなかった? もしかして戦ってきたのか、危ない事はするなって言ったのに」

 

 「私達は、互いの肉体と体液を情熱的にぶつけ合ってきたのよ」

 

 「ふーん、体液を……って!?」

 

 

 目を覚ましていたらしい風見が、俺に背負われたままとんでもない爆弾発言を投下した。

いや、確かに言葉の意味として間違ってはいないが。それだけを聞くと、どうにも誤解しか生まれないような……

 

 

 「こ、こんな非常事態によくもそんなふざけた事を! 田澤なんて、なんて、う、うぅ、だ、大嫌いだ!」

 

 「えーっと……私も流石に聞き捨てならないぞ。詳しい説明はしてもらえるのだよな?

  いや、事が事だし黙秘権は有ると思うのだが、常識的に考えて不謹慎と言うか、何と言うか、その」

 

 「全て誤解だ、まず肉体と体液の解釈が間違っていてだな」

 

 「素敵だったわ、行為の最中の田澤は。強い衝動に突き動かされて、瞳が爛々と輝いていたのも印象的よ。

  私の事しか見えないみたいにひたすらお腹を突いてきてね、経験した事の無い衝撃にすっかりやられちゃったの」

 

 「だ、だから誤解を招くような表現は止めてくれよ風見……」

 

 「熱い体液を私の中に流し込んだ後、田澤は『責任を取らなくてはなるまい』って言ってくれたわ。これはもう、そう言う事よね?」

 

 「や、やめろっ! もしかしなくても、さっきの仕返しのつもりだな!?」

 

 

 僅かに頬を赤らめるという芸の細かい事までやってみせる風見。それで話す内容が淫猥な雰囲気を醸し出す物だから、誤解は更に加速する。

妹紅の視線はそこらに打ち捨てられた汚物を見るような物となり、上白沢も醜いけだものを見るような温かみのまるで感じられない視線を向けてくる。何という理不尽だ。

ああ、肉体にもガタが来ているというのに、こんな大変な状況で言葉を尽くして弁解しなければならないとは……思わず魔力切れ以外の要因で意識が遠くなる。このまま眠ってしまいたいが、それが一番不味いしなあ……

 

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