旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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旅人、幻想の地にて一時の休息を取る

 「……と、こう言う事が有ったのだ。妙な思い込みをされては困るぞ」

 

 「ふん、それでも風見とは随分仲が良くなったみたいだね」

 

 「まあまあ妹紅。焼き餅を焼く気持ちは分からないでも無いが、彼は皆の為に行動してくれたのだ。真摯に事情を説明してくれた以上、素直に受け入れるべきだぞ」

 

 「私だって、それは分かるけど……って、慧音! 焼き餅って、どう言う意味だよ!」

 

 

 精神的にも肉体的にも色々と追い詰められた状態の中、俺は何とか風見を引き離して事情を説明する事に成功。

最初は冷ややかな視線を向けてきた上白沢も、俺の多大な努力の結果何とか正しい事情を理解してくれた。未だに口調は刺々しい物の、妹紅も一応は矛を収めてくれるらしい。

上白沢の言葉に妹紅が噛みつき、二人で微笑ましい言い争いを始めた光景を見て緊張の糸が切れる。今まで堪えていた眠気を抑えられなくなり、体がぐらついてしまう。

 

 

 「ああ、済まない。特に問題は無いさ」

 

 「いや田澤殿、流石に休まれた方が良いでしょう。貴方を誤解で引き止めた私達に、言える事では無いのですが」

 

 「……ここで倒れられても困るからね、客間まで案内する。風見も、大人しくしているなら相応に扱うよ」

 

 

 思わず無意味に取り繕ってしまったが、上白沢も妹紅も俺の体調を案じてくれる。

続けて妹紅は成り行きを傍観していた風見にも視線を向けて、遠回しにその身を気遣う様子を見せる。風見はそれが意外だったのか、僅かに目を丸くして軽口を叩いた。

 

 

 「もっと直情径行で感情的な奴だと思ってたけど、気が利くじゃない。そうね、田澤と同室にしてもらえるかしら」

 

 「出来る訳ないだろ、全く…… 馬鹿な事を言える余裕が有るんだったら自分で歩けよ」

 

 

 風見の妙な言動も軽く受け流し、適当に返す妹紅。

対応に随分と余裕が有るのは、やはり俺が離れている間に成長していたと言う事なのだろう。先程の件で風見の言葉を真に受けても仕方がないと分かった、と言う面も多分に影響しているとは思うが。

 

 

 「ありがとう上白沢、悪いが少し横にならせてもらう。正直に言うと、結構不味い状況なんでな」

 

 「悪いと言う事は有りませんよ、少しと言わず暫く休んでいてくれて大丈夫です。妹紅、田澤殿の案内は任せたぞ」

 

 「はいはい、ここでは寝ないでね。引っ張ってやるから、もう少し我慢しろよ」

 

 

 言っている最中またもや体がぐらつき、今度は妹紅に支えられる。いよいよ体は限界のようで、意識を保つ事で精一杯になってきた。

上白沢に頭を下げつつ、妹紅に引っ張られて客間へ向かう。これ以上無様な姿は見せられんと意地で平静を装い、歩きながら疑問に思った事を問いかけてみる。

 

 

 「妹紅、上白沢は人里でもかなりの立場に有るのか? この屋敷も相当広いが……」

 

 「まあね、人里の守護者なんて言われてるし。この家は当時の大工が特別豪華な家を作ろうって意気込んだ結果だよ。

  慧音は一人で住むのに大きくても困るなんて言ってたけど、大工も中々譲らなくてさ。結局母屋より離れが広くなった」

 

 「そうか。皆に慕われているんだな」

 

 

 当時の大工という言い方や、この家の構造から見て少なくともここ数年で建った家では無いのだろう。

ざっと数十年は昔だと仮定して、その頃から人里で慕われる有力者だったという事か。それにしても……

 

 

 「だがそうなると、上白沢は既に人里で長く生きているんだよな? よく人間から排斥されていないな」

 

 「まあ、最初来た時は私も慧音も色々言われたけどね。でも、辛抱強く頑張ったら心を開いてくれた。人と関わる事の楽しさを教しえてくれた田澤のおかげだよ」

 

 「……俺が妹紅の人生に良い影響を与えられたなら、これほど嬉しい事は無い」

 

 「もう少し改まった状況だったら、その言葉にも素直に感動出来たんだけどね。ほら、布団は敷き終わったよ」

 

 「な、何? 何時の間に布団を」

 

 「……思ったより重症だね。まさか部屋に入った時点で意識が飛んでるとか言わないよね?」

 

 「言われてみると、そもそも入室した記憶も無いな……」

 

 「ど、道理で不自然にふらつき始めた訳だ。ゆっくり寝てろ、もうこのまま朝まで休んでいた方が良いって」

 

 

 会話をしながら廊下を歩いていたつもりだったが、ふと気が付くと畳の敷かれた部屋に立っていた。

意識が飛んでいる事自体を認識出来ないのは、本当に危ない兆候だ。僅かに呆れた表情の妹紅に布団へと押し込まれる。

 

 

 「いつもの外套は脱いでるし、その服は特に汚れてる訳でもないから着替えなくても問題ないでしょ。疲れが癒えるまでごゆっくり」

 

 

 俺を布団に入れた後、妹紅は一言二言残して静かに部屋を出ていく。色々と気を遣わせてしまったようだ。

今は妹紅達の気遣いに答える為にも回復に努めなければなるまい。援護に来ておきながら魔力切れで足手纏いになるなんて間抜けな事態を招く訳にもいかないし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かな暗がりの中、唐突に目が覚めた。周囲にはいつの間にか殺気が満ちていて、その気配はゆっくりと此方に近づいてくる。

寝起きであるが瞬時に意識は覚醒、そしてこの気配の主にも見当が付いたので溜息を吐きながら起き上がる。既に普通の行動に支障が出ない程度まで回復していたのは有りがたい。

 

 

 「風見、用事が有るならせめて普通に入って来いよ」

 

 「こんな夜更けに狸寝入りしてまで、私を待っていてくれたのかしら?」

 

 「何と白々しい……ついさっきまで安眠していたよ、生憎な」

 

 

 俺の部屋の前で止まった気配の主。放っておいてこれ以上妙な事をされても困るので声をかけると、そこに居たのは俺の予想通り風見。

殺気を出していたのは俺を起こす為だったようで、風見はあっさり殺気を消して返答。そのまま遠慮する様子も見せず戸を開け、我が物顔で入室してきた。

 

 

 「一応聞いておくが、君の体調は回復したのか?」

 

 「それはもう、きっちりと睡眠も取れたし万全よ。むしろ貴方こそ本調子では無さそうだけど」

 

 

 態度や行動について言いたい事は色々有るのだが、おそらく口に出しても意味は無いと判断。それらを問うのは諦めて風見の体調を確認してみる。

すると風見は好戦的な輝きを取り戻した瞳で俺を見つめながら答え、返すように俺自身の不調を指摘してきた。どこでどう見破ったのか分からないが、中々鋭い。

 

 

 「後数時間も眠れば戻るさ。……君が妙な事をしなければ、何事もなく回復して朝に目覚めていた筈なんだがな」

 

 「それは悪かったわね。でも、私にも急ぎの用事と言う物が有ったのよ」

 

 

 自分で聞いておきながら悪いとは少しも思っていなさそうな表情の風見。俺としても謝ってほしい訳では無かったので普通に流し、言葉の続きを促す。

 

 

 「その急ぎの用事とやらは?」

 

 「体も回復したし、あの子達が心配だから家へ戻る事にするわ。貴方が襲撃してきた輩を何処ぞへと飛ばしてくれたのは見たけど、他のが襲ってこないとは言い切れないし」

 

 「ふむ、それはそうだな。済まない、勝手にここまで連れてきて」

 

 

 どうやら花が心配だから帰りたいと言う事らしい。

理由が有ったとは言え許可を取らずに風見を花畑から引き離したのは俺なので、頭を下げる。風見にとって花はとても大切な存在であると言うのは知っているつもりだ。

 

 

 「謝る必要はないわ。私も、自分で仕掛けた勝負なのに関係ない所まで手間をかけさせたし。……そうだ、言いたい事が有ったのをすっかり忘れていたわね」

 

 

 風見はこの点についてはお互い様と考えているようで、プライドの高い彼女にしては珍しく素っ気無いながらも謝罪するような言い方をする。そのまま風見は軽く咳払いし、顔を少し赤くしながら言葉を続けた。

 

 

 「約束通り、幼い吸血鬼の起こした馬鹿騒ぎを潰す上で貴方に協力する。必要になったら呼びに来なさい。

  ……能力勝負はともかく、一対一で正面から殴りあって私が負けるなんて初めてだった。また今度、手合せ願うわね」

 

 

 それじゃ、と右手を挙げてそそくさと部屋を出ていく風見。傍若無人な入室からは考えられない、大人しい退室である。

言葉の内容こそ相変わらず物騒だが、それまでの風見とは雰囲気の違う行動。思わず呆気に取られてしまい、返答するタイミングを失う。

そこで何とか反応しなければと焦ったのが良くなかったのか、俺の口を衝いて出てきたのは今の会話に全く関係の無い話題だった。

 

 

 「そ、それにしても、よくこの部屋に俺が居ると分かったな」

 

 「ああ、その事? 気配を辿ってきた、と言うのも有るんだけど……」

 

 

 そこで一旦言葉を切った風見は、振り向いて、寒気すら覚える凄絶な笑みと共に末恐ろしい事を言い放つ。

 

 

 「貴方の血の匂いは、しっかりと覚えたから」

 

 「……恐いからそう言う冗談は止めてくれ」

 

 

 思わず引きつった声で返すが、風見は笑みを浮かべたまま黙して語らず。何をする事も出来ず固まっている間に風見は今度こそ部屋を出ていき、やがて気配は上白沢の屋敷から消えた。

 

 

 「……寝よう」

 

 

 悪い意味で印象に残る出来事だった。あの笑みと言葉を思い出すと、精神的な寒気が襲ってくる。

確実に体調を回復しなくてはいけないのだし、俺の精神衛生の為にも早い所眠りに就かなければ……そう思って布団に潜り込むも、強烈な体験の記憶は中々俺を安眠させてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「起きろ、田澤。朝ごはんだぞ」

 

 「む、むう…… 分かった、今起きる」

 

 

 障子越しに聞こえる妹紅の声へ反射的に返事をする。体を布団から起こしながら体調を確認すると、ほぼ完全と言って良い状態まで回復が完了していた。

昨日あそこまで限界に近い状態になったのは予期せず連続して大量の魔力消費を強いられたからで、注意していればペース配分も出来る。取りあえず、二度同じヘマはしないだろう。

 

 

 「さあ、起きたなら居間に行ってくれ。これから風見も起こさなきゃいけないからね」

 

 「む、風見なら既に帰ったぞ。夜更けにこの部屋までやってきて、花が心配だから帰ると伝えてきた」

 

 「……田澤は信用してるけど、誤解を招くような事を頻繁にするのは止めろよ」

 

 「それについては本当に済まないと思っている……」

 

 

 障子越しにも表情が分かりそうな、妹紅の呆れた声。言い返す言葉も無いくらいに正論なので、謝る他に無い。

客観的に見て夜中に男女が寝室に居たと言う非常識な状況、昨日の今日でこれでは軽い男と思われても言い訳できない。

 

 

 「私達、風見の分も朝ごはん作ってたんだけどなあ。無駄になっちゃったか」

 

 「早起きだな、二人とも。まあ、余ったのなら俺が頂こう」

 

 「田澤、そんなに沢山食べられる? いつも適当に好きな物しか食べない印象が有るから、健啖家とは思えないんだけど」

 

 「俺にとって食事は嗜好品だからな、断食する事も暴食する事も自由自在さ」

 

 「言いたい事は分かったけど、暴食はしないでね……」

 

 

 妹紅と会話しつつ身支度を整える。軽く布団を整理してから障子を開け、外で待っていた妹紅に居間へ案内してもらう。

廊下を進むごとに味噌汁の良い匂いがしてきて、食欲が疼く錯覚を覚える。出された物は全て感謝して頂くつもりではあるが、やはりこうした匂いを嗅ぐと特別に気分も高揚する。

 

 

 「さっき私達が作った朝ごはんと言ったが、上白沢だけでなく妹紅も協力したという事か」

 

 「私の家に泊まる客人なのだから私が一人で、なんて言ってたけどね。手伝えるのに何もしない訳にはいかないでしょ」

 

 

 妹紅と他愛無い会話をしながら歩いていると、いつの間にか居間に到着していた。

俺達の到着に気付いた上白沢は膝を付いて行っていた作業を止め、此方を見て声をかけてきた。

 

 

 「ああ、丁度良い所に。たった今配膳が終わった所なのだ。風見殿は居ないようだが、どうかしたのか?」

 

 「風見なら夜に家へ帰ったってさ。田澤だけに挨拶して」

 

 「……!」

 

 

 上白沢の疑問に対し妹紅がやや不満げに答える中、俺は食卓に用意された一つの存在に目を奪われた。

……いやいや、待て待て。まだこれがアレだと決まった訳では無い。姿形が似ているだけの別物かもしれない。だがしかし、もしもこれがアレだとしたらどうする? これがアレだとしたら、うーむ。

 

 

 「どうしたのさ田澤、そんなに目を見開いて。まさか嫌いな食べ物があったとか?」

 

 「そうなのか? 田澤殿、好き嫌いは良くない。体質的に受け付けないのであれば別だが、単なる嗜好の問題ならば健康に良くないぞ」

 

 「……取りあえず、座らせてくれ」

 

 

 二人を無視し食卓に付く。もしかしたら席が決まっていたのかもしれないが、気にせず近い位置に正座した。

先程よりも近い位置、もはや目と鼻の先と言える場所から小皿に盛られた白い繊維状のそれをしげしげと観察する。

視覚からの情報も、嗅覚からの情報も、観察対象が俺の予測している物と同一であるとの確信を強める。

 

 

 「た、田澤、一体何が起こったんだよ……」

 

 「そこまで注意を引く物でも有っただろうか……」

 

 

 客観的に考えれば自分でもおかしいと思える行動に、当然と言うべきか二人とも多少引いていた。

しかし曲りなりにも俺が食卓に付いている状況で待たせる訳にはいかないと思ったのか、妹紅は俺の右斜め前に、上白沢は俺の対面に座った。

頂きますの声にはちゃんと反応し、軽く手を合わせてから箸を取ると、先程からの奇行が気になるのか、早速二人からの注目を受ける。

その視線を感じ、しかしそれを無視しながら、俺は箸を使って白い繊維状のそれを半分に選り分ける。次に食卓の上に置かれた調味料の内からポン酢を取り、先程選り分けた片方へと垂らす。……全ての準備は整った。まずは、ポン酢をかけていない方を。

 

 

 「あむっ」

 

 

 口に含む。途端に広がる、瑞々しい爽快な酸味。僅かに、しかし確かに自己主張する甘味。

その素晴らしい味は既に完成の域へ至っているが、俺は更なる極地を目指さんとポン酢を垂らした方を口へ運ぶ。

 

 

 「うう……」

 

 

 ……思わず感動にうち震えてしまう。口の中へ入れた瞬間、俺は西洋を旅していた間に忘れかけていた世界へ再び踏み込んだ。

その酸味と甘味は加えられたポン酢の旨味によって、既に完成されたステージから引き上げられ新たなる領域へと進化している。

この三味一体の前では、天上の美味と言われる天界の桃も生命の水と呼ばれる蒸留酒も、ただひたすらに頭を垂れるしか無いだろう。

これほどの感動を誰かに伝える手段とは有るのだろうか? もし有るのならば、それは今この時に使われるべきで……あ、涙出てきた。

 

 

 「あ、あのさっ。そんなに、涙を流す位に嫌なら無理して食べなくても良いよ!」

 

 「いや妹紅、あの表情ならばその心配は杞憂なのでは……」

 

 「かーみしらさわぁ! よく、よくぞこの大根おろしを生み出してくれた! 礼がしたい、大抵の望みは叶えらえるぞ!

  そして出来るのならば、これからも毎日俺にこの大根おろしを作ってもらいたい! 自分勝手な我が儘だが、どうか頼む!」

 

 

 何やら顔を赤くしながら声を上げた妹紅を無視し、対面の上白沢に対して平伏に近い土下座を敢行する。

勿論食卓の上の芸術を汚さぬよう、摺り足の応用で膝を動かし正座姿勢のまま後ろに1メートル程下がってからだ。

 

 

 「えぇ!? えっと、頭を上げてください田澤殿!

  貴方の中で、何がどうなってそこまでの感情が生まれたか分かりませんが大袈裟だ! そもそも、大根おろしを担当していたのは妹紅です!」

 

 「何っ!? それは本当か!」

 

 

 上白沢の後半の言葉に顔を上げ、そのまま妹紅へ向き直る。……我ながら現金な物である。

 

 

 「頼む、妹紅! これからも俺にこの大根おろしを作ってくれ!」

 

 「い、いや、ちょっと待って」

 

 「嫌、か。ならば仕方無い、その才能がいつか他人の手に渡るかもしれない事を考えると嫉妬の念も沸くが。

  その素晴らしい大根おろしの腕で、まだ見ぬ誰かに幸せな笑顔を与えてやってくれ。俺は最高の弟子を持った」

 

 「……あれ、田澤ってこんな人だったっけ。私の中の田澤は、美化された幻だったのかな」

 

 「あの、出来ればその茶番は朝食を終えてからにしてもらえないだろうか。せっかくの料理が冷めてしまう」

 

 

 ……数分後、妹紅の嬉しさと冷やかさが混在した妙な表情に冷静さを取り戻した俺は二人に謝罪をしていた。

 

 

 「確かに作った料理をあんなに喜んでもらえるのは嬉しいけど、大袈裟だよ。

  それに、大根おろしに喜ばれるのも何だか複雑だな。もっと手間をかけた料理が他に有るのにさ」

 

 「妹紅が心を込めて作ってくれた事こそが、最高の調味料となって大根おろしを輝かせたのだ」

 

 「何だか田澤、やけに気障になってない……?」

 

 「田澤殿も独特な感覚を持っておられるのだな。大根おろしを一つの料理として見ている上、大好物だとは珍しい」

 

 

 複雑そうな表情の妹紅へ思っていた事を素直に述べると、今度は引きつり気味に笑われた。

上白沢も苦笑しながら俺の大根おろしへの思いを妙な物だと言う。全く嘆かわしい、これ程に美味な食べ物は他に無いくらいだと言うのに。

しかしまあ、俺の勝手な趣味嗜好を他人に押し付けるのは良くない。好物として執着するには平均的でない物だと言う事くらいは理解しているし、これ以上俺の奇行で世話になっている二人に迷惑をかける訳にもいかないのだ。

深呼吸して気持ちを落ち着け、改めて食事を再開した。

 

 

 「済まない、非常に見苦しい所を見せた。改めて、頂きます」

 

 「うん、頂きます。美味しく食べてね」

 

 「朝という事で量は少なめにしたが、腕によりをかけたのです。是非味わってもらいたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かと騒がしかった朝御飯も食べ終わり、妹紅と上白沢は片付けを始めた。

手伝おうと思ったが、一応は客の立場である俺が振る舞われた料理の片付けをするのも変な話かと思い直す。その代わりと言っては何だが、彼女達には何かの機会にお返しをしなければな。

 

 何となしに外の長閑な風景を眺めながら、とりとめのない事を考え時間を潰す。

例の吸血鬼の持つ最も恐ろしい手札とは何か、取るべき対策とは何か。考えれば考える程、厄介な問題が出てくる。

ソロモン72柱の悪魔の力を俺に近い形で扱えるのだとすれば、それを十全に使いこなされると大変苦しい状況になる。今の所、策略や軍略に関して何かしらの力は発動されていないようであるが……いざと言う時の為に、早めに妨害工作をしておくべきか。

幸い、自分自身が得意とする分野なので対策は容易だ。尤も、俺が悪魔達の力を利用しても同じように対策される可能性が高いので条件としては五分五分と言った所だろう。

 

 

 「難しい顔して、何を考えているんだ?」

 

 「ああ、妹紅。これからどう行動するべきか指標を立てていたのだ。とは言っても、今は吸血鬼について悩んでいただけだな」

 

 「……田澤が悩むくらい、強い奴なの?」

 

 「一つ言っておくが、俺がどんな相手にでも勝てるような存在だと誤解されると困るぞ」

 

 

 目を瞑り思考に集中していると、いつのまにか妹紅が目の前に来ていた。どうやら皿洗いなどの諸々は終わったらしい。

俺が何について悩んでいたのか内容を説明すると、何やら妹紅は前提が危険な考え方をしているようなのでその誤解を正す。

危険をやり過ごして生き残ると言う点では少しくらいの自負を持っているが、俺は決して常勝不敗の超人では無い。実際、昨日の風見には負けかけている。

……と言うか、依姫との戦いは誤魔化しようが無いだろう。殆ど万全だった状態から魔力切れを迎えるまで追い込まれたのだ、致命的と言って良い。依姫が提案したルールでこそギリギリの勝利を掴んだが、その後の展開も考えれば結果的に負けている。

 

 

 「そんな弱気でどうするんだよ。最近は博麗の巫女が出てきたし、人間からは殆ど忘れられた感じだけど……あの式神とか八雲の暗躍で、妖怪の方では今でも田澤は実力者として名が通っているんだ」

 

 

 成程、人間に対してはともかく妖怪に対する俺の影響力は依然それなり以上の物だと言う事か。こう言う状況だからこそ、ある程度『演じる』事も必要になりそうだな。

 

 

 「む、御邪魔だったかな? お茶を持ってきたのだが」

 

 「いや、そんな事は無いよ上白沢。しかし済まないな、色々と気遣わせてしまって」

 

 「客人に礼儀を尽くすのは家の主人として当然の事だ、田澤殿が気になさる事はない」

 

 

 両手で持ったお盆に三人分のお茶を乗せて、上白沢が戻ってきた。話題を変えるのには丁度良いタイミングだったので、とりあえずお茶を頂く。

 

 

 「だから慧音、私達はそんな関係じゃ……」

 

 「私は盛り上がっている会話に水を差すのは悪いという意図で言ったのだが。妹紅、そんな関係とは一体何だ?」

 

 

 惚けているのか本気なのか、妹紅の反応に何が何だか分からないといった風な表情を浮かべながら返す上白沢。

妹紅は墓穴を掘った事に気が付いたのか、何かを言いたげに唸りながら上白沢を睨む。しかし当の上白沢はそんな妹紅を微笑ましそうに見返した後、言葉を続けた。

 

 

 「妹紅も、色々と二人で話したい事が有るだろう? ゆっくり外でも歩きながら旧交を温めてくると良い」

 

 「今の状況でそんな事をしている余裕はないよ。そもそも、慧音だって昨日は私が居ないと防衛戦の時に困るって言ったじゃないか」

 

 「昨日とは事情が変わったからな。田澤殿が結界を補強してくれたおかげで色々と余裕は出来たし、今日一日くらいなら妹紅が居なくても大丈夫さ」

 

 「で、でもさ。皆が全力を尽くしている時に、私だけ仕事を放り出すような事は……」

 

 「それなら鋭気を養う為の休息とでも思えば良い。あまり根を詰め過ぎると、いざと言う時に体が動かなくなるぞ」

 

 「それは、そうだけど」

 

 

 どうやら上白沢は、俺と妹紅に落ち着いた会話の時間を取らせようとしてくれているらしい。

妹紅は責任感からかそれを拒否しようとするが、上白沢は逃げ道を塞ぐように言い包めていく。最終的に、妹紅は何も言い返せなくなった。

 

 

 「これは田澤殿にも言いたい。妹紅は数百年にも及ぶ長い間、貴方の事を待ち続けていたのです。昨日の触れ合いだけではとても足りない、その埋め合わせはするべきだと考えます」

 

 「う、うむ。了解した」

 

 

 他人事のように眺めて気を抜いていると、上白沢の矛先が俺にも向いてきた。その有無を言わさない雰囲気に押されて思わず頷く。

しかし、考えてみると全くの正論だ。人間としての感覚では数世紀も過ごすなど想像を絶する事、俺の事など完全に忘れ去っていてもおかしくないと言うのに……妹紅は、覚え続けてくれていた。

俺は無意識の内に、それが当然だと言う傲慢極まりない考えをしていたようだ。

 

 

 「そうだよな……本当なら、感謝しても仕切れないと言うのに。ありがとう上白沢、君のおかげで大切な事に気付けたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上白沢に見送られた俺達は、当初人里を回る予定だったのだが……人に見られるのは恥ずかしいと言う理由で竹林にある妹紅の家に向かっていた。

妹紅が頬を染めて言い出した事だったが、俺としても不特定多数の前で並んで歩くのはこそばゆい物が有る。共に旅をしていた時の事を考えれば、何故今更そんな初心な事を思い詰めるのかと我ながら呆れてしまうのだが。

 

 

 「そう言えば妹紅、気になった事が有るんだが。比較的最近、この辺りで何かあったか?」

 

 「何かって、例えば?」

 

 「今話題になっている吸血鬼みたいな奴に襲われたとか、だな。この辺りの竹が幾つか焼き焦げてるし、呪術的な結界が念入りに張られている。これをやったのは妹紅だろう?」

 

 「あ、あー。ま、まあさ、それは気にしないで」

 

 

 周囲からどことなく物騒な雰囲気を感じ取ったので、その違和感を口に出してみると途端に落ち着きが無くなる妹紅。

分かりやすい、懐かしい反応に意図せず苦笑が出てしまう。このように反応すると言う事は、少なくとも妹紅にとっては聞かれたくないと感じる事情が有るのだろう。

 

 そのまま適当に会話しながら竹林の中を進んでいくと、見覚えの有る一軒家が見えてきた。数百年前に俺が建てた、妹紅の家である。

……状態を保存する魔法も併用して長持ちするように工夫したつもりだったが、こうして実際に形を保っている姿を見るとかなり驚いてしまう。

 

 

 「え、えっと、ここまで来て言うのも悪いんだけどさ。このまま竹林を歩かない?

  今の季節、風が気持ち良い小路を知ってるからさ。多分そっちの方が、私の家よりも快適だと思うんだ」

 

 「む? 妹紅が嫌だと言うのなら止めておくが、何故いきなりそんな事を」

 

 「……部屋、片付いてないからさ」

 

 「俺は別に気にしないが……」

 

 「私が気にするんだよ! もう、それくらい察してよぉ」

 

 「す、すまない」

 

 

 家の前に着いた所で、妹紅が遠慮がちに言葉を発した。それに対して受け答えている内に、俺は配慮に欠けた間抜けな言葉を漏らしてしまう。

 

 

 「悪いな妹紅、何だか昨日から色々と見苦しい姿ばかり見せてしまって……」

 

 「……確かに田澤の妙な所ばかり目に入ってくるのは否定しないけど、それだって嬉しい。隙が無いように振る舞う田澤の人間味が見れるみたいでさ」

 

 「肯定的に捉えられる程、愛嬌の有る物では無いと思うが」

 

 「じゃあ、意外な一面って言い換えようかな。自分の事をあまり喋ってくれない田澤の、素の部分を知れるみたいで嬉しいんだ。それに、数百年ぶりに、やっと会えたんだよ?」

 

 

 妹紅は寄りかかるように体を俺の方へ傾け、それっきり口をつぐんでしまう。

なんと言うか、いじらしい。思わず、共に旅をしていた時のように妹紅の細やかな白髪へ指を沿わせ頭を撫でていた。

 

 

 「ん……」

 

 

 日だまりで安らぐ子猫のような表情で軽く声を漏らす妹紅。暫く穏やかな空気が流れる中、唐突に妹紅が口を開く。

 

 

 「ねえ田澤、私の髪ってやっぱり変だよね」

 

 「変、とは?」

 

 「慧音の髪は澄み切った大空みたいな青色だ。八雲の髪は夕焼けに映える稲穂みたいな黄金色だ。

  西行寺の髪は咲き誇る満開の桜みたいな桃色だ。……そして、私も、艶やかな黒髪を持つ筈だったのに」

 

 

 緩やかな口調から始まったその語りは、徐々に負の感情が込められた苛烈な声色に変わっていく。

少し前の様子からは想像できない程の突発的な変化。何が引き金を引いてしまったのか分からないが、妹紅の精神状態は不安定になっているようだ。俺は頭を撫でる動作を止めないまま、恨みの籠った叫びを受け止める。

 

 

 「それなのに! 私の髪は真っ白、燃え尽きた灰の色さ! これが不老不死に縛られた全員に起きる事なら納得も出来たのに、アイツは……! 私をこんな体にした、あの女はっ!」

 

 

 溢れだした感情によって呪術の炎が無意識に発動したらしく、妹紅の周囲を軽く焼き始めた。妹紅を落ち着かせるべく、静かに言葉を返す。

 

 

 「どうして、白い髪は駄目なんだ? ……少なくとも俺は、妹紅の髪を美しいと思っている。そう卑屈にならず自信を持ってほしい」

 

 「そ、そう言われても……田澤は、私の髪の何処が良いって思うのさ」

 

 

 正面から告げるのには気恥ずかしい物も有るが、妹紅が自分を卑下しているのは見過ごせない。

真摯に考えを伝えると、それは妹紅にとって思いもよらない返答だったのか面食らったように俺の事を見返してきた。……よし、危うさは一旦消えたな。

 

 

 「夜空を照らす星の幽玄な輝きを織り込んだ銀で紡いだ糸など、比にならないであろう美しさ。

  指で梳いても引っ掛かる事の無い、清らかな流水に触れているかのようなこの世の物と思えない触り心地。

  そして猛々しい火焔の放つ命の煌めきと表現しても過言ではない深紅に照らされ、さながら女神の如き姿を……」

 

 「わ、分かった分かった! 分かったから、真顔でそんな小っ恥ずかしい事を言わないでくれ!」

 

 

 先程とは打って変わり、自分でも頭を掻き毟りたくなる程の悪い意味で詩的かつ修飾過多な言葉を並び立てる。

こんな歯の浮くような台詞を素面で言い切っている俺も恥ずかしさが込み上げてくるが、言われている妹紅の方は俺以上にむず痒くなったようだ。妹紅は頬を赤く染めながら、呆れたようにも疲れたようにも見える複雑な表情で呟く。

 

 

 「全く、本当に田澤は思っていた以上に恥ずかしい人だね」

 

 「……その言い方は止めてくれないか」

 

 

 そんな妹紅は、とりあえず先程までの負の感情は消えているように見える。表面上は解決したと考えていい筈だ。

……この周辺の異常も含めて、妹紅が心の奥底に未だ大きい悩みを抱えている事は確かなのだろう。今はお茶を濁すような形で有耶無耶にしてしまったが、いつかはその問題について正面から向き合ってやらなければ。

仮にも師匠を名乗っているのだ、過干渉にならない程度に導いてやるのは俺の役目だろう。

 

 しかし、今は……今日くらいは、妹紅と久しぶりに二人で行動出来る機会を素直に楽しみたい。

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