旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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旅人、弟子と語りて山へ向かうのこと

 「さて、妹紅。竹林を歩くと言うが、流石にそれだけで一日を過ごす訳にもいかない。どこを目指すかの目安くらいは立てておかないか?」

 

 「うーん、そう言われてもなあ。正直、人里を外しちゃうと他はここを歩くのとあまり大差無いよ」

 

 「……やはり、閉じられていると行動の選択肢は少ないな」

 

 

 あれから暫く二人でのんびりしていた俺達だったが、いつまでも突っ立っている訳にもいかず行動を再開した。

しかし妹紅への提案には歯切れの悪い言葉が返ってきて、思わず呻いてしまう。良いにせよ悪いにせよ、今の幻想郷は箱庭のような環境にも見える。

 

 

 「つい最近まで、田澤は幻想郷の外に居たんだもんね。どうしても狭く感じちゃう部分は有るのかな……

  ああそうだ、幻想郷の外って今はどうなってるの? 妖怪の力が衰えてるってのは聞いたけど、具体的にはどんな感じなんだ?」

 

 「自分達の事をこの世界の覇者だと思い上がれるくらいには、人間が力を持っているな。妖怪なんて物語の中の存在扱いだし、神に対しての敬意すら薄れつつある」

 

 「な、なんだか想像出来ないな。それってつまり、全ての人間が陰陽術やら魔法やらの達人になったって事?」

 

 「どう説明したものか……今の人間には陰陽術も魔法も妖怪も神も、全てが否定されている。だからこそ、妖怪も神も力を失っているのだ」

 

 

 この辺りを説明するのはかなり難しい、神秘の存在しない世界なんて妹紅にとっては……と言うより幻想郷に住む殆どの者が考えられないだろう。

 

 

 「妖怪が幻想郷に流れてくる理由はそれで大体分かったけど、だったら人間の持っている力って何? 陰陽術も魔法も捨てて、神にも頼らないならどうやって生きていくんだよ」

 

 「科学と言う、それらに代わる力を人間は見付けたんだ。これによって飢える者は少なくなり、病の治療も容易くなった。流石に不老不死とまでは行かないが、普通の人間が百を超えて生きる事も稀に有るぞ」

 

 「……考えるのが億劫になってきたよ。あ、もう一つだけ、すごく個人的な事を聞きたいんだけど。『藤原氏』って、今はどういう立場なの?」

 

 「……妹紅には信じがたいかもしれないが、今は貴族と言う階級自体が存在していないのだ。特別な位を持たない一般人だろうな」

 

 「貴族がいない、か…… でも、父様達から繋がる系譜は途絶えて無い筈だよね」

 

 「断絶したと言う話は聞かないぞ」

 

 

 厳密には『貴族の藤原姓』は消えている筈だが、それは黙っておく。藤原氏を源流とする系譜が未だに続いているらしいのは確かだし、そこまで詳しく説明しなくても良いだろう。

 

 

 「なら、それで良いかな。仮にも私の家系だし、滅びたなんて聞いたら寂しいから」

 

 

 そう言って儚げに笑った妹紅は、少しの間を置いて話の流れを大きく変えてきた。このしんみりとした雰囲気を避けたいのだろう。

 

 

 「所でさ、たった今行きたい場所を思いついたんだ。ちょっと飛んでいかない?」

 

 「特定の場所を目指していた訳でも無かったし、妹紅が行きたいと言うならそこへ行こう。案内してくれると助かる」

 

 「田澤も良く知っている場所だよ? それに……田澤が居ないと、私だけだったら追い返されるだろうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妹紅と並んで、風を切って進む心地よさを感じながら気楽に飛ぶ。

竹林の上空を抜け出し、人里を眼下に望みつつも更に先へ進む事数分。妹紅の目指す場所が目前に迫ってきた。

 

 

 「妖怪の山……成程、確かに俺も良く知っている場所だが。何故、妹紅だけだと追い返されるのだ?」

 

 「山の妖怪達は縄張り意識が強くてねえ。人間は当然踏み込めないし、妖怪も山に所属している仲間でなければ門前払いさ。その点、田澤は顔が利くからね」

 

 

 そう聞くと、随分閉鎖的な環境のようだな。俺が昨日一昨日訪れた時は、そんな様子は少しも見せなかったが……『顔が利く』からなのだろうか。

何故俺が人間も妖怪も含めた中での例外なのか疑問が浮かんだが、すぐに大体の見当は付いた。八雲が妖怪に対して俺の存在を偽装する際、式神が山に立ち入れないと不都合が有るからだろう。

 

 

 「仕方のない事だとは思うが、俺の式神は人間よりも妖怪に寄るような行動をしていたようだな」

 

 「妖怪退治の象徴としては博麗の巫女が出てきたしね。人里には慧音も居るし、私だって人間として行動している。

  いつだったか八雲は『自分達の側に強力な守護者が何人も居ると認識してしまえば、良からぬ事を考える人間が増える』って言ってたから」

 

 「……そうなると、俺を人間達からは忘れさせた方が良いと言う判断になるか。本来、幻想郷は妖怪の楽園だからな」

 

 

 博麗の巫女、上白沢、妹紅、そして俺と続けば、妖怪への恐怖が薄れる可能性は十分に有る。

八雲にとってそれは見過ごす事の出来ない事態、俺の式神は人間の記憶から徐々に消えるよう意図的に妖怪のコミュニティに寄せて行動させられていたのだろう。

 

 

 「まあ、そんな微妙に気の滅入る裏事情は置いておこう。妹紅、君が妖怪の山へ来たかった理由とは一体……」

 

 「ああ、やっぱり! 田澤さん、来ていただけたんですね!」

 

 「……うん?」

 

 

 いつまでもこの話題を続けていたくは無かったので、妹紅が妖怪の山を目的地にした理由を聞こうとする。

しかしそのタイミングで何者かに呼び掛けられ、思わず言葉が止まった。声の主に覚えが無かったので、疑問に思いつつも聞こえた方向を向くと。

 

 

 「先の戦闘ではお世話になりました! しかもあの後吸血鬼が強襲を仕掛けてきた際、殿となって撃退に成功したとも聞きましたよ!」

 

 

 白髪から覗く犬のような耳、肉厚の片手剣と盾を持った白狼天狗。おそらく山の警備兵であろうその少女が、尻尾を振らんばかりの勢いで飛び込んできた。

……何やら満面の笑みを浮かべている所悪いのだが、俺はこの少女の事をさっぱり知らない。だが口振りと態度を見る限り、向こうは初対面と思っていないようだ。

 

 

 「ああ、うん。済まないが、君は一体……」

 

 「ひ、酷い。確かに私は下っ端の有象無象ですけど、数日前に名乗りあったばかりじゃないですかぁ」

 

 「ああ、涙目にならないでくれ。えっと、少し待つんだ、君は……そう! 犬走椛、だな」

 

 

 正直に知らないと反応してみると、しゅんとなって途端に意気消沈してしまう少女。

俺の式神と交友が有ったのだろうと遅まきながらに理解し、式神の御札から情報を引き出して何とか彼女を『思い出す』事に成功する。……最初から問題が起こらないように記録を引き継いでおくべきだったな。

 

 

 「あ、思い出してくれたんですね!」

 

 「う、うむ。声を聞いていたらな。それで今日の要件は、あの時出来なかった手合せをと言う事か?」

 

 「はい!」

 

 

 式神の記録から、これまでの経緯を把握する事が出来た。どうもこの少女、犬走は先日の戦闘の際に俺の式神が指揮を執った隊の一員だったようだ。

当初は高名であろうとも所詮余所者の人間と式神を見下していた犬走だったが、紆余曲折を経て逆に今度は心酔する結果に至ったらしい。手合せとは、式神と去り際に交わした口約束との事。

 

 

 「ね、ねえ田澤……あの妖怪、誰?」

 

 「俺の式神がつい最近交友を持った天狗らしい。そして、その際交わした約束を果たしに俺が来るのを待っていたと」

 

 「田澤本人がした約束じゃないならさ、放っとけば良いじゃない」

 

 「いや、そう言う訳にもいかないだろう……流石に可哀想だ」

 

 

 妹紅が不機嫌そうに耳打ちしてきたので、小声で事情を説明する。

急に出てきて手合せを申し込んできた犬走が気に入らないのか、妹紅の反応は刺々しい。しかし幾ら何でも無視するのは悪いので、何とか納得してもらう。

 

 

 「まあ、すぐに終わらせるから。これが終わったら、散歩の再開と行こう」

 

 「……本当に、さっさと終わらせてよ」

 

 「善処する。……おーい、犬走。俺の方は特に不都合は無い、すぐにでも始められるぞ」

 

 「ありがとうございます! それでは、こちらへどうぞ」

 

 

 俺が犬走に声をかけると、彼女は余程嬉しかったらしく声を弾ませながら拳を震わせた。

そのまま山の中腹辺りを目指して飛んでいったので、それを追って俺と妹紅も妖怪の山へと降り立つ。

 

 着地した周囲の光景に見覚えが有るなと思い、よく確認するとつい先日も訪れた例の広場だった。何だか妙に縁が出来ている気もする。

 

 

 「ここなら、互いに動いて剣を振るのにも十分な広さが有ります。丁度良い場所ですよね?」

 

 「ああ、これなら文句は無い。期待しているぞ、犬走」

 

 「勿体無きお言葉!」

 

 

 ……模擬戦を行うに適した精神状態では無いようにも思える口調だが、犬走は堂に入った構えで戦闘準備を始めている。

単なる遊び半分で挑もうとしている訳では無さそうだ、俺としても適当に掛からず真剣に取り組まなければ犬走に失礼と言う物だろう。

 

 

 「お、喧嘩か? 良いね、酒の肴になるよう派手にやってくれ」

 

 「やり合うのは白狼天狗と……人間? 何だ、賭けにもならない勝負じゃねえか」

 

 「いや待て、あの男は例の黒仙人だぞ。これは天狗の分が悪いだろ」

 

 

 戦闘の気配を目ざとく察知したのか、どこからともなく妖怪が集まり始めた。何やら口々に勝手な事を喋っている。

個人的にはこう言う事で目立つのは好きでないのだが、目を輝かせながら張り切っている犬走に今更止めようとも言えない。軽く息を吐きながら『扉』を開き、愛用の刀を取り出そうとして……止めた。

犬走の望んでいる手合せは魔法攻撃なしの白兵戦だろうし、それならば居合い一辺倒になる刀よりも多彩な戦術を取れる武器を選ぶべきだろう。

 

 

 「あれ、いつもの刀は使わないのですか?」

 

 「あの刀では魔法や陰陽術の使用を前提とした戦術を取るからな。純粋な技量勝負であれば、この方が良い」

 

 

 両腕から力を抜き、垂らすように緩く構え、各々の手に魔力で剣を形成する。

魔力で形成する都合上刃を潰した棍棒のように扱えるし、練習用の武器としては意外に適格かもしれない。

犬走は一瞬不満そうな表情を見せる物の、すぐに気を取り直した様子で俺を見返してきた。中々の気迫を感じる。

 

 

 「いつでも打ち込んできて良いぞ」

 

 「はいっ!」

 

 

 俺に軽く頭を下げた後、犬走は盾を構えながら飛び掛かり片手剣で強襲を掛けてきた。

体勢の都合上大きく隙の出来る胴は盾でカバーされ、その性格と違わず真っ直ぐな太刀筋が銀の煌めきを伴って俺へ降り下ろされる。

しかし幾ら剣の振りが速くとも、命中を狙う以上は俺に当てる軌道を通す必要がある。わざわざ考えるまでもない当然の話だが、逆に言えば太刀筋が全く見えずとも接触点を想定する事は出来るのだ。

そして犬走には悪いが、視認出来ない程に速い振り下ろしと言う訳でもない。真っ直ぐな太刀筋は軌道を読みやすいと言う事も相まって、攻撃の到達地点を予測する事は容易い。

 

 

 「速さに頼るだけでは、意味が無い」

 

 「は、弾いたっ!?」

 

 

 予測した地点へ右手の魔力剣を振り抜き、横合いから犬走の片手剣を打ち据える。

剣に体重を乗せていた犬走は突如加えられた横方向への衝撃を受け流す事が出来ず、空中で大きく体勢を崩し弾かれる。

しかし犬走は狼狽しつつも体勢を立て直し、しなやかな動きで勢いを弱めつつ無事に着地した。

 

 

 「まさか避けるのでも受け止めるのでもなく、正確に剣を狙って弾いてくるとは思いませんでした」

 

 「実戦でやるのは曲芸以外の何物でも無いんだがな。君が正面から仕掛けてくれたから、やれただけの事だ」

 

 

 手合わせでの初撃と言う事もあり、犬走の方もフェイントを交えない正々堂々の全力をぶつけてきたのだろう。だからこそ俺も出来た事で、何も常にこんな事が行える訳ではない。

これがわざと崩した体勢からの一閃だったり、逆に依姫くらいの飛び抜けた技量と速度が有ったりしたら大人しく回避を選ぶ。その方が絶対にリスクは少ないし、カウンター狙いでも他にやりようは有るからだ。

 

 

 「実力差がある事は分かっていましたが、せめて一太刀は入れて見せます!」

 

 「その意気だ、頑張れ」

 

 

 真正面からでは不利過ぎると判断したのか、先程とは打って代わって俺を中心に円を描きつつ徐々に近付いてくる犬走。

自分は隙を見せずにある程度まで接近し、俺に隙が出来たらその瞬間に攻撃を叩き込むつもりなのだろう。妥当な判断だし、恐らくこの状況では最善だとも言える方法だ。しかし俺も、そう上手く行かせるつもりはない。

 

 にじり寄る犬走から視線を逸らさず、彼女の足運びや呼吸のタイミングを見極める。

歩いて近付く為には当たり前だが足を動かす必要が有り、足を動かす為には重心を崩す必要が有る。

呼吸も同様で、全身に力を込める為には息を吐くか止める必要が有る。普通は息を吸いながら全力を出す事は出来ない。

これ等の動作は行動する際に無意識に行われる必要不可欠な物で有りながら、絶えず隙が生まれる動作なのだ。

 

 犬走の足が宙に浮かび重心が不安定となり、そして呼吸の隙も重なる時。

神経を研ぎ澄まして狙いを定めていた俺は、その絶好の瞬間を見逃す事なく踏み込んで二刀を振るった。

 

 

 「よし、防げた!」

 

 「……!?」

 

 

 しかし、会心の一撃だと思っていた攻撃は犬走が咄嗟に構え直した盾に弾かれる。

両手で振るっていた事が災いし、まるで犬走の焼き増しかと思える程見事に体勢を崩してしまう。敵の目前でここまで体勢を崩すなど致命的、犬走が迎撃で振るった片手剣は既に間近に迫っている。

 

 

 「く、おおおっ!」

 

 「なっ、その体勢から避けるなんて……」

 

 

 このタイミングでは防御も間に合わないと判断した俺は、崩れた体勢を更に崩す事で後ろに倒れこむように横一閃を回避。

犬走が驚愕に動きを止めた隙にすぐさま体勢を立て直し、慌てて追撃しようとする彼女を魔力剣による牽制で釘づけにして何とか距離を取る。

 

 

 「……今の反応、俺の攻撃を先読みしていたな。視線から狙いがバレるようなヘマはしないと思っていたが、まだまだ未熟だったか」

 

 「私は、特別目が良いですから。戦闘中でも相手一人に集中出来るなら、視線や体の動きから次の動きを予測出来ます」

 

 

 俺の言葉に対して犬走は誇らしげに胸を張りながら、かなり凄まじい事を言い放った。地味だが、厄介極まりない能力だ。

そもそも見えているからと言っても体が反応するかは別の問題だし、犬走自身の反射神経も標準以上の物と言う事が窺い知れる。

俺は正統派の土俵に引きずり込まれると弱いんだよな、主に相手の隙を突く剣術を扱う俺は小細工が通じない相手とは相性が悪い。

 

 このままの戦闘を続けていても埒が明かないな、犬走にペースを握られる前に押し切ろう。

どんなに視力や反射神経が良かろうと、それらが意味を成さない程に幻惑すれば良い。行動の予兆を読まれても、そこから予測出来ない動きをすれば問題ないのだ。

 

 

 「えぇ!? な、何ですかその無茶な動きは!」

 

 

 二刀を振り回しながら不自然に接近し、歩み寄るように見せながら遠ざかる。体の軸を意図的にずらし、左の剣を振り上げながら右の剣で攻撃を仕掛ける。

これ等の非常識的な動作を組み合わせて距離感を狂わせ、更に攻撃の威力に対する認識を惑わす。相手の動きから場所を咄嗟に判断出来ない状態が長く続けば、行動の連続性を見失って反射神経は次第に鈍ってくる。

その上で見た目通りの威力では無い攻撃を牽制用に何回か当てれば、犬走は混乱の極致に追い込まれる筈だ。無意識に攻撃の威力を予測して衝撃を受け流すように体は動く物、そこで目測と全く違った衝撃が当たればバランスは崩れる。

 

 

 「……今度こそ」

 

 「きゃっ!」

 

 

 攻撃の素振りを何度も繰り返して幻惑し、頃合いを見計らって本命の一撃を放つ。

犬走の剣を持つ手首を狙って魔力剣で強打、勢いで振り抜き盾を叩き落とすと同時に組み付きに持ち込む。

かろうじて犬走は剣を保持したままだったが、その手から握力は失われている。犬走の剣を奪い取りつつ片腕を捻り上げ、首筋に彼女の剣を突き付けた。

 

 

 「勝負有り、だな」

 

 「う……参りました」

 

 「悪いな、最後の一撃で手首を痛めていないか?」

 

 

 降参の声を聞き、拘束を解除。剣を手渡し、盾も拾い上げながら先程の交錯でのダメージを問う。

関節へのダメージは外見から判断が付きにくい上に、見える程の異常が出れば結構な大怪我と言う難儀な物だ。場合によっては治療が必要かもしれないし、多少の痛みだったら俺が治癒する事も出来る。

 

 

 「いえ、気にする程酷くは無いですよ。私だって警備兵の端くれ、これくらいの打撃は慣れた物です」

 

 「ふむ、それもそうか。今のは君に対する侮辱になってしまったかな」

 

 

 どうも振る舞いからはそう見えないが、犬走は山の哨戒を担当するれっきとした兵士なのだ。そんな犬走にかける言葉としては、些か不適当な発言だったかもしれない。

 

 

 「侮辱なんて、そんな。気遣ってくださった事をそう捉える程、ひねくれてはいませんよ」

 

 「そう言ってくれると助かる」

 

 

 ……犬走との手合せはこれで終わったと見て良いのだろうが、周囲の妖怪達の盛り上がりが凄い。

当事者の俺達を無視して勝手に賭けが始まっていたのはまだマシな方で、今の戦闘に触発されたのか俄かに殴り合いの兆しを見せ始めている集団も有る。

俺が言っても説得力は無いかもしれないが、吸血鬼の軍勢が攻めてくるかもしれないと言う状況下でそんな事をしていて良いのか……

 

 何とも言えない騒ぎを始めたギャラリーを見て、そう言えば風見と言い犬走と言いやけに妖怪は『手合せ』に拘るなあと今更な事を現実逃避気味に考えていると。

 

 

 「えーっと、差し出がましいお願いですけど…… これからもお暇が有れば、また付き合ってくれませんか?」

 

 「吸血鬼の諸々が解決してからなら構わない。今すぐは、流石に無理だ」

 

 「本当ですか、ありがとうございます! ふふ、同僚を抜いて一番弟子!」

 

 「……田澤はひとっ言も弟子にするなんて言ってない。なるとしてもお前は二番弟子だよ、白犬」

 

 「い、犬じゃなくて狼です! って、さっきから気になってたけど、お前は誰だ?」

 

 

 犬走の言葉の何が気に障ったのか分からないが、妖怪に混じって遠巻きに眺めていた妹紅が不機嫌そうに歩いてきた。

両手をポケットに突っ込み、炎を従えながら三白眼で睨んでくる妹紅は……なんと言うか、柄が悪い。そして少し恐い。

 

 

 「私は藤原妹紅。何百年も前から田澤に陰陽術を教わってる一番弟子だ」

 

 「……え、えっと」

 

 

 妹紅の迫力に対して犬走は引きつった顔になったが、人間相手に怯えてなるものかと言う矜持からか堂々とした口調と態度を作って反論する。

 

 

 「人間のくせに何百年も生きている等とホラを吹き、挙げ句妖怪を馬鹿にするとは命知らずな女だな」

 

 「まあ、実際『命知らず』だしね。それと、前半の部分は田澤に言っているのか?」

 

 「何を言っている? 田澤さんは、妖怪だろう?」

 

 「あー、犬走。これでも俺は、数万年程人間をやっているつもりだ」

 

 

 どうやら犬走は俺の事を妖怪だと誤解していたらしい。

確かに俺の式神は自分を人間だと明言はしていなかったようだが……俺は妖怪ではないつもりなので、とりあえず人間だと名乗っておく。実際にどれ程の年数を生きているかは俺も数えていないので、随分と適当な名乗りになってしまったが。

 

 

 「人間? 数万年? 一体、何が何だか……」

 

 「無理に納得しなくても良いぞ。これだけを聞いて、理解出来る方が珍しいと思うしな」

 

 「そうそう。私は理解も納得もしてるけどね。さあ、山の中にでも帰ったらどう? 私達には用事が有るんだよ」

 

 

 犬走は混乱してしまったようだが、それも当然だろう。数万年生きている人間と言われて、すぐに納得出来る方がおかしいのだ。

妹紅は勝ち誇ったように犬走へ言葉を投げかけ、犬走はそれを聞いて更に肩を落とす。色々と妙な事になったなあと思いつつ、俺は妹紅と犬走をそれぞれ宥めた。

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