妹紅と犬走を何とか宥めた俺は、このままでは興奮した妖怪に絡まれて厄介な事になりそうだと判断した。
犬走に軽く別れを告げ、まだ何か言いたげにしている妹紅を連れて逃げるようにその場を去り、騒ぎが聞こえない程度の位置まで移動する。
「……細々と始めた試合だったのに、よくもまあ集まる物だな」
「事実がどうであれ、喧嘩騒ぎなんて妖怪が最も好むようなネタだしね」
先程も考えていたが、『手合せ』の事と言い妖怪は戦闘に飢えているように思えるな……力が有り余っているのだろうか。
その力は今まさに驚異として迫っている吸血鬼に振り向けてもらいたいのだが、ここ最近はずっと山の防衛にかかりっきりだと考えられるし、彼らも娯楽が欲しいのだろう。
「ともかくそれは済んだ事だし、気を取り直そう。田澤、私が行きたい場所って言うのは山の頂上なんだ」
「単に山登りがしたいと言う訳でもなさそうだが、一体何故だ?」
「……蓬莱の薬についてなんだけどね。壺を供養するべき山が、ここだって分かったんだ」
「な、何?」
今から数百年程前に岩笠から頼まれた、蓬莱の薬の供養。
同胞の痕跡を探る旅に出る前は俺も妹紅と共に探し回っていた、薬を鎮めるべき山がまさか幻想郷に有ったとは。灯台下暗しと言うか、何と言うか……
「しかし、それをどうやって知ったのだ? 妹紅だけでは入山出来ないと言っていたが、文献を漁ったりして辿り着いたのか」
「いや、慧音が教えてくれたんだ。私の過去からコノハナサクヤの話になった時、色々と興味深い話を聞いてね。ほぼ確実に、此処が目的の山だ」
「そうか、上白沢が…… 妹紅、君は本当に良き友と巡り合ったのだな」
俺も神に対する知識は深いと自負しているが、上白沢はそれ以上だったと言う事か。
そして妹紅の罪を受け入れ今の付き合いに至っている事になるのだから、まさに親友と言っても過言ではない関係だろう。
「そう改めて言われると何だか恥ずかしいけどね。慧音は、私の一番の親友だよ」
「うむ、そこまで言い切れる友人が居るのは良い事だ」
と、妹紅に対して偉そうに言っては見たが。よくよく考えてみれば、俺もあまり人の事を言えないのではないだろうか。
これでも旅人なので交友関係自体は広く持っている物の、友情を育むまで深く関わった相手となると実は少ない。更に言えば、同性の友人は皆無である。
……俺が一方的に友情を感じた相手であればプリズムリバー伯爵が居るのだが、果たして彼をこの枠に含めて良いものか。俺が手にかけたも同然だと言うのに。
「た、田澤? どうしたの、急に顔を暗くしてさ……」
「う、うむ。よく考えてみれば、俺も偉そうな事は言えなかったなと」
「友達の事? 田澤は私以上に色々な人と仲が良いじゃないか」
「俺の場合は広く浅くな関わり方だから、妹紅に対しての上白沢みたいな相手が居ないんだよ」
「そう言われてみると、誰かと一緒になって行動している田澤を見た事無い気もするね」
「弟子が数少ない例外だと言うのも、我が事ながら寂しい物だ」
内心の苦悩が顔に出ていたらしく、気遣うように声をかけてくる妹紅に対し誤魔化して返す。一応、考えていた事としてはこれも嘘ではない。
「話がずれたな、とりあえず山の頂上を目指す事にするか。……所で妹紅、肝心な壺を持っていないようだが、それは一体どうするのだ」
「問題ないよ。今の私なら、家に置いてある壺を手元に呼び寄せるくらい簡単さ」
「ほう、それは凄いな。ならば、俺が転移魔法を使う必要も無いと言う事か」
どう言う原理かにもよるが、基本的に物体の転移は魔法の中でも結構高度な部類に入る。
俺は妹紅に対して転移魔法を教えてはいなかったので、その力は誰かに教えを受けたか或いは独学で手に入れた物と言う事になる。
どちらにせよ、俺が離れている間に成長している妹紅を見るのは何だか感慨深い。
何となく満ち足りた気分になりつつ、妹紅と共に山頂を目指して移動を開始する。
ようやくこの時が来たかと、僅かな高揚と厳粛な心持ちが同居する奇妙な感覚を覚えながら登っていたのだが……
「いや、そう堅い事を言うなよ。何も長居する気はない、少しの間だけ立ち入らせてもらえれば良いのだ」
「ならぬ。ここから先は我々天狗にとっても易々と踏み込めない聖域である。
そもそも貴様は山と関係のない部外者であろう? それを山に立ち入らせてやっているだけでも最大限に譲歩しているのだ、これ以上勝手な事を言わないでもらおう」
「田澤でもダメなのかあ……」
……山頂を目指そうと言う俺達の計画は早々に潰えた。
山の中腹を超え八割方登ってきたかと言うタイミングで居丈高な天狗が現れ、引き返せと言ってきたのである。
何とか粘ってみる物の、取り付く島もない対応が返ってくるばかり。無理に押し通る訳にもいかないので、現状では諦めるしか無さそうだ。
「……済まんな妹紅、山に入れる事と自由に動き回れる事は別物みたいだ」
「う、うーん。残念だけど、それに関してはどうする事も出来ないみたいだね」
「山の妖怪は余所者への風当たりが厳しいと言うのは聞いていたが、今までの妖怪の対応を見た後だとかなり衝撃的だな。俺も、上層部への覚えはあまり宜しくないらしい」
「頭の固い奴等だよ、まったく」
「しかし、俺が山に所属している仲間でないのは事実だ。彼らにも立場や体面が有る、高圧的にならざるを得ないのだろう」
すごすごとその場を離れ、先程の広場近くまで降りてきた俺達。
岩笠に託された願いを叶えられるあと一歩の所で思わぬ妨害が入った事になり、何とも言えず意気消沈する。
「こうなったら強行突破かな。素早く通り抜ければ、気付かれずに踏み込めるんじゃないか?」
「それは無理が有ると思うぞ、成功率に比して失敗した時の問題が大き過ぎる」
「じゃあ、どうするんだよ。言っておくけど、諦める気は絶対に無いよ」
「俺だって泣き寝入りはしないさ。あそこまで言われたら、意地でも正面から乗り込んでやりたいしな」
聖域に踏み込ませる事は出来ないと言うあの天狗の事情も分かるが、流石に山に立ち入る事云々まで文句を付けられる謂れは無い。
単純にあの先へ行くのなら、気配を隠したまま転移魔法を使えば案外簡単に抜けられるような気もするが……それもあの天狗を憚っているようで何か癪だ。
何も後ろめたい事をやる訳ではないので、どうせなら正面から堂々と山頂に向かいたい。
「だが、少なくとも今日は止めておいた方が良さそうだ。とっておきの策を一つ思いついたから、吸血鬼の諸々が解決したらまた来よう」
「田澤のとっておきか。だったら、今は大人しく引き下がっておこうかな」
まあ、今の段階で下手に事を大きくすると吸血鬼への対応に色々と支障が出る可能性も否定出来ない。
俺が思いついた策と言うのも、まだ実行できるかあやふやな部分が有る。とりあえず今日は供養する山を特定したと言う成果で満足しておくべきか。
「……でも、今日やりたい事が無くなっちゃったな。これからどうしよう」
「それなら幻想郷の案内を頼みたい。昨日は結局人里の周辺と花畑しか見て回らなかったし、まだまだ今の幻想郷についての知識が不足しているんだ」
「ああ、確かに出来るだけ早い内に地理くらいは覚えておかないとね。
仮にも幻想郷で数百年過ごしてたって事になってるんだから、人里と山しか知らなかったら凄く不自然だし」
式神から情報を回収してはいるが、その式神自体が知らない事柄になると俺だけではどうにもならない。
緩やかに人間の記憶から消えるよう行動していた上、万が一にも正体を見抜かれないように八雲が使用を断続的な物にしていたので、式神の活動時間と範囲は決して広くなかったのだ。
「任せて、今日だけで幻想郷を快適に過ごせるくらいに鍛え上げてあげるよ」
「はは、お手柔らかに頼む」
このまま妙な知識不足を露呈すると困ると言う事で、俺は妹紅に案内されて妖怪の山を飛び出した。
幸いにも吸血鬼側の妖怪に遭遇する事なく、幻想郷をあちらこちらへと飛び回る俺達。十分に妹紅の解説を受けられたので、実に有意義な時間を過ごせたと言える。
夕暮れを迎え人里へと戻ってきた頃には、俺は幻想郷の地理や大体の事情を脳内に叩き込み終えていた。
「……本当に今日一日で目ぼしい場所の位置関係を覚えちゃうとは思わなかったよ」
「外界に比べれば、幻想郷自体がそこまで広くは無いからな」
「比較対象が悪いだけで、幻想郷も十分広いでしょ。大きな山が有って深い森が有って、他にも竹林とか花畑とか湖とか、色々有るんだし」
「ふむ、確かに言い方が良くなかったか。幻想郷は空を飛んで地図を見るように俯瞰出来るから、外界と比べて直感的に覚えやすい」
「……あー、そう言う事ね。幻想郷なら特に驚くような事じゃないけど、外界では迂闊に飛べないのか」
「徒歩と飛行だと移動速度も当然違ってくるから、余計に広さを錯覚する部分も有る」
つい最近まで外界を歩いて旅していた俺からすれば、飛行出来るだけでかなりの時間短縮を行っている気分になる。
徒歩で幻想郷を端から端まで廻れば、俺も流石に広くないとは言えないだろう。しかも冷静に考えてみれば、幻想郷は富士山に匹敵するかそれ以上の標高を持つ山を抱えて更にまだ土地が有り余っているのだ。
「八雲が一体どのような方法で幻想郷を成立させたのか、かなり気になる所だな」
「暫く前に二重結界がどうのこうのって聞いた事は有るけど、よく理解出来なかったな。八雲が張った結界と、博麗の巫女が維持する結界と、二つ有るんだってさ」
「ふむ、中々興味深いな。機会が有れば、いつか聞いてみる事にするか」
そう言えば八雲が吸血鬼を抑え込むとの事だったが、まだ動く気配が無いな。
藍は結界への干渉に対応していると言っていたが、あの八雲が維持に行動を制限される程の干渉となると結構不味い状況なのではないだろうか。
まあ、まだ俺が幻想郷に来てから三日すら経っていないのも事実。人里周辺の防衛に当たると言う役割が有るのだし、今の所は俺の領分でもないのに要らぬ気を回す必要は無いだろう。
「明日からは、俺も本格的に動かなければ」
「昨日は倒れるまで働いていたじゃない。そこまで無理する必要は無いよ、結界だって補強してくれたんだしさ」
「逆に言えば、それくらいしか仕事をしていないからな。風見との戦闘は人里の防衛に関係ない物だし」
「その結界だけで十分に助かるんだけど……あ、今日も慧音の家に泊まるんだよね?」
「……他にアテは無いが、俺が彼女の家に泊まっても良いものかと悩んでいる所なのだ」
食事も睡眠も必要ない俺だが、防衛に当たる以上は人里の外で野宿をして過ごす訳にもいかない。
そして人里に留まるとなると深夜徘徊するのは迷惑極まりないので、夜はどこか腰を落ち着ける場所が必要になる。
普通に考えれば、そこで宿を借りる事になるのだが……俺は今の人里に知人が殆ど居ないので、選択肢は上白沢の屋敷に限られる。
しかし、ある意味緊急事態であった昨日はともかく今日も女性の家に泊まると言うのはかなり気が引ける。
「どうして? 田澤が今日も泊まる物だと思って準備しているみたいだよ、慧音は」
「……彼女が気にしていないのであれば俺は有りがたく泊まらせてもらうが」
……妹紅は一応付き合いが長いし、信頼してくれている結果と言えなくもないが、上白沢と俺は昨日会ったばかりの間柄だぞ。俺が言うのも変な話だが、もっと警戒して然るべきではないだろうか。
まあ、俺を泊めてくれると言うのは素直に有りがたい。俺に疚しい下心は無いので、変に卑屈になる必要もないだろう。
そのように考え直して、俺と妹紅は再び上白沢の屋敷に戻った。
そして、上白沢の屋敷に住み込んで人里の防衛に当たる日々が一週間過ぎた頃。
不規則な奇襲を仕掛けてくる敵を相手にしつつ、余裕が出来れば人里周辺で遊撃を行ったり、結界の補強をしたりと役割を果たしていた俺の前に、藍が現れた。
「ふむ。当初の作戦を変更し、俺達で吸血鬼を討伐にかかると」
「吸血鬼が結界への干渉を行っているのであれば、紫様を抑える事で時間を稼いでいると考えられる。このままでは、埒が明かない」
「分かった。人里の防衛は、元々此処に居た面々に任せると言う事で良いんだな」
「既に他の者達には話を通してあるから、それで問題は無い筈だ」
いよいよ吸血鬼の拠点に攻め込む時が来たと言う事らしい。
手の速い事に根回しを終えているらしいので、俺も急いで準備を整え人里を離れる。藍に先導され妖怪の山に向かい、そこで集まった大妖怪達と共に今回の攻撃作戦の打合せに参加した。
打合せとは言っても、最終的に決まった作戦はそう複雑な物ではない。
先行して偵察を行っていた天狗の情報を頼りに、足並みを揃えた強襲戦法を複数回に分けて行うと言う物だ。
吸血鬼は気まぐれに前線にも出てくるが、基本的には味方に付けた妖怪を差し向け自身は籠城を選択している。そこを狙い、断続的に攻撃を仕掛ける事でダメージを与える。
ちょうど、人里に対して行われている戦法を大規模にやり返す形になる。しかし大きく違うのは、人里には各所からの援護や物資が供給されているが、吸血鬼の拠点にはそれが無いと言う事。つまり、持久戦が困難なのだ。
少しでも吸血鬼が不利になる状況で戦闘を仕掛けるべく、攻撃は太陽が真上に輝く正午の時間帯に決行される事となった。
そして何をどう間違えてそうなったのか、俺が指揮官となってしまった第一陣。藍と言う優秀過ぎる補佐や、協力する条件として俺の指揮下を要求した風見など、些か戦力過多と思えてしまう部隊を引き連れて吸血鬼の拠点にほど近い霧のかかる湖に移動する。
「何とも目に悪い色合いだな」
「ちなみに、この館の名前は『紅魔館』らしい。偵察に出ていた天狗の報告により判明した物だ」
「随分と安直なネーミングだな……と、そんな事を言いに此処まで来た訳ではない。
改めて確認するが、俺達の役目は内部への侵入を拒む障害の排除。紅魔館を覆う巨大な結界の破壊だな」
「その通りだ。唯一の例外として正面の門は結界の影響があまり及んでいないが、おそらくこれは私達を誘い込む為の罠だろう」
建築者のセンスが疑問になる赤塗りの館に思わずしょうもない事をボヤきつつ、藍と作戦の最終確認を行う。
俺達に与えられた役割は、後に続く部隊に攻撃の足掛かりを作る事。具体的な作戦内容としては、結界を破壊した後に館周辺の安全を確保すると言う物だ。
「結界の性質としては、侵入した物体を特異空間に閉じ込める物のようだ。単純な攻撃力での突破は難しいな。
この場に居る全員が後先考えず本気で攻撃すれば流石に限界許容量を超えるとは思うが、それこそ吸血鬼の思う壺だろう」
「……流石に結界への理解力が凄いな、君は指揮官に向いていると思うのだが」
「私としては今の立場が最も性に合うのだ、式神だからな」
八雲の式神である藍にとって結界は専門と言って良い分野だし、それに加えて作戦の立案も得意だろう。
その能力を活かす為にも藍こそ指揮官になるべきだと口に出してみるが、彼女自身はその気が無いらしい。まあ、俺としても既に決まった事なので本気で指揮官の座を譲りたいと考えている訳では無い。与えられた役目はしっかりと果たすつもりだ。
……とは言え、人間である俺よりも妖怪である藍が先頭に立つ方が波風立たないと思うんだがな。
「俺と藍が結界の法則を解析して解除すると言うのが最も消耗の少ない安全な策だろうが、それでは時間がかかり過ぎる。俺と藍で干渉しつつ、同時に攻撃をさせて……っ!?」
突然、周囲が闇に包まれた。咄嗟に状況を確認し、今更になってソロモン72柱の悪魔の気配を察知。
現状で吸血鬼が取りうる選択肢から考えれば、これは『セエレ』の魔法を応用して俺達全員を強制転移に巻き込む狙いのようだ。
「不味い、隊列を分断される!」
「なっ!?」
しかし俺達全員を強制転移させる程の力を、俺達が来てからの短時間で用意し発動できるとは思えない。
この転移魔法は最初から仕掛けてあった物と考えざるを得ないのだが……まさか、あの強大な結界自体がフェイクだったと言うのか。
「……不用意だったな」
吸血鬼の仕掛けた本来の防御手段に気付くも、引っかかった後では意味が無い。
「……大して場所が動いていない?」
どうやら結界の内側に転移させられたようだが、まだ館が見える位置だ。何しろ門が目の前、まさかの短距離転移である。
しかし生憎此処に居るのは俺一人。各々が全く別の位置に居るのか、それともある程度の集団で分断させられたのかまでは分からないが、他の皆は館内部へ転移したのだろう。
まんまと吸血鬼の策に嵌った自分の情けなさに溜息を吐きつつ、門の前に立つ女性に声をかける。
「……で、君が俺の相手と言う訳か?」
「はい。貴方は此処で確実に止めろと、お嬢様から御命令を賜っています」
緑を基調とした中華服に人民帽、鮮やかな紅の長髪。武術の達人特有の威圧感を放つ、門を守るように構える女性。
恐らく孤立した俺を打倒、少なくとも足止めをするのが吸血鬼の策なのだろうとは予測出来るが……幾ら何でも俺を過大評価していないか? ソロモンの悪魔達を除いた俺自身の戦闘能力はそこまで高くない。
「ふむ、要はこの先に進みたければ私を倒せ、と言った所かな」
「ええ、そんな所です。貴方が何者かまでは詳しく知りませんが、お嬢様が直々に止めろと仰った相手。進ませる訳にはいきません」
「君の主のせいで皆が迷惑しているのでね、進まない訳にはいかない。君も、こっちの事情は分かるだろう?」
一応最低限の説得はしてみるも、効果は期待していない。これで翻意するようなら最初からこの立場に居ないだろう。
他の大多数の妖怪のようにカリスマや悪魔の力で従えられているならまだしも、彼女からは自分自身の強い感情が見受けられる。
……よって、彼女が脚を軽く開き両の拳を顔まで持ち上げた時点で俺も戦闘態勢に入る。魔力をコートに流して防御力を高め、更に身体能力を強化。『扉』から鞘に入ったままの刀を取り出して左手に掴み、右手に魔力剣を生成する。
「確かに、私達の行動がこの地に害となっている事は知っています。ですが、私はお嬢様の部下なのです」
「臣下なら主の愚行を諌めるべきだ。自らの主を暗君にしてしまっても良いのか?」
「あはは…… 臣下と呼べる程、高い立場でも無いんですよね。私は単なる門番、主に招かれざる客へ御帰り願うのが仕事です」
「門番、か」
彼女の発した単語と主の住まう空間への門を背にして構える姿に、膨大な記録の中の一部が想起させられる。尤も、その光景を客観的に見たのは『俺』では無いのだが。
「一応、俺の意見を言っておこう。門番の仕事とは、主に会う資格を持つ者かどうかの裁定を下す事だ」
「同感ですよ。ですから、貴方を通す訳には行かないのです」
門番から虹色に輝く魔弾が放たれる。見た目は派手、しかし大した殺傷性を持たないそれを正面から切り裂いたが……
「やはり、目晦ましか!」
「紅魔館の門番、我が名は紅美鈴! 参ります!」
「肩書きは……旅人。名前は田澤昴。生憎と鍵は無いが、その門は超えさせてもらう」
一気に距離を詰め迫りくる美鈴に、右手に持った魔力剣を投擲する。わざわざ相手の間合いで戦闘する気は無い。
「武器を手放した……? ははあ、そう言う事ですか」
一瞬訝しんだ表情に変わった美鈴だったが、間を置かず俺の狙いは看破されたようだ。
この魔力剣は魔力が続く限り幾らでも生成出来るし、使い捨てで扱う事を躊躇する理由が無い。その気になれば弾幕としての運用さえ可能だ。形状変化は勿論の事、魔力を解放して爆弾扱いする事も出来る。
「でもやはり、武器を手放したのは間違いです!」
「俺の剣を自分で使うつもりか? それこそ間違いだが……!?」
俺の狙いが分かっていながら魔力剣を回避せず掴み取り、それによって斬りかかってきた彼女に痛手を負わせようとして驚愕する。
魔力に干渉して爆発を引き起こそうとするも、美鈴によって纏われた力がそれを妨害。結局何も起こせないまま接近を許してしまった。
回避に無理がある距離なので、刀を構えて迎撃する。
「ぐうっ、その力は一体……!」
「あれ、これこそ人間なら誰でも持ち得る筈の力ですよ。『気』と言えば伝わりやすいでしょうか」
俺の魔力剣の上に虹色の波動を重ねた美鈴。彼女から放たれた一撃を受け止めた瞬間、思わず苦悶の声が漏れる。
武器に対しての体重移動や攻撃を当てるタイミング、それら全てが完全と呼べる合一を果たし恐るべき威力となっていたのだ。
攻撃に対して無意識に取る受け身が意味を成さず、衝撃を逃がしきれなかった為に全身へ痺れが走る。その痛みに何とか耐え、続く追撃を回避する。
「はあっ!」
「……俺の剣を完全に支配下に置いたか」
美鈴の魔力剣は気に覆われて性質を変えたのか、青龍刀のような形状へと変化している。
そこから振るわれる太刀筋は武術特有の洗練された美しさが有り、演舞の如き華麗さと相まって一瞬目を奪われそうになる。
此処が戦場ではなく、衣服も華々しいドレス辺りだったら動きを止めて拍手の一つでもしていたかも知れん。
「だが生憎と、大人しく斬られる訳にもいかないのでな!」
「やはり、貴方も中々の達人ですね」
高速で迫りくる青龍刀を必要最少限の動きで回避、どうしても躱せない時は刀で弾いて軌道を逸らす。
幸い動作その物は俺の目でも視認出来る程度の速さなので、一方的に打ち負ける事だけは無い。迎撃で手一杯だが。
……相手の弱点を突く戦い方を得意とする俺にとって、どの能力も平均的に強い美鈴は厄介極まりない。
悔しいが、この調子だと俺の剣術のみでは美鈴を上回る事が出来ない。内部に侵入しても居ない内から魔力を消費したくは無かったのだが、そうも言っていられないようだ。
「『シャックス』! 紅美鈴の視覚を奪え!」
「っ!?」
ソロモン72柱が内の序列44番『シャックス』の力を瞬間的に行使する。
『シャックス』の能力は対象から視覚、聴覚などの感覚を奪うと言う物。しかし今回は殆ど魔力を注ぎ込まず詠唱すら省いた為、その効果はごく僅かにしか機能しない。
だが、それで良い。一瞬でも美鈴の視界を遮る事が出来れば攻撃の主導権は奪える。この極近接戦で目が見えない状態は、たとえ一秒に満たない時間であろうとも致命的だ。
「くうっ、まだまだ……」
先程の美鈴に対抗するように、俺も全身の力を流し込んで刀を振るう。
気絶を取ろうと首筋を狙って峰打ちを打ち込むが、美鈴は視覚を奪われていながらも咄嗟に防御姿勢を取って自らを守る。
このままでは俺の一撃は美鈴の青龍刀に阻まれてしまう。しかしこの絶好の機会、そこで終わらせる訳にはいかん!
「『マルコシアス』! 我が剣に心眼と比類なき武力の加護を!」
ソロモン72柱が内の序列35番『マルコシアス』の加護で腕力を補正し、更に青龍刀を構成する『気』の薄い部分を見抜く。
加護を受けた俺の刀と弱点を突かれた美鈴の青龍刀は、僅かな拮抗の後に青龍刀の破砕と言う形で決着を迎えた。俺の峰打ちは障害を排除し、美鈴の首筋へ走る。この距離では防御も回避も無意味、確実に仕留めた!
「な!?」
その、事実から来る自信を元にした必中の一撃は強烈な違和感と共に空を斬り。
「馬鹿な、空間転移!? だとしたら、何処へ……ッ!?」
受けた感覚に動揺しつつも隙を見せず次の動作を開始し、周囲へ目を向けた俺が見たのは全方位から迫り来る逃げ場を完全に塞いだ無数のナイフ。
「な、めるなぁ!」
全弾が命中するまでの僅かな時間でコートに更なる魔力を流し防御能力を高め、可能な限りの魔力防壁を構成する。
何とか頭部を覆い隠し、最低限の身の安全を確保した所で時間切れ。急所こそ防いだが、迫るナイフは俺のコートを貫く。
「ぐっ、畜生……」
深い傷には至らない。魔力は多少込められている物の、基本的に単なるナイフであった事が幸いしたらしい。しかし、全方位から迫る圧倒的な物量を防ぎきる事は不可能だった。
「まさか無傷なのかと驚いてしまいましたが。少しは効果が有るようで、安心しましたわ」
「……新手か」
いつの間にか姿を現していた美鈴の隣に、青と白のメイド服を着た銀髪の少女が立っていた。
美鈴の『気』を操ると言う能力では説明がつかないし、状況から考えて攻撃をしたのはメイド少女の方だろう。地味な痛みに顔を歪めつつコートに突き立ったナイフを払い落し、その内の一つを少女めがけて投げ返す。
「あら、意外と根に持つタイプ?」
美鈴をあんな瞬間転移まがいの力で救援したこの少女が、この程度の攻撃に当たる訳も無いだろう。
そう考えた俺は適当な攻撃でもう一度あの回避を誘発させて、今度こそ能力のタネを見極めようとしたが……
「一応、わざわざ返してくれた事には感謝しますわ。拾うのは面倒ですし」
「……」
再び違和感を受けた次の瞬間には、少女の右手にナイフが収まっている。嘘のような光景だ。
「咲夜さん、助けに来てくれたんですか! いやあ、後少しでやられてしまう所でしたよ」
「……いつも思うのだけど、貴方はもう少し本気を出したらどう? お嬢様が手加減無しでと仰ったでしょう」
「だからこれで全力ですよ。彼が強いので押されてしまったのです」
「なら、そう言う事にしておくけど。お嬢様の期待は裏切らないようにね」
仕組みを把握しきれない正体不明の能力を行使する少女。そして、純粋な近接戦闘能力では俺を上回る美鈴。どちらか一人でも厄介だと言うのに、連携されると非常に厳しい。
紅魔館側の戦力で脅威と成り得る存在を二人も引き離す事が出来たと、この場では楽観的に考えておくべきか。事前に緊急事態での行動は数パターン用意してあるし、藍ならば臨機応変に隊を運用出来る。
他の妖怪達も風見を筆頭に精鋭揃い、上手くやってくれるだろう。
「……正面きっての戦闘は想定していなかったが、館内部へ出向く手間が省けたと考えさせてもらおう」
ともかく俺も紅魔館へ侵入し、彼らと合流しなければ。
その為には此処で足止めされる訳にはいかない、下手に長期戦を狙わず速攻で勝負を仕掛けよう。