「出向く手間が省けたとは、私達も随分な評価をされたものね」
メイドの反応は聞き流し、速やかに攻撃準備を整える。
実力者を同時に二人も相手取る事になった以上、余裕を付けてはいられない。しかも美鈴はともかく、メイドの能力は未だに底が知れない。
恐らく他者や物体に対しても使用できる空間転移といった所では有るのだろうが、確定するには情報が少なすぎる。下手に思い込んで意表を突かれては堪らない。
優先して潰すべきはメイドの方だろうと判断した俺は、刀を下段に構えつつ一息に懐まで飛び込む。
しかし当然のようにメイドは俺の視界から姿を消し、代わりに俺を出迎えたのは再びナイフ。どうせそのパターンだろうと予測は付いていたので特に動揺も無く、迫りくる凶器を弾き落とす。
「私を忘れてもらっては困りますよ!」
「……くうっ」
しかし、その動作の隙を突いて間髪入れず接近してきた美鈴への対処が遅れる。
鳩尾を狙った初撃の正拳突きこそ何とか回避したが、続く拳の連打に巧く対応出来ず脇腹にかすらせてしまった。命中した訳ではないので致命的では無いが、この手のミスは戦闘が長引けば長引く程疲労となって現れる。
「おや? 貴方は剣術だけでなく徒手空拳も嗜むのですか。中々堂に入った構えですね」
「生憎と時間だけは有ったんでね、引き出しは多くしているつもりさ」
剣道三倍段とは言うものの、それは間合いの確保を前提とした優位さを意味している。
武器の間合いよりも深く踏み込まれてしまえば、超近接戦で長物を使うのは不利でしかないのだ。
そして残念ながらそんな状況でも刀での戦闘を続行出来る程、俺は自分の技術に自信は持っていない。仕方なく刀を手放し、独自の体術で応戦する。
「本当に強いですねえ。お嬢様の事とは関係無く、貴方と手合わせをしてみたかったです」
「度を越した謙遜は嫌味だぞ美鈴……」
気を纏った拳や蹴りを受け流しつつ、隙あらば組み付きに持ち込もうとはするが悉く振り払われる。
この調子では美鈴を無力化する前に俺の体力が尽きるだろう。速攻で勝負を決めると意気込んではいるが、今後の事を考えるとあまり無茶なペース配分も出来ない。
「美鈴、乗せられてるわよ。その男、私の位置からは常に貴女の影で死角に入るように移動している」
「成程、それで先程から必要以上に大振りで回避を。ほらやっぱり、貴方も油断ならない強かさを持っているじゃないですか」
間の悪い事にナイフを構えながら様子を窺っていたメイドが、擬似的な一対一を作る俺の小細工を見破ってしまった。
先程からの戦術を見る限り、メイドは美鈴ほど近接戦闘を得意としてはいない事が分かる。それを利用してナイフの投擲から美鈴を盾にし、連携を崩す策だったのだが……
「投げナイフ以外に能が無いと思われるのも癪ね。美鈴、そこを離れて」
「了解しました!」
膠着状態に陥る事を嫌ったメイドは、状況を打開するべく大技の発動体勢に入った。
あまり歓迎すべき状態ではないが、このメイドの大技となれば未だに正体不明な能力を最大限に使用する物となるだろう。攻撃を受けるリスクは大きいが、情報を得られる期待値も大きい筈だ。
コートに流す魔力を強め、全身に纏う魔力防壁を強化し、虎穴に入らずんば虎子を得ずとばかりにメイドの能力を見極める態勢を取る。魔法による気配探知も併用しつつ、一挙一動すら見逃さぬよう最大限に集中力を高めて――
「ぐぅっ……!?」
メイドがナイフを転移させる度に感じていた違和感。
これまでは単に不快感が煽られる程度だったそれが、まるで魔力枯渇時のような名状しがたい強烈な感覚に変わる。薄れゆく意識を手繰り寄せ、何とか周囲の状況を確認するが。
「チェックメイトね」
「な、空間断裂!? いつの間に」
今の数瞬で俺の周囲には、生半可な防御も回避も意味を成さない致命的な剣閃の群れが展開されていた。
いや、ただの剣閃では無い。俺の空間把握に特化した感覚が、本来そこに在るべき空間が斬り裂かれている事を伝えてくる。
斬り裂かれた空間は元ある姿に戻ろうとし、周りの無事な空間をも巻き込みつつ修復される。当然その直中に放り込まれた格好になっている俺、正確には俺の肉体が在る空間も修復に巻き込まれ。
「が、あ、Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」
「あら、貴方やっぱり妖怪? とても人間に出せる叫び声では無いけれど」
「Gaaa'aaaaaaa! Aaaaaaaa,ぐ、ぐぅうう!」
魔力防壁は空間断裂に対して僅かな時間抵抗し、纏ったコートはダメージの数割を受け流した。
しかし両者を組み合わせようとも、空間の修復力を無視出来る程の防御力には至らない。コートを突き破り、俺の肉体には巨大な鎌で幾度も斬り裂かれたかのような傷が刻み込まれる。
単なる物質転移能力であれば、このような事象は引き起こせない。実際に身を以て知ったダメージからも、メイドの能力は転移と言う次元を超えた空間操作であると判断せざるを得ない。
しかもこれ等は見た目には何の前触れも無く、唐突に発生した。俺は空間把握に関しては少しでは無い自信を持っているのにも関わらず、空間に干渉が起こる予兆も動作も何も確認出来なかったのだ。
「これだけボロボロになっても声を張り上げられる辺り、どう考えても人間では無いわね。もう、虫の息のようだけど」
「あ、あの、咲夜さん? 流石に殺すのはどうかと思うのですけど……」
「生かしておく理由は無いわ」
この『俺』が空間への干渉を把握出来なかった、と言う事実からメイドの能力に予想が付いた。全身から流れ出る血液と共に失われていく意識を、気力で繋ぎ止める。
「あー、えっと……。 そ、そうだ! ほら、私を相手にした人間ですよ、私の練習相手になるかなー、なんて」
「それにしても生かしておく必要は無いでしょ? 今のお嬢様は死体を従える能力をも有するのだし。そもそも、これ人間なの?」
「生きたまま意思を操る能力だって有るじゃないですか、何も殺さなくても」
倒れ臥した体によって隠れた手を動かし、手探りでメイドがばら撒いたナイフを掴む。
そのまま体を中途半端に起こし、メイドに向かってナイフを投げ付けた。このメイドは回避も攻撃も能力に頼っている節が有る、不意討ちならば咄嗟の能力使用を誘発出来る筈。
「っと。まったく、油断ならない男ね」
「い、今のは本気で気配が読めませんでしたよ……」
そして間を置かず右手に走る激痛。どうやらメイドが投げ返したナイフは俺の右手を貫通したらしい。
だが、今はたかが肉体の損傷程度にいちいち反応していられない。今回もまた、不快な違和感は俺を襲った。その違和感の正体は『俺』が空間の他にもう一つ、掌握を得意とする対象の異常。
「……時間操作か。実に不愉快だよ」
陳腐な表現をすれば、運命的な出会いとも言えるか。俺は倒れていた体を起こし、舌打ちしながら立ち上がる。
「『門番』と『時を操る侍従』が俺の前に並び立つとは、些か出来過ぎてはいないかね」
「なっ、傷が消えて……」
「特に驚く事でも無いだろう、君の周りには回復魔法の使い手も居なかったのか」
「……大人しくそこで倒れていれば良かったのに。再び切り刻まれるのを御所望なのね」
途端、世界が凍り付く。色が消え、音が消え、あらゆる気配は消失し。その世界で動くのはメイド一人のみ『だった』。
「そ、そんな!? 何故貴方は、私の世界で動ける!?」
「この程度の時間停止で、私の世界とは片腹痛いな」
まさか時間に干渉する相手が居るとは夢にも思わなかったから、気付くのが遅れてしまったが……よりにもよって『我等』に時間と空間の領分で勝負をかけるとは、運が無い少女だ。
「さて、君の能力は完全に封殺した。潔く諦めたまえ」
「……さっきから、時間を動かそうとしても干渉出来ない。これが、貴方の仕業だと言うの?」
「美鈴と連携されると少し厄介だからな。まあ、君が時間を動かせたとしても俺が再び止めれば同じ事になるがね」
この少女はナイフ以外の攻撃手段を持たず、それを時間操作と空間操作によって補助している。
時間を止めれば単なるナイフと言えども十分な脅威になるし、その状態で空間断裂なんて普通に考えれば対策しようが無い。
しかしどちらも俺に通用しなくなった今、この少女は単体での戦闘を余儀なくされる。
今思えば、ナイフを投擲のみに使用していたのも納得出来る。
時間停止による回避が出来るとは言え、近接戦闘では純粋に速い相手へ反応出来ない場合が有るからだろう。
「諦める訳には行かないわ。お嬢様からの命令を、果たさない訳には……!」
「主に仕える侍従として、その姿勢は買うが。俺にも目的が有るのでね、先に進ませてもらう」
勝ち目が無くなったと言うのに、このメイドは健気にも主からの命を果たすべくナイフを構える。
その姿自体には敬意を表しても良いくらいだが、だからと言って手心を加えるつもりは微塵も無い。……異常な時間の干渉を受ける事で『我等』の封印が緩んでしまった。私怨だが、この借りは返させてもらおう。
「そう言えば、君の名前をまだ聞いていなかったな。俺は田澤昴、戦う相手の名前くらいは知っておきたい」
「……紅魔のメイド、十六夜咲夜と申します。いざ、尋常に!」
「御丁寧にありがとう。『シャックス』、十六夜咲夜の意識を奪え」
「あっ……」
元より尋常な勝負をするつもりは無い。名前を媒体として『シャックス』の魔法を発動、視覚や聴覚と言った上辺の感覚ではなく意識その物を奪う。
美鈴との戦闘時は魔力の制限や詠唱の制約が有ったせいで、視覚のみをごく短時間奪うに留まったが……このメイド、十六夜の干渉で『我等』の力が『俺』に影響を及ぼし始めた。忌々しいが、今の俺は人間の魔法使いとしての限界を超越している。
本当ならばこの力は今すぐにでも抑え込みたい所なのだが、改めてこの封印に魔力を割けば戦闘の続行が困難になる。流石にそれは悪手だろうし、仕方ないが最低限の制御にのみ魔力を配分する事としよう。
「さて、次は美鈴か」
十六夜が意識を失い崩れ落ちた事で、彼女によって発生した時間停止の領域が解除されていく。
凍り付いた世界に色が戻っていき、音が再び聞こえ始め、消失していた気配が戻ってくる。俺は十六夜から意識を外し、美鈴に目を向けた。
「さ、咲夜さんっ!?」
「彼女は眠っているだけだ、心配なら体調を確認してやると良い。後ろから攻撃を仕掛けるなどと言う外道な真似はしないさ」
時間が止まっていたから、美鈴からすればいきなり俺が正面に現れ、十六夜が倒れたように見えただろう。
別にハッタリをかける気も無いし、表情を硬くして様子を窺う美鈴には真実を告げてやる。一瞬だけ俺から視線を外し素早く十六夜を助け起こした美鈴は、彼女の呼吸を確認して安心したように息を吐く。
「理屈は分かりませんが、貴方は時間が止まっていても動けたんですよね?
押し通るつもりなら、私を攻撃する機会なんて幾らでも有ったんじゃありませんか?」
「君は終始正々堂々と力をぶつけてきたからな、俺も卑怯なやり方はしたくないと思っただけさ」
「その言い方だと、咲夜さんには……」
「まあ、まともに戦ってはいないな。と言うより、能力を封じられた時点で彼女の戦闘能力は高が知れているだろう」
「それでも咲夜さんは、並の妖怪ならナイフ一本で捌ける程の腕前の持ち主ですよ」
「なら俺が並の妖怪以上だったと言う事だ」
さて、時間が惜しい。そろそろ先に進まなければ。
「卑怯な手段は使わないが、長引かせるつもりも無い。君のペースには合わせないぞ」
「望む所です。私だって、手加減されて良い勝負を演じるのは本意では有りませんよ」
「では、遠慮なく行かせてもらおう」
『扉』を開いて落としたままになっていた刀を回収しつつ、俺の内界に宿る術式を参照。魔力によって記述を励起し、限定的に『銀の槍』を構成する。
本来これは投擲用の槍である物の、別に直接持って使った所で何か支障が有る訳でもない。強いて言えば白兵戦にあまり向いていない形状だが、むしろ『俺』にとってはこれ以上に手に馴染む物も無い。
「槍、ですか。剣術よりも槍術に長けていると言う事ですね?」
「答えは君の身を以て知りたまえ」
言い捨てつつ、一気に槍の間合いまで接近。すかさず美鈴に連撃を浴びせる。
斬ると言う動作の為に円軌道を通る必要が有る剣と違い、槍での攻撃は直線的に相手を狙う一動作で成立する。勿論単純に手数が増えるとは言い切れないが、刀を相手にするよりも確実に対応は難しいだろう。
「く、うぅ……!」
「まさか徒手空拳で槍で弾けるとは、恐れ入るよ」
それでも褒め称えるべきは美鈴の技量か、俺が秒間に複数回の突きを繰り出していると言うのにその矛先を流水のように腕を振るう事で逸らし続けている。
しかし発生する衝撃までを完全に受け流す事は出来ない。たとえ一撃一撃は致命傷にならずとも、重い衝撃は確実に美鈴の体力を削っていく。ここまで来れば美鈴は防戦一方、一度傾いた戦局を揺り戻す事は出来ない。
「っ、腕が…… 済みません、お嬢様。貴女をお救いする事は出来ませんでした……」
蓄積したダメージが、遂に美鈴の動きを縛った。決死の防御を抜け、俺の一撃は美鈴へと迫る。
最後に一矢を報いようと言うのか自ら槍に向かって踏み込み、捨て身のカウンターで迎撃しようとする美鈴の首筋へ銀の輝きが吸い込まれていき――
「あ、れ? 何で、攻撃が外れて……」
「……何か勘違いしているようだが、俺は別に君達を殺しに来た訳では無い」
当たる寸前で『銀の槍』は消失させ、美鈴の最後の全力が込められたであろう拳を受け止める。
何故自分が生きているのかと美鈴が疑問そうに声を発したので、彼女の誤解を正しながら言葉を続ける。
「今ので負けは認めるだろう? 俺を館の中へ案内してくれないか」
「……負けは認めます。今の一撃は、確実に私の首を刎ねていたでしょう。ですが勝負に負けたからと、貴方に寝返る気は有りませんよ」
まあ、予想通りの返答だ。幾ら俺との勝負に負けたとは言っても、忠誠を誓う吸血鬼を裏切るような事はしないだろう。
しかし、それならばその忠誠を裏切らないような形で俺へ協力させれば良い。幸い俺には一つの交換条件が有り、それは美鈴にとって了承せざるを得ない物の筈だ。
「俺に力を貸してくれたら、君の言う『お嬢様』を救う為に協力するつもりだが」
「っ、それは、嘘でしょう。さっき私が漏らした言葉で鎌をかけているのですね」
「いや、事実として君に協力する用意が有るのさ。
お嬢様とやらが今回のような行動を取り始めたのは、妙な悪魔召喚術を手に入れてからではないか?」
「えっ、何故それを……!?」
「ふむ、やはりな。俺はお嬢様を正気に戻せるかもしれないぞ」
俺の予感は確信に変わる。どうやら今回の件、吸血鬼も被害者の可能性が高くなってきた。
先程の戦闘でのダメージを引きずったまま悩み続ける美鈴へ回復魔法をかける。いつまでも満身創痍の状態でいるのは可哀想だと言う考えからの行動でも有るが……
実情としては、恩の押し売りをする事で協力せざるを得ない状況に追い込む姑息な小細工である。
「……分かりました、協力しましょう。貴方がお嬢様に起こっている異変の正体を知っているのは確かなようですし」
美鈴は暫く考え込んだ後、俺に協力すると決断してくれた。内部協力者を確保する事が出来たのは非常に助かる。
まずは館へ侵入する前に美鈴から内部の情報を軽く教えてもらい、これからの行動予定と一応の拠点について話し合う。
「ふむ、軟禁されている地下図書館の主ならば俺達の側に立って協力してくれる筈だと」
「お嬢様の親友でパチュリーと言う方です。彼女は、お嬢様の変貌に心を痛めておられます」
少なくともこの館については俺よりも美鈴の方が詳しく、住人の人柄にも明るい。
美鈴が太鼓判を押すのなら俺が変に口を出す必要は無いだろうと判断し、気絶した十六夜を背負う彼女に先導されて館の内部へと侵入を果たした。
「……あ、そろそろですよ。確か、この辺りを弄ると」
空間が歪み、外観からは予想もつかない程に広大な内部構造を持っている紅魔館。
無限に続くのではないかとさえ思える紅の廊下を進んでいると、何やら美鈴が隠し部屋にでも繋がるらしい仕掛けを動かしてくれた。
「えーっと、此処ですね。地下図書館に繋がる階段が現れましたよ。
魔法で何の変哲もない壁に見せかけてますが、幻影なので普通に通り抜けられます。安心して着いて来てください」
「仕掛けを動かしただけでは侵入に不十分と言う事か。視覚的なトラップも有るんだな」
「咲夜さん以外のメイドには面倒くさいと不評なので、これは近い内に撤去されるかもしれませんが」
……敵にケチを付ける気は無いが、面倒と言う理由で侵入者対策を怠ったら駄目だろう。
そんな事を考えながらも口には出さず、美鈴に続いて壁に見える部分へ突っ込む。特に何事もなく壁を抜けると、下へ向かう階段が姿を現した。
「おお……圧巻だな」
「凄いですよね、この本の数。しかも不思議な事に、此処の本は徐々に増えてるんです」
「買わなくても向こうから来てくれるとは、本好きにはたまらないだろうな」
長い階段を数分かけて下りると、そこには何とも圧倒される光景が広がっていた。
地下と言うにはあまりにも高い天井、どの方向を向いても視界に入る巨大な本棚、そして其処にぎっしりと詰まった本。
背の高い本棚が乱立しているせいで遠方を視認し難いが、この分だと館の面積程度の広さは有りそうだ。その広大な空間全てに一定間隔で本棚が並んでいるとすれば、図書館の蔵書は万単位では収まるまい。
「此処にパチュリー様がおられる筈なんですけど……見当たりませんね」
「まあ、普通に考えて身を隠しているんだろう。君が隣に居るとは言え、俺は侵入者だからな」
この図書館のあちこちにも魔法による罠が仕掛けられているし、素直に姿を見せてくれるとは考えにくい。だが、それは俺が一人で行動していればの話。
「パチュリー様ー! 私です、美鈴です! お嬢様を助けられるかもしれない手立てが見つかったんですよ!」
美鈴が大声を張り上げ、図書館内に彼女の声が響く。
するとその声に答えるように図書館に仕掛けられていた障壁の一部が解除され、それまで本棚が有った場所に新たな方向へ続く道が出来た。とりあえず、受け入れてくれると言う事らしい。
思ったよりもあっさりと話が着いたので罠である可能性も警戒しつつ、美鈴と共にその道を先へ進んでいくと。
「あー、パチュリー様。先に説明しますと、この方は……」
「田澤昴、でしょ?」
「あれ、どうしてパチュリー様が彼の名前を? あ、すいませんパチュリー様、咲夜さんをここで休ませてあげてください」
無数に積み上げられた本の傍に置かれた椅子に腰掛け、魔導書に目を落としながらダルそうに美鈴へ返す少女。
全体的に薄い紫色で統一されたネグリジェのような服と、気力の感じられない雰囲気が相まってまるでたった今起きたかのようにも見える。
ともかく、この少女が地下図書館の主なのだろう。
「……私を此処へ閉じ込める時に、レミィが話していたわ。悪魔召喚術に長けた自称人間の魔法使いだって」
「た、田澤さんって魔法使いなんですか? あんなに剣とか槍とか素手での格闘をしていながら、そっちは本職じゃなかったと!?」
「まあ、どちらかと言えば近接戦闘よりも魔法を駆使する方が得意だが……」
……何か妙だな。俺は殆どあの吸血鬼と会話していない、互いの名前を知る機会など無かった。
それに他の部分にも疑問が浮かぶ。悪魔召喚術に長けた、と言うのは『ガープ』を見て判断したと考えられなくも無いが、自称人間の魔法使いとの評価は俺に対して初対面では下せない筈。
「それで、何の用? その男には悪魔召喚の魔法について聞きたい事が沢山有るんだけど」
「……パチュリー様、お嬢様を共にお救いしましょう」
「レミィを……? まあ、貴女がそれを訴える為に此処へ来るのは理解出来るけど。その男、田澤は私達に全く関係ないわよね」
「彼はお嬢様の異変に見当を付けた上で、私に協力すると言ってくれました。
……私は田澤さんが信用に足ると判断します。パチュリー様、どうか私達に力を貸してください!」
「いきなり出て来た上に侵入者である俺を信用するのは難しいかもしれん。
だが、これは俺にとっても解決したい問題なんだ。彼女を正気に戻さなければ、この戦闘も真の解決には至らない」
「どう言う事かしら」
「『黒幕』を捕えなければ意味が無い。吸血鬼自体は傀儡として利用されているだけのような物だ」
何らかの形で吸血鬼の精神に干渉しているであろう存在を打倒しなければ、最悪また同じ事が起こってしまう。
相手が俺の召喚術式を扱えると言う事も考慮すると、その正体を暴く事は俺個人にとっても重要である。……あの術式を使用出来るのならば、禁忌の叡智に触れている可能性も高い。到底見逃す訳には行かないのだ。
「君が友を救いたいのなら俺達の目的は一緒になる。協力しない理由は無いと思い、俺は此処に来た」
「ふーん。何か口車に乗せられてるみたいで癪だけど、私がレミィを助けたいのは本当の事だし」
「パチュリー様! そう仰られるって事は」
「私に出来る限りの協力をするわ。でも、条件がある。……田澤昴」
「ん、俺か?」
まさか条件を出してくるとは、あまり予想していなかった。
彼女にとっても俺達と協力関係になるのはメリットしかないと思うのだが、何か気に入らない事でも有ったのだろうか。
「レミィがおかしくなった原因の悪魔召喚術だけど、魔法使いとしてはとても興味深いわ。
話を聞く分には、貴方も同じような事が出来るんでしょう? 全てを教えろとか図々しい事は言わないけど、術式の概要くらいは教えてくれないかしら」
「……まあ、そのくらいなら」
また地味に困る辺りを突いてきたな、出来ればそこは見逃していてもらいたかった。
パチュリー自身が全てを教えなくても構わないと言っているので、ある程度は許容出来るが……とりあえず、青娥と同じようにすれば良いのだろうか。
「だが今すぐは時間が足りないだろう、それは後と言う事に」
「それなら余裕が有る。軟禁こそされているけど、紅魔館の状況は今も魔法によって把握しているもの。今の所、侵入者達は概ね優位に事を進めているわよ。
館の中ならどんな場所にも転移出来る魔法も既に設置してあるし、急な状況の変化にも対応出来る。……こっちは流石にレミィの妨害が入るだろうから、使えるとしても一回きりだけど」
「いや、心情的な話としてだな……」
興味がある分野だからなのか、やけに押しが強くなったパチュリー。
全体的にダルそうな雰囲気は変わっていないのに、捲し立てるように口数が多くなり積極性が滲み出てきた。
「これは交換条件よ、呑めないのなら協力しないわ」
「あー、分かった分かった。今内容を纏めるから少し待て……」
適当な所で妥協しておかなければ、この議論は平行線を辿るだろう。
幾ら対応出来る用意が整っているとは言っても、頑張っている藍達を余所にゆっくり話し合うのはかなり気が引けるが……心強い協力者を得るための対価と割り切ろう。