旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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断章『可能性の愚者』の第四話目です。
最新話である場合は章編成を無視して普通に投稿し、次回更新時に本来の章部分へ移動させる事にしようと思います。

4月17日追記
章を移動させました。


日常と非日常の境界

 この記録は『俺』が閲覧を許可された『本来の田澤昴』の情報、ひいては宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーンの情報。そして『元の世界』の情報を、口語体かつ物語調で記述する物である。

今回は考察を深めるべき情報の回収に成功している。それらは多岐にして複雑怪奇であり、現在も疑問の処理が追いつかず、混乱の極地に叩き落されている。物語は可能な限り記録再生中の精神的衝撃を省いているが、一部において発生した『田澤昴』の物では無いノイズは『俺』の意向としてわざとそのまま残しておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あー、楽しみねえ。今回は何時にも増して凄い発見が期待出来そうよ」

 

 「うんうん、機会を作ってくれた田澤くんには感謝しないとね」

 

 「まだ何も始まってないし、感謝と言ってもそこまで大した事はしてないような」

 

 

 俺達三人は向かい合う背もたれ付きの椅子に腰かけ、思い思いに喋る。

単にいつものサークル部屋で雑談しているような雰囲気だが、今回は大きく異なっている『景色』がひとつ。俺達のすぐ傍には床と天井以外を全て覆う巨大な窓が存在していて、その外には雄大な自然が移ろっているのが分かる。

 

 ここはいつものサークル部屋ではない。

京都発東京行き、卯酉新幹線『ヒロシゲ』の車内である。

 

 

 「……しかし、随分と凄い景色を作った物だな」

 

 「凄い事は凄いけど、偽物だって思うと退屈って思わない? 窓の外は、本当は真っ暗なトンネルなのよ」

 

 

 実はヒロシゲに乗るのはこれが初めてである俺。そんな俺が窓の外を眺めながらしみじみと呟くと、メリーがその光景が偽物である事を指摘してくる。

そう、虚構なのだ。高層ビルも送電線も、およそ人類の手が加わった建造物が全て取り除かれた、極めて日本的な情景は……ヒロシゲの誇るカレイドスクリーンによって映し出された、『人工的な自然』。極めて微細な光学処理の賜物による、架空の景色なのである。

 

 

 「退屈にはならないな。この『外の景色』を見ながら本物に思いを馳せるのも、雨月みたいで風流じゃないか?

  それに、このカレイドスクリーンに使われている技術……素直に感心するし、仕組みがどうなっているのか興味は尽きない」

 

 

 メリーの問いかけにやんわりと反論する。少なくとも俺は、この景色が偽物だと言う事にマイナスのイメージは持っていない。本物の景色が劣っているのだ、等と言いだすつもりも無いが。

 

 

 「二対一ね。田澤も退屈では無いってよ?」

 

 「初めての印象を聞いてみただけじゃない、もう…… 今も私が退屈だって考えてるような言い方は困るわ」

 

 「まあ、そうだろうとは思ってたけど。やっぱり二人とも、以前に乗っているんだな」

 

 「東京観光をしに行った時にね。って言っても、ヒロシゲに京都側から乗って、他に何処に行くのかって話になるけど」

 

 

 ヒロシゲは日本の現首都である京都と、旧首都である東京、その二つのみを53分で繋ぐ新幹線である。

乗る理由はそれぞれ有るにせよ、用途としてはこの二区間の高速移動に絞られる。二つの都市を最も効率よく結ぶ為に、地下に路線を引いてそこを直線で移動すると言う実に思い切った設計思想を持っているのだ。

 

 

 「ああでも、乗り継ぎを考えると最終目的地はそうとも言い切れないね。今の私達みたいに」

 

 「済まなかったな、直前で俺の我儘を聞いてもらって。直通で遠野まで向かう電車も有るんだが」

 

 「別に謝らなくて良いわよ、時間的にこっちの方が早く着けるもの。乗り継ぎだって同じ駅構内だし、大した手間も無いわ」

 

 

 目的地が岩手の遠野である為、最初の予定ではヒロシゲに乗る予定は無かった。特に深く考える事もなく普段実家に帰る時の方法に決定し、ゆっくりと移動する筈だったのだ。

しかし改めてルートを考えていると、東京までをヒロシゲで移動し、そこから更に違う新幹線に乗り継ぐ方が時間を大幅に短縮出来る事が判明。俺の個人的な願望も有り、旅行一週間前に何とか頼み込んで変えてもらったのだ。

 

 

 「私は今度こそのんびり道中を楽しみたかった気もするけど、目的は遠野の境界探索だもんね。そっちの時間が潰れるのも嫌だし」

 

 「現実の景色なら、東京から岩手に向かう新幹線の中で見れるわよ。ヒロシゲみたいに地下に潜ってる訳じゃないし」

 

 

 俺の前の席に座る二人の会話を聞きながらふとスクリーンに視線を移すと、いつの間にか景色をバックに文字が浮かび上がっている。一瞬何なのだと驚いたが、すぐに正体は分かった。

 

 

 「……スタッフロールか。無粋な気もするが、まあこの技術に関わった人達は自分の名前を主張する権利くらい有るだろうな」

 

 「何だか田澤くん、さっきから外の景色を『技術』って割り切ってるわね…… そう捉えれば、不満も無いのかな」

 

 「私ともまた違った接し方ね。田澤ってロマンチストな部分も強いくせに、妙な所で現実的って言うか、バランスが良いわよね」

 

 「ロマンもリアルも、わざわざ区別する必要なんか無い。両方とも良い、それで十分だろう」

 

 

 言って、急に恥ずかしくなった。スタッフロールが流れたと言う事はそろそろヒロシゲは東京に着くのだろうし、降りる準備をしなくてはならない。

 

 俺は何とも言えない笑みを向けてくる二人の視線を気配で感じ取りつつ、努めてそちらを見ないようにしながら意味も無く携えたバッグの中身を弄りはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妙にキザな事を言ってしまったなと後悔しながら、東京発遠野行き新幹線に乗り換える。

その新幹線でも先の言動を引き合いに出しからかってくる二人だったが、メリーは外の景色が見えるようになってからはそちらに意識が向いたらしく。見える景色を二人に分かる範囲で解説しながら時間を過ごしている内に、目的地である遠野駅に到着した。

 

 

 「うーん、空気が澄んでる、って感じ!」

 

 「まあ空調が有るって言っても車内はたかが知れてるしね」

 

 「……蓮子、今のわざとでしょう? せっかくいい気分に浸ってたんだから、茶々を入れないでよ」

 

 「ごめんごめん。でも確かに良い所ね、京都程とは言わないけど中々に雰囲気が有る所だわ」

 

 

 二人は駅から出た瞬間、どこか浮ついたようにさえ見える程の反応を見せてくれる。

どうやらかなり好印象を持ってくれたようで、仮にも遠野出身である俺としては鼻が高い。故郷を褒められて、悪い気はしない。

 

 

 「準備もしないといけないし、一旦家に行こう。疲れも癒せるしな」

 

 「そうね、この辺りの探索は後でも出来るし」

 

 「田澤くんの実家かあ……色々と、興味が湧くなあ」

 

 

 そして、まあ……拠点と言うか何というか、遠野探索期間中の宿泊所は俺の実家となっている。

ホテルとかも幾つかはすぐに思い浮かべられる心当たりが有り、事実俺はそちらを提案したのだが……

 

 

 「勿論、ご両親に迷惑はかけないわよ。それくらいは心得ているから、安心してね」

 

 「同級生って言っても、全くの見知らぬ他人をタダで泊めさせてくれるんだからね……菓子折りも用意してあるわ」

 

 「いや、相談したら親は二人とも大喜びしてるくらいだったし、そこまで構えなくても良いと思うけど」

 

 

 『俺が幼少を過ごした場所を見てみたい』『ホテル代を節約できるのは嬉しい』等と言った理由で、二人は俺の実家には泊まれないのかと聞いてきたのだ。

俺としては嬉しさ半分恥ずかしさ半分と言った感じで、とりあえずと実家に電話で事情を説明してみたら父親に至っては半ば狂喜乱舞して許可してくれた。あまりの喜びように俺としても余計に妙な気分になり数日は気が気でなかったのは、もう過去の話だ。いや、今も謎の緊張感が有るが。

 

 歩いても行けない距離ではないが、荷物が有る事を考えると少しでも楽をしたい。家の近くまで出ている路線バスに乗って実家に向かった。

 

 

 「へえ、ここが田澤くんの実家…… ちょっと山も近くて、良い雰囲気の所ね」

 

 「この辺りは開発された地区と自然のままの近くが丁度良く混在してるわね。駅からの雰囲気も良かったし、流石の霊地と言った所だわ」

 

 「ほどよく田舎、ほどよく都会……とは言ってもどちらも中途半端だが。

  そして東京みたいな突き抜けた個性も無いしな、結局は良くある郊外の風景って感じだろう」

 

 

 実家を見てそこまで評価されるのは流石に誇らしさよりも恥ずかしさの方が勝ったので、照れ隠しに自嘲しつつ無造作に家のインターホンを鳴らした。

 

 

 「どちらさま?」

 

 「見えてるだろ母さん、俺だよ、昴だよ」

 

 「……ふふ。今開けるわよ」

 

 

 カメラ付きインターホンだと言うのに無意味な茶番を挟んでくる母親に呆れつつ、一応素直に名乗る。全く、後ろに二人も居るのに変な事をしないでほしい。

 

 

 「面白そうな方ね?」

 

 「いや、どちらかと言うと母さんは堅っ苦しいタイプなんだけど。……やっぱりテンション上がってんのかな?」

 

 「そりゃあ気分も上々よ、生まれてこの方女っ気の無かった一人息子がようやくガールフレンドを作って帰ってきたんだもの」

 

 「……余計な事を言うな母さん!」

 

 

 蓮子の問いに自分も疑問形で返すと、その時丁度玄関のドアが開いて母親が姿を見せた。どうやら今のやり取りが聞こえていたらしく、笑いながら余計な事をべらべら喋る母親に抗議する。さっきから恥ずかしい事この上ない。

 

 

 「えっと、その黒髪の子が宇佐見さんで……外国の子がマエリベリーさんね。昴がどこで知り合えたのか不思議なくらい可愛い子達だこと」

 

 「そんな、田澤くんのお母様の方がお綺麗ですよ」

 

 「……お世辞言わなくて良いぞメリー、もう五十を幾つも超えた年増だからな」

 

 「えっ!? それは、凄い、わね。せいぜいよんじ……ご、ごほん。田澤のお母様、今回はありがとうございます。これは京都土産ですので、どうか受け取ってください」

 

 「あら若いのに随分と気を使える子だわ、若いのに」

 

 「……俺の年齢から考えてそれくらいに見られるなら十分若い部類だろ」

 

 

 メリーは無難な受け答えだったが、蓮子は少し口を滑らせていた。心なしか意味の違うように見える笑みで蓮子に返す母親に、大人げないなあと思いつつぼそっと呟く。

 

 

 「まあここで立ち話しててもしょうがないだろ、いつまでもそこに居ないで中に入れてくれよ」

 

 「それもそうだわ、長旅で疲れてるでしょうに御免なさいね。今お父さんも呼んでくるから、リビングに案内してなさい」

 

 

 ここで会話をしていても無駄なので、フォローの意味も兼ねて話題を変える。

母さんは今更な事を言いながら部屋の奥の方に戻っていき、俺はそれを見送りつつ二人を家に上げる。

 

 

 「靴は……ここね。よっと、お邪魔します」

 

 「お邪魔します」

 

 「リビングはこっちだけど、荷物は違う所に置いた方が良いかもな……和室に置いとくか」

 

 

 一旦全員の荷物を和室に置き、それからリビングに案内する。二人をソファに腰かけさせ、俺がポッドでコーヒーを入れていると、音も無くドアが開き父親が入ってきた。

 

 

 「おお、可愛い可愛いとは聞いてたけど本当に可愛いなあ。これから数日間、宜しくお願いね」

 

 「あ、田澤のお父様ですね? こちらこそ宜しくお願いします、宇佐見蓮子です」

 

 「私はマエリベリー……言いにくいと思うので、メリーで構いません」

 

 「あらら、お兄さんと呼ばれるかとちょっと期待していたんだがなあ」

 

 「ふふふっ、先程お母様が田澤の事を一人息子と呼んでおられましたので」

 

 

 ……ああ、父さんはやっぱりいつもの調子だ。大体、五十も半ばを過ぎてどうやって俺と兄弟を名乗ろうと言うのだ。

 

 

 「見てて痛々しいから止めてくれよ父さん……」

 

 「そう言うなよ昴、男はいつになっても女の子にはちやほやされたいんだよ」

 

 「あははっ、何だか田澤くんとは違った面白さのある方なんですね。大丈夫ですよ、御世辞でも何でもなく若く見えますから」

 

 「そうねえ、着てる服を入れ替えたら案外兄弟に見えるかもしれません」

 

 「……父さんの場合、若々しいんじゃなくて単に威厳が無いんだよ」

 

 

 メリーが初見で言った通り、父さんはかなり俺と違った性格をしている。良く言えば社交的、悪く言えば馴れ馴れしい。

……認めるのは癪だが、まあ本当に社交的なのだ。その開けっ広げな振る舞いも有ってか、見た目はともかく雰囲気は実年齢よりも幾分か若く見える。

 

 

 「ふふ、田澤くんさっきからご両親にタジタジね。何だか新鮮だわ」

 

 「お、君達の前で昴はどんな感じなのかな?」

 

 「そうですね、基本的には自信たっぷりに色々な雑学を披露してくれると言うか……」

 

 

 何だか話が妙な方向に進みそうになったので慌てて止めようとすると、何とも間の悪い事に母親からお呼びがかかる。無視は出来ないので、コーヒーを三人に渡すと仕方なくリビングを離れる。

 

 

 「昴ー、手伝いなさい!」

 

 「何度も言わなくたって聞こえてるよ、今コーヒー入れてたんだよ……で、何?」

 

 

 呼ばれて二階まで行くと、母さんは階段の傍で突っ立っているだけ。特に何も手伝いが必要な状況には思えず、訝しんで声をかけると。

 

 

 「……良い子達ね。大事にするのよ」

 

 「だ、大事って、何か勘違いしてるみたいだけど」

 

 「お母さんは何も勘違いしていません。……あの子達、昴と『同じ物を見れる』二人なんでしょう?」

 

 「……!」

 

 

 急に核心を突いてきた母さんの言葉に、一気に気分が切り替わる。

よく見れば、母さんの雰囲気は先程までの年甲斐もない浮かれようからは一変している。普段俺が良く知る、厳しくも優しい母としての姿だ。

 

 

 「……お母さんもお父さんも、もっと言えば周りの誰も昴が時々言う『お化け』だとか『原っぱ』だとかは見えない。……小さい頃はそれで虐められた事も有ったわよね」

 

 「……ああ。いつの間にか、上手く立ち回れるようになってたけど」

 

 「あの子達の目……昴とどこか似てる。ここを見ながら、どこか違う所も見ているような……そんな輝き」

 

 「根拠も無いのに、よくそんな小っ恥ずかしい事を言うね」

 

 「照れ隠しも要らないの、昴。貴方を近くで十何年も見てきたのよ、それくらいお母さんには分かります。お父さんも、あれで勘が鋭い人だから……今日昴が連れてきた二人があの子達で、喜んでいる筈」

 

 「まあ、別の意味でも喜んでそうだったけど」

 

 「それこそお世辞じゃなく可愛い子達だったものね。……別の意味でも、大事にするのよ?」

 

 「よ、余計なお世話だよっ、俺だってちょっとは頑張ってる所で……ああ、何を言わせるんだ。とにかくもう良いだろ、俺は降りるよ」

 

 「お母さんも後少ししたら降りていくから、お父さんにそう伝えておいてね」

 

 

 結局は予定調和的なオチになった会話を強引に打ち切りつつ、階段を下りていく。……ああ、でも、これは言っておかないとな。

 

 

 「……ありがとう」

 

 「どういたしまして」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、僅かな紆余曲折を経つつも俺達は目的としていた墓場へ向かう事になった。

境界を探索するだけなら荷物は殆ど必要ない。今回は場所が山中なのでちょっとしたハイキング用の装備をしていくが、山とは言っても精々が小学校高学年の遠足コースと言った程度の難易度。準備と言っても万が一の遭難に備えるくらいの物だ。

 

 

 「……それにしても、今日は本当に田澤くんの意外な一面を見れる日ねえ」

 

 「まさかバイクに乗れる、しかもこんな如何にも仰々しい大型を持ってるなんて」

 

 「あれ、言ってなかったか? アウトドアが趣味だって」

 

 「似たような事を聞いたような覚えは有るけど、アウトドアが好きって直接言われた事は無い筈よ」

 

 「例え言われてたとしても、バイクとイコールでは結ばれないでしょ」

 

 

 家から目的の山中半ばまでの移動手段は、家に置いていたリッタークラスの大型バイクだ。

それも三人乗りを可能とする、サイドカー付きの重量級。正直、下手な軽自動車よりも見た目の印象は大きい。

 

 

 「京都なんかじゃ自動車だって懐古趣味の産物なのに、バイクとはまた……

  いえ、昔から趣味的な要素の強い物だったからこそ根強く残ってると言う考え方も出来るかしら」

 

 「父さんの若い頃は、まだ車社会だったらしいんだけどな。

  神亀の遷都が行われて、卯酉新幹線なんかも出来て、それに触発されたのか各地の公共交通機関も急発達して……あっという間に車もバイクも減っていったと思い出しながら少し嘆いてたな。これも、元々は父さんの物だ」

 

 

 今回バイクを選んだのは、公共交通機関が通じている事など一つも期待出来ない場所への移動だからだ。

それだけであればまだ親の自動車を借りても良かったのだが、不整地に適している乗り物となるとこれしかない。父さんも俺も、元々そのような用途で使っているバイクだ。

 

 安全の為にヘルメットとグローブを着用してもらい、蓮子がタンデムシートに、メリーが側車側に乗り込む。

乗車形式の都合上仕方なく、仕方なく発生する背中への役得、ではなく固定感を喜び勇ん……甘んじて受け入れ、いざ出発。

 

 

 「わあ、スリル満点。ちょっとしたアトラクションみたいね」

 

 「でも、これ以上スピードが出ると私の方は怖いかも……」

 

 「安心してくれメリー、このバイクはスピードでどうこうするタイプじゃないんだ。それに向かう場所も場所だしな、揺れるのは勘弁してほしいがスピードを今以上に出す事は無いよ」

 

 

 ヘルメットにはツーリング用の無線機能が有り、運転中においても互いに会話が出来る。

割と気に入ったらしい蓮子と、仕方ないが及び腰になりつつあるメリーと雑談しつつ、ゆっくりと移動を楽しむ。

 

 

 「……ここから先は、歩いていく方が良いな」

 

 「道の感じ的には、まだ行けそうだけど?」

 

 「路面状況はそうだが、転回や駐車が余裕を持って出来るスペースがこの先有るか分からないからな」

 

 

 ある程度まで近づいた所、適度な広さを持った空間が開けたのでバイクから降りる。

一人だったら多少の無茶もするが、蓮子とメリーを乗せている事を考えるとあまり無茶な乗りまわしも出来ない。

 

 

 「それじゃあ、ここから先はいつものようにね。……何だか田澤、随分ここまでの道に慣れてる感じだったけど」

 

 「……途中で思い出したが、ここにはやっぱり来た事が有るな」

 

 

 蓮子の問いに、表情を歪ませてしまいながら返す。この山ならバイクに乗るようになってから何度も訪れているので、道もそこそこには把握している。

未だに小さい頃の記憶その物が蘇った訳ではないが、その頃の行動範囲から考えてもギリギリ圏内である事を考えると、あの雑誌に書かれていた『遠野の墓場』と俺の記憶にある恐怖体験の墓場とは同一と考えて正解なのだろう。

 

 

 「あら、それじゃあ本当に期待できそうね! 何が起こるか、何が見れるか、楽しみだわ!」

 

 「今こそ克服しなければ……」

 

 

 はしゃぐメリーを横目に見つつ小さく呟く。あれは今でも結構なトラウマなので、気付いてしまうと大変に精神が辛い。そんな俺の様子に気付いたのか、メリーは慌てて話題を変えてくれた。

 

 

 「そ、そう言えば田澤くん。お父様って、随分と趣味が多彩なのね」

 

 「ああ、流石に私も驚いたわよ。まさか田澤がお母様を手伝いに上がってから降りてくるまでの間に、あれだけ濃い物を見られるとは思わなかったわ」

 

 「ああ……父さんは、バイタリティに満ち溢れているからな」

 

 「カメラにキャンプ、武道にバイク、変わった所では刀剣収集なんてのも有ったわね」

 

 

 メリーが振り、蓮子も同調したその話題は父さんの趣味。父さんの趣味部屋には各方面に広がり過ぎたそれらの証が所狭しと並んでいる。

 

 

 「剣道と柔道は、田澤くんにも教えたんだって? 何だか凄い賞状と一緒に、ふてくされた可愛らしい田澤くんの写真も有ったわよ」

 

 「あれで父さんは若い頃に活躍していたらしいけど、俺にはその才能はあまり受け継がれなかったらしい」

 

 

 俺がスポーツの中で例外的に平均以上の実力を持っている柔道剣道は、父さんに誘われた物だ。

父さんも周囲の人々も大層期待してくれたようなのだが、結局は『鷹がトンビを生んだ』と称された事から推して知るべしである。いや、自分では並以上に出来ている自負は有るのだが。

 

 

 「カメラは殆どやらないが、キャンプもバイクも武道も父さんの趣味に影響された物だし……そう言う意味では、今の俺の基礎になっているのかもな」

 

 「ふふふ、その内刀剣収集も始めるんじゃない? 何だかすらっとした、カッコいい刀を見せてくれたわよ」

 

 「これぞ日本刀って感じのアレね。特徴が無いのが特徴です、ってくらいにシンプルだったけど、ああ言う実直さって言うか機能美は嫌いじゃないわね」

 

 「あれは金がかかり過ぎる、やらないよ。二人の言ってる刀って、わざわざ職人にオーダーして作ってもらった真剣なんだぜ」

 

 

 会話をしながら歩いている内に、緊張もほぐれてきた。タイミングも良い事に、例の、記憶の中にある物と同じ墓場が見えてきた。

 

 

 「……もう少し、広い物だと思ってたけど。今改めて来てみると、意外にこじんまりしてたんだな」

 

 「そうは言っても墓地としては平均くらいの規模だと思うけどねえ。さ、始めるわよ」

 

 

 今更だが、この時間帯に来ても『まだ』何も起こらない気がする。事実として、俺の感覚は超常現象がこの地で今すぐ起こる事は無いと迂遠に告げている。

 

 

 「始めるって言っても、今の時間から何を? 来てから言うのも間抜けだが、俺があれと遭遇したのは夜だぞ」

 

 「私と田澤だけならそこまで待たなくちゃいけなかったかもしれないけど、メリーが居るから大丈夫よ」

 

 「うん?」

 

 「そう言えば、田澤くんには何だかんだと機会を逃してまだ見せてなかったわね」

 

 

 要領を得ない蓮子の返答に首を傾げると、メリーは苦笑しながら俺に向かって手を差し出す。……え、何を求められてるの?

 

 

 「説明しなきゃ分からないでしょ、メリー…… 田澤、メリーの手を掴んで。ここに境界が有る事はもう明らかだから、結界の向こう側まで引っ張って行ってもらうの」

 

 「……は!? 引っ張るって、そんな馬鹿な……メリーの力は、あくまで境界の裂け目を見る事だけなんだろう!?」

 

 「それがねえ、ある程度以上に開かれた裂け目なら何とか潜り抜ける事も出来るみたいなのよ」

 

 「潜り抜けるって、そんな……危険じゃないか、何が待っている世界なのか分からないし、途中で戻ってこれなくなる可能性も!」

 

 

 そうだ……危険極まりない! 結界の向こう側が俺が小さい頃に遭遇したあれらの本拠地ならば、魑魅魍魎の集う冒涜的な異界だ。

しかも安全が確保されたツアーなどではなく、いつ何が襲ってくるのかも何処に続く道なのかも分からない禁足地。その上境界の裂け目なんて、不安定にその大きさを移ろわせる物だ。帰ろうと思った時に帰れない、なんて事態は容易に想像出来る!

 

 

 「大丈夫よ、あくまでメリーの見せる夢みたいな物だもの。……どうしても納得できないなら、無理強いは出来ないわ。ここまで連れて来てくれた事にも感謝しているし、少しだけ待っていて」

 

 

 そう言う蓮子の姿が、ただ静かに見つめてくるメリーが、どこか酷く遠い存在に感じられる。その瞬間心に生じた何かを、理解してしまう前に打ち消す為、咄嗟にメリーの手を掴む!

 

 

 「……え?」

 

 「あ、あらら? これは予想外だわ」

 

 

 その瞬間に、周りの全ては一変していた。山中とあって薄暗くは有ったが、十分に視界を確保出来る明るさだった墓場は見る影も無く。

先程と同じ物は、俺達三人の立ち位置くらい。……周囲に広がるのは墓石ではなく天まで届かんばかりの竹林。いつの間にか、何処とも知れぬ場所に俺達は立っていた。

 

 

 「あれ、まだ境界には触れてないわよね、メリー?」

 

 「そうね、あそこにあったお墓が怪しかったからそこから入ろうと思ってたんだけど……って、この竹林。前にも夢で来た場所だわ!」

 

 「え、そうなの!? よく分からないけどラッキーだわ、遂に私もこの目でメリーの夢の世界を見れるのね!」

 

 

 何だか分からぬ内に盛り上がっている二人。正直まだまだ落ち着けないが、一刻も早く事情を理解する必要が有る。何故か背筋に走る焦燥感を努めて無視しながら、問いかける。

 

 

 「二人は、と言うよりメリーはこの場所が何なのか知っているのか? それに、夢とは一体」

 

 「うーん、言葉通りの意味よ。私が以前に夢で訪れた事のある世界、それが此処なの。それ以上は、私も分からないわ」

 

 「……なんだか、これは、凄い事だぞ。実にファンタジー……うむむ、いざ直面すると困惑しか、起こらん」

 

 

 頬を引っ張ると言う古典的な手段を試してみるが、普通に痛い。と言うより夢ではないのかと考えながら複雑な思考と行動を出来る時点で、たとえ夢だとしても超絶に強度の高い明晰夢だ。

 

 

 「と、とりあえず受け入れて行動しなくては。メリー、ここで以前に危険な目に有った事は……」

 

 

 そこまで言いかけた所、まるでタイミングを見計らっていたような爆音が響く。考える前に体は動き、二人の手を掴んで爆音の聞こえた方向と反対に走る。

 

 

 「この竹林では、人の顔を持った大鼠に襲われて、全身が燃えている女の子に会ったわ」

 

 「なんなんだ、それは! ここはサイコホラー映画の世界か!?」

 

 「聞こえが悪いわねえ田澤、ちょっぴりミステリアスなだけじゃない」

 

 「君達は呑気だな!」

 

 

 まるで焦ったようには……いや、メリーはほんの少しだけ震えているか。しかし俺に比べればおおよそ平静を保っているように見える二人を叱責しつつ、全速力で走る。しかし、足場が悪い!

 

 

 「ぐっ、もっと早く、走らないと……!」

 

 

 二度目の爆音が聞こえる。先程よりも俺達に近い距離だ。何が起こっているのか、何をされているのか、それさえも分からないが、足を止める訳にはいかない。

 

 

 「きゃっ……!?」

 

 「どうしたの、メリー!?」

 

 「あの女の子が……燃えている女の子が、あそこに!」

 

 

 メリーの悲鳴、蓮子の確認、咄嗟に指差す方向を視線だけで見る。……禍々しい赤色、恐らく炎であろうそれは見えるが、女の子とやらまでは視認出来ない。

 

 

 「で、でも……あの子は一応、前回私を襲った大鼠を追い払ってくれたわ。もしかしたら、隠れるだけでやり過ごせるかも」

 

 「何、危険な存在ではないのか? それならそもそも隠れる必要も……」

 

 「……ううん。それはダメなの。『あれ』は、人間じゃあないもの」

 

 

 ……よく分からんが、頼れる相手では無いと言う事だな。もしくは頼れても、接するべきではない禁忌なのか。

 

 

 「ならば、隠れる場所を……っ!?」

 

 

 三度、爆発。それも今度は走る先の地面で起こった。思わず体が硬直し、棒立ちになってしまう。

 

 

 「あっ、あれ……!? また、違う女の子よ!」

 

 「嘘っ!」

 

 

 咄嗟に周囲を見回した蓮子が、新手が発見してしまったようだ。メリーと同時に見上げると、そこに居たのは実に場違いな和服に身を包んだ黒髪の少女。どうやら俺達には気付いていないようだが……

 

 

 「なんなんだ、さっきから、本当に……」

 

 

 小声で悪態を付きつつ、蓮子とメリーを引っ張ってかがませ傾斜している地面の影に三人で身をすべり込ませる。

そろそろ俺の足も限界だ、二人の息も上がり切っている。これ以上は走れないので、もう隠れてやり過ごせる可能性にかけるしかない。

 

 

 「メリー、前回はどうやって『夢から覚めた』んだ!?」

 

 「どうって……自然に、ふっと」

 

 「いつになるか分からんか……やはり、耐えるし、かっ!?」

 

 

 すぐ近くの地面が音を立てて捲れ上がる。光る何かがぶつかったかと思うと、それが弾け飛んだのだ。

危険を承知で一瞬だけ顔を傾斜から出し、素早く女の子モドキの姿を追う。……すると、居た。その美しい容貌には似つかわしくない狂笑を張り付け、黒髪を禍々しく舞わせながら破壊の光球で所構わず爆撃する『ソレ』が!

 

 

 「くそっ、化け物同士の仲間割れか何かかよっ」

 

 

 吐き捨てた次の瞬間、燃え盛る火の鳥が黒髪の化け物に直撃する。一瞬喜んだのもつかの間、化け物は炭化した自らの体を逆再生するかのように元に戻してしまった。

どうやら今ので化け物は化け物なりに気分を害したらしく、猥雑な七色に輝く光球を火の鳥の首元に放った。遠目で良く見えないがどうやら命中したらしく、燃え盛る炎は撃墜され地面に追突。火が竹林に燃え移る。

 

 

 「ああ、いよいよ後が無くなってきたぞ……」

 

 

 これで火の鳥だけでもそのまま居なくなってくれれば良かったのだが、生憎とそんな尋常な存在ではないらしい。

失った頭部と酷く損壊した身体を物ともせず立ち上がった火の鳥は、一瞬火の勢いを強めたかと思うと全身を再生し、再び上空に飛び上がって黒髪の化け物と対峙する。

 

 

 「不味い、そろそろ見付かりそうだ」

 

 

 化け物同士のやり合いで竹林は当初より見晴らしが良くなってしまい、顔を出している範囲と火の鳥を遮る物が一時的に無くなってしまった。火の鳥の化け物、女の子モドキの姿を一瞬確認しつつ、顔をひっこめる。

火の鳥の女の子モドキは銀髪だった。背中から炎を斜めに広がらせていたが、自身が燃え尽きる様子は一向に無い。一体どんな理屈なんだ、そもそも炎なんて質量の無い物で構成された翼で何故飛べる。いや、その疑問は今更か。

 

 

 「……聞いてくれ、二人とも。火が竹に燃え移ったせいで、ここにずっと隠れ続ける事も危険になってしまった。だから、化け物同士が互いに争ってる間にここを離れよう」

 

 「でも、離れて何処へ行くの? ここが何処なのかも、どう歩けば違う所に行けるのかも分からないのに……」

 

 「……俺にも、分からない。でも、このまま此処に留まっても状況は悪化するだけだ」

 

 

 蓮子は既に幾分か冷静さを取り戻したらしく、普段よりも弱々しいが理性的な声で俺に問う。

……生憎と、二人を安心させられる根拠は何も無い。しかし、火と煙に巻かれる死を待つよりも、僅かな可能性にかけて此処から逃げ出すしか他に方法は無いのだ。

 

 ほんの一瞬でも息を整える時間が確保出来た為に、体力が少しだけ戻った。再び二人の手を掴み、全速力でその場から駆け出す。

ゆるやかに傾斜の付いた地面が連続し、かなりの狭い感覚で竹が生い茂る最悪なロケーション。予期せぬダートランニングに足首は悲鳴を上げているが、立ち止まる訳にはいかない。

 

 

 「……夢も、現実も、同じ物。ここでケガをしちゃったら……もっと酷い事になったら、どうなっちゃうのかな」

 

 「またそんな事を言ってるの、メリー? これは夢なの、ただの、悪い夢なのよ」

 

 

 メリーが呟いた不穏な言葉に蓮子はすぐさま反応、常の彼女らしからぬ断定的な否定だ。

この期に及んでこれを認識させようとする蓮子の判断に疑問を覚えるが、その直後に俺の勘が体を無意識に突き動かす。思わず叫びだしてしまいそうな、強烈な違和感から少しでも距離を稼ぐために二人を強引に前へと引っ張る。

 

 

 「っ……!」

 

 

 反作用で一人だけ後方に取り残された俺の足元に例の光球が炸裂する。余りの恐怖に声にならない悲鳴が漏れる、体だけでなく心も限界が近付いてきた。

 

 

 「田澤っ!?」

 

 「大丈夫……!?」

 

 

 蓮子とメリーには僅かに頷く事で返答とし、逃走を再開。しかし体は、足は、もう先程までのようには動いてくれない……!

 

 

 「もう逆に、邪魔、かもな」

 

 「なんて事を言うの田澤っ、これは夢なんだから、そんな事は気にしなくても言いの!」

 

 

 思わずこぼれた俺の弱音にも、過敏に反応して『夢である』事を強調してくる蓮子。

……そうか。これが現実であると完全に認識してしまえば、それが俺達にとっての現実になってしまう。

まるで科学的根拠の無い感覚論だが、ここがそもそもそんなファンタジーな世界である以上、何が真実であるのかも分からないのだ。

 

 

 「……いや、本当に分からないのか?」

 

 「え……?」

 

 「考えれば、分かる事は有る筈なんだ。絶対に、何か手段は有る筈なんだ。だって、そうだろう。

  『夢の世界』の此処はともかく、現実世界での俺達はどうなる。何一つ痕跡を残さず消失するのか? 保存則はどうなる。マクスウェルの悪魔による思考実験は絵空事だったのか?」

 

 

 心身共に限界を迎えたせいなのか、思考だけが全ての感覚を振り切って加速する。

言語化出来ない、断続的な映像のみが頭の中を駆け巡る。思い浮かべ、それについて意識を向けた時には既に忘れている。最早答えを導くに足る情報では無いと分かっているからだ。自分の中の、最も原始的な誰かが喚いている。あれでは無いこれでは違う、何故こんな簡単な事が、あと一歩を踏み出す事が出来ないのだ!

 

 

 「ここは……夢」

 

 

 一言さえ億劫。無駄な事を、と他人事のように吐き捨てながらも、イメージを固定する為なのだ、と言い訳し、半ば意識を白い熱に飲まれながら、コンマ以下で自分の肉体に動作指令を送る。

 

 

 「向こうは、現実。決めるのは、俺だ」

 

 

 現実も夢も、観測される事で初めて定義される。両者を区切る物は認識だ。それこそが結界であり、境界なのだ。

主観などと言うあやふやな真実で歪む壁ならば、乗り越える事など容易い。いや、そもそも動く必要などないのだ。俺は蓮子とメリーを連れて、円の中を外とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ……」

 

 「お墓、ね。竹なんて、何処にもない……」

 

 

 気が付くと、俺達は墓場で棒立ちになっていた。蓮子とメリーは、周囲を見回しながら大きく溜め息を吐く。

 

 

 「って、田澤くん!? 顔が真っ青よ!」

 

 「酷い汗……横に、は成れないからとりあえずここに凭れなさい!」

 

 「あ、ああ……」

 

 

 全身を疲労が襲い、頭に至っては数週間徹夜したのではと思える程に強烈な光と熱が錯覚される。

あまりのストレスに体は硬直し、自力ではその場に崩れ落ちる事さえも出来ない程。同意を呟く僅かな動作にもアルコール原液を直接煽っているような嫌悪感が走り、しかし意識を失う事も出来ない生き地獄に縛られる。

 

 結局、それらが多少なりとも落ち着いてきたのは日が沈み始めてからだった。

どうやらあの『夢の世界』での体験はこちらの時間経過には反映されていなかったらしく、現実においてはかなりの長時間が俺の介抱に費やされた事になる。

 

 

 「すま、ない……やっと、頭の痛みが引いてきた」

 

 「謝る事なんて無いわ、あんなに色々な事を夢に見ちゃったんだもの」

 

 「……そう、だな。夢、だ」

 

 

 俺の顔を心配そうに覗きこんでくる蓮子の言葉に、今度は疑問も無く頷く。

……原理は分からんが、最初に俺達をあの世界に導いたのはメリーだ。それは必然的に、彼女こそが常に『漂流』の危険と隣り合わせと言う事になる。

少なくとも、メリーにあれが『現実である』と認識させてはいけないのだ。メリーがあの世界こそを現実として捉えたら……メリーは二度と此方に帰ってこられず、あの女の子モドキの同類になってしまうのかもしれない。

 

 

 「……もう少し休んだら、夜になる前に此処を離れましょう。田澤くんが心配だし、境界を捜索するって気分じゃなくなっちゃったわ」

 

 「そうね、一応明かりは持ってきたけど本格的な夜間装備なんて無いわ」

 

 「本当に、ごめん。俺のせいで、一日、潰れた……」

 

 「何度も言わせないで、謝る事は一つも無いの。むしろ、私の方にこそ、責任が有りそうだし……」

 

 「二人とも……普通では出来ない体験をしたけど無事に戻ってきた、今はそれで良いでしょう? 後でゆっくり、お酒でも飲みながら反省会をしましょう」

 

 「……ええ。そのためには、まずは帰らないとね。田澤、最悪私達が貴方を引っ張っての下山だって出来るから、無理せず休んで」

 

 「今すぐ事故を起こさない程度に回復するよう、全力で休む事にするよ」

 

 

 今は、危険な事など何もない。命の危機を迎えていたのかもしれない、あの竹林からは解放されたのだ。

頭痛の収まってきた頭から、先程の異常な脳内加速による理解不能の思考が抜け落ちている事を、逆に好ましく思いながら俺は冗談で返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 考察するべき対象が多過ぎる。

『田澤昴』の能力とは何か。マエリベリー・ハーンと八雲紫の関連とは。藤原妹紅とも一方的な面識が有るのは何故か。相対していた黒髪の少女とは誰か。……何故、殺し合いをしていたのか。

 

 まず、『田澤昴』の能力について考察する。

彼の能力は今回、結界を乗り越える事すらも可能としていた。これは以前の考察による仮定、『第六感を与える』能力である事の対論だ。厳密にはこれらを同一の物として考える事も飛躍した考えではないが、外界に作用を与えた以上は少なくとも『第六感』に収まる範囲の物では無いのだろう。

メリーの能力の考察も含めなければいけない為、更に関係が複雑になるが、境界に関わる能力の一種と言う可能性も新たに生まれた。しかし現在集積されている情報を含めて考えた時、むしろノイズとなるのは今回の事例だ。これに関しては情報が不足していると言うべきで、現段階では確からしい推察は極めて難しい。

 

 幸い、情報の不足は試行回数を増やす事で解決が見込める。

今回のように『俺』への負担も比例して大きくなるだろうが、失われた『田澤昴』の記録を復旧する事は非常に重要性の高い課題でありそれを避けては通れな

・後日追記

考察を記述する途中で予期せぬアクシデントに見舞われ、筆が途切れた。これも一つの運命として粛々と受け入れ、以降の考察は俺の心の裡に秘しておく事とする。

 




田澤が記述していると言う体の劇中劇なので、このような手法もどうかお許しください……
『アクシデント』の詳細は次回から始まる永夜抄に続きますので、よろしくお願いします。
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