旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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『狂える救世主』

 「さて、壊れたまえ」

 

 

 『べリアル』の影武者であったレミリアの策に嵌まり、稼がれた僅かな時間。その隙に現れたレミリアの近親者であると思われる少女によって、田澤は致命的なダメージを受けた。

攻撃の意思や気配など感じられない動作、少女は単にその手を握りしめただけだと言うのに、田澤はまるで自身が潰されたかのようにその肉体を弾け飛ばしたのだ。

 

 

 「『俺』が、『田澤昴』の仮面が、壊れ……!?」

 

 

 肉が火薬のように弾け、全身から血を吹き出し、折れ曲がり皮膚を突き破った骨を露出させながら、田澤は何かを叫ぶ。

苦痛のせいか、それとも臓器すら損傷したのか、その声は不自然に歪み聞き取りづらい。しかし言葉の内容を冷静に吟味する余裕が無くなった藍と幽香はそれを意識の外に置き、崩れ落ちる田澤を支える。

 

 

 「田澤殿、大丈夫か!?」

 

 「ふ、ふざけないでよっ! 死んだら、殺すわよっ!?」

 

 

 必死に呼び掛けるも、既に田澤の瞳から生気は消えている。命の灯火が消えるのは最早時間の問題だろう。それでも藍と幽香は呼び掛けを続け、何とか田澤の意識を引き戻そうと懸命な努力を続けるが……

 

 

 「念には念を要れなければな。もう一度だ」

 

 「なっ……」

 

 

 少女が再び手を握る動作をしたと同時に、二人の目の前で田澤の肉体が弾け飛ぶ。

手元に残った物は、盛大な血飛沫を上げ、腕や脚を失った田澤であった肉片。もう、生きてはいない。

 

 

 「ふむ、やはりこの力は扱いが難しい。あの人格のみを破壊する心算であったが、肉体を巻き込んでしまったか」

 

 「……ふふっ」

 

 「この少女も難儀な力を持って生まれた物だな……ん?

  どうした、まさか妖怪がこの程度の光景を見てトラウマになった訳では有るまいな」

 

 

 少女の淡々とした独り言を聞き、不気味な笑い声を洩らしながらゆっくりと幽香は立ち上がる。

味方の妖怪すら震え上がる幽香の殺気を向けられながらも、少女は飄々とした対応でそれを受け流す。冷笑すら浮かべているその少女に向けて、幽香は目にも止まらぬ速度で自らの傘を投擲した。

 

 

 「私が居るのにべリアル様を傷つけられると思って? 貴女の相手は此方よ」

 

 「……退きなさい小娘」

 

 

 しかしその一撃は間に割り込んだレミリアによって弾かれてしまう。

依然として少女を睨み付けながらも、僅かにレミリアへ視線を向けて幽香は声を発する。

 

 

 「……そうかそうか、理解したぞ。

  親しい者が目の前で攻撃されたとあって、誰かに怒りをぶつけようというのか。だが、私を狙うのは筋違いと言う物だ」

 

 「……はぁ?」

 

 「私は『べリアル』。この少女『フランドール』の体を借りて、『フランドール』の力を振るったに過ぎない。

  私自身には田澤昴の肉体を破壊する意思は微塵も無かったのだよ。この少女の力が暴発したような物だ、私は悪くない」

 

 「ふざけた事を……!」

 

 

 まるで幽香が間違いを犯しているかのように、穏やかに言い聞かせるような口調で語りかける少女。

明らかな暴論に、ぎりぎりで保たれていた理性は崩壊。防御ごと押し潰すという意思を込め、幽香は虹色に輝く魔力砲を放つ。

 

 

 「落ち着きたまえよ。どこもおかしくは有るまい、それとも君は制御の効かない道具にさえも責任を負えと言うのか?」

 

 

 射殺すような視線を向けられながら未だに詭弁を続ける『べリアル』だが、その言葉は幽香の耳には届かない。代わりに、禍々しい妖気を纏った藍が九尾を不気味に蠢かせながら答えた。

 

 

 「道具を使おうとする意思が存在していた以上、使用者に責任が生じるのは当然の事だろう。

  借り物の力を自慢気に振るっておいて都合が悪くなれば自分に非は無いと嘯くとは、大悪魔の名が聞いて呆れる」

 

 「おっと、真実に則った自己弁護すら認められないとは思わなかったよ。『私に彼の体を害する意思は無い』」

 

 「っ、話にならんな!」

 

 

 『べリアル』の言葉に一瞬真摯さを感じ、無意識に警戒を解きかけてしまった藍だが咄嗟に持ち直す。

これまでの行動と言動からしても信用出来る要素は何一つ無いし、そもそも『べリアル』の能力は言葉による洗脳だ。藍はこれ以上会話を続けてもデメリットしか無いと判断し、自らも『べリアル』へ攻撃を仕掛ける。

 

 

 「レミリア、花妖怪の相手は任せた。ここまで冷静さを失えば何もせずとも私が囮になる、その隙を狙いたまえ」

 

 「お任せください、私の命に代えてもべリアル様には傷ひとつ付けさせません」

 

 「期待している。……さて、九尾の狐は私が相手をしよう。目を離した隙に策を練られても困るのでな」

 

 「元より貴様以外は眼中に無い!」

 

 

 幽香が理性を失った状態で暴れているのを横目に見ながらも、藍は『べリアル』へ向かっていく。

今更声をかけた所で幽香は聞く耳を持たないだろうし、無駄になると分かりきった行動をするほど余裕は無い。両陣営の軍勢が再び動き出す気配を背後に感じながら、藍は妖気を纏った九尾を鞭のように叩き付ける。

 

 不規則に動きながら囲い込むように迫る九尾に対し、『べリアル』は前進を選択。

小柄な少女の体を活かし、包囲網が完成する前の僅かな隙間にその身を滑り込ませる。無論無傷での突破とはならず頬や腕などに複数の傷を負うが、まるで傷みを感じていないが如く機動力は落ちない。

 

 

 「……そうか、所詮は他者の体、いくら傷付こうとお構いなしか」

 

 

 『べリアル』の本質はあくまで意思その物にあり、直接攻撃を仕掛けても効果が薄いという事に思い至る藍。

ならばと作戦を変え、ダメージを与える為ではなく捕らえて動きを封じる為の攻撃に転じる事を決める。しかし『べリアル』がその対策を取っていないとは考えにくい。虚を突くべく、藍はあえて自ら接近し格闘戦に持ち込む。

 

 リーチの外から放たれた『べリアル』の弾幕を九尾を使って撃墜。

色とりどりの魔弾に紛れて寸前まで間合いを詰めてきた少女の行動も読み、振るわれた拳に拳をぶつけ返す。

互いに接近しながらの衝突であった為に衝撃で両者の距離が僅かに離れるも、一瞬で距離は零に縮まり乱打戦が始まる。

 

 体格と攻撃範囲に優れる藍は『べリアル』の拳を弾き、往なし、戦闘を有利に進めていく。

一方の『べリアル』もその肉体に吸血鬼として備わっている肉体の強靭さを以て、一定以上には戦況を傾かせない。

 

 

 「ふふ、今更信じさせるつもりは無いが、私は本当に彼の肉体を破壊する意思は無かったのだ」

 

 「……」

 

 「私はこの少女の持つ『破壊』の能力を完全にはコントロール出来ない。

  彼の肉体を能力の暴発によって巻き込んだ、と言う事に関しては嘘ではない事実なのだよ。

  レミリアを影武者に仕立て時間を稼がせていた事と、この戦闘で君に能力を使わない事から推測してもらえると思う」

 

 

 筋道は立っているなと藍は考えるが、それだけだ。『べリアル』が唐突に会話を始める意図など決まっている。

後方、藍の死角になる位置から急速接近してきた気配をひらりと回避し、そのまま『べリアル』へ向けて九尾を伸ばす。先程と違うのは殴打と裂傷を狙った物ではなく、拘束を目的とした為『べリアル』を縛り上げる形になった事だ。

 

 

 「ふむ、やはり君のような相手は厄介だ」「あの状況から奇襲に反応するだけでなく、行動を続行するとは」

 

 「実体が有る分身、風見殿と似た能力か。尤も、その力も貴様ではなくその少女の物なのだろうがな」

 

 

 『べリアル』の声は藍の正面から二つ重なって聞こえてくる。いつの間にか生成されていた分身が並んでいるのだ。

 

 

 「だが作戦は甘い」「先程レミリアがその身を蝙蝠へと変じさせたのを見なかったか?」

 

 「く……」

 

 

 縛り上げた方の『べリアル』が無数の蝙蝠に姿を変え、藍の拘束から容易く抜け出る。

新たに現れた方の『べリアル』が続けた言葉の通り、これは吸血鬼という種族の特徴から予想しておくべき結果。自覚しているよりも自分は冷静さを失っているらしい、と藍は表情を歪める。

 

 

 「さて、君は私を相手にしている訳だが」「私が何を目的としているのか、それを知らない」

 

 「ふん、聞く耳は持たん」

 

 「くくっ、まあそう警戒せずに」「聞き流すだけでも構わんよ、単に私が話したいだけだ」

 

 

 純粋に敵の戦力が二倍になった事によって、先程までの藍の優位は失われた。

迎撃で精一杯の所へ掛けられた言葉に、所詮は集中を削ぐ目的なのだろうと見当を付けながらも返す。余裕が出来て何かを口走る可能性や、『べリアル』自身が集中を乱す可能性も有ると判断したからだ。

 

 

 「どうせ幻想郷を自らの物にするなどという低俗な野望だろう? そして、その過程で厄介な者は優先して潰すと」

 

 「ははっ、やはり君もそう考えるのか」「残念だが的外れだ、私は幻想郷などに興味は無い」

 

 「何?」

 

 「私の目的は愛すべき愚かな人間、田澤昴を『甦らせる』事」

 「そしてあの偽りの仮面を排除した今、目的は正に達成されようとしている」

 

 「甦らせる……? いや、仮面とは一体」

 

 

 ここで藍は疑問を抱いた。愚かな、と言う部分はさして重要ではないと考えるにしても甦らせるとはどのような意味なのか。

田澤はつい先程まで確かに生きていた。それを殺したのは目の前にいる『べリアル』自身であり、その行動は言動と矛盾している。そもそも、その言い方ではまるで田澤が偽者のような……

 

 

 「……ふん。適当な事を言って惑わそうと言うお得意のやり方か」

 

 「くくっ、流石にあの仮面を信用し過ぎてはいないか?」

 「時は満ちた。君達も、かの狂える救世主の再誕を祝福してやって欲しい」

 

 「……っ!?」

 

 

 『べリアル』が唐突に構えを解いた。まるで、もう藍と戦う意味は無いとでも言うように。

そしてその瞬間、藍の全身に名状し難い戦慄が走る。背後から感じる強烈な違和感と不快感に、彼女の動きが止まる。謎のプレッシャーに圧されたのは藍だけでは無かった。暴走していた幽香ですら動きを止め、辺りの妖怪も敵味方問わず硬直。

この状況でなお余裕を見せているのは、『べリアル』とレミリアのみ。そのレミリアも、微妙に表情を歪めている。

 

 

 「一体、何が……」

 

 

 振り向いては取り返しのつかない事になると叫ぶ本能の声を全力で無視し、非常にぎこちない動きで頭を動かす藍。

普段ならば意図せずに容易く行える動作が、何故か上手くいかない。首の筋肉を意識して動かし、必死で背後を確認する。

 

 

 「馬鹿、な。何故、田澤殿が五体満足で立っている!? いや、それよりも……」

 

 「田澤? 確かに遠目にはそう見えるけど…… あれは、本当に彼なの?」

 

 

 先程確かに命尽きた筈の田澤が、欠損した肉体の部位を再生させて立っている。

これだけならば、驚きではあるが喜ばしい事の筈だ。しかし、藍と幽香の顔に喜びの感情は浮かばない。奇妙な圧迫感に呑まれ、硬直して田澤を眺め続けるのみである。

 

 その姿を深く観察するにつれて、藍と幽香に限らずその場の田澤を知る者全てが得体の知れない恐怖を感じる。

そもそも、その姿は皆の知る田澤と異なっていた。濁った灰色の髪、老化し皺の刻まれた顔、深く蓄えられた髭。眼帯の掛かった右目と、狂気の宿った左目。色褪せ擦り切れた、ボロボロのローブを羽織って体を覆い隠す老人。

 

 

 「やあ、ごきげんよう。気分は如何かね、田澤昴」

 

 

 少女の肉体を通して『べリアル』は、旧知の友に対するような気安さすら感じさせる声色で老人に語りかける。そしてそれに対する反応は、底冷えする憎しみに満ちた物だった。

 

 

 「……貴様の翼、尋常なる生物の物では無いな。我が魔導書の何れにも記述の無い神話生物!

  貴様も我が叡智の王国に取り込み、その肉体も、能力も、知識も、何もかもをも我が糧として奪い尽くしてくれるわ!」

 

 「くくっ、最終的にその結末は逃れられないのだろうが……私としては、君の偉業と愚行を見れるだけで満足さ」

 

 「偉大なるYに陳情が届かぬのならば、新たに別の方策を以て我は救わなければならぬ! 全ての怪異に裁きを!」

 

 

 老人は生理的な嫌悪感を沸き立たせるような低い叫び声を上げながら、その手に魔力を集中させる。

集中した魔力は燃え尽きるように拡散し、後に現れたのは大剣とも杖とも言い切れない何か。黒檀で誂えられた柄に青銅の刀身を持つ『杖』を構えた老人を見て、藍は思わず声を出す。

 

 

 「ま、待ってくれ……田澤殿!」

 

 「……何ぞ、薄汚い怪異共がわらわら涌いておるわ。ああ、忌々しい。この際一切合切を滅し尽くしてくれる!」

 

 「な!? く、話を聞いてくれ!」

 

 「煩い! 虫酸が走る、我が救いを阻む者共め! か、かかっ、陰なき世界より来るアカシャを飛びし月光!

  来るなと言っている、灰を垂らしながら私に触るな! 蒼き光を撒き散らしながら海の上で直立せよ!

  森の中の牢獄にてその身を槍で溺死しろ、赤目、赤目、戦艦! 丘を歩く死者の群を匣の鉄を溶かし人形は泣き凍り付いた部屋で数学者は未知理論を生み出しベルドールは鯨鯨鯨鯨瓦礫の街には笑顔の住民が互いの臓物を喰らい主人の帰りを待つ家畜は自らの骨で遊び旅人は飢え自らの指を引きちぎり鼠は頭を振り太陽は喚き銀河の眼がお前は見られているのだ歌劇影武者キリギリスキリギリス机の下より這い出生首鏡には返り血が俺は本を読み友をは星を見上げ友は境を見上げ第三の狙われたクリエイティブ光子反響半狂乱」

 

 「ふふ、聞いての通り、見ての通りさ。田澤昴と意思疏通するには、同じ程度の狂気に浸る必要が有ると思うがね」

 

 「……彼を戻せ、悪魔!」

 

 「何を仰る。この姿、人格こそ『田澤昴』の本来の在り方。先程までの仮面こそ、不自然極まりない姿だよ」

 

 「戯れ言を……! これ以上田澤殿の尊厳を踏みにじるならば容赦はしない、私の全力を以て貴様を打倒する!」

 

 「貴方には死んだ方がマシな目に合わせてやるわ、その吸血鬼から引きずり出して血の海に沈めてやるっ!」

 

 「おや、花妖怪君も来るか。別に私は構わないが、そこの彼を今の内に対処した方が良いと忠告するぞ」

 

 

 『べリアル』の言動を聞き流した二人は、込み上げる怒りを力に変え、共同戦線を張るべく態勢を整えた。

田澤がおかしくなったのはあくまで『べリアル』の能力による物であり、元凶を打ち倒せば元の姿に戻ってくれると二人は判断。無意識の内に、不吉な違和感を漂わせる田澤を無視する策を立てる。

 

 

 「風見殿、分身を作れ! 数と力で圧倒するぞ!」

 

 「言われずともっ!」

 

 

 藍と幽香は『べリアル』に対し持てる全力を出して勝負をかける。

性質こそ違えど両者とも戦力を増強する手段を有する為、『べリアル』との戦闘において数の優位に立つ事が出来る。それは分身を生み出し二人分の力で自分と戦闘してきた『べリアル』にとって、大きな誤算となる筈だと藍は判断した。

 

 

 「成程、確かに。この少女の力を私が扱いきれれば数など何の意味も成さないのだが……

  生憎とそこまで『フランドール』に対しての支配が及んでいない。レミリア、花妖怪君を再び頼むよ」

 

 「今更吸血鬼の小娘に用なんか無いわ!」

 

 「おっと?」

 

 

 『べリアル』の指示で幽香の突撃を妨害する位置に割り込んだレミリア。幽香を止める事に成功したかのように思えたが……

 

 

 「それが君の分身か、いやはや厄介な」

 

 「ごちゃごちゃ五月蝿い!」

 

 

 レミリアに突っ込んだ幽香とは別に、『べリアル』へも幽香が接近し日傘を片手で突き出す。

『べリアル』は突き出された日傘を強引に弾くが、幽香の本命は日傘での刺突ではない。空いたもう片方の手を『べリアル』へ向け。

 

 

 「喰らい、なさいっ!」

 

 「ちぃっ……」

 

 

 殆ど接触した状態から幽香の魔力砲が放たれる。極彩色に輝く巨大な熱線が、轟音を立てながら『べリアル』を飲み込む。

 

 

 「手応えが無い……外したわね」

 

 「そのまま油断してくれていれば助かったのだがね」

 

 

 しかし『べリアル』は戦闘続行に支障が無かった。寸前で自らを蝙蝠の姿へと転じさせ、射線上から逃れたのだ。

尤も超近接距離からの回避には無理が有ったらしく、その左腕は酷く焼け爛れている。流石に無傷で脱する事は不可能だったようだ。

至近距離からの攻撃を外した忌々しさで顔を歪める幽香と、冷静に戦況を観察する『べリアル』。一瞬の膠着状態になったその場に藍の声が響く。

 

 

 「風見殿、よく時間を稼いでくれた! これで我が最強の式神を召喚出来る、これより援護を開始するぞ!」

 

 「……すっかり九尾の狐を忘れていたよ。増えても二人の君より、軍師も兼ねる狐を先に狙うべきだった」

 

 「本当は私だけで叩き潰したかったけど。確実にアンタを殺すには、少しくらいの団結はするわ」

 

 「麗しい友情じゃないか、平時で反発しようと、戦場では協力しあうとは」

 

 

 そう、そもそも幽香自体が囮。幽香の絶大な火力を見せ付ける事で、藍から一瞬でも注意を逸らす事が本来の策。

『べリアル』とレミリアを幽香が一手に引き受けた隙をついて、藍は自らの従える中で最大の力を持つ式神を呼び出した。

 

 

 「光来せよ、十二神将! 薬師如来の守護、十二の偉大なる武神達よ!」

 

 

 藍の号令が響くと共に、荘厳な雰囲気が満ちていく。周囲に漆黒の帳が降り、それを照らすように十二の神秘的な光が現れる。それらの光はやがて鎧を纏い武器を帯びた猛々しい武者の姿を象り、藍を護るかのように並び立つ。

 

 

 「十二神将……東洋の神秘、その中でも上位の力か。全く、君自身が式神だと言うのによくやるものだ」

 

 「往け、我が式神達よ。我等に仇成す悪魔を打ち砕き、勝利を導くのだ!」

 

 

 十二の武神が陣を組み、『べリアル』とレミリアを取り囲む。

各々が手に持った多種多様な武具と絶妙な連携で、幽香を援護しながら二人の吸血鬼を一方的に切り裂いていく。時折『べリアル』の拳が鎧を徹し武神に衝撃を与え、レミリアの爪が武神の武具に傷を付けるも打倒するまで至らない。

むしろ隙を狙う幽香への攻撃の機会を与えてしまい、吸血鬼達は攻撃に回る度不利になるという悪循環に陥る。本来ならば独立で突出する幽香は仲間の連携を乱しかねないのだが、武神達は即興で幽香の動きすら想定に入れた行動を取っていく。

 

 

 「こ、こいつ!? どう考えても武器のリーチが違うのに、何故私のグングニルとただの剣で打ち合える!?」

 

 「厄介と言う段階を超えているよ、いかに武器の数が六対一と言えど私の剣は館を引き裂く事すら可能な程巨大だと言うのに」

 

 「どうなさいますか、ベリアル様っ」

 

 「そうだな、田澤昴に動いてもらおう。威勢の良い叫びを上げた割に、その場で動かず妄言を呟いてばかりで困る。レミリア、彼を刺激してやれ」

 

 

 十二神将が内の一柱、虚空蔵菩薩の振るう宝剣を紅の大槍で何とか弾いたレミリアが『べリアル』に指示を仰ぐ。

『ベリアル』は同じく十二神将の一柱、大威徳明王が六臂から絶え間なく振るう長剣、宝棒、矛と焔の大剣で斬り結びつつ答える。示し合わせたかのように同時に蝙蝠へと転じた吸血鬼達は、十二神将と幽香の包囲から脱出するべく大きく旋回しながら急上昇。

逃げるその後ろ姿へ向け幽香は魔力砲を放ち、十二神将が内の一柱、帝釈天も金剛杵から眩い雷を放って追撃する。

 

 

 「ぐっ……」

 

 「うー!」

 

 

 広範囲を射程に収める攻撃を同時に放たれては蝙蝠の姿でも回避に限界があったようで、其々の攻撃が命中した。

決して軽くないダメージを無防備な状態で受けた二人は苦痛の表情を見せながら、元の姿へ強制的に引き戻される。

 

 

 「ちぃ、そろそろ不味い。やはり彼に場を引っ掻き回してもらわなければな。レミリア、名前を宣言しつつあの槍を」

 

 「了解しました。……さあ、その身で我が槍を受けるが良い! 『スピア・ザ・グングニル』!」

 

 「……吸血鬼ごときが、下賤な蝙蝠が、自らの魔力で神の槍を騙るか!

  それは偉大なるYの化身が一柱、例えオーディンと言う仮の名であろうと怪異には口にする事も許されん御名! 真なる神の裁きを以て、その罪を偉大なるYに、延命せられしものに捧げよ!」

 

 

 レミリアは飽きもせず意味不明な言葉の羅列を吐き出し続けていた老人……田澤に向けて、魔力で構成した深紅の槍を投擲。

田澤はレミリアが高らかに言い放った口上に反応し、その表情を到底人間とは思えないような歪んだ物へと変える。物理的な圧力すら感じる凄まじい絶叫を上げながら、迫り来る槍に向けて『杖』を構えた。

 

 

 「叡智の王国より偉大なるYに我が血肉を捧ぐ! 魔力集中、術式選択、簡易詠唱、『大地を縛る星の網』!」

 

 「……前回私ごと槍を潰したのも、その魔法だったわね。忌々しい事この上無いわ」

 

 

 田澤は局地的な重力異常を引き起こす大魔法を数秒の内に展開し、レミリアの投げ放った深紅の槍を撃墜。すぐさま反撃に転じる。

 

 

 「魔力集中、術式選択、簡易詠唱、『偉大なるYのこぶし』!」

 

 「ぐうっ……!?」

 

 

 レミリアの体が、不可視の何かに殴られたかのように弾き飛ばされる。

迎撃する間も無く強烈な一撃を受けたレミリアは、受身を取る事も出来ずそのまま壁に叩き付けられた。衝撃で壁が崩れ落ち、只でさえ半壊していた大部屋はその大部分を瓦礫の山としてしまう。

 

 

 「すまない、レミリア。だが私の予想した通り、田澤昴は動き出してくれるようだ」

 

 「げほっ、ごほっ…… では、手筈通りに?」

 

 「ああ、博麗の巫女を足止めしていた部屋と此処を繋げ。田澤昴は今以上に迷走してくれる」

 

 

 床にその体を打ち付けたレミリアに『べリアル』が近付き、危険な役目を負わせた事への謝罪もそこそこに策の成功を伝える。

続けて次なる策を実行しようとする『べリアル』とレミリアだが、それを妨害するように幽香が強襲を仕掛ける。これまで田澤が交戦しているとあって、迂闊に手を出せなかった鬱憤を晴らすような勢いだ。

 

 

 「敵前で作戦会議とは、悠長な奴等ねっ!」

 

 「む……レミリア、今度は私が時間を稼ごう。君は『セエレ』の力を。……『フォーオブアカインド』!」

 

 

 『ベリアル』が利用している器、フランドールに宿る分身能力。

その力を最大限まで引き出した『ベリアル』はこれまでよりも更に二体増えた、計四体の分身で幽香と十二神将を迎え撃つ。

 

 

 「今更中途半端な数に増えた所で脅威にはならん。風見殿、悪魔は後回しで良い、レミリアとやらを狙え!」

 

 「ちっ……仕方ないわね」

 

 「おっと、させんぞ」

 

 

 藍の指示を受けてレミリアへ目標を変更しようとする幽香へ、四体の『ベリアル』が無数の弾幕を放つ。

一瞬で視界全てを覆う程に展開された魔弾が幽香と十二神将の面々を襲い、レミリアとの間に壁が作られてしまう。

 

 

 「一々、小賢しい奴……」

 

 「仲間を攻撃させる訳にはいかないだろう?」

 

 「よく言うわ、洗脳して作った仲間のくせに」

 

 

 『べリアル』の白々しい言葉を忌々しげに切って捨てた幽香は、 何とか弾幕の雨を突破しようと試みる。

四体の『べリアル』への攻撃は十二神将達へ任せ、魔力砲を掃射し魔弾を迎撃しつつレミリアの元へ突貫する。

 

 

 「蝿のようにうるさく飛び回って……」

 

 「その程度で私を捕らえようと? 遅すぎて欠伸が出るわ」

 

 

 レミリアは幽香の攻撃に対し回避を選択。『セエレ』の転移能力を発動する為に魔力を使用している以上、下手に迎撃は出来ないからだ。

速度でレミリアに敵わない事を悟った幽香は追跡を早々に諦め、魔力砲による撃墜に作戦を切り換えようとする。

 

 

 「今更攻撃に移った所で手遅れよ、既に『セエレ』の力の発動準備は整った!」

 

 「くっ、この短時間で……!」

 

 「真似事をしているようで気に食わないけど、これは田澤の術式とほぼ同一の物。あの男が扱う悪魔召喚術も瞬間的に発動されるでしょう?」

 

 

 しかし、幽香の決断は少し遅かった。レミリアは『セエレ』の力を発動し、転移魔法が展開される。

 

 

 「『セエレ』、博麗の巫女をこの場に喚びなさい!」

 

 

 レミリアの命令に従い、『セエレ』の力はこの場に居ない他者をその対象とする。

空間を跳躍させる逆巻く旋風が出現し、その中から紅白の巫女装束を纏った少女が現れた。

 

 

 「多分黒幕が呼んでるんだと思ったから、大人しく着いてきたけど……次の敵は貴女達ね?」

 

 「さあ、どうだろうな。……田澤昴! 君が守れなかった、愛しい友人の姿を見るがいい!」

 

 

 『セエレ』の転移魔法に巻き込まれたと言うのに、早速戦意を見せる霊夢。『べリアル』は霊夢を適当な返答であしらった後、田澤へ大声で呼び掛ける。

 

 

 「……? 藍、田澤って霊夢と交友が有るの?」

 

 「いや、そのような話は聞いていないが…… ましてや、守れなかったとはどう言う意味だ」

 

 

 幽香と藍は『べリアル』の言葉の意味が理解出来なかった。

霊夢と田澤に関わりは無く、愛しい友人等と言う間柄では無い。守れなかったと言う事についても、まるで見当が付かない。……しかし、その困惑は田澤の上げた奇声によって強制的に断ち切られた。

 

 

 「馬鹿、な。れん……いや、彼女ではない。彼女はここまで幼くは無かった……筈だ。

  そもそも彼女の能力は……空を飛ぶような人間は存在しない、彼女を騙る神話生物か! ……我が能力が反応しない?

  怪異では、ない? 人間だと言うのか、空を飛ぶような者が……あ、ああ、あああああああああああAAAAAAAAA 'aaaaaaaaaaaaaaaaaa! N'gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa……」

 

 「くくっ、予想通りだ」

 

 「なっ、田澤殿っ!?」

 

 

 霊夢を凝視して何事かを呟いた田澤は、突如人の声とは思えない狂ったような叫びを上げて暴れ始めた。『杖』を虚空へ振り回し、投擲し、頭を抱えながら奇声と共に周囲の妖怪へ無差別に飛び掛かる。

 

 

 「人だ、人間だ、怪異ではない、ああ、偉大なるYよ! 貴方様は時を巻き戻す秘法ではなく、人類を、我が愛しき友を再びこの世に遣わしたのか! 偉大なる、偉大なる、偉大なるYよ! その慈悲に報いるべく我は薄汚い怪異共の屍を積み上げ異空を貫く摩天楼を以て祭壇を築こう日に億の贄を捧げやがてはこの星からヘリオポーズからミルコメダから三次元宇宙からユークリッド幾何学の為す世界から冒涜的な角度の世界からあらゆる怪異を貴方様の為に滅し尽くそう虹色の泡に触れ貴方様の眷族としてこの身を魂を貴方様に永遠に捧げよう、Ia Yog-Sothoth! ひ、ヒヒヒッ! 全ての怪異に裁きを裁きを裁きを裁きを裁きを裁きを裁き裁き裁き裁き裁き裁き裁き裁き裁き裁き裁き裁き裁き裁き裁き裁き裁き裁き裁き裁き裁きィ!」

 

 「っ、我が式達よ、田澤殿を止めるのだ!」

 

 「く、私も力を貸すわ」

 

 「べリアル様、今の内に奴等を……」

 

 「いや、その必要は無い。後は全て彼が引き受けてくれる。巻き込まれないよう離れて高見の見物と行こうじゃないか」

 

 

 両軍の衝突する直中へ割って入った田澤を止める為、藍と幽香は目標を切り換える。

その背中へ向けて先程の意趣返しとばかりに追撃を提案するレミリアだが、『べリアル』は分身を引っ込めながら諌める。

 

 

 「んー、何か大変な事になってるみたいだけど。私の勘だとアンタが一応の黒幕よね、退治させてもらうわ」

 

 「ふむ、彼も君は攻撃対象にしない。なし崩し的に君を巻き込むのは難しいか」

 

 「お任せください、べリアル様。私がこの小娘を引き受けます」

 

 「よかろう、頑張ってくれたまえ」

 

 

 残された霊夢は自らの勘に従い、『べリアル』を見据えて言葉を発する。レミリアは『べリアル』を守るべく立ちふさがり、面倒そうな表情の霊夢と相対する。

 

 

 「そこどいてよ。邪魔だって」

 

 「その余裕、いつまで持つものかしらね」

 

 「あー、面倒くさいなあ……… 結局あの男の人も見付からないし」

 

 

 やる気の無さそうな言動とは裏腹に、霊力を練り上げ速やかに戦闘準備を終える霊夢。

ひとしきり愚痴を吐いた後、御幣と御札を構えレミリアに突進。博麗の巫女と吸血鬼の勝負が開始された。




三人称視点は違和感無く読めたでしょうか? 殆ど田澤の一人称視点で進めているので拙くなっている所が有ると思います。
不味い表現や伝わりにくい表現になっている部分を見付けたら教えてくれるとありがたいです。次回も三人称なので……
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