「全ての怪異に裁きを! 魑魅魍魎ども、貴様等はその存在が罪なのだ、自らの咎に重く頭を垂れるが良い! 魔力集中、術式選択、簡易詠唱、『大地を縛る星の網』!」
「ぐ、う……!?」
「田澤が殺意を持って攻撃してくるとこうなるのね。これは、かなり……」
田澤の周辺は阿鼻叫喚の様相を呈していた。無差別に妖怪を巻き込む超重力結界魔法、『大地を縛る星の網』が敵味方関係なく妖怪全てに牙をむく。
力の弱い妖怪は全く抵抗出来ず床に押し潰され、藍や幽香を筆頭とする大妖怪も重力に耐える事で精一杯となり身動きが出来ない。その負荷は、思わず幽香が弱音をこぼす程だった。
「我が式、十二神将達よ! 彼を……田澤殿を止めろ!」
藍の追加命令によって強化された十二の武神達が、超重力の軛から何とか解き放たれ田澤へ向かう。各々の持つ神秘の武具を用いて、暴れ狂う田澤に勝負を仕掛けるが……
「神将を名乗る分際で……ッ! 薄汚い女狐に踊らされたか!」
「なっ……」
田澤は向かってくる武神達を躱しつつ魔力で新たな大剣を手元に形成、そのまま重力の網に囚われ続けている藍に向かい投擲する。
投げ放たれた大剣は一直線に藍を狙うが、主の危機を察知した武神達が反転。命中寸前で撃墜され、大剣が藍を傷つける事は無かった。
「ははっ、どうかね? 本来の田澤昴にとって、妖怪など排除の対象でしか無いのだよ」
「貴様が彼をこのようにしておいて……息を吐くように、次から次へと下らない嘘を!」
「ならば逆に聞きたいのだが。君は、いや、幻想郷に住まう者達は『田澤昴』の何を知っている?」
「……!」
唐突に放たれた『ベリアル』からの問いに、藍は言葉が詰まる。冷静になって考えれば、確かに田澤の素性を、過去を知らない。
そもそも誰かに過去を詳しく語ったという話も聞かないのだ。そして人間を超えている身で有りながら頑なに人間を自称する、明らかに不審な点。
「……貴様は知っているとでも言うのか。彼の、田澤殿の過去を」
「まあ実の所、私も当事者ではないので確実な話ではないが。少なくとも、この世界に住まう者達よりは多くの事を知っているさ。
とりあえず私やレミリア、配下の者が君達を攻撃する事はもうない。色眼鏡を通さず、落ち着いて彼の真なる姿を観察してはどうかね?」
「……っ」
藍は反論する事が出来なかった。『べリアル』の言葉を信じる訳では無いが、田澤の素性や過去に不明瞭な点が多い事は事実なのだ。
藍が再び田澤へ視線を戻した時には、彼の敵意は既に違う方向へ向いていた。
田澤はレミリアと戦闘している霊夢を視界に捉えた途端、妖怪達を押し潰していた『大地を縛る星の網』を解除。けたたましい奇声を上げながらレミリアに飛び掛かる。
「人を、人類を、我が愛しき友を、蝙蝠ごときに傷付けさせてなるものか! 貴様も塵になれ、吸血鬼!」
「くっ……いい加減しつこいぞ、田澤昴!」
「煩い、口を開くな! 怪異は全て我に滅し尽くされるのが唯一の存在意義であろうが!」
霊夢を護るような位置に飛び込んだ田澤は、傲慢な言葉を吐き出しながらレミリアに向かって新たに生成した『杖』で斬りかかる。
レミリアは迫り来る田澤と様子見に入った霊夢とを見比べて、田澤の迎撃を優先。大小様々な紅い魔弾を無数に放ち、それを拡散させて接近する田澤を撃墜しようとする。
「『レッドマジック』!」
「……貴様の力は『叡智の王国』へ取り込み我が糧とする事にしよう。偉大なるYへの供物として申し分無い」
レミリアの攻撃に晒された田澤は、それまでの異常な興奮状態から一転。
感情の抜け落ちた虚ろな声で呟いた後、レミリアへの接近を中止して回避行動に移る。その動きは意思を持たない人形が糸で繰られるような、不自然なまでに理想的な物だった。
「……見ているだけで怖気が走る。お前の方こそ怪異と呼ばれるに相応しいだろう?」
「観測によって得られる情報はこの程度か。後は直接、貴様の肉体を喰らう事で補おう」
レミリアは田澤に言葉を投げかけるも、会話が成立しない。
田澤はレミリアを静かな狂気の宿った瞳で見つめ、酷く薄気味悪い言葉を吐き出す。思わずレミリアが身を竦めた隙を突いて、田澤は構えた『杖』に膨大な魔力を集中させた。
「吸血鬼よ、貴様の力は既に我が『叡智の王国』に記述されつつある!
自らの力で絶望に沈み、塵芥のように死んでいけ! 魔力集中、術者選択、強化改変、『Red Magic Ver.6』!」
「なっ、これは私の……いや、違う!?」
田澤が再び甲高い叫び声を上げながら発動させた魔法は、『レッドマジック』に酷似した物。
しかし田澤によって新たに呼び出されたその魔弾群は、無数に展開された紅い弾幕を正面から強引に打ち破りレミリアへと迫る。
「く、うぅ、ああぁっ……!」
「そうだ、嘆け、苦しめ、無様に泣き叫べ! 薄汚い怪異の上げる痛みに満ちた声こそが、死んでいった罪無き人間達へ捧げる最上の鎮魂歌となるであろう!」
レミリアは新たに弾幕を展開して抵抗する物の、打ち消しきれなかった魔弾が命中し苦悶の声を漏らす。
それを見た田澤は表情を歓喜に歪めながら高笑いし、レミリアを嘲るが……『べリアル』の放った一言を聞いて、凍り付いたように動きを止める。
「その罪無き人間達を殺したのは、他でもない君だろうに」
「……違う! 我が手を下したのではない、全ては怪異のせいだ。怪異こそが我から全てを奪ったのだ。
我は人類を、この星の生命種を怪異から救う救世主だ! 薄汚い怪異は、妖怪は、我に滅し尽くされて当然の、クズどもだっ!」
「その身勝手さ、いかにも傲慢な人間らしい。それでこそ、愛すべき愚かな『田澤昴』。
……さて妖怪諸君、聞いての通りだ。田澤昴の本性は妖怪を害悪と見なすどころか、その存在を屑とまで評する人間至上主義者。笑い顔の仮面の下で、田澤昴は君達の事を薄汚いと嫌悪していたそうだよ」
田澤が癇癪を起した子供のように捲し立てた言葉を受け、『ベリアル』は何故か嬉しそうに笑う。
その笑みを浮かべたまま藍や幽香達の方へ向き直った『ベリアル』は、田澤の言い放った言葉を引き合いに出し妖怪を煽る。
「ふん、今の田澤はアンタに狂わされている事が一目瞭然じゃない。そんな見え透いた嘘に騙されると思うの?」
「くくっ、私は先程から事実しか話していないのだがね。まあ、そろそろ頃合か。
私が支配下に置いた全ての妖怪達への精神干渉を解除しよう。もう一度、彼が本当に信用に足る人間なのかよく考えてみたまえ」
煽りを切って捨てる幽香に苦笑した『ベリアル』が指を鳴らすと、それまで付き従っていた妖怪達が一斉に正気を取り戻した。
それはレミリアも例外では無く、現在の状況に理解が及んだ彼女は反転して『べリアル』を睨み付ける。その瞳から従属の意思は消え、先程までは無かった激しい怒りの感情が宿っている。
「く…… よくも、私を良いように扱ってくれたな!」
「君や君の配下には感謝しているよ、レミリア。時を操る侍従、主を護る門番、そして騙りとは言え『グングニル』と言う神の槍。
まるで鏡写しなのではないかと思える程、彼の正体に関わる要素を持った面々だ。君達のおかげで、あの仮面にヒビを入れる事が出来た」
「何を言っている……!?」
「この少女の能力も含めて、君達は偽りの人格を破壊し真なる『田澤昴』を呼び起こす為に最適な駒だったと言う事だよ。……さて、事情の分からぬ者達の為に解説をしておこう」
吸血鬼側に付いていた妖怪達が突然正気を取り戻した事、そして『ベリアル』の言葉がきっかけで辺りは騒然となった。
その騒ぎを満足そうな目で見つめながら、『ベリアル』は田澤について語り始める。
「先に説明しておくと、私がこの少女の力を使って破壊したのは田澤昴を名乗る上辺の人格。言うならば仮面だ。
尤も、彼の特異性と私の技能不足によって肉体まで破壊に巻き込んでしまったが。先ずはここを理解してもらいたい」
「無駄に良く回る口だな、吸血鬼ィ!」
「おっと、レミリアに止めも刺さず私を狙うか。移り気な男は嫌われるぞ、くくくっ」
途中で田澤が奇声を上げながら『ベリアル』に斬りかかるが、特に気にした素振りもなく攻撃を回避。演説を続行する。
大部分の妖怪達は田澤を援護する事が本当に正しいのか判断に迷い、動く事が出来ない。先程からの行動と言動のせいで、今は田澤も信用出来ないのだ。
「ならば私にこうして斬りかかる田澤とは何なのか、答えは簡単だろう。虚飾を取り払った、田澤昴の本性。彼の真なる姿だ」
「……信じるに足る言い分では無いな。破壊の力で田澤殿の上辺の人格を壊したと言うが、それが事実なのかすら定かではないのだから」
「仮に事実だったとしたら、それこそ信じる気にもならないわ。田澤の精神に干渉して、自分の都合の良いように弄った結果がアレなんでしょう?」
『ベリアル』の語る言葉の、飛躍した部分を突いて藍と幽香が反論する。
現在の田澤こそが真の姿だと声高に主張する『ベリアル』に対して、冷静にその矛盾点を指摘。強引に誘導された暴論に異議を唱える。
「確かに田澤昴の言動と行動を根拠にしただけでは、単なる言い掛かりに聞こえるのも仕方あるまい。
先に田澤昴の正体に関する結論を話しておこう。前提として、平行世界と言う物を知っているかね?」
「言葉は聞いた事が有るし、概念も知っている。……まさか、それを持ち出して矛盾を解消しようと言うのか?」
「決まりね。くだらないお喋りはここまでよ」
「まあ最後まで聞きたまえよ。彼は元居た世界で『ヨ■・■トース』と契約し、『ウ■■・アト・タウィ■』へとなった……」
「きききききききききいきき貴様ァ! 偉大なる、我等が偉大なるYの御名を軽々しく、軽々しく口に出すなああaaaaaaaaaaAaaAAa!」
「……田澤昴にとって、これは禁句だったか」
幽香の吐き捨てた言葉に答えかけた『ベリアル』だが、その返答の途中で何故か激昂した田澤を迎撃して言葉が途切れる。
これまでの中でも最大級の奇行と奇声を上げる田澤に、思わず藍や幽香もたじろぐ。彼女達すら言葉を失う程の、底知れない威圧感を伴った姿。
「どうやら、退治するのはあの老人っぽいのからにした方が良さそうね。黒幕の吸血鬼は後からどうにでもなりそうだし」
「巫女、どの……」
その中で唯一怯んだ素振りを見せない霊夢が御幣と御札を構えなおし、田澤へと突進する。
藍が止めるかどうか判断を迷っている内に、霊夢は七色に輝く爆発を引き起こして田澤を攻撃した。
「れ、れん……? 何故、我を…… 俺は、君を、君達を助ける為に頑張って……は、ハハハハッ! そうか、吸血鬼、そうか、貴様が彼女を洗脳しているのだな!
貴様の力は既にその大部分が叡智の王国に記述された、自らの力で死ね! 魔力集中、術者選択、強化詠唱、『ファイブカード・ジャックポット』!」
「これは、流石に限界が近いな。……博麗の巫女だけでなく『もう一人』との接触も見届けておきたいのだが」
霊夢の攻撃を受けた田澤は酷く狼狽し一瞬動きを止めるが、結局は狂気に呑み込まれてしまう。
聞く者の背筋を凍らせるような高笑いを上げながら『杖』に魔力を集中させた田澤は、先程レミリアに向けたように『ベリアル』の力に酷似した魔法を発動。その姿を五人に分身させ、全員で『ベリアル』に斬りかかる。
「どれが本体か分からなくなっちゃったけど……全員を攻撃すれば関係ないか」
霊夢は五人に分身した田澤を見ても、どこか余裕の感じられる素振りで追撃を狙う。
その思い切りの良さと容赦の無さを見て、藍と幽香も決意を固めた。田澤が霊夢に攻撃される事は仕方ないと割り切る。自分達に出来る事は少しでも早く『ベリアル』を下し田澤を正気に戻す事だ、と。
「幻想郷の為にも、田澤殿の為にも。『ベリアル』よ、貴様を全力で討伐する!」
「その吸血鬼の体から引っ張り出して、気が済むまで殴り倒してあげるから……覚悟なさい」
限界の近い妖力を節約する為に藍は式神達を還し、直接戦闘態勢に入る。幽香も改めて気合を入れ直し、全身に妖力を巡らせる。
そんな大妖怪二人を見て、残りの妖怪達も戸惑いつつ攻撃態勢を整えていく。田澤の本性について疑念を抱いた者も少なくないようだが、少なくともこの状況で『ベリアル』の側に立つ理由は皆無なのだ。
田澤への対応はともかくとして、まず打倒すべきは確実に侵略者である『ベリアル』だと全ての妖怪が判断した。
「この数が相手では、逃げに徹しても数十秒が限度だな。田澤昴の道化姿をもう少し楽しみたかったが……」
「幻想郷にこんな騒ぎを持ち込んでおいて、あと数十秒も現世に留まっていられる気で居るのかしら? 随分お気楽ですこと」
「こ、この声は……!?」
四面楚歌の状況に追い込まれた『ベリアル』の呟きに、この場の誰でも無い声が返答した。
酷く不機嫌な感情を伴って響く女性の声に、いち早く藍がその正体に気付く。自らの主にして、幻想郷の賢者である――
「終わる寸前になって漸く現れるとは、相変わらず良い度胸をしているじゃない……!」
「あら御免なさい、幽香。でも結界への浸食が断続的に、それも大規模で起こるんですもの。私にも結界を維持すると言う仕事が有ったのよ」
流れる金髪、リボンの撒かれたナイトキャップ。紫色の道士服を纏い、艶やかな顔に浮かぶのは胡散臭げな微笑。
空間の裂け目へ腰かけるようにして、いつの間にか現れていた恐るべき存在。幻想郷を構成する2つの結界の内の1つを司る大妖怪、八雲紫!
「おお……! 私は何と運が良い! まさか命運が尽き果てるその直前に、策の完遂をこの目で見届ける事が出来るとは!」
しかし『べリアル』は紫の姿を捉えて恐怖に顔を歪めるでもなく、何故か心からの喜びを見せる。
八雲紫を知る者ならば到底理解出来ないその余裕を見て、『べリアル』の意図を妖怪達が問いただそうとしたが……突如上がった更なる奇声によって、状況は混迷を深めていく。
「……メリー? だが、あれは怪異。滅するべき、薄汚い妖怪……しかし、境界に関わる能力……
怪異は滅する、妖怪は殺す。……メリーを、殺す? おかしい、それは、おかしい。おかしいからおかしくてそれはおかしいことでおかしいのだからやはりおかしい。何故、我が彼女を殺さなくては……、彼女達も、友人達も、家族も、名も知らぬ人達も、全て、全て儂が殺し……違う、殺したのは僕じゃないんだ。怪異だ、妖怪だ。だから俺は怪異を殺し尽くすのであって……メリーを、殺すのか? 怪異がメリーなら、それも殺すのか? 何故だ、おかしい、どうして、蓮子、メリー、私は絶対に、君達を助けると誓ったのに……」
「……藍、あの御老体は一体誰?」
「え、と。一応、田澤昴さん、の筈です」
田澤が頭を抱えてぶつぶつと漏らす独り言を耳にした紫は、ハッとした様子で藍に確認をとる。
藍は先程からの奇行と妄言続きで確証を持てなくなりつつある物の、一応自分が認識している所の正体を伝えた。
その僅かな間にも、田澤の苦し気な独白は続き……
「ぬ……私は既に延命せられしものと契約している筈だ。既に救済は相成った、儂はそれを見た筈だ。
我は世界の時間を巻き戻す代償に、偉大なるYへと自らの存在を捧げ、あらゆる時空から永劫に消滅し……。そうか、今の俺は、真の『田澤昴』ではなく……!」
「ほう、それを思い出すと言う事は、君は安寧の虚構よりも絶望の真実を選ぶのか!
私としては『田澤昴』のままで彷徨い続けて欲しかったが、それはそれで面白い! 君の絶望に沈んだ顔を、冥土の土産とさせてもらおう!」
「……畜生、畜生、畜生ッ! 『延命せられしもの』よ、八つ当たりであると分かっているが、今だけは貴方様を恨むぞ!
貴方の辿ってきた旅の道筋は、我が求めて、永遠に手に入らなかった物。それを望んだのは確かに私だが……全てが終わってしまった後に、それを俺の物ではない経験として『思い出す』事になった苦痛は……!」
涙声の混ざった不可解な叫びを最後に、理性を取り戻した隻眼を『べリアル』へと向ける田澤。
自暴自棄にも見える素振りで『杖』を担ぎなおした田澤は、虚空を蹴って『べリアル』に突進。分身も含め、五人の田澤が『ベリアル』を狙い撃ちにする。
『ベリアル』は弾幕を張って迎撃する物の田澤はそれに対して何も反応せず、無数の魔弾をその身に受けながら強引に接近し『杖』を叩き込む。先程までとは違った意味合いでの理解不能な言動と行動に、藍や幽香を筆頭とする妖怪達、そして霊夢でさえ対応に迷う。
「待ちなさい! 貴方が田澤昴だとしても、そうでなくとも、聞きたい事が山程有る!」
その状況で、紫だけが明確に行動を起こした。紫は焦ったように呼び掛けながら、五人の田澤と『ベリアル』が衝突する只中へ割って入ろうとする。
「……魔力集中、術式選択、簡易詠唱、『ナーク=ティトの障壁』」
「なっ……」
しかし、紫の目的は田澤が展開した強大な魔力障壁によって阻まれた。
紫の能力でさえ瞬間的な解除は出来ず、スキマによって飛び越える事も禁じられた障壁の向こう側から、田澤は背を向けたままで言葉を発する。
「我が真実を思い出してしまった以上、今の我は……『田澤昴』の残留思念は再び奥底に封印され、あの方の人格が再構築される」
「貴方は一体、何を言って……」
「……俺も、君に聞きたい事は沢山有る。だが、もう時間は無い。俺は、行かなくてはならない」
一方的に言葉を投げかけた田澤は、それきり口を開かず。紫に視線を向けないまま、再び『ベリアル』に攻撃を仕掛けるべく飛び込んでいった。
――ねえ、■■。ちょっと面白い人を連れてきたんだけど。
――■■■が誰かを呼んでくるってのも珍しいわね。一体誰を……って、アンタ!?
――あ、先日はどうも。いや、性別の境を越えた愛を育んでいるというお二方を邪魔する気は無いので、名前だけでもサークルに……
――わ、私達ってそんな噂立ってるの? 私と■■はそんな関係じゃ……あるかも?
――■■■、誤解が広まるような言い方しないでよ……
「最後の会話はあれだけで十分なのかね?」
「……何故貴様は『田澤昴』の過去を知っている。目的は、何だ」
――へえ、アンタも良く分からない力を持ってるのね。正直、予想してなかった……
――だから言ったでしょう、■■。面白い人を連れてきたって。彼の力、私達の活動に色々捗ると思うわ。
――俺はトラブル察知にしか使えないと思ってるんだけどなあ、これ。だって君達と違って単なる勘みたいな物だぞ?
――私の見立てではアンタの力の本質はそんなものじゃないわね。もっとこう、大きくて、夢のある物よ。
「ふむ。『延命せられしもの』が作り出した仮面……面倒だな、便宜的に『俺』殿としておこう。
私の目的は『俺』殿を破壊し、奥底に封印された『田澤昴』を解き放つ事。偽りの人格による支配から、真の人格である『田澤昴』を解放しようと言う正義感からの行動さ」
「減らず口を……!」
「くくくっ、これに怒ると言う事は、今の君は既に『俺』殿に近いと言う事だな」
――あら、この神社って本当に境界が有ったのね! あまりご利益とか無さそうな所だけど……
――何となく、奇妙で日常から離れた事が起こるって場所を予測出来るんだよ。敢えて行くと途端に気味悪くなったりする。
――でも、不思議な事が起こる場所を見付けられるって事でしょ。トラブル察知なんかじゃないって!
――もしかしたら、私みたいに境界に関わる能力かもね。
「さて、君ならば『フランドール』の肉体を傷つけず私のみを葬り去る事も容易だろうが……この後、どうするつもりかね?」
「どう、とは」
――ごめん、急に予定が入ってさ。私と■■■、旅行に行けなくなっちゃった。
――ああ、気にしなくて良いよ。両手に花で海外旅行とはいいご身分だなって、友人に呪われたしなあ……
――まあ私達いい年した大学生だしねえ。男一人女二人で旅行ってのも、普通に考えたら不純かな。
――最近、講義中に男友達から向けられる視線が恐いんだよ。どうも、あれな関係まで持ってると思われてるみたいで。
――そんな事は有り得ないのにね。
――その反応は男として傷付くけどな!
「惚けるなよ。君の狂気は、この場の者達全てが知る所となった。
君は『俺』殿に戻りつつあるようだが、『田澤昴』の狂気が周囲に与えた影響を無視出来るのか?」
――最近の遠出は殆ど三人だったからなあ、一人旅がこんなに寂しく感じるとは。まあ、一人でしか出来ない事を楽しんでくるか。
「先の様子ならば、表面上は君の狂気に触れないでくれる者も多いだろう。そもそもあの姿自体が私に操られた事による物だと、好意的に捉えてくれる者も居るだろう」
「……」
「しかし、決して少なくない数の妖怪達が君に対して不審の念を抱いたのもまた事実。
妖怪の住まう幻想の楽園で、怪異は屑だとまで評した『田澤昴』の姿を、果たして妖怪の皆は心の奥底でどう思っているかね」
――おお、これは本物っぽいぞ。果たしてどんな曰くを持った本なのか……題名は、ラテン語で……『叡智の王国』?
「自らの醜さを皆に晒し、あまつさえ身勝手な理屈で罵倒しておきながら、おめおめと平穏な暮らしに戻れる筈がない。くくくっ、『田澤昴』のままで居た方が幸せだったかもしれないぞ?」
「そうさせたのは貴様だろうに、よくも抜け抜けとそんな事が言えるな……!」
「それでは、言葉遊びはここまでにしておこう。私の目的は君に精神的苦痛を与える事だ。
一度『田澤昴』を呼び起こしその姿を衆目に晒せば、後はどう転がろうと君に苦渋の決断を強いる事が出来る。だからこそ、こうして君の感情を逆撫でているのさ」
――死にたく、ないなあ……もっと、■■と、田澤君と、色々な不思議を、境界を見つけたかった……
――見付けられるさ、これからも! だからお願いだ、俺を一人にしないでくれ、■■■!
「さあ、君はどうする? 『田澤昴』の狂気を幻想郷の皆に知られたままで過ごしていくのか、それとも……お得意の能力で、全てを無かった事にするのかね?」
「こ、の……! 俺からそれ以外の手段を奪っておいて……!」
「はは、ハハハハハハハ! 良いぞ、絶望と苦痛に満ちたその表情! それを見れただけで、私の苦労も報われると言う物だ!
この世界の時間を巻き戻して『田澤昴』が出現したと言う事実を抹消し、皆の記憶を改竄、この異変に関わる歴史を書き換える。
仲間達を、友人達を、君のエゴで振り回し、自分にとって不都合な事実は隠蔽する! そんな傲慢かつ不誠実な振る舞いで、よくもまあ他者との交友を望んでいる等と嘯けるな! ああ、実に滑稽だ!」
「黙れ、黙れ、黙れぇ……!」
「歴史を改竄した所で、君自身は心の奥底で彼ら彼女らに引け目を感じ続けなければならない。
身勝手な事情で記憶を操作してまで皆を騙していると言う十字架を背負いながら、苦痛に満ちた日々を過ごし続けるが良い!」
――すごいじゃないか、おれ。まるでカミサマみたいだぜ。だってさ、だってさ。ぜんぶなくなったんだよ、ゼーンブ! たてものとかのりものはのこってるけど、つかうひとがいないから、こわれたのとおなじだよ。すごいでしょ、ほめて! ねえだれかほめてよ! ぼくすごいんだよ、カミサマになれるかも! でもぼくはやさしいから、もうおわりにするよ。もうおわり! だからみんなかくれてないで、でてきていいよ。ねえ、でてきてってば! いつまでもひとりはさみしいよ! だれかぼくと、ボクと、僕と、おれと、俺と……!
「『
『ベリアル』を事象の地平線へと幽閉し、『田澤昴』にまつわる全ての情報を検閲削除、『吸血鬼異変』を『俺』の因縁の絡まない争いへと書き換えろ!」
『俺』の……『
『田澤昴』の正体を知った者達の記憶は時間の巻き戻しと共に改竄され、『吸血鬼異変』はレミリアによる単なる覇権争いへと書き換わり、『ベリアル』は少女の肉体から強制的に引き離され永劫の牢獄へと追放される。
俺は最終的に『ベリアル』の策を退け、その素性を『誰にも知られる事無く』全てを解決した。しかし、これは決して勝利などではなく……
「『田澤昴』や、私の存在。その全てが無かった事になっても、ただ一人、君だけは全てを覚えている。
そして君一人が覚えているのであれば、私はそれで構わない。君は永遠に、暗い敗北を抱えていく事になるのだから」