一連の事件が終息してから、早い物で2週間が経った。
歴史改変により、俺に関わる因縁はその痕跡ごと皆の記憶から消え去ったのだが、その結果として今回の事件の首謀者はレミリアと言う事になってしまった。
これは俺が事件の要素から『ベリアル』を除いた後、大筋の流れを改竄しなかった事による弊害だろう。紅魔館の面々による幻想郷侵略の歴史までを消した訳では無かったので、これは最も自然な形に再構築された結果と言える。
……考えるまでもなく、俺は彼女達に酷い冤罪を押し付けた事になる。しかも『事実として』レミリア主導の侵略が行われ、レミリアを含む全員がそれを認めているのだ。手を下した俺の言える事では無いが、とても心が痛む。
しかし、処罰の内容がいかにも幻想郷的だったと言う事は俺にとって本当に救いとなった。
戦闘が終結し、捕らえられた紅魔館の面々とその配下。山に連行されたレミリア達が突きつけられたのは、何時ぞや俺が醜態を晒す原因ともなった超大容量の盃。そもそも体に入るのだろうかと疑問に思える程の酒を浴びた彼女達は、当然と言うべきか酔い潰れる。そして、天狗達によればそれで罰は終わりだと言うのだ。
そのまま戦闘に参加した妖怪達による敵味方を問わない酒盛りが始まり、最初から諍いなど起こっていなかったのではと思える程の豪勢な宴に発展。この事件が彼女達の今後に与える悪影響は思ったよりも薄いようである事は、俺の心を一旦落ち着けた。……所詮は勝手な自己満足だが。
「本日は皆様、御多忙の中早朝からお集まり頂き誠に有りがたく存じますわ」
そして、今日。戦後処理に一旦の区切りが付き、幻想郷が平穏を取り戻しつつあるタイミングで、妖怪側の有力者達と俺は八雲に召集をかけられた。
場所は八雲の屋敷ではなく、妖怪の山付近の平原に急遽用意された仮設の集会所。恐らく、誰の勢力圏でもないと言うアピールだろう。単に八雲が自分の拠点を明らかにしたくないだけかもしれないが。
「そんな社交辞令は要らないから、さっさと用件を言いなさい。どうしてもと乞われるから来てあげたけど、私だって暇じゃないの」
「あら、せっかちですこと。では前置きはこのくらいにして、早速本題に入らせてもらいましょう……幻想郷の今後、決闘方式や異変について」
相変わらずの胡散臭い笑みを浮かべながら謝辞を並べる八雲に、風見が不機嫌そうな視線を向けながら返す。
それを受けた八雲は何処からともなく取り出した扇子で口許を隠しながら思わせ振りに話題を出し、感情の読めない瞳で集まった十数人を見回す。
その動きに釣られて思わず俺も周囲の面々を確認するが、この場に集まっている中で俺が直接面識を持っているのは天狗社会の代表者である天魔と、風見、八雲、藍くらいである。他の者は俺の式神と交友が有ったり、無かったり。どちらにせよ、俺が直接会っている訳ではない。
「先の吸血鬼異変は私達幻想郷の妖怪に数々の問題を投げ掛けました。
その最たる物は、私達が戦う力を錆び付かせていると言う事。新参の妖怪による侵略を一時的とは言え許したのは、致命的な失態です」
「だが、戦闘を禁じたのは八雲殿自身ではないか。人里を襲わずとも、糧となる人間は調達出来るからと……いや、失敬」
「……大体の事情は既に把握している。人間である所の俺に配慮してもらわずとも構わん」
見知らぬ妖怪が八雲の言葉に異を唱えたが、途中で俺に視線を向けて言葉尻を濁す。
実際にどう思われているかはともかく、俺は常に人間と名乗り続けている。そんな俺の前で堂々と人間を喰らうと言う話題を出す事に気が引けたのだろう。
確かに気分の良い物ではないが、その点についてあまり深く否定する気はない。人間だって生きる為には他の生物を食べなければならないのだ。……そう考えると、必要も無いのに食事をする俺はこの上なく罪深い気がする。
「妖怪同士の決闘は小さな幻想郷を崩壊させるかもしれないとの判断でしたが、些か神経質に過ぎた対応であった事を認めましょう。
私はこの停滞した幻想郷の形を打破する為、皆様の知恵を頂きたいと考えていますわ。……田澤さん、先程の件が気に障りましたか?」
「あ、いや、そうではないんだ。どうぞ、話を続けてくれ」
いつの間にか深く思い悩んでいたようで、それを人間を喰らうと言う話題に対して気分を害したと取ったらしい八雲が声をかけてきた。慌てて取り繕い、頭を下げつつ先を促す。
……どうも、ここ最近考え方が卑屈になり過ぎているな。ふとした流れからすぐさま自虐的な方向に思考が進んでしまう。畜生、『ベリアル』がこれを狙っていたのだとしたら、この上なく術中に嵌っているじゃないか。
「……つきましては、私が提案させて頂く決闘方式の草案を皆様にお配りしたいと思います」
八雲が言葉を続けると、控えていた藍が用意していた数枚の紙を出席者に配布していく。
俺の手元にも配られた用紙を見ると、命名決闘法案と銘打たれた一連の案が箇条書きの概要付きで記されていた。どうやらこれは単なる決闘方式の決定ではなく、幻想郷自体の改革についてまでを包括した法案らしい。
「ううむ……」
八雲は皆様の知恵を頂きたいと言ったが、いくら読み込んでもこの法案が理に適っていると言う事が分かるのみで突っ込み所が見当たらない。既に完璧と言って良い完成度だ。
それは他の皆も同じらしく、何か言いたげに顔をしかめてはいる物の誰も言葉を発しない。これでは八雲以外の面目が潰れてしまうと思った俺は、苦し紛れに重箱の隅を突くような提案をする。
「全体として特に異存は無い。ただ、周知する事を前提とした案にしては表現が難解な部分も多いと思う。要旨を変えない程度に、皆で言葉を簡略化してみると言うのはどうだろうか」
「私としてはこれでも割と簡素な表現に留めたつもりだったのですけれども。さて、他の方も何か意見は有りませんか?」
「特に無いから、さっさと進めなさい。あんたが何時までも仕切っていると苛々するのよ」
「酷いわね、そこまで嫌われると悲しくなるわ」
風見の刺々しい言葉を受けて、八雲は閉じた扇子を唇に当てつつ苦笑に近い表情を浮かべる。
その表情を見て俺は既視感にも似た奇妙な感覚に囚われ、直後に思わず叫び出してしまいそうな程の名状し難い感情の氾濫に押し潰された。
罪悪感や卑屈さの件と同じく、これも原因は分かっている。俺は……『田澤昴』は八雲に対して、メリーの面影を感じている。彼の最も大切な記録だと言うのに、何故かつい最近まで『俺』に引き継がれていなかった二人の情報。
一度『俺』の人格が破壊され狂気に満ちた『田澤昴』を再現した事が、皮肉にも失われていた記録を取り戻す切っ掛けとなったのだ。もし『ベリアル』がここまで計算して策を練っていたのだとしたら……非常に苛立たしい事だが、もはや脱帽するしかない。
周囲の皆が意見を出し合い、難解に過ぎた当初の命名決闘法案を分かりやすい文面にしていく。
すぐ近くで行われているその会話を、何故か壁越しにでも聞いているような感覚に陥りながら、しかし八雲の声だけは間近で囁かれているように錯覚する。
八雲の表情と声にメリーの姿が重なり、その度に『田澤昴』の失意や苦悩、悔恨、絶望といった負の感情が再生されて『俺』の心をも蝕んでいく。何とかその苦痛を外へ出さないように振る舞うも、追い打ちをかけるような言葉が八雲から発せられた。
「それでは、ひとまず私達で纏め上げるべき部分は完成に至ったと言う事で……後日、博麗の巫女の下で具体的な決闘方法を話し合いましょう」
「……っ!?」
博麗の巫女。博麗霊夢。名前を出された事で、俺は否応なく彼女の姿を思い出す事になる。
まだ幼いが、その風貌はどこか蓮子の面影を感じさせる少女。八雲に対してのメリーのように、『田澤昴』の感情を揺さぶる姿。そして博麗霊夢の話題を出した八雲が、一瞬だけ蓮子の事を話すメリーに見えて……
「……す、すまない。今日は、体調が良くない。非常に身勝手な話で悪いが、ここで抜けさせてもらう」
「そう言えば田澤、途中から何も発言してなかったわね。全く、人の都合を考えない賢者様に振り回されるのも大変よ」
「はは……」
俺へのフォローと八雲への嫌味が混ざった風見の言葉に引きつった愛想笑いで返しつつ、額を抑えて立ち上がり逃げるように退出する。
集会所の外に出てから自分を落ち着けるように大きく深呼吸し、転移魔法を用いて人里近くに転移した。今は『扉』の中の異空間に籠るより、人通りの多い場所の方が気も紛れるだろう。
「……これからずっと、この発作に苛まれるのはキツイな」
現状あの二人に関わらなければそこまで酷い事にならないとは言え、何時までも八雲や博麗霊夢を無視する訳にもいかない。
この発作が更に悪化する事も十分考えられる以上、まだ比較的安定している内に何か対策を考えなくては普段の生活にも支障を及ぼすだろう。そうなっては、他者と関わり交友を持つ事など夢のまた夢だ。
「あ、田澤さーん! 丁度良い所で見つける事が出来ました、私は何と運が良いのでしょう!」
「む、射命丸?」
「はい、清く正しい射命丸です。以前約束した件等について、お話したい事が有ってですね」
意識して心を落ち着かせるようにしながら人里へ足を向けていると、どこからともなく快活な声が響いてくる。
聞こえてきた方を見ると、満面の笑みを浮かべながら黒い翼をはためかせて飛び込んでくる天狗の少女。声の主は良く見知った相手である射命丸だった。
「約束の件って、何時ぞやの取材申し込みか?」
「ええ、覚えていてくださったのですね。他にも今日は何の企みが行われたのか等、聞きたい事は沢山有るのです。
貴方が八雲紫に招待されて妖怪同士の会合に出席した事、ちゃあーんとネタは上がってますよぉ。今ここに居ると言う事は、もう話し合いは終わったのですよね?」
「君もえらく情報が速い……まあ、記者だしな。
確かに俺はさっきまで会合に参加していたが、体調が悪くなったので抜けてきたのだ。あまり集中出来ていなかったし、君が望むほど鮮明な情報は提供できないと思うぞ」
「……体調が悪くなって抜けてきたと言う割には、いつも通りの田澤さんって感じですけど」
射命丸はどこかで聞きつけたのか実際に見ていたのか、つい先程まで参加していた会合の情報も掴んでいるらしい。
流石に何が話し合われていたのかまでを知っている訳ではないらしく、その点についてわざとらしく媚びたような口調で問いかけてきたが……何しろ肝心な話し合いの時にまともな精神状態では無かったので、俺に聞かれても困る。
「外の空気を吸っていたら途端に落ち着いてきてな。君にも無いか? 急に体調が悪くなったと思ったら、すぐに元通りになったとか言う経験」
「有るような、無いような……って、話を逸らしてません?
どうしても話せないと言うなら会合に関しては他を当たりますが、それでも田澤さん自身の取材に関しては行えますよね」
「まあ、無理ではないが……俺の事なんか記事にしても面白い事は無いだろうに」
「それを判断するのは田澤さんではなく私であり、ひいては読者です。少なからず需要は有ると思いますよ、何だかんだで田澤さんは謎めいてますし」
会合の詳細ついでに取材の件も誤魔化そうと適当な話題を振るが、上手くいかなかった。
一応取材の申し込みについて頷いているのは事実なので、無理矢理に話を切り上げるのも気が引ける。無茶な事を要求されている訳でも無いので、そろそろ大人しく受けておくべきだろう。
「分かったよ、その取材を受けよう。ただ、その前に会ってほしい人が居るのだ」
「会わせたい人って、この女の子ですか? 一体今回の取材に何が関係して……はっ!? もしや妹紅さんに飽きて、次に目を付けた子とかそう言う類の!?」
「……色々な方面に失礼だぞ、それ。と言うか、俺が妹紅に対して飽きるも何もないだろう」
「飽きる等と言う事が有り得ない程の関係と言う事ですね! ……軽い冗談ですって、そんな怖い顔しないでくださいよぉ。と、ともかく、何故私にこの子を会わせようと?」
所変わって、俺と射命丸は人里の中でも一際大きい屋敷の中に移動していた。
畳の敷かれたかなり広い応接間で射命丸が視線を向けるのは、落ち着いた雰囲気を持つ和服の少女。俺はその少女を示しながら簡単に紹介をする。
「まず、この屋敷は稗田と言う家でな。その家系である彼女にも俺の事を文章に纏める用件が有るらしく、つい先日暇が有る時にでもと誘われていたのだ。そして、それなら同時に取材をしてくれれば二度手間にならないなと」
「只今ご紹介に預かりました、稗田阿求です。本日は宜しくお願いしますね、射命丸さん」
「……ああ、思い出しました。貴女、今代の阿礼乙女ですね? 私自身記事にした事が有ったのに、すっかり忘れていました」
「何だ、射命丸も知っていたのか? 俺は阿礼乙女って言葉自体最近知ったんだが」
「まあ、幻想郷では割りと有名だと思いますよ。特に人間には……って、田澤さんはマトモな人間じゃ有りませんでしたね」
「その言い方は止めてくれよ……」
射命丸に悪気が無いのは分かっているが、そう言われるとどうしても心の奥底がざわつく。
『俺』は人間を名乗りその真似事をしているだけの『我等』だし、『田澤昴』は出自こそ純粋な人間だが最終的に普通の人間を名乗れる存在ではなくなっている。
「うーん、もう一人の取材者が居ると言うのは複雑ですが……
阿礼乙女の書く幻想郷縁起は、私の新聞と競合しませんし。これはこれで記事が面白くなりそうですので、このまま始めても構いませんよ」
「私も本格的な記者の方が居ると言うのは助かります。どう話題を振っていけば良いのか、まだ良く分からないので」
射命丸は少しだけ考え込むような素振りを見せた後、自分にも利になる展開だと判断したのか素直に受け入れてくれた。
阿求ちゃんも心なしか緊張が和らいでいるようなので、この方が良いだろう。……まあ、幾ら聡明とは言っても十に満たないような少女が大の男と一対一で会話すると言うのは無理が有るよな。
そんなこんなで取材が始まり、射命丸のかなり踏み込んでくる質問や阿求ちゃんの深い部分まで見据えた質問に内心で唸らされながら答えていく。
途中で稗田家の方にお茶や菓子を頂く休憩を交えながら取材は長時間続き、一区切りが付いた頃には差し込む日差しも赤みがかった色合いとなっていた。
「今回は中々満足のいく取材でした、どうもありがとうございます! いやあ、こう言う物分かりの良い真面目な方が対象だと私も助かるんですよ」
「……君の場合、まずその圧迫取材のような方法論を考え直した方が楽になると思うぞ」
「ですが、その姿勢は見習いたいと思います。私だけでは聞けなかったであろう事も、随分とお話頂けましたし」
「それを言うなら私の方も刺激を受けましたよ、阿求さん。視点が中々鋭いですよね、変に固くならず思ったように話すべきです」
文筆に携わる者同士何か感じる物が有ったのか、この短時間でかなり打ち解けたらしい射命丸と阿求ちゃん。
少し年の離れた仲の良い姉妹に見えなくもない二人は、見ていると和むような気もするが……阿求ちゃんが射命丸の影響を受けて、色々とアグレッシブな性格にならないかと不安にもなる。
「そう言えば二人とも、メモと言うにはかなり本腰を入れて文章を書いていたようだが……」
「ああ、私は新聞にする時の形式でメモを取っていくので。下書きを書いているような物です」
「私も射命丸さんと似ていますね、まだ単なる記録という範囲は出ていませんけど」
「気になるなら読んでみますか? このまま新聞になる訳でも無いですし、取材を受けた本人はメモを見る権利くらい有るでしょう」
「ふむ。それなら、見せてもらおうかな」
独占取材! 旅人を名乗る自称人間、田澤昴の謎に迫る!
今回は謎多き人間(自称)こと田澤昴さんを取材し、その秘密を暴こうという特集である。
彼の経歴は数々の点で謎が有り、その上彼の噂を聞いた事は有っても彼自身と付き合いのある者は少ないと思われる。
この企画はそんな彼から根掘り葉掘り情報を引出して、真実を白日の下に晒そうという私の記者魂の結晶である。
さて、まず田澤さんに関わる大きな謎として『果たして実際の種族は何なのか』と言う事が挙げられるだろう。
彼は人間と名乗っている物の、百年どころか千年以上生きている人間など未だかつて聞いた事も見た事も無い。
ここを直撃すると、『本当に純粋な意味で人間かと聞かれたら、確かに違うんだけどな。まあ、魔法使いか仙人って事で』と非常に投げやりな答えが返ってきた。どうやら種族的にはこのどちらかに近いらしいが、何分適当な返事なので信憑性には疑問が残る。
今度は逆に頑なに人間を名乗る理由について聞いてみた所、『取材をする時、君は天狗ではなく記者と名乗るだろう?』と何とも分かりづらい謎かけで返された。どうも、立場的に彼は妖怪ではなく人間の側に付きたいと言う事らしい。
次の謎として、『彼の能力とは何なのか』という点。
これもまた道具を自由に出し入れするだとか、瞬間移動するだとか、悪魔を使役するだとか、非常に多数の目撃情報が有り統一性が無い。これに加えて、独自の観念に基づいた魔法も使用する事が確認されている。
しかし今回の取材で私は有力な証言を手に入れる事が出来た。これは他紙には載っていない、文字通り幻想郷最速の情報である。
彼によると『俺がやっている事の大半は、とある共通した能力による物』との事だ。この証言と種族関係を組合せ、私はある考察を立てた。彼の引き起こす様々な事象は一見何も関係性が無いように思えるが、注意深く観察すると興味深い共通点が見受けられる。
その共通点とは『いずれも空間に干渉している』という事である。極論を言ってしまうと、その場に無い物を呼び出している。
道具も悪魔も、空間の裂け目とでも表現するべき妙な揺らぎを伴って出現しているのだ。これは、彼がこの能力を移動に使用する時も同様である。私が予想する彼の能力の本質は『空間を操る程度の能力』といった所だ。
さて、ここでそんな謎めいた彼の人柄に迫りたいと思う。鬼をも潰す酒豪、貴族の子女を浚った女誑しなど様々な噂が広まっているが、真実の彼は存外つまらな……真面目な性格である。
少なくとも、上記のようなネタを用いてからかうのは止めておいた方が良い。いつの間にか此方が論破され、お堅い説教を浴びせられる。また、力ずくで痛い目に合わせてやろうとするのもお勧めしない。冷静なようでいて意外に負けず嫌いらしく、しっかり反撃してくる。
取り敢えず友好関係を築いておいて損は無い性格である。誰に対しても割と友好的なので、何か頼みを聞いてもらえるかもしれない。
「ふーん。細部に文句が無い事も無いが、思ったよりは無難な内容だな。俺としてはその方が有り難いんだが、天狗達相手にこんな薄味な記事で良いのか?」
「勿論書き足しますよ。さっきは言葉の綾で下書きと言いましたけど、実際にはその前段階にすらなっていませんし。あくまでどんな記事にするか、方向性を決める段階です。
取材で感じた事が風化しない内に文章を著し、それを元に私なりの考察を加え、伝わりやすい言葉を選び、そこで始めて下書きなのです。私の新聞は写真も大きく占めるので、それらが映える構成も考えなくてはいけませんし」
「……すごいですね。感銘を受けました」
「全くだ。君がどのくらい気持ちを込めて臨んでいるか、教えてもらったよ。……ただ、あまり妙な書き足しはしないでくれよ」
「私としては好きな事に手を抜きたくないだけ、なんですけどね」
「それが素敵なんですよ。中々出来る事ではないと思います」
「あやや…… そうべた褒めされるのも困りますねえ。天狗の仲間内では面白みが無いと評判が宜しくない物でして。
正直な話、褒められ慣れていないと言うか……さ、さてさて、取り敢えず私が今書いたのはこれくらいな物です。私が見せたのですし、次は阿求さんの下書きも見せてもらえませんか?」
「うむ、阿求ちゃんから見た俺というのも興味深いな」
「拙文ですが、そこはご容赦のほどをお願いします。これから頑張って編集しますので」
風変わりな賢人 田澤昴
職業 無職
能力 不明 (主に空間と魔法を操る?)
住んでいる所 不定
人間を名乗るが人里に住まわず、かと言って妖怪の勢力圏に定住している訳でも無いちょっと風変わりな自称人間。
会話をしてみると人当たりは良く人間にも妖怪にも敵意を見せない等、幻想郷の実力者としては極めて珍しい常識人である。
幻想郷が結界で外の世界と区切られる前どころか千年近く昔から姿を確認されているなど、どう考えても名乗る通りの普通の人間ではない。
それを指摘すると屁理屈を交えた理論展開で自分は人間だと主張されるが、内心では本人も言い分のおかしさを自覚している様子。
人間を名乗るだけあって実力者の中でも格段に人間への友好度が高く、誠意を持って頼み事をすると大抵の事は聞き入れてくれる。難点は特定の拠点を持っていない為、能動的に接触する手段が少ないという事だろうか。
自称人間で有りながら妖怪のように長く生きて、身体能力や魔力なども並の妖怪を上回る。
彼の経歴には謎が多く、一時期はかの妖怪の賢者と行動を共にしていた事も有るらしい。彼との会話に夢中になると外見通りの人間だと錯覚する事も多いかも知れないが、幻想郷の実力者である事を忘れずに敬意を持って対応するべきだろう。
能力
分かりやすい物として、あらゆる場所に繋がる空間の裂け目を作り出す。
裂け目の中には城のような廃墟が有って、そこから全く違う場所に裂け目を作って転移したり倉庫代わりにしていたりする。
ただし彼自身はあまりこの能力について語りたがらず、人目の有る場所でも頻繁に使用する割にはその詳細は謎に包まれている。
これは妖怪の賢者の持つ能力と似ていて、神出鬼没に行動出来る。
拠点を持たずにフラフラしているのはこの能力が有るからのようで、旅人だと名乗ってひとつどころに定住しない。
移動に関してのみならば妖怪の賢者と同一の能力を持ち、更には不老でもある彼は、一体どのようにしてこの能力を手に入れるに至ったのだろうか。もしかすると妖怪の賢者と長く行動を共にしていたと言う所に真実が隠されているのかもしれない。
しかし、彼の性格を考えると彼女から影響を受けた可能性は低い(彼女が知恵や力を授けたとすれば、ひねくれた性格になりそうな物だ)上に、彼女と出会う前から現在と同じ姿、能力を使用していたと言う記録も僅かに残されている。
どちらにせよ、空間に裂け目を作るなどと凄まじい事を苦もなく行う事から彼の持つ力の片鱗を伺えるだろう。
他にも様々な魔法を扱い、陰陽術や結界の創造、剣術や体術などにも造詣が深いと言う。味方ではあればとても頼りになる存在と言う事だが、万が一敵に回してしまうととても恐ろしいだろう。
知識
前項でも多少触れたが、彼は非常に博識である。中でも、外の世界から流れ着いた物品に関しては幻想郷一詳しい人間だろう。
この事については、妖怪の賢者と同じ様に外の世界へも自由に移動出来るという噂が有るので、流れ着いた物品の使い方を予め調べているとも考えられる。
その他にもジャンルを問わず雑多な知識を数多く持ち、それを実際に活かす行動力も持ち合わせている。
頭の回転もかなり早く何を言っているのか分かりにくい妖怪の言葉も瞬時に意図を理解するので、もし貴方が妖怪の賢者などの相手と会話をしたい場合は彼に通訳を頼むと良いかも。
彼女達の回りくどく機知に富みすぎた言葉を分かりやすくしてくれる上、一人で接触するよりは色々な面で安全だ。
そんな彼も時折妙に意識が飛んでいたり俄かには理解し難い言葉を口走ったりするが、この程度の奇行は幻想郷の中では可愛い物。実力者達の中では、まだマトモに意志疎通が出来る部類だ。
「……これ、もう完成してませんか? はっきり言ってこのまま本に載せて大丈夫だと思いますよ」
「阿求ちゃん、もう少し最初の方をどうにかしてくれないか? この書き方だと住所不定無職って感じでどうにも落ち着かない、せめて職業の所は不明とでも」
「不明と言うのも収まりが悪い気はしますが……それに、名目上の拠点くらい用意してはいかがでしょう」
「それこそ妹紅さんの家なんてどうです? 前に彼女が自慢していましたよ、『この家は田澤が建ててくれたんだ』って」
「また興味を引かれる内容が出てきましたが…… いえ、これ以上は止めておきます。この内容もそのまま載る事は無いでしょうね」
「それはまたどうしてだ? 確かに清書に当たって加筆修正は有るだろうが、内容が大きく変わる事は無いだろう」
「……あまり他人に言っちゃいけないんですけど、紫さんの審査が有るので」
「む、むむむ。悔しいですが、私では彼女の強大な権力に太刀打ち出来ません……」
「八雲が直接検閲? 妖怪の恐ろしさを誇張して書けとか、その辺りを指摘されるのか?」
「概ねそんな所です。幻想郷縁起の主な読者層は人里の人間なので、妖怪が軽く見られるようになると色々不都合が有るとの事で」
まあ、本来幻想郷は妖怪の楽園だ。妖怪側の脅威を水増ししておく事も必要なのだろう。
とは言えこれは人間も危険に敏感になると言う事なので、一概に人間を不利にする訳でもない。多少恐怖政治である気もしないではないが。
「ところで阿求さん、貴女の家には代々不可思議な資料が伝わっているとの事ですが。もしやそれらも彼女が管理していたり」
「あ、忘れる所でした。外の世界の人間が書いた物と思われるメモが有るので、田澤さんにも見てもらいたいと思っていた所だったのです」
「なんと、それは凄い。私にも見せて頂けませんか」
「勿論良いですよ、射命丸さん。何か分かる事が有れば言ってくださると助かります」
阿求ちゃんが桐の小箱から取り出したメモを受け取り、射命丸と共に目を通す。
……これ、外の世界にしても書いてる内容が進んでるな。彼女達とは違う意味で、俺にとっても不思議だ。
「携帯電話、GPS、ホーキングの時間の矢逆転、……蓮、子?」
「ああ、それは文脈から書いた人の友人だろうと判断したんですけどね。……田澤さん、大丈夫ですか? 顔色が悪くなってますよ」
「っ、ああ。いや、もう少し時間をかければ内容を解読出来そうだなと。これ、借りても良いかい?」
「え? どうしてもと言うなら構いませんが……重要な資料なので、丁寧に扱ってくださいね」
「それと、聞きたい事が幾つか有る。このメモはいつどこで発見された物だ? そして、これを八雲に見せた事が有るか?」
「そのメモは数百年前、迷の竹林で発見されたと記録されています。紫さんが知っているかどうかについてですが……
私は彼女にこれを見せた事は有りません。ですが、彼女が知らないと断定する事も出来ません。転生前の『私』が見せていないとは言い切れませんし、彼女が既に見付けていて勝手に読んでいる可能性も有ります」
「……うーむ。なら、取り敢えず君はこの事を秘密にしてくれないか」
「あやや、何やら怪しいですねえ。スクープの匂いがしますよ」
「少し個人的に気になる事が出来てな。ただ、君が好むようなネタでは無いぞ」
「そうですか? まあどちらにせよ、記事にするには情報が少なすぎますからね。今の所関わる気は無いです」
ここに来て、更に俺を揺さぶる情報が出てきてしまった。『ベリアル』に関わる因縁を歴史から排除した以上、このメモは奴の策略による物ではない。
つまり、本当に誰かがこの文を記した事になるのだが……読む限りでは、その誰かも分かり切っているような物だ。数百年前の幻想郷に、メリーが訪れていた?
「それでは取材も終わった事だし、日が落ちてきたのでそろそろ帰らせてもらうぞ。今日は俺も中々楽しかったよ、ありがとう、二人とも」
「はい、お気をつけて。……帰るって、どこにですか?」
「早速拠点の必要性を感じる出来事ですねえ、田澤さん。ほら、やっぱり妹紅さんの家にでも」
「君は執拗に妹紅の家を勧めてくるな…… 別に行かないよ、妹紅の方こそ押しかけられても迷惑だろう。いつも通り、野宿するさ」
「……いつも通り野宿って、何だか凄い哀愁を感じる言葉ですね」
稗田の屋敷を出た後『扉』を開いて異空間に移動した俺は、そこに留まって紙とペンを用意していた。今回の取材を受けて、『俺』や『田澤昴』に関わる因縁を記述して整理しておく必要性を感じたからである。
改めて文章に書き起こす事で、初めて見えてくる物も有るだろう。それに加えて、現状で発作のように俺を蝕む感情の氾濫を少しでも抑える効果も期待したい。『田澤昴』の人生を追体験する事で、彼の苦悩を俺の物として制御するのだ。
「……元々、田澤昴として行動する為に重要な記録だとは考えていたが。『俺』にさえ干渉する程、大きな影響を持つとはな」
誰にも声が届く事のない灰色の世界で、自嘲気味に独り言を漏らす。
人間として重要な要素を手に入れる為、自動人形呼ばわりされるような偽りの人格から脱却する為の試練とでも受け取れば良いのだろうか。
そんな事を考えつつ、手頃な瓦礫で椅子と机を形作り、用意した紙にペンを走らせはじめた。
今回起こった事件、それによって生じた問題、『元の世界』に関わる情報を整理する。
事の発端は『田澤昴』の正体を知る『ベリアル』の襲撃。パチュリーの証言を信じるならば、例の魔導書とやらが鍵を握っていたのだろう。しかし『ベリアル』の因縁を消し去った今、その鍵も失われた。これについては、決断を焦った俺の不手際としか言いようがない。
『ベリアル』の目的についてであるが、言葉の通り俺に絶望・敗北感を与える事だったのであれば、現状で奴はそれを達成していると言えるだろう。忌々しい。
そして『元の世界』に関する件が最重要だ。『俺』には宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーン、秘封倶楽部に関する記録が無かった。つまり、『田澤昴』を完全に再現していた訳ではなかったのである。
本来の田澤昴を再現した事によりある程度まで記録が復旧した物の、未だに全てを思い出せた訳では無く。更には、それによる弊害も生まれている。
これらと『俺』を取り巻く状況を再度整理し、『田澤昴』の情報を纏め直す事がこの記述を行う主旨である。
『俺』とは
『
世界を滅ぼし、その後『
現在の行動目的は『他者と関わり、かつて田澤昴が得られなかった幸せを得る事』。本来の『田澤昴』が最期の瞬間に呟いた言葉が予期せぬ形で契約に組み込まれた為に生まれた、最も人間に友好的な化身。
『田澤昴』とは
とある世界における破壊者であり、救世主。『俺』の原典である。
元々は純粋な人間で、彼は世界を救う代償にあらゆる世界と時間から永劫に消滅する事を決定付けられている。唯一その情報は『
暴走した老人体は『田澤昴』の最期を完全な形で再現した物。『俺』がベースにしているのは狂気に陥る前の青年期である『田澤昴』だが、些か理想化され過ぎている部分は否めない。それが八雲紫に絵空事と表現された所以だろう。
現在田澤昴を名乗って行動している『俺』は『田澤昴の情報を元に人間としての人格を構成されたウムル・アト・タウィル』である。
『
『延命せられし者』『古ぶるしき者』『道を開く者』などの異名を持つ神格。
『
惑星の神々を遥かに超えた宇宙根源的怪異であり、これらに関わる知識は世界を狂わせる害毒である。『俺』は人間レベルまで薄められた毒と言える。
『
『門にして鍵』、『全にして一、一にして全なる者』、『原初の言葉の外的表れ』、『虚空の門』。
『漆黒の闇に永遠に幽閉されるものの外的な知性』、ありとあらゆる時間と空間に接する『外なる神』。
過去、現在、未来のすべてを掌握する時空を超越した存在。時間や空間を超越した偉大なる神格。我等が主の前には、あらゆる概念が意味を失う。全てが平等に無価値である。無限にして極大、有限にして微小。
『宇宙根源的怪異』とは
この宇宙を取り巻く、知ってはならない狂気の知識。もしくは狂気の世界より来る害毒の顕現たる神話生物。
不幸にも知識を得てしまった者により、魔導書、手記の形で世界に広まる。尋常ならざる、冒涜的な真実。
『宇宙にとって生命種は何の価値も持たない塵芥である』。
『元の世界』とは
宇佐見蓮子、マエリベリー・ハーンに関する情報と含め口語体の文章にて物語調、複数回に分けて記述する。
これは『田澤昴』、その青年時に仮託した形を取る事で更なる情報の復旧を期待し、疑似的に彼の人生を追体験する事で彼の感情を制御する事を目的とした物である。
田澤が本編中最後で意味ありげに語っている通り、これから不定期に田澤が『田澤昴』に似せて書いていると言う体の番外編も投稿していきます。
番外編だけで投稿する事はなく、一話部分から新たに章を作り本編投稿に続けている形を取るので、面倒な形になるとは思いますが、そちらも楽しんでいただけると嬉しいです。