旅人の見た幻想郷   作:千思万考

45 / 82
旅人、紅い霧にて新たな始まりを知る

 妹紅と共に紅魔館を訪れてから、早いもので一月ほどが経った。

幻想郷は活気に満ち溢れた雰囲気に包まれ、住人はもう吸血鬼異変の存在を忘れていそうな様子である。能天気過ぎではないかと幾分呆れもしたが、それが『過去の事』になってしまう程度には時間が経過したのも事実。

その上毎日が濃密な幻想郷、解決した事について気を揉むような者は少ないともなれば話題から消えていくのも当然か。

 

 妹紅と時折出歩いたり、犬走と手合わせをしたり、風見や射命丸と世間話をしたり、そんな平和なある日の事。

紅魔館近くの湖を一望出来る小高い丘にテントを張り、暖かな陽光を浴びながら魔法についてつらつらと考えを巡らせていると。

 

 

 「ごめんください……で、良いのかしら。田澤様、お嬢様からお言付けを預かっております」

 

 

 俺の近くにふわりと降り立ったのは銀髪のメイド、十六夜咲夜。

俺が視線を向けると、彼女は軽く礼をした後に涼やかな声で話しかけてくる。

 

 

 「君が紅魔館以外で俺の前に姿を見せるのは珍しいと思ったが、そう言う理由か。用件は何だ?」

 

 「またティーパーティーを開くので田澤様を招待したいと仰っていました。

  ……それにしても、貴方の家を知らないのに呼んでこいと言われた時は流石に弱りましたが。まさかこんな近くに住んでいたとは」

 

 

 そこで一旦言葉を切ると、十六夜は俺と俺のテントを交互に見ながら眉を潜める。

ひとしきり此方を観察した十六夜は常の凛とした表情を崩し、何か可哀想な者を見る目で優しげに語りかけてきた。

 

 

 「……貴方の事は個人的にあまり良く思えないけど、この環境は酷いと思うわ。

  一応幻想郷の有力者である貴方が浮浪者同然なのは都合が悪いんじゃない? お嬢様に掛け合ってあげるわよ。お嬢様は貴方の事を気に入っておられるみたいだし、パチュリー様のように紅魔館への居住を許可してくれるかも」

 

 「……浮浪者ではなく旅人と呼んでくれ。別に俺は必要に迫られてテント泊をしているのではなく、これは趣味なんだ」

 

 

 十六夜は俺がホームレスのように此処で生活をしているのだと判断したらしい。

やっている事だけを客観的に見ると確かにあまり違いが無いようにも思えるが、浮浪者のような生活と思われるのは流石に嫌だ。俺は『家が持てない』のではなく『家を持たない』選択をしているだけなのだ、この2つには大きな違いが有るだろう。

……しかし、この類いの忠告をされる回数も無視出来なくなってきたな。そろそろ本腰を入れて考えるべきだろう、このまま皆に浮浪者と認識されるのは嫌だ。

 

 

 「貴方がそう主張するなら、私からこれ以上言う事は無いけど」

 

 「うむ。分かってくれるならば良いのだ」

 

 「……他人の趣味にとやかく口出しは致しませんわ」

 

 

 十六夜は苦笑しながら肩を竦める。思った以上にその動作が似合っていて、普段俺に向けている無表情とのギャップに内心驚く。

俺に対しては仕事モードで接していると言うだけで、彼女のプライベートでの姿と言うのは案外こんな感じなのかもしれん。やはり最初に悪印象を与えてしまったのが後々まで響いているのだろう。

これに関しては地道に付き合っていくしか方法は無さそうだ、元々が俺の自業自得だし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テントは設営したままにしておいて、十六夜と共に紅魔館へ向かう。

そのまま俺も何度か入った事が有るティーパーティー用のホールへ向かうのかと思いきや、なんと今回はバルコニーで行うとの事。

吸血鬼が昼間から外に出るなんて何の冗談かと仰天したが、バルコニーを確認すると大きめのパラソルがスタンドに固定され日陰を作っている。当然と言うべきか、日光対策はしているようだ。

 

 

 「悪いね、急に呼び出して。だが、私も田澤に急ぎの用件が有ったのだよ」

 

 「用件はともかく、君は此処に居て大丈夫なのか? 日傘が有るとは言っても長時間外に留まるのは不味いだろう」

 

 

 レミリアはパラソルの下で外の風景を眺めながら、物憂げな表情をしていた。その情景だけを抜き出せば深窓の令嬢と見えなくもない姿なのだが、背中の大きな翼が単なる少女ではない事を主張している。

俺の気配に気付き此方へ顔を向けたレミリアは、その表情を愉快そうな笑みに変えて声をかけてきた。こうして呼び出したのだからレミリアには俺と話したい内容が有ると言う事になるのだが、此処で大丈夫なのかと心配になる。

 

 

 「直射日光にさえ当たらなければ、身を焼かれる事も無い。調子が悪くなるのは事実だがね」

 

 「……安全な領域を作っていても、自らを害する物と隣り合わせと言う事に変わりはないだろう? 大した度胸だな」

 

 「くくくっ、夜の女王たるこの私が光に恐れを抱くなど……」

 

 「先程は日陰から恐々足を出して、焼けてもいない内から『熱いっ!』と叫んで引っ込める作業を繰り返しておられましたね」

 

 「……田澤、今のは咲夜流のメイドジョークよ。真に受けないようにね」

 

 

 暗に紅魔館内へ場所を移した方が良いのではないかと言うニュアンスを込めて問いかけるが、本人にその気は無さそうだ。

吸血鬼でありながら日傘のみで陽光の照らす下に出てくると言う度胸に感心していると、十六夜が本当か嘘か分からない調子で茶々を入れてきた。レミリアの反応から、どうやら事実のような気もするが。

 

 

 「君が日光を恐がったかどうかは置いておくとして……ティーパーティーとは言っても、参加するのは此処に居る面々だけか」

 

 「あら、パチェが居た方が嬉しいかしら? もしそうなら咲夜に呼ばせるけど」

 

 「パチュリーに限らず、いつもはもう少し賑やかだからな。どうにも寂しく見えたんだ」

 

 

 広いバルコニーにテーブルがたった1つ、そこを囲んでいるのも俺とレミリアと十六夜のみ。

しかも十六夜は給仕に専念するので、実質ティーパーティーに参加しているのは俺とレミリアだけだ。俺の疑問を聞いたレミリアは何故か論点をずらしてからかってきた物の、素知らぬ顔でスルーし言葉を続ける。レミリアはアテが外れたような顔をしていたが、気を取り直したように返答してきた。

 

 

 「まあ、今回のティーパーティーは身内での息抜きと言うより田澤との会談と言った趣が強い。

  無論私がパチェの事を信頼していない訳では無いけど、出来るならばトップの私のみが出た方が見栄えするかと思ってね」

 

 「……会談? それが今回俺を呼び出した用件か」

 

 「その通り。まず、私が現在行おうとしている事を単刀直入に表明しよう。……私は、異変を起こそうと考えている」

 

 「うん?」

 

 

 レミリアから飛び出した爆弾発言に面食らう。まさかまた何か良からぬ物でも憑いているのかと思ったが、そのようにも見えない。

咄嗟に魔法も併用してレミリアを確認したが、精神干渉を受けている訳でもなく意識を乗っ取られている訳でも無いのだ。ならばレミリア本人の意思で異変を起こそうとしている事に間違いは無いのだが、そうなるとわざわざ俺に伝える意図が不明。

これから犯罪をすると面と向かって予告しているような物だし、俺がどう対応するかどうかの見当くらい付くだろう。

 

 

 「ああ、そう身構える必要は無い。私は今回の異変を『スペルカードルール』で起こそうと考えているのだよ」

 

 「スペルカードルール……つまり、『ごっこ遊び』の異変か」

 

 「ごっこ遊びと言われると反論したくもなるが、概ねその予定だ。元より、このルールはそれを想定して作られた物だろう?」

 

 

 俺の内心の警戒が態度にも出ていたのか、レミリアはおどけた動作で両手のひらを見せる。

所謂降参のポーズを取りながら、レミリアは先の言葉の詳しい所を語り始めた。どうやら前回のような直接戦闘による争いではなくスペルカードルールによる弾幕戦、言ってしまえば異変ごっこをしようと言う事らしい。

 

 

 「確かにスペルカードルールは『妖怪が異変を起こしやすく、そして人間が解決しやすくなる』のが目的。

  俺は前身の命名決闘法については関わっているから、どのような目的で制定されたのか、経緯まで含めて一応は把握している」 

 

 

 関わっていると言っても、客観的に見れば本当にただ立ち会っていただけになるが。俺が出した意見は内容そのものには関わらなかったし、その後は会話出来る精神状態ではなかった。

俺が案を提示するまでもなく八雲が草案を出し、その草案を馴染みやすい文面に解釈していったのは他の妖怪達。俺が内心の葛藤に耐えている間に基本的な部分は決定していた。

……つまり、結果的に俺は居る意味が無かったんじゃないかと思えてしまうのだ。まあ、立場的に『居る事』自体には大きな意味が有ったのだろうが。

 

 それはさておき、レミリアの言う通りスペルカードルールは異変すら遊びに取り込むのが目的でもある。

やはりポーズとして妖怪対人間の構図は必要であり、かと言って本気の戦闘をする事は出来ない以上こう言う形になるのは必然。解決されるまでが流れの一部である以上、どこか滑稽な気がしないでもないが幻想郷の雰囲気には合致しているだろう。

 

 

 「だが、何故今になって再び……いや失礼、何故この段階で異変を起こす?」

 

 「以前の事は気を使ってもらわなくとも構わん、あれは私の中で既に折り合いの付いた事だ。

  だがそうだな、前回の件も私が異変を起こす理由の1つではある。我々、紅魔館の面々に関わる風評についてなのだが」

 

 「風評、か。ふむ、成程。大体の所は理解した、要するに遊びの異変も起こせるくらいの余裕を持っているとアピールしたいと」

 

 「……貴方には敵わないわね、田澤。この口調も疲れてきたし、もう普通に喋る事にするわ。

  まあ平たく言えばその通りよ。酒を飲んで遺恨は水に流した、と言ってもそれで納得しない妖怪は少なからず居る。一度根付いた不信感を完全に払拭するのは難しい、ならば今度は此方から歩み寄ろうと思ってね」

 

 

 風評と口に出した事でレミリアの狙いに見当がつく。

今現在、彼女達は微妙な立ち位置に居る。早くも風化しつつあるとは言え、幻想郷全土を巻き込む侵略騒動の渦中に居た事実は簡単に消えはしない。

いくら幻想郷の妖怪達がその件について大らかな対応をしていても、個人単位で見れば未だに納得していない者も居るだろう。その悪感情を異変ごっこ、ある意味で大規模なお祭り騒ぎを起こし少しでも和らげる。そうして自分達の名前を良い方向に広めようと言うのだろう。

……真の裏事情を覚えている俺としては、彼女達がこうして濡れ衣をそれと知らずに着せられている状況を許容する訳にはいかない。彼女達の潔白よりも自分のエゴを優先した俺が偉そうに言える事ではないが、上手くいくように全力を尽くして協力しなければ。

 

 しかし仮にも異変を起こした事によって生まれた不信感だと言うのに、改めて異変を起こしてそれを払拭しようと考えるのか。

確かにこの幻想郷の人間と妖怪の嗜好から鑑みれば強ち間違った決断でも無さそうだが、普通ならば二の足を踏みそうな物だとも思える。

それとも、もはや手段を選べない程に切羽詰まった状況なのだろうか? そうならないように俺はこれまで腐心してきたつもりなのだが、努力が足りなかったかもしれない。

 

 

 「何をそんなに悩んでいるのか分からないけど、私達は言う程困っていないわよ?

  ただ単に、もう少し幻想郷に馴染んでみたいと思っただけよ。このまま紅魔館に籠るのも退屈だしね」

 

 「そう言う事なら良いんだが……無理はするなよ。何かあったら遠慮しないで相談してくれ」

 

 「くくっ、吸血鬼の心配をする人間なんてね。……私を甘く見るな、田澤。この程度で折れる誇りは持ち合わせていない」

 

 「ならばせめて、健闘を祈らせてもらう。それくらいは許してくれるだろう?」

 

 

 その後は十六夜の用意した紅茶や菓子に舌鼓を打ちつつ、レミリアが起こすと言う異変の概要を教えてもらった。

当日のサプライズと言う事で具体的な情報は伏せていたが、恐らく幻想郷全土に能力で何かしらの目立つ干渉をするのだろう。

俺は特に忠告や助言をする事無く、人里と人間に悪影響が出そうであればその対策をとるとのみ伝えた。レミリアの起こす異変に手助けはせず、かと言って解決にも俺が関わる気は無いと言う意思表示。それを聞いたレミリアは満足そうに笑う。

 

 

 「全く、本当に田澤は此方の意図を理解して動いてくれるね。実に有り難いよ」

 

 「幻想郷の面々と広く関わる事が目的なのに、既に親交のある俺が動いても意味がないからな。そもそも俺は弾幕戦をあまり得意としていないし、実際に解決できるかも分からん」

 

 

 これは残念ながら謙遜ではなく事実だ。好きか嫌いかで言えば割りと弾幕戦は好きなのだが、それを誇れる程に得意な訳でもない。たまに妹紅と勝負しているが未だに一度も勝てず、俺と同じく初心者のパチュリーにも勝率は三割程度である。

そして更に、元々スペルカードルールは女性を中心に流行している決闘法だと言う事が解決に動けない理由に拍車をかけている。異変解決に動くと言う目立つ立場で堂々と『弾幕ごっこ』を行うのは、結構な勇気を必要とするのだ。

 

 

 「確かに、田澤自身は御世辞にも強いとは言えなかったわね。ルールの教え方はとても分かりやすい物だったと記憶しているけど」

 

 「……自分で言った事だが、いざ他人から指摘されると中々キツイな」

 

 

 俺の言葉を聞いたレミリアは、今更になって思い出したように俺の弾幕戦での実力を評する。

以前レミリアは十六夜と美鈴を連れて、俺とパチュリーへスペルカードルールの教えを乞いに来た事が有る。魔法の共同研究をしていた俺達は、それを中断して三人に手解きをした訳だが……

たった半日程でレミリアも十六夜も俺達を軽々超える実力を手に入れ、それ以上俺とパチュリーが教えられる事は無かった。唯一美鈴はスペルカードルールを苦手にしていたようだが、それは仕方のない事だろう。

美鈴は徒手空拳での直接戦闘に特化しているので、自分の得意分野がまるで活かせない弾幕戦は思うように動けない筈だ。ルールに沿う以上行動を制限されると言うのは俺もそうなので、気持ちは理解できる。

 

 

 「ともかく、当日を楽しみに。私達の弾幕ごっこを見る事は出来ないかもしれないけど、それでも退屈させない事を約束するわ」

 

 「始まってみないと何も言えないが、俺も可能な限り楽しんでみるよ」

 

 

 それ以上は異変に関わる会話も無く。俺達は紅茶と菓子を楽しみながら、他愛ない世間話に興じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、レミリアと会談をしてから数日が経った日の事。

明るくなり始めた頃合を見計らってテントの外に出ると、何やら空気が肌寒い。ここ最近は比較的日差しが強く、気温も高くなる傾向にあった。昨日の雲の動きからも天気の崩れは無いと判断していた俺は不思議に思う。

 

 

 「……濃霧まで出ているな、この気温の変化で体調を悪くする人が居ないと良いが」

 

 

 俺はレミリアとの会談の後、もしもの事が有ればすぐ把握出来るようにテントの設営場所を人里のすぐ近くまで移動していた。

しかし今日は人里を目視する為に目を凝らす必要が有る程の濃い霧まで発生している。随分冷え込む朝だなと思いつつ体を動かしていると、僅かな違和感に気付く。

 

 よく見ると、周囲に漂う霧は僅かに紅い。自然現象で発生した霧とは到底思えない色合いだ。

一体何が原因なのだと考えている内に、霧はその濃度を増していく。結局数分後には視界が全て紅く染まってしまった。

更には日光も遮ってしまったようで、辺りは早朝であるのに薄暗くなり、そして本格的に冷え込み始めた。

 

 

 「もしかして、この紅い霧はレミリアが生み出した物か? 成程、確かにこの上なく目立つ異変だ」

 

 

 具体的にどの範囲までこの霧に覆われているのか分からないが、多くの者がこの異常な霧の発生に気が付いただろう。日光を遮る程に深く立ち込めた紅い霧、幻想郷でさえそう体験する事の無いような非日常。

この紅霧に、そしてその奥に隠されたレミリアの意図に気付き、解決に動く者は果たして誰なのか。前回のような侵略戦争ではなく、遊びと余裕に満ちた異変ごっこ。新しい幻想郷の形を示すような、壮大な茶番。妖怪と人間による、疑似的な決闘。何だか新たな時代の幕開けを見たようで、感慨深い。

……まあ、この霧がいつまでも晴れなければ寒さで体調を崩す人も出るだろうし、農作物その他にも悪影響は免れない。常に視界が紅に染まっていると言うのも精神衛生的に良くないだろう。とりあえず人里の様子を見て、大変そうだったらある程度晴らしておかなければ。

 

 

 「さて、忙しくなるか?」

 

 

 人里に害が出そうなら俺の判断で動くと、レミリアには予め伝えてある。

この霧自体がレミリアの目的なのか、それともあくまで異変の解決者達を呼ぶための囮なのかは分からないが、人里には干渉させてもらおう。想定していなかった被害が出てしまい、それが原因でレミリア達の風評が悪くなるなんて事が有ってはならないのだ。

 

 視界が悪いので、直接移動する事が難しい。俺は『扉』を開き、出口を人里に繋いで転移を行う。

人が集まるならばここだろうと判断し人里の中心広場へ転移した俺が最初に耳にしたのは、急に謎の霧に包まれた事であちこちから上がる不安げな声や怯える声。どう声をかけた物かと考えている内に、向こうも俺に気付いたらしい。

 

 

 「見ろ! 皆、仙人様が来てくれたぞ!」

 

 

 広場に出ていた人達の視線が、声の主の示す先に居る俺に集まる。

最初は濃い霧に阻まれ訝しげな表情で目を凝らしている人が多かったが、徐々に俺を視認した人が増えてきたようだ。次から次へと人が集まり始め、たちまち混雑してきた。

 

 

 「仙人様、この霧は一体何なのでしょう! 突然現れ、恐ろしくてたまらない!」

 

 「儂も視界に入る物全てが赤く見えて眼が疲れるのじゃ」

 

 「今日せっかく寺子屋の皆で遊ぶ予定だったのに、これじゃあ寒くて遊べないよ」

 

 

 ……思っていたより呑気な人が多いな。普通に恐慌に陥っている人も居るが、図太い神経をしている。

ともかく、不安になっているかは別として全員困っている事に変わりは無いらしい。ならばその悩みを解消してやらなくては。

集まってきた皆を落ち着かせるように、心強い印象を与えるよう身振りと口調を意識しながら語りかける。

 

 

 「皆、もう心配はいらない。俺がこの紅い霧を晴らそう」

 

 「本当か!」

 

 「論より証拠。早速始めよう」

 

 

 さて、何を使おう。霧を晴らすと言って一番最初に思い付いたのは強風で吹き飛ばす事だ。

しかし俺の魔法で風を起こそうとすると、嵐のレベルになってしまう。元々が攻撃用なので、威力のみを追求している弊害だ。勿論込める魔力量で調節は可能だが、無駄な手間がかかる事は否定出来ない。

少し考えて、今回は攻撃用の魔法ではなく陰陽術を使用する事にする。わざわざ風を呼ばずとも、結界の応用で霧を追い払う事が出来るだろう。『扉』を開いて愛用の刀を取り出し、これを杖に見立てて呪を唱える。

 

 

 「里外より来る禍を打ち祓え、道の祖にして境の神。律と令の如く急ぎて往け」

 

 

 呪を唱えつつ鞘から刀を抜き放ち、刀身を握りこむ。俺の血を生け贄の命と見立てて代償とし、それを捧げる。

この作業と呪によって人里を守る道祖神の力を借り、俺の血から生み出される式神を使って人里を囲む結界を張る。この結界の効力は、紅い霧とそれによって発生する害を祓う事。恐らく数日は維持される筈だ。

 

 

 「今のは……?」

 

 「人里に結界を張った。じきに霧は消えていくだろう」

 

 

 俺が今やった事の説明をしている僅かな間にも、人里を覆っていた霧は晴れていく。

空を隠していた紅い霧は消えていき、晴れ渡る青空と眩しい太陽が姿を見せる。どうやら成功したようだ。

 

 

 「仙人様、今の霧は一体何だったのでしょう」

 

 「確実な事は言えないが、俺は何処かの妖怪が起こした異変だと考えている」

 

 「妖怪……! 仙人様、何とか貴方の力で退治してくださいませんか!」

 

 「あー……」

 

 

 そうは言われてもな。スペルカードルールでの異変である以上俺は活躍出来ないし、解決には直接関わらないとレミリアに言ってある。

ここは適当に誤魔化すべきか。俺以外にも妖怪退治の専門家は大勢居るのだし、それとなく妹紅や博麗の巫女を勧めておこう。流石に断るだけと言うのは気が引ける。

 

 

 「分かった、独自に動いて霧の出所と原因を探ってみよう。

  ……ただ、俺一人だけで解決出来るかどうかは分からない。もし本当に妖怪の仕業だとすれば他にも専門家は居るし、彼女達にも声をかけてはどうだろう」

 

 「それもそうか、複数で動いた方が効率も良い。上白沢殿……は人里から離れられないか」

 

 「妹紅さんに頼んではどうだろう、あの方ならこの騒ぎに気付いて里に駆け付けてくれるかもしれない」

 

 「博麗の巫女に頼むのが確実なのでは」

 

 「博麗? 馬鹿言うな、あの神社は妖怪に乗っ取られたと専らの噂じゃないか」

 

 

 ……博麗神社、引いては博麗霊夢がそんな扱いをされているとは思わなかった。その噂とやらを聞いた事は無いが、妖怪に乗っ取られたとは穏やかではない。

個人的な事情で直接は足を運んでいないが、射命丸との世間話でそんな事実が無い事は把握している。博麗霊夢に関しても、俺がこの目でその姿を確認済みだ。……もっとも、歴史改変によって彼女は紅魔館に訪れていない事になり俺との面識は消えている。

どのようなバタフライエフェクトでそうなったのか俺もよく分からないが、可能性としてはやはり『べリアル』の存在だろう。あの時博麗霊夢が紅魔館に来たのは八雲の差し金らしく、それは八雲に直接動く余裕が無かったから。

『べリアル』による干渉でそれが引き起こされていたとすれば、歴史改変によってわざわざ博麗霊夢に頼る必要が消えたと言う事だろうか。

 

 

 「……博麗神社と巫女は健在だ、頼れないと言う事は無いと思うぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「後は誰かが動いて異変が解決されるのを待つだけだな」

 

 

 人里を後にした俺は何となしに上空へ浮かび、幻想郷を見下ろしながら呟いた。

俺の予想する限りでは博麗の巫女は確実に動くだろう。もしかしたら妹紅は微妙かもしれん。俺と共に何度か紅魔館へ訪れた事が有るので、事情を何となく察して動かない可能性も有る。

ともかく俺がやる事は無いも同然なので、後は経過を眺めるだけ。とりあえず風見の向日葵畑にでも行って様子を見てみるか、等と考えていると。

 

 

 「おはようございます、清く正しい射命丸です!」

 

 「今更自己紹介しなくとも……で、何の用だ? 世間話に来た様子では無さそうだが」

 

 

 遠くから黒い影が近付いてくるのを視認した次の瞬間には、射命丸が俺の目の前に到着していた。

相変わらずの飛行速度、そして相変わらずの挨拶。とは言っても今日は普段と少し様子が違っている。

 

 

 「ふふー、分かります? 今日は凄い日じゃ有りませんか、紅い霧が突如幻想郷を覆い、人里の霧はたった今晴れた!

  この特ダネを逃しては幻想郷最速の記者の名折れ、取材をせずして何となりますか! つきましては、田澤さんに聞きたい事が」

 

 

 ……様子が違っていると言うより、テンションが上がりすぎて普段にも増して性格が慌ただしくなっているようだ。

獲物を狙う目で周囲を見回し、俺に万年筆を突き付けながら異様に輝く視線を向けてくる射命丸は端的に言って怖い。

 

 

 「取材って……おい、怖いからその目は止めてくれ。いや、ごめん、ちょっと近寄らないでくれるか」

 

 「状況的に考えて霧を晴らしたのは田澤さんですよね、一体どのような力を使ったのですか!?

  そして田澤さんからこの霧についての意見を一言! ああいや、一言と言わず話したいだけ話してください!」

 

 「俺の話も聞いてくれ……」

 

 

 ぐいぐい近寄ってくる射命丸と、彼女の立て板に水を流したかのようなトークに圧倒される事十数分。

精神的に消耗した俺は諦めて自分なりの意見を語ってやり、射命丸が落ち着いた所を見計らって退散する。

 

 

  「あ、田澤さん! 何処へ行くつもりですか、まだ話は終わってませんよ」

 

 「……もう勘弁してくれないか」

 

 

 が、俺の移動速度では射命丸から逃れる事など出来ず。逃げる俺を見た射命丸は、あっという間に俺へ追い付き腕を掴んできた。

 

 

 「田澤さんに協力してもらいたい事が有るんです。取材の助手を勤めてくれませんか?」

 

 「いきなりそんな事を言われてもな。俺は疲れたし、今日はもう帰って休む。あまりしつこいと……」

 

 「取材に付き合ってくれたら、報酬として私が大根おろしを作ってあげますよ? 勿論ポン酢も付きます」

 

 「よし、射命丸。全力で君に協力しよう」

 

 「……妹紅さんに聞いた時は半信半疑だったけど、本当にこれ効くのね」

 

 

 安い男と笑わば笑え。俺にとって大根おろし、それもポン酢が付くとなれば黄金にも匹敵する価値を持つのだ。

そう、言うならば射命丸は俺との交渉に黄金を持ち出したのだ。彼女の取材に協力する事くらい訳はない。

 

 

 「さて、射命丸。俺は何をすれば良い?」

 

 「え、えっと。そうですね、まず最初は霧の発生源を突き止める事ですが、異変の解決者も捉えたいです」

 

 「任せてくれ、霧の発生源なら既に知っている。異変解決に動く者と言えば博麗の巫女、神社を観察していれば問題有るまい」

 

 「き、急に頼もしくなりましたね…… 私としては有り難いのですが」

 

 

 そんなこんなでレミリアの起こした異変。俺は射命丸と共に第三者的な立場から関わっていく事になったのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。