旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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旅人、博麗の巫女を追走し紅魔の郷へ

 「……今代の博麗の巫女は随分のんびりしてますね」

 

 「霧が出てから3日、まさか普通の自然現象だと思ってるんじゃないだろうな」

 

 

 射命丸と俺が異変解決の筆頭候補である博麗霊夢の観察を始めてから数日が経った。

この幻想郷全域に発生した異変、紅い霧の正体。博麗の巫女ならばすぐさま調査に動くだろうと俺達は考えていたのだが……

 

 

 「……全く、動きませんね」

 

 「ここまで無反応だと流石に不安だな」

 

 「無責任な事言わないでくださいよ、博麗の巫女は絶対動くと自信満々に宣言したのは田澤さんじゃないですか」

 

 「博麗の巫女の性格を考慮せずに言ったのは早とちりだった。それは認めるが、射命丸だってこんな事態は想定してなかっただろう?」

 

 「ええ、まあ……これまでの巫女は仕事熱心でしたからね。今代の巫女もそうであろうと思っていましたが」

 

 

 いかん、目立った動きが無い上にアテが外れた事に射命丸の機嫌が悪くなり始めた。

このままだと大根おろしとポン酢の件も反故にされてしまうかもしれん、それは避けなくては。

必死に頭を動かし、射命丸の気晴らしにもなり状況も進展させる策を考える。幸い、俺には異変の詳細を知っていると言うアドバンテージが有る。

 

 

 「ならば射命丸、今の内に異変の首謀者の拠点を突き止めると言うのはどうだ。

  紅い霧で視界が制限されているとは言え、霧の上に出てしまえば発生源から拠点に見当を付ける事は可能だろう」

 

 「ん……確かにそれが良さそうですね。田澤さんの式神でも置いておけば、此処で動きが有っても把握出来るのでしょうし」

 

 

 余程退屈していたのか、射命丸は何も反対意見を出さなかった。

やはり巫女に見付からない程度の位置から観察を続ける、それも3日間休憩もとらず集中して成果無しと言うのは堪えるらしい。

射命丸が体をほぐし始めたのを横目に見つつ、俺は懐から呪符を取り出し魔力を込める。符はまるで見えざる手によって折られていくかのように形を変えていき、鳥の姿となった。

 

 

 「あれ、人の形にはしないんですね」

 

 「行動を確認させるくらいなら、あまり高度な式にしなくとも問題ないからな」

 

 

 射命丸は俺を象る式神が出現するのだと思っていたようで、鳥のような形の式神を見て不思議そうに呟く。俺はその疑問へ簡潔に答えた。

戦闘行動や複雑な思考パターンを必要とされる状況ならともかく、単に映像を入出力する程度ならこの式神でも十分足りる。俺を象った式神を呼び出すのは性能にもよるが結構魔力を消費するので、今回のような事で使うのはコストパフォーマンスが良くない。

そのような説明も添えると、射命丸は難しそうな表情になる。

 

 

 「そう考えると、やはり妖怪の賢者の異常性が際立ちますね。藍さんは彼女の式神だそうですが、とても信じられませんよ。

  大妖怪クラスの妖力と頭の回転の速さ、そして自身も式神を扱う。そんな式神を常にこきつかってるんですから」

 

 「八雲は規格外だろう、俺を引き合いに出されても困る。そもそも俺自身、あまり式神の作成が得意ではないし」

 

 「またまた、変な謙遜を。田澤さんが幻想郷に残しておいた式神は例の異変の際、山の妖怪を率いて吸血鬼を撤退させたりしていたんですよ」

 

 「あの時の式神は八雲や藍が操作していただろうから、一概に俺の功績とは言えん。

  確かに元になる部分を用意したのは俺だが、回収した際に確認したら八雲も藍も大分アレンジを加えていたし。……と言うか話が逸れてきていないか? 俺は別にこのままの話題を続けても構わんが、君は困るんじゃないのか」

 

 「おっと、言われてみれば。意外に興味深い内容でしたので、つい。では田澤さん、しっかり着いてきてくださいね!」

 

 「了解した」

 

 

 当初の話題から脱線してきた事を指摘すると、射命丸は苦笑しながら視線を空に向ける。

そのまま体を翻し霧の範囲を超えるべく上昇していく射命丸に、おどけた口調で返しながら俺も射命丸の後を追う。

 

 

 「うわー、こうして見ると壮観ですね。よくもまあ、これ程の霧を生み出した物です。

  それにしても、あの紅い筋は何でしょう? まるで天使の翼のようにも見えますが、何かの意図による物なんでしょうか」

 

 「この霧を発生させる為に必要な儀式的要素か、もしくは霧を発生させた事による結果か。だが、恐らくこれは本質に関係しない。とりあえず、霧の発生源が異変の首謀者の拠点であるらしい事は確定したな」

 

 

 霧が無くなる超上空。空気も薄くなり雲を見下ろす程の高さまで飛び上がった俺達は、眼下に広がる紅の霧に各々の意見を言い合う。

とは言っても俺は大体の事情を知っているので、適度に理屈を付けながら既知の情報を小出しにしていくだけだが。

 

 

 「うーん、思った以上にあっさり場所が分かってしまいましたね。

  もう少し隠蔽工作に精を出し、探す側を楽しませようと言う気概は無いのでしょうか」

 

 「……まあ、こうして異変を起こしてくれただけで君も退屈せずに居られるだろう?

  スペルカードルールを代表とする様々な決闘法が考案されてから初の異変だ、あまり多くを求めるのも無理が有るさ」

 

 

 射命丸の言葉に勝手な言い分だと苦言を漏らそうとしたが、レミリアが語った今回の異変の目的を思い出して言葉を変える。

レミリアは『遊び』として今回の異変を起こしたのだ、それを知っている俺がとやかく言うのは野暮だろう。

そう思っての発言だったのだが……射命丸は意外そうな表情で俺を見てきた。

 

 

 「あれ、予想と違う反応でした。田澤さんだったら『人が困っている時に楽しもうとは不謹慎だ』みたいな事を言うと思ったんですが」

 

 

 途中で横を向き、目を細めながらやたらと格好付けた感じの低い声を出す射命丸。

一体何の小芝居をしているのかと疑問を抱いたが、どうやら俺の真似をしているらしい事に気付く。射命丸から見た俺の喋り方はそんな感じなのかと微妙に愕然としながら、何とか言葉を返す。

 

 

 「人里の霧は既に祓ったしな。それに決闘法が定められているんだ、これからの異変はある意味で遊びと言える筈だ。

  他者に不利益しか与えない純粋な戦争ならまだしも、程度を弁えている遊びに口うるさくケチを付ける程野暮ではないよ」

 

 「へえ…… 田澤さんも中々話が分かりますね。異変を楽しむなんて考えない人だとばかり思ってましたよ」

 

 「勿論度を超していたら楽しむなんて考えは浮かばないが、そうでなければ騒ぎに乗ってみるのも一興だと思っている。

  とは言え人里の者達にとっては不安なだけだろうから、その不安は解消してやるべきだとも思っているが」

 

 

 この異変を楽しもうと考えられる程の力、思考回路の持ち主は人里には決して多くないだろう。

彼等にまでこの異変に浮かれる事を強制するのは良くないと思う。……落ち着いて考えると、俺が干渉するのも良くない事のような気が。

一応異変を起こすのは妖怪が人を襲う、困らせると言う建前が有る。人間に試練を与え、そして人間がそれを解決する。この形式を作る為の行為だ。

しかし俺が異変の首謀者に直接挑まないまま、異変によって引き起こされる現象を消してしまったら意味が無い。人間が妖怪に畏怖を覚えると言う大前提が根本から崩れてしまう。

 

 

 「ど、どうしました? 急に考え込みだして……」

 

 「あ、あー。うん、何でもない。所で、さっきから忙しくペンを動かしているが何を書いているんだ?」

 

 

 後で八雲に詳しい所を確認しにいこうと考えながら、射命丸からの問いへ適当に返す。

射命丸は唐突に話題を変えた俺に不審そうな表情になるも、特に追及はせず書いていたメモ帳をひらひら振る。

 

 

 「勿論、ここから見た紅い霧についてです。それと今の内にある程度見出しの文も考えておこうと思いまして」

 

 「熱心な事だなあ」

 

 「ちなみにこれはまだ見せる訳にはいきません。私が何を書いたのか知りたければ、文々。新聞の購読を是非お考えください!」

 

 「まあ頭の片隅には置いておくよ、君の考察は二重の意味で面白いからな。写真もかなりの物だし。……以前俺を取材した時のメモは随分あっさり見せてくれたが、アレは良かったのか?」

 

 「田澤さんの紹介ですから、貴方がその記事を購読する分は最初から度外視したのですよ。

  別に完成した文章と言う訳でも有りませんでしたし、取材メモくらいは本人も見る権利が有るだろうと」

 

 

 どうやら、射命丸は異変を記事にした新聞の構成を早くも考えている様子。

冗談っぽく自分の新聞の宣伝もする射命丸を適当にあしらいつつ、浮かんだ疑問をぶつけると殊勝な答えが返ってきた。

やはり射命丸は、根の性格は生真面目であるように見受けられる。普段の振る舞いからはあまり想像出来ないが、割としっかり公私を分けるタイプであるようだし。

 

 

 「……む? 神社で巫女に動きが有った。まだ異変解決に向かうと確定した訳では無いが、戻るか?」

 

 「おお! 私がメモを書き終えると同時とは、良いタイミングですね。これ以上は観光くらいしか出来ませんし、戻りましょう!」

 

 「うおっ、いきなりトップスピードで行かないでくれ! 俺としては君に追いつくのも一苦労なんだ!」

 

 

 博麗神社に残していた鳥の式神から連絡が来た。何やら俄かに慌ただしくなり始めた様子で、帰還を軽く推奨される。

射命丸にそれを告げると、彼女は瞳を輝かせ凄まじい速度で眼下の霧に突っ込む。その一瞬の迷いも無い判断に驚きつつ、俺も慌てて追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、田澤さん。遅かったですね、つい先程まではもう一人神社に来ていましたよ」

 

 「……遅いと言われても、平均的な妖怪の飛行速度を遥かに超えた自信は有るぞ。

  君の速度を基準で物事を考えないでくれ、もう転移魔法を使った方が効率良い気もしてきたぞ」

 

 

 事実射命丸と離れてから十数秒もしない内に追いついたのだ、本来なら十分に速いと言える筈である。

それでも遅いと言われるのであれば、わざわざ飛行して移動するより射命丸の傍に転移した方が間違いなく時間短縮になるだろう。

 

 

 「で、そのもう一人と言うのはどの方向に飛んで行ったんだ?」

 

 「あれ、何で私が説明する前から飛べるって分かったんですか?」

 

 「簡単な話だ。今帰ったにしては参道に誰も居ない、だったら其処を通らずとも移動出来る者だったと言う事だ」

 

 「ああ、言われてみれば単純な。……それでですね、今日の内に巫女が異変解決に動くのは確定みたいですよ。

  巫女が色々と出かける準備をしていましたし、まさかここまで来て買い物をするだけと言う訳では無いでしょう」

 

 「ふむ」

 

 「そして次に先程まで居た人と言うのは人間の女の子ですが、彼女も異変解決に動くのではないかと。

  これは私の勘に過ぎませんが、何となくそんな雰囲気がしたのです。実に面白くなりそうですね、今回の件は」

 

 

 射命丸は俺が居なかった間に起こった出来事と個人的な見解を比較的詳しく伝えてくる。

これから本格的に取材へ移ると言うのに、情報の共有がされていないと色々困ると言う事なのだろう。

 

 意見交換しつつ時間を潰す事数十分。紅い霧で上空が見えず、太陽の位置を確認は出来ないが、恐らく夕方だろうと言える時間帯。

遂に博麗の巫女が支度を整えた様子で神社から出てくる。かなりピリピリした雰囲気を纏っており、だらけていた時とのギャップが凄い。

 

 

 「お、そろそろ行く気なんじゃないか?」

 

 「そのようですね、一枚撮っておきましょう」

 

 

 射命丸は巫女のそんな様子を気にした訳でもなく、カメラを取り出してシャッターを切る。

暢気な奴だと思えば良いのか、プロ意識に満ちていると褒めれば良いのか。どちらにせよ、やはり並大抵の根性ではない。

 

 

 「さあ、追いかけますよ。見付かってしまっては駄目なので、身を隠しながらゆっくり追跡しましょう」

 

 「今更な話だが、何故君は極力接触しないようにしているんだ? 理由を教えてくれないか」

 

 「理由って、新聞の記事に記者が入り込んでしまうのは良くないでしょう。

  それに巫女のあの雰囲気、下手に見付かってしまうと異変と関わりが無くても攻撃されそうです」

 

 「ふむ、分かった」

 

 

 大方そうであろうと予想を付けていた通りの答が返ってきた。とは言え、流石に問答無用で攻撃をしてくるとは考えにくい。

異変に関わりのある妖怪ならまだしも、何も関係の無い人妖に絡む事は無いだろう。万が一俺達が見付かったとしても、話し合いの余地はある筈だ。

 

 

 「……一直線に霧の発生源へ向かいますね。偶然だとしたら凄い確率ですが、いつの間に情報収集を行っていたんでしょう」

 

 「先程来ていたと言う少女が教えたのか、或いは純粋に勘なのか。

  とりあえず、巫女がこれからまた数時間かけて首謀者を調査すると言う展開にはなりそうにないな」

 

 

 博麗霊夢は神社を出ると、迷いなく紅魔館の方向を目指して飛行を開始した。

大して異変に関心を持っていなかった様子の巫女だったので、いきなり正解を引き当てた事に俺は驚いた。天性の勘と言う物か。

 

 俺達も巫女を追って神社を出る。視界を確保出来て、かつ霧で姿を隠せるギリギリの位置に身を置き追跡。

しかし、湖に向かう為に森を抜けようとした所で思わぬ襲撃を受ける。普段は悪戯好きと言うだけの妖精達が積極的に攻撃を仕掛けてくるのだ。

 

 

 「どうやら異変の影響で好戦的になっているみたいですね。自然の顕現たる妖精ですし、普段と違う事が起こると気が立つのでしょう」

 

 「弱ったな、追い返すにしても酷い事はしたくないぞ」

 

 「良いんですよ、田澤さん。妖精相手なら手荒な対応でも問題は有りません」

 

 「お、おいおい……」

 

 

 群がってくる妖精達への対応に困っていると、射命丸はやたらに弾幕を放って次々に撃墜していく。

スペルカードルールに則った殺傷性は無い攻撃のようだが、それにしても千年を超えて生きている妖怪の力である。

命中した妖精は例外なく気絶していくし、かすっただけでも痛そうに動きを止める妖精達を見ると罪悪感に駆られる。

だが向こうが攻撃を仕掛けてくる以上、反撃しない訳にもいかない。せめて落下による衝撃は和らげてやろうと重力を軽く操作。その上で俺も威力を落とした無駄に派手な弾幕を放ち、妖精達を追い払っていく。

 

 

 「妖精相手に気を回しても意味無いですよ。どうせすぐに恩を忘れますし、そもそも恩を受けたとすら思わないでしょうね」

 

 「俺が気にするんだ。別に恩を売りたい訳でもない、何となく後味が悪いからな」

 

 「まあ、反撃はきっちりしているので文句は言いませんけど」

 

 

 射命丸は俺の行動に対して納得はいかないようだ。妖精の性質なら俺も知っているので、射命丸の反応も理解は出来る。

だからと言って射命丸のように片っ端から撃墜していく気にもなれないので、この辺りで勘弁してもらいたい。

 

 

 「ん……? 満身創痍で倒れている妖怪が居ますね」

 

 「むう、誰がこんなに酷い事を。何もここまで痛め付けなくとも良いだろうに」

 

 

 そうして進んでいると、射命丸が森に倒れている妖怪を見付けた。

黒い服とスカート、赤いリボンを結んだ金髪の少女なのだが、誰にやられたのか服のあちこちが破れている。

放っておく訳にもいかないので近くに着地。破れた服から覗く肌色は見ないようにして抱き起こし、声をかける。射命丸も一旦巫女を追う事を中断し、メモ帳とペンを取り出しながら俺の近くに降りてくる。

射命丸はそのまま巫女を追いかけるだろうと思っていた俺は内心驚いて、彼女に視線を向ける。……何故か口元を隠しつつ笑いを堪えているようだが、何か面白い事でも有ったのだろうか。

 

 

 「君、大丈夫か。一体誰にやられたんだ」

 

 「うーん……苦い巫女、紅白の」

 

 「紅白と巫女は分かるが、苦いって何だ…… と言うより、あの巫女容赦無いな。

  ほら、元気を出せ。傷と痛みなら回復してやれる、その服もすぐに着替えるんだぞ」

 

 

 射命丸の奇行はとりあえず無視して妖怪少女に事情を聞くと、どうやら博麗霊夢に攻撃されたらしいと言う事が判明する。

おそらく異変には何も関わりが無いであろう少女なので、いくら妖怪と言えどもここまで攻撃するのかと軽い戦慄が走る。この少女も不幸な目に有った物だと同情心が湧き、回復魔法をかけてやった。……すると。

 

 

 「あれ? ありがとー。ありがとついでに、いただきます。巫女を食べれなくてお腹が減ってるの」

 

 「え、ちょっと待て。いただきますって、痛ぁっ!? 止めろ、噛むな!」

 

 

 妖怪少女は感謝を言いつつ、俺の腕に噛みついてきた。いつもの黒コートの上からだったので、食い千切られる事こそ無かったが……かなり痛い。

 

 

 「ぷっ、あはははははっ!」

 

 「笑うな射命丸、と言うよりこの子が俺に噛み付くの分かってたな!」

 

 「面白いネタになりそうでしたので、つい。田澤さんだったら万一も無いでしょうしね」

 

 「変な所で信頼を置かないでくれ…… 君もいい加減離すんだ、噛み切れないからと力を入れ直しても無駄だって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ごちそうさま。こんなにお腹一杯になったの久し振り!」

 

 「ああ可哀想、田澤さんの全てが食べられて……」

 

 「……縁起でも無い事を言うなよ、射命丸」

 

 

 俺の腕にかじりついた少女。ルーミアと名乗ったその妖怪は、現在は満腹となり非常に満足したようである。

射命丸はまるで俺が食べられたかのような反応をするが、勿論そんな訳は無い。『扉』に入れていた食料を与え、何とか気を逸らしたのだ。

 

 

 「次会った時も食べ物をちょうだいね。じゃないと今度は骨付き肉が欲しくなっちゃうよ?」

 

 「分かった分かった、また会う事が有ったら何か食べさせてやるよ」

 

 

 はっきり言って戦闘になれば負ける気はしないが、それも大人気ないだろう。

俺が此処で拒否した事によって、他の不注意な人間がこの子に食べられると言うような事態になれば後味も悪い。

到底受け入れられない条件を突き付けられている訳でも無いのだし、この辺りで折れると言うのが丁度良い落とし所だろう。

 

 

 「今日は紅白巫女に会って厄日だと思ったけど、そうでもなかった! 本当ならせめて片腕だけでも食べたかったけど」

 

 「……君に噛まれた腕が余計に痛くなるから止めてくれ。人間は妖怪に噛まれたら冷静を装うのだって精一杯なんだ」

 

 「そーなのかー。それじゃ、バイバイ!」

 

 

 一応、ルーミアの歯が痛かった以外に実害は無かった。

しかしこの黒コートを防御用に扱っていなかったり、そもそも着ていなかった時の事を考えると結構恐ろしい。

殺気も無く無邪気に噛み付いてきたので、反応が遅れた。もし腕ではなく手を噛まれていたら、それこそ食い千切られていたかもしれん。

ともかくルーミアは気が済んだらしく、俺に大きく手を振りながら森の奥へとフラフラ飛んでいった。

 

 

 「さて。射命丸、いくら何でも注意の1つも無いのは酷いんじゃないか?」

 

 「さっきも言いましたけど、田澤さんなら対応出来ると思いまして。……それに、ある程度は妖怪を警戒しなくてはいけませんよ?

  本来妖怪は人間を襲う物。追い払う事が出来る力を持っているとは言っても、全く警戒心を持たないのは間違っていると思うのです」

 

 

 半分は冗談のつもりだったのだが、射命丸は真面目な顔で正論を返してきた。

ルーミアが妖怪だと分かっていて、それでも接近したのは確かに俺の責任。客観的に見れば人間として軽率な行動だと言えるだろう。

妖怪を打倒出来る戦闘力を持っているとは言え、自称人間である所の俺に対して射命丸なりの遠回しな警告なのかも知れない。

 

 

 「その心遣いは素直に受け取る事にするよ。だが、最初から警戒心を抱いて行ったら相手に失礼だろう?」

 

 「相手を気遣うより、自分の心配をする方が先だと思うのですけど」

 

 「一般人よりは頑丈だし、最低限死なないようには常に気を張ってるさ」

 

 

 最初から警戒心を抱いて接して、結果的にあまり良い関係を築けてはいない十六夜が居るし。特にその辺りは意識してしまう。

 

 

 「まあ田澤さんの能力は未だに底が知れませんし、貴方が気を張っていると言うならそうなのでしょうけどね。

  ……さあ、そろそろ追跡を再開しましょうか。私達には異変の詳細を突き止めると言う義務が有るのです!」

 

 

 射命丸は意識したのかしないのか、唐突に話題を変えて再び博麗の巫女を追う事を促してきた。

俺としてもこれ以上この話題を引っ張るのは何となく気まずい気がしたので素直に頷き、飛び上がる射命丸の後へ続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あちゃー、また無関係のが撃墜されたみたいですね」

 

 「……あの巫女、本当に容赦無いな。いや、向こうが攻撃してきたからやむ無く、と言う理由も考えられるか」

 

 

 ルーミアの件で時間を使い、博麗の巫女を見失ったとは言え俺達は異変の中心地を知っている。

つまり紅魔館へ向かえば自ずと発見出来るだろうと言うのが俺達の考えだったのだが……嫌な形で自説を証明してしまった。

紅魔館近くの湖、普段から霧がかかる其処に青髪の妖精が目を回して倒れていた。状況から考えて、巫女にやられたのだろう。

妖精の能力なのか湖が所々氷結し、其処に落ちているので溺死する事は無さそうなのが不幸中の幸いである。

 

 

 「……あやや、困りましたね。この辺りからは見通しが良すぎます。霧等に紛れて舘までは行こうと思いましたが、近付くのも難しそうです」

 

 

 俺が妖精にどう対応しようかと考えていると、既に興味の対象を紅魔館へ変えていた射命丸が周囲を見回して呟く。

この湖は近くの丘から紅魔館とセットで一望出来る程には見晴らしが良く、身を隠せるような場所は皆無に等しい。

異変の関係者に姿を見せる事を憚る射命丸は、姿を隠せなくなる事を懸念しているようだ。

……だとしたら紅魔館内部へ潜入する事は想定段階で既に無理が有りそうなのだが、そこはどう考えていたのだろう。

 

 

 「此処まで来て諦めたくは無いのですが、深入りするのも考え物ですしね…… そろそろ打ち切りにしましょうか」

 

 「姿を隠せなくなる事が問題だと言うのなら、解決出来る手段は持っているが」

 

 「何と! いやはや、やっぱり田澤さんは頼りになりますね! よっ、男前!」

 

 「感謝は言葉ではなく報酬で示してくれ」

 

 「何でしょう、その台詞だけ聞くと格好良さげなのですが。冷静に考えると、結構間抜けですね。報酬が大根おろしって……くすっ」

 

 

 失礼な奴だな、人がせっかく気を遣って選択肢を増やしてやったと言うのに。大体、大根おろしを報酬に要求するのは変な話では無い。

君達天狗だって何かにつけて酒を要求してくるじゃないか、飲食物を報酬とすると言う点でなら君達だって相当な物だろう。このような事を考え、しかし口に出すのも大人気ないと思い黙っていると、射命丸が急に焦り始めた。

 

 

 「ま、まあまあ。そう怒らないでくださいよ、今の顔結構怖かったですって」

 

 「む? すまん、顔に出ていたか。で、どうするのだ」

 

 「姿を隠せると言うのなら、お願いします。お礼に大根おろしは増量です」

 

 「よし、早速やろう。と、その前に」

 

 

 せめてこの妖精は陸に引き揚げてやろう。自分の力のようだから氷の上でも寒くは無いのだろうが、放っておくのも可哀そうだ。

先程のルーミアの例が有るので直接触れるのは躊躇い、重力操作の応用で妖精を『掴み』陸まで引っ張り上げる。暫くしたら意識も戻るだろう。

 

 

 「さて、射命丸。途中で俺の魔力が君に行く訳だが、その時は変に抵抗しないでくれよ。力が逆流したりして危ないからな。

  ……我が内界に宿る記述を励起。『叡智の王国』の記述より、ソロモン72柱が内の序列1番、東方王『バアル』を参照。我が魔力と血肉を糧に、汝の力を借り受ける」

 

 「んっ……」

 

 

 他者の知覚を欺瞞し自らの気配を遮断する力を俺の魔法として発動する。

本来ならば自身のみにしか作用しない力だが、射命丸の腕に触れて簡易なパスを繋ぎ、それを通じて変則的に射命丸も魔法の対象として扱う。

 

 

 「……あれ、終わりですか? 何かが変わった感覚は有りませんが」

 

 「影響を受けた本人には自分が普通に見えるからな。心配は要らないさ、直接触れでもしない限り他人は俺達に気付けない」

 

 「なら信じますけど、途中で効果が切れたりしませんよね?」

 

 「俺の魔力が続く限り効果が失われる事は無い。さっき君にパスも繋いだから、自動で君にも魔力は供給される」

 

 

 他者の視界に入らず気配をも隠蔽する以上、発見される可能性は大きく下がる。

流石に直接他人に触れてしまったりすれば違和感を生じさせてしまうが、隠れて進めばそれは起こらない。

 

 

 「ともかく、大人しく追いかける分には問題無い」

 

 「弾幕ごっこに参戦する気は有りませんし、それで十分ですよ。有り難うございますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『バアル』の力を借りて姿を消した俺達は、誰に気付かれる事もなく紅魔館への潜入に成功した。

こう言った侵入しようとする輩を追い払う際は門番の出番だが、案の定と言うべきか美鈴もやられていた。

とは言え美鈴は紅魔館のメンバーなので、ルーミアや先程の妖精達程の驚きは無い。むしろ戦闘していない方が問題だろう。

 

 

 「いやあ、本当に私達の事に気付けないんですね。まさかすぐ隣で普通に喋っていても大丈夫だとは思いませんでした」

 

 「姿の透明化はあくまで副産物だからな。俺達を認識出来なくなると言うのがこの能力の本質だ」

 

 「如何わしい使い方が幾つも思い浮かびますね…… 実際に誰かを覗いていたりするんじゃありませんか?」

 

 

 紅魔館内部を忙しく行き交う妖精メイドの間をすり抜けながら、俺達は特に声量を抑える訳でもなく会話を続ける。

客観的に見れば、とても俺達が姿を隠して潜入しているとは思えない状況だろう。まるで招待客のような振る舞いだ。

……いや、招待客にしても始末が悪いな。異変を記録する事が目的と言えば聞こえは良いが、やってる事は単なるパパラッチだし。

 

 

 「そんな事はしないさ。君達にバレた時の事を考えると、恐ろしくて堪らないね」

 

 「おやぁ? その言い方だともしバレなければ満更でもないように聞こえますけど?」

 

 「見たいか見たくないかで言えば、答えは決まっているような物だろう。

  俺だって男だし、その類いの欲求が全く無いとは言わないさ。自制出来ないほどに若い訳でも無いがね」

 

 「中々突っ込む隙を与えてくれませんね。堅物かと思えばそこそこに俗っぽく、かと言って欲に踊らされる訳でもなし。

  仙人でも天人でもなく、名乗る通りの人間でもなく。だからこそ退屈しないんですけどね、田澤さんと会話するのは」

 

 

 射命丸の軽口を受け流すと、何故か楽しげな視線を向けてきた。

天狗の中でも結構な古参、幻想郷最速を名乗る程の力を持つ射命丸。彼女は彼女なりに俺と関わる事を楽しんでくれるらしい。

 

 

 「君よりずっと長く生きているからな、まだまだ若い者には負けんと言う所だ」

 

 「私達妖怪を若い者扱いする人間は、自称とは言っても田澤さんくらいでしょうね……おっと?」

 

 

 内心の嬉しさは表に出さず、冗談めかして返す。射命丸が苦笑しながらおかしさを指摘した時、突如轟音が鳴り響いた。

どうやら音が鳴ったのは地下のようだ。巫女と地下の誰かが戦闘になったのだろう、恐らく相手はパチュリーなのではないか。

 

 

 「今の音で巫女の場所が大体分かりましたが、地下に行くには具体的にどうしたら良いんでしょう?」

 

 「着いてくるんだ射命丸、紅魔館なら既に何度か訪れているから内部構造もある程度把握している」

 

 「そ、それはもう少し早く教えてもらいたかったです……」

 

 

 十六夜の能力で空間を弄られ、外観からは想像も付かない広さと迷宮のような入り組んだ構造をしている紅魔館。

しかし何度も訪れれば普段向かう場所への道程くらいは記憶すると言う物、明確な目的地が出来れば移動も容易い。射命丸を先導しつつ、地下図書館への道を行く。

 

 

 「空間転移の力は使わないのですか? 出来れば急行したいのですが……」

 

 「確かに『セエレ』も『扉』も使えば目的地へ一瞬で移動出来るが、これを使うと流石に違和感を誤魔化しきれなくなるぞ。

  特にパチュリー……ああ、多分今戦闘しているであろう魔法使いの事だが、彼女のホームグラウンドと言っても良い場所だからな」

 

 「あやや、それは困ります。それでは素直に飛んで向かう事にしますね。出来る限り、急ぎましょう!」

 

 「うむ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぜー、ぜー、ごほっ! 木&火符『フォレストブレイズ』!」

 

 

 俺達が地下図書館に辿り着くと、既に弾幕ごっこは佳境に入っていた。

パチュリーはスペルカードを取り出し弾幕を放つが……対する巫女の表情は涼しい物だ。まるで重圧を感じていないように見える。パチュリーが満身創痍の様相を呈しているのも有って、余計に異常さが際立つ。

 

 

 「……あの魔法使い、やたらと咳込んでませんか?」

 

 「パチュリー、もし戦闘になりそうだったら咳止め薬を飲んでおけとあれ程言ったのに……」

 

 「咳止めって、魔法使いならその辺りは魔法でどうにでもなる物と思っていましたが」

 

 「生まれながらの喘息持ちらしい。俺も回復魔法をかけてはみたが、あまり効き目は無かったな。

  そう言う事情も有って、その身に宿す魔力量は凄まじいのにスペルを唱えきる事が難しい難儀な体なんだ」

 

 

 だからこそ咳止め薬を見繕い、ある程度の数を常に常備しているようにと言って予め渡しておいたのだが。

それとも、飲んだけど動きが激しすぎて薬の効能が薄れてきたのだろうか? ううむ、あまり無理はしないで欲しいな。

 

 

 「……あ、勝負が付いたみたいですね。どう見ても戦闘向きでないコンディションで良く戦ったと褒めるべきでしょうか」

 

 「普段から図書館に籠って体を動かさないのも、喘息に影響していると個人的に思っているんだが。

  まあガチガチの理論派魔法使いなのに、ここまで戦えるのは確かに凄いよな。やはり、魔法の才能に恵まれている」

 

 「田澤さんが魔法云々で他人の才能を褒めても説得力が無いような……あまり謙虚って感じはしませんよ」

 

 「俺についてどう言う印象を持っているのだ……って、あの巫女パチュリー無視して進んでいったぞ。

  と言うかそもそもレミリアを探しているなら地下に来るのは的外れ、パチュリーは災難だったな……」

 

 

 と、そこで言葉を止める。無数の本棚が乱立する中に、小さい金色がちょこちょこ動くのが見えたのだ。

この地下図書館に普段居るメンバーに金色が目立つような者は居ない。……考えられる可能性としてはレミリアの妹か?

『俺』や『田澤昴』が相対していたのは、人格的に本人と言えない者だったが……容姿は変わらず、金髪である。しかし歴史改変と共に、彼女が外に出た事実は抹消されている。『過去から何も変わらず』、封印されたままになっている筈だ。

 

 

 「射命丸、先に巫女を追っていてくれ。俺は微妙に気になる事が出来た」

 

 「今度はあの魔法使いの介抱ですか?」

 

 「そんな所だ」

 

 「……無茶な頼みだとは分かっていますが、出来る限り私達だとバレないようにお願いしますよ。では、一足お先に!」

 

 

 射命丸にそれとなく別行動を切り出す。

上手い具合に勘違いしてくれた射命丸は一瞬渋った後に了承。時間が惜しいのか、すぐさま巫女を追っていった。

俺はその姿を見送った後、金色を見掛けた地点まで移動して周囲を捜索する。……すると、別の意味で衝撃的な光景を発見してしまった。

 

 

 「へへっ、これだけ有るなら魔導書の10や20持っていっても分からないだろ。暫くの間借りる事にするぜ」

 

 「か、火事場泥棒! ここの本はパチュリー様の持ち物です、置いていってください!」

 

 「うん? なんだ、此所の主の使い魔か? 丁度良いや、主に伝えといてくれ。此所の本は無期限で借りとくって」

 

 「侵入してきた相手に貸す訳有りませんよ、それに何ですか無期限って! 盗人猛々しいとは正にこの事ね!」

 

 「そう固い事言うなって。此所の主は魔法使いだろ、私とは寿命が違う。80年くらいだったら大した時間でも無い筈だぜ」

 

 

 パチュリーの使い魔である小悪魔に相対するは、ステレオタイプな魔女帽子が特徴的な金髪の少女。博麗霊夢が紅白なら、この少女は白黒か。

パチュリーには流石に及ばないとは言え、白黒少女からは人間の平均をかなり逸脱した魔力量が感じられる。おそらく、彼女も魔法使いなのだろう。

しかし、やっている事は泥棒の真似事である。小悪魔に見咎められていると言うのに作業を止めない辺り、本当に胆が座っている。

 

 

 「……どうしよう」

 

 

 射命丸の為にも姿を見せる事はしたくないのだが、だからと言って放っておくのも後味悪い。

果たしてどうした物かと、想定の斜め上を行くこの珍事に呆れつつ次の行動を考えるのだった。

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