「……見過ごす訳にもいかないよな」
小悪魔の静止を無視するどころか軽口で返しながら、パチュリーの蔵書を勝手に持ち去ろうとしている白黒少女。
正々堂々とした泥棒と言う奇妙な物を見た俺は、あまりの混乱に暫く呆然と少女の蛮行を眺め続けていたが……これではいかんと意識を引き締め直し、止めさせる事を決める。
しかし射命丸に出来る限り姿を見せないようにしてほしいと頼まれている事から、俺が直接出て行って説得する訳にもいかない。更に、もしこの少女が異変解決を目的として紅魔館に来たのであればレミリアからの頼み事にも抵触する可能性が有る。
俺は自身で異変解決に動く事は出来ないし、異変を止めに来た者と戦闘する事も出来ない。俺は今回の異変に対して、敵対者にも協力者にもなれないと言う制約が有るのだ。
「も、もう怒りましたよ! 私の注意を聞かなかった貴女が悪いんですからね!」
「お、弾幕ごっこか。よし、大ボス前の肩慣らしと行くぜ」
どうやら小悪魔も堪え兼ねたようで、少女に向けて弾幕を放つ。
それを受けてようやく本漁りから意識を外した少女は、本棚に立て掛けていた箒に跨がり宙に浮かびつつ弾幕を回避。そのまま反撃に星形の弾幕を張る。
これでは図書館の蔵書が大変な事になるような気もするのだが、ここで小悪魔が少女を撃退出来れば俺が動くまでもなく問題は解決する。小悪魔の善戦を祈り、内心で頑張れと応援。しかし……
「なんだ、肩慣らしにもならなかったな。威勢が良い割りに根性の足りない奴だ」
「うう、パチュリー様より強いなんて……」
少女は実に呆気なく小悪魔を倒してしまった。あまりに早く小悪魔が被弾した為に、互いにスペルカードを使う間も無く勝負が決まる程。
小悪魔は今の戦闘で気力が尽きてしまったらしく、図書館の床に目を回して倒れ込む。意識まで失った訳では無いようだが、もはや少女の泥棒行為を止められる状態では無いだろう。
「……やはり、俺が動くしかないのか」
直接俺が出ていって止める事は出来ないし、もし出来たとしても弾幕戦を挑まれれば勝ち目は無いが……
『直接』俺が妨害しなければ良いのだ。屁理屈のようなセコい手段だが、間接的に、それも少女自身を対象にしてはいない罠をばら蒔いていこう。
誰に聞かせるでもなく言い訳を呟きながら、俺は少女が勝手に抜き出し一纏めにしていた魔導書を元々有った位置へ戻していく。まずは、小手調べの嫌がらせである。
「さて、うるさいのは居なくなったし。一度本を持って帰ってから出直してくるかね……って」
小悪魔が起き上がってこないかを確認していた少女が向き直るのと、俺が最後の魔導書を本棚に入れ直したのは同時だった。
少女はギリギリのタイミングで俺の小細工を確認出来なかったらしく、集めた魔導書がいつの間にか元の位置に戻っていると言う光景を見てうんざりしたような声を漏らす。
「そりゃないぜ、また始めからやり直しなんて。随分と陰険な仕掛けだな」
陰険も何も、盗人の事情を考慮したセキュリティなんて有る訳が無い。自分のやっている事を棚に上げたその発言に、思わず溜め息が出る。
「まあ良いや、それほど手間でもないし」
俺の内心が伝わる筈もなく、少女は『仕事』を再開。再び本棚を漁り始める。
本を戻す程度では出鼻を挫く以上の効果は無いと考えていたし、これは想定の範囲内である。今の小細工で怯えて帰るくらいの少女だったら、そもそも他人の本を泥棒したりしないだろう。
……さて、ここからが本番だ。俺は何もただ単に本棚へ魔導書を入れ直した訳では無い。一連の動作の中で、既に罠を仕掛けている。
少女は意気揚々と魔導書を引っ張り出していたが、途中で違和感を覚えたらしく。抜き出した魔導書を見比べて、その全てが同じ物で有る事にすっとんきょうな声を上げる。
「……これ、よく見たら全部同じ本じゃないか!」
「ふむ。幻術は効果が有るようだな」
少女の反応を見て、俺は早速1つ目の策が成功した事を確信しながら呟く。俺は魔導書を本棚に戻す際、それらが全て同一に見えるよう幻術をかけていたのだ。
もしも少女が意識せずに幻術を解呪するほどの抵抗力を有していたり、最初から幻術の存在に気付くようであれば失敗に終わっていたが……これならば心配せずとも良さそうだ。中身の文章にまで幻術は及んでおり、本文は全て白紙に見える状態である。
そう思って気を抜いていると、魔導書を凝視していた少女が驚くべき事を呟き始めた。
「……いや、うっすら本物が見えてきたぞ。キノコの幻覚と似たような物か」
何と、少女は幻術の上から真の姿を見抜きつつ有るようだ。
キノコの幻覚と言う危ないワードも聞こえてきたが、この少女が魔法使いである事を考慮すると、恐らくは『魔法の森』の胞子を言っているのだと思われる。
かの森で瘴気のように漂う茸の胞子は、人妖問わず体を衰弱させ、幻覚を見せると聞く。幻想郷の魔法使いにはその環境が逆に快適であるらしく、そこに好んで住む者も居るようだ。この少女も、そんな魔法使いの一人なのだろう。
「幻術ではなく幻覚その物に耐性が有ると言う事か、厄介な」
少しは影響を及ぼせるようだが、常日頃から幻覚に接している事で免疫のような物が出来ているらしい。
少女自身に幻術をかければ、また違う結果にもなるのだろうが……それは間接的な妨害と言うレベルを超えてしまう。あくまで自分に言い訳の効く範囲でなければ、手出しは出来ないのだ。
ゆっくりと、しかし確実に魔導書にかけられた幻術を看破していく少女。
俺は幻術による妨害を諦め、方向性を変えた手段に変更する。少女が魔導書に気を取られている隙に、魔力によって次なる仕込みを行う。
「さーて、他に目ぼしい物は……」
少女が魔導書の確認を終えて他の本棚を漁ろうとした瞬間、その本棚から複数の魔導書が飛び出す。
自立飛行を開始した魔導書は少女を威嚇するかのように周囲を取り囲み、一斉に弾幕とレーザーの集中砲火を開始した。
「この仕掛けはさっきも見たぜ、わざわざ撃ち合うより飛び回ってエネルギー切れを待った方が早いんだ」
少女はこの迎撃を予想していたのか、すぐさま反応してその場を離脱。箒に跨り、空中に飛び上がって攻撃を回避する。
この防衛システムは元々パチュリーが用意した物で、俺が此処に来る前から動作していた罠。既にその洗礼を受けていたらしい少女は、余裕の態度を崩さない。
「……果たして、そう上手く行くかな」
しかし、そうは問屋が卸さないのだ。俺の先程の仕込みにより、この防衛システムの性能は格段に向上している。
「なっ、パターンを崩すなんて有りかよ」
少女の想定を超えて大量の弾幕が撃ち出され、乱射されるレーザーが行動を制限する。
自分の回避行動に自信を持っていたらしい少女が危機感を覚える頃には、弾幕が壁のような密度となって迫っていた。
「こんな所で落とされるのはゴメンだぜ、恋符『マスタースパーク』!」
少女はスペルカードを宣言しつつ、懐から小型の装置を取り出す。少女は八角形のそれに自らの魔力を込めて極彩色に輝く魔力砲を照射、迫る弾幕を強引に消し飛ばした。
「これは、風見の……」
そのスペルを間近で視認した俺の口からは、思わずこの場に居ない女性の名前が漏れる。
少女が『マスタースパーク』と銘打ったスペルは、風見の得意とする殲滅攻撃と非常に酷似していた。発動手段に多少の違いこそ有るが、見た目から性質までが似通っているのである。
……しかし、自らの力を集束させた砲撃と言うのは比較的思い付きやすい大技では有ると思う。風見に遠慮して除外したが、俺のスペルカード候補の中にも極大魔力砲は存在していたのだ。
ともかく、少女は俺とパチュリーの合作になった罠も凌いでしまった。
ルール上スペルカードを無数に連発する事は出来ないとは言え、一度危険性を認識すれば本気で対応してくるだろう。油断した状態のまま決めきれなかったのは苦しい。いよいよ切れる手札が少なくなってきた。
「……不味いな、間接的な妨害で止め切れる少女では無いぞ」
仮にも異変の中心地に侵入している以上、自分の実力に自信が有るであろう事は想定していた。
しかし、まさかここまでの力を持っているとは……ここまでの時点で多少なりとも苦戦してもらい、頃合を見計らって一気に畳みかける予定だったが、それでは上手く行かないだろう。
俺は大幅に策を練り直し、方針を変える事にする。俺は直接妨害出来ないと言う前提は崩さないが、その範囲内である程度開き直らせてもらおう。
「我が内界に宿る記述を励起。『叡智の王国』の記述より、ソロモン72柱が内の序列72番、懲罰伯『アンドロマリウス』を参照。我が魔力と血肉を糧に、汝の力を借り受ける」
『バアル』の加護を維持したまま、新たに序列72番の悪魔『アンドロマリウス』の加護を俺の魔法として発動する。
その能力は盗人を捕え盗品を取り戻し、それを企てた者に裁きを下すと言うこの状況においてこれ以上なく最適な物である。……とは言え、少女を対象には発動させない。あくまで、間接的な妨害と自分が判断するラインは超えないようにする。
「おわっ、な、何だ!?」
俺の魔法によって、図書館の蔵書には盗難防止の加護が付加された。
主の許可を得ていない他人の手に掴まれた魔導書達は、魔力の波動で少女を警告しながら元有った位置に転移していく。最初からこうすれば良かったか。
「随分としつこい奴等だ、そんなに私と行くのが嫌なのかよ…… そう抵抗されると俄然やる気が出るな、何としてでも諦めないぜ!」
「……諦めようよ」
安堵の息を吐いた俺だが、少女はなおも魔導書に執着。思わず呆れと疲れの混じった情けない声が出る。
少女は懲りずに三回目の本棚漁りを開始するが、俺の魔法をかけられた魔導書は少女に触れられた瞬間軽い衝撃波を放ってその手を弾く。
少女はどうやら覚えている魔法が攻撃一辺倒なようで、解呪してから触れると言う事をせず。手に魔力を纏わせてみたり、強化した箒で突っついてみたり、あの手この手で魔導書を抜き出そうとする。
「これは、逆の意味で不味いな」
宣言通り、表情を歪めながらも諦めずひたすら魔導書を掴もうとする少女を見て俺も焦り始める。
元々、『アンドロマリウス』はかなり苛烈な性質を持った悪魔だ。今は俺が断片のみを用いて力を制御しているが、これ以上窃盗行為を続けるのであれば俺の想定を超えた迎撃を行う事も考えられる。それは俺の望む所では無いので、魔導書にかけた魔法を徐々に弱めていく。
少女のやっている事は決して褒められた物ではないが、愚直に努力を続ける姿勢には頭も下がる。ここらで少女の流儀に従い、正々堂々と正面から邪魔をする事にしようか。
……まあ、俺が直接勝負を仕掛ける気は無い。つまり本当に正々堂々としているかと言われると困る所で、レミリアからの頼みにもスレスレなやり方だが。
「少なくとも、『俺が直接』妨害する訳ではないからな」
幸いと言うべきではないだろうが、パチュリーは博麗の巫女にやられてダウンしている。
俺は『アンドロマリウス』の加護に時間を稼がせつつ、『扉』を開いて一旦紅魔館から離脱した。
異空間を介して空間転移、『扉』の繋がった先は薄暗い竹林の中にひっそりと建つ妹紅の家。
気配から妹紅が家の中に居る事を確認した俺は、一時的に自身への『バアル』の加護を解除。玄関の戸を叩きつつ声をかけて呼び掛ける。
「妹紅、俺だ。頼みたい事が出来たんだが……」
「え、田澤っ!? ちょ、ちょっと待って、今出るから」
家の中から焦ったような妹紅の声が返ってきて、直後にドタバタと物が動く音。
もしかして間の悪い時に来てしまっただろうかと思っていると、遠慮がちに戸を開いて妹紅が顔を出した。
「えっと……中、入る?」
「……いや、ここでも構わんが」
詳しい事はよく分からないが、妹紅の様子を見る限り家に入れるのが気後れする状況なのだろう。
元々頼み事をするだけのつもりだったし、中に入らず玄関先で伝える事にする。……前回『部屋が片付いていない』と言っていたし、もしかしたらそう言う事なのかもしれん。
「今日はどうしたの? 異変だったら、今回は他の人に任せた方が良いかなって思ってたんだけど」
「う、うむ。その事についてなんだが、向かって欲しい所が有るのだ」
「向かって欲しい所? その言い方だと、やっぱり異変に関係した頼みなのか」
妹紅と言葉を交わすも、どうしても語勢が弱くなってしまう。俺がこれから妹紅に頼む事は、ある意味で先程の妨害罠よりもセコい作戦なのだ。
「妹紅には異変の解決者として紅魔館の地下図書館へ向かってもらい、そこで『偶然』見つけるかもしれない本泥棒と『個人的な』決闘をして欲しい」
「……何だか、色々と突っ込み所のある頼みだね」
妹紅の表情が何とも言えない物に変わる。これだけではまだ事情も伝わらないだろうが、それでも妙な点だらけな頼みに違和感を覚えたようだ。
「それは、今すぐ? それとも、これからそうなる予定なの?」
「現在進行で、窃盗が行われている『かもしれない』」
「意地でも断言はしないんだね。そう言えば、田澤って今回の異変に関わっちゃダメなんだっけ」
俺の口振りに苦笑した妹紅は、おおよその背景を把握したらしい。理解が早いのは助かるが、何とも言えず恥ずかしい。
「私と田澤だけの秘密にしておくからさ、紅魔館に行った事情とか泥棒の事とかを詳しく教えてよ。
どうしても教えられないって言うなら我慢するけど、情報は共有しておいた方が都合も良いでしょ?」
妹紅の言い分は尤もなので、予想めいた曖昧な説明を改める事にする。少し考えて話す内容を纏め、俺は口を開いた。
「まあ、妹紅になら良いか。まず事の始まりは、射命丸と共に異変を記録すると言う……」
「待って。射命丸と、だって?」
手始めに最初の辺りから話そうとした所、妹紅が低い声で俺の解説を止めた。
「そう言う事なら、最初から私に頼んでくれれば良かったのに。何で、射命丸と一緒にやるんだよ」
「彼女の方から頼んできたからな、俺はそれを決定する立場に無かったんだ」
「……田澤、射命丸に大根おろしで釣られなかった?」
「ま、まあな。多少は、気を引かれたかもしれない」
何やら妹紅の雰囲気と、俺を見る視線が怪しい。悪意も敵意も害意も全く感じられないのに、何故か威圧感に近い物を感じる。
射命丸と行動していたと言うのが、そこまで妹紅の何かを揺さぶる事だったのだろうか。何時ぞやの違和感を思い出し、現状に危惧を覚える。
「……まあ、射命丸なら良いか。あいつには、私も世話になってるし」
言葉を脳内で必死に吟味して状況の改善を狙っていると、妹紅の方から雰囲気を解消させた。息を吐き、首を振りながら納得したように呟く妹紅は、それだけで普段の様子に戻る。
「田澤、協力するけど私にも大根おろしを振る舞わせてよ。それが交換条件だ」
「何っ、俺に協力してくれるばかりか、大根おろしまで用意してくれるだと!?」
「……射命丸も面食らっただろうな、この喜びよう。何だか、凄い小さい事で悩んでいた気になるよ」
俺にずいっと迫ってきた妹紅は、何と大根おろしを『俺に振る舞う』と言う破格極まりない条件を提示してきた。
本来であれば頼む側である俺の方が何か渡すべき立場だと言うのに、これではあべこべなばかりか俺の方だけが得をしているではないか。何という滅私奉公の極み、もはや申し訳なさを通り越して妹紅の背に後光を感じるレベルである。
「わあっ、何で膝を付くんだよ! 手なんて合わせなくて良いし、頭も上げて! それも条件に追加!」
「妹紅、俺は、最高の弟子を……っ!」
「それは前にも聞いたよ、大根おろしでそう言われても複雑なだけなんだって!
ほら、現在進行で泥棒が本を盗んでるんでしょ、事情はもう良いからさっさと行こう!」
思わず跪くと、何故か慌てた妹紅が俺を引き立たせる。
まだ俺の気は済まないのだが、確かにここで時間をかけ過ぎては本末転倒である。後で絶対にお返しをしようと強く誓いつつ、『扉』を開いて再び紅魔館に転移した。
「……泥棒って聞いたから、勝手に色々想像してたんだけど。あんな女の子が盗みを働くなんて、世も末だね」
「その努力を違う方向に向けて欲しい物だよな」
改めて『バアル』の加護を受けた俺と妹紅が図書館に向かうと、未だに白黒少女は魔導書を漁っていた。
『アンドロマリウス』の加護は既にその大部分が消失し、魔導書に直接触れる事が可能な程にまで効力が弱まっている。少女は自分の頑張りが報われて嬉しいらしく、笑顔を浮かべているが……何とも複雑な気分になる。
「それじゃあ、改めて確認するけど……私は今回、この異変を止める為に紅魔館へやってきた。
首謀者の居場所を突き止める為にあちこちを探し回って図書館に辿り着くと、見知らぬ子が本を盗もうとしている。異変に直接は関係無いけども、それを止めさせる為に弾幕ごっこを挑んだ」
「ああ、背景のストーリーはそれで頼む。くれぐれも俺や射命丸の名前は出さないで欲しい」
でっち上げの設定、その最終確認を行う俺達。妹紅が図書館に来たのも、少女の妨害に入るのも、全て偶然の成り行きでそうなったと言う事にしておく。
妹紅に嘘を吐かせた上に対応を丸投げするのは正直な所かなり心苦しいが、レミリアや射命丸の頼みを反古にする訳にも、パチュリーの本を盗ませる訳にもいかない。
俺一人ではどうにもならないので、最も信頼のおける妹紅に協力してもらうしか無いのだ。
「任せてよ、期待には絶対に答えるから」
「……俺が言えた事でも無いが、無理はしないで良いんだからな。それでは行ってくるぞ、妹紅」
「行ってらっしゃい、田澤」
不思議な程やる気を出している妹紅を軽く諌めた後、俺は妹紅にかけていた『バアル』の加護を解除。
気配遮断の魔法から解き放たれた妹紅は、わざと派手に炎を巻き起こしながら白黒少女へと近付いていく。心配なので、気配を隠したまま二人のやり取りを見ていく事にする。
「そこの黒いの、人の家で随分と勝手な真似をしてるじゃない」
「おや、遂に主のお出ましか? この本は借りていくぜ」
「借りる? 盗んでいく、の間違いでしょうに」
「おいおい、何の為の図書館だよ。図書館は来館者に本を貸す為に有るんだ、それを知らないでこんなデカイ図書館を作ったのか?」
「そう言われても、私だって来館者だし」
「なんと、同業者だったか。人の家でなんて言うから、てっきりこの館の住人かと。どうぞ、ご自由に読書をお楽しみ遊ばせ」
「そうねえ……何だか貴女の持っている本を読みたくなってきたわ。
異変を止める前にひとつ読書と言うのも乙な物。さあ、持ち出した本を全て置いていくがいい!」
……いつ見ても思うんだが。幻想郷の少女達の、このエキセントリックな会話は一体何なのだろうか。
とんでもなく喧嘩腰と言うか、脈絡なく攻撃的と言うか……それでいて、さりげなく妹紅は本の返却を引き合いに出しているのがまた何とも。
それにしても、妹紅のこう言う口調は初めて聞いた気がする。新鮮では有るが、言葉の内容が少女に負けず劣らず理不尽だな。
「……ともかく、射命丸との合流に向かわなくては」
何だか妹紅の意外な一面を見たようで何とも言えない気分になりながら、始まった弾幕ごっこに背を向けて射命丸の後を追う。
『バアル』の加護を与える際に結んだ簡易なパスが有るので、それを利用して射命丸の現在位置を把握。その付近に一旦魔法で転移してから、自力で接近する。
射命丸は目を輝かせながら、凄まじい勢いでペンを動かしていた。
俺が近付くと射命丸も此方に気付いたようで、愛用のメモ帳から顔を上げて手を振ってくる。
「あ、田澤さん! 丁度良いタイミングで戻ってきましたね、この異変もいよいよ大詰めかも知れませんよ!」
「なんだ、博麗の巫女はもう首謀者の居場所を突き止めたのか? 俺が離れてから、そう時間は経っていないと言うのに」
「ええ、この館に来た時点で見当は付いていましたが……やはり、首謀者はレミリア・スカーレット。
ついさっき巫女はこの屋敷のメイド長を二回も蹴散らし、霊力を高ぶらせた万全の状態でレミリアとの決戦に向かいました」
射命丸が喜色満面といった様子で語る所によると、展開の速い事に博麗霊夢は既にレミリアとの最終決戦に向かったらしい。
まさか紅魔館に入ってから数時間でレミリアまで辿り着くとは……信じられない程の実力と勘を兼ね備えた少女だ。俺もレミリアも、そこまで早く解決寸前までこぎ着けられるとは想定していなかった。
「……そろそろ巫女とレミリアが対面する頃合いですね。
あの二人の弾幕ごっことなれば、この異変を締め括るに相応しい大迫力の物となるでしょう。幻想郷最速の記者として見逃す訳には行かないネタです!」
「うむ、ここまで来たからには俺も最後まで協力しよう」
「いやあ、本当に田澤さんには感謝です。貴方が居なければ、霧の湖で引き返していたかもしれませんからね」
「その感謝は……」
「言葉ではなく報酬で示せ、分かってますよ! ふふっ、それでは行きましょう!」
表情を興奮に染めた射命丸は、俺の腕を取って紅魔館の最上部を目指す。そこにレミリアと博麗霊夢が居るのだろう。
無邪気に喜ぶ射命丸の姿を見て俺も嬉しさを覚えながら、二人で共に今回の異変における最終決戦を観戦していく事にした。