射命丸と共に、レミリアと博麗霊夢の決戦場へと向かう途中の事。
俺は唐突にひとつの懸念が浮かび、それを傍らの射命丸へと問いかけた。
「君は今回の異変の多くを写真に収めているようだが、それは新聞に載せるのか?」
「当然ですよ、ネタにするんですから載せるに決まっています」
何を今更な事を聞くのかとでも言いたげな視線と共に、射命丸は言葉を返してきた。
この様子では俺の懸念について思い至っていないなと考え、飛行速度は緩めないままで問題のある部分を解説する。
「俺達は異変の関係者に存在を知られないよう、姿と気配を隠してまで取材活動を行っているが……
遠くから撮影したと誤魔化しが効く野外はともかく、近距離まで接近しなければ撮れない館内の写真を載せれば、俺達が彼女達の間近に居た事が明らかになってしまう」
妖怪が人間を苦しめると言う建前の異変を目の前に、呑気にシャッターを切っていたと言う事実が否応なく晒されてしまう訳だ。
俺については名前を出さなければ何も証拠は残らないが、射命丸は自分の新聞に載せるのだから言い訳も出来ない。そうなれば彼女も立場が……
「え? そんな事がどうしたのです」
「いや、そんな事って」
「ああ、安心してください。田澤さんが私に協力してくれた事は新聞に書かないですから。これでも私、口が堅いんですよ」
俺の心配を他所に、何も問題と考えていない風に見える射命丸。
此方へのフォローのように付け加えた言葉が微妙に噛み合っていない事と言い、どうも俺達の間には認識の齟齬が有ると判断。もう少し深く踏み込んで説明をする。
「そうではなく、異変の発生源まで来ておいて解決に何ら動かないのは外聞が悪いと言うか」
「あー、成程。そう言う事ですか。田澤さん、貴方は少し思い違いをしていますよ。
私は新聞記者であり、更には妖怪です。田澤さんのような力ある人間であれば都合も悪いでしょうが、私の場合はむしろ解決に動く方が問題なのです」
「……確かに、言われてみれば」
異変は妖怪が起こし、人間が解決する物。何か特別な事情や因縁が有るのでもない限り、妖怪が解決側に回るのはおかしな事だろう。
俺はナチュラルに射命丸の立場を自分と同じ物として捉え、俺にとっての不都合が彼女にも等しく不都合だと思っていたが……冷静に考えれば、ごく当然の事である。
「……どうしても、と言うのなら今から参戦してくださっても構いませんよ?
ただその場合は私の事を秘密にして頂きたいですし、博麗の巫女からとばっちりを受けても責任は負えません」
「いや、それは止めておく。ここまで戦闘を回避してきて美味しい所だけ持っていくのも気が引けるしな」
射命丸の提案に対しては遠慮で返しておく。口に出した通りの理由も有るし、俺は弾幕戦でレミリアに勝てないと言う情けない理由も有る。
それに、俺は本来この異変に関わってはいけないのだ。姿を現さず傍観者の立場を取っているから現状ではグレーゾーンだろうが、最終決戦に俺が出てきたらレミリアも怒るだろう。……これはレミリアとの密約のような物なので、射命丸にも教える訳には行かないが。
「まあ、遊びなのに効率だけを考えて首謀者に最短で辿り着くのは面白くないですよね。そう言う楽しみ方も有りと言えば有りなのかもしれませんが」
「少なくとも異変は無駄を楽しむものだろうからな」
そんな会話をしながら移動を続けていると、進行方向から魔力と霊力の波動が撒き散らされた。
どうやら既に決闘が始まっているらしい。俺達もいち早くレミリアと博麗霊夢の最終決戦を観戦するべく、速度を上げる。
そうして目に入ってきたのは、一面に展開された大小様々な弾幕と、その隙間を縫うように躱していく博麗霊夢の姿。
レミリアは一定周期でポジションを変えて弾幕の死角を消すように努める物の、博麗霊夢はそれすらも悠々と回避。まるで被弾する気配が見えない。
「おお、吸血鬼ともなれば流石に派手ですね! これは期待出来そうです!」
射命丸は博麗霊夢の回避行動よりもレミリアの放つ弾幕の方に興味を惹かれているようだ。
確かに回避行動は一連の動作を見るから映えるのであって、写真で一瞬の光景を切り抜くのであればどうしてもインパクトは弾幕の方が大きいだろう。
「……派手さだけなら負けない自信は有るんだがなあ」
レミリアの弾幕を見て、思わず呟いてしまう。
俺のスペルカードは、見た目の壮大さだけなら妹紅にも太鼓判を押されている程の出来栄えだ。これが難易度に目を向ける事になると、とても誇れる物ではなくなるのだが。
弾幕構成を根本から見直した方が良いのでは、いや先ずは相手の弾幕を避けれるようになるべき、等と内心で悩みつつも観戦していると、状況に進展が起きた。
「流石ね、博麗の巫女。この世から出て行って欲しいなんて大口を叩くだけの事は有るわ。それでこそ私が本気を出すに値すると言う物」
「あんた、さっきも本気で殺すって言ってなかったっけ?」
「……天罰『スターオブダビデ』!」
互いに物騒な言葉の応酬をしつつ、レミリアがスペルカードを宣言した。
ダビデの星は魔法や錬金術にも縁の深い記号だが、レミリアの使用するそれは通常の物とは異なり多分にアレンジされている。
自画自賛でもないが、このスペルの基礎のアイデアを与えたのは俺だ。レミリアが吸血鬼として元々有すると言う悪魔への干渉能力を補助する物であり……俺のとある思惑による物でもある。
レミリアを中心として付近に巨大な魔法陣が展開された。このスペルは展開された時点では何も攻撃能力を持たないが、レミリアが自らの魔力を込める事でその真価を発揮する。
空間に張り巡らされた魔法陣は主の魔力を受け実体化。相手の行動を縛る網になると同時に、その中心点からは悪魔の力が放出され、視界全てを覆い尽くす程の弾幕となる。
「そうです、こういうのを待っていたのです! 写真を、写真を撮らなければ!」
「……楽しそうだな」
見かけ倒しではないこのスペルに射命丸のテンションが上がるのも無理は無い。しかしこの弾幕にあまり見とれている訳にも行かないのだ。
一応標的は博麗霊夢だが、このスペルの弾幕は全方位への無差別攻撃。気を抜いていると、俺達までこの弾幕に呑み込まれる破目になるだろう。
「写真を撮るのは構わんが、俺達も巻き添えにならないようにしなければならんぞ。
被弾しても『バアル』の加護は失われないが、彼女達に違和感は生じるんだからな」
「分かってますよ、夢中になって正面衝突なんて間抜けな事はしません」
心ここにあらずと言ったような、浮ついた声で返答する射命丸。
何だか不安になってくるが、少なくとも射命丸は弾幕戦において俺以上の実力を持っているのだ。俺の心配は的外れと言う物だろう。
……むしろ、カメラを弾幕へ向けファインダーを覗きこんだまま、器用に飛び回って弾幕を回避している射命丸を見ていたら俺の方が危ない気がしてきた。
「皆、よく避けるよなあ」
俺も弾幕回避が苦手と言う訳ではないが、まるで気負った風もなく避けていく彼女達には頭が下がる。
俺ならば数秒でスペルカード宣言を強いられそうな弾幕を軽々と躱す博麗霊夢も、自らの弾幕の合間を縫って放たれる鋭い反撃を体捌きのみで躱すレミリアも、俺の想像を遥かに超えている。
「っ、やるじゃない」
膠着状態は、レミリアがスペルブレイクされた事で解消された。
博麗霊夢の反撃に集中を乱したレミリアが『スターオブダビデ』の維持を行えなくなったのだ。博麗霊夢は迎撃にスペルを使用していないので、レミリアが一方的に打ち負けた形となる。流石に予想外だったのか、レミリアは悔しそうに声を漏らす。
「無駄口を叩く余裕は無いよ、箱入りお嬢様?」
「今の内に言ってなさい、お目出度い巫女!」
……本当にこの子達は、息をするように相手を挑発するな。
挑発自体は俺もあまり人の事は言えないが、少なくともこんな感じの攻撃的な嫌味や皮肉は連発出来ない。
レミリアは『スターオブダビデ』で放出された悪魔の力を吸収しつつ、大小様々な通常弾幕を放って時間を稼ぐ。
常にその軌道を変えながら放たれるレミリアの弾幕だが、博麗霊夢は未来予知じみた動きで回避。狭い方向へ逃げ込むように見せかけ弾幕を誘導し、一気にその場から離脱する事で安全地帯を作り出していく。
戦闘中で有りながらまるで舞を踊っているような余裕を見せる博麗霊夢だったが、レミリアが新たに構えたスペルカードを見て表情を引き締める。
「随分気の抜けた弾幕だと思ってたけど……本気を出すってのも、強がりじゃなさそうね」
「あら、見ただけで気付けるのね。ふふふ、面白い人間は意外と多い物だわ。
ここまではあくまで下準備、悪魔をも従える私の真なる力に跪け! 冥符『紅色の冥界』!」
「……ギャグ?」
レミリアは魔法陣によって召喚した力を全て掌握、それを自らの物としてスペルを発動する。
魔力で無数の矢を生成し、それを博麗霊夢に向けて降り注がせる。こうだけ言うと実に単純だが、数が尋常では無い上に矢がそれぞれ交差しつつ迫ってくるのだ。軌道を見切るのは非常に困難である。
降り注ぐ魔力の矢に圧倒されるように後退していた博麗霊夢だったが、床付近まで追い込まれた時点で反転。スペルカードをレミリアへ突きつけるように構え、霊力を解放した。
「これ以上は下がれないわね。良いわ、私のスペルも見なさい! 霊符『夢想封印』!」
博麗霊夢の練り上げた霊力が、七色に輝く複数の光球となって魔力の矢を正面から掻き消していく。
スペルはそれだけに留まらず、生成された無数の矢を弾き飛ばしながらレミリアを狙う。レミリアの攻撃が薄くなった隙を突いて博麗霊夢自身の放つ弾幕も激しさを増し、レミリアは堪らずスペルを強制終了。苦し紛れに魔力で生み出したナイフを放り投げつつ回避行動に移る。
「おおーっ! 博麗の巫女の十八番ですよ、今の見ましたか、田澤さん!」
「ああ、勿論見ていたとも。凄いな、本当に」
「スペルで相手の弾幕を打ち消し、無理矢理に突破口を開いて自分の攻撃を通す。正に博麗の巫女そのもの、傍若無人な戦術です!」
「そこはカウンターの作戦勝ちと言ってやれよ……」
射命丸の盛り上がりも徐々に凄い事になってきた。シャッター音が先程から鳴りやまず、正直うるさい。
御世辞にも落ち着いているとは言えず、相変わらずファインダーを覗いた体勢のままで捲し立ててくる射命丸。彼女はこの状況を心の底から楽しんでいるようだ。
……まあ、俺も心動かされる物は有る。華やかで色とりどりの弾幕、そしてそれを華麗に躱していく姿。どれもが美しい物だし、一気に形勢を変えた博麗霊夢のスペルによる反撃を見た時は年甲斐もなく心が躍った。
と、そこでどこか遠い所から轟音が鳴り響く。確実な事は言えないが、おそらく地下図書館から聞こえてきた物だろう。
レミリアも博麗霊夢も一旦攻撃を止め何が起こったのかと顔を見合わせたが、続く物音が無い事から自分達には関係が無いと判断したらしく。互いにタイミングを合わせ、再び弾幕の撃ち合いを開始した。
最終決戦を行っている最中である二人はそれきり何もリアクションを見せなかったが、射命丸はカメラを胸元に下げて不思議そうな視線を俺に向けてくる。
「今のは、下から響いてきたようですが……あの図書館で、また何か有ったのでしょうか?」
「うむ、魔導書泥棒と妹紅の決闘に勝負が付いたのだろうな。どちらが勝ったのかまでは分からないが」
「……え、ちょっと待ってください。も、妹紅さんが紅魔館に来ているんですか!?」
俺の予想する所を教えてやると、何故か射命丸は焦り始めた。妹紅の来ている事が不都合であるような様子が気になり、その点について踏み込んでみる。
「なんだ、射命丸は妹紅が来ている事が嫌なのか?」
「嫌って事は無いですけど。妹紅さんに、田澤さんと私が一緒に居るって知られると少し怖いんですよ」
「もう少し詳しく教えてくれ、言っている意味がよく分からん」
「最近の妹紅さん、田澤さんが他の人と一緒に居ると焼き餅を焼くんです。
別にそれで何かをされたと言う訳では有りませんが、田澤さんと会話した後に私をじっと見ている事も有りまして」
「……射命丸、先に謝っておく。妹紅を此処に連れてきたのは俺で、その際に大まかな事情を説明している」
どうやら、あの視線は俺だけに向けているのでは無かったらしい。
……これ、距離感がどうのこうの恥ずかしがっている場合じゃないな。少しとは言わず、過剰気味にコミュニケーションを取るべきである気がしてきた。
何だか妙な事になり始めたなと頭を掻いていると、俺の言葉を受けた射命丸が疲れたように声を出す。
「なんと、手遅れでしたか……妹紅さんを呼んできたのは、さっき言っていた魔導書泥棒とやらが原因ですか?」
「その通りだ。姿を見せないように追い払おうとしたんだが、俺一人では無理だったからな。信頼出来て口の堅い相手に任せようと」
射命丸は暫く額に手を当てて悩んでいたが、問題は無いと判断したらしい。深く息を吐いて、気を取り直すように言う。
「……まあ、しっかり説明すれば変な誤解は生まれないでしょう。そこは不幸中の幸いと言った所です」
「俺は浅い部分しか説明出来なかったが、妹紅は大体の事情を察してくれたようだから……っと」
射命丸に返した言葉は途中で止まった。すっかり意識から外れていた弾幕が俺達を掠めていったのだ。
地下から響いた轟音、そしてそれから始まった妹紅の話題に気を取られてしまっていたが、俺達が今居るのはレミリアと博麗霊夢が弾幕を撃ち合っているそのすぐ傍である。
「あやや、少し目を離していた隙に随分と状況が進んでしまったようですね」
「これは……レミリアのファイナルスペル、『レッドマジック』か」
俺はこの弾幕パターンを見て、すぐさまスペル名を看破した。初見では有り得ないこの呟きに、射命丸が反応する。
「おや、知っているのですか? もしや田澤さんは、かの吸血鬼と弾幕ごっこをした事が有ったり?」
「模擬戦程度なら。元々、レミリアにスペルカードルールを教えたのは俺だしな」
「なんと、ここに来てまた衝撃的な事実が……良いネタになりそうです。田澤さんが割と紅魔館の内情に詳しかったのも、そう言う理由ですか?」
「そこそこには付き合いをさせてもらっているよ」
「と言うことは、田澤さんのコネを使えば真正面からの取材もいつかは行えそうですね。その時はまた頼みますよ」
そう言って、冗談めかしておどける射命丸。コネ云々はともかく、協力が欲しいのであれば俺に断る理由は無い。
新聞に載るともなれば、紅魔館の面々が幻想郷の皆と馴染む良い切っ掛けになるだろう。……射命丸の取材と言うのが、地味に不安要素でも有るが。
そんな俺の内心を他所に、レミリアのスペルに目を向けた射命丸は失礼な事を呟き始めた。
「それにしても、レミリアは中々の名手ですね。田澤さんが教えたと言う割には、かなりの実力者じゃないですか」
「……弾幕戦に関しては、自分でやるより人にアドバイスをする方が性に合っているようだ」
流石に言われっぱなしは嫌だったので、自己弁護はする物の。
俺が弾幕戦において平均を下回る実力しか持っていないのは事実なので、一時的とは言えレミリアの教師役を務めたのは我ながら滑稽だと思う。
一応、他人に物を教えて導くのは得意だと言う自負は有るのだが……
「まあ、プレイヤーとして活躍するのとコーチとして活躍するのでは訳も違うでしょうね。
何だかんだで田澤さんのスペルはアイデアが凄いですし、そう言う方向でアドバイスしたと言うのであれば納得も行きます」
「実際、俺がやったのはその類の助言だな。センスの有無なのか分からんが、俺とは違って見た目相応の難易度のスペルを作っていたよ」
「その究極系が、今の『レッドマジック』と。ふふ、田澤さんには避けられそうに無い弾幕ですねえ」
「……いや、この弾幕に関しては完全な回避行動が取れる自信が有るぞ」
「またまた、強がらなくても良いですって」
射命丸は俺の言動を苦し紛れの強がりだと判断したようだが、これは紛れもない事実だ。
『田澤昴』がその情報を『叡智の王国』に取り込んだ為に、『レッドマジック』の特性やパターンは全て把握している。強化改変版として俺の魔法に登録された『Ver.6』をスペルカードとする事も、やろうと思えば出来る。
……卑怯なので、これらは禁じ手としているが。
言い返したくは有ったが、これらの理由を示す事は出来ない。図星を突かれて口ごもる風に装い、これ以上話を続けないようにする。
「ともかく、これがファイナルスペルと言うのであれば巫女の勝利は決まったような物でしょう。最後に景気よく写真を撮っていきますか」
「……今までも相当なペースでシャッターを切っていたような気がするが」
俺の様子を見て悪戯っぽく笑った射命丸は、流れを変えるようにカメラを構えた。彼女なりのフォローらしいその提案に、一応突っ込みを入れておく。
再び集中して撮影を行い始めた射命丸に倣い、俺もレミリアの最後の頑張りを見ていく事にする。
壁に乱反射する弾幕を躱した博麗霊夢の反撃スペルを、蝙蝠に変身し面積を小さくする事で潜り抜けるレミリア。しかし弾幕の密度が薄くなる事自体は防げず、先程のように攻め手が逆転。
数撃ちゃ当たると言わんばかりの猛攻に焦ったのか、レミリアは姿を元に戻して再び弾幕を放つ物の……
「霊符『夢想封印』!」
「また!? くっ、姑息な手を……!」
「酷い言い草ね、私はルール通りにしているわよ。恨むなら私にここまでカードを温存させたアンタ自身にしてね」
三度、博麗霊夢はスペルを弾消しに用いた。自分の弾幕が成り立たない事にレミリアが苦悶の叫びを上げるも、博麗霊夢は涼しい顔で正論を返す。
……まあ、釈然としないレミリアの気持ちも分からなくは無い。自分の最後の一撃がこうも潰されては、恨み言の一つや二つ漏らしたくなるだろう。スペルを使わせる事が出来なかったツケが回ってきたと言われれば、頷くしか無いのだが。
「はい、これでお終いよ!」
「ぐっ……!」
博麗霊夢の放った弾幕が、遂にレミリアを捉えた。
体に走る衝撃に一瞬意識を奪われたのか、『レッドマジック』は一斉に消失。これで文句なしに博麗霊夢の勝利、異変の解決が決まった瞬間である。
「おお……何だか第三者なのに感動が湧いてきましたよ。よく考えたら私達、幻想郷の新たな歴史をこの目で見届けているじゃないですか!」
「い、今それに気付くのか……」
射命丸は随分と今更な事に歓声を上げる。勿論俺も同じ感動を抱いているのだが、思わず呆れたような声が出てしまった。
「恥ずかしながら、目先の特ダネに我を忘れてしまいまして。それでは、妹紅さんと合流して帰りましょうか」
「俺は構わんが……君は良いのか? 確かに弾幕勝負は終わったが、えらくあっさりした終わり方だな」
「ここより先は、私達が記録するべき問題では無いでしょう。
文々。新聞は、プライベートを根掘り葉掘り暴き立てる三流新聞では無いのですよ」
「……君の基準はよく分からないな」
プライベートと言うなら現在の取材活動自体が危うい気もしているのだが、射命丸の線引きは何とも不思議だ。
相手に許可を取らず勝手に写真を撮るのは良くて、決着が付いた後の会話を聞くのは駄目とは……単に、異変が終わったから興味が無くなっただけではないのだろうか。
「あ、お疲れ。その様子だと、そっちの用事も無事に終わったみたいだね」
「どうも妹紅さん、田澤さんをお借りしています。そちらも本泥棒の撃退と言う大仕事をやり遂げたとの事で、流石は田澤さんに最も近い女性であると……って、この子」
図書館に戻った俺達は、手持無沙汰気味に本を読んでいた妹紅と合流した。
『バアル』の加護を再び受け俺達に気付いた妹紅の労いに合わせ、低姿勢に誤魔化しを並び立てる射命丸だが、気絶している本泥棒の少女に目を向けて言葉を止める。
「む、知り合いか?」
「いえ、そうでは無いのですが……巫女が動く直前、神社に訪れていたのがこの子なんですよ」
「博麗神社に? へえ、なら最初の目的はやっぱり異変解決だったのかな。
この子、霧雨魔理沙って名前らしいけど、かなり弾幕ごっこに慣れてたよ。正直、私も途中で負けそうになったし」
な、何と……そこまでの実力者だったとは。
贔屓目も有るが、妹紅はレミリア以上の力を持っていると判断している。その妹紅を苦戦に追い込んだと言う事は、博麗霊夢と肩を並べられるのではないか?
やはり直接出ていかなくて正解だった、と内心で情けない安堵。そんな俺の表情を見て何かを察したらしい妹紅は、苦笑しつつ言葉を続ける。
「さっき小悪魔がパチュリーを介抱していたから、後の事は任せて良いと思うよ。流石に後始末まで面倒を見ると、誤魔化せない事の方が多いでしょ」
「確かに、これ以上深入りするのも考え物だな。今の内に帰ろう」
「そうですね、ここまで来て気付かれてはせっかくの努力が水の泡です」
小悪魔が介抱しているとなれば、パチュリーが目を覚ますのも時間の問題だろう。
『バアル』の加護に自信を持ってはいるが、魔法使いである彼女に怪しまれる可能性が無いとは言い切れない。もはや留まる理由も無いし、まずは紅魔館から離脱する事にする。
俺達は『扉』を開き、紅魔館付近の湖畔へ転移。すると外は既に霧が薄れ始めており、空が見通せる程に落ち着いていた。
湖面に映る神秘的な紅い月に誰からともなく溜め息を吐き、暫く異変の余韻を味わうようにそのまま佇んでいたが……射命丸が思い出したように呟く。
「田澤さんの報酬の件なのですが、どこで提供するべきでしょうか」
「……射命丸の家に、台所って有る? 有るんなら、そっちの方が私は有りがたいかな」
「そりゃあ私だって女ですし、家に台所くらい…… ん、その言い方はもしかして妹紅さんも大根おろしを?」
「そうだよ、文句は無いよね?」
「文句なんてそんな、滅相も有りませんです、はい。ともあれ、そう言う事でしたら一旦私の家に皆さんをご招待しますね」
何やら俺が口を開く間もなく話が進み、射命丸の家に向かう事になった。
流石に俺も妖怪の山に住んでいると言う以上の事は知らないので、射命丸の先導で夜の幻想郷を飛んでいく。
……ふふ、楽しみだな。人の家に呼ばれて大根おろしを振る舞われるなど、そうそう無い経験だろう。それも二人から一度にとなると、二倍の喜びである。
上白沢宅で頂いた妹紅の大根おろしも、家庭的な雰囲気が有って良かったが……夜に女性二人から頂くと言うシチュエーションも、中々に趣が有るではないか。
「田澤ぁ、表情が何か変だよ……」
「控えめに言っても、締まりの無い顔ですね。……この執着、異常だと思うわ」
何か失礼な事を言われているが、甘んじてその謗りを受け入れる。
好物として偏った分野であり、その上ここまで馬鹿の一つ覚えのように執着していれば、頭のおかしい奴だと思われても仕方ない。
今更この趣味嗜好を変える事は出来ないが、今後はせめて表に出さないようにしていこう。自分でも、今回の振り回されっぷりはどうかと思うのだ。
「こ、今度はえらく真面目な顔になったね」
「気持ちの切り替えが早いですよね、田澤さんって……」
「まあ、幾ら何でもこれは酷いと自分でも思ってな。今後は努力して自重していく事にしよう。……だが、君達の作る大根おろしは頂くぞ」
他愛ない雑談をしながら飛んでいる内に、妖怪の山へ到着した。
哨戒役の白狼天狗は射命丸の顔を見て何か言いたげにした物の、結局は何もせずに俺達を素通し。俺と妹紅は普段の様子からは思いもよらない射命丸の立場を知り、互いに顔を見合わせる。
「そう言えば、射命丸って千年以上生きているし……十分に大妖怪の括りに入るよね」
「時々出る素の口調は、そう言う時に使っているのかもしれんな」
「あやや、私が猫を被っているみたいな言い方をしないでくださいよお」
「実際そうじゃない、さっきの小声とか」
「さ、さてさて、こちらが私の家です。どうぞ、お上がりください」
半ば急かされるように足を踏み入れた射命丸の家は、小奇麗な内装だった。
丁寧に整理された仕事用具や、飾られた見事な風景写真など、随所に射命丸らしさを感じさせるデザインである。
「大根は予め用意してありましたので、このまま調理に入れます。妹紅さん、台所はこちらに……どうしました?」
「う、うん。私も、部屋の掃除に気合を入れるべきだと思って」
何やら肩を落としている妹紅の呟きは聞こえなかったフリをしてやり、部屋の奥へ向かった二人を見送る。
ちゃぶ台のような小さいテーブルの前に正座し、少し遠くから聞こえる包丁の音に耳を傾けながら、写真を眺めて時間を潰す。
「はい、出来ましたよ。私達は大根おろしだけだと寂し過ぎる気がしたので、品目を増やしましたが……宜しかったですよね?」
「ああ、そんなケチは付けないさ。俺は作ってもらう立場だしな」
「増やしたと言っても、大葉と味噌の混ぜ合わせを冷奴に乗せただけだよ。まあ、酒の肴だね」
妹紅が三人分の皿を載せたお盆を運び、射命丸は徳利と猪口を載せたお盆を運んできた。どうやら、このまま飲みに移行するらしい。
「……とりあえず、異変が終わった記念と言う名目にでもしておくか。それでは、頂こう」
「うん、美味しく食べて、楽しく飲もうね」
「料理したと言う気分にもならなかったくらいの簡単な物ですが、お酒には合う筈ですよ」
こんな真夜中に女性の家を訪れ、女性二人と酒を飲むと言う流れに何だかアダルトな雰囲気を感じないでもないが……
彼女達が気にしていないのであれば、俺が深く考える必要もあるまい。素直に大根おろしと冷奴を楽しませてもらおう。
俺が第三者として関わった今回の異変は、三人による細やかな宴会で幕を閉じた。
紅魔郷編はまだもうすこし続きます。