旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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第二話部分にも新規投稿が有りますので、そちらも見て頂けると幸いです。


旅人、紅魔の郷にて悪魔の妹と出会う

 レミリアが巻き起こした幻想郷を覆う紅い霧の騒動、『紅霧異変』が終結してから幾日かの時間が過ぎた日の事。

自らの居住地探しも含めた身の回りの四方山事をこなしつつ、各地を忙しなく巡る日々を過ごしていた俺は、とある目的の為に妹紅と二人で人里に向かっていた。

 

 

 「田澤が人里に用事ってのも珍しいね。何だか田澤って、あまり人里に来ないイメージが有るなあ」

 

 「確かに妹紅ほどのペースでは訪れていないが……珍しいは流石に言い過ぎだ。特に最近は家探しも兼ねて何度か様子を見に来ているし」

 

 「ふーん。と言う事は、今日もそれ関係?」

 

 「今日は違うな。人里の青年から藍が測量のような事をしていると聞いたから、彼女に会おうと思っている。聞きたい事が有るんだ」

 

 

 竹林から人里へのルートを飛行しつつ、妹紅と雑談をする。

大昔の旅ではほぼ毎日二人で動いていたが、最近はこう言う機会を取ってこなかった。何だかご機嫌取りのようで露骨な気もするのだが、ここ数日は以前よりも意識して妹紅と二人で行動する機会を増やしている。

 

 

 「測量……主の方から何か仕事を押し付けられてるのかな。聞きたい事って言うのは?」

 

 「伊吹や星熊達、鬼の行方だ。地下に潜ったとは聞いたが、具体的にどのようにすれば会えるのかと言うのを確認したい」

 

 「なんでまた、あいつらを」

 

 「以前、と言っても吸血鬼異変の頃になるが。妖怪の山の頂上を目指した時、俺達は居丈高な天狗に門前払いにされただろう? その意趣返しにと思ってな」

 

 「……あー、鬼が私達に賛同してくれたら、あの偉そうな奴の度胆を抜けるって訳だね。前に田澤が言ってた『とっておき』はこの事?」

 

 「そういう事だ。今でも名目上、鬼は天狗よりも権威を持っているらしいし、証文の一つでも見せつけてやりたい」

 

 

 とは言え現段階では許可状を書いてもらえるかの前に、そもそも会えるのかが不明なので、藍に詳しい事を聞くまでは取らぬ狸の皮算用である。

……冷静に考えると権力を笠に着て威張ると言う、かなり情けない行為をしようとしている事になる。俺も相当に器が小さいと言うか、何とも言えず卑怯くさい。

 

 自分の大人げなさに今更思い至り、軽く気落ちする。しかし行動すると決めた手前、迷ってもいられないと頭を振り……視界の端に超局所的な豪雨が降ると言う光景が映り込んだ。

思わず空中で静止し、その方向へ視線を向ける。妹紅もつられて俺の視線の先を視認したようで、呆気にとられた様子で言葉を漏らす。

 

 

 「……これまた随分と凄い雨だね。あの辺りって、紅魔館が無かったっけ」

 

 「言われてみればその通りだな。前回の異変から間もなく、何が起こったんだ」

 

 

 見た目のインパクトで気付くのに遅れたが、あの雨は丁度紅魔館を覆うように降り注いでいる。そして、幾ら何でも自然現象であそこまでピンポイントに豪雨が降る訳は無い。

展開された雨雲からは魔力の気配も感じるし、何らかの目的が有って誰かが降らせているのだろうが……皆目見当が付かない。これはどうした物だろうか。

 

 

 「……妹紅、今日の目的を変えよう。

  あの雨が敵対者の攻撃と言う可能性もゼロではない。まあ、十中八九パチュリーによる物だとは思うが、どちらにせよ事情を確認しなければ」

 

 「そうだね。今の所他所に迷惑かかってるようでもなさそうだけど、気になる事は確かだし」

 

 

 結局、詳しい事情を探るべく紅魔館へ向かう事にした。藍には今すぐでなければ会えないと言う訳でもないし、順序としては目先の異変を優先するべきだろう。

明日になれば人里に居る可能性も少なくなっているだろうが、会おうと思えば方法は幾らでも有る。と言うより、地下へ潜る手段を聞く相手は別に藍でなくとも良いのだ。対面すると未だに心がざわつくので出来れば避けたいが、八雲を訪ねる方が確実だろう。

 

 豪雨の正体を近くで確認したかったので館内に直接転移はせず、飛行して門の前を目指す。もし美鈴が居て事情を聞ければ、それに越した事はない。

 

 

 「……まあ、この雨で外に立たせておくほど非情でもないか」

 

 「レミリアもそこまで鬼じゃ無かったみたい……って、鬼だよね」

 

 

 紅魔館の目前、滝とも思えるような豪雨のぎりぎり届かない位置まで来たが、門前に美鈴は居ないようだ。

本来なら門番である彼女は待機しているべきなのだろうが、流石にこの状況は例外だろう。数秒ならともかく長時間ここに立っているのは物理的に無理が有りそうである。

 

 

 「どうする? 魔力やらで壁を作れば雨を躱しながら行けるとは思うが」

 

 「でも、わざわざこの雨に突っ込んでいきたくないなあ。田澤に何か考えが有るなら別だけど、私は館内に転移した方が手間がかからないと思う」

 

 「うむ、そうするか」

 

 

 気分的にこの雨の中を進んでいきたくないと言うのは俺も同感だ。

とりあえず雨を降らせている可能性の高いパチュリーに話を聞くべく、『扉』を開いて地下図書館へ転移。空間の裂け目から顔を出した俺達が最初に見た物は、眩く行き交う弾幕だった。

 

 

 「うおっ……」

 

 「この弾幕、もしかして」

 

 

 思わず身を引いた俺とは対照的に、妹紅は『扉』から身を乗り出し思案顔で呟く。

直後に大きな衝撃音が鳴り響き、視界を遮るように黒煙が吹き荒れた。それを合図としたかのように妹紅は煙の中へ飛び込んでいき、俺も魔力で煙を払いつつ追いかける。

 

 

 「やっぱりお前か。懲りずにまた本泥棒?」

 

 「うげっ、人間詐欺の炎使いじゃないか。何でいつも此処に居るんだよ……」

 

 

 そこに居たのは箒に跨って空を飛ぶ、白黒のエプロンドレスを纏った金髪少女。ステレオタイプな魔女帽子が特徴的な魔法使い、霧雨魔理沙だ。

どうやらこの少女は妹紅に対して苦手意識を抱いているようで、妹紅の詰問に対し決まり悪そうに表情を崩して弁解するように自分の事情を話す。

 

 

 「そ、それと、今回は本を借りに来た訳じゃないぜ。いかにも怪しいあの雨を見ただろ? それを止めに来たんだよ」

 

 「……嘘を吐いてないなら、お前もこの異変の事を探りに来たみたいだね」

 

 「前回の異変では霊夢に先を越されたけど、つい先程雨を降らす元凶を退治してやった所だ。今回の異変の黒幕はパチュリー・ノーレッジで、解決者は私だぜ」

 

 

 そう自慢げに締めくくる少女、霧雨だが……果たしてそんな単純に決着が付く物か?

パチュリーが雨を降らしていたと言うのは確定的なようだが、彼女が何の意味も無くそのような事を……しないとは言い切れないな。唐突に訳の分からない事を始める時は割と有るし。

 

 とりあえず雨は止むようなので、これ以上深入りするのも良くないだろう。

何となく胸に引っかかる物を感じつつも妹紅に声をかけようと口を開く。しかしほぼ同時に図ったかのような轟音が発生、俺は発言のタイミングを失ってしまった。

……そんな俺の事を気にも留めない二人は更に会話を続ける。何だかさっきから俺だけ蚊帳の外だ。

 

 

 「異変を解決したと言い切れる状況じゃないようだね」

 

 「ぐぬぬ、まだ人騒がせな奴が居るのか。ここまで来たら後腐れの無いように、そいつも退治してやろう」

 

 「なら、さっさと行って来ると良い。身の安全程度の事は祈ってやるよ」

 

 「……さっきから気になっていたが、イメージチェンジか?

  前はお高くとまった姫さまみたいな喋り口調だったくせに、今日はえらく蓮っ葉だな」

 

 

 ああ、やっぱり霧雨もそこを疑問に思っていたんだな。

霧雨に指摘されると言う事は相手によって使い分けている訳でも無いようだが……一体何なのだろう。

とは言え、この話題でいつまでも油を売っている暇は無い。俺も気になる所では有るが、それに関しては後で直接聞けば良い。これからどう動くか、行動指針を決める事にする。

 

 

 「妹紅、俺達はどうする? 彼女に任せられるのであれば、パチュリーに事情を聞くのも兼ねて待機しておくべきだろうか」

 

 「うん、そうだね。弾幕ごっこは基本的に一対一って暗黙の了解が有るし、複数人で行っても意味が無いから」

 

 「む、なんだお前は。ここは部外者立ち入り禁止だぜ、見なかった事にしてやるからさっさと逃げろよ」

 

 「部外者って……さっきから居たんだが、その様子だと気付いていなかったようだな」

 

 

 妹紅と言葉を交わしていると、霧雨が惚けた忠告をしてきた。どうやら俺の存在にたった今気付いたらしい。

幾ら一言も発していなかったとは言え自分の影の薄さに内心愕然としていると、妹紅がやや苛立ったような口調で俺の紹介を代行してくれた。

 

 

 「部外者じゃない、私の同行者で師匠の田澤昴だ。お前が足元にも及ばない程の大魔法使いだよ」

 

 「そ、そんなに怒るなよ。まさかお前の関係者だとは思わなかったんだぜ。

  ……ふむ、しかし、成程。口調も雰囲気も前回と違うのは、その男の前だからか」

 

 「……あー、この話は止めよう。田澤、こいつは前に戦った魔法使い、霧雨魔理沙だよ。呼ぶ時は名前で呼んでほしいってさ」

 

 

 実の所、一方的とは言え彼女の事は見知っている。

しかしこの辺りの事情を話すのは遠慮したい所だし、妹紅もそれを明かさず紹介に入ったので、このまま初対面を装う方が自然だろう。 

 

 

 「『初めまして』、魔理沙。俺は田澤昴、言われた通り妹紅の師匠で、人間だ」

 

 

 基本的に初対面の相手は苗字で呼ぶ事にしているが、名前呼びを希望している相手にまで頑なになる程拘っている訳でもない。

いつも通りの決まり文句で自己紹介をすると、魔理沙は頭を傾けて興味深そうに呟く。

 

 

 「魔法使いで、人間……私の同業者か? いや、そこの人間詐欺の師匠だって言うなら、お前もまともな人間ではなさそうだな」

 

 「いきなりご挨拶だな……まあ、確かに俺は純粋な意味で人間と言う訳ではない。抵抗が有るなら、魔法使いとでも仙人とでも呼んでくれ」

 

 「魔法使い、田澤昴か。頭の片隅には入れておくぜ。……そろそろ先に進ませてもらうぞ、邪魔する気が無いなら退いた退いた」

 

 

 魔理沙は痺れを切らしたらしく、適当に自己紹介を打ち切って移動準備を始めた。

彼女にとってはいい気分で異変解決に勤しんでいたら急に水を差されたような物だろうし、この対応も仕方ないだろう。俺達としても先程の轟音から暫く引き留めてしまった負い目が有るので、素直に道を空ける。

 

 

 「それじゃ、さくっと解決してくるから」

 

 

 魔理沙は黒帽子の位置を直しながら自信に溢れた宣言をし、轟音の響いた方向へ並の天狗を上回る程のスピードで飛んでいった。その思い切りの良さに、思わずため息が漏れる。

 

 

 「遠目に見た時の印象と変わらず、活発で垢抜けた性格だな」

 

 「自信過剰気味にも見えるけど、十分に実力も伴っているから心配は要らないと思うよ。

  あいつが勝てない奴なら、私でもかなり危ないだろうし……その時は博麗の巫女が出張ってくるかもね」

 

 「うむ、そこまで大事にならない事を祈っておこう」

 

 

 冗談めかして返すが、そんな事になられると本当に困る。元々交友が有った為に有る程度は折り合いの付けられる八雲とは違い、博麗霊夢には否応なしに蓮子の姿を見てしまう。

流石に話題に出ただけで感情が混沌とする程ではなくなったし、顔を合わせるだけなら平気だが……直接会話するような事態になれば危ういかもしれない。

やはり、この発作を抑える事は『俺』に課せられた急務と言える。今日の用事が終わった後にでも『田澤昴』の物語を書き進めよう。

 

 

 「さて、それじゃあパチュリーに事情を聞きに行こうか。私達が到着した時にやられたんだろうし、気絶したとしても丁度起きてる頃でしょ」

 

 

 妹紅は先程俺が示した指針に沿って提案した。俺も異存は無いので黙って頷き、共にパチュリーを探す。

魔理沙が最初に向いていた方向を重点的に捜索する事数分、上からは本棚で死角になる位置に隠れていたパチュリーを発見。

 

 

 「パチュリー、大丈夫だった?」

 

 「妹紅に、田澤? ……身を案じる言葉が最初に出ると言う事は、私と魔理沙の弾幕ごっこを見てたのね」

 

 

 妹紅が声をかけるとパチュリーは疲れたように俺達を見上げ、溜め息混じりに呟く。どうやら随分と消耗しているらしい。

 

 

 「決着の瞬間に到着したような物だが、戦闘になった経緯は大体理解している。ひとまず、その傷だけでも癒してやろう」

 

 「悪いわね、今日は調子も良かったんだけど……だからこそ張り切り過ぎたみたい。やっぱり、慣れない事はしないに限る」

 

 

 そのままの状態にしておくのも気が引けるので、回復魔法をかけてパチュリーの体調を整える。少しくらいの傷なら消えるし、体力も気休め程度には戻る筈だ。

 

 

 「で、単刀直入に聞くけど……雨を降らせたのはパチュリーなんだよね?」

 

 「ええ、確かに私のやった事ね。二人とも、それを止めに来たのかしら」

 

 「大体そんな所だ。とは言っても、何かの必要に迫られた結果だろうとは思っているが」

 

 

 俺が回復魔法をかけ終えたタイミングで、すかさず妹紅が問いかける。

パチュリーは特に否定する事もなく素直に認めたので、豪雨を降らせた犯人である事は間違いないらしい。俺は言外に事情を話せと言う意思を込めて、彼女の反応を待つ。

 

 

 「……二人には話していなかったかもしれないけど、レミィには妹が居るの。

  危険な能力を持つ上に情緒不安定な所が有って、普段は半ば幽閉されているんだけど」

 

 「妹を幽閉とは、中々物騒な話だね。それが雨を降らせる事にどう関係してくるんだ?」

 

 「レミィはあの異変の後から、博麗神社に入り浸るようになっちゃったんだけど……

  それを知った妹様が自分も外に出ようとしたから、何としてでも阻止する為に外を豪雨で覆ったのよ」

 

 

 ……パチュリーの言う妹様とはフランドール・スカーレットの事だろう。

直接『彼女』と相対したとは言い難いし、そもそも出会った歴史は消え去っているが、一応その姿と能力は知っている。

彼女本人の人格は未だに分からないが、この説明の仕方だと物静かな優等生と言う訳では無さそうだ。今の内に対策をしておくべきだな。

 

 

 「吸血鬼は流水を渡れないって言う弱点か。でも、流石にそこまでする必要は無いと思うけどなあ」

 

 「貴女は妹様を知らないからそんな呑気な事が言えるのよ。

  相手を問答無用で破壊する能力を持っていて、気まぐれに物を壊して遊んで、その上館の外の世界を知らないの。人間に関する知識も薄いし、興味本位で壊したりしたら目も当てられないわ」

 

 「……おい、スペルカードルールやそれに準ずる物は教えているんだよな。下手したら、魔理沙が危ないぞ」

 

 

 妹紅が呆れた様子で漏らした言葉を聞き、パチュリーがとんでもない事情を明かしてきた。まさかそこまで危険な背景が有ったとは思わず、引きつった声が出る。

俺の呟いた言葉に、妹紅もパチュリーも数秒ほど理解が及ばない様子だったが……『人間』が今まさにフランドールと接触していると言う事に気付き、二人とも震えながら俺に顔を向けてくる。

 

 

 「い、一応は大丈夫な筈。弾幕ごっこは教えたし、妹様は大層気に入っておられたから……挑まれた際に、それを無視して『遊ぶ』事は、しない筈。多分、だけど」

 

 

 平静を装い、しかし節々から不安を感じさせるパチュリーの言葉。話している内に緊張のあまり過呼吸になってしまったらしく、見る見る内に彼女の顔面は蒼白になっていく。

崩れ落ちるようにしゃがみ込むパチュリーを咄嗟に抱え、背中を摩りながら気を紛らわせるべく声をかける。

 

 

 「落ち着くんだ。弾幕戦を知っているなら、魔理沙とはそれで戦っていると考えて間違いない。

  館の外から来た人間ともなれば、それだけで好奇心を刺激される存在。そんな相手を無視してまで一人遊びはしない」

 

 

 自分で不安にさせるような事を言ったのだから、我ながらどの口で喋るのかと思わなくもないが……意識して他者を安心させる口調を作り、理論立てて最悪の可能性を潰していく。

そのまま背中を摩り続けていると、パチュリーの様子も少し安定してきた。これ以上は同性の方が適任と判断し、妹紅に視線を向けて役割を変わってもらう。俺が長時間触れているのは不味いと思うし。

 

 

 「とりあえず、どうなっているかの様子だけでも見てくる。……パチュリー、十六夜は居ないのか?」

 

 

 魔理沙の下へ向かう事を伝えつつ、十六夜の所在を確認してみる。これまでに主従共々姿を見せない事から大体事情は察せられるが。

 

 

 「レミィの付き添いで、博麗神社に行っているわ。この騒動が起こったのはレミィ達が出ていった直後だし、あと数時間は帰ってこないわよ」

 

 「ならば、美鈴や小悪魔は?」

 

 「美鈴にはエントランスで番をしてもらっているわ。貴方達も見た筈だけど……ああ、直接ここに来たのね。小悪魔は……もしかして、魔理沙が来ると知って逃げたのかしら」

 

 「……何とも主思いの使い魔を持ったな」

 

 

 ともかく、他者の手助けは期待出来ないようだ。彼女達が居ればここを任せる事も出来たのだが、居ないのならば仕方がない。

この状態のパチュリーを一人にするのも不安なので、やはり妹紅にはここに居てもらう事になるだろう。戦力を分散する事にはなるが、放っておく訳にもいかない。

 

 

 「済まない妹紅、パチュリーを頼む」

 

 「分かってるよ。田澤も、無理はしないでね」

 

 

 妹紅はパチュリーの肩を支えながら、俺の指示に答える。妹紅がついているなら、万が一は無いだろう。そう判断した俺はすぐさま飛行魔法を発動し、魔理沙の後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷宮のように広がる地下の空間を、焦りながら飛んでいく。

ここは図書館との区別が曖昧な場所らしく所々に本棚が点在しているが、霧のような何かに覆われ左右への視界が狭められている。

進んでいる事を実感出来ず、いっそ転移魔法を用いてしまうかとも思うが……以前も似たような状況で考えた通り、流れ弾にぶつかる危険性が有る。気配探知によればもうかなり近づいている筈なので、このまま飛んでいった方が確実だ。

 

 

 「うん……?」

 

 

 そんな事を考えながら飛行していると、前方から謎の波動が複数迫ってきた。

ほぼ拡散しきっており、僅かに残滓を残すのみと言った物ではあるが、わざわざ当たる気も無いので躱しながら進む。

 

 

 「これがスペルカードだとすれば、やはり二人は弾幕戦をしていると考えて良いな」

 

 

 もし危険な状態であれば、この波動のような良い意味で殺気のない攻撃は来ないだろう。ひとまず、最悪の事態は無い筈だ。

とは言え、直接確認をしなければ万が一の不安は残る。ある程度の警戒は維持したまま、気配を探りながら波動の放たれた方向へ飛んでいく。

 

 戦闘の最中に突っ込んでいく事から密度は濃くなると懸念していたのだが、途中から完全に波動は消失。おそらく勝負がついたのだろう。

それから十数秒が経過した頃、聞き覚えのある少女二人の声が耳に飛び込んできた。その内の一人、魔理沙は此方に気付いたようで、会話の途中で俺に顔を向ける。

 

 

 「誰とよ」

 

 「神社の娘でも……おっと? 田澤か、何で今更ここまで来たんだ?」

 

 「え、あー。そろそろ終わる頃かと思い、迎えにでも行くかなと」

 

 

 正直に事情を話す訳にもいかず適当に誤魔化す。状況を確認出来た時点で既に目的は達成されているし、迎えに来たと言うのも嘘ではない。

二人の様子を見る。所々傷は有るが未だに気力が残っている様子の魔理沙に対して、フランドールは満身創痍の様相を呈している……って、何だか下着らしき物が見えそうになっているじゃないか。咄嗟に『扉』から代わりの上着を取り出して放り投げる。

 

 

 「君、とりあえずそれでも着ているんだ。落ち着いたら、すぐに整った服に着替えるんだぞ」

 

 「ん、あなたも人間? それも男の人だなんて、今日は賑やかね。

  ……わー、このコートまるで血に塗れているみたいに真っ赤! 少しだけ大きいけど素敵、気に入ったわ!」

 

 

 フランドールは俺を見て興味深そうにするが、その関心はすぐさま投げ渡された物に移ったらしい。広げて歓声を上げ、すぐさま袖を通す。

……俺も意識しないで取り出したが、投げた上着は大昔に作った例の赤コートだった。妹紅に誂えて作ったので、多少のずれこそ有れど少女が着るには丁度良いサイズだったらしい。

 

 とりあえず服の破れた部分が隠れたので一息吐こうとすると、魔理沙は思わず顔を歪めてしまうような言葉を投げかけてきた。

 

 

 「おいおい、大の男が少女向けの服を持ち歩いているとは怪しい趣味だな。この迎えについて行って良いのか疑問になるぜ」

 

 「妙な誤解はしないでくれ、妹紅に渡す筈だった自作を家から取り寄せただけさ」

 

 

 まかり間違ってもそんな認識を持たれる訳には行かないので、事情を簡潔に説明する。下手に長く修飾すると、余計に言い訳くさく聞こえるのだ。

 

 

 「家から……そうか、魔法か。それにしても、その言い方だとあいつの服を用意してるのはお前なのか? 香霖みたいな奴だな」

 

 「いや、あのコートは要らないと突き返された物で、それ以降は一度も作っていない。……香霖と言うのは?」

 

 「森の近くで店をやってる知り合いだよ。博麗の巫女服を作っている半妖さ」

 

 

 何だか凄い事を聞いた気がしたので、もう少し詳しく聞こうとしたが、魔理沙はそれ以上話す気はないらしくフランドールに向き直る。向こうから話を振ってきた割に勝手な物だ。

 

 

 「それじゃあ、さっきも言ったけど私は帰るぜ。物に釣られて変な奴に連れていかれないようにしろよ」

 

 「魔理沙も、首を吊られて変な所に連れていかれないようにね。本当の歌どおりにしといて、また遊んでよ」

 

 「……言ってくれるぜ。いや、ここは『誰とよ』って返す所だったか? まあ、気が向いたらな」

 

 

 魔理沙とフランドールは良く分からない上に失礼な会話をして、それで気が済んだようだ。

魔理沙は最後に俺へ向けて意図が不明な笑みを向け、身を翻して元来た道を勢いよく戻っていった。……後に残されたのは、どこか満足気に見えるフランドールと、色々と肩透かしを受けて精神的に疲れた俺である。

 

 

 「そう言えば、まだ名乗ってなかったな。俺は田澤昴、人間だ。フランドール、君の事はパチュリーから聞いているよ」

 

 「あ、田澤ってやっぱり聞き間違えじゃなかったのね。お姉様やパチュリー、それに美鈴も貴方の事を喋っていたわよ。私の事はフランって呼んでくれて良いわ」

 

 

 ……フランは好奇心に溢れた瞳で俺をじろじろと見てくる。妙な居心地になり、気を逸らす意味も込めて新たに話題を振る。

 

 

 「具体的に俺の事をどう聞いていたんだ?」

 

 「大魔法使いで、武術の達人。でも、弾幕ごっこはへたくそなのよね」

 

 「……複雑な評価だ」

 

 

 魔法使いとしてはある程度自負も有るのだが、武術の達人と言う評価は流石に過大だ。俺は器用貧乏なので、美鈴と比べると習熟度の差が露呈する。

弾幕戦に関しては、まあ。初対面の相手に真正面から言われるのは流石にキツイが、事実なので何も言えない。……最近は『本来これは俺のような大の男がやる物ではないから』と言う、諦めと誤魔化しの混ざった自己弁護を内心でしているくらいだ。

 

 何だか自爆に近い形で更に居た堪れなくなってきてしまったので、俺も早々と退散を決め込む事にする。

パチュリーから話を聞いた時点ではどんな狂気に満ち溢れた存在なのかと焦ったが、実際に対面してみると割と正常に話が出来るし。思った程の危険人物では無さそうである。

 

 

 「それでは、俺も帰る事にする。また顔を見せる事があるかもしれないから、その時はもう少し落ち着いて話をしよう。勿論、君が良ければだが」

 

 「それなら、わざわざ外に出なくても良いかなあ。魔理沙も、遊びに来てくれるって言ったしね。

  あ、でも、このコートはどうすれば良いの? 次にあなたが来る時まで、私が持っていても大丈夫?」

 

 「……気に入ったのなら、あげるよ。俺が持っていても使わない物だしな、誰かに着られる方がそのコートも喜ぶだろう」

 

 

 何しろ千年近く前に『扉』へ放り込んだきり、一度も外に出していなかった物だ。不用品を押し付けるようで悪いが、気に入ってくれたなら手放しても惜しくは無い。

 

 

 「ほんとう!? ありがとう、これって色合いがものすごく可愛いの! ほら、まるで血塗れてるみたいでしょ!」

 

 「確かに、言われてみると新鮮な血液の色をしているな……」

 

 

 妹紅の嫌がった理由が、やっと正確に分かった気がする。それで喜ぶあたりは流石に吸血鬼と言った所か。

それと、そのコートは俺の物と同じく外出用だから、室内で着続けるには少し場違いなデザインなのだが……喜んでいる所に水を差すような形になるのも悪いな。余計な事は言わないでおこう。

 

 

 「それでは、また会おう」

 

 「うん、ばいばい!」

 

 

 コートの裾をひらひらとさせて喜ぶフランに手を振り、俺は妹紅達を待機させている地点へ転移魔法を発動させた。

来る時こそ使わなかったが、制限が無くなれば使用しない理由が無い。移動の手間と時間を省けるのはかなり便利だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、田澤も戻ってきたね。さっきまで居た魔理沙から聞いたけど、例の妹ってそこまで凶悪な奴じゃなかったんだって?」

 

 

 転移は何事も無く終了し、図書館まで戻ってきた。俺の帰りを待っていたらしい妹紅が早速声をかけてくる。

 

 

 「ああ、少なくとも俺が見た時点では普通の性格に思えたぞ。魔理沙もそう思ったと言うなら、俺達は過剰に反応していたと言う事になるだろうな」

 

 「……魔理沙も言ってたけど、俄かには信じられないわ。衝動的に物を壊す子なのよ、妹様は」

 

 

 未だにパチュリーは納得がいかないようだ。実際に会ってみたら、俺はむしろ拍子抜けするくらい落ち着いていると感じたのだが。三人で顔を見合わせ暫く悩んでいると、妹紅が唐突に口を開いた。

 

 

 「さっき聞いたけどさ、その子って495年も閉じ込められてたんでしょ?

  それって、本当の『遊び方』を今までに知らなかったんじゃないのかな。だから弾幕ごっこに夢中になって、魔理沙と遊ぶ事で初めて鬱屈した感情を発散させる事が出来た。……こうは考えられない?」

 

 「……間違っていると、私には言えないわ。

  危険な能力を制御出来ない妹様を、監視する意味でも保護する意味でも地下に留め置いているけど……多少無理をしてでも、色々な人と触れ合わせるべきだったのかも」

 

 「495年って、それはまた凄まじい。しかし、と言う事は悪循環だったのかもしれないな。

  危険だからと閉じ込め、そのせいで更に危険になり、ますます外に出す訳にはいかなくなる……まあ、これは推測に過ぎないが」

 

 

 妹紅の意見を聞いて、パチュリーは苦し気に唸る。どうやら、思い当る節は有るらしい。

俺もそれらの話を纏めて、一つの仮説を立てる。所詮は外部の人間による勝手な想像だが、だからこそ客観性はあると思う。正しいかどうかは別として。

 

 

 「……ありがとう。これが真実って保障はないけど、妹様との接し方を考える上で貴重な視点だと思う。レミィ達にも相談してみるわ」

 

 「ありがとうなんて、そんな。私の意見なんて、受け売りの考え方を賢しらに並べただけさ」

 

 「そうだとしても、貴女がここでそれを言ってくれたのは私にとって助けになった。もう一度言うわ、ありがとう」

 

 「……だから、そこまで言わなくて良いのに。田澤、帰ろう。これ以上は居ても迷惑でしょ」

 

 

 パチュリーは妹紅へしきりに頭を下げ、妹紅は視線をあちこちに彷徨わせながら頬を掻く。

そんな二人の微笑ましい姿を何とはなしに眺めていると、妹紅がいよいよ俺に助けを求めてきた。長居する理由が無いのは確かである。

 

 

 「パチュリー、とりあえず俺達は帰る。また時間が空いたら共同研究がてら来るよ」

 

 「ええ。お礼はその時に用意しておくわ」

 

 「それは具体的な成果が出た後にだな、俺達は何もしていない」

 

 

 パチュリーの気の早い言葉に苦笑しつつ、俺は『扉』を開く。

それでもまだ気の済んでいない様子のパチュリーに手を振りつつ、妹紅と共に館の外へと転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……私達の口出しが、その子の助けになれば良いね」

 

 「ああ、そうだな。誰かを導く手助けが出来たのなら、これほど嬉しい事はない」

 

 「ふふっ、それなら田澤も寺子屋に来たら? 慧音も喜ぶと思うし、慕ってくれる子達と一緒に過ごすのは楽しいよ?」

 

 「今は保留にしておく、どうも上手く接する自信が無いからな」

 

 

 妹紅と他愛のない雑談をしつつ、幻想郷の空を飛ぶ。

久しぶりに何とも言えない穏やかな気分になりつつ、今日の最初の目的を果たすべく人里へと向かった。




これにて紅魔郷編は終了となります。田澤の行動と、それによって微妙に変化した部分を楽しんでもらえると嬉しいです。
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