旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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旅人、鬼を探し地の底へ降りるのこと

 「やはり人が来やすい場所となると、人里以外の選択肢は無いに等しいな」

 

 

 レミリアやフランが要因となった二つの異変も終わり、大きな騒ぎが起こらないまま数週間が経った日の事。

人里を歩き回りつつ独り言を呟いた俺は、とある空き地の前で立ち止まる。今日はここで妹紅と待ち合わせているのだが、まだ少し早かったようだ。手持ちぶさたになった俺は、先程までの考え事を続行して時間を潰す事にした。

 

 

 「風見のような妖怪なら、僻地であろうと場所さえ教えれば問題ないだろうが……」

 

 

 現在俺が悩んでいるのは自分の住居の立地について。

そろそろ真面目に住居を決めようと決意した俺が、まず最初に直面した問題は家を建てる場所だった。むしろ、それ以外に困る事は無いと言っても良い。

魔法を駆使すれば家屋の設計から実際の建築に至るまで全てを俺一人で行う事が出来るが、場所の決定のみは簡単にいかない。これは地面が建築に向かない等の物理的な問題ではなく、他の人が訪れやすい場所かと言う点での問題だ。

 

 俺個人の希望する立地は、周りが森や川に囲まれていたりする自然豊かな場所。

しかし往々にしてそのような場所は人里離れた奥地に存在する。幻想郷において、妖怪はともかく人間が訪れようと言うのは少し無理が有るだろう。

今のところ俺を訪ねてくる人里の人間に心当たりが有る訳でもないので要らぬ考えかもしれないが……どちらかと言えば人間の助けになりたい俺にとって、いつでも力を貸せると言う意思表示はしておきたいのだ。

 

 

 「……結界の基点を作り、人里と秘境の双方に繋がる家でも建てようかね」

 

 

 自分の中で両方の条件を満たす折衷案が出る。参考となったのは博麗神社の在り方だ。

博麗神社は大結界を区切る形で幻想郷側にも外界側にも存在し、同一存在が二つの場所で同時に並び立っているようにさえ見える。この仕組みを俺の家に応用しようと思う。

とは言えこれは複雑な空間操作を要求されるので、今すぐに行える事ではない。ひとまずこれからの予定について一応の目処は付いたので、設計をしっかり決めてからもう一度来よう。流石にこのまま即興で作る気にはなれない。

 

 

 「あ、田澤。ごめん、待たせたみたいだね」

 

 

 考え事に一段落ついた丁度良いタイミングで声が掛かる。声の聞こえる方向へ向き直りつつ、俺も言葉を返す。

 

 

 「いや、待ってなどいないさ。気にする事は無い、妹紅」

 

 

 俺の視線の先には、やや気恥ずかしそうに頬をかく妹紅の姿があった。

どうやら待ち合わせの場所に後から来た事を申し訳無く思っているようだが、それで気分を害する程に狭量なつもりはない。そもそも、待ち合わせまではまだ数十分単位で余裕が有る。

俺は人里を見回る時間も欲しかったので早くからこの付近に来ていたが、特に他の要件が無いであろう妹紅が来るには気合が入り過ぎている時間帯だ。やんわりとその事を指摘する。

 

 

 「予定されていた時刻より前なのだし、謝る必要も無いだろう」

 

 「いや、こういう時に田澤を待たせるのもダメだと思って……」

 

 「それを言うなら、俺だって妹紅を待たせるのは心苦しい。男の見栄と言う事で、ここは気楽に流してくれ」

 

 

 何だかこの言い方だと早くから来ていた理由が誤解されそうな気もするが、待たせるのが心苦しいのは事実。

あまり理屈立てて言葉を並べると妹紅も変に遠慮するかもしれないので、冗談めかして諌めておく程度が良いだろう。

 

 

 「見栄、か。それなら、田澤の顔を立てておいてあげようかな」

 

 「そうしてもらえると助かる」

 

 

 俺の言葉に一瞬きょとんとした妹紅は、意味を理解してその表情を悪戯気な物に変えた。とりあえず妙な気負いは無くしてくれただろう。

しかしこの話題でからかわれると俺としても困る。今にも口を開きそうな妹紅に被せるようにして、少し強引に話を本題へと戻した。

 

 

 「さて、準備が出来ているのなら早速行こうか。目的地は伝えていたよな?」

 

 「うん。地底に行くために、まずは妖怪の山の麓に向かうんだよね」

 

 

 俺達が待ち合わせていたのは、かねてより予定していた地底探訪を行う為である。

フランの騒動が終わった後に藍と遭遇、彼女から地底への移動経路と注意事項についてを聞く事が出来た俺は、それを基に今回の計画を立てた。

 

 

 「ああ、そこに有る縦穴が地底へと繋がっているらしい。

  妖怪同士は不可侵条約が結ばれている上に、番人も居るとの事だから少なからず危険は覚悟した方が良いだろうな」

 

 「鬼が好んで住んでるって場所に行くんだし、最初から気楽に行けるとは思ってないよ。

  でも、弾幕ごっこだったら私が、それ以外の事だったら田澤も対処できるし、不安な訳でも無いけどね」

 

 「……まあ、事情を理解した上で適度に気を抜く分には問題無い」

 

 

 妹紅なら弾幕戦において大抵の相手に勝てる事は確かだし、妙な搦め手や陰険なやり口であれば俺だってやり返せる。

あまりにも気負いすぎて全く動けないよりは、僅かな緊張で安定した状態の方が肉体的にも精神的にも良いコンディションだろう。それに、妹紅も妖怪退治において数百年レベルのベテランだ。慢心して付け込まれる等という事態は、考えるだけ侮辱と言う物だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  藍から聞いていた場所を目指し、飛行する事十数分。

山の麓で口を開ける巨大な縦穴の前に到着した俺達は、周囲に満ちる不気味な静寂をかき消すように呟く。

 

 

 「へえ、こんな大穴が有ったとはねえ……噂は聞いてたけど、実際に見たのは私も初めてだよ」

 

 「人妖問わず訪れる者はほぼ皆無と藍も言っていたしな。見た事が無い者は、山の妖怪にも結構多そうだ」

 

 

 これまでの様子から予測はしていたが、やはり妹紅もここに来た事は無いらしい。

幻想郷に長く住んでいる妹紅ですら初めて来る場所となると、この近辺はかなりの辺境と言っても過言ではない。

……不可侵条約が有るのなら地上の妖怪はここより先に進んではいけないのだろうし、人間が訪れるにもリスクとメリットが釣り合わない場所だ。事実として禁足地に近い場所ではあるのだろう。

 

 

 「ま、ここで突っ立ってる訳にも行かないんだしさ。とりあえず、中に入ろう」

 

 「うむ」

 

 

 行動を促す妹紅に頷いて返し、巨大な縦穴の中に二人で飛び込む。

俺達の目的地はまだまだ遠い。藍の説明によると、ここから地底世界へ突き当たるまで下り、更に旧都に向かう為の洞窟を進み、そこでようやく鬼探しに入れるらしい。当初の予定より早くここまで来たとは言え、少しでも時間は有効に使うべきだ。

 

 

 「……飛び込んでから言うのも呑気な気がするけどさ、ここって思った以上に深いね」

 

 「ああ、幾ら『地底』とは言っても数秒もあれば辿り着くと考えていたが……」

 

 

 飛び込んでから既に十秒以上は経過したが、未だに底が見えてこない。

想定以上に地下深い場所であると身をもって知り、改めて幻想郷の出鱈目さに舌を巻く。この穴は自然に出来た物なのか、それとも誰かが掘削したのだろうか……

 

 

 「っと、ようやくか」

 

 

 とりとめのない事を考えつつ下を注視していると、やっと終わりが見えてきた。

互いに飛行魔法を発動し落下の勢いを止め、緩やかに着地。それと同時に妹紅は周囲の入り組んだ洞窟構造を見回して、地底への第一印象をこぼす。

 

 

 「ここが地底かあ……何だか嫌な感じに湿って、気持ち悪い所だね。と言うか、何で地下なのに風が吹いてるんだろう」

 

 「ううむ、考えれば考える程不思議な場所だな」

 

 

 湿ると言う事は近くに水気が有ると言う事だし、更に風も吹くとなれば、地の底の洞窟でありながら殆ど地上と変わらない環境に思える。

しかし、これは今気にしていても仕方のない事。ひとまず疑問は置いておき、出来る限り早めに到着する事を目指すべきか。流石に旧都と言う場所までこんな状態ではないだろうし。

果たして旧都まで迷わず行けるのか不安を抱きつつも妹紅を励まそうとすると、近くから明るい声が響いてきた。

 

 

 「おや、人間がここに来るとは…… 珍しいね、歓迎するよ」

 

 

 声と共に現れたのは、頭頂付近で明るい金髪を団子状に纏めた少女。

体のラインが分かりにくい黒服の上に茶色のジャンパースカートと、ここまでなら至って普通の姿だが……そのスカートに何重にも巻かれた黄色いベルトがまるで警戒色のような雰囲気を感じさせる。

 

 

 「……誰だ、お前」

 

 

 初めて遭遇した地底の妖怪に妹紅は剣呑な視線を向け、逆に妖怪少女は友好的な声色を維持したままで返してきた。

 

 

 「そう邪険にしないでおくれ、娘さん。

  大方私達の事で悪い噂を聞いたんだろうけど、何も手当たり次第に人を襲ったりしないよ。勿論、そっちがその気なら構わないけどね」

 

 

 どうやら此方を積極的に害そうとする意思は無いようだが、僅かに妹紅を挑発するような言葉が混ざる辺り好戦的な性格ではあるらしい。

このまま不要な戦闘が始まっても困るので、すぐさま俺達の側に敵対意思は無い事を伝える。

 

 

 「いや、君と騒ぎを起こす気は無いよ。さっきの対応を不満に思ったのなら謝罪しよう、突然声をかけられた物だから驚いてしまった」

 

 「おや、そっちの彼は礼儀正しいね。喧嘩を売りに来たのでもないとすると、二人は観光にでも来たのかい?」

 

 「それも目的の一つだが、一番の理由は古い友人を訪ねる事だ」

 

 

 やはりどこか物騒な発言をする妖怪少女に、俺達が地底にやってきた目的を伝える。

しかし俺の説明を聞いた妖怪少女は怪訝な表情になり、何か探るような調子で続けてきた。

 

 

 「古いって……えっと、十年くらい前の事かな。

  そのくらいの時期に地上に上った妖怪も、地上から降りてきた人間も知らないよ。どんな奴を探しているんだい」

 

 「鬼だ」

 

 「……鬼? 鬼が知り合いだなんて、そんな……ああ! 成る程成る程、『古い友人』ってのは比喩表現なんだね。

  それにしても随分と剛毅だねえ、わざわざ鬼と会う為に地底へ降りてくるなんて。鬼の方も喜ぶと思うよ、最近の人間が自分達の事をまだ友人と言ってくれるなんて知ったら」

 

 

 正直に本当の事を言ったのだが、どうやら妖怪少女は微妙に違う捉え方をしたらしい。

彼女は俺達の事を普通の人間と認識しているようなので、鬼が友人と言っても言葉通りの意味では受け取らなかったようだ。よくよく考えてみれば、当然の話か。

 

 

 「ほらほら、旧都はあっちだよ。はやく皆様方に顔を見せておやり」

 

 「う、うむ。済まないな、似たような洞窟ばかりで迷いかけていた所だったのだ」

 

 「本当は私が直接案内出来れば良いんだろうけど、人間に構いすぎるのも問題だからねえ。悪いけど、道中の安全確保とかは自己責任で頼むよ」

 

 

 妖怪少女は都合悪そうに謝ってくるが、それは当然の事だろう。

ある程度形骸化しているとは言え、幻想郷において妖怪とは人間を襲う存在。交遊関係が有るならまだしも、初対面の人間に対してこの対応はかなり友好的と言える。

 

 

 「そのくらいは弁えている、むしろ既に十分良くしてもらったさ。……紹介が遅れたな、俺は田澤昴。君の名前は?」

 

 「お、そう言えば名乗ってなかったわ。私は黒谷ヤマメ、土蜘蛛だよ。そっちの貴女は?」

 

 「藤原妹紅、田澤の一番弟子だ」

 

 「師弟だったのか、仲が良い訳だね。それじゃ二人とも、気を付けてお行きよ」

 

 

 そう言うと、黒谷ヤマメと名乗った妖怪少女は俺達の上を通り過ぎていった。どうやら彼女は何処かへ向かう途中で俺達を発見したと言う事らしい。

 

 

 「……意外に話しやすい妖怪だったね。もっとこう、出会い頭に襲いかかってくるとかを想像してたんだけど」

 

 「性格的な問題だけではなく、種族や能力上追いやられた者も住んでいると言う事かね」

 

 

 黒谷が去った後、妹紅は驚いたように言う。俺も、藍から聞いていた印象とは違う事に少なからずカルチャーショックだ。

地底の妖怪は怨霊の湧く旧地獄で秩序の無い暮らしを営む陰険な者達、とまで評されていたが……少なくとも黒谷はそのようには見えない。まあ、見えないだけと言う可能性も否定出来ないが。

 

 問題が起こらないのならそれが最善なのだし、戸惑って時間を潰すと言うのも間抜けだ。

当所の意気込みが外れたようで肩透かしな気分になりながらも、俺達は黒谷が示した方向へ進む。そのまま暫く歩き続けると、洞窟を抜け視界の開けた場所に辿り着いた。

 

 

 「これも聞いていた通りだな、藍によれば洞窟を抜けると旧都はすぐそこらしい」

 

 「なら、そろそろ到着かな。意外にあっさり……ん、誰か居るね」

 

 

 開けた場所であるだけに、人影は目立つ。俺達の進行方向には道を塞ぐように、短い金髪の少女が立っていた。

道幅はそこそこ広いが、中心に立っている以上どうしても彼女の側は通らなくてはいけない。そうなると彼女を無視する事は出来ないだろう。

 

 

 「あれはどう見ても通る者を見張る構えだし、確実に何かは言われるだろうな……先程の黒谷のような妖怪なら良いんだが」

 

 「今度こそ陰険な妖怪かもしれないしね」

 

 「そうだったとしても回避は出来ないから、せめて心構えだけはしておこう」

 

 

 手段を選ばなければ『セエレ』による転移魔法などで飛び越えていく事は出来るが、幾らなんでも初対面の相手にそれは失礼過ぎる。

結局の所、警戒しつつも普通に歩いて通ると言う無難な選択肢に落ち着いた。相手の出方を窺いつつ近付いていくと、互いの距離が数メートルまで接近した時点で向こうから声をかけてくる。

 

 

 「人間が、それも男女二人で旧都に何の用? 今すぐに引き返す事をおすすめするわ」

 

 「いや、俺達は友人を訪ねに来たのだ。せっかく地上からここまで降りてきたのだし、会わずに引き返したくはない」

 

 「……人間が地底の妖怪に会おうと言うその気概。友人との言葉が真実であれ嘘であれ、その剛毅さが妬ましい」

 

 「な、なんだか強烈な妖怪だなあ……」

 

 

 最初の問いかけこそ俺達を案じているように取れなくもない物だったが、続く言葉は理不尽な妬み言。妹紅が引きつった苦笑を浮かべる。

俺も中々見ないタイプの対応に内心面食らいつつ、彼女を刺激しないように話を続ける。性格が難儀な相手との会話であれば、これまでにも相当な場数を踏んできている。

 

 

 「そう言う訳で、ここを通りたいんだ。君がこの道の番人と言うのであれば、どうか許可を頼みたい」

 

 「先へ進むと言うのなら命の保障は無いわ。旧都では力こそ正義、妖怪同士の騒ぎに巻き込まれたら死ぬよ」

 

 「その危険は承知の上だ。最低限自分達の身は守れると言う自負も有る」

 

 

 再び気遣うような口調で彼女に止められるも、その危険性は最初から承知でここに来ている。

おそらく番人であろうこの少女の忠告を無視する形にはなるが、俺達だって見た目通りのか弱い人間ではない。すると、少女は暫く俺達二人を見比べた後で口許に小さな笑みを浮かべた。

 

 

 「まあ、自分から騒ぎを起こしそうには見えないわね。そこまで言うなら、自己責任で行きなさい」

 

 「ありがとう、君達地底の妖怪に迷惑をかけないよう心掛ける」

 

 「地底では自分の心配をした方が建設的よ。

  ……ああ、そうそう。そっちの、銀髪の子。焼き鳥が作りたくなったら何時でも言いなさい。押し花作りでも良いわよ」

 

 

 少女は最後にまるで意味不明な言葉を妹紅に投げ掛けると、俺達に道を譲るようにその場を離れた。どうもよく分からないが、とりあえず俺達が旧都に向かう事を認めてはくれたらしい。

 

 

 「……妹紅、屋台でも開きたかったりするのか?」

 

 「え? い、いや……焼き鳥はまあ、食べる方だけど。わざわざ自分で作る気は今のところ無いかな」

 

 「なら、押し花に興味は」

 

 「無いよ、むしろあの妖怪の趣味なんじゃないの?」

 

 

 妹紅に今の言葉に対する心当たりを聞いてみるも、取り立てて興味が有る訳でもないようだ。

何か確信を持った風な言い方だったから、彼女は何かしらの方法で妹紅の心情を読んだのかとも思っていたが……もしかして、本当に単なる趣味の誘いだったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後の道中では特に誰とも遭遇せず、無事に旧都まで辿り着いた。

初めて訪れたが、何処か懐かしさに近い物を感じる場所だ。騒がしさと言い辺りの建物と言い、夜の江戸の繁華街と言うのがイメージに近い気もする。……実際に江戸を見た訳では無いので、勝手な想像だが。

 

 

 「何とも賑やかな場所だね、ここが元々は地獄だったなんて信じられないよ」

 

 「雰囲気だけなら周りの妖怪達も陽気に見えるくらいだからな」

 

 

 まだ話しかけられる程近くには居ないが、遠目に確認する分には妖怪達も陰険そうには見えない。地上との違いも、騒がしさの度合いくらいしか思い至らないが……

 

 

 「……強いて言うなら、環境は旧地獄と言うに相応しいかも知れん。まさか洞窟だけでなく、ここも湿気ているとは」

 

 「おまけに暑いしねえ、嫌な汗をかきそうだよ。……あれ、そう言えばその辺りはこれで何とかなるんだっけ」

 

 

 嫌そうな顔をしながら愚痴っぽく漏らした妹紅だったが、頭の上でリボンのように結んだ御札を指しながら俺に質問してくる。

 

 

 「うむ。多少の不快感は我慢してもらうしかないが、一定以上の寒暖、高湿などは緩和するぞ」

 

 「確か同じ機能が田澤のコートにも有るんだよね。こう言う道具を作れるのって、やっぱり凄いな」

 

 「魔法使いだからな、この手の小細工は得意な方だ。妹紅も興味が有るなら、やり方を教えようか」

 

 「いや、止めておくよ。教えられても田澤ほど上手くやれる自信は無いし」

 

 

 他愛もない雑談をしながら街道を歩いていく。顔見知りの鬼に会うことが今回の目的だが、ここまで来たら多少は道草しても問題ない。

そもそも旧都に到着した後どのように鬼を探すかは深く考えていなかったので、適当にぶらつきつつ遭遇出来たら儲け物、出来なかったらその時考えよう。

 

 当所の予想ほど地底が危険な場所とは思えなくなった事もあって気楽に進んでいると、何やら周囲が一際騒がしくなり始めた。

十数人規模で妖怪が集まってきたので何かこの近辺でイベントでも起こるのかと考え、近くの妖怪に声をかける。

 

 

 「済まない、一つ聞きたいんだが。この近くで何か催し事でも有るのか?」

 

 「……ああ、有るぜ。お前達を殺して喰らうと言う、一大行事がな!」

 

 

 瞬間、至近距離から殴りかかられた。咄嗟に後ろへ飛び退きつつ、『扉』を開いて愛用の刀を取り出す。妹紅も意識を戦闘用に切り換えたのか、御札を構えて周囲に炎を従わせる。

 

 

 「……いきなり殴りかかるとは、穏やかではないな」

 

 「最初の二人が特別話の分かる相手だっただけで、地底の妖怪も血の気の多い奴等みたいだね」

 

 

 囲まれているような状況の為、互いに互いの背を守るように構えながら呟く俺達。

自己責任で自分の身を守ると言う機会が早くも訪れた事に嘆息しながらも、現状を把握する為に更なる会話を試みる。

 

 

 「君達が妖怪として人間を喰らう為に、俺達を襲ったと言うのは理解した。

  確かに人里どころか地上を離れ、君達の領域に踏み込んだ俺達は喰らわれても文句は言えない立場かも知れんが」

 

 「幻想郷には決闘法が制定されてる、その事くらいは知ってるよね。襲うにしても、まずはそっちで勝負を挑むべきじゃないかな」

 

 

 俺の言葉を引き継ぎ、妹紅がいきなり直接戦闘を仕掛けてきた妖怪を非難する。

現在の幻想郷には、幻想郷の人間を喰らってはいけないと言う暗黙の了解が有り、それによる幾つかの弊害を解消する為に決闘法が制定されている。

尤も今の俺達のように、わざわざ危険地帯に出向いてきた人間は何をされても文句は言えないのだが……こうして面と向かって決闘を申し込んだのだ、相手も無視は出来ない。

 

 

 「そう言われては仕方がない。各々で方法を指定しろ、それを受けて立つ」

 

 「……それなら、私はスペルカードルールを指定するけど」

 

 

 そこで一旦言葉を切った妹紅は、何とも言えない表情で俺を見る。俺の弾幕戦における勝率の低さが気になるのだろう。

……まあ、俺がこの状況で弾幕戦を選択することは負けを認めるのとほぼ同意だ。流石にそれは止めておき、独自の勝負を提案する。

 

 

 「君達の中で最も力自慢な者は誰だい? 分かりやすく、腕相撲と行こう」

 

 「ほう、腕相撲とは! 人間のくせに、随分な大言壮語だ」

 

 

 腕相撲と聞いて、俄に妖怪達が盛り上がる。ある程度技術の入る余地が有るとは言え、基本的に腕力勝負なので人間が敵う筈が無い、とでも思ったのだろうか。

妹紅も一瞬戸惑った様子を見せるが、此方はすぐに落ち着いてくれた。俺に考えがあっての提案だと分かってくれたのだろう。

 

 決闘の場が急遽準備される。俺の前には肘を乗せる台が用意され、妹紅は開けた広場の方に案内されていった。……不意討ちで殺しにかかってきたくせに、妙に律儀だな。

そして、囲んでいた妖怪達の中から最も力自慢と言う者が歩み寄ってきて、台の前に立つ。俺も人間としては結構背が高い方なのだが、目の前の妖怪は俺の1.5倍程度は有りそうだ。勿論、腕の太さも大きさも異なる。

 

 

 「……細い腕だな。ハンデをやろうか?」

 

 「魔力で強化するから問題ない。むしろ、これを反則とは言わないよな」

 

 「多少は魔法をかじっていると言う事か。良いだろう、その小細工ごと捻ってくれる」

 

 

 腕の大きさが違うので、組み合うにも少し難儀する。それを見た妖怪は眉を潜めつつハンデを提案するが、逆に俺も問い返す。

相手も流石にこれを否定しては勝負にならないと考えたのか、ハンデの代わりと言わんばかりに強化魔法の使用を許可。正直、この段階で俺の勝利は確定的だ。

 

 どうやら俺と妹紅それぞれにギャラリーが居るらしく、腕相撲を観戦する人数は最初の半分ほど。その中から審判役が引っ張られ、俺と妖怪の間に立つ。

 

 

 「両者とも、用意は良いか? ……それでは、始め!」

 

 

 審判役の号令がかかったと同時、俺は普段の戦闘時において全身に流動させている魔力を全て右腕に集中させる。

そのまま注ぎ込んだ全ての魔力を使用して腕力強化魔法を発動、右腕の筋肉を極度に肥大化させて相手の腕を無理矢理引き倒す。

 

 

 「な、なあっ……!?」

 

 「よし、俺の勝ちだ。文句は無いよな」

 

 

 結果、数秒の拮抗さえ起こらずあっさりと俺の勝利が決定。

全身を使う事になる相撲等ではこの方法は使えないが、体の一ヶ所で行う力比べならその一点に魔力を集中させれば良い。これでも、魔法の扱いには自信が有るのだ。

 

 何が起こったのか分からないと言った様子の周囲を見回しつつ余韻に浸っていると、何処からともなく霧が集まり始める。

何度か見覚えのあるこの光景を見ると共に、騒ぎの理由もおおよそ見当がついた。思わず溜め息を吐きつつ、霧に向かって声をかける。

 

 

 「……伊吹、久し振りだな。余興は満足してもらえたか?」

 

 「あっはっはっはっは! いや、天晴れだよ昴!

  久し振りに昴の大立回りを見ようと思ってたけど、まさか腕相撲で妖怪に勝っちゃうなんてね!」

 

 「君のその思い付きに振り回された俺と、そこの彼等の事も考えてくれ……」

 

 

 霧が形を取るように変化していき、現れたのは鬼の伊吹だった。

妙に物分かりが良い妖怪達に途中から疑問を抱いていたが……伊吹の登場で確信した。最初に集まってくる所から今に至るまで、彼女が扇動したのだろう。

 

 

 「ともかく、元気そうで何よりだよ。幻想郷に戻ってきたって事は、どうしても外せない用件とやらは終わったの?」

 

 「……ああ。とりあえず、遠出する予定は今のところ無い」

 

 

 伊吹の姿は最後に会った時と変わらず、角と鎖を除けば幼い少女そのものと言った様子。……久し振りに見ると、その外見で酔っ払った声と言うのが酷くアンバランスに思えるな。

 

 ふらふら揺れている伊吹を見ながら懐かしい気分に浸っていると、妹紅の方も決着が着いたらしい。服を軽く払いながら、俺達の元へ近付いてくる。

 

 

 「……その鬼が居るって事は、今の騒ぎは体の良い茶番だったって事だね。あっさり話が進む訳だ」

 

 「あんたも久し振りだね、妹紅。田澤と違って少しは噂が聞こえてきていたよ、凄腕の退治屋に成長したそうじゃないか」

 

 「……まあ、それは置いといて。私達は丁度あんた達鬼に用事が有って来たんだ、どこか落ち着いた所で話そうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 盛り上がる地底の妖怪から離れた俺達は、伊吹に案内され屋台形式の居酒屋に移動した。

再会を祝して奢ってくれると言う伊吹に頭を下げ、俺を中心に三人で席につく。相変わらず度数の高い酒を水のように流し込む伊吹に戦々恐々としつつ、世間話に花を咲かせる。

 

 

 「へえ、そんな事情が有って弾幕ごっこが始まったのか。

  地底は元々こんな感じだからさ、攻め込まれるどころか見知らぬ奴が来る事自体稀なんだよね」

 

 「うむ、何と言うのか、その……独立独歩の精神に満ち溢れた場所だな」

 

 「あはは、下手に気を遣わなくて良いって。変わり者、嫌われ者ばっかり集まってるのは事実だからね」

 

 

 それは暗に自分もその条件に入ると言っているような物だが……遠回しな自虐なのだろうか。

どう反応した物か迷っている内に伊吹は酒を一気に煽り、表情と雰囲気を永きを生きた大妖怪としての物に変えた。そうして、重々しく口を開く。

 

 

 「それで、用事ってなんだい? 妹紅は『鬼』を指定してたけど、鬼としての私に頼み事かな」

 

 「まあ、一応はそうなるが……厄介な大事を頼みたい訳ではなく、ちょっとしたお願いをしたいんだ」

 

 

 どうやら問題を大きく捉えているようなので、誤解を解く意味も込め軽い口調で返す。鬼の力を借りたいと言うと何やら物騒だが、要は紹介状なり何なりを書いてもらいたいと言うだけの話だ。

妹紅も自分の言い方が悪かったと感じたのか、俺の言葉に続けるように補足を入れてくれる。

 

 

 「とある事情が有って山の頂上に登りたかったんだけど、居丈高に追い返されてさ。

  それでも泣き寝入りはしたく無いから、あんたの伝で何とか天狗を納得させられないかなと思って」

 

 「なんだ、そう言うこと。それにしても、天狗の奴等がそんなことをしてるとはね。

  私達が居なくなったからって少し調子に乗ってるんじゃ無いかな、これは少しお灸を据えてやらないと駄目だねえ」

 

 

 妹紅が説明すると、面白そうに笑いながら何やら不吉な事を言う伊吹。

嫌な予感がしたので落ち着かせようとするも、俺が口を開く前に伊吹は立ち上がってしまった。

 

 

 「よし来た、私が直々に出向いて話を付けてやるよ。今でも建前上、あいつらの上司って事になってるからね」

 

 「え、いや、そこまでしなくても、手紙とか書いてもらえるだけで助かるんだけど」

 

 「その手紙に難癖付けてきたらどうするのさ。そこらの適当な奴に書かせたんだろうとか言われた時、本物だと証明できる?」

 

 

 思った以上に乗り気な伊吹に、俺達は焦る。

直接来てくれたら大助かりだ、なんて考えておきながら失礼だが……正直、冷静に考慮するとそれは色々と不味いのだ。間違いなく大変な騒ぎが起こるだろう。

 

 

 「伊吹、何やら地底と地上で妖怪の行き来は制限されているとかの話を聞いた気がするんだが……」

 

 「ん? それ、微妙に間違ってるよ。

  制限されてるのは地上の妖怪が地底に踏み込む事で、地底の妖怪が地上に行くのは特に禁止されてない。まあ、元々地上に出ていこうとする奴が少ないんだけどね」

 

 「そ、そうなのか?」

 

 「うん。地底都市に地上の妖怪を踏み込ませない代わりに、怨霊を封じると言うのが約束だね」

 

 

 俺も説得を試みるが、知識が間違っていたせいで効果が無かった。おそらく、もう何を言っても聞かないだろう。

 

 

 「……実は自分が地上に出ていきたいだけじゃないの?」

 

 「い、いや、そんな事はないよ? 月見酒とか桜見酒が楽しめる良い口実が出来たとかは少しも考えてないから、うん」

 

 「……嘘を吐きながら正直に真実を語るとは、結構な高等技術だな」

 

 

 紆余曲折が有った物の、一応当初の目的は果たせた。何やら一悶着が起こりそうな気もするが、取りあえずは正直な伊吹の顔を立てる事にしよう。

しかし伊吹を連れて地上に戻り、威圧交渉同然で妖怪の山に向かうとなると……八雲辺りに何を言われるか、今から頭が痛い。でも、自分で招いた結果だしなあ……

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