旅人の見た幻想郷   作:千思万考

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三か月も間を開けてしまい、本当に申し訳ございませんでした……


旅人、愛弟子と秘密を共有するのこと

 地底からの帰り道では特に何事もなく、行きに比べればすんなりと地上へ戻ってきた。

眩しい日差しが降り注ぐなか、最後の縦穴を登りきった俺達は周囲を見回して一息をつく。

 

 

 「おー、この辺りはあまり変わってないんだ。懐かしいね」

 

 「もともと天狗とか河童は山の構造を変える事に消極的だよ。いつ鬼が戻ってくるか分からないから、あまり下手な事は出来ないって射命丸が漏らしてた」

 

 

 具体的にいつ伊吹達が地底に移住したのかは知らないが、おそらく数十は超える年数が過ぎている筈。この場所は大昔から姿を変えていないらしい。

妹紅の補足説明もあって、おおよその事情に見当はついた。社会的な意味でも地理的な意味でも、妖怪達は鬼が去った頃の山を維持するように努めているのだろう。……その辺りも天狗が排他的な理由に関係している気はするが。

 

 ひとしきり山を見物して満足したらしく、伊吹は俺と妹紅に向き直りながら笑みを浮かべる。

 

 

 「さて、それじゃあ。ささっと目的を済ませる事にしよう」

 

 

 ここまでやる気になってくれているのは素直に有りがたい。

とは言え妙に気合いの入った伊吹をそのままにしておくと、山にとって本当に大事になりそうである。効果は薄いかもしれないが、最低限の自重は促しておく。

 

 

 「……あまり派手な事はしなくても良いからな」

 

 「分かってるって、私だって自分の影響力の大きさくらいは自覚してるよ」

 

 

 まあ、自覚しているのならこれ以上は何も言うまい。頼んだのは俺達なので、ここまで来ておきながらいちいちケチをつけるのも失礼だ。

実際に出向いて来てもらうとなれば問題が生じる、それを想定していなかった俺の考えが浅はかだったという自業自得なのだし。

 

 今後はこういった事も含めて物事の計画を立てようと自分を戒めつつ、意気揚々と山を登っていく伊吹を追う。

この場の全員が飛行できる事もあり、歩けば一日はかかりそうな険しい道もなんのその。道中の所々で目を細め、感慨にふける伊吹にペースを合わせても、一時間とかからず山の妖怪の縄張りに到着した。

一応、伊吹にその事を伝えておく。伊吹が居た頃から変わっていないのかもしれないが、念の為だ。

 

 

 「そろそろ哨戒天狗と遭遇する頃合かね。まあ、この辺りを通るのは許可されているんだが」

 

 「ふーん、完全に門前払いって訳でも無いんだ。山に踏み込む段階で文句を言われてるのかと思ったよ」

 

 

 伊吹は少し意外そうに言う。俺達の言葉を少し誤解して捉えていたらしく、頂上の寸前で追い返されたとは思っていなかったようだ。

 

 

 「件の天狗が言うには、ここを通しているのも最大限に譲歩した結果らしいけどさ」

 

 

 そんな伊吹に対して、妹紅はやや怒気混じりの口調で愚痴を吐く。

事実上、文句を言われているに近いのだと伝えたいのだろう。自分達の事情を軽く見たような伊吹の反応を嫌ったのだろうか。

 

 

 「うーん、酒を酌み交わした事も有る二人に対してそれは酷いねえ。やっぱり、多少はガツンと言ってやらなきゃダメかな」

 

 「……いや、ほんとに、あまり大事にしないでくれよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、縄張りを踏み越えてからも山の妖怪に接触する事は無かった。

遠巻きにこちらを窺う気配は幾つも感じるので、俺達に気付いてはいるようだが……やはり、鬼が居ると言うだけで迂闊な事が出来ないのだろう。

 

 

 「正に、『鬼』の威を借るなんとやら、って所かなあ……」

 

 「うむ……俺も、まさかここまで露骨に影響が有るとは思わなかった」

 

 

 妹紅も同じ事に思い至っていたようで、苦笑しながら冗談交じりの言葉を漏らす。

今の俺達はその諺が示す行動を文字通りに取っているような物なので、それこそ苦笑しか出てこない。

 

 聞こえる物と言えば俺達の声くらいで、他には木々のそよぐ音、谷川のせせらぎくらいと言う奇妙な沈黙の中、ひたすらに山の道を進んでいく。

そのまま暫くすると以前に俺と妹紅が追い返された地点付近まで到着、一応向こうの出方を確かめる意味も込めて伊吹と妹紅を制止する。

 

 

 「二人とも、一旦ここで止まってくれ。山の妖怪が俺達にどう対応するかをここらで確認しておきたい」

 

 「別にそんな事しなくても、止められる気配が無いんだからさっさと進んじゃえば良いのに」

 

 「それでも構わないんだが、万が一山の妖怪がしらばっくれたら困るからな。

  『鬼が居たなんて証明できるのか』とか適当に理由を付けられて、後で俺達だけが槍玉にあげられても困る」

 

 

 妹紅は心配そうに周囲を見回しながら言うが、それでは今後に憂いが残ってしまうのだ。

今回直接接触しなかったからと、伊吹の影響力を取り除かれては困る。今の内に言質を取っておくと言うか、伊吹が居るこのタイミングで山の妖怪と接触し、何かしらのリアクションは引き出さなくてはならない。

……せっかくなのでこの機会は逃さず、言い方は悪いが伊吹の影響力を最大限利用させてもらおう。ここまで来てしまったのだから、今更遠慮しても何も変わらない。開き直って俺達の有利に進むよう小細工を練らせてもらう。

 

 その場に立ち止まって数分の時間が過ぎた頃。

山の妖怪達も事ここに至って動かなければ状況が進展しないと気づいたのか、見覚えのある天狗が俺達の前に姿を現した。

 

 

 「……我等が聖域に、何用か」

 

 「この先にちょいと野暮用が有ってね。通して欲しいんだけど」

 

 

 例の居丈高な天狗が口数少なく俺達に問いかける。俺が口を開こうとすると、それを制するように伊吹が割り込み、親しげに話しかける。

しかしその口調には有無を言わさない威圧感が有り、見かけの親しさに反して否定を許さない強制力が働いている。しかし、その静かな威圧を受けた天狗は、冷や汗をかきながらも冷静に対応。

 

 

 「貴女様がそう仰られるのであれば、私には否定する権限が有りませぬ。伊吹様、どうぞお通りくださいませ」

 

 「私が通るのは勿論そうなんだけど、後ろの二人もこの先に用事が有るんだよ。この二人はどうなのさ?」

 

 「後ろの二人は、本来山に関係の無い人間であります」

 

 「ふんふん、それで?」

 

 「山に関係の無い人間を、ここより奥へ立ち入らせる訳には行きませぬ。伊吹様は構いませぬが、後ろの人間二人はここで帰っていただく事になりますな」

 

 

 伊吹の威圧を受けながらも、規則に従い反発する内容を口に出せるこの天狗は最早尊敬できる程の胆力だと思う。

とは言えその勇気に免じて大人しく帰る、なんて事はしない。俺としても前回の取り付く島もない対応には少し思う所が有ったし、ここで存分に焦ってもらおう。……割と陰湿な考えだが。

 

 

 「山に関係の無い、ってのは違うんじゃない? 千年くらい前、田澤を主賓にして下の広場で酒盛りをした事が有ったよね?

  天狗が注いだ酒を飲んで、楽しく騒いで。私と飲み比べまでした田澤を、余所者扱いってのはどうなのかな。妹紅とだって、一緒に酒を飲んだよね?」

 

 

 天狗に向ける伊吹の表情は笑顔で、声色自体も適度に抑揚がついた普通の調子。

しかし疑問形でありながら返答する間を与えず、並び立てるように言葉を続けるその様子はとても友好的な物とは思えない。伊吹が体を揺らす度に音を立てる鎖も、不気味に焦燥感を煽る。

 

 

 「……ですが、この二人。山に住む者では有りませぬ」

 

 「それを言ったら、私だってここから先に進めないよねぇ。今は山に住んでないんだからさ」

 

 「鬼と人間では事情が異なりますゆえ……」

 

 

 この天狗も伊吹の雰囲気に圧倒されたのか、徐々に口調から余裕が消えていく。

しかし義務感なのか、未だに俺達の通行を認めようとはしない。規則を厳格に守ろうとする姿勢をここまではっきり見せられると、俺達の方が根負けしそうだ。

 

 正当性だけで言えば向こうに分が有るのは確かなので、無理矢理押し通る訳にもいかない。

伊吹も僅かな苛立ちを態度に滲ませてはいるが、直接手を出す気は無いようだ。疲れたように目許を抑えつつ、何事かを考え始める。おそらく新たな説得の言葉を纏めているのだろう。

とは言え、伊吹に任せっきりになるのも気が引ける。彼女には彼女なりの予定も有るのだろうが、俺個人としても試みたい事は有るし。

 

 そう考え伊吹が沈黙している間を持たせる意味も込めて口を開こうとすると、見覚えのある影が急接近してきた。

 

 

 「どうぞ、この先へお通りください。伊吹様だけでなく、後ろの人間二人もよ」

 

 「……射命丸!? 貴様の一存で、何を勝手な事を!」

 

 「あら、何も勝手なんてしてないわ。上司の決定を受け、伝令に来ただけの事だから」

 

 

 現れたのは、おそらく天狗の中でもっとも俺と交友の深い射命丸だった。

しかし常の口調と雰囲気ではなく、この場には新聞記者としてではなく山の妖怪として訪れたのだろうと予想できる。

 

 射命丸が伝えた内容は、俺達の通行許可。目の前の天狗は反発するが、射命丸も上の判断である事を示し、軽く受け流す。

 

 

 「上司の……? まさか、この人間達の通行を認めたと言うのか!」

 

 「ええ、その通り。全く知らない余所者ならともかく、山にとっても関係の深い人間。

  その上、鬼の方が地底から出向いてまでのお願いですもの。無下にする訳にはいかない、との事です」

 

 

 射命丸が話す内容を受けて、天狗の表情は歪んでいく。

しかし自らの中で折り合いを付けたのか、射命丸の言葉を聞き終わる頃には俺と妹紅への敵意を表面上収めていた。

 

 

 「それが山の決定と言うのであれば、是非も無し。御三方、ここを通られるがよい」

 

 「んー、田澤と妹紅も通すんなら文句は無いんだけどさあ……まあ、いいや。じゃあ、遠慮なく進ませてもらうね」

 

 

 慇懃な態度にも見えるものの、天狗は俺達に軽く礼をして横に退いた。

その様子を見た伊吹は何故か不満げな声を上げるが、すぐに自己解決したようで。それ以上深く追及する事なく、一瞬だけ射命丸に視線を向けてから歩き始めた。

俺達も伊吹の後を追うが、この天狗にも一応伝えておきたい事が有る。目の前を通り過ぎるとき、少し立ち止まって言葉をかける。俺としても徒に彼らとの関係を悪化させたい訳ではないのだ。

 

 

 「……無理を言ってすまなかった。しかし俺達にも大切な要件が有ったのだ、それだけは理解してくれ」

 

 「そちらの要件など私には関係の無きもの。

  無理を言っていると自覚が有るのならば、今後はこのような行いを可能な限り慎んでもらいたい」

 

 

 やはりと言うべきか、この天狗個人としてはあまり納得出来ていないらしい。

それでも『可能な限り慎め』と、ある意味で譲歩とも取れる発言をしてくれたのは意外だ。社交辞令という捉え方も出来るが、ここはポジティブに受け取らせてもらおう。

 

 最後に、伊吹と同じく射命丸に顔を向ける。

しかし射命丸は扇で口元を隠しつつ目を細め、言外に俺と会話する気が無いような雰囲気を作っている。おそらく『仕事中』な上、他の天狗の目もあるからだろう。

この場で見れば、射命丸は番人に上司の決定を知らせる為に来ただけの伝令。あまり親しそうに口を利くのも向こうに迷惑か。そう判断した俺は軽く会釈するだけに留め、妹紅と共に山の頂上を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「すっごく今更なんだけどさ。二人は何で山の頂上に行きたいの?」

 

 

 山頂へ向かう道の途中、伊吹はふと思いついたかのように疑問を漏らした。

本当に今更だが、確かに伊吹はこれまでその理由については聞いてこなかった。本来なら妹紅の事情に深く関わる事なので、あまり広めたくは無いのだが……

 

 

 「私が絶対にやらなくちゃいけない事、それを果たす為の場所がここだって最近分かったんだ」

 

 

 俺が逡巡している内に、妹紅が先に説明をした。伊吹になら伝えても良いと、妹紅は判断したのだろう。

まあ、ここまで来る事が出来たのは殆ど伊吹のおかげなので、その恩人に向かって事情を伝えないと言うのも失礼な話だとは思うが。

 

 

 「やらなくちゃいけない事、ねえ。それは誰にも知られずに、例えば私とかが居ない方が都合の良い事なのかい? 田澤は例外として」

 

 「え、う、うーん、まあ……出来れば、その方が」

 

 「あははははっ、正直でよろしい。そういう事なら、私はここらでぶらぶらしてるよ。

  用事が済んだら下りてきて、決して覗き見したり聞き耳を立てたりしないと誓うからね」

 

 

 伊吹のある意味で意地の悪い問いかけに、しどろもどろになる妹紅。

それに対して素直に断りを入れると、伊吹は面白そうに笑ってその場で立ち止まる。どうやら、俺達の事情にこれより深く立ち入る気はないようだ。

 

 

 「……ごめん、せっかくここまで連れてきてくれたのに」

 

 「いやいや、気にする事はないって。知りたいのは確かなんだけど、正直に正面から言われたら断れないよねえ」

 

 「すまない、伊吹。地底から出向いてもらって、本当に世話をかけた」

 

 「だから気にしなくて良いんだって。

  私もこういう機会が無かったら、地上を覗いてみるきっかけは無かったかもしれないからさ。さーて、他の天狗の様子でも見てこようかなあ」

 

 

 俺達の感謝に伊吹は困ったように頬をかき、わざとらしく駆けだしていった。おそらく、照れ隠しなのだろう。

 

 

 「……本当にありがたかったね。私達の事情も聞かずに協力してくれたんだから」

 

 「ああ。結局、体の良い通行許可状のように扱ってしまったと言うのに……」

 

 

 元々自分でもそう思える計画だったが、伊吹の態度で更なる罪悪感が積もる。

今度何か有ったら、出来る限り協力しよう。自己満足では有るが、それくらいはしておかないと不味いだろう。

 

 とは言え、今は元々の目的を果たす為に集中するべきか。当初予定していた、俺と妹紅だけで山頂を目指すと言う計画は達成目前である。

 

 

 「……さて。丁度良い、と言うと語弊も有るが、区切りのついたタイミングである事は確かだ。そろそろ、準備をしよう」

 

 「うん。壺を手元に戻すね」

 

 

 用意を促すと、妹紅は懐から呪符を取り出し霊力を込めて起動させる。

呪符に刻まれた物体転移の力が発動し、ごく小規模な空間異常を引き起こした後には、かつて蓬莱の薬を保管していた壺が現れていた。

 

 

 「それが妹紅の転移魔法か。実際に見るのは初めてだな」

 

 「人は動かせなかったりとか、田澤に比べると色々見劣りするんだけどね」

 

 

 妹紅の成長をこうして実感すると感慨深い。

まあ、今までにも弾幕戦で悔しいくらいに実感させられてはいたが……俺の専門分野にも近い物をこうして扱う妹紅を見るのは新鮮である。

 

 

 「弟子がいつの間にか成長していると言うのは、喜べば良いのか悲しめば良いのか複雑だ」

 

 「まあ、これは田澤から直接教わった訳じゃないからね。でも田澤の姿を見て使ってみたいと思った術だから……喜んでくれると嬉しいな」

 

 

 う、ううむ。何だか本当に師匠冥利に尽きると言う心持になってきたぞ。

まさか俺がそう言われる立場になるとは思わなかった。一応、『俺』の本質的に他者を導くと言う行為自体は得意なのだが……そこに憧れにも近い感情を向けられるのは殆ど皆無。

 

 締まりの無い笑みが出てきそうになったので、咄嗟に青娥の姿を思い出して感情を振り戻した。

彼女が俺の姿に憧れたとか嘯いて『扉』に近い転移魔法を使い始めたりしたら、俺は確実に尸条書を見た時以上の戦慄を覚えるだろう。

……妙に説得力のあるイメージが浮かんでくれたおかげで、感情を制御する事に成功した。軽い笑みと共に、妹紅へ伝える。

 

 

 「分かった、素直に喜ぶとするよ。気恥ずかしくはあるが、誇らしいのも事実だ」

 

 「ふふ、ありがとう。そこで悲しまれたら困っちゃうしね」

 

 

 俺の言葉に、妹紅も綺麗な微笑で返してくれた。互いに笑みを浮かべつつ、雑談に花を咲かせる。

 

 暫く二人で話し合いながら進んでいると、山頂が目に見えて近くに迫ってきた。

そろそろ頃合だと考えたのは妹紅も同じのようで、自然に会話が止まる。俺達の足音、呼吸音、風の吹く音、それらしか聞こえない静かな空間をひたすらに歩いていく。

 

 

 「……やはり、似ている」

 

 「ん? ああ、そうかもしれないね」

 

 

 そんな中、静寂を唐突に乱した俺の呟き。その意味する所を理解した妹紅は、頷いて答える。

 

 

 「姉妹だって言うから、ある程度は似るんじゃないかな。神域と言う点でも共通しているし」

 

 

 どうやら妹紅も俺と同じ事を考えていたようだ。俺が似ていると評したのは、富士山……コノハナサクヤに遭遇した際の、道中の雰囲気。

あの時の道のりもこのような、どこか浮世離れした静謐さに包まれていた。……まあ、俗世間を離れた正真正銘の神域なので、当然と言えば当然なのだが。

 

 とりあえず山頂目前に到達したので、ひとまず立ち止まる。妹紅にも声をかけ、これからの予定を考える。

 

 

 「さあ、これからどうする? コノハナサクヤの時は、向こうから出てきたが」

 

 「普通なら、私達が呼び掛けるべき立場だよね。私が伝える事なのに、神様が出てくるのを待ってたら失礼だし……」

 

 「それもそうだな、拝みこんで出てきてもらおう。妹紅、済まないがここから先は頼むぞ」

 

 「勿論そのつもり。何といっても、私のやらなくちゃいけない事だから」

 

 

 ……妹紅に役割を譲ったのは、俺の出る幕ではないと言う理由も確かに大きいが。

今まで出会った事の無い、個人としての人格を知らない神を呼ぶと言うのは、『ベリアル』の一件以降遠慮している。『俺』としても、田澤昴としても、神を呼ぶと言う行為自体に少し抵抗が生まれた。

考え過ぎだとは自覚しているが、もし万が一物騒な招来呪文と化してしまうと……『田澤昴』の罪の再現にもなりかねないだろう。それは絶対に回避しなくてはならない。

 

 

 「……石長姫! この声が届いているなら、答えてほしい! 私は藤原妹紅、不老不死の蓬莱人だ!

  貴女に伝えたい事、詫びなければいけない事、託さなければいけない物が有るんだ、どうかお姿を見せてほしい!」

 

 

 俺がエゴ混じりの卑屈な理論を内心で展開している内に、妹紅は堂々たる態度でイワナガヒメに呼びかけていた。

その声が、願いが届いたのか、周囲へと緩やかに神威が満ちていく。神威は光となり、光は人型を形作り。妹紅の目の前に、女神が顕現した。……何故か、俺へ向けては手で顔を覆い隠している。

 

 

 「え、えっと。石長姫、ですよね? 何故、私にだけ顔を見せているのですか?」

 

 

 妹紅も疑問に思ったのか、口調を丁寧にして尋ねる。俺も気になったので、軽く頷いて同意を示し、イワナガヒメの方を見た。

 

 

 「……伝承を知っているのならばお分かりかもしれませんが、昔の事情で男性に顔を見せるのは気が進まないのです。失礼かもしれませんが、このままで話をさせて頂きますよ」

 

 

 ああ、ニニギノミコトの……確かに、それなら仕方ないか。

トラウマによる物かプライドの問題か、とにかく顔を見せたくない事情は理解したし、納得もした。これ以上は追及しない事にしよう。

 

 俺が沈黙で返した事を、イワナガヒメは暗黙の了解と受け取ったようだ。一瞬の間を開け、改めて妹紅に語り掛ける。

 

 

 「藤原妹紅と名乗りましたね。不老不死の概念ならば、確かに私とも浅からぬ縁が有りますが……いかなる用件でしょうか」

 

 「……まず、私が不死になった経緯を聞いてほしい」

 

 

 妹紅はイワナガヒメの問いかけに対して、父親が輝夜姫に求婚した事から始まる、短いようで長い来歴を語る。

輝夜姫を恨み、彼女の残した物を追いかけ、コノハナサクヤと出会って真実を知り、失意の内に山を下りる岩笠を突き飛ばし、薬を奪い……最後に妹紅は自嘲めいた言葉で締めくくった。

 

 

 「それから数十年は、死ぬほど後悔した。死ねないって事の本当の苦しみに気付いてからは、咲耶姫の事を逆恨みもした」

 

 「成程。貴女の不死は、罪に塗れた物だと」

 

 「ここで、謝らせてほしい。本来なら私は、千三百年も前に貴女と会わなければいけなかった。

  こんなに登頂が遅れた事、本当にごめんなさい。貴女に薬を届ける役目を担った岩笠を殺した事、本当にごめんなさい……」

 

 

 妹紅はその瞳に涙を湛えながら、イワナガヒメに謝罪した。

苦しみに包まれた声に思わず反応しそうになるが、俺の介入するべき場面ではないと思い直し、意識して無言に努める。

 

 

 「……妹より任を賜った岩笠を殺し、その役目を永遠に果たせなくした行いは、許される物ではない」

 

 

 しかし、イワナガヒメから発せられた不穏な言葉に俺の努力はあっさり途切れた。

何か物騒な事をするつもりならば、と言う意思を込めて左手に愛用の刀を呼び出す。そんな俺の様子を確認したイワナガヒメは、何故か軽く笑った。

 

 

 「まだ続きが有るのですよ、荒神。何も私は藤原妹紅を罰したい訳ではない」

 

 「そ、そうでしたか。無礼な行いをしてしまい……って、荒神?」

 

 

 まだ俺は自分の種族を伝えていないどころか、名乗ってさえいない。そもそも、今の『俺』は外見と気配だけなら人間としか感じられない筈なのだが……

 

 

 「話は逸れますが、先に説明しておきましょう。

  私は妹から、田澤昴と名乗る荒神の話を聞いていました。神にさえも見通せない人の皮を被りながらも、その正体はまつろわぬ悪神であると」

 

 「……ちっ、余計な事を」

 

 

 思わず舌打ちが出てしまった。コノハナサクヤに口止めをしていなかった俺が浅はかだったと言えば、間違いなくそうなのだが。

と言うより、別にイワナガヒメに伝わるくらいならば問題は無かったのだ。本当に不味いのは、今この場に居る妹紅にもそれが知られて……

 

 

 「ま、まつろわぬ? 田澤が人間離れしてるのはよくよく知ってたけど、神様だったの!?」

 

 「おや、その様子では藤原妹紅に伝えていなかったようですね」

 

 「……妹紅どころか、誰にも言いたくなかった事なんだよ」

 

 

 畜生、まさかこんな所で妹紅に明らかになってしまうとは。

時間操作や記憶操作で有耶無耶にして……いや、駄目だ。それをやっては、『ベリアル』の嘲りを今度こそ認めてしまう事になる。永く共に過ごしてきた妹紅へも、結局はエゴを優先する程度の感情しか抱いていないと言う事の証明に他ならない!

 

 ……不幸中の幸いと言うべきか、未だに『我等』や『田澤昴』の事までは誰にも知られていない。

コノハナサクヤには『我等』の邪気を知られているが、それだけだ。向こうがそう勘違いしている事も有るし、まつろわぬ悪神である事を否定しなければ納得されるだろう。

 

 

 「……確かに、俺の正体が天津神に反発する類の神である事は事実だよ。

  ただ、今の俺は人間なんだ。死から遠いとか、誤魔化しの効かない部分は有るけれど……それでも俺は人間として生きて、考え、行動している」

 

 

 これが最低限の落としどころだろう。真実を隠してはいるが、決して嘘は吐いていない。

 

 

 「それについては妹も言っていましたね。従う事は無いが、抗う事も無い神であると。『人間』であるならば、何も問題はありません」

 

 「だったら、黙っていてもらいたかったんだがね」

 

 「それは失礼。……さて、本題に入りましょうか」

 

 

 イワナガヒメは俺の苦し紛れな台詞に適当に返し、唐突に話題を戻した。

妹紅も未だに混乱している様子だったが、流石に神を無視して俺に質問できる程の状態ではなかったようだ。

 

 

 「は、はい。……えっと、どこまで話が進んだっけ」

 

 「岩笠を殺した事は決して許されないが、貴女を罰する気は無いという話ですね。

  何しろ、貴女は既に罰を受けている。浄土に向かう事もなく、永遠にこの地上に縛られ続ける命。千三百年もその苦しみを受け続け、そしてこれからも永遠に受け続ける」

 

 「……」

 

 「故に、私への詫びは要りませんよ。岩笠殺しの件を除けば、よくここまで来てくれたと称えたいとも思います」

 

 

 イワナガヒメはいつの間にか妹紅が持っていた筈の壺をその手元に移していた。

妹紅はまだ託したい物が何かと明言してはいなかったが、話の流れからしてそれ以外に有り得ないと判断したのだろう。事実そうなので、妹紅もそれについて口出しはしなかった。

 

 

 「流石に薬は無くなっていますね……ですが、かつて収めていたと言う事は事実。奉納品として受け取り、確実に管理いたしましょう」

 

 「……ありがとう、ございます」

 

 「これは感謝されるような事では有りません。私の果たすべき役割なのですから。

  藤原妹紅、貴女も岩笠に代わり、その役目をよくぞ果たしました。不死の苦しみが少しでも癒える事を、僅かながら祈ってあげましょう」

 

 

 俺から表情は見えず、妹紅も頭を下げたので確認出来ないが、声の様子からしてイワナガヒメは笑みを浮かべているようだ。

終始冷淡な雰囲気だったコノハナサクヤと比べれば、話の内容も口調も幾分友好的である。……それなら俺に対してもわざとらしく荒神などと呼ばずにいて欲しかった、と言うのは未練だろうか。

 

 

 「役割から解放された今、貴女は真に自由です。その罪を自らの身で償っていると言う事を忘れない限り、貴女がこれ以上気負うべき物は無い。

  ……さあ、もう私に頭を下げる必要も無いでしょう。これからも末永く星を支え、御柱たる岩のように、力強く生きていきなさい」

 

 

 イワナガヒメは最後に妙に詩的な言葉を並べ、その場から姿を消した。

神から向けられる物としてかなり好意的な言葉をかけられた妹紅は、感じ入ったように目を瞑り口元を引き締めている。

 

 

 「星を支え……か。ふふっ」

 

 「……」

 

 

 何やら余韻に浸っているようなので、暫く俺も立ち止まって妹紅を待つ。

この状況でさっさと帰ろうと言う程、空気の読めない男ではないつもりだ。とりあえず今日はこの後どうしようかなどと考えていると、突然妹紅が大声を上げた。

 

 

 「って、そうだ、田澤! 神様って、本当なの!?」

 

 「うわあっ、妹紅、声が大きい!」

 

 

 咄嗟に妹紅の口を手でふさぐ。これで更に広まってしまうような事になったら、俺としては非常に困る。

俺の突然の行動に驚いた妹紅と、妹紅の突然の言動に驚いた俺。双方の動揺が収まったのを確認してから、改めて小声で会話を始める。

 

 

 「……嘘か本当かで言えば、本当ではある。

  ただ、それは封印している力と言うか、何と言うか……とりあえず今の俺は人間だ。神とは、呼んで欲しくない」

 

 「そ、そうだったんだ…… 仙人とか魔法使いなのかなって思ってたけど、もっと凄かったんだね……」

 

 「妹紅、二つほど頼みが有る。まず、俺の事を神と呼んだり、扱ったりしないでくれ。先程から何度も言っているが、俺は人間として生きているんだ。

  そして二つ目、他の誰にもこの事を明かさないでくれ。一つ目の頼みとも関連しているが、俺は周囲の人達から神として認識されたくない。絶対に、秘密にしてくれ」

 

 

 正面から頼み込む。これで駄目と言われれば、その時はもう諦めるしかないだろう。そうなる運命だったと言う事だ。

しかし、俺は田澤昴と言う人間として、風変わりな旅人としての生活をこれからも継続したい。今のように過ごす日々、それを諦めるような事はしたくない。

 

 

 「田澤の頼みだもの、断る訳ないよ。田澤が嫌だって言うなら、私はそんな事絶対にしない。これからも私の……師匠として、付き合わせてもらうから」

 

 

 妹紅は俺の不安を払拭するかのように、しっかりと頷いた。

続けて、一瞬顔を赤くし、言葉を選ぶような間を開けてから、今後も同じように過ごすと宣言してくれた。

……本当に、ありがたい。

 

 

 「ありがとう、妹紅。俺の方こそ、これからも宜しく頼む」

 

 「私と、田澤だけの秘密だね」

 

 「そうなるな。と言うか、そうしてくれないと困る……」

 

 「あはは、本当に誰にも言わないよ。私達だけの秘密なんだ、誰にも言うもんか。だから絶対に、田澤も秘密にしてね?」

 

 「そこは信用してくれて良いぞ。『俺』として生きてきて、誰にも言わなかった事なんだから。……まあ、あの様子だと天津神連中には広まっていたりするのかもしれんが」

 

 「さ、流石に石長姫とかは例外だよ。そうじゃなくて、もっと身近な……例えば、射命丸とか、風見とか、さ」

 

 「一気に対象が具体化したな……彼女らにも言わんよ、と言うより何故そのチョイスなんだ」

 

 「教えなーい。……ふふっ、本当に、私と田澤だけの秘密なんだ」

 

 

 やけに『私達の秘密』と言う部分を連呼し、妙に浮かれている妹紅。

少し怖くも見えるが、雰囲気にも表情にも声にも影は見られない。久しぶりに見ると言うくらい、はしゃいでいる。

 

 

 「よーし、まずは壺を奉納したって事を岩笠に報告しなきゃ。山の麓くらいまでだったら、咲耶姫も許してくれるかな。それが終わったら……細やかに、お祝いでもしよう!」

 

 「お、おう? いや待て妹紅、報告はともかく、あの山は幻想郷の外に有って……」

 

 「大丈夫だって、私も一応は人間だよ? 幻想郷の外に出ても問題ない筈だ」

 

 「そうかもしれないが、外界に出ると言う行為自体に問題が……」

 

 「それを言ったら、田澤は時々外界に出てるじゃない。その時に一々、八雲の許可を取ったりしてるの?」

 

 「……いや」

 

 「なら問題ないよね、ほら、行こう! 一旦家に帰って、準備とかしてからさ!」

 

 「分かった、分かったから引っ張らないでくれ。先に伊吹とか山の天狗に挨拶していかないと、それからでも遅くはない」

 

 

 いつも以上の元気さを見せながら、俺の腕を抱えるように掴んで引っ張っていく妹紅。

妹紅の勢いを止める事は出来ないと判断した俺は、妥協案としてまずは用件が済んだ事を伝えに行こうと提案し……『扉』を開いた。

 




前書きにも書きましたが、申し訳ございませんでした。
一応周囲の環境も安定してきたので、次はここまでお待たせする事は無いと思います……
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