妹紅と共にイワナガヒメと出会い、妹紅が背負った数々の業に終止符を打ってから、はや数ヶ月。
幻想郷の秋も終わりが近づき、早朝になると霜が降りている事も増え始めた頃。僅かな粉雪がちらつく中、俺は以前から比べれば珍しく一人で幻想郷の空を飛んでいた。
「寺子屋のパーティ、か。妹紅もしっかり先生をしているようで何よりだな」
何となく寂しくなったので、独り言を呟く。妹紅は寺子屋の皆と冬の訪れを楽しむ会を開くらしく、数日前の段階から俺に断りを入れていたのだ。
俺に妹紅の予定を縛る権利なんて微塵も無く、勿論了承した。最近は妹紅も何故か心に余裕が出てきたようで、毎日の如く俺と行動すると言う事は無くなってきた。それでも週に一回は、以前のように行動する機会を作っているのだが。
最近は、こうして一人でぶらつく機会も増えた。
俺は周期的に外の世界に出ていたりするので、幻想郷を隅から隅まで飛び回った回数は少ない。地理や名所の位置関係は把握しているが、少し奥まった所に意外な発見も多い。今日もそれらを探すべく、気ままに動いてみようと言う予定だ。
「……とは言え、俺一人で探すのは難儀するのも確かなんだよな」
何しろ、ここ数日は同じように考えて動いていたので一人で発見できるポイントは大方出尽くした感も有る。
一人で見つける、と言う部分に拘っている訳でもないので、出来れば誰か地理に詳しい人にアドバイスを貰いたい所だ。
妹紅にも聞いてみた事は有るが、済まなそうに謝られてしまった経験が有る。基本的に人里や竹林を中心として行動しているので、それ以外の場所を細かい部分まで把握している訳ではないようだ。
「まあ、その点も含めて気楽に行こう」
再び独り言を呟いて、気持ちを切り替える。
動く度に何か発見しなくてはならないと言う事は無いし、発見が無くてもそれはそれで散歩のような物だったと言えるだろう。
ここで一人悩み込んで止まっていても、それこそ意味が無い。動いている途中で誰かにも会うだろうと言う楽観的な予定で行こう。
自分の中で一応の行動目的が立ったので、後は実際に動いてみるのみだ。
これまではまるで予備知識の無い辺りを回っていたので、自分の知っている場所の近くにこそ意外な盲点が残っているかもしれない。まずは現時点からほど近い紅魔館を目指す。
「ううむ、どうしても暇になったら地下図書館に行ってみるのも一つの手かもな」
ゆっくりと気ままに飛び続け、数分程で紅魔館を見下ろせる地点に到着。
パチュリーとは魔法の共同研究を続けていて、その縁で地下図書館、ひいては紅魔館にも結構な頻度で訪れてはいる。
とは言え流石にそれは予め日程を組んでの事で、いきなり訪ねる事は殆ど無い。彼女達の事情によっては、迷惑になるかもしれない。……一応、最終手段としての候補には入れておこう。元々今日の予定は別に有るのだし。
微妙に後ろ髪を引かれる気分になりながらも、当初の予定通り紅魔館近くを見回ってみる。
俺がテント設営地としてよく利用していた丘は既に調べ終えているので、今回はそこから紅魔館を挟んだ反対側を探索。少し飛んでみると、適度に生い茂った森が連なっている事を確認できた。
「……森の散歩になりそうな気もするが、それでも良いか」
この森の中で新発見と言うのもあまり無さそうに思えるが、少なくとも見て回る事は無駄にならない。
何も無かったと言う事自体も発見になるし、もし何かが見つかればそれこそ驚きの新発見と言えるだろう。
飛行しての移動には難儀する高さの森なので、素直に歩く事にする。低空飛行なら出来そうだが、そこまでして飛ぶ理由も見当たらない。
暫く森林浴気分で歩き回り、あちこちで見つかる希少な動植物に僅かな興奮を覚えながら、それが外の世界では幻想扱いなのかと複雑な気分になっていると……急に、懐かしさのような気配を感じた。
「これは、一体……懐かしさだとすれば、一体何が」
気になるので、気配を感じる方向へ進む。
進めば進むほど、その気配は確かな物になっていき……最終的に、懐かしさと言うより俺自身の気配に酷似しているのだと判明した。
何故そんな事が起こっているのか分からず、困惑する。俺の気配を持つ存在と言う事は、必然的に俺が深く関わっている事になるが……俺はまるで見当が付かない。
これこそ悩んで止まっていても意味が無い事ではある。疑問と不安に満ち溢れたまま歩き続け……その場に到着した時、全ての事情を把握した。
「……そういう事か。確かに、俺の気配。俺の魔力を感じる訳だ」
思わず顔を伏せてしまい、力無い言葉が漏れる。
俺の眼前に現れたのは、プリズムリバー伯爵の屋敷。……かつて俺の余計な介入、レイラへの魔力譲渡によって滅びを迎えてしまった悲劇の地だ。
俺が数百年前自力で導き出した結論と、元使用人から聞いた話を合わせて考えれば、この屋敷では少なくとも二回は俺の魔力によって魔法が発動されている。その後の曰くも含め、俺の魔力が今でも何かしらの形で作用し続けていてもおかしくは無いのだろう。
レイラが此処でどのような最期を迎えたのかは分からないが、少なくとも屋敷その物は数百年以上放置されている筈である。
しかし外観を眺めてみると、その年月を過ごしたにしては全体の風化具合が最小限に収まっている事に気付く。まさか、住人か管理人が居るとでも言うのだろうか。
「人の気配はしないが……失礼する」
純粋な疑問と醜い焦燥感に駆り立てられ、ノックもそこそこに入館する。……開けてから気付いたが、この扉鍵が掛かっていないな。ますます人の手が加わっているのか疑問になってきた。
以前は伯爵達を追って一気に駆け抜けてしまったし、そもそも落ち着いて内部構造を把握出来るような雰囲気でも無かった。
なので、一度来た場所でこそ有るのだが何処に何が有るのかの見当が付かない。精々エントランスから別館への向かい方が僅かに分かるくらいだ。
とりあえず魔力の気配を頼りに惨劇が起こった地点を目指そうかと考えている時、突然何処からか断続的に騒音が鳴り響き始めた。
「……まさか、ポルターガイストに出会うとは」
相変わらず人の気配はしない。妖怪の気配もせず、感じる物と言えば未だに俺の魔力のみ。それに加えて今の音からは霊的な何かを感じた。
ここまで条件が揃えば、この騒音は隠れている人間や妖怪の悪戯ではなく、俺の魔力が要因の一部となって発生したポルターガイストによる物だろう。
予定を変えて、今の音が聞こえた辺りを目指す事にする。ポルターガイスト現象は特定の一部分でのみ発生すると言う訳ではないが、おおよその目安にはなるだろう。
幾ら俺の魔力が要因の一部だろうとは言え、この屋敷とプリズムリバー一家を滅ぼした張本人でもある俺に好意的な霊とは考えにくい。近付くのは本来得策では無いかもしれないが、手掛かりを掴む為に敢えて接近を試みる。
「……演奏、なのか? それにしては騒々しいが」
一応安全の為自らの気配を隠蔽しつつ音の聞こえる方向へ近付く内に、単なる騒音としか捉えていなかった物に一定の規則性が有る事が分かってきた。
それは高音と低音の組み合わせだったり、音の僅かな振れだったり。しかし如何せん響き方が喧し過ぎるので、どちらかと言うとひたすら即興で楽器を弄り回しているように聞こえる。
「ポルターガイストは、楽器を通して俺に対する怒りをぶつけようと言うのだろうか」
この衝動的な騒音は、それが目的で発生している物なのかもしれない。だとすれば、俺に出来るのは受け入れる事だけだ。
今更俺が何をしようと解決する事では無いが、せめて無念を晴らす機会は必要だろう。……所詮は俺の自己満足かもしれないが。
以前のトラウマに囚われながらも歩き続ける内、遂に騒音の鳴り響いているであろう部屋の前まで到達した。
ここまで来ると騒音の度合いも凄まじく、比喩ではなく本当に物理的な衝撃を伴い始めた程。正直、何の事情も無くこの場に居るのであればすぐさま耳を塞いでいるレベルだ。余程俺への恨みが強いのだろう。
「……恨むならば恨んでくれ。その無念を受け入れる義務が、俺には有る」
目を瞑って呟きつつ、一息に扉を開ける。途端に流れ込む最早暴力的なまでの騒音。続いて楽器や家具が俺を害するべく衝突してくるのだろうと覚悟し、息を止めてその瞬間を待つ。
……しかし一向に断罪の時は訪れず、騒音も急に止まってしまった。それでも何か有る筈だと考え、暫くその場で立ち尽くしていたが……本当に何も起こらない。いい加減どうしたものかと別の意味で焦りを覚え始めた頃、唐突に少女の声が響いた。
「スバルさん……? って、あれ、なんでそんな名前出てきたんだろ」
聞き覚えのある声に、思わず目を見開いてしまう。しかし、そんな筈は無い。この声の主は、今から数百年も前に既に……!
「り、リリカ・プリズムリバー!? 馬鹿な、何故、君が此処に!」
目の前で俺の名前を呼んだ少女は、伯爵の娘達の中で三女に当たるリリカだった。
服装こそ当時と変わり、赤を基調とした随分と突飛で派手な物となっているが……その容貌は、初対面の頃と殆ど変っていない。精々、数年ほど成長したように見えるくらいだ。
しかもよくよく周囲を見回せば、他にも長女のルナサ、次女のメルランの姿が見受けられる。二人とも、服装が大きく違うだけでその姿は『あの時』から変わっていないままである。
驚愕と恐慌に支配され、その場に釘づけになる。何故、リリカ達三人はこの場に居るのか。何故、姿形が変わっていないのか。何故、レイラのみはこの場に居ないのか。何故、何故、何故……!
「あのー。私の方も何でかいきなり変に名付けちゃったけどさ、そっちも何で私の名前知ってる訳? あ、もしかして私のファン!?」
「……それならわざわざフルネームで呼んだり、幽霊でも見たような蒼白な顔にならないでしょ」
「似たような物だけどねー。幽霊じゃないけど、騒霊だし。で、結局、貴方はだーれ?」
メルランの問いかけに意識が引き戻された。しかし、未だに現状の把握が出来ない。それに加えて、初対面のような態度にも疑問が浮かぶ。
数々の不可解な出来事に襲われた俺は、苦し紛れに紋切り型の自己紹介を行う事しか出来なかった。
「……田澤昴、人間だ。旅人でもある」
「ん、あんたって本当にスバルって名前だったの? 私、新しい能力に目覚めたかも!」
「そんな微妙な能力に目覚めるよりも、騒音を極める方が重要よー。驚いて止めちゃったけど、丁度良いからスバルさんに聞いてもらいましょう!」
「……うん。聞いてもらおう、この人に」
俺の返答は中身も面白味も無い物だったが、ルナサ達三人は非常に盛り上がっている。俺が未だ困惑の極地に居る間に、どんどん話が進んでいく。
俺にとっては全てが理解不能のままだが、何やら先程の『演奏』が再開される事になったようだ。とりあえず考える時間くらいは作れるだろうと、黙って成り行きを見る。
「本当ならチケットとか色々買わなきゃだけど、姉さん達が言うから特別だよ!」
「騒霊ライブのはじまりはじまりー♪」
「耳を傾けてもらえると、私達も嬉しい」
それぞれに口上を並べ、三人は楽器を構えた。ルナサはバイオリン、メルランはトランペット、リリカはキーボード。組み合わせとしては中々珍しい。
俺が現実逃避のような些細な事を考えた所で、メルラン言う所の騒霊ライブが始まった。
先程部屋の外から聞いていたような自己主張の激し過ぎるぶつかり合いではなく、それぞれの特徴を活かしあう素晴らしい調和。
技術的な物だけではない。心を落ち着かせる音色、心を昂らせる音色、それらを絶妙に高め合わせる音色。曲の美しさもそうだが、彼女達の奏でる『音そのもの』自体が感動を引き起こす。
感動に浸っている間に演奏が終わり、何も考えが進まなかった。しかし心を掻き乱していた恐慌は、いつの間にか消えている。一応の余裕を取り戻した俺は、まずは素晴らしいライブに対してお礼を言う。
「ありがとう。とても綺麗な音色だった」
「当然じゃん、私達だもの! でも、面と向かって伝えてくれるのは良い気分ね」
「悩んでいるよりも、楽しい方が良いでしょ? さっきまでのスバルさん、とてもくらーい雰囲気だったわ」
「スバルさんも楽しんでくれたなら、ライブをした甲斐がある」
……たった一人、俺だけの為に開いてくれた素晴らしいライブ。この余韻にいつまでも浸っていたいが、そうはいかない。
演奏を楽しみ、満足している風のルナサ達には悪いが。俺はこの雰囲気を壊し、二度と戻らなくさせてしまうような質問を投げかけなければいけないのだ。
今この瞬間の感動を永遠に忘れないよう胸に刻みつけながら、口を開く。
「ルナサ、メルラン、リリカ。君達があの最後の別れから何故……」
「そうだわ、スバルさんに楽団の『リピーター』になってもらいましょうよ! 姉さん、たっぷりと私達の音を聞かせないといけないわ!」
「……そうだね、じっくり聞かせてあげよう」
しかし、俺の言葉を途中で遮るようにメルランが声を上げた。メルランの意見にルナサも同調し、俺の言葉は最後まで発せられる事なく途切れてしまう。
「え、なんで姉さん達そんなに乗り気なの? たしかにリピーターは大事だけどさ、一人だけそんなに構ったら他のファンが不公平だって怒るよ」
「良いじゃない細かい事はー。それに私達がわざわざ教えなければ、その心配は無用でしょ?」
「そうだけどさぁ……と言うか、姉さん達だけの音を聞いたらこの人はリピーターより先に廃人になっちゃうんじゃ」
「……私達だけで大丈夫。巧くやれば、十分に鬱と躁の力は相殺できる」
「リリカは先に自分の音を極めるべきじゃないかしらねー、まだまだ私達に届かない騒音レベルよ」
「なによ、心配して聞いたのに。私が居ない時のライブなんて、それはそれは酷い有様なのに……もういいわよ、知らない!
どうぞ二人で心行くまで楽しんで、私はこんな酷い楽団もう出ていくわ! これからはソロライブで名を売っていくからね!」
姉妹の会話に割って入る訳にもいかず機を窺っていたが、ふとした事でリリカは気分を害してしまった。
勢いに流され、捨て台詞と共にずかずかと部屋を出て行ってしまったリリカに声もかけられず。気配がある程度遠ざかってしまった後になって、ようやく気を取り戻した。
「き、君達。リリカを止めなくていいのか、凄く怒っていたが」
「よくある事よ、リリカが怒って屋敷を出ていくのって。長くても数日でばつが悪そうに帰ってくるわ」
「楽団を出ていくっていう言葉も、今までに何度も聞いた」
そ、そうなのか……何だか意外だ。しかしまあ、今の言い方は確かにメルランに非が有ったように思えるのだが。
「……リリカは屋敷を出たみたいね。スバルさん、ちょっと移動しましょう」
「多分貴方が聞きたい事も含めて、そこでお話できると思う」
……そうか。メルランが俺の言葉を遮るタイミングで声を上げたり、リリカを怒らせるような言動をしたのにも理由が有った訳だ。
リリカは俺の事を記憶の片隅にごく僅か置いているだけのようだが、ルナサとメルランは覚えていて、先程までは敢えて初対面を装っていたという事なのだろう。
話が出来ると言うのならば、先走って口を開く必要もない。先に立って歩くルナサとメルランを、無言で追う。
そうして数分程歩くと……かつてレイラを治療した部屋であり、俺が『プリズムリバー』に災厄を与えた全ての始まりの場所に辿り着いていた。
「……ここ、レイラの思い出の場所みたいね。スバルさんと出会って奇跡を起こしてもらった所だからって、よく来ていたわ」
「私達に直接の知識はないけど、何度も何度も幸せそうに語るレイラを見て、本当に良い思い出なんだと少し羨ましくなった時もある」
「……待て、直接の知識はないだと? 君達もあの時正に、此処に居た筈だ」
細かく言うならば、この部屋の前の部屋だが……前後の文脈から考えて、そんな揚げ足取りのような意図での発言でも無いだろう。妙に第三者的な立ち位置で語る二人に、更なる疑問が浮かんでしまう。
「そうね、やっぱり、そう思うわよね。……スバルさん、実を言うと、『私達三姉妹』と貴方は初対面なの」
「レイラから毎日毎日、とても詳しく説明してもらったし、ほんの少しだけ記憶も伝わってるから、どういう経緯で知り合ったとかは分かるけど……実際に顔を見たのは、今日が初めて」
「そんな筈は……いや、待て。『三姉妹』、初対面、ポルターガイスト。まさか、君達はレイラの姉たちを再現した……」
「その通りよ。レイラが自分の姉たちを模して生み出したポルターガイスト、『ルナサ』・『メルラン』・『リリカ』。それが私達、『プリズムリバー三姉妹』」
……そういう、事情だったのか。『俺』が『田澤昴』では無いのと同じように、目の前の彼女達は、俺が出会ったルナサとメルランでは無いのだ。
少なくとも俺が見る限りでは、『俺』と『田澤昴』ほど人格に誤差が生じていないように思えるが……そこは人間同士、それも血を分けた姉妹と言う深い間柄だったからこそなのかもしれない。
しかし、そのような理由で彼女達が此処に居るのならば、レイラもまだ生きているのではないか?
その成り立ちを見る限り、『プリズムリバー三姉妹』は少女が扱う大魔法としてのポルターガイストだ。当然拠り所も彼女達を生み出したレイラなのだろうし、レイラが亡くなれば存在は非常に不安定な物となっている筈。
「君達を生み出したのはレイラと言ったな。ならば、彼女もまた何処かに居るのか? こう言うと失礼だが、拠り所が存在しなければ君達は消えてしまいかねないだろう」
「レイラは、普通に寿命を迎えて、その人生を全うしたわ。私達もその時は消えるのかなーって思ってたけど……何故か、何時までも消えなかったのよね」
「私は、少し理由が分かるような気もする。私達を生み出した半分は、スバルさんでも有るから……」
「……レイラは、私達の妹であり、姉であり、母。それなら、スバルさんは父に当たるのかな」
もしかしたらレイラに直接会えるのでは、と言う俺の僅かな希望は呆気なく砕かれた。しかし、その答えで新しく気になる単語が出てきた。
「何故俺が君達を生み出した半分なんだ? 確かに、悲劇の原因を作ったと言えば言い訳のしようもなくそうなのだが」
「原因……? それはよく分からないけど、理由はちゃんと有るのよ」
「直接私達を生み出したのはレイラ。もっと厳密に言うなら、レイラの扱ったマジックアイテム。
レイラはそれを使って私達を生み出したけど、魔法使いでも何でもなかったレイラ一人で扱うのは本来難しい筈。……多分、スバルさんのくれた力がレイラの助けになった。だから、私達を生み出した半分は、貴方」
成程。そう考えると、俺の魔力を感じた理由についても納得がいく。
俺がレイラに注いだ魔力は件のマジックアイテムの動力源となり、惨劇と引き起こすと同時に『プリズムリバー三姉妹』たるポルターガイストを構成する一部となったのだ。
……それにしても『父』と来たか。本来そう呼ばれるべき相手は伯爵なのだろうが、眼の前の彼女達には直接の関わりが無い。逆に、本来何も関わりの無い俺とは魔力と言う点で繋がりが生じている。
しかし、『悲劇の原因』と言う言葉についての反応が薄いな。
あの一件がまるで伝わっていないとは考えにくいし、何が起きてしまったのか自体は知っている筈だ。……もしや、マジックアイテムを暴発させた原因も俺に有るとまでは気付いていなかったのだろうか。
「そういう事だから、スバルさんは私達の『父』なのよ。あ、それとも『お父様』とか『パパ』の方が好み?」
「それらの呼び方は止めてくれ、何やらいかがわしい雰囲気まで感じられる……呼ぶなら今まで通りで頼むよ」
臆病な俺は、『悲劇の原因』についてそれより先に踏み込む事は出来なかった。
彼女達が知らないのなら、わざわざ明かさなくてよい事なのかもしれないし……裁かれる事を求めて一方的に告解するのも、それこそ迷惑な自己満足だ。
『俺』は本当に欺瞞に溢れているのだなと自嘲しつつ、苦しみを自らの奥底に覆い隠して話題を変えた。
「ああ、一つ気になった事も有るのだが……何故、こうして話をしてくれたのは君達だけなんだ? 俺の事は忘れたと言えばそれまでだが、リリカだってレイラの事情自体は知っているだろう」
「……最期のレイラに関わる事は、リリカにとって私達以上に辛い出来事だったから。
レイラが亡くなって、少しして冥界にも行けるようになって、それから……暫くしたら、レイラ関連の思い出を自分で隠しちゃったみたいね」
「同時に、レイラが居なければ関わりのないスバルさんの事も記憶から消えた。……一番最初に名前を呼んだのはリリカだったけど」
ふむ、過度のストレスに対する自己防衛としての記憶喪失か。……あの場でレイラに関わる話をしそうになった俺は、かなり危険な事をしていたのだな。
「私達からスバルさんに教えなきゃいけない事は、このくらい。……ああ、まだ一つ残っていたわね」
「『いつか、スバルさんを助けてあげたい』。レイラは、この事がどうしても心残りだったみたいです」
ルナサの口から出た、レイラの残した言葉。それを聞いた俺は、思わず久しく流していなかった涙がこぼれる。その言葉だけで、『俺』は十分過ぎる程……
「……済まない、見苦しい姿を見せる」
「スバルさんがレイラを思って浮かべてくれた涙です、見苦しいなんて事はありません」
「そうそう! でも、いつまでも泣いていられちゃうと私達も困っちゃう。
だから、こう言う時こそハッピーに行きましょ! 私の音ならすぐハイテンションになれるわ!」
「……いや、落ち着いていた方が良いと思う。これ以上テンションを下げろとは言わないけど、メルランよりはせめて私の音を」
「落ち込んでる時なのに更に気分を下げちゃダメよー。やっぱり、私の音ね!」
俺を気遣ってなのか、ルナサとメルランはそれぞれに楽器を構え、まるで競うように演奏を始めた。
彼女達の優しさに更なる涙が流れそうになるが、それでは意味が無い。込み上げてくる嬉しさを笑みに変え、二人の素晴らしい演奏を聞こうと涙を拭うが……
「ぐ、ぐおっ……!? 何だ、心理防壁を直接揺さぶる音波!?」
「姉さんの騒音レベルも中々だとは認めるけど、騒霊としてはやっぱり一番の座を譲れないわー。スバルさんに白黒つけてもらいましょう!」
「……望む所。姉として、最も騒音に長けている姿を見せてあげる」
先程の演奏からリリカが一人減っただけ、音自体もそれに見合った変化しかしていない。
だと言うのに今回の演奏は、俺が自らに施している魔力による心理防壁へ何故か大きな負荷をかけているのだ。
常人ならば……と言うよりこの防壁でさえ影響を完全には無効化出来ていない所を見ると、千年単位で生きている大妖怪でも平常を保ってはいられないだろう。堪らず二人に声を張り上げる。
「ま、待ちたまえ君達! よく分からんが、今回の演奏は心に響き過ぎる! 一旦止めてくれ、もう十分元気になったから!」
「でも、まだまだハイテンションには程遠いでしょ? 窓を突き破って外に出る、くらいまで盛り上げてあげる!」
「……メルラン、それだとスバルさんが困るでしょう。そんな事にならないよう、私の音で落ち着かせる」
言葉は正しく伝わっているようなのだが、俺の懇願は伝わらなかった。
メルランは更に盛り上げると言って音量を上げ、ルナサも何だかんだ言いつつ音量を上げる。おかげで余計に負荷が増した。
「ぐぐ、ぐっ……。イヤッホォウ! 超死にたい! わくわくしてやる気が起きない、つーか息すんのもマジだりぃし?
ほら、躁にも鬱にもなった、これで良いだろう!?」
どうやら二人は互いに相反する感情の振れを操れるようなので、お望み通り両方に振れてやった。恥を捨て素面で捨て身の芸を慣行するくらいには、いい加減止まって欲しい。
「うーん? 何か思ったような反応じゃないけど……私もハッピーになったから、良し!」
大げさなモーションまで付けた俺の意思表示はようやく伝わったようで、メルランは満足そうに演奏を止めた。
それを見たルナサも演奏を止めたので、ようやく心理防壁への負荷が消える。意識して深呼吸しつつ魔力で念入りに防壁を補強していると、ルナサが僅かな笑みを浮かべながら呟いた。
「スバルさんの涙も、見えなくなった」
「……感動も感慨も一緒くたに吹き飛んだよ、おかげさまでな」
照れ隠しではなく、本当に吹き飛んでしまった。それを考えれば、確かにこの二人の合奏は俺を立ち直らせる効果が有ったとも言えるが……納得がいかない。
「何だったんだ、今のは……三人の演奏ではこんな事無かったと言うのに」
「私は人を楽しくさせる音を出せるの。私のソロライブでは、皆ハイテンションになってぐるぐるハッピー♪」
「……私は逆に、落ち着かせる音を出す。余裕が有ったらソロも聴いて欲しい。穏やかな気持ちになれるから」
ああ、リリカとの会話で相殺云々言っていたのはそう言う……って、明らかに相殺どころか相乗効果を生み出していたぞ!
そもそも、ルナサとメルランではこんな結果になり、そこにリリカが加わると調和がとれると言う事は……リリカって、この楽団において本当に重要な役目を担っているのでは。
「次が有れば、だが……君達のソロライブは遠慮しておくよ」
今でもプリズムリバー伯爵達に対する悔恨の念は変わらない。
しかし、この屋敷を発見した時や、『三姉妹』を目撃した時の恐慌は……いつの間にか苦笑の込み上げる気疲れに変わっていた。